« 2021年6月 | トップページ | 2021年8月 »

2021年7月

2021年7月31日 (土)

無事帰着

 朝六時頃千葉を出発して、途中休憩したり昼食を摂ったりしてのんびり走り、昼過ぎに名古屋に帰着した。今回は朝早いから首都高は大丈夫だと判断したのは正解であった。しかし、横浜を過ぎたあたりから車が混み始め、海老名のサービスエリア手前くらいまでのろのろ運転だった。しかし混んだのはそこだけで、あとはスムーズ。

 

 帰宅していま洗濯を始め、荷物を片付けている。弟や姪からの手土産などもあったので、行くときよりも荷物が多い。法事用の礼服や靴も持っているから両腕に抱えることになった。娘に土産のお裾分けでもしようか。

 

 弟のところで甥や姪の子供達、計六人の最近の写真を見せてもらった。高校生になった女の子あり、来年、中学生になるのや小学校に上がるのやらにぎやかだ。いつもならみんなの顔が見られるのだけれど、今回はみな遠慮している。コロナ禍が収まるのを待つしかない。

 

 名古屋は千葉県よりも一段と暑いようだ。夕方、夕立があるかも知れないらしい。

2021年7月30日 (金)

法事

Dsc_5338

弟の家から見た朝の空。七時前なのにもう雲がどんどん湧いている。上空に寒気があって、大気が不安定だから昼頃から雷雨の可能性があるという。

佐倉にある、両親の眠る墓のある寺に行き、11時頃からお経を上げてもらったあと、卒塔婆を担いで墓に供え、線香を上げた。直射日光が熱い。南側の空が暗くなってきた。遠雷が聞こえる。

帰り道でフロントガラスに雨が降りかかりだしたが、なんとか抜けるほどのこともなく帰宅できた。外は驟雨。精進明けの酒を飲み、弟夫婦、妹夫婦と歓談する。久しぶりに兄弟が一同にそろった。

妹はおととし乳がんの手術をした。昨年はじめには予後が悪くて再入院し、心配したがだいぶ元気になっていたので一安心した。佐倉の方で避難しなければならないほどの雨が降ったと臨時ニュースで言っていた。お寺もたぶん雨が降っただろう。間一髪だった。

明日、名古屋に帰る。

ナビは快調

Dsc_5337海ほたるから木更津方向を望む

 昨日は早めに名古屋を出て千葉県まで走り、母の法事(七回忌)のためにいまは千葉県の弟の家にいる。オリンピック規制などで首都高が混んでいるという情報もあったので、アクアライン経由。昨年は、妻が房総半島の病院に入院していたから、ほぼ毎月このアクアライン経由で病院を訪ねていた。いまは愛知県に転院しているので、久しぶりのアクアラインだ。休日ではないが夏休みなのだろうか、海ほたるの駐車場は激しく混んでいて、ややこしい誘導のされ方をしてようやく停めることができた。若い人たちもたくさんいて、人流は極めて活発なようだ。風が強く、海には白波が立っていた。早めの昼食を摂り、弟の家に向かった。

 新しい相棒のナビが示す横浜からアクアラインに向かう道は、以前の車の古いナビとは違う道を案内した。新しい道路もできているのだろう、スムーズに走ることができた。首都高回りの場合よりも40キロあまり遠回りだが、首都高でのろのろ走るよりもスムーズだったと思う。

 弟夫婦とは昨年11月末に一緒に金沢旅行をして以来だ。久闊を叙し、事故の話などをする。弟はスポーツ好きだから、ずっとオリンピックを見ている。どういうわけか、卓球もバドミントンも残念な結果で、柔道だけは気を吐いていた。リアルタイムでこんなに長いことずっと観戦したのは今回初めて。

 両親の墓は佐倉にある。山形の父の実家を守ってくれていた叔母の息子(つまり、私のいとこ)が仏教系の知り合いが多く、その縁で、叔母が死んでから現地にあったもともとの我が家の墓を、父がこちらに移したのだ。住職は北海道と京都の大学の教授もしている博学で話し好きの人だったが、昨年亡くなってしまったので、今回はあとを継いだ娘婿が法事をしてくれる。

 法事は弟夫婦、そして妹夫婦と私だけで行う。いつもは近くに住む甥や姪たちも来るのだが、コロナワクチン接種済はわれわれだけなので、若い人たちは参加しない。

 今朝は晴れているけれど、予報では昼頃から雨が降るかも知れないらしい。なんとか法事が終わるまで持って欲しいものだ。

2021年7月29日 (木)

明治村(3)

Dsc_5309 

明治村の北西、一番奥に長崎、伊王島の大明寺聖パウロ教会堂がある。こぢんまりしているが佇まいが好い。はずれにあるので訪ねる人は少ない。高台で風が吹き抜けて涼しい。

Dsc_5311

高台を降りて正ザビエル天主堂に向かう。途中、山形の天童、眼鏡橋の横を通る。

Dsc_5313

天主堂。大きい。

Dsc_5314

天井は高く、ステンドグラス越しの光が美しい。

Dsc_5319

天使が何人かいるが、その一人。天使を一人二人と数えていいのだろうか。

Dsc_5320

ステンドグラスを撮るのはなかなか難しい。このステンドグラスはかなり大きい。

Dsc_5322

天主堂を南に下れば芝居小屋の呉服座(くれはざ)がある。

Dsc_5324

演し物の絵看板は、「婦系図」「滝の白糸」「明治一代女」。いいなあ。

 

Dsc_5323

呉服座の右手には愛知県半田の湯屋。銭湯である。

Dsc_5326

右手には本郷、喜之床。床屋であろうか。二階に覗いているのは石川啄木のようである。

このあたりで頭がクラクラしてきた。熱中症になりかけている。十分日光浴もしたし、汗もかいたので切り上げることにした。今回は北側だけを歩いた。明治村は中央部も南側にもたくさん観るべき建物がある。丁寧に見ていると一日では終わらない。また涼しくなったら来ることにしよう。

今回はこれておしまい。

明治村(2)

明治村の北側の入り口からだと、帝国ホテルが一番近い。


Dsc_5289

正面から。


Dsc_5290

池の睡蓮。水面に帝国ホテルの建物がおぼろげに映っている。


Dsc_5291

エントランスの屋根の上。ライトの面倒な注文に石工の職人たちが必死で応えたという。


Dsc_5294

ホテルのクローク。カウンターに受付の人がいたら一気にむかしに戻りそうだ。


Dsc_5295

館内も意匠が凝らされている。


Dsc_5296

玄関の全景。


Dsc_5301

帝国ホテルの横から奥の高台に登れば、内閣文庫の建物がある。中にはミニチュアの建物の常設展示があるが、小さいし暗いので写真にならない。


Dsc_5303

ふだん何もない部屋にこんな絵看板がいくつも立っていたけれど、どんなアニメの登場人物達なのか知らない。


Dsc_5308_20210728162501

内閣文庫の前にある皇居正門磴飾電燈下部。上部は修理中らしく覆いがかかっていた。

つづく

2021年7月28日 (水)

明治村(1)

ちかよさんから太陽の光を浴びることを勧められたので、炎天下の明治村に出かけることにした。明治村は犬山にあり、私のところからは一時間かからずに行ける。


Dsc_5278

北側の駐車場から入る。階段を降りれば東京駅だ。残念ながらSLは運休中。


Dsc_5279

ホームに列車はいるが、機関車が付いていない。


Dsc_5281

運が良いとこの陸橋の上をSLが走るところが撮れるのだが。


Dsc_5280

東京駅の地下道を通り抜けるところにいろいろの陶板の絵があり、金沢監獄の絵もあった。


Dsc_5312

実物の金沢監獄の入り口。


Dsc_5333

見張りの看守台。


Dsc_5334

囚人もいる。


Dsc_5330

金沢監獄の横に、前橋監獄の雑居房がある。
実際に房の中にも入れるが、出られなくなるといけないので入らなかった。

次回は帝国ホテルなど。

 

蕎麦

 台風八号は千葉を逸れて宮城県北部あたりに上陸する気配のようだ。そこから秋田県に抜けるとすれば、私のよく行く鳴子温泉あたりも雨だろう。でんでん大将さんの住む、にかほあたりを通過するかも知れない。それほど大きな台風ではないが、稲にとって大事な時期に風や雨で被害が出なければいいが。

 

 2015年だったか、あの鬼怒川が大氾濫をしたとき、私は友人と日光から鳴子に向かっていた。大雨の中、立ち寄った日光の華厳の滝はふだんの三十倍の水量となっていて、天も地もしぶきが立ちこめて何も見えず、すさまじい轟音が鳴り響いていた。東北道を走って鬼怒川を越えるとき、川幅一杯の濁流が土手の縁まであふれていた。「氾濫するぞ」と友人は心配していた。

Dsc_5336

 鳴子の旅館に泊まった翌朝、バスも鉄道もすべて不通になっていて、新幹線だけがかろうじて動いているという。宿では車ではない人たちが立ち往生して困っていて、頼まれて古川の駅まで送った。古川の街も交差点が冠水して、ところどころ支流の川や用水などが氾濫していた。そのときのことをおもいだした。

 

 友人といえば、鳴子に同行した友人ではなく、松本にいる友人から蕎麦が送られてきていて、それを楽しんでいる。毎年夏には蕎麦、冬にはリンゴが送られてくる。この友人は大学の寮友で、大学四年の時にふたりで寝袋を担いで大学のある米沢から佐渡、能登、山陰を野宿したり人の世話になったりして旅をした。

 

 少なくとも二三年に一度は私が彼の住む松本の家を訪ねて、泊まり込みで酒を酌み交わす。彼は長身だが痩身だ。見かけによらずウワバミで、若い頃は二升飲んだ。いまはさすがにふたりで二升になっているが。一昨年のコロナ禍の二年以上まえから会っていないので、ずいぶん間が空いていて、会いたい気持ちがつのり、昨年の秋、久しぶりに彼を訪ねた。

 

 ただ、その前の時になんとなくいままでのように勝手に振る舞うのが気が引ける心地がしたので、ホテルに泊まり、市内の店で飲んだ。彼はあまり頓着しないが、彼の息子夫婦が家を仕切るようになっていて、友人の嫁さんが息子夫婦に気兼ねしている気配を感じていたからだ。

 

 会えば私がメインでしゃべるのに、その時は彼が一方的にしゃべった。彼の方が酔った。私はいろいろ聞いてもらいたいことがあったが、ついにほとんどそれを話すことができなかった。七十のじいさんふたりにしてはバカな量の酒を飲んで、別れた。私は不完全燃焼で、もう二軒ほどはしごをして酩酊の極みとなり、自分がどこにいるのかわからないほど酩酊した。

 

 そんなことを彼が贈ってくれた蕎麦を食べながら思い出していた。

2021年7月27日 (火)

身体の不思議

 予定では、今日千葉の実家で母の七回忌だったが、台風八号を案じて週末に先送りとした。本来は今日夕方は弟と精進落としの酒を飲んでいたところだが、今日も独酌である。

 

 人間の身体の不思議を山中伸弥教授とタモリの出るNHKの番組でたっぷりと教えてもらった。腸内細菌の働きなどは、全く知らなかったけれど、それについては頷けることも多い。数日休酒していると腸内細菌の種類が変わるのだろうか。酒に合わせた腸内細菌が減ってしまう気がする。だからふたたび少し余分に酒を飲むと、腸の働きに不調が生じて便が緩くなるようである。

 

 その腸内細菌が免疫に大きく関係しているという。腸の働きを整えることは、善玉菌を増やすということに他ならない。病気にかかりにくくすることと腸内細菌のバランスが密接に関係している。抗生物質などを乱用すると、腸内細菌は死滅する。抗生物質で身体を助けても、身体の自助努力としての免疫機構にダメージを与えていることになる。

 

 私は二三年に一度、泌尿器系の発症があった。発症すると、高熱を発し、排尿困難となり排尿痛があり、尿が濁る。そうすると病院に駆け込み、抗生物質を処方され、服用すると数日で解消する。ところが歯痛の抗生物質を服用したら、それが著しく緩和された。そうして抗生物質の服用が重なった結果、急性の前立腺炎の細菌が耐性菌になったらしい。現在の診断は慢性の前立腺炎であり、ずっと治療を受けなければならない身体になった。棲みついた細菌に抗生物質が効きにくくなったことで慢性となったのである。

 

 私は糖尿病で、定期的に治療を受けている。以前はかなり血糖値が高い状態が続き、このままだとインシュリンが必要になる、と脅されていた。ところが歯痛で歯のメンテナンスを丁寧にするように指導され、定期的な歯医者通いをして、朝だけだった歯磨きを二回、または三回、それもじっくりと磨くようになった。また寝るまえに口内洗浄液で殺菌するように習慣づけるようになった。おかげで歯周病は全く見られず、歯痛になることもなくなった。

 

 驚くのはそのように歯のメンテナンスをして口内の清潔化につとめた結果、血糖値が急速に改善したのである。糖尿病の医師にたずねると、歯周病と糖尿病には統計的に明らかな相関があります、とのことだった。身体はすべて関係しているのだなあ、と心底思ったことであった。

二度押し

 昨晩は休酒(糖尿病検診の日のまえの数日は休酒する)の解禁を記念して、つまみをいろいろな種類用意した上で、いつもの金麦ではなく、一番搾りを、そしてさらに原酒の新しいものの栓を抜いて飲んだ。間が空くと酔いが回りやすいけれど美味い。いろいろ凝り固まったものが酒に溶暗する。

 

 最近、パソコンのキーを一度押したつもりが二度押しになってしまう。いろいろな押しボタンを一度押したつもりが二度押ししたことになるらしく、ついてまた消えてしまう。消したつもりが消えなかったりする。

 

 ブログを書くスピードは格段に速くなったのに、ミスタッチが増えて、いらだつ。「格段」と打ったつもりが「かかくだん」などとなるのである。私はワープロ専用機時代からカナ入力だから習熟すればキータッチの回数が少なくすむので、カナ入力でもそれほど遅くないつもりだが、不要な二度打ちが増えるとリズムが狂う。

 

 パソコンが悪いわけでもスイッチが悪いのでもないけれど、どうしても自分が悪いとは思えない。よくよく考えるとなんだか情けない気持ちになったりしている。

中国鉄道紀行

 平成19年の春と秋に、関口知宏が一筆書きで中国の鉄道を最長切符で39,000キロを旅した番組を録画してあって、久しぶりにゆっくりと楽しんでいる。何しろテレビはオリンピック一色なので、リアルタイムで観る気がなければそちらに時間を取られる必要がない。

Dsc_0271_20210727064801

Dsc_0288_20210727064801

 録画してあるのは、春四回、秋四回にまとめたもので、一回が110分あるから見応えがある。自分が訪ねた場所もあるけれど、ほとんどが行ったことがないところで、行ってみたかったと思うところがたくさんある。たぶん中国がいまのような中国でなく、関口知宏が旅をした時のような中国なら、私はいまごろそういうところを旅していたかも知れない。

Dsc_0299

 通訳と同行しなければ列車の旅はむつかしい。言葉がしゃべれれば良いけれど、そもそも中国は地方によって言葉がずいぶん違う(ほとんど通じない)から、都市部なら標準語の北京語で通じても、この旅のように地方の人たちと話すことはできない。それに彼のように人なつっこく、子供が向こうから寄ってくるような風貌と性格でないとなかなか交流するには時間がかかるだろう。

0056_20210727064601

 観終わるのにあと二日ほどかかると思われる。行きたかった場所に、時間と空間を超えて行ったつもりになって楽しんでいる。私はこの番組に出てくるような中国と中国人が好きだ。それを、だれがいまのような中国と中国人にしているのか。

2021年7月26日 (月)

映画『キリング・フィールド』1984年イギリス・アメリカ

監督ローランド・ジョフィ、出演サム・ウオーターストーン、ハイン・S・ニョールほか

 

 ポル・ポト率いるクメールルージュとカンボジア政府軍の戦いにアメリカ軍が介入する。その内線の情報を伝えるためにアメリカ人ジャーナリストのシドニー・シャンバーグはカンボジア人の通訳兼助手のディス・ブランと現地取材を敢行する。

 

 やがてアメリカ軍はカンボジアから撤退。そのあとも二人は脱出せずに取材を続け、戦場の惨状を目の当たりにする。クメールルージュの狂気の殺戮の中、二人はなんとかフランス大使館に避難し、そこから脱出を試みるが、カンボジア人であることを理由にブランは館外に追い出されてしまう。

 

 シャンバーグはアメリカに帰国し、その記者活動によってピュリッツァー賞を受けるが、ブランの消息は杳として知れない。あきらめきれないシャンバーグはさまざまな手を尽くし続ける。

 

 長い映画の後半部はブランの生きるための長い長い苦難の日々が描かれる。泥濘に化しつつある大虐殺による死体の山を掻き分け掻き分け逃避行を続ける様子は悪夢としかいいようがないが、これは実話である。百万を超える国民が大量虐殺された。およそ人口の三分の一が殺されたともいわれるが実数は多すぎて不明のままである。

 

 随分前から観ようと思いながら観る機会がなかった映画をようやく観た。アメリカが介入した東南アジアの、最も悲惨な結果がこのカンボジア内戦といわれる。カンボジア人は非常に温厚であるといわれる。そのカンボジア人がこのような狂気の殺戮を行う。そのことの意味を痛感する。ポル・ポトは中国毛沢東思想に共鳴し、文化大革命を理想としたともいう。

 

 記憶しておきたいのは本多勝一がこの映画を酷評し、ポル・ポトを一方的に悪に仕立て上げたと批判した。虐殺などなかったといいたかったらしいが、事実はいまでは明らかだ。本多勝一は文化大革命を称揚絶賛し、南京大虐殺を中国のいわれるままに取材して報じた。歴史的に南京大虐殺が事実として固定化するのに貢献した。片やそんなものはないといい、片やあるとした偏りはほとんど異常なほどである。

 

 三十年後に虐殺の現場に立った人たちはみながみな実際に強い死臭を嗅いだと証言している。カンボジアの知識人で、国外に逃れられなかった人はほぼ全員殺された。

今回はお目こぼし

 本日の病院は少しすいていて、予約時間より早く診察が始まった。血液検査の結果はHbA1cが6.9と高め。体重もいつもより2キロほど多い。血糖値以外の数値はおおむね正常値。「うーん」と前回から担当になった男のセンセーは唸ったあと、「少し上がってきていますねえ、涼しい時間に散歩をして少し汗をかいてください」、「今回はこれで良しとしましょう」と放免してくれた。

 

 美人の女医先生ではないから節制に意欲が湧きにくいんです、とセンセーに言うわけにはいかないしなあ。

 

 早めに病院が済んだのに、薬局で薬の出るのが遅くて、いつもとかわらないくらいの帰宅時間となった。昨夕は早めに軽く食事をすませ、今朝は空腹時血糖を測るために食べていない。帰ってすぐにあり合わせのものを使って昼食を作り、人心地がついた。今日は名古屋は35℃とか36℃とかいっている。たぶん今年初めての猛暑日になるかもしれない。

反対しても応援する

 オリンピックの競技が始まり、各局はオリンピック一色の報道となり、エピソードなどが次々に紹介されて、それなりの盛り上がりを見せている。

 

 お祭りにやってきた人たちが集まり始めてもなお、お祭り反対、中止しろと声高に言っていた人たちがいたけれど、いまはその声はかすんでいる。

 

 反対の急先鋒でもあった蓮舫氏が、オリンピック選手の活躍を「素晴らしい、わくわくした」と投稿したことが批判され、「反対するなら応援するな、ではない」と反論したそうだ。それはそうだと思うけれど、心情的には、反対したのだから応援するな、または応援するのはかまわないけれど、せめて黙っていろ!という気持ちになるのが自然だろう。

 

 そうして、そのように蓮舫氏に腹をたてる人の多くは、オリンピック反対意見に賛成していた同じ人だということに蓮舫氏は気がついているのだろうか。

 蓮舫氏はオリンピック開催に反対したので、オリンピックに反対したのではない、そう思っている。しかし、オリンピックは開催されなければオリンピックはなかったし、競技も行われず、応援もできなかった。せめてそのことを念頭に置いて、我がことのように選手の活躍に感激したなどと投稿したりするのは控えるべきだと批判することに、だから私も賛同する。

 それにしても、だれとだれが直前まで反対していたのか、中止しろとまで叫んでいたのか、もうみんな忘れかけているのではないだろうか。私はほとんど覚えていない。あとで整理して報じてくれるところはないだろうか。ないだろうなあ。何しろアンケートでは、開催反対の方が多かったのだから。

 

2021年7月25日 (日)

年寄りの幼児扱い

 来月九日が母の祥月命日で、近々前倒しの七回忌がある。弟夫婦が在宅介護で最期を看取り、寝たきりになった二年あまりは、私も毎月一週間から十日、手伝いに行った。多少の下の世話もしたけれど、ほとんどただ母の話し相手をしていただけだった。といっても寝たきりになる少し前から母は発語障害になっていたから話すのは私だけである。あとは黙って母の横で本を読んでいた。いるだけでも多少は母の慰めになるだろうと勝手に思うことにしていた。

 

 母の足元が多少危うくなったのは、父が死んですぐだった。そうして発語障害になって、さらに腰の骨を痛めて寝たきりになってしまったのだが、そこまでになるまえに、整形外科に通っていた頃、日帰りの介護施設を勧められた。その間、弟の嫁さんは楽になる。しかし母は一日か二日行ったきりで、二度と行こうとしなかった。はっきりとは言わなかったけれど、あの幼児に語りかけるようなやさしい言葉掛けが、母には不愉快らしかった。

 

 老人はだんだん子供に返るといわれる。たしかに見ていると大人としての我慢ができにくくなり、わがままになっていくところはある。人の言うこともその意味を理解するのに少し時間が必要になる。それでも子供扱いされることに不快を感じる老人もいる。私などその典型だろう。その私の母である。

 

 老人ホームなどで幼稚園の園児に対するように対し、お遊戯やお絵かきをさせている姿を見ると、自分はあんな風な仲間にはなれないと思う。しばしば年寄りは長患いをせずにぽっくり逝きたいというが、人の世話になるのが厭であることと同時に、あの幼児扱いが嫌だという気持ちもある気がする。

先送り

 27日に千葉県で母の七回忌をする予定だったが、台風がその日に房総半島を直撃する可能性が高いので、弟がお寺と話して数日先に先送りすることになった。

 

 病院の定期検診を済ませたら、すぐに千葉まで走るつもりだったが、少し余裕ができた。それまで何をしようかな。出かけるには天気も悪そうだし。

満水

 大雨の時のダムの話ではない。身体の水分量についての私の感覚である。

 

 水太りしやすい体質で、体重が水分の摂り方で二キロくらいは一日で変動してしまう。もともとお茶を飲み、コーヒーを飲み、牛乳を飲むので体内の水分は満水状態である。さらに夏は冷たいものを飲む。冷たいものは一度飲み始めると、さらに口が渇いて止まらなくなる。糖尿病だから甘いものは控えようと思ってはいるが、それでも炭酸系の飲み物は大好きなので、つい飲む。ビールはこの世で一番美味い飲み物と思っていて、一杯目も十杯目も同じように美味いからとめどがない。不思議なことにビールは飲み過ぎると脱水症状になる。さらに水分を飲む。

 

 かくして常に満水状態になる。そうなると足にむくみが出る。特に左足のふくらはぎ、足の甲、くるぶし周辺が膨らんで、右足と明らかに太さが違うほどになる。下腿部は第二の膀胱と言われるが、私はそれを実感している。ビールを飲んでもあまりトイレに行かない。ここにため込んでいるらしい。

 

 ダムはあまり水を貯め込みすぎれば決壊する。人間の身体の決壊はどういうかたちになるのか心配だ。

 

 明日は糖尿病検診の予約日で、この一週間はビールをほとんど飲まずに我慢しているのに、いつもなら落ちる体重がほとんど落ちない。テレビでは水分補給を意識しろ、と繰り返し呼びかけられて、なかなか満水状態を改善できない。何しろ泌尿器系にも持病を抱えていて、すんなりとした放水ができないのだ。これはつらい。「汗をかけ!」と言われそうだが、身体を動かして汗をかくのがあまり好きではないからどうしようもない。水で寿命を縮めることになるかも知れない。

2021年7月24日 (土)

新・漢詩紀行

 ずいぶん前にNHKで放映された『新・漢詩紀行』は詩のイメージを映像で見せてくれることで、とてもわかりやすい。気がついた時には録りためていたけれど、二度目を観て味わってから消去している。書き下しの朗読は今は亡き加藤剛。ようやく昨日すべて見終わったので消去も完了した。

 

 漢詩というと、唐代のものばかりが取り上げられることが多いが、このシリーズは石川忠久の監修でかなり幅広い時代に目配りがされていて、取り上げた詩の時代やその歴史的背景も解説してくれるからとても勉強になる。

 

 漢詩をそのまま日本語読みするという鑑賞法には古来批判があるようだ。日本語には日本人の文化的感性が伴うのはとうぜんで、詩人が表現しようとした意味が微妙に変わってしまうという批判は正しいだろう。しかしそのような鑑賞法が日本では千年以上続けられて、それなりに確立した文化となっている。私も漢詩のイメージで中国を旅したことが少なからずあるし、漢詩によって中国の風景をより深い感懐を以て眺め、そして記憶した。

 

 思えば1992年に初めて中国旅行に行って以来、常に求めていたのは、そのような自分の中に造られたイメージだったような気がする。だから感銘を受けたのは、過去を残した古都(例えば西安であり、杭州)であり、また、田園の風景だった。そしてその田園の風景は、私自身が幼い時代を過ごした思い出の風景にも重なる。雲南省を二度訪ね歩いているが、観光地はもちろんだけれど、白沙村や、石鼓鎮などの泥壁の農家の景色に日本の原風景を観て、それが最も強く記憶に残っている。高倉健主演の『単騎千里を走る』のイメージを想起されたい。

11031-477

11031-659

11031-685

 そういう風景は、日本と同様どんどん失われていくもので、千年同じ風景だったものが、たった半世紀で映像でしか見られなくなっていく。しかし思い出ばかりを追うのは年寄りの悪い癖で、思い出ではない漢詩からのイメージをもう一度あらたに紡ぎ出したい気持ちになっている。たとえば三峡にこだまする猿声は、哀切を想起するものとされているが、その三峡も三峡ダムによって大きく変わってしまい、猿声を発していたテナガザル(GIBBON)はすでにいなくなり、今はニホンザルの仲間(MONKY)の猿しかいない。自ら想像するしかないのである。 

 

 言葉の芸術である詩を映像に縛り付けてばかりではいけない。言葉そのものを味わいたい。さいわい漢詩に関連する書籍はいつの間にか読み切れないほど本棚に列んでいる。

言葉がゆがんでいる

 オリンピックがいよいよ始まったが、そのオリンピックについて、公明党の山口代表は「後世に大事な教訓を残す歴史的な挑戦だ」と菅首相を援護するようなコメントをし、共産党の志位委員長は「多くのひとびとの命にリスクをもたらしながら、なぜ五輪を開催しなければならないのか、この根本的な問いに菅首相はいまだに答えられないままだ」と指摘して菅首相を批判している。言っていることは間違っておらず、しかもオリンピックそのものを批判しているわけではなさそうだ。

 

 立憲民主党の枝野代表は「もはや平和の祭典ではなく、極めてゆがんだ祭典となり、多くの方から開催だけが自己目的化された五輪と受け止められてしまっている」と懸念を表明したそうだ。多くの方とはだれのことか。開催されたのなら選手を応援し、なんとか無事に大会が終われるようにと思うのが大多数の日本の国民だろう。お隣の韓国ではオリンピックが成功しないという意見が八割を超えているし、「多くの人」が今回の東京オリンピックを「ゆがんだオリンピック」だと日本の主要政党の代表が言っていると知れば、大いにそのとおりなのだろうと思うに違いない。

 

 枝野代表は今回の東京オリンピックそのものを「ゆがんだ祭典だ」と語ったのである。意味は理解できないことはないが、政権奪回を公言する党の代表が、自国でまさに開催されようとしている公的な行事であるオリンピックを「ゆがんでいる」と言ってしまうことに不快感を感じる。問題点があることはだれもが承知しているが、他人事のように「ゆがんでいる」と言い切るその言葉を発する人間の精神に「ゆがんでいる」ものを感じてしまう私がゆがんでいるのか。この言葉は忘れるべきではないと思う。

開会式を観ず

 オリンピックの開会式を観るつもりで早めに風呂に入り、テレビをつけたら、(もと?)嵐の面々がそこにいて何やらしゃべっている。客寄せ盛り上げ役なのだろうけれど、私は苦手なのでテレビを消して冷房を効かせてあった寝室で横になり、ショパンなどを聴きながら本を眺めていたら寝落ちしていた。目が覚めたら夜中の12時過ぎで、もちろん開会式は終わっていた。

 

 べつに残念だと思わない。どうせハイライトで繰り返し見せてもらえるだろう。

 

 韓国のアンケートでは、このオリンピックが成功しないと思う人が八割を超えているそうだ。成功しないと思うというよりも、成功して欲しくないということだろう。国を挙げて呪っているかのようだ。呪いは祝意で祓うものだが、天皇陛下は祝いという言葉を明確に述べなかったと報道されていた。本当だろうか。なかなか意味深だ。何しろ西村宮内庁長官の宸襟拝察の弁によれば、陛下はオリンピック開催に反対だったらしいから、直接的に開催を批判しないだけでもよかった。

 

 私はオリンピックに反対していない。オリンピックに主義で反対している反対の仕方に反対の気持ちがあるし、日本のためにもオリンピックは成功して欲しいと思っている。ただ、最近スポーツにあまり興味がなくなっているので、スポーツニュースでハイライトシーンと結果を見れば十分だ。絶叫調のアナウンスが大嫌いだから、お祭りの間はテレビ番組をあまり観ないことになるだろう。それにしてもあのオリンピックの熱戦に熱くなっていた私はどこへ行ったのだろう。

2021年7月23日 (金)

新・映像の世紀

 以前断片的に観ていた『新・映像の世紀』というNHKの番組が再放送されていたので少し丁寧に見た。決まり文句のような言い方になるが、歴史というものは原因と結果が複雑に、あざなえる縄の如くに絡み合って流れていくものなのだなあと感じた。現代はそのようなさまざまなことの結果として成り立っている。

 

 そして、それ以上に二十世紀というのが戦争の世紀だったということも感じた。もちろんそれ以前の世紀にも戦争は常にあったけれど、これほど多くの人間が死ぬ戦争はなかった。だから二十一世紀は国家と国家の戦争ではなく、テロの時代になった、などというけれど、それはたまたまいまそういう大きな戦争がないというだけのことかも知れない。

 

 人類が滅びるかも知れないから戦争はしない、と言いきれるほど人類は理性的だと私には思えない。人類の存亡より大事な大義があるという考えを持つ国や組織が現にあると思う。

 

 中東やキューバについて、少し前にこのブログに書いたのも、自分なりにいろいろ本を読んで、極めて雑ながら、世界の有り様を考えてきたことに、この『新・映像の世紀』が裏付けとあらたな知見を加えてくれて、あいまいな輪郭をもう少しクリアにしてくれたからのように思う。録画しておいて、何年かおきに観直せばよかったかな、などと思うが、ただかなりむごたらしい映像もあって、繰り返し観る気になれないところもある。私は気が小さいのだ。

 

 私は1950年生まれで、二十世紀の後半を見ながら生きてきた。幼い頃、九十九里で進駐軍の訓練を終えた部隊の行進を見た記憶がある。私の生まれた年は朝鮮戦争の始まった年で、私が見たのは進駐軍ではなく、米軍だったかも知れない。そしてキューバ危機、ケネディ暗殺、文化大革命、ベトナム戦争、若者達による世界的な騒乱、ベルリンの壁の崩壊に始まる東欧の共産党独裁体制の終焉、ソビエトの崩壊、天安門事件と、リアルタイムで目の当たりにしてきた。それらの意味をずっと考えてきたといっていい。

 

 それらは二十世紀前半のさまざまなことの結果として起きた事件ばかりである。そしていま二十一世紀は、その二十世紀の結果として進行しつつあるのだ。私には世界は全体としてますます危機的になっているように見える。人類の終焉という崖っぷちに向かっているように思える。インターネットとAIがその終焉をもたらすのではないかという予感がする。信頼が失われたままコントロール不能へ向かっていることに強い不安を感じている。どうせ退場はそう遠くはないのだけれど。

理由

 昨日の新型コロナ感染者の数は全国で五千四百人と、あまりの急拡大に驚くしかない。想像を超えている。ところで私は、一都三県の首都圏の新規感染者数が三千五百人ほどいて、全体の六割を超えていることに注目している。この傾向はずっと続いているから何か理由があるはずである。

 

 人口密度、平均年齢が低いこと、つまり若い人が多いことが考えられる。ところでそういう地域というのは不思議と革新系が強い傾向がある。先日の都議選を見るまでもなく、都市部は野党に票が集まりやすい。地方では埋没するような候補も都市部ではそれなりのかたちになってしまう。退場すべき泡沫党が生き延びるのも都市部があってこそである(ウイルスも生き延びやすいに違いない)。

 

 そのように、都市部では千人に一人の跳ね返りがあわせればそこそこの数になってしまうから、飛び交うデマも収束せずに拡散する。母数が大きいとそういうことになるような気がする。しかも有象無象がたむろする場所が無数にあって、人流は押さえようがない。それと都市部は通勤ラッシュというのがある。人間性を無視したレベルの混雑に耐えなければならない。これ以上の三密はないのであるが、都市部の宿命である。

 

 そういう人口過剰ともいえる状態は、実は経済活動も活発であり、働き口もあり、ますます人を集める構造になっている。新型コロナは人流に連動するというが、人口の大きい都市部ほど感染が多いということになるのだろう。インドやインドネシア、アメリカが感染が多いのもうなずける。そうなると人口の集中を抑えるしかないが、そんなことはできないからワクチン、そして治療薬の開発を待つしかないのかなと思う。

 

 一部マスコミや野党のように、政権が悪いから感染が拡大するのだ、というのはどう見ても言いがかりだと思う。そのあげくに天皇に英断を期待したりするなど、何を考えているのだろう。中国はともかく(それにしてもどうして中国だけが感染を封じ込めているのかわからない。中国のワクチンはあまり変異型には効かないらしいのに不思議なことで、理由は何なのだろう。何か秘密があるに違いない)政権がウイルスをばらまいているわけではないのに。

そんなはずは・・・

 中国河南省の大水害について、22日に時事通信が北京時事(時事通信社の系列なのだろうか、わからない)というメディアの情報を伝えていた。

 

「記録的な大雨による被害が拡大し、33人が死亡し、8人が行方不明になっている。被災者は300万人を超え、60万人が避難、直接的な経済損失は12億元(約205億円)に上ると推計している」

 

「推計している」のはもちろん当局で、これをそのまま信じるかどうか。中国では災害や大事故の場合、必ず死者は三十人前後と発表される。何百人死亡していようが、当局の責任問題になった時の一つの基準数字であるらしく、そういう発表をするのが慣例になっているのだろう。実数がわかることはまずない。

 

 だから常識的な知性を活用して推計するしかない。経済損失が205億円というのがまず明らかにおかしい。映像情報でも、地下鉄は浸水していたし、車は何百台もぷかぷかと濁水に浮いていた。ああなった車はたいてい使用不能である。排気口からエンジンに濁水が入ってしまうと再起不能だし、電気系統は全部アウトだろう。

 

 東海地方は十年乃至二十年に一度くらい大水害があって、水に浸かって何千台、何万台の車が廃車になってしまう。新車はすぐに手にはいらないから、まず中古車が店頭から払底する。一台百万円の損害として、一万台が廃車になってしまえばそれだけで百億円の被害である。河南省の様子では車の被害だけでもそんなものではないだろう。

 

 地下鉄、家屋、農産物の被害をあわせれば、どれほどか、205億円というのは桁が違うことが少し頭を働かせればわかることである。これから考えて、中国の災害報告は鵜呑みにはできないことがよくわかるのである。たぶん何百人死のうが、何千億の被害があろうが体制に影響はないのだろう。却って真実を伝える方が体制に影響があるということである・・・などというのは私の邪推である。

2021年7月22日 (木)

保険会社の示談書に判をつくことにした

 一昨日、保険会社から示談案などの書類が送られてきた。気分的には慰謝料の提示額は不満だが、こんなものだろうとは思っていた。私の契約している保険会社に試算してもらったが、提示額はその試算よりは少しながら上乗せがあるという。不満なら弁護士を立てても好いけれど、これより上乗せするとしてもわずかだろうという。それならと、示談に応じることにした。

 

 六月の十日過ぎに事故の怪我の治療が完了した。診療日を保険会社は承知している。その日に連絡はなく、その数日後に保険会社から電話があったので、治療を終了した旨を伝え、示談書案を作成して送るように依頼した。それからひと月あまり音沙汰なし。そして先週になって示談金の金額提示の電話連絡があり、示談書案を送るとのこと。到着したのは土曜日、その書類には、26日まで不在なので、27日にまた連絡します、と書かれていた。

 

 ところで、保険会社の依頼により、治療には私の国民健康保険が使われている。私が能登に行っている間に、市役所から、事故の治療に保険を使う場合に必要な手続きが取られていないからすぐに手続きするようにという通知が来ていた。示談書案にはその手続きのための書類も添付されていた。

 

 とにかくやることが遅くてイライラさせてくれる保険会社である。遅れるならどういうわけで遅れるのかの連絡くらいくれるならまだしも、音沙汰なしというのはあまりにも不親切だ。もうこういう保険会社と関わるのはうんざりだ。不愉快きわまりない。

 

 そう思わせるのがこの保険会社の作戦なら、巧妙すぎる。今回の相手の保険会社は三井住友海上火災という。私は被害者の立場しか経験していないが、あまりお勧めしない(その関係の方がおられたら申し訳ない)。こういうところに固有名詞を出すのはいかがかと思うが、それだけ不快感を持っているということである。とにかくこれで送られてくる正式の示談書に判をつけば、事故に関する処理が終わる。

新規感染者数と感染者数

 毎日新規感染者数が発表される。これはあらたに検査でその日に見つかった人ということだろう。ところで、新規感染者は感染が完全に治癒して感染者でなくなるのに、平均で何日くらいかかるのだろうか。二週間というのは潜伏期間の目安だから、それは参考にならない。報道などから推察するに、ウイルスが体内からなくなり、他人に感染させないようになるまで、ひと月くらいはかかるのではないだろうか。だとすれば、単純に新規感染者数の二十倍から三十倍が現在感染者として存在することになる。つまり新規感染者が四千人なら八万人はコロナ感染者が存在するということになる。感染しているのに自覚症状がなく、動き回っている感染者は、とうぜん捕捉されないから、新規感染者数には含まれていない。

 

 すでに感染して治癒した人も含めて累計を想像すると、思っているよりもはるかに多くの数であろう。それにいまごろようやく思い至って呆然としている。感染ルートなど、もう追うことのできる段階ではないだろう。自己防衛以外には方法がないということで、自己防衛に努める人の多い高齢者が感染率が低く、仕事もあって防衛しきれない中年者が感染してしまうのはまことに気の毒としかいいようがないが、若い人はどうもそもそも防衛しようというつもりがない人が多いらしく、感染率が高いのはとうぜんのことか。

 

 臨床の医師が、感染した若い人に訊いた話をいくつか耳にしたが、呆れるほど高をくくっていて、身内に自分が感染させて初めて、「ちょっとまずかったかな」とようやく言う程度だという。インターネットの教育の成果(もちろん皮肉ですよ!)のみごとさを感じる。私には愚かとしか思えないけれど・・・。考えてみればバカを感染させるのに、ウイルス以上にまことに有効な手段であるらしい。

長井博士の道楽

 薄田泣菫『茶話・中』の中の大正七年四月の記事から。

 

 日本薬学大会に大阪に来ていた長井長義博士には、妙な癖がある。それはどんな日本座敷に通っても、きちんと座ることをしないで、其の辺にある机や碁盤をえっちらおつちら持ち出して来て、兵器でそれに腰をかけることで、几帳面な主人は、たいていが苦り切って顔をしかめる。
 だからめったに日本式の宴会には出席しようとしない。たまによっぴきならぬ義理で、日本座敷の宴会に招かれると、博士は二三杯の酒で紅茸のようにように紅くなった顔をにこにこさせながら、
「もうそろそろ始めようかな」
と、そばにいるものにすぐもうおはこの押し売りをしようとする。
 博士の隠し芸というのは、ほかでもない国歌の独唱である。博士は少しお酒が入ると、場所柄には頓着なく、すぐ起って国歌を歌い出す。相手の人たちも何しろ国歌のことなので、魚のように座敷に寝そべってばかしいるわけにもいかないで、ついのこのこ起き上がってくる。
 ところが、博士の「君が代」の節といったら、誰一人真似手のない変なもので、どんな楽天家でも、一度その節回しを聞くと、急に世の中が厭になるばかしか、けっこうな自分の国までが、石塊のように無益なものに思われてくる。
 で、これをわきまえている人たちは、そばに付いていて、博士がなるべく腰掛けから腰を持ち上げないことばかりにやきもきしている。博士がじっと尻を落ちつけていて、国歌をさえ歌おうとしなければ、一座は陽気に、日本はご婚礼の式場のように晴れやかなものになってくるのだ。
 博士は国歌のほかに、今ひとつ隠し芸を持っている。それはワグネル物の一節を音符なしで引くということだ。だが、これは博士自身の自慢で、誰一人その弾奏を聴いたものはいないのだからたしかに証明はできない。最も博士は知り合いのだれにでも、
「是非一度聴いてくれたまえ」
と、言い言いはしているが、博士の国歌を知っている者は、だれだって進んで聴こうとは言わないから仕方がない。

 

 読んでいて独りで声を出して笑ってしまった。ひどい音痴の私(母はそう断言していた)が指名により仕方なしにカラオケで歌っても、みな手を叩いて「よかった」などと言っていたけれど、しばらくみなに厭世観を抱かせたりしていなかっただろうか。いまさら心配しても時効だけれど。

2021年7月21日 (水)

落としどころ

 互いの言い分がぶつかる時、神様が見る公平な妥協点は、互いにとっては自分の方が余分に譲ったとしか思えないことになるものである。それでも妥協する方が互いに得だと思えばそこらへんで折り合いをつけるのが交渉というものだろう。

 

 日本と韓国の間の妥協点は、日本の立場を離れてみたとしても、日本側がずいぶん譲歩したところで折り合ってきたと見ていい。だからといって韓国が全く譲歩していないことはないのはとうぜんで、片方が全く譲らず片方だけが譲るというのは交渉とはいえない。さすがにそれでは折り合いはつけられない。

 

 問題は、韓国は、日本が譲った部分は一切国内で報ずることをせずに、常に自分がいかに日本に譲ったかを言い立ててきたことだ。だから次の交渉時には、その譲った部分を取り戻そうとする。前回の妥協点、折り合い点の否定から始まる。ゴールポストを動かす、というのはそういうことだ。韓国は同じことを繰り返す。一歩も前進していないのに譲歩させられた、と言い立てる。そうしておかしなことに日本は原点よりもさらに譲歩するというあり得ない落としどころを受け入れてきた。こんな交渉はあり得ないが、それが外務省の交渉だったし、韓国は日本との交渉はそういうものだと学習した。

 

 さすがにその繰り返しに日本国民の多く(こんな書き方をしなければならないのは、某朝日新聞などが常に韓国の立場に立って言い立てるし、それを鵜呑みにする人たちがいるからである)が、おかしいではないか、理不尽ではないか、と思い始めて、不平の声が高まり、それに押されて政府も以前のようなおかしな譲歩はできなくなった。

 

 日本は韓国に大幅な譲歩をしろ、などと言っているのではない。譲歩が全くない交渉はできないし、以前の交渉結果を否定するところから始めるような交渉は意味がない、と言っているだけなのである。過去の交渉結果を否定するなら、これからの交渉で何か決めても否定されることになるかもしれないのだからとうぜんだろう。そのことは念を押しておきたい。韓国が、日本が交渉に応じようとしない、と言う時の交渉は、いままでの、自分は譲歩せず、日本だけが譲歩するのを「交渉」と言っているので、日本側はそれでは話し合いはできませんよ、と言っているだけである。韓国式の「交渉」では、それによって日本は失うもの(特に国としてのプライド)があるばかりで、何の得るものがないことは過去の経験でよくわかっている。日本もようやく学習したのだ。

 

 次は韓国が学習する番だろう。韓国式の「交渉」をしないことで、日本は何の痛痒もないし、損失もないと思う。交渉を望んでいるのは韓国である。それはそうだろう。これは国力や経済力の問題とは関係がない。

横綱昇進

 照ノ富士が正式に横綱に昇進した。モンゴル出身だからどうのこうのいおうとは思わない。大変な挫折と苦労の末の横綱昇進を素直に祝福したい。昇進拝受の言葉に横綱の品格を重んじる言葉を入れているのは、親方のアドバイスだろうと思う。そういう親方であれば、照ノ富士はいくら強くても白鳳のような相撲は取らないだろうと思う。

 

 双葉山や大鵬や千代の富士は偉大な横綱と呼ばれるけれど、いくら強くて優勝回数が多くても、朝青龍や白鳳は偉大な横綱だったと呼ばれることはないだろう。その違いは何か。それが品格であるけれど、たぶん白鳳には品格というものがなんなのか理解することができない力士のようで残念だ。照ノ富士は白鳳にそれがどういうものか見せてあげられると好いけれど・・・。

禄剛崎の灯台

Dsc_5272

狼煙(のろし)の道の駅に車を停めて向かうのは、禄剛崎(ろっこうざき)の灯台。「ろくごうざき」とずっと読んでいたが、「ろっこうざき」が正しいらしい。大昔、学生時代に一度登ったことがあったが、五十年ぶりだ。


Dsc_5259

灯台への登り口。灯台まで0.3キロとある。登りの三百メートルはいまの体力ではけっこうつらい。


Dsc_5261

上り階段の途中から人家を見下ろす。金沢と同じ黒い塗り瓦が太陽に輝いている。

 

階段は半分ほどで、あとは岬の上の平地を歩く。これくらいの階段でよかった。ここだけではなく、この時期の木々の間を歩くとアブがぶんぶんと周りを飛び交うので、苦手である。山の中の露天風呂などでもアブの猛攻に閉口してゆっくり入っていられないことがある。


Dsc_5262

丈は低いが立派な禄剛崎の灯台。


Dsc_5264

見下ろせば千畳敷のような平らな岩が見える。


Dsc_5268

東京、釜山、上海までの距離とその方向。直線距離だと東京まで意外と近い。名古屋の方が遠いのではないか。


Dsc_5271

狼煙の港。静かで船も人気(ひとけ)もない。

 

このあと珠洲(すず)を通って恋路階段に立ち寄る。


Dsc_5273

恋路海岸の目の前にある小さな島。海岸から埋め立てをしていて、島に迫る勢いだ。何をしようというのだろう。学生時代に友人と、海岸からこの島まで泳いだ。この近くに造り酒屋の宗玄がある。予約すれば試飲ができるが車では仕方がない。前の晩に宗玄の冷酒を飲んだから好いか。


Dsc_5277

見附島を遠望する。見附島は通称軍艦島。軍艦島の前にある、のとじ荘というモダンで瀟洒なホテルが私のお気に入りで、今回もそこに泊まりたかったのに、急だったので部屋が取れなかったのが残念。

もっといろいろ立ち寄りたい気持ちではあったが、禄剛崎の灯台に登った疲れで帰りはそのまま氷見経由で能越道、東海北陸道を通り、帰宅した。今回の旅のレポートはこれでおしまい。

2021年7月20日 (火)

奥能登絶景海道

能登二日目。宿から曽々木海岸へ向かう。前日立ち寄った上時国家や、時国家の前を通る。


Dsc_5241

曽々木海岸に出て東に走り出せばすぐに窓岩。


Dsc_5244

海水浴ができそうな浜辺だが、だれもいない。抜けるような青空。

 

曽々木海岸を走れば小さな揚げ浜式の塩田がたくさんある。砂の上に海水を散布するやり方だ。ところどころに木材がたくさん積んであったりするのは、塩水を煮詰めるためのものだろうか。すず塩田村という小さな道の駅がある。ここでときどき天然の塩を買う。普通の食塩より断然美味い。今回は予備が残っているのでパス。

 

Dsc_5247

木ノ浦の展望台から海を見下ろして写真を撮る。


Dsc_5256

夏の日本海は本当に美しい。


Dsc_5257

逆光で見にくいが、奥能登絶景海道とある。たしかに絶景つづきの道だ。


Dsc_5258

愛車の後ろは合歓の木。花が咲いていればきれいだったろう。北陸には合歓の木が多いから、初夏はそこら中で花を見ることが出来る。

 

もうほとん能登の最北端だ。展望台から一気に坂を下り、狼煙(のろし)の道の駅に向かう。ここには見たいものがある。

怒りんぼじいさん

 いろいろなことに腹が立つ。むかしなら笑って済ませられたかも知れないことにも我慢ができなくなっている。テレビで見るさまざまなことにも怒っていて、我ながら呆れている。世界の自制が効かなくなっているように思って腹をたてているのだが、自制が効いていないのは自分かも知れない。

 

 ドライブ中に民放のFMなどを聞いていたのだが、そこではのべつ若い人の歌が流れている。何を歌っているのかさっぱりわからない。歌詞が聞き取れないのもあるけれど、よく聞いて聞き取れてもほとんど意味が理解できない。こんなものが歌か、と思う。これなら楽器だけの音楽の方がずっとマシで、いまの若い人たちはこんな歌のどこがいいと思うのだろう。これでは若い人とは感覚が全く違って話が通じないのはあたりまえかも知れない。

 

 たった数十年の間に世の中の美意識が変わってしまって、私は文化的な化石になったらしい。美しいと思うもの、快適だと感じるものがなかなか見つからず、たまに見つかっても古いものばかりだ。これからますます世の中と乖離していくのだろう。腹が立つことがますます日常的になりそうだ。それにしても暑いなあ。

 

 ある意味で孤独なのだが、孤独を噛みしめて見る自然は案外味わいが感じられたりする。おおげさに言えば芭蕉、放哉、山頭火の心境か。怒りんぼじいさんは、新しい相棒とせいぜい孤独を味わいに出かけることにしよう。出費はかさむが家で腹をたてて鬱々としているよりはずっとマシである。心身の健康代であると思えば安いものだ。

白米千枚田

今朝は窓を開け放しても冷気はなく、六時前なのに室温は29℃を超えている。当分熱暑の日々が続きそうだ。

 

輪島の東、10キロほどの所に白米千枚田がある。昔からこう呼んでいたのだろうか。ただ千枚田だったような気もするが。


Dsc_5233

海風に当たった稲からとれるお米は美味いという。佐渡でそういわれて食べたご飯は忘れがたいほどの旨さだった。たぶんここでとれるお米も美味しいであろう。


Dsc_5234

田に水がないので、なんだか田んぼらしくない。夜はライトアップするらしい。

 

千枚田と反対側、輪島側の海岸を覗きに行く。


Dsc_5238

海は青く、しかも澄んでいて美しい。


Dsc_5239

猛烈な太陽の直射を受けているのでこの海に飛び込みたい、というのは常套句だが、ずいぶん海水パンツを穿いていない。もう穿くことはないだろう。温水プールに入るくらいなら温泉に入るし。


Dsc_5240

展望台から女性が棚田を見下ろして写真を撮っている。なかなか好い。
輪島までいく時間はあるが、疲れたので早めに宿に行き、温泉に浸かってさっぱりした。

2021年7月19日 (月)

上時国家(2)

平時忠は平清盛の義弟。壇ノ浦の戦いに敗れたあと、神器を返納したことで命を許され、能登に配流となり、ここで没した。時忠の息子が時国で、この時国家の祖となる。のちにこの一帯が天領になった時、その支配を任された。海上交易もしていたと思われ、内証は豊かだっただろう。この豪邸からもその想像がつく。
Dsc_5208

平氏の家紋は蝶である。これは襖に金箔押しの家紋。


Dsc_5209

大納言の間の天井。平時忠は大納言だった。来客用の最高の格式の部屋である。


Dsc_5212

欄間に蜃気楼の図が掘られている。蜃気楼は大蛤の吐く気によって生ずるとされている。わかりにくいが右下が大蛤。


Dsc_5215

庭園にあったのは擬宝珠だろうか。


Dsc_5217

展示物。


Dsc_5218

耳たらいなどとあるから耳でも洗うためのものかと一瞬思ったが、そんなはずはなく、持つための耳が付いているからだろうと思い直した。


Dsc_5219

大きな土間の天井に下げられた籠。


Dsc_5222

大きな松の心材をくりぬいて造られた梁。どれほど大きな松だっただろうか。


Dsc_5224

高感度設定にしたまま撮ったので色が変になった。


Dsc_5225

廊下の外側の緑も美しい。

 

上時国家のほかに時国家という所もすぐ近くにある。ずいぶんむかしに訪ねた。今度来た時はそちらを見に行くことにしよう。

 

時間があるので千枚田を見に行くことにする。

上時国家(1)

 泊まった宿は輪島に近い国民宿舎。いまは国民宿舎といっても部屋も食事もそこそこよくて、まあまあのクラスのホテルと同等である。私の部屋はセミダブルベッドが二つゆったりと列んだ、海外の三つ星四つ星クラスの広さがあって、とても好い気分だ。温泉も広々している。ただし、私の部屋だけかも知れないが、断続的に低いモーター音と振動がして、気になりだしたら眠れなくなった。それと、生ビールがなんとなく古い気がする。しかし隣の席の客は美味しいと行っておかわりしていたから、私の味覚の問題か。私はビールの味にうるさいのだ。

 

 小矢部を過ぎて能越道を北上し、高岡、氷見を横に見て、思い立って能登島の水族館でも久しぶりに観ようと思い、小さなパーキングでナビに立ち寄り設定したつもりだったが、気がついたら七尾、さらに穴水を通過していた。こうなったら仕方がない。宿にまず向かい、ほど近い上時国家を久しぶりに訪ねることにした。

Dsc_5203

上時国家入り口の門へ到る坂。見た目より急で、くだりは足元の弱い方はご注意ください、と書かれている。

Dsc_5205

坂の途中で紫陽花と田んぼを撮る。ちょうど二時過ぎの日盛りである。盛りは過ぎているが、紫陽花の色が沁みるようだ。

Dsc_5232

門をくぐって左手に老木の巨木がある。この上時国家の長い歴史を眺め続けた樹である。

Dsc_5230

豪壮な母屋。

Dsc_5229

玄関。瑞鳳朝陽に舞うと読むのだろう。みごとな字である。字が大きいだけで感心してしまう。中は次回に。

選手村の韓国の横断幕

 あの横断幕は明らかな日本に対する嫌がらせである。日本がいやがることを承知して、わざわざ日本に来て嫌がらせをしているのだから、日本としてやめさせるのはとうぜんだろう。それにしても準備周到にそのような嫌がらせの横断幕を持参してくるというのは理解しがたいことだが、それをとめようとする韓国人はいなかったのだろうか。たぶんとめると親日だ、と非難されるから黙っていたのだろう。そうなると嫌がらせに積極的な人がたった一人でもこういうことが実行されることになってしまう。そのことが恐ろしい。

 

 それにしてもその横断幕がハングルで書かれているのが意味深である。日本でハングルがすらすら読めて横断幕の意味のわかる人はほとんどいないと思われるから、日本人に対するアピールではなく、韓国の国民向けのデモンストレーションのように見えるが、日本のメディアが丁寧に書かれていることを解読してその意味を日本で報道することは、いままでの経験からお見通しなのだろう。そのとおりになっているではないか。汚らわしい日本語などを使う必要はないのである。

 

 しかし、それなら英語で横断幕を掲げればよいではないか。英語が得意ではない日本人とはいえ、多少は理解できるから、わざわざ韓国の専門家に教えてもらわなくてもわかるし、韓国国民は日本人以上に英語が得意だから、自国に対するアピールとしても有効だろう。

 

 しかしここで問題がある。もし英語で横断幕を掲げれば、世界中の多くの人びとが一目で韓国が日本に対する嫌がらせというバカなことをしていることを知ってしまう。ハングルなら、わざわざその意味を解釈して報道する国は日本以外にはないから、世界は韓国の行為も知らないし、その意味も知らない。

 

 意味深と言ったのはそういう意味である。それなりに考えているのである。

 しかしこれは日本にとって、韓国の大きな敵失として利用できるはずなのである。韓国がこういう愚かな国だということをそれぞれの国にとっての歴史的背景を引用しながら韓国の行為の意味を説明して回れば、たいていの国は韓国に対して見る目が変わるだろう。韓国がひたすら世界中に日本の非をプロパガンダし続けたことに対する反撃のチャンスなのである。であるが・・・、日本の外務省はそんなこと思いつきもしないし、絶対にしないだろう。こうしていつもやられっぱなしである。

2021年7月18日 (日)

国道41号線を北上して・・・

国道41号線を走り、小牧、犬山、美濃加茂を過ぎれば七宗(ひちそう)町で、木曽川の支流・飛騨川に沿っての道になるから、車窓の景色が一段とよくなる。
長良川が優しい女性的な川とすれば、飛騨川は男性的な川と言うべきか。しかし今時そんな風に男女に例えると、非難囂々になるかも知れない。そういう風に育って頭もそのように刷り込まれているからどうしようもないのだ。それにそういうものを否定する世界の美意識というのがどうにも想像しかねる。

 

この41号線は、飛騨川の写真を撮るために車を停められる場所というのが少ない。無理に停められないことはないが、何があるかわからないから停めやすいところに停める。

Dsc_5195

Dsc_5197

Dsc_5199

飛騨川は本当はもっと大石がゴロゴロして荒々しいところが多い。JRの髙山本線の車窓から眺める方が、上から眺められるから、見応えがあるかも知れない。

 

このあと下呂、そして高山へ向かう。髙山へは宮峠の急坂を越えるつもりで走ったのだが、なんと宮トンネルが完成していて、あっという間の峠越え。しばらく見ないうちにこんなことになっていたのだ。

 

髙山の市街を抜けて中部縦貫道(これも新しい道)を走り、飛騨清見から東海北陸道に移る。ほとんどトンネル。そしてここからもトンネルだらけの道を走り、最長の10.7キロの飛騨白川トンネルを抜ければ白川郷である。ここでトイレ休憩。

Dsc_5201

白川郷のパーキング。トイレと自動販売機しかない。抜けるような青空とは行かないが、快晴。

 

白川郷では降りずにそのまま東海北陸道を北上し、さらに小矢部からは能越道を走る。能登半島は大きい。つづきは次回、上時国家。

久しぶりに泊まり込みで遠出

 思い立ったら矢も楯もたまらず、一泊で能登まで出かけることにした。いまごろは走っているはずだ。国道41号線を飛騨川沿いに北上し、分水嶺を超えて髙山へ。高山から飛騨清見インターで東海北陸道に乗り、さらに能越道を北上して氷見へ向かう。輪島の近くの温泉で一泊し、翌日は能登の先端をぐるりと回ってくるつもりだ。

 

 暑いけれど天気は良さそうだ。行ってきまーす。

 

あとからさらに事態を悪化させる国

 中近東でイギリスやフランスが利権争いをしてその結果がどうなったのか、『アラビアのロレンス』の活躍のあとの中近東がどうなったのか、オスマントルコをズタズタにしたあと混乱しか残さなかった。その中でトルコとイランは穏健で平和な、どちらかと言えば民主的な国家になったのは、すぐれた指導者がいたからである。

 

 イランは石油を自国で管理しようとした。とうぜんのことである。そのイランに介入したのがアメリカだった。もちろんCIAが絵を描いた。その結果パーレビ国王という傀儡政権をたてて石油利権を手に入れた。自分の国の石油をアメリカに好いようにされ、イランはアメリカを恨んだ。その結果のいまの混乱なのに、アメリカはあたかもイランが極悪国のように言う。キューバのときと同じである。アメリカはフランスやイギリスよりもうまくやれると思ったのだろうが、その時代よりも混乱がひどくなった。

 

 ベトナムを統治していたフランスは戦いに疲れ果てて撤退した。そのフランスよりも自分はうまくやるとばかりにアメリカはベトナムに介入した。南ベトナムにゴ・ジンジエム政権という傀儡政権をたててあわよくば北ベトナムまで支配しようとした。結果はご存じのとおり。

 

 アフガニスタンにソビエトが侵入して支配した。これも石油利権を得るためである。十年ほどの戦いに何の成果も得られず、ついにソビエトは撤退した。このときの戦費のダメージがソビエト崩壊につながったとも言われる。このときアフガニスタンの隣国のタリバンを支援し、ゲリラ戦を支援したのはアメリカである。そうしてソビエトよりも自分の方がうまくやるとばかりにアフガニスタンに侵攻して・・・その結果がどうなったのか、いまわれわれはリアルタイムで見せられている。そうしてアメリカの支援したタリバンを母体とするテロリストたちが世界で活躍している。だれが種を蒔いたのか。

 

 アメリカが支配して成功した国はたったひとつしかない。日本である。あまりにうまく行ったので、いつもうまくいくと思い込んだのだろう。日本みたいな国はほかにはないのだ。

 

 今中国がアメリカのまねをするかのように、アメリカが手を引いたところに介入しようとしている。俺ならアメリカよりうまくやれると思っているのだろう。

 私は歴史に詳しくないから、ものすごく大雑把に捕らえて世界を見ている。大雑把な方が全体が見える気がする。そんなはずはないけれど。

2021年7月17日 (土)

キューバのデモ・つづき

 中南米で親米国という国はほとんどない。アメリカが20世紀以来中南米に何をしてきたか、そのことを知るとアメリカが嫌いになるかも知れない。中南米はスペインやポルトガルに収奪され、原住民は北米でのインディアンと同様に虫けらのように殺され、プランテーションという名の、住民からだけではなく自然からの収奪も行った。中南米にもともと黒人がいたわけではないのに多くの黒人がいるのは、奴隷としてアフリカから連れてきたからだ。

 

 アメリカはスペインやポルトガルが撤退したあと、混乱する国々に傀儡政権をたて、その利権を引き継いだ。CIAは見かけ上の親米国を次々に打ち立てたが、収奪される一方の国民が我慢し続けるわけがないから傀儡政権は撃ち倒され、それを操っていたアメリカは追われた。

 

 南米にはインディオと呼ばれるモンゴロイドがいるが、彼らこそがもともとの原住民である。キューバも原住民はそのような人びとだったが、現在ほぼ絶滅している。すべて虐殺されてしまったからである。そして今はラテン系の白人と、黒人と、そしてその混血のひとびとの国になっている。この国もアメリカの傀儡政権が国民を収奪し、その利益でアメリカにたくさんの財産家が生まれた。あまりのひどさに国民の怒りは発火寸前だった。

 

 だからカストロやゲバラが十五六人で二度目の上陸蜂起をした時に、たちまち群衆が集まってきて参軍してゲリラ戦の勝利を重ねることができたのだ。そして傀儡政権は崩壊し、キューバを収奪していたアメリカとキューバの資産家たちは海を越えてアメリカに逃れた。何しろキューバからフロリダまで百キロほどしかないのである。いまアメリカにいるキューバ出身者は、ほとんどがぜいたくな暮らしをしていた人びとであり、いまのキューバをはげしく憎んでいる。いま祖国のキューバ人が彼らを憎んでいる裏返しの意味であって決して相容れることはない。

 

 アメリカ政府がキューバに融和策を採ろうとする時に最もそれに強く反対するのは、キューバからアメリカに逃れた人びとなのである。そして自己を正当化するためには激しくキューバの現政権を悪の権化として非難することになる。キューバの人びとはアメリカに対して発言する機会はないから、常にキューバの状況は悪の権化に支配された悪の国家としてプロパガンダされ続けてきた。それによってキューバ国民は経済封鎖を受け続け、極貧国家としてもがき続けてきた。それなら北朝鮮とでも手を結ぼうというものだ。アメリカにとってはキューバは北朝鮮と同様に映っているのだ。

 

 それでもみなが貧しいなりに飢えず楽しく暮らしていた間はよかったが、観光が盛んになって貧富の差が生じ、さらにコロナ禍で生命の危機にまで到れば国民の怒りは爆発する。爆発しそうな所に火をつけるのは簡単だ。それをCIAが画策しないなどとは私には思えない。そしてアメリカのメディアはキューバ政府が極悪だから、ついに国民がデモを始めた、と報じているのである。

Dsc_6919_20210717113101

この写真の意味を書いていなかったが、キューバで豊かに暮らしていたひとびとの壁画である。

嫌い

 私にも好きな俳優、タレント、歌手、芸人がいるし、それほど好きではない人もいる。中には見るだけで不快を感じるほど嫌いな者もいる。濱田雅人という芸人がとても嫌いで、もちろん彼の出る番組を観ることは絶対ないけれど、CMに出逢うことは避けられない。いまはあの出前館のCMがそこら中で流れているので大変苦痛である。とにかくチャンネルを即座に変えるのだが、変えた先でも流れていたりして、頭が熱くなる。

 

 彼が好きな人がいたら申し訳ない。最初から大の苦手だったから、前世に何か因縁でもあるのだろう。私が蛙で彼が蛇だったとか・・・。でもあの狂気を宿したような眼を見ると虫唾が走ってしまうのだから仕方がない。花田雅人が悪いわけではないことは、理屈では承知しているのだけれど・・・。

キューバのデモ

 数日前、キューバで反政府デモが起きていることが報じられていた。それを見ながらいろいろなことを考えた。

Dsc_7334

 数年前友人達と三人でキューバに行った。オバマ大統領がキューバへの規制を緩め、国交が再開されそうな気配で、それをチャンスに訪ねたのだ。大変楽しい旅だったし、団塊の世代として、キューバにもゲバラにも強い思い入れがあったのである。オマー・シャリフがゲバラを演じた、キューバ革命を描いた映画を観て感激したこともある。キューバがなぜ革命をしなければならなかったのか、よく承知しているつもりだ。そしてアメリカがキューバを骨の髄から憎んでいることも承知している。そしてそのアメリカの憎しみをまともに受けてキューバがどれほどの理不尽な貧窮にあえいでいるのかも目の当たりにしてきた。しかしキューバはとにかく国も人間も明るかった。みんなが貧しいから、不公平感がないのを実感した。

Dsc_6911

 とうぜんのことだが食材が豊かとはいえないし、香辛料もあまり使わないから、食事はあまり美味しいと思わなかったが、サトウキビから作られるラム酒とそのカクテルは絶品で、F君と毎晩飲んだくれていたものだ。

 

 まぶしい太陽の下で、観光客の急増に有卦に入るキューバの人びとを見た。古い建物が取り壊され、ホテルが急ピッチで建てられたりしていた。一気に豊かさを獲得する人びとが輩出しつつあるのを見た。それを見ながら、いつかキューバは社会が不安定になるだろうと予感した。

 

 理由は不公平感である。豊かになっていく人と豊かになれない人に大きく差がつき始めていた。格差は不満と恨みを生む。いままではみなが貧しかったのに、豊かな人が生じたために社会不安につながっていくのだ。このことはキューバ旅行の報告の時に書いた。

 

 もちろん今現在のキューバ国民の不安と不満の主原因はコロナ禍である。医薬品をはじめとするさまざまなものがアメリカに止められている。生命に関わることだから国民の不満の噴出は深刻なのだろう。そしてそれを煽り立てる者たちがいる。断言していい。CIAが関与して煽り立てているはずだ。

 

 アメリカのメディアの報じ方を見て暗い気持ちになった。キューバは共産主義で、国民が貧しいのに権力者が豊かな生活をしていることに対して不満が爆発しているのだ、と説明している。キューバ国民、それもデモをしている人に聞いてみたら、百人が百人ともアメリカに対する恨みを言うだろう。現在のコロナ禍のもとでのワクチン不足、そして食糧不足、物価高による貧しさはすべてアメリカのせいであることをキューバ国民は身にしみて知っているからだ。それをアメリカのメディアは報じない。なぜか。

Dsc_6919

 長くなるのでその理由と、アメリカと中国の類似性について次回、またはその次くらいに続きを書くことにする。

2021年7月16日 (金)

巧妙な非関税障壁の一面

 EUは環境問題の先進的取り組みを進めている。これは正義である。若者もそれを支持するし、その支持は巧妙に誘導されている、などというと正義を批判したといって袋だたきにされかねない。実はEUの環境政策は巧妙な非関税障壁の一面があることは、それに実務的に直面した時に明らかになる。私は現役時代化学会社に勤めていたから、EUの化学品などの規制システムがEUに都合よく組み立てられていることを教えられた。

 

 二酸化炭素の排出量の規制にしても、さまざまな分野での規制の優先順位に矛盾や不公平があるのではないかと私は疑念を持っている。例えばガソリン車をいきなりすべてやめてしまおうなどというのも、どこまでの効果があるのか、それよりも日本車などの排除の論理がありはしないかと考えてしまう。疑念があっても彼らは正義だから最強である。

 

 さまざまな規制のハードルの高さは差別を生む。その差別を超えられる国は一部だけになる。そうしてEU域内でも大きな経済格差を助長することになっているのではないか。そのような格差は豊かなドイツなどの国にとって不利ではないかと思っていたら、ギリシャの経済問題では、格差があるからこそのEUであることの真実が垣間見えてしまった。あえて誤解を覚悟で言えば、EUの中の主導国、ドイツやフランスは貧しい国との格差を収入の源泉にしているのではないか。イギリスはそれに呑み込まれるのを危惧したのかも知れない。

 

 温暖化問題は深刻で対策が必要であることは理解するが、それを巧妙に商売にする組織を生み、それに誘導されている側面があって、マスコミは不思議にそういう点は報道しない。マスコミのスポンサーに関わっているからだろうか。温暖化をはじめとする環境問題対策は前へ進めないといけないから、そういう側面も呑み込むしかないということなのだろう。

 

 環境問題や資源問題、食料問題は中国問題だ、となぜもっとはっきりとマスコミは言わないのだろうか。少なくとも世界のそれらの問題の、半分以上はそこにあると思われるのに。どうせ中国からは「内政干渉だ」と突っぱねられるだけだからか。何にでも使える便利な言葉だなあ。

安心安全という言葉を聞くと・・・

 安心安全という言葉を聞くと不安になり、寒気を催すようになってきた。こういう言葉の使い方の軽さに懸念を感じるからである。こんな安請け合いをすると、必ず、「ほら、こういう所が安全ではない、安心できない」という反証が提示されることになる。マスコミは鵜の目鷹の目で安心安全ではない事例を探し出し、不安をあおっていることはテレビの報道を見ればよくわかる。

 

 安心安全な例が千あっても、ひとつだけ安心安全でない事例があると、すべてが安心安全ではないかのような批判が殺到し、何も前へ進まない、何も決められないことになっているのは、菅首相が安心安全を、目標としてというより目的であるかのように語るからだというのは言いすぎか。そうとしか聞こえないのは言葉が足らないからだろう。説明が下手すぎて情けない。

 

 新型コロナ感染者が一人でもいれば、安心安全とはいえないから、ゼロを目指すことになってしまい、それが現実にはあり得ないことをめざすものであることについては、子供でもわかることだが、だれも反対できない。反対しにくいけれどもある程度の妥協点、これくらいならかまわないという落としどころを、リーダーならあえて公言するべき所を、安心安全などと言うから、完璧な結果しか評価されなくなってしまう。そんな空虚な言葉によって犠牲者が増えていないか。

 

 新型コロナの死者が十人減ったが、自殺者が千人増えたり、生活が成り立たなくなって困窮している人が十万人増えたら、勘定が合わないと思うけれど、安心安全を建前にすると、コロナ禍に関係ない部分は切り捨てられてしまう。うまくいったこと、成果のあったことは全く言わないで、失敗ばかり指摘されれば努力は報われず、意欲も減退してしまう。いま野党やマスコミがやっていることはそういうことに見える。自ら加点するのではなく、相手の失点だけを狙う不毛の戦術だ。国民には何も得にならないことを、感じる人は感じているだろう。

 

 そういう風潮に乗じてデマを拡散させている人間がいる。その中に混乱を国力の低下に結びつけようという勢力が紛れ込んでいる可能性はないか。めったにないチャンスだから必ずいるだろうと私などは思う。そうして愚かにもそれを真に受けて拡散に加担する人間もいて、私は恐ろしい世の中になったなあとため息をついている。

長滝白山神社

Dsc_5147

長滝白山神社は洲原神社、白山中居神社とならんで白山信仰の岐阜県側のメッカである。この看板の右肩にある「花奪い(はなばい)祭り」は正月に行われる勇壮な祭りである。左横の線路は長良川鉄道。長良川鉄道はむかし越美南線といった。

Dsc_5148

入り口に無人駅がある。

Dsc_5149

神社は長滝白山神社で、駅名は白山長滝駅。この二駅先が終点の北濃駅。

Dsc_5150

宝暦義民碑。この地方は寒冷地で稲作に適さないから、米本位制の江戸時代には農民の暮らしは貧窮を極めた。髙山の大原騒動と同様、ここでも一揆があったようだ。

Dsc_5156

護摩壇の横のガクアジサイが色鮮やかに咲いていた。

Dsc_5161

花奪い祭りの行われる拝殿への階段。横に段をなして水が流れている。

Dsc_5162

拝殿の天井はとても高い。この天井にぶら下げられた花飾りを、人間ピラミッドを作ってよじ登り、もぎ取って奪い合うのだ。

Dsc_5165

長瀧寺。中を覗いても本尊はよく見えない。むかしは神社も寺も同居していたのだ。

Dsc_5167

睡蓮の花はもう終わりらしい。咲き残りの一輪。

Dsc_5169

ここは白山の南側にあたる。今回は行かなかったが、白山中居神社は白山の岐阜県側の登山口でもある。北濃駅の先を左側に折れて山越えをすると石徹白という所にいたり、そこに白山中居神社がある。先日観た『夜叉ヶ池』は白山の北側、越前の大野郡の山間部あたりが舞台とされているが、私は南側の石徹白のあたりをイメージしていた。

今回のドライブはこれで終わり。

2021年7月15日 (木)

長良川源流の滝

Dsc_5174

Dsc_5173

 滝が源流ということはないはずで、そのさらに上流があると思う。

 この夫婦滝は駐車場から歩いて五分もかからず、高低差もあまりないから行きやすい。ただ雨上がりなので足元がぬかるんでいて往生した。

Dsc_5177

こういう湧水が足元に湧き出している。

 

Dsc_5180

この時期は水量もあるので見応えがある。もっと近寄れるが足元が悪いので手前でやめておいた。

Dsc_5184

ここで滝行はつらいと思う。

Dsc_5176

今の時期はこういう渓流は涼しくて気持ちが好い。

Dsc_5185

苔の緑も美しい。

Dsc_5186

新しい相棒。

ここから少し登ればもう分水嶺だが、ひきかえして長滝白山神社に行く。

洲原神社

 美しい流れの長良川沿いに北上する国道156号線を走るのが好きで、名古屋へ移り住んで三十数年、毎年数回は走っているから、もう百回以上のなじみの道である。関市の辺りは地道が混むので、一宮から東海北陸道に乗り、うだつの町・美濃で降りる。すぐ先からずっと長良川と並行して走る。時間があれば必ず洲原神社にたちよる。何度寄ったか知れない。好きなたたずまいの神社である。


Dsc_5114洲原神社

 ここは全国の洲原神社四十九社の本山で、ここと長滝白山神社、そして白山中居(ちゅうきょ)神社の三社は白山信仰の神社。どの神社も私の好きな神社で、何度も訪ねている。長滝白山神社はこの日、このあと立ち寄った。

Dsc_5116右手は長良川

Dsc_5118参門。上階の中に大太鼓がある。

Dsc_5113入り口にある神橋。苔が美しい。

Dsc_5121

 いつもは行かない裏手に回ったら、木漏れ日が慰霊碑にあたっていた。

Dsc_5142絵馬堂、かつ拝殿。

Dsc_5144明治二十四年、だろうか。

 絵馬を眺めるのも興味深い。今回神社の裏手をぐるりと回ってみた。初めて見る景色があった。時には視点を変えるのが好い。ここからさらに北上して長良川源流の滝を見に行く。

長良川

 三月三十一日に追突事故に遭ったのは、長良川沿いをドライブして桜の写真を撮った帰り道のことだった。車は大破、頸椎の圧迫骨折という目に遭ったので、長良川沿いの156号線を走るのがトラウマになりかねない。そう思ったので、あえてその道を走ってみた。岐阜県山間部は先日の大雨で一部崖崩れなどの被害があった。走行中は頻繁に工事で片側通行となっていて、日によっては夜間は通行止めだとの表示もあった。
Dsc_5112

 さすがに長良川は水量が増えて流れも速いのに、水はそれほど濁っていない。


Dsc_5137

 いつも立ち寄る洲原神社前で河原に降りてみると、少年達がボートの訓練をしていた。


Dsc_5120

 流れが速いから怖かろうと思うけれど、皆元気だ。


Dsc_5134

 梅雨もそろそろ明けるだろう。帰り道に雷雨に遭う。

 次回はおなじみの洲原神社で撮った写真を掲載する予定。

2021年7月14日 (水)

すけそうだらソーセージ

 いまお気に入りで常備しているものに、すけそうだらソーセージがある。四本ひと束で約二百円。それがスーパーの大きなワゴンに山積みされて売られていて、気がつくと買う。あまり売れていないらしいのが気にかかる。以前お気に入りだったパクチー入りのドレッシングが、あまり売れなかったからか、いつか棚から消えたのは残念だった。売れないと姿を消してしまう。

 

 むかしは練り物といえば防腐剤を添加していることが多く、私はあの防腐剤の舌触りが大嫌いで、わずかでも鋭敏に感知する。魚肉ソーセージでも種類によって防腐剤を感じるものがあって、いつしか食べなくなっていた。ためしてガッテンで、いまは魚肉ソーセージには防腐剤は添加していないらしいことを知ってまた食べようと思った矢先にこのすけそうだらソーセージに出会ったのだ。色は薄いベージュで普通の魚肉ソーセージのようなピンク色はしていない。包装のビニールのデザインのせいなのか、少し灰色に見えるのが手を出しかねる理由かも知れない。

 

 ざらつきのないなめらかな食感で、そこそこいける。私は食前酒のおつまみに食べることが多い。ソーセージのビニールは剥がしにくいものだったが、これは気持ちが好いくらいくるりと剥くことができるのもいい。すけそうだらは速筋タンパクが豊富なのだと聞いたことがある。筋肉は使って始めてさらに生成されるから、速筋タンパクを食べたからといって筋肉ができるわけではないが、近頃筋力の衰えを感じることが多いので、なんとなく期待してしまう。

 

 目についたら一度お試しあれ。

行かない

 本日は、妻を乳がんの定期検診に連れて行く日なので、昨夕確認の電話をしようとしたまさにその時に、入院している病院の主治医から電話があった。検診には行かない、と本人が言い張っていて、理由も言っているのだが、診断を受ける病院の都合もあるから自分勝手なわがままが通るはずもなく、主治医も困惑しているようだった。

 

 主治医が事情を説明したけれどうまく伝わらず、乳腺外来の医師もかなり感情を害しているようで、話がわかりにくいけれど、どうやら私に取りなしを頼んでいるようだ。電話をしなければならない。面倒だなあ。おかげで妻の施設への移動の打ち合わせの話は今回は見合わせるしかないことになり、当方は面倒は抱えたものの、問題は先送りになったので、多少気が楽になっている。請求書が来れば、今日か明日には支払いもある(病院は振り込み不可。支払いの都度面談するシステムなのであるが、いまはコロナで会えたり会えなかったりである)のでとにかく病院に行くけれど、本人と面談するのは無理らしい。病院にはまとまった金を雑費用として預けてあるのだが、会えば小遣いをねだられるだけなので、まあいいか。

 その上準備していたら妻の診察券が見当たらず、いくら探しても出てこない。イライラがつのる。自分がどこかでうっかりしたのだろうけれど、診察券など病院でしか出さないし使わないのだから、あるとしたら我が家か病院しか考えられない。再発行してもらうしかないなあ。

 

 支払いを済ませたら、その足でまた気晴らしにドライブでもしよう。深呼吸して気を落ち着けて・・・と。

2021年7月13日 (火)

鬱傾向

 六七年前から鬱傾向にある。私を知る身内や友人、昔の会社の同僚たちには信じがたいことだろう。何しろ自分でも信じがたいのだから。もともとどんなに落ち込むような事態でも気持ちを切り替えて切り抜けてきた。私は強い人間ではないけれど、ある程度以上の痛みには鈍感になることができるという特技がある。だから眠れないなどということは経験したことがない。

 

 それが医師に睡眠薬を処方してもらわなければならないようになった。夢中で読めた本や、大好きな映画をなかなか集中して楽しめない。いろいろなことに対する感覚の鋭敏さが失われて感動することが少なくなった。もともと老化によってそうなることはあるはずだが、それが増幅されているような気がする。

 

 原因はわかってるのだが、それは取り除くことの出来るものではないので、自分の気持ちの持ちようで乗り切っていくしかない。どうしたらいいだろうと考えれば考えるほど悪循環に陥っていく。出かけたり人に会ったりするとその悪循環からほんの一時的にしても抜け出ることができる。それがコロナ禍でかなわなかったから、どうもさらに悪化している気がする。

 

 正直いまはあまり人に会いたい気持ちが湧いてこない。それではいつまでたっても悪循環から出られないから、いまは少しずつ無理をしようかと思う。ワクチン接種もすんだし、車も手にはいったから、少しずつ出かけようと思っている。ただ好きなように出かけられない用事が私の足を引っ張り、気持ちを萎えさせる。

 

 ちょっと堂々めぐり気味なので、泣き言を書いて憂さ晴らしをしました。こんな文章を読ませてしまい申し訳ありません。

『ライオンのおやつ』

 大好きな小川糸さんの小説『ライオンのおやつ』は読後感のとても好い作品だったが、それをNHKBSプレミアムでドラマ化(全八話)して放送中である。録画して味わって観ているが、最初から主人公の海野雫という女性の気持ちがわかっているので、つい涙腺が緩んだ状態になっていて、その我が姿は人には見せられない。

 

 小川糸ファンなら見逃していないだろうと思う。再放送もされるだろうから観ていない人には是非お勧めしたい。

 

 観ていて連想したのは雫という名前である。

 

 宮崎駿の『耳をすませば』というアニメの主人公の少女が月島雫という名前だったことを思い出した。「しずく」と呼びかける彼女の父親の声はなんと先日亡くなった立花隆だったことを覚えておられるだろうか。その独特のアクセントの声が私の頭に響いて聞こえたのである。このアニメでは猫顔の男爵の声が露口茂で、その声も忘れがたい。あのイメージは宮沢賢治を思わせたけれど、どうだろうか。調べたら、ボーイフレンドのバイオリン制作者を目指す少年の声は高橋一生だったのに驚いた。知らなかったなあ。

 この『ライオンのおやつ』というドラマは、死と直面することで生の意味を知る、生きる力を感じることができる、そのことを教えてくれる。日々を大事に生きなければと思う。

2021年7月12日 (月)

雲南

 大雨のニュースで、島根県の雲南市の名前を繰り返し聞いた。出雲の南だから雲南なのだろうけれど、CHINAの中国の雲南地方が特に好きな私としては、つい聞き耳を立てる。中国の昆明や麗江、大理などのある雲南には二度行った。そして、中国地方の雲南市にも二度泊まったことがあるのだ。

Dsc_0402CHINA雲南の雲杉坪(うんさんぺい)にて

1502-90奥出雲多根博物館・入り口。恐竜がお出迎え。

 泊まったのは、二度とも奥出雲多根自然博物館で、ここは博物館であり、ホテルでもあるという珍しいところだ。残念ながら風呂も夕食もここではなく、斜め向かい、百メートルほど先の長者の湯という所に行かなければならない。雨の時には不便だ。二度泊まって一度は大雪、一度は雨だった。だから却って忘れられない。

1502-22着いた時にはこんな風だったが、

1502-96たちまちこんな風に

1502-76博物館の展示品・化石がたくさん展示されていて見応えがある。何しろ博物館なのである。

 学生時代に親友とふたりで寝袋を担いで佐渡、能登、山陰を野宿して歩いた。日本海には思い入れがあるし、いまでも山陰を走るのは大好きだ。何しろ工場がないし排水で汚れた川が海を汚すこともないから、海がとてもきれいなのだ。もちろん魚は格別美味い。その山陰はしばしば大雨で洪水になる。山陰本線は不通になる。この時期に山陰を楽しみ、足をのばして津和野などへ行くと、大雨の洗礼を受ける。雨に濡れた紫陽花の向こうに濁流となって奔る川を見たことが何度もある。

 

 そんなことを雲南の大雨のニュースを聞きながら思い出していた。

いいことを言ったつもり?

 武藤オリンピック事務総長(なんだかオリンピック担当がいろいろいて、それぞれがどんな役割でその権限は何なのかちっともわからない)が「オリンピックの意義は観客の有無にかかわらない」と言っていた。意義という言葉をどんな意味で言っているのか分からないが、無観客のオリンピックを意義として語るのはきれいごと、絵空事に聞こえてしまった。

 

 観客の有無は応援する人にとっても競技をする選手たちにとっても、興行する側にとっても、重大かつ本質的な問題で、さはさりながら万(ばん)やむを得ず無観客にせざるを得ない、と言う無念さを、演技でも良いから悲痛に語るべき所を「観客の有無にかかわらない」と平然と語るとはなんぞや。

 

 こういう空虚な言葉、嘘を平然と語れるこの人にとっては、オリンピックはずいぶん軽いものなのだろうなあ、と私には思えてしまう。国民のオリンピックに対する熱を思いきり盛り下げてくれるよなあと呆れてしまう。

 オリンピックは参加することに意義がある、とクーベルタン男爵は言ったらしいが、アスリートだけを想定していたというのだろうか。観客の存在は自明のことだっただろう。観客も参加することに意義があると思うのがあたりまえの感覚で、それがかなわないことに主催者側として口惜しい思いを表せないばかりか、「観客の有無にかかわらない」とは、イソップの「酸っぱいブドウ」という話の狐のような言い草に私には感じられたけれど、考えすぎだろうか。

馬は美人に害あり

 久しぶりに『茶話・中』からひとつ
(人によっては気に入らない部分もあるかも知れないが、大正時代の文章ということでご海容を)

 

 梅田女学校の生徒が、荷駄馬に蹴飛ばされてこのかた、馬というものは人を蹴るものだということに気がついて、急にその取り締まりが厳しくなってきたのは喜ばしいことだ。
 馬は女を蹴飛ばすのみならず、その上に女を不器量にさえするものだ。蹴飛ばされて、息が絶えるくらいならまだ辛抱(がまん)ができるが、不器量にまでされてはとてもたまったものではない。美しいということは、生命(いのち)があるということ以上に大切なのを思うと、馬は男と一緒に女にとっては目の敵(かたき)である。
 イタリーのヴェニスには美しい女が多い。世界中のどこの都にくらべても、美しい女にかけては決して引けを取らない。なぜヴェニスに限って、そんなだろうと理由(わけ)を訊いてみると、医学者の返事は極はっきりしている。それはヴェニスは音に名高い水の都で、馬がいないからだそうだ。
 たいていの都会では、ざっと十分おきには、きっと荷馬車ががたぴしと地響きをさせて通るものだ。騒々しいその物音は人に嫌な気持ちを起こさせるばかりか、安眠を妨げることがおびただしい。安眠はなによりも容色(かおかたち)を美しくするものだということを思うと、荷馬車の音を聞かないで、ぐっすり眠ることのできるヴェニス女の美しいのに何の不思議はないはずだ。
 米国のある女学校で、整理の教師が安眠はなによりも健康のお薬だと言って聞かせると、生徒の一人が突っ立って質問をしたことがある。
「先生、人間は一体幾時間ほど眠ったらいいんですの」
 先生はしかつめらしく答えた。
「男子(おとこ)が六時間、女子(おんな)が八時間、そして馬鹿者が十時間」
女生徒は嬉しそうに叫んだ。
「好いわ、私女でいて、おまけに馬鹿だから、これから十八時間眠ることにするわ」
 その小娘が世界中の一番器量よしだったかどうかは私も知らない。

 

引用者の感想
 いまは荷馬車はないけれど、夜が昼をあざむくほど明るい上に静寂というものがないから安眠は困難だ。なかなか美人は生まれにくかろう。

2021年7月11日 (日)

作り過ぎ

 昨日以上に天気がよいけれど、出かけるのはやめることにした。無理に出かけるとろくなことはないことは以前経験済みである。溜まった洗濯物を二回に分けて洗濯した。好く乾くだろう(午後取り込んだら太陽によくあたった洗濯物の気持ちよい感触だった)。

 

 状差しに領収書や書類などがあふれかえっている。水道光熱費などの領収書は年に一度か二度ノートに写して破り捨てる。これで月別の推移がわかる。異常な金額さえなければかまわない。大半をやぶり捨てて残すべきものを整理してすっきりした。

 

 雨が続いたので、やみ間に買い出しをしたが、次にいつ買えるかわからないと思ってつい余分なものまで買い込んでいる。ものによっては賞味期限を過ぎてしまったりするので、あわてて料理に使う。食が細くなっているのにいろいろ作ってしまうことが続いて、食べきれずに食べ残しが溜まってしまった。ふだんは気をつけていたのに作り過ぎである。それもこの陽気だから早く食べなければ痛んでしまう。食べる順番を考えたりしている。

 

 水曜日には妻の病院へ行かなければならない。そこから乳がんの定期検診の病院へ連れて行く用事もある。すでにほぼ消失しているからそれは簡単に済むけれど、問題はそれ以外のことだ。そのための連絡が明日か明後日に病院から来るはずで、水曜日一杯までは遠出は避けるつもりである。気にしながらの運転はしないほうが好い。

 

 いまの病院にどれだけいられるのか、施設に移す提案があるはずだが、施設に入るとなると月にかかる費用が高くなってずいぶん苦しくなる。身体は健康なので要介護認定がもらえないのだ。以前は覚悟していたが、今となってふたたび受け入れがたい気持ちになっている。あきらめたはずなのにまたぞろ気持ちがざわつく自分にちょっとうんざりしている。だれにもまかせるわけにはいかないことなら引き受けるしかない。

 

 そういう気分のこれから数日になりそうなので、明日と明後日は部屋を掃除してフローリングのワックスがけでもしようかと思っている。

不運と理不尽

 日本人の多くが東京オリンピック開催決定を喜んだはずなのに、いまはそれを後悔したくなるような事態になっているのはまことに不運というしかない。とはいえことここに到っては、世界の選手たちに安全に競技を競ってもらい、無事に帰ってもらうことを願うばかりだ。多くの関係者もそのように努力しているはずだ。

 

 いま気になっているのは、本来オリンピックをもり立てる役割のはずのスポーツコメンテーターたちが怒りを抑えかねた様子でオリンピック開催を批判していることだ。私がたまたま見た何人かがみなそのようであることはどうしたことか。共産党や立憲民主党が、オリンピックはいまからでも中止できる、などと、聞いているだけで腹が立つような妄言を吐いているのとは違う意味のようである。

 

 スポーツコメンテーターたちが言いたくてもいえない怒りを向けているのは政府に対してではなく、IOCに対してであるように私は感じている。今回のオリンピックがどういう結果になろうとも、IOCは全く無傷で損害も被らないらしい。そもそもオリンピックの精神などそっちのけで興行に仕立て上げて肥大化させ、巨大な営利組織となったIOCが、オリンピックをゆがめてしまったと批判されていた。

 

 興行主は無傷で、主催者の日本は莫大な損失を引きかぶることになる。そのことはあきらめるしかないと、たぶんまともな日本人なら受け入れるだろう。悪い時にコロナ禍が重なってしまった、運が悪かったと考えるしかないのである。衰運に向かっている日本がその衰運をさらに加速させるきっかけになるかも知れない。それでもいったん引き受けたことはちゃんとやり遂げるしかないのだ。世界は同情しても助けてはくれないだろう。

 

 そんな状況の中でIOCの他人事のような言動がスポーツコメンテーターには許しがたいものに感じられているようだ。もしかするとわれわれが知らないさらなる裏側をだれよりも彼らがよく知るからこそ、怒りを抑えかねているのではないか。知ったら世界中が腹が立つようなことがあるのかも知れない。そんなことをオリンピックをなんとか遂行しようとしている時に言うわけに行かないからコメンテーターたちは、いまは抑えかねる怒りを抑えているように見える。

 

 終わったあとに、実は・・・と言う話が噴出する気がするのは私の想像力がたくましすぎるからだろうか。

2021年7月10日 (土)

知多へ行ってみる

 昨晩は早く寝たのに朝寝坊した。ちょっとだけ途中で起きたけれど、延べにして九時間は寝たろうか。ずいぶん久しぶりの快眠だった。外は薄日が射している。今日も暑そうだ。迷ったけれど、この天気なら知多方面は晴れているかも知れない。十時頃出発。名古屋高速から知多道路を南下して南知多インターで降り、東側、河和方面へ向かい、海岸沿いを走る。

Dsc_5101知多・豊浜漁港

 昨日ガソリンを入れた時には満タンでの走行可能距離は520キロとなっていた。これではリッター10キロということだ。高速を走り出したら次第に走行可能距離が伸びていく。はたして最後はどれくらいになるか楽しみだ。

Dsc_5105漁港出入り口・夏空

 車が多い。久しぶりの天気だから出かける人も多いのだろう。昼に近いから食事をするところはどこも駐車場が満杯である。ただし海水浴場や潮干狩り会場は休みのようである。愛知県は十一日まで蔓延防止期間だから開いていないのだろう。知多半島の先端の師崎をぐるりと回って今度は西海岸を北上する。遠望しても舟が見当たらない。普通の土曜日なら釣り船があちこちに見られるはずだが、天候が不安定だから出ていないのだろう。

Dsc_5104釣り人がいたが、昼間では釣れなかろう

 豊浜漁港の魚ひろばに立ち寄る。売り場を覗いて釜揚げしらすとカマスの一夜干しを購入。カマスは大小で六枚もある。両方で千円。好い買い物をした。さらにあちこち立ち寄ろうかとも思ったけれど、帰ることにした。

Dsc_5107がなかったらしく、水槽は空

Dsc_5106カラス貝の殻が転がっていた

Dsc_5108漁協の建物の周りも閑散としている

 帰りもスムーズに走れた。走行距離約160キロ、走行可能距離が600キロとなっているから、満タンで760キロは走れるということだ。これならリッター15キロということで、まあまあではないか。さらに長距離を高速で走ればもう少し伸びるかも知れない。

 

 今回はほとんど時速100キロ以上は出さずにおとなしい走りをしたが、遅い車を追い越す時の加速などは大いに満足のいくものであった。走り回る喜びを思い出しつつある。

想像力

 自分の言動を他人がどう受け取ったのか、自分ではわからない。わからないけれど、相手のリアクションから想像することはできる。リアクションがなくても想像できないことはない。たぶんその想像したことと実際はかなり違うだろうけれど、それはお互い様だから仕方がない。

 

 問題児をスパルタ教育で矯正することで名を馳せた戸塚ヨットスクールの戸塚宏氏は、もう問題児のスパルタ教育による矯正はやめたそうだ。スパルタ教育の時に死者が出たことで有罪となった経緯があったからかと思ったら、矯正が不可能になったからだという。「本能がだめになっている子供ばかりで、立ち直るきっかけを持たないから教育しても効果がない」のだそうだ。

 

 現代の教育が「叱ること、罪悪感を持たせることで、してはいけないことはしないで踏みとどまる力を植え付ける教育」を否定していると語った上で、「罪悪感を持たない子供は立ち直るきっかけを持たないので、何をしても救えないとあきらめた」のだという。

 

 罪悪感が本能かどうかは別にして、そのような、していいことといけないことの区別は、幼児までに親から刷り込まれないと、あとから持たせるのはほとんど不可能なのだと言っていて、それは現代の教育の成果であると指摘しているのだ。だから戸塚氏はいま、低年齢の子供達を教育しているようだ。

 

 罪悪感とは何か。いま自分がこのようなことをしたら相手がどう思うか、どう感じるかについての判断力であり、想像力であろう。他人の不快感や痛みをどこまで想像できるかということであろう。その育成には「してはいけないことはしてはならぬ」という刷り込みで、そこは時に体罰をしてでも後天的本能となるような刷り込みが必要であり、それを理屈で教えて納得させることはできないということだろう。理屈で教えられるなら、成長してからでも間に合うはずだが、戸塚宏氏はあとからでは不可能だ、と言っているのである。

 

 戸塚宏氏が希望を持ってスパルタ教育をして成果もあった時代が、あるころから現代教育で育った親に育てられた子供は救いようがないことを思い知らされる時代に変わったと感じているのだろう。それは日本が変わったということでもあるのかも知れない。私もその感覚にうなずかざるを得ない気がしている。

2021年7月 9日 (金)

ネジが折れる

 本日は歯医者の定期検診。本当は五月の予定だったが、事故のため首の調子が悪くて予約しそびれていた。六月には行けたのだが、髪が伸び放題でむさ苦しいのが恥ずかしい。床屋に行ったのを機に予約を入れてあった。

 

 歯石があるというのでガリガリと削られる。削る前とあととの写真を見せられた。なるほどずいぶんきれいになった。ガリガリという音を聞くと鼻呼吸ができなくなるのだが、できないと窒息しかねないので、なんとか気持ちを集中して鼻呼吸をした。やれば出来るものだ。

 

 昨日、とつぜんポロリと眼鏡のレンズか足元に落ちた。部屋の中だから割れることもなかったし、すぐに拾えてよかった。レンズ枠を押さえるネジが外れている。ネジが抜けたのかと思ってよく見ると、ネジが途中で折れているではないか。これでは自分では如何ともしがたい。

 

 歯医者のあと、眼鏡屋に行く。特殊な工具でネジを抜かなければならず、下手をすると修繕不能かも知れないとのこと。万一の時にはあきらめるから試してくれ、と頼む。いいしばらく悪戦苦闘しているらしき様子が見られた。結局折れたネジを抜き取ることができたが、ネジ穴が大きくなってしまったそうだ。一回り大きくて長いネジを使って止め、端がはみ出すので小さなナットで止めてある。

 

 度数も合わなくなっていたし、歪みも出ているので、そろそろ眼鏡を新調するつもりでいた。来週にでも視力検査を兼ねて眼鏡を新調しよう。何しろサポカー補助金が十万円も入るのだ。

 

 そのサポカー補助金の書類一式を作成して郵送した。家へ帰って軽い昼食を摂り、車を走らせようと思ったけれど、走るつもりだった岐阜方面は、かなり雨が降っていて、危険らしい。今日はほどほどにしようと思い、地道をあちこちぐるぐると走り回った。約三十キロほど走った頃合いに空がみるみる黒くなってきたので帰宅。直後にやや強い雨が降り出した。滑り込みセーフである。

 

 事故で廃車になったアテンザは車体が重いせいか、停止した交差点からの立ち上がりの加速が悪い気がしていたけれど、CX-30はアクセルにあわせて軽快に加速する。車線変更の時など警告音がしたりして、たしかににぎやかだ。右後ろに車が接近すると右のウインドミラーに三角のランプがついて知らせてくれる。死角の確認ができるからありがたい。前方のフロントガラスに走行スピードと走っている道路の法定速度が表示され、スピードメーターには法定速度をどれくらいオーバーしているかも表示される。いろいろご丁寧なことだ。市街地ばかりを走ったので、燃費は十キロ以下である。長距離を走った場合はどうだろうか。燃料タンクも五十リッターちょっとしかない。前のアテンザは六十リッター以上あったから、満タンから走れる距離はずいぶん違うことになりそうだ。

 

 明日の天気によって、高速試走をするつもりだが、なんとなく腹具合が悪くてテンションが上がらない。冷たいものを飲み過ぎたからだろう。昨晩新車納入祝いをしたからなあ。食べた以上に出したおかけで体重が少し減っている。今月糖尿病の定期検診だから、ウエイトコントロールが必要なので、ちょうど良いのだが維持できるだろうか。そんな腹具合なのに久しぶりに焼き肉が無性に食べたい気分だ。

曾野綾子『老いの才覚』(ベスト新書)

 少し前に読了していたけれど、書きとどめたいことがいくつかあるので取り上げた。

Dsc_5099

 老いとは死に近づくことであって、死はだれにでも必ずやってくる。それを受け入れられるように、年齢とともに気持ちの用意をしておくことが必要だと思っている。それに歳をとるごとに死に対する恐怖は若いときほどではなくなるようだ。

 

本文から
 もしその人が、自分の好きな勉強をし、社会の一部に組み込まれて働き、愛も知り、人生の一部を選ぶことができ、自由に旅行し、好きな読書をし、趣味に生きる面も許され、家族や友だちから信頼や尊敬、好意を受けたなら、もうそれだけで、その人の人生は文句なしに「大成功」だった、と言えます。

 

 私は、孤独と絶望こそ、人世の最後に味わうべき境地なのだと思う時があります。この二つの究極の感情を体験しない人は、たぶん人間として完成しない。孤独と絶望は、勇気ある老人に対して、「最後にもう一段階、立派な人間になって来いよ」と言われるに等しい、神の贈り物なのだと思います。

 

「文句なしの大成功」とはいえないけれど、おおむね悪くない人生を生きることができたと自負している。孤独もそれほど哀しいとも思わずにしっかりと味わい、そして妻との関係で長い裁判沙汰も経験した。そしてその妻は誰かが面倒を見なければならない状態になり、結果的にだれも引き受けないから、私が最後まで引き受けることになった。それを絶望だとは考えていない。それを私は「あきらめ」とともに受け入れたのだ。

 

 自分が生きている意味のようなものを感じられるのは、私がかけがえがないと思える人たち、子供たちや兄弟、友人たちの存在を実感する時であり、多少はその人たちも私がいてくれて嬉しいと思ってくれているらしいことを感じる時である。戸籍上の妻がそういう存在でないのは残念であるが、それも一つの人生だ。

2021年7月 8日 (木)

新しい車

 午後新しい車がわたしのものになった。ディーラーで詳しい説明を受けたのだが、いろいろな機能とスイッチ類がたくさんあって、私のわずかなメモリー量では整理収納ができかねる。ようやく意味がわかったもの、もう一度マニュアルを見直そうと思うものなどであふれかえった。気がついたら一時間近く説明を聞くことになった。

 

 とにかく車に乗れて、安全に走れて、曲がれて停まれるための事項だけは理解した。それは以前乗っていた車と大して違うわけでない(あたりまえか)。ただ、パーキングブレーキがスイッチ式になって、慣れるのに時間がかかりそうだ。これでワイヤーが伸びてしまうということはなくなるのだろう。あとはボタンを押しておくと停車した時にブレーキから足を離しても停まっていてくれる機能はありがたそうだ。アクセルを踏めばブレーキは解除されるが、機能はボタンを押し直すまで持続する。坂道でも大丈夫だそうだ。

 

 サポカー補助金というのがあって、書類を提出するともらえるそうだ。CMで聞いたことはあるが、そんなものがもらえるとは知らなかった。望外のお手当である。以前はディーラーが書いたこともあったらしいが、もともとは自分で申請しなければならないものなので、いまは代書はできないという。息子がマツダに勤めているので身内の値引きがあったが、今回はいつもより割引が大きかったこととあわせて、大いにありがたい。とはいえ年金暮らしには予定外の大きな出費であることは間違いがない。

 

 すべての手続きを終え、ビニールもすべて剥がしてもらって、正式に私の車として運転開始。少し近場を走り回っての感想では極めて快適だ。ただし燃費は悪そうな気がする。これで高速道路を走行した時にどのくらいの燃費になるか気になるところだ。セダンからSUVになったことで座高が高い私としては多少乗り降りが楽になった。

 

 そして・・・帰宅して自分の駐車場に車を入れて降りる時にハタと気がついた。傘をディーラーに忘れてきた。もう一度エンジンをかけ直してディーラーに行き、無事傘を持って帰宅して、今このブログを書いた。

山本夏彦『最後の波の音』(文藝春秋)

 山本夏彦の最後の本で、ほとんど今まで書かれてきた彼の本の集大成といっていい。だから愛読者にとっては読んだことのあることばかりなのだが、彼の思いが凝縮されていて、彼の人生と思い合わせて万感迫るものがある。

Dsc_5100

例によって本文から一部抜粋してあらためての追悼とする。

 

 人はなぜ年齢を知りたがるのか。そのずうっとさきに「死」が控えているからである。老少不定(ふじょう)といって老いた順に死ぬとは限らないのに、ちょっとではあるが、限ると思いたいのである。
 私は少年のときこの世は生きるに値しないと落雷にうたれたように知って、いまだにそう思って「死ぬの大好き」という一冊を出したくらいである。ただもう自分で死ぬ気はないから、喜々として生きているふりをしてはいるが、別段喜んでいるわけではない。死を視ること帰するがごとしと名僧智識は言うが、そんなえらそうなものではない。ただ新陳代謝だと思っている。
 いま私は二十年あまりさる週刊誌にコラムを書いているが、旅はしない、テレビは見ない、事務所から一歩も出ないで、毎週コラムを書くのは骨である。
 コラムの代表を「天声人語」のたぐいだとすれば、あれはアクチュアリテばかり扱う。昨日おこったことを今日書くから新しいように見えるだけで、不易と流行といって私は万古不易なものしか書きたくないから、いつも同じことを書くことになる。天(あめ)が下に新しいことはないのだから仕方がない。寄せては返す波の音だと思えと、友の一人は私をかばってくれた。ありがたいと思っている。
 手をかえ品をかえて書こうと思ってはいるが、不易なものがそんなにあるわけはない。人間の考えはギリシャ、ローマに尽きている、諸子百家に尽きている。孔孟の子は孔孟をうけついで生まれるわけではない。ただの赤んぼとして生まれて、かりに生涯学んでも孔孟の域に達しない。尭の子尭ならず。

 

 この本が書かれているとき、山本夏彦はガンで闘病中で、まもなく亡くなっている。なくなっているけれど私の中では生きている。先達たちが次々にこの世から旅立っていくが、彼らの書いた本は残っている。わたしにとっては、いつでもそこにいる。

2021年7月 7日 (水)

法事

 八月九日が母の祥月命日で、今年は七回忌。弟夫婦にすべて任せてあって、私は行くだけだ。少し早めにしたいということで、お寺と妹夫婦と日程を調整して、今月中に七回忌をすることになった。千葉に行くのはずいぶん久しぶりのことになる。今までお世話になっていた住職も亡くなり、代替わりである。久しく礼服をしまったままなので、虫が喰っていないか確認しなければ。といってもだめになっていたからといって、いまさら新調する気にもならない。

 

 オリンピック中だから、やはり首都高経由はやめて、アクアラインを通ろうと思う。弟のところに世話になるが、その足でさらに北へ走ることも考えたが、今回は無理をせず、二泊ほどしたら一度名古屋に帰るつもりだ。世の中がオリンピックで騒然としているかも知れない。そういうときは自重した方が良いと思う。それに法事と遊びを一緒くたにするのも気が引ける。

 

 納車日が早まり、明日の午後ということになった。しばらく天気が悪いから、慣らし運転はほどほどから始めようかと思う。浮かれていたらろくなことはない。今までにないいろいろな機能があるので、まずそれを理解しなければいけない。私は理屈から入る、マニュアル重視派なのだ。

 

 五月に免許を更新した。次の更新は三年後、七十四歳。その次の更新は・・・。たぶん更新はしないだろう。人生の区切りが見えてきた気がする。悔いのないようにしたい。

心配

 インドネシアでは新型コロナの感染が猛威を振るっていて、日本人の感染の死者もいると聞いて心配している。私が在職していた会社もインドネシアに合弁会社があり、すぐ下の後輩が長年責任者をしていたが、二三年前にようやく日本に帰った。その代わりに行ったのが、私もよく知る若手(今では中堅であるが)だと聞いている。真面目で熱心な男なので苦労しながらもそれなりに成果を上げているだろうと思っていたが、コロナ禍の中で日本にいては想像もできないような不安の中にいるのではないかと心配しているのである。

140924-109_20210706183301

 現役の人間に問い合わせるのは、ただ自分が安心するためであるからひかえようと思っている。ただひたすら無事であることを祈るばかりである。

2021年7月 6日 (火)

『夜叉ヶ池』

 泉鏡花原作の戯曲を篠田正浩監督が映画化した(1979年)ものを観るにあたって、まず原作を読み直し、それから映画を観た。三年ほど前に泉鏡花全集(全十二巻)を古書店などでかき集めて揃えて、真っ先に読んだのがこの戯曲だったから思い入れがある。もちろん主演は泉鏡花の作品に最もふさわしい坂東玉三郎で、鐘撞きの妻の百合と、夜叉ヶ池の主である白雪姫を一人二役で演じている。これが玉三郎の初出演映画らしい。

 

 映画化するにあたって脚色がたくさん加えられており、本来の原作にはない部分が多すぎて冗漫に感じられた(124分)。もっと短く作ったほうがずっと好かったと思う。夜叉ヶ池の眷属たちの姿はなかなか映像化が難しい。そういう部分を観ていると、アニメにした方がずっと違和感がないものになるだろうと思うが、それでは玉三郎の出番がなくなってしまう。やはりこの作品は幻想的な様式美を表現しやすい舞台が一番良いかもしれない。

 

 台詞の細部で気になったところ。輿十(よじゅう・村人)が鯉を密漁して、「四貫目はあるだろう」と言うときに「よんかんめ」と言っていた。これは「しかんめ」と言わなければならない。原作を確認しても「しかんめ」とルビが振られている。それにざるにその鯉を入れていたがどう見ても一尺たらずの大きさで、四貫目なら十五キロの重さであって、一尺で四貫目はおかしいのである。これは抱えきれぬほどの大鯉でなければならないのだ。ここに出てくる蟹も小さな蟹が使われていて、原作での配役名は大蟹の五郎であるから小さな沢ガニではおかしい。手抜きをすると原作を損なう。ただし、ラストの大津波のシーンの特撮は迫力があった。あったというよりありすぎたけれど、そんな非難はしないほうがいいか。

 

 ラスト近くで成金代議士が村人を扇動して、百合を指さし「この女郎を生け贄にしろ」と叫ぶが、これを「じょろう」と言っていた。これもこの場合は「めろう」であろう。もちろん原作のルビは「めろう」である。ほかにもあるけれどきりがないのでやめる。とにかく原作を二度も三度も読み込んでおけばこんな間違いはあり得ないのであって、残念なことである。たぶん玉三郎は気がついていただろうけれど、初出演で意見を言える立場ではなかったのかも知れない。

だめだこりゃ

 どういうわけか、左手親指下部の神経が本来あるべき所から浮き上がってしまい、ほとんど皮膚の真下になった。そこにものが当たると痺れるように痛い。左利きの私が左手でものをつかむたびに痛みを覚える状態である。

 

 野蛮な人間ほど痛みに強いというが、私は格闘技で絞め技や関節技をかけられる経験を繰り返し経験しているので、普通の人よりも痛みに強い。だから痛みに強いけれど野蛮ではないといいたいのだが、私を知る人はやはり野蛮なのだ、原始人に近いのだ、と笑うだろう。おかげで痛いけれど我慢できているが、たぶん普通の人は医者に行くかも知れない。その痛みには付き合っていくしかないのかなと思っている。

 

 昨日午後床屋に行った。雨が降ったりやんだりなので、どうしようか迷ったのだが、この時期にそんなことで迷っていたらいつまでたっても床屋に行けない。迷うのは傘の問題だ(井上陽水か!)。傘を持っていって、止んでいる状態で店に入り、途中で降り出せば、傘なしの不届き者が私の傘を差していくかも知れない。降っている状態で店に入り、終わって店を出る時に止んでいればこの私が忘れてしまうかも知れない。それを考えると煩わしいのである。

 

 出がけに小降りながら雨が降っていた。床屋はいつになく待っている人が何人もいて、しかも格安床屋だから調髪時間は短いので回転がいいはずなのに、なかなか待ち人が減らない。何か今日は特別髪を整える必要のある男が多い日なのか。私のように髪が伸びすぎて限界の男がたまたま集中したのか。ようやく順番が来て、思い切り刈り上げてもらって襟足も剃ってもらったらさっぱりした。

 

 傘は・・・床屋からは無事持って帰ったのだが、そのあと立ち寄ったところでうっかり忘れてしまい、夕方気がついてあわてて取りに行って事なきを得た。だめだこりゃ。

2021年7月 5日 (月)

たてる派、たてない派

 山本夏彦の最後の本、『最後の波の音』(文藝春秋)を読んでいる。書かれていることはこれまでに読んだ数多くの彼の本とほぼ同じことで、彼自身も認めている。「何だ、同じことばっかりいっている」という指摘に、彼の友は「寄せては返す波の音と思え」とかばってくれたと自嘲している。この本は平成十年から十四年にかけて書かれた彼のコラムなどをまとめたもので、彼は平成十四年にガンで亡くなった。

 

 同じことを書きながらそれでもまた読むのは、同じことなのにそれがますます凝縮濃縮されていて寸鉄釘を刺す如くなっているからである。まだまだ私に彼の言葉が身にしみこんでいることわずかだからである。しみこませて、ついに山本夏彦に近いものになりたいと思うからである。

 

いつものように文中から抜粋する。

 

(前略)漱石は子供と活動写真を見て、あの人いい人?悪い人?と聞くので閉口したそうである。レッテルを貼ってもらいたいのである。漱石の子のまねして私もレッテルを貼りたい。
 南京大虐殺が「あった派」と「なかった派」、従軍慰安婦の強制連行が「あった派」と「なかった派」、両派は互いに証拠をあげて争っているが、いくら証拠をあげても相手を降参させることはできない。写真はすべて「ニセ」であり「やらせ」である。「論より証拠」というが証拠より論なのである。いつはつべしとも思われない論なのである。いいかげんにせよと言ってもやめないでまだやっている。
 これをやめさせるには暴力しかない。有無をいわせず勝った方が押しつけるよりほかないのである。むろん東京裁判はおしつけである。茶番であり偽善である。そして今後とも人は裁判を欲するのである。偽善を欲するのである。

 

これを一読して「腹をたてる派」と「腹をたてない派」とに別れるであろう。「たてる派」はこの本を理解できないし、読んで理解すれば書いてあることにたえないであろうし、そもそも読もうとは思うまい。

したいこと

 襟足が伸び放題になっているので床屋に行って髪を刈り上げてさっぱりしたい。もう四ヶ月くらい床屋に行っていない。五月に歯医者から定期検診の案内が来ているけれど、行っていないから、調髪したら歯医者に行こうと思う。

 

 今週末に新車が納車されるので、まず足慣らしに出かけるところをあれこれ考えている。まず長良川水系、国道156号線を北上したい。日をあらためて飛騨川水系、国道41号線を北上して髙山へ行きたい。知多半島を走り、海を見に行きたい。そのあとは妻の病院へ行く用事がある。それが済んだら千葉の弟のところへ遠出するつもりだ。普通は首都高から千葉へ入るけれど、場合によっては首都高を回避してアクアライン回りにしようかと考えている。

 

 そのあとは能登へ行こうと思う。奥飛騨温泉にも行きたい。山陰を走りたいとも思っている。さらに広島の息子を訪ねたり、九州まで足をのばして日田めぐりをしたい。もちろん東北へも行くつもりだ。本当は下北半島からフェリーで北海道へ渡り、北海道を放浪したいのだが、妻の病院のことがあるので、それほど長期にいくことが出来ないのが残念だ。

 

 どうせ走り回るにしてもあと五六年のことである。悔いが残らないようにとことん走り回ろうと思っている。秋には弟夫婦を呼んで、伊勢や鳥羽を案内しようかとも思っている。写真も撮りまくりたいなあ。

2021年7月 4日 (日)

次があると思っていた

 本を読み散らしていたけれど、疲れたので写真のファイルの整理をした。一通りNASにまとめたものと思っていたのに、そこに移していないファイルがけっこうあったし、同一の写真が違うファイル名で収められたりしていたので、中身をチェックしながら場所別、時系列順にディレクトリを作り直した。まだまだ不十分だけれど、今日できるのはここまでか。

Dsc_4875_20210704164601玉龍雪山

 国内も海外もずいぶんいろいろ出かけている。懐かしい写真も山ほどある。国内はまだしも、海外への旅はたぶんもう行くことはないだろうと思う。海外で撮った写真を眺めていると、ここではこう撮ればよかったと思うものがたくさんあって、満足の出来る写真はほとんどない。でも撮り直しに出かけることはないのだ。そのことが不意にずしりと重く心に響いた。

Dsc_4491大理にて

反逆を真似する

 新型コロナ感染が首都圏中心にふたたび急増している。そこで特徴的なのは20代の若者の感染者の比率が高いことだ。この病気が高齢者ほど重症化しやすいということはあっても、特に若い人がかかりやすいという話は今まで報じられていないから、若者の感染者が多いのは若者の行動に理由があるとだれでも想像するだろう。首都圏、特に東京は若者の比率が高い。それなら感染が増加するのは必然か。

 

 若者は為政者(権力者)の指示に従うことを潔しとしない傾向があるのは今に始まったことではない。人が従っているなら自分は従わない、と粋がるものだ。仲間内でそういう自分を誇示したりする。ところが自分は感染の危険を回避するために従いたいと思ってもそういうグループの中にいると、なかなか独自に動けない。わざわざ危険だと言われること、してはいけないことをして見せたりする。自己主張のために人に同調するという、考えてみれば矛盾した不思議な行動をする。本当に自己主張の出来る人間は他人の目ばかり気にしたりしないもののはずなのに。

 

 ところで感染者というのはどのようにして発見されているのだろう。報じられていると思うけれど、私は正確に承知していない。具合が悪いけれど、もしかして、と自覚症状があった人が受診して発見されるのと、感染者の濃厚接触者の検査でわかるものと、ランダムなPCR検査でわかるものと、どのような割合なのだろうか。もっと徹底して検査をしたら、感染者数はもっとずっと多いのだろうか。それが解らない。 

 

 若い人ほどデマに惑わされやすいように見えるのは、SNSなどで不確かな情報が共有され、それに影響されているからだろうか。ワクチン接種の副反応が、感染による体調悪化よりも恐ろしいかのような発言を、大真面目にしている若者をテレビで観たりする。そう信じているようだ。若者は行動的でしかも群れる傾向があるから、若者の感染者の数が多いのは、今後さらに感染の再拡大につながっていきそうだ。一番自由に動きたい若者が我慢が足らないために、世の中がもとの自由に戻ることを阻害しているというのは愚かなことだ。

2021年7月 3日 (土)

くれない指数

 曾野綾子が老化度を測る目安として「くれない指数」ということを書いていた(『老いの才覚』ベスト新書)。「・・・してくれない」という言葉が頻繁に出るようになったら、かなり老化が進んでいるという。高齢であることが特権になってしまって、してもらうのがあたりまえだとふんぞりかえっている老人ほど醜いものは無い。

 

 考えてみれば老人ばかりではなく、弱者であることを特権階級的に主張する人もくれない指数が高いといえるだろう。野党やマスコミは、しばしばくれない指数を高めるようなお為ごかしを言う。

 

 自分で出来ることは自分でする。そしてどうしても自分で出来ないことは人に頼む。それはあたりまえのことではあるが、頼んだ時は対価を払うか、せめてありがとうと感謝の言葉を言うのがとうぜんだけれど、くれない指数の高い人はしてもらってあたりまえの人だから、それが出来ない。ひとりでにそのひとの周りから人は去っていくものである。

 

 若者にもくれない指数の高い人はしばしばみられるし、高齢でも自立している人はくれない指数が低いものである。自分もよくよく気をつけたいと思う。

書くことがない

 いつも朝起きたらパソコンを開き、思いついたことをブログに書き散らすのだが、今朝はどういうわけかパソコンをいつまでも開く気にならなかった。そういうときもある。頭のガス欠状態で、燃料の充填には多少時間がかかることがある。

 

 その気になるまで待つことにする。

何がしたいのか

 私は自分探しをしようと思ったことがない。いつも自分が出逢うものに全感覚を振り向けて、そこで自分が何を感じるのか、そのことにこだわって生きてきた。世界を知りたいという思いがあっても、自分の能力では、ほんのわずかしか知ることがかなわないことを思い知らされてきた。

 

 世界は、この世はどうなっているのか知りたいと思いながら、たまたま知ったことからはますますわからなくなっていった。それがとうぜんだろう。わからないということを基準に観てみれば、わかったように語る人びとに驚き呆れる。知らないことを知ろうとしない人が普通だということが信じられない。

 

 何も知らずに生を終えるしかないことはわかっているけれど、どこまでも、自分なりに世界を世界を解釈したいという思いでいる。わかる、ということのレベルの遙かな階梯に自分が脚をかけたのだ、ということを自分の手柄として、自分で納得して余生を生きたいと思っている。人は神への長い道をめざすものだと思う。

2021年7月 2日 (金)

アダムを羨む

 薄田泣菫の『茶話 中』に

 

「結婚した男という男はたいていアダムを羨ましがるものだ。何故といって、彼にはイヴの阿母(おふくろ)というものがいて絶えず口うるさく世話を焼く心配がなかったから」とある。

 

 なるほど。それならたぶん結婚した女という女もイヴを羨んでいることだろう。

 

 アダムが羨ましいかどうかはともかく、アダムにはへそがないということである(理由は言うまでもない)。腹がつるんとしているのはどういう気分なのだろう。私はそのことは特に羨ましいとは思わない。

ふだんないこと

 気温はあまり高くないのに蒸し暑い。今朝起きた時から、左後頭部に痛みを感じている。わずかな痛みだけれど、私はほとんど頭痛というものを感じたことがないので、慣れないものに戸惑っている。副反応かも知れない。ただし体温はほぼ平熱。

 

 天気も悪いし、今日は観ても観ても減らない、録画したドラマや映画を消化するつもりでいたけれど、ほどほどにした。映画もずいぶん観ているけれど、多すぎていちいちブログに書く暇がない。最近は観ていて「これはだめだ」と感じたらすぐ打ち切って消去する。以前はせっかく録ったのだからもったいないと思ったものだが、今は時間の方がずっともったいないのだ。

 

 だいたい俳優が無意味な台詞を交わしている映画は駄作である。タランティーノの映画も無意味な会話を交わしているではないか、という人もあるかも知れないが、無意味さの意味が根本的に違う。映画をよく観る人ならわかると思うけれど、説明しようとすると案外むつかしいからよく考えてから機会があればまたそのことを書くことにする。

 

 眠りのリズムが狂って、このままだと昼と夜とが逆転しそうな気配である。だから昨晩、ずいぶん久しぶりに睡眠薬を服用した。ところが寝床で音楽を聴いたり本を拡げてごそごそしていたら、やはり寝そびれてしまった。それでもいつもよりはよく眠れた感じで、寝起きの気分は、わずかな頭痛以外は悪くない。

 

 やはりもう少し汗をかいて身体に多少の疲労を与えるのが一番睡眠の適正化には有効なのだと思う。土いじりや専門的な農作業の話をブログでいくつも拝見していると、自分が本当にぐうたらしているなあ、と思う。旅に出るとけっこう歩き回るので、そのあたりで自分を調整し直したいと思っている。

王朝

 中国共産党設立百周年記念セレモニーが大々的に挙行された。その時に一時間、習近平が演説した内容を中心にBSフジのプライムニュースで論じていた。

 

 いつものことだが、ゲストの興梠氏がさまざまな資料を基に現状解析をするのに対して、朱建栄氏が必死で反論しているが、反論にもなんにもなっていないのが見ていて哀れを催すとともに、この朱建栄という人は以前中国で行方不明となり、中国当局に拘束されていたと見做されていたことを思い出す。解放されて日本に戻り、ふたたび中国側にたってのコメンテーターとして活動しているのだが、よほど中国で怖いめに遭ったのだろう、もう理屈も何もない習近平代弁者に成り果てている。

 

 そういう意味で中国共産党の理屈を彼が語ってくれているので、中国共産党の異常さがよくわかるから呼んで意見を聞く意味はあるのである。ただし聞いていて腹が立つことを我慢する必要があるが。

 

 とにかく今回の共産党百年のセレモニーの様子を見たひとは、中国がほとんど北朝鮮状態にあるということに呆れたであろう。私には習近平王朝の宣言のように見えている。中国との付き合いはよくよく考える必要があることを中国が教えてくれている。

2021年7月 1日 (木)

映画『青くて痛くて脆い』(2020年・日本)を観る

 数年前に、ひょんなことから住野よるの小説に出会い作品を数作読んだ。高校生や大学生が主人公の話はふだんなじみのないものだし、もともとそういう、いまの若者の気持ちにあまり強い興味がないのだけれど、それでも私に読ませてしまうのは、この作者の筆力のなせる技であろう。

 

 この映画ももちろん住野よる原作で、原作は読後のインパクトがかなりあった。映画はそれをどう描いているのか、それを重点に観た。はっきり言って原作の雰囲気を好く描いているけれど、私が感じた一番肝心のインパクトがぼやけていたことが残念だった。

 

 いわゆる日和見的に生きる生き方、人とは深く関わらず、関わらないことで自分が傷つくことを回避するという生き方、それは同時に自分が他人を傷つけないで済むのだ、という自分への言い訳を用意している、そういう主人公の話である。実は若者は正義感があり、血が熱いと思われているけれど、それは全世代の中で若者に比率が高いというだけのことで、ほとんどの若者はそんなことはなくて、この主人公とそれほど違うわけではないことは周知の通り。

 

 そんな主人公が、人一倍血の熱い理想主義的な女性に声をかけられ、成り行きで、「世の中を変えよう」、という組織を立ち上げることになる。最初はだれも相手にしないその集まりが、いつしか膨張を始め、巨大化して力を持ち始める。しかしあるきっかけから主人公はその組織からドロップアウトしてしまう。

 

 そういう組織になじまず、自分から離れたのが明らかなのだが、主人公は組織に捨てられたと思い込み、ついには自分を捨てた組織への復讐を画策することになる。大きな組織には弱点は必ず生ずる。それを突くことで組織はダメージを受ける。

 

 当初主人公と二人でこの組織を立ち上げた女性が主人公と向き合い、投げかけた言葉が主人公を打ちのめす。その言葉は主人公だけではなく、主人公に感情移入して主人公のエスカレートする行動をドキドキしながら応援していた自分が主人公と一緒に打ちのめされる、というのが原作の肝心の部分なのである。

 

 それは何かを実感するには原作を読むしかない。映画ではそれが観ている人の衝撃になっていないと思うからである。

副反応は

 昨夕、二回目の新型コロナウイルスのワクチン接種を受けた。これで二週間すれば抗体ができるはずである。

 

 今朝起きた時点では腕や肩も腰も痛みを感じるようなことはない。ただ、接種した左腕が重くてだるい感じがするが、それは一回目も同様だったので気にしなければどうということはない。体温を測っても平熱である。

 

 若い人ほど副反応が強いという。副反応がないということは、私は年寄りだ、という証明みたいでいささか忸怩たる思いがあるが、副反応による体調不良がないことを喜ぶべきだろう。

 

 ところで副反応の強さと抗体の生成の出来具合に関係があるのだろうか。それなら副反応がないということは、抗体もあまり出来ていないということになる。年齢別の、副反応の強度別のワクチン効果のデータのようなものはあるのだろうか。

 

 日本の重症患者数は次第に減って、もうすぐ500人を切りそうである。それは新型コロナウイルス感染による医療圧迫が減少しているということであって、感染者数がなかなか減らないとはいえ、悪いことではない。しかし考えてみれば、死者の多くは重症患者の中から出るわけで、死者があるから、あらたな重症者の増加よりも重症者病床治療者の数は減少するという事態にあるということだろう。

 

 高齢者の感染数は一部の情報とはいえ明らかに減少しているようだ。それなら重症者も減るはずで、これはワクチン接種の進み具合と関連しているとみていいのだろう。政府が今できることの最優先にワクチン接種を進めているのは、そういう意味で正しいと思う。

 

 オリンピックについてはすでにここに到っては成り行きを見守るしかない。無責任だけれど、感染爆発のないことを祈るばかりだ。菅首相もそう願っていると思う。野党は菅首相の失態を願い、感染爆発をまさか期待などしていないと思いたい。

« 2021年6月 | トップページ | 2021年8月 »

2024年3月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

カテゴリー

  • アニメ・コミック
  • ウェブログ・ココログ関連
  • グルメ・クッキング
  • スポーツ
  • ニュース
  • パソコン・インターネット
  • 住まい・インテリア
  • 心と体
  • 携帯・デジカメ
  • 文化・芸術
  • 旅行・地域
  • 日記・コラム・つぶやき
  • 映画・テレビ
  • 書籍・雑誌
  • 経済・政治・国際
  • 芸能・アイドル
  • 趣味
  • 音楽
無料ブログはココログ

ウェブページ