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2021年8月

2021年8月31日 (火)

仁科三湖(1)

根知のフォッサマグナ断層路頭を見て、そこから姫川沿いに国道148号線を南下する。姫川は翡翠の採れるところだが、河原で拾ってはならないことになっている。ただし糸魚川などの海岸で拾うことは許されていたはずだ。むかし母方の祖父が糸魚川渓谷のあたりで拾った翡翠の原石をせっせと磨いていた。祖父は秋田冶金を出ているから地学の専門家である。鉱物に詳しい。だから私もこどもの頃から石には興味があった。

その姫川の景色の好いところ、姫川渓谷(道路はトンネルとスノーシェードだらけ)を過ぎると姫川温泉という温泉街がある。七八年前にこの温泉に泊まった時のことを思い出した。

古いホテルだが食事は個室で、料理も美味しかったのだが、食事中に激しい怒声が聞こえて驚かされた。私の係の仲居さんが走り込んできたので訳を尋ねると、怒声は料理長の声なのだという。しつこい客に立腹したけれど、客にあたるわけにも行かず、仲居に当たり散らしたらしい。血の気の多い人だし、よく切れる刃物を持っても居るので、そばに居るのが怖くなったのだという。そこに座らせてしばらく馬鹿話をした。かっとなるけれどすぐ治まるのでもう大丈夫、といって仲居さんは席を立った。

姫川温泉を過ぎれば小谷村である。ここは「おたりむら」と読む。ここの民宿温泉に泊まったこともある。ひなびた山菜料理と温泉を楽しんだ。もう三十年ほどまえのことだ。道の駅で、「雨飾山」という地酒と、キイチゴのジャム、そしてサルナシのジャムを買った。今地酒を寝酒に楽しんでいる。

白馬を過ぎればもう次の目的地の青木湖が近い。

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青木胡は広い。むかし松本の親友の家族とここへ来たときはそれほどと思わなかったが、ぐるりと周りを車で走るとその広さを実感する。今回はキャンプ場の近くに車を停めて写真を撮った。

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青木湖というだけあって水が青い。青木胡めぐりのサイクリングをしているらしき母子、子供は小学生か、が私の車の近くで休憩して話している。飲み物を飲みながら母子で話している様子がなんだか胸にじんとした。どこかへ出かけての母子のふれあいというのは思い出に残るだろうなあ。

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湖の青さが上手く写せない。

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こんな色とも少し違う気がする。

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このグラディエーションのかんじかもしれないが、なかなか実際通りにならないものだ。

このあと、すぐ近くに小さな中網湖があるので見にいく。

フォッサマグナパーク

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フォッサマグナパークというと、糸魚川市郊外のフォッサマグナミュージアムと勘違いされるかも知れない。こちらは根知という、日本百名山のひとつ、雨飾山への登山口にあたる場所にあり、立ち寄る人は少ない。一度姫川温泉に泊まったことがあり、そこから糸魚川へ走る途中にこの場所に気がついたのだが、その時はフォッサマグナミュージアムへ心急いでいたために立ち寄らず、後悔していたのだ。

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駐車場の近くに糸魚川周辺の大きなレリーフがあった。日本列島・本州を二つにわけるような大断層がフォッサマグナだ。

駐車場から国道を少し歩き、断層への登坂口を登る。

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登坂口から四百メートルなら、よほど急な坂でなければ引き返さずに進む気になる。ただ、熊の絵があるのも気になる。

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坂を登り始めてすぐに大糸線の線路を見下ろす場所に出た。向こうが南側、大町方向。下を流れる川は根知川で、すぐ先で姫川と合流する。

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坂の左手は木々の繁る崖になっている。涼しい。

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程なく、たいした急坂も階段もなく断層露頭部に到着した。説明図はわかりにくい。ここにはたしかに「断層に近づいてみよう」と書かれている。

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斜めに断層の露頭部を見下ろす。うーん、わかりにくい。左手が古地層、右側が新地層らしい。

階段を降りて正面に行かねば、と思って階段を降りたのだが。

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通行止め。なんだこれは!これでは来た甲斐がないではないか。崩落土があると書かれているが、想像するに、馬鹿者が崖をよじ登ろうとするので、危険だから通行止めにしているのではないか。正面から観察できなければ、ここへ来て感激のしようがない、本末転倒ではないか。何が「断層に近づいてみよう」だ。残念である。

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もう一度断層露頭部の写真を撮って引き上げた。さらに山を登ると、柱状溶岩があるらしいが、ここからさらに700メートル行かねばならない。往復1.4キロ、ちょっと坂もキツそうなので、やめておいた。

これなら糸魚川のフォッサマグナミュージアムにもう一度行けばよかった。あそこなら変わった珍しい岩石や鉱物の素晴らしいコレクションを楽しむことができたのに・・・。

布団を干す

 汗と私の重みで、重たいせんべい布団になっていた。名古屋はまだ猛暑が続いているけれど、ベランダに太陽の陽が入るようになってきた。日が秋の傾きになりつつある。ベランダの囲いに布団を干すのはいちおう禁止になっている。きちんと縛り付けずに落下させる愚か者がいたためだ。だから落ちることのないように物干し竿にかけて干す。物干し竿まで日が差し込むようになったので久しぶりに布団を干したのだ。

 

 朝早くから干し始めて気がつくごとにひっくり返していると、布団が日向の匂いになり、心持ち軽くなり、ふくらみもすこしだけ取り戻した。

 

 夜の寝心地は段違いに快適だった。それが却って夏の疲れを一気に噴き出させたようで、朝寝坊してしまった。寝起きは悪くない。明日から天気が徐々にくずれるらしいので、今日も布団を干すことにした。

 

 旅の報告はまだ二日目の分が残っているので、次回以降に。

2021年8月30日 (月)

朝日町歴史公園

地図を見ていたら富山県の朝日町に不動堂遺跡という縄文遺跡があるらしい。そばには百河豚(いっぷくと読むらしい)美術館というのもある。全体が朝日町歴史公園になっているようだ。朝日町のインターから県道13号線を山に向かえば宇奈月に到る。その道沿いにあるから、背後には立山が見えるはずなのだが、小雨交じりのため、雲がかかっている。

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百河豚美術館入り口。何を展示しているのだろうか、入ってみる。

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なかなか期待させるエントランスであるが・・・。

一階と二階に展示品が展示されているが、展示数はそれほど多くない。私の前に一人出て行って、私が出るときに一人入ってきた。この展示規模で700円は私は高いと思うが、展示品の値打ちをどう考えるかで、また違うかも知れない。

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『鉄仏』とあるから、鉄製の仏像なのだろう。

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『空海の書』とあったけれど、筆跡はそれらしいが、真筆かどうかわからない。撮影禁止という札がわかりにくいところにあるのに気がついたので写真はこれだけ。テーマが統一されていない展示に感じた。

実は美術館の中に縄文時代の展示物があるかと期待したのだが、全くなし。別物らしい。

不動堂遺跡はここからもう少し先にあった。

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それらしい遺跡のようだが、ひっそり閑としている。だれも立ち寄らない気配だ。

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縄文の住居を再建したらしい。写真では明るいけれど、もっと薄暗くて小雨が降っていた。中に入る気にもならないので外から眺めただけ。

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実際はこんな風に見える。

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向こうの方が立山で、晴れていれば山が見えるらしい。

なんだかここは期待外れであった。どこでもあたりというわけにはいかないものだ。雨が強くなりそうなので、魚津のホテルに向かう。コンビニでビールとつまみ、カップ麺を購入して、部屋飲み、部屋食のつもりである。美味しい魚が食べたいが、さすがに飲みに出るつもりはない。

越後市振(えちごいちぶり)

越後市振は富山県と新潟県の県境の新潟側にある。市振と言えば芭蕉の『奥の細道』で

  一家(ひとつや)に遊女もねたり萩と月

という句を詠んだとされる場所である。道の駅があるので行ってみた。市振からすぐ先が親知らずの難所である。芭蕉は新潟側からこの難所を越えて市振に入っている。親知らずは断崖絶壁の下のわずかな砂浜に打ち寄せる波をよけながら通らなければならない危険な場所である。いま、北陸道は海上に道路を作って通過するようになっていて、難所は道路の下に当たる。国道8号線は断崖の高いところをくりぬいて走る道で、ところどころに海が見下ろせて、スリルを味わうことができる。

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市振から新潟方面を望む。海にせり出している崖から先が親知らずである。

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あいの風とやま鉄道の電車が通った。

芭蕉は「疲れた」とだけ記して親知らずの難所の様子は詳しく書き残していない。

市振の道の駅に芭蕉の像はなく、句碑くらいあるかと思ったのだが、何もない。

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こんな場所があったから句碑でもないか探したが、ただの石だけだった。

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日本海。小雨交じりで夕方のように暗い。いかにも日本海である。夏は青く美しいから、もう夏は終わりつつあるということか。

時間があるので富山県朝日町の歴史公園へ行ってみることにした。縄文遺跡があるらしい。

 

大石像群

神通峡を見下ろす狭い道の途中に車を置くスペースがあったのだが、ふり返るとこんな石碑が目にはいった。

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ただの仏像が列んでいると思ってよく見たら、

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変わった像があるのに気がついて見に行った。

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これは猪八戒か。

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これは孫悟空らしい。

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こんなのもある。

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このおっさんが手に持っているのは・・・。

こういう変わったものばかりかと思ったら、それはごく一部で、

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こういうおばさんや、おじさんの石像が列んでいる。

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こうして列んでいると壮観である。

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和服のおばさんの隣に裸の女性の石像!

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こういうのが山の上の方までぎっしりと列んでいる。

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本来メインだったと思われる仏像は、向こうの方に一緒くたにされている。

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山の上の方にもあって、どこまで、どれだけあるのか数え切れない。

この場所以外にもところどころに集団の石像が列んでいる場所があった。どれだけの、どんなエネルギーがこの石像を生み出しているのだろうか。驚くべきものを見た。

2021年8月29日 (日)

夕方無事帰着しました

夕方四時過ぎに無事帰宅しました。今回は人に出会わないことを心がけたつもりでしたから、ビジネスホテルのフロントの人と、土産を買ったときと、コンビに立ち寄ったときと、あとは二回くらいしか人と対面しませんでした。とにかく車で走ることの快感を堪能しました。

しばしば「県をまたいでの移動は控えましょう」の案内を見ることがあり、うつむかなければなりませんでした。それでも山道を歩いて汗を流し、夏の濃い緑を見ることで、たまっていた精神の澱のようなものが洗い流せたのはさいわいでした。

地図を見て訪ねた場所に当たり外れがあって、そのことがまたおもしろいと思いました。そのへんはまだ残りがありますので明日以降に報告します。

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魚津のビジネスホテルの窓から海を望む。向こう川に陸地などあるのだろうか。蜃気楼ではないか。

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昨夕には向こうに島影が見えた気がした。佐渡島だろうか。

神通峡

 神通川は美しい川である。神岡鉱山の鉱毒水によって、公害の川として有名になったのは残念なことだ。いつも41号線を富山まで北上するが、その神通川の最も美しいと言われる神通峡を対岸に行ってみたいと以前から思っていた。楡原というところから41号線を離れ、対岸へ渡る。思った以上に狭い道で、センターラインがないどころか車幅に近いほど狭いところもある。対向車が来たら困る。私は狭い道でのバックが苦手である。

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ようやくやや広いところへ出たので来た道をふり返る。平らだし、急カーブは少ないので狭くなければ走りやすい道なのだが。

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車を停められる場所で神通川を見下ろす。

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水面が山を映す。

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ここでは晴れていたのだが・・・。このあと日本海に出たら小雨の天気になった。

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いつもは向こう側の41号線を走る。

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好天ではなく、暗かったらもっと神秘的に見えたかも知れない。

このあと思わぬものを見ることになった。だから行き当たりばったりの旅はおもしろい。それは次回。

 

断層を見に行く

 神岡から20キロ弱、41号線を北上したあたりに断層を見ることが出来る場所があるらしい。中生代の地層が日本最古の基盤地層を突き上げたかたちになっているのが見えるのだという。道路からもそう遠くないようなので、行ってみる。

 

 横山トンネルの手前を谷側に曲がると、すぐの地点のはずなのだが、伐木場のようなものがあるだけで、日曜日で人はいないが、周りはロープで囲ってある。それを乗り越えて、木材の皮を剥ぐ場所だろう、剥がされた皮が散乱した場所を踏み越えて崖とおぼしき藪のあたりまで行くと「横山楡原衝上断層(よこやまにれはらしょうじょうだんそう)」という看板がある。谷へ降りる場所とおぼしき場所には鉄板が腐食して踏み抜くおそれがあるので降りるのは危険、という注意書きがある。ああ、見ることが出来ないのか。

 

 伐木所のまえに車を置いたまま、少し先まで細い道を歩いてみると、釣り人用の下り口というのが藪の中に見えた。もしや谷に降りられるのではないかと思い、下ってみる。


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こういう道を延々と下る。階段ではなく緩い傾斜の坂なので歩きやすいが、谷は深い。谷には降りられそうだが、断層の場所へ行けるか不安を抱きながら河原近くにまで到ると・・・


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眼前にこういう景色を目にすることができた。すごい。


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地層が蛇のようにのたくっている。


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だれもいないところで夢のような景色を見た。高原川の水も神秘的だ。


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水は清冽に流れ下る。


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キラキラと陽光をきらめかせて流れる水を見ながら悠久の時を想い、うっとりした。問題は降りた分だけ帰りは登らなければならないことだけだ。

2021年8月28日 (土)

神岡城

 神岡城は武田信玄の家来が越中や飛騨を攻撃する際の拠点にした場所で、山城の多いこの地区では珍しい平城である。もともとどんな天守閣があったのかわからないし、天守閣などなかったのかも知れない。昭和になってから、丸岡城などを参考に建てたものらしい。


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神岡城も鉱山資料館も神岡町郷土館も同じ敷地内にあるので、今回は丁寧にみるつもりでやってきたのに、コロナ禍につき、全て休館である。残念。
神岡城の外塀の横から高原川を見下ろす。この高原川と、髙山から流れ下る宮川が神岡の北で合して、神通川となって日本海に注ぐ。


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さらにアップする。


Dsc_5351 この変電所の右側が神岡鉱山所。以前来たときに、神岡城の人に聞いたら、採掘はとっくの昔に閉鎖されているが、海外から鉱石を輸入して精錬だけしていると言っていた。だいぶ前の話なので、今も精錬しているかどうかわからない。それを知りたくて鉱山資料館を尋ねたかったのに。
もういちど城を見上げて神岡城をあとにした。


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なぜ~なのか

 なぜ~なのか、というネット記事をしばしば目にしていつもいやな気がしている。このことは以前にも書いた。

 

 なぜM氏は女性にもてないのか、という問いかけは、M氏は女性にもてないことを前提にしている。もてないのが事実であると言っているのと同じである。これが、M氏は女性にもてたことはないのはなぜか、さらにM氏はなぜ女性に嫌われるのか、なぜ嫌悪されるのか、などとエスカレートする。芸能記事のたぐいにとくにその形が頻出する。

 

 最近なら、なぜ政府の新型コロナ感染対策は常に後手に回るのか、なぜ政府は感染に無能なのか、なぜ国民は菅首相に交替して欲しいのか、などというスタイルになる。下手をすると、なぜ国民は自民党を見限り、立憲民主党を支持する気持ちになりつつあるのか、などというプロパガンダが出始める。あちらでもこちらでもそんな記事を目にすれば、それが既成事実化する。

 

 裏付けがなくても既成事実を作り上げることのできるこの言い方がおかしい、と感じる知性が必要だと思う。

不謹慎にも出かける

 愛知県は緊急事態宣言発令中であるが、いろいろ気持ちが煮詰まっているので、出かけることにした。富山まで走り、魚津に泊まって糸魚川から中央構造線を南下して仁科三湖に立ち寄り、松本から中央道で帰る一泊二日の旅だ。今回は温泉ではなく、魚津のビジネスホテルで、飲みにも出ないで部屋飲みにする。人となるべく接触しないためだ。以前そこに泊まったことがあって、近くに魚の美味しい赤提灯があったはずで、残念だが仕方がない。

 

 暑いけれど天気は良さそうだ。写真を撮ることを主目的にしようと思っている。

 

 北海道の伯父の家作の件は、現地の役所の調べによると直系の子供が居るらしいのだが、登録の住所に連絡しても返事がないのだと、弟のところに電話があったそうだ。三人子供が居て、一番下が相続人らしい。私は子供がふたりだとしか知らなかった。消息を知りませんか、ということだが、この三十年ばかり、全く行き来がないのでわからない。会ったことのないこのいとこにしても、生きているとしたらたぶん私より一回りくらい歳上なので、八十は軽く過ぎているはずだ。

 

 とにかくそちらの消息をもう少したどるしかないだろう。どうしようもなくなればまた連絡があるかと思う。何かの行きがかり上、弟と北海道へ行かなければならなくなるのも好いなあ、などとつまらぬことを考えた。

2021年8月27日 (金)

保留

 妻の病院へ行って相談員と面談した。相談員というのは病院と患者の家族をつなぐ役割をする人で、福祉士という資格を持っている。いわば家族のカウンセラーのような仕事をする。私の面談した人は入院当初からの担当の、若い小柄なきびきびした女性である。

 

 建前として、病院に長期入院はできないこと、転院を繰り返すのは患者には負担なので、できれば長期に入居できる施設に移ることを勧められている。春先にその勧めに従って施設を決めて入居する段取りだったのに、本人の突然の拒否により、頓挫してしまい、そのあと私が事故に遭ったので、話は中断されていたが、本人(私の妻)が施設入居を受け入れるというので、話が再開されることになったのだ。

 

 前回、話が八割方決まっていた施設は、月々の支払いが妻と私の年金を合わせた額の半分ほど。今回あらたに紹介された三カ所ほどはさらに高くて、雑費などを入れると年金の三分の二近くかかる。これでは二人の寿命より貯えを使い切る方が早くなる。どちらにしても車を乗り回して遠出をするなどということはむつかしくなる。

 

 現在の経済事情ではそれだけ高額のところへの入居は困難であること、どうしても出て行けということなら、転院でつなぐしかないこと、いま施設や新しい病院を紹介されても、そこへ様子を見に行ったり話を聞きに行ったりして走り回るのは、コロナ禍の中でもあり、したくないことなどをとりあえず回答した。

 

 相談員の人は私の回答を聞いて小首を傾げてから、席を外し、どこかに打ち合わせに行った。そして、戻ってきて言うことには、今すぐ病院を出て欲しいということではないので、少し待ちましょうという。前回決まりかけた施設ならなんとかやれそうなので、そこを再度打診すること、そして本人の了解を得ること(これが一番むつかしい)、それが無理なら転院を検討することになった。とりあえず10月まで保留するということであるから、こちらからは何も動く必要はないので、一息つけることになった。

曾野綾子『風通しのいい生き方』(新潮新書)

 帯に、「自分勝手でも、他人任せでもない。『潔い人生』とは--。」とあって、この言葉は読みとばしてしまいそうだが、よく考えると今の世相に対しての痛烈な批判の言葉となっていることに気がつく。今は自分が一番大事、自分が正しい、何かあったら他人が悪い、といいたてる時代である。いわば幼児の時代だ。

 

 自助が非難される時代は、自らが犠牲を払って人を助けることのない時代でもある。困っている人は公助すべきで、そもそも困っているのは政府が悪いのであるから自分には関係ないというのが今のマスコミのリードする風潮だ。共助の意識の衰退している日本は、そのまま日本人が衰退しているということでもある。それが戦後七十年あまりかけてマスコミと教育界が作り上げた日本である。豊かな暮らしをしながら精神は貧しい。

 

 そのことをなるほどと思いながら、この私はどうなのか。社会的役割をすでにほとんど放棄しているから忸怩たる思いがあるが、それでも現役時代は、それなりに我を殺して役割を果たした自負はある。少なくとも大人になってからは、自分に責任のあることを他人のせいにはしたことがないし、これからも決してしないつもりだ。学生時代に自分の卑怯さ身勝手さに気がついて、恥ずかしい思いをしたことがあって、今思い出してもからだから力が抜ける。だれも知らなくても自分が知っている。

 

 むさぼらない、損得にはあまりこだわらない、あきらめるしかないことはあきらめる。ものを考えることを怠らない。考えるために必要な智識は少しずつでも取り込み続ける。他人の意見は遮らずにまず聞いてみる。善悪を自分だけの基準で判断しない。間違っていたら訂正する。

 

 この本に書いてあることではないけれど、読み終わった今、自分なりにあらためて風通しのいい生き方を考えてみた。

 

 この本には具体的なエピソードがふんだんにあって、彼女が何に知的興味を持って生きているのかよくわかる。

 

 ちょっと記憶に残ったのが、最後の方に書かれている韓国の反日についての部分である。彼女は韓国に友人もいるし尊敬する人もいるから、韓国に先入観や偏見はない。だから異常な韓国の反日報道について眉をひそめている。柔らかい言葉で静かに書きながら、そのような異常な反日行動を侮蔑の気持ちを込めて切り捨てている。それはある意味で哀しみの表現でもあるのかも知れない。

世界一の社会主義国

 曾野綾子の『風通しのいい生き方』という本にあったエピソードがおもしろかったので引用する。

 

 一九九六年、まだ中国の三峡ダムが建設途中にあった頃、私は揚子江下りをしたことがある。同行者の中に、気っぷのいい、しかし生粋の中国共産党員がいた。足しは彼に尋ねた。
「三峡ダムができると、何人くらいの人が湛水池から動かなければならないんですか?」
「百二十万人だよ」
「ええっ?」
というのが、私の無様な返事だった。最終的に移住する人の数は三百七十万人にもなるそうだが、百二十万人でも私は驚いたのである。
「そんなにたくさんの人をよく移住させられますね。日本だったらね十二人か、百二十人動かすのだって大騒ぎですよ」
「それは、日本が世界一の社会主義国だからだよ」
 この皮肉たっぷりの会話は極めて軽快に交わされたのだが、これは心から笑っていいのか、深刻に受け止めるべきことなのか、私にはわからない。

 類似する話は以前にも読んだことがある。

2021年8月26日 (木)

魯迅文集『朝花夕拾』から(1)

 魯迅をそれほど読み込んでいるわけではないが、中国の文豪として敬愛している。その『朝花夕拾』から二つほど抜粋して引用する。

 

 ごたごたの最中でも多少のゆとりは欲しいといつも願いながら、実際にはそれがままならない。眼前は奇々怪々、心中は空々漠々である。人は思い出しか残らなくなれば人生終わったようなものだが、時にはその思い出さえ失われることがある。中国では文章を書くのに軌範があるように、世の移り変わりも螺旋状に進行する。

 

 これは序文にあたるのであろう『小引』と題された小文の出だしである。ここになんだか吸い寄せられるように感情移入してしまう。時代は異なるけれど、志がありながら思い屈する人の、ものの感じ方は類似するものだろう。

 

 全部で十編が収められた最初が、『犬、猫、鼠』と題するもので、その中に猫にまつわる話がいくつか取り上げられていて、おもしろい。魯迅は猫嫌いで、猫を虐待したこともある。それにはもちろん理由もあってそれも書かれている。

 

 では犬と猫がどうして敵同士になったのか、という話から。

 

 そこで私は、ひまを見ては犬と猫が敵同士になった「動機」を調べることにした。といっても、動機によって作品を評価するちかごろ流行の学者のやり方を僭越にもまねよう下心ではなく、ただ自分に納得させたかっただけだ。こんなことは動物心理学者なら造作ないと思うが、残念ながら私にはその知識がない。後にデーンハルト博士の『自然史の国民童話』中にその原因らしいものを発見した。すなわち--動物たちが重要な相談のため会議を開いた。鳥も魚も獣もみんな集まったが、象だけが欠席した。そこで象を迎えに行くことになり、くじを引くと使者の役が犬に当たった。「私は象を見たことがないし、相手も私を知らないのに、どうやって探せますか?」と犬は訊ねた。「わけないよ、象は背が曲がっているから」とみんなして言い、犬は出かけた。すると猫に出会った。猫はすぐさま背を弓なりにした。さっそく声をかけ、同行してもどり、背を弓なりにした猫をみんなの前に出して「象を連れて来ました」と言ったために大笑いされた。それから犬と猫は敵同士になったというのだ。

 

 ゲルマン人が森を出たのはそう古いことではないが、今では学問芸術の水準は相当なもので、書物の装釘や玩具の精巧さは心にくいばかりだ。ところがこの童話だけは、はなはだ不出来で、恨みの結び方からしておもしろくない。猫が背を弓なりにしたのは、名義詐称の下心あってわざとしたわけではなく、罪はむしろ犬自身の眼力のなさに帰せるべきだ。

 

 ここにも魯迅の皮肉が込められているけれど、ここからあとが人間を皮肉っているのか猫や犬を皮肉っているのかわからなくなって、さらにおもしろいのだが、長いので今回はここまでとする。

 

 それにしても私はこの話に何より疑問と矛盾を感じたのは、会議に欠席していたのが象だけのはずなのに、どう読んでも猫も欠席していたらしいことである。ゲルマン人はやや粗忽らしい。

哀しむ

 1983年に放映されたNHKのシルクロード特集、第二部が再放送されていて、当時のチベットのラダックというパミール高原の街の様子が映されていた。ここには長い歴史に育まれてきた豊かなチベットの文化があった。文化大革命という嵐を免れて生き残ったものをしみじみと見たのだけれど、いったい今それらの文化は残っているだろうか。たぶんほとんど壊滅しているだろう。

 

 教化良導という名の文化抹殺の嵐は、文化大革命のあとも、実は吹き荒れていたのに世界のメディアはそれを報道してこなかった。今チベットではチベットの民ではなく、漢民族がすべてを支配し、誤った思想であるチベット仏教は共産党思想によって浄化された。ここに残された映像の世界は、すでに失われてしまった。そのことにやり場のない怒りとともに哀しみを覚えた。

 

 世界はチベットを見捨てた。ウイグルの民も見捨てた。キューバも見捨てた。アフガニステンも見捨てた。一度見捨てたのだもの、台湾も見捨てるだろう。

山口瞳『湖沼学入門』(講談社文庫)

 沢木耕太郎が解説(『迷惑旅行』)に書いていたが、山口瞳の紀行文集は、古い順に『なんじゃもんじゃ』、『湖沼学入門』、『迷惑旅行』、『酔いどれ紀行』の四作があるという。すでに『迷惑旅行』と『酔いどれ紀行』は再読読了してブログに取り上げた。この二作は新潮文庫に収められている。そして今回の『湖沼学入門』は講談社文庫、そして手持ちのない『なんじゃもんじゃ』は角川文庫らしいが、こちらはプレミアの付いた古本しかないようなので、すでに絶版かも知れない。

 

 実は新潮文庫には『温泉へ行こう』という本もある。これからぼちぼち読むつもりだ。

 

 山口瞳の紀行文では、後半二作の登場人物はあだ名で書かれているが、この『湖沼学入門』ではまだ愛称だったり本名で書かれている。こちらは遡って読んでいるので、それが却って目新しい。ドスト氏はこの本では関氏(関保寿)である。四連作のテーマは画を描くことであり、関氏はプロの画家であり彫刻家である。そして『湖沼学入門』ではその名の通り、全国各地の湖沼を訪ね歩いている。

 

 この本を書いた頃はまだ五十前だが、山口瞳は多量の飲酒がたたり、すでに重い糖尿病にかかっている。途中で体調がにわかに悪くなり、倒れて入院までするのである。どうしてそこまで飲んだのか。この入院騒ぎの直接的な原因は、親友の梶山季之の上海での急死である。梶山季之も身を削り、命を削って本を書いた。しかもその本は名作と言うよりも流行作家としての売文ばかりである。その鬼気迫る生き様は別の本にも繰り返し描かれている。その哀惜が限度を超えた飲酒につながり、ついに倒れることになった。

 

 退院しても連載の仕事としてこの『湖沼学入門』の旅は続けられる。退院当座の旅は酒を断ち、食べるものもほとんど口にせずに寂しい旅だが、だからこそ見えるものもあったことは読めば感じられる。それでもしばらくすれば一口だけ、一杯だけ、となり、ついにはふたたび痛飲することになる。

 

 この本で訪ねた湖や池や沼の半分ほどは私も行ったことがある。最初が余呉湖で、描かれている風景は私も思い浮かべることの出来るものだ。そして最後が松江・宍道湖。宍道湖には数回行っていて、半分は雨だった。雨が似合う場所でもある。彼が松江市内で訪ね歩く場所の半分以上は未訪問で、それをまた訪ねるために松江にゆっくり滞在したいと思う。

 

 この本の中には、軽妙に見える文章にも彼の寂寥が色濃く感じられて、一時期山口瞳にどっぷりはまって読み散らしたときとは全く違う感慨を覚えた。どうして山口瞳にそんなに傾倒したのか、いまごろわかった気がしている。

2021年8月25日 (水)

意図

 台湾の国民党が、「アメリカは頼りにならない、台湾有事でも助けてくれないだろう」と台湾国民に呼びかけているという。アフガニスタンの事態を背景にして言っていることは間違いないが、その意図はなんだろうか。

 

「台湾有事」の有事を台湾から起こすとは考えられず、それは中国からの事態を想定しているのは明かだ。それならどうすべきだというのだろう。アフガニスタン事態について台湾国民の動揺を押さえるために蔡英文総統は「他国に頼る気持ちでは自国は守れない。自分で守る気概を持たなければならない」と国民に呼びかけたところである。同じことを言っているのだろうか。

 

 国民党は馬英九が総統の時に中国にすり寄り、統一の動きにつながりそうな気配を示して国民の総スカンを受けた。その国民党が、有事を語るのは、中国の脅しに最初から手放しであきらめろ、という意図であるようだ。

 

 中国はアメリカのアフガニスタン撤退を繰り返し取り上げて、アメリカは頼りにならない、と大々的なキャンペーンを始めている。そしてその中国はタリバンと極めて親密な間柄を構築しつつある。これから台湾に、そして韓国に、さらに日本に力で圧力をかけるが、抵抗してもアメリカは逃げていくから頼りにならないぞ、と公言しているのである。なんという国だろうか。

 

 こういう他国に不快感と不信を持たせる言動を繰り返す中国という国は何を勘違いしているのだろうか。しかもその間違いをこれからごり押しをしてくるおそれはますます高まるだろう。中国に軍部が侵攻した日本と同じことをしようというのだろうか。彼らにとっては侵略ではなく、もともと中国のものだったのだから、奪還であると言い立てるだろうし、恐ろしいことに確信もしているらしい。諸悪の根源となりつつある習近平を排除するために、ゴルゴ13の出動を期待したい。

どん姫を訪ねる

 弟から送られてきた千葉の梨のお裾分けを持って、娘のどん姫を訪ねた。昼から持病になってしまった潰瘍性大腸炎の診察のために病院へ行くというので少し早めに訪ねる。ちょうど亭主も休日で居た(電気工事の仕事をしているので土日祭日出勤が多く、平日に休むことが多い)ので、少しだけ話をする。診察のあとに問題なければそのままワクチン接種を受けるそうだ。

 

 どん姫はメールや電話をしてもなかなか返事がないので心配になるけれど、性格なので仕方がない。体調は深刻ではないもののあまりよくないらしい。

 

 どん姫の住むところは車で30分ほどのところだが、たいてい向こうから来るので、私から訪ねるのは初めてである。今回は電車に乗ってくるのはまずいと思ったので私が行くことにしたのだ。

能力

 スポーツ科学者が、「運動神経というものはない。運動能力は繰り返し反復することで身につくもので生まれつきによる違いはない」と語っていた。この人の考え方なのか、スポーツ科学界全体の科学的証拠に基づく見解なのか知らない。知らないけれど、私はその言葉を信じない。運動神経は実感できるし、いくら努力してもだれもがアスリートになれるわけではないと思っているからだ。

 

 私は運動神経が鈍い。それでもそれなりに努力したので、高校生くらいになった頃には人並み程度には運動能力を獲得した。苦手なものもある。球技は特に苦手だ。それでも大学時代、雪国(米沢)で過ごしたから室内運動場が充実していたので、バトミントンや卓球、バスケットボールなどは毎日楽しめた。毎日やっていればそこそこ出来るようになるもので、スポーツ科学の専門家の言う反復練習の意味は身体でわかっている。

 

 それでも生まれつきのように俊敏で勘が良く、段違いに上手いやつというのはいて、全く歯が立たなくて口惜しう思いをした。運動神経のいいやつというのはいるのだ。そういう人間が人並み以上に努力して初めてアスリートになれるのだ。そんなことみんな内心ではわかっている。

 

 努力すればだれでも高度の能力を獲得できる、という専門家の言い立てはただのきれいごとである。生まれつきの能力というものがある、ということを否定しないではいられない社会的圧力が日本にはあるのだと思う。

 

 知能だってそうで、能力には差があるのは自明だけれど、教育界ではタブーらしい。たしかに自分は能力がないということを怠ける言い訳にする子供は必ずいるから、おおっぴらに言う必要はないが、生まれつきに差などないという盲信が異常な教育ママを生むし、天才を否定してしまうことにもつながる。

 

 人は努力して反復すれば能力は向上するというのはたしかな事実だ。しかし生まれつきというのも厳然としてあるというのも事実だと思う。だからこそ凡人は努力が必要なので、あきらめてはいけない。きりがないから今回はここまでにしておこう。

2021年8月24日 (火)

気がついたこと

 気がついたら、くれない族になりかけていた。そうだそうだ、「暗いと不平を言うよりも、自ら灯りを点けましょう」だった。自分で出来ることは自分でして、人がして「くれない」のは何か事情があるからだろう、と考えることにしよう。

 

 不満で腹が膨れていても、いいことはない。

 

 パソコンで笊碁(ざるご・取ったり取られたりにこだわる下手な碁)をしているのだが、最近は打ち終わったあとにもう一度見直すようにしている。そうすると途中から全体が見えなくなって、無理筋の手や、無駄な手を打っていることに気がついた(もっと早く気がつくべきだった)。それに気をつけると結果が少し良くなるようだ。わずかながら腕が上がっているのなら好いのだが。

備忘メモ

 昨日の橋下徹、橋下五郎氏をゲストとして招いたBSプライムニュースを見て、なるほどと思ったこと。

 

1.政党や議員を選ぶときには、どちらが良いかというよりも、どちらがよりましか(つまりどちらがより悪くないか)で選ぶものだ。

 

2.首相を選ぶのは自民党員であり、大統領制ではないから国民は直接に選ぶことは出来ない。

 

 ほかにもたくさんなるほどと思ったことがあったけれど、こんなとうぜんのことをあらためてなるほどと思ったのは、今回の横浜市長選挙の結果をどう評価するのかということで、そこから次の衆議院選挙のことを考えたからである。番組もそのことをひとつのテーマとしていた。

 

 私から見ても菅首相の首相として適任であるかどうかについて、いささか疑問を感じているのであるが、それは行っている政策の問題と言うよりも、言葉のプロであるべき政治家があまりに言葉の使い方が拙劣であることに苛立つからである。民主政治では支持を力にする必要があり、説得力は不可欠なはずだからである。次の衆議院選挙で菅首相が落選するのではないか、という憶測記事まで出ているようだから、心配なのである。

 

 何より日本のためにも、つまり自分のためにも選挙で悪い選択をしないことが必要だと思うから、今の政治的な流れは大いに懸念される。万一政権交代ということになれば、とうぜん枝野氏が首相ということになるわけで、あの民主党政権時代の悪夢を思い出さないわけには行かないのである。

 

 よりましな方を選ぶということなら、枝野氏よりは菅首相を私は選ぶ。

 

自民党の総裁選で菅氏よりもよりましな立候補者が出て、自民党が今以上にまとまり、国民からも期待されるようであればめでたいが、あまり期待できないのが残念だ。緊急事態の時には英雄偉人が現れるものだが、日本にはもうそういう人材は払底してしまったのか。それならそれはどうしてなのか。

2021年8月23日 (月)

草枕

 このところの私のお粗末な泣き言ブログを書いていて、夏目漱石の『草枕』の冒頭を思い出した。

 

 山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
 住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟ったとき、詩が生まれて、画が出来る。
 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

 

 自分が人でなしになるつもりがないのなら、住みにくいこの世で生きるしかあるまい。それはわかっているのだけれど・・・。

意気地がない

 今週末に施設への入居の相談のため、妻の病院に行かなければならないことは先日書いた。そのことが心に重くのしかかっていて、イライラしている。本音を言えば、今の病院にこのままいる方が、経費的にも楽であるし、まかせきりでいいので煩わしさがない。本人のためにどうか、ということについては春に一度施設に移るはずだったときによく考えたけれど、あのときのドタバタで正直うんざりしてしまって、同じことの繰り返しになる気がして親身に考える気にならない。

 

 それでなくてもコロナ禍で出歩いてあちこちで人に会わなければならなくなることは、心底いやである。人には立場立場で与えられた役割があり、それから逃げることはできない。逃げることは不可能ではないけれど、そうすることはもっと煩わしいことになりそうで、私は煩わしいことが何より嫌いだ。

 

 しなければならないことならするしかないので、イライラしたところで何も事態は変わらない。それなら腹を据えればいいのであるが、自分のことしか考えられずに、腹が据えられない自分の意気地のなさにまたイライラする。

 

 弟から千葉の梨が送られてきた。ありがたい。いつものように娘のどん姫にお裾分けをしよう。しかし電車に乗ってくるのも今は危険だ。私が車で届けることにしようと思う。

先達の言葉の響き方

 ものを考えるときに、同じところをぐるぐると回っているだけのこともあり、もう一段ブレークスルーすることもある。ブレークスルーするためには堂々めぐりの中から出ようとする努力が必要で、だから同じところでもがく時間も無駄ではないのだ。

 

 さまざまなことが互いに関連し合っている。思考を遮っていた壁を越えたとき、その向こうに今まで見えなかった関連が見えることがある。そういう自分を目隠ししていた壁を越えるために、先達となる人の助けがあると大いにありがたい。そういう先達たちの本を読むのが今の私の楽しみである。

 

 その一人である養老孟司の様子を伝えるNHKの番組「養老先生、ときどきまる」が季節ごとに放送されて、楽しみに見ていたが、愛猫のまるが昨年12月に旅立ってしまい、もう新しいものは見られないと残念に思っていた。それが、鎌倉に住む養老孟司のこの夏の近況を伝えてくれる番組が放送され、しみじみとした雰囲気でこちらの心に響いた。深い思索から紡ぎ出される言葉は、味わいがある。

 

 人は老齢になれば死について考える。養老孟司は若いときから死について考えてきた。解剖学者であるから、常に死体と直面する。死体は死者であり、何も語らないが、直面すれば死についてとことん考えるようになるのは必然的なことかも知れない。死から目を背けるのが現代の人びとなら、彼らは死についての思索を持たない。死について考えることなしに死を迎えるということになれば、懼れしかないだろう。

 

 生きているから死ぬのであって、死を考えることは生きることを考えることでもある。生きていることの意味や死について考えるときに、養老孟司に目が行くのだと思うし、別の理由で読み始めても、読んでいるうちにそのことを考えるようになる。なんとなく自己流に考えていたことを養老孟司の言葉で補足してもらって、今何を優先していくか、ヒントをもらった気がしている。世界を見る目のピントがちょっとあいかけている。

2021年8月22日 (日)

目黒のさんま異話

 曾野綾子の『風通しのいい生き方』という本を読んでいる。その中に取り上げられていた話に共感した(私はたいてい共感するのだが)部分を引用する。

 

 毎年秋になると「目黒のさんま」の話が出る。目黒区は内陸部だから、さんまとはおよそ無縁の土地なのだが、落語のおかげですっかり有名になった。鷹狩り帰りの殿さまが、たまたま立ち寄ったのが目黒の農家だった。目黒といえば、まだ坂の途中から富士山が見え、付近は鷹狩りに絶好な土地だったのだろう。私は今、その鷹狩り用地のちょっと先に住んでいる。
(中略)
 今年も、目黒のさんまがテレビに出た。
 有名な行事なのだろうが、私はまだ食べに行ったことがない。だからたぶんただで振る舞われるのだろう、と推測しているだけだ。昨年被災地では、恒例の行事を見合わせるかどうかで議論があったという(この文章が書かれたのは震災後すぐのことである・引用者註)。何しろ数千匹のさんまを東京に送るのだ。しかし復興への願いをかけて、例年通りということになったようだ。漁業組合の意地のようなものであったかも知れないし、けちっていいことはないんだという智恵であったようにも思える。
 誰か知らないが、いいかげんに起きた炭火で、さんまの姿を崩さずに焼く熟練の「焼き手」によって焼かれたさんまに私は嫉妬していた。しかし中に一人、満面の笑みで、「ええ、東北の復興の祈りを込めて食べました」という意味のことを言った中年の女性には、不思議な反感を覚えた。
 ただでごちそうになっておいて、「復興の祈りを込めました」もないだろう、と私ははやとちりかも知れないことを考えたのである。
 修道院というところには、時々深い信仰がいつも自然に身についていて、身辺の些事すべてに神の恵みを感じられる人もいるが、凡人はそうではない。復興を願うなら、その証を示すのが凡人の生き方だと私は思う。「目黒のさんま」の会場には募金箱があって、その女性がそこになにがしかの寄付をしたのかも知れないが、最近の日本には、ただでごちそうになっておいて「復興を願って」などと言える人たちが現実には増えたのである。

 

 この目黒のさんまのニュースは私も見たが、「復興を祈る」女性のことは記憶にない。もしそれを見ていれば、曾野綾子と同じように感じたと思う。この女性はさんまを食べてやることで復興を願ってやったつもりなのだろうと感じられるからである。そのような感じを受けるニュースをしばしば見る。だれも違和感を感じていないことが不思議で、違和感を感じないからマスコミも取り上げるのだろう。

 

 そもそも私は、大人になってからは、ただでくれる、というと列んだり争ってまでもらいに行くということが大嫌いになった。それはいろいろな経験の結果である。偏屈なのである。

方向感覚

 いまどこにいて、どこに向かおうとしているのか、それを決めるためには自分の中に座標を持たないといけない。動物も(たぶん植物も)そのような能力を持っているのだろうと思う。前や後ろ、右や左という空間認識もその基準によっているはずである。

 

 しかし動き出すととうぜんのことにその座標も移動することになる。その場合、自分を原点とした座標とはべつに、東西南北のような俯瞰した視点の、動かない空間把握ができると、迷子にならない。もともと生物はそのような能力をもっているはずで、方向音痴の人というのは、その能力が退化してしまった人間ということかもしない。

 

 先輩にそういう意味で方向感覚に優れている人がいて、初めての道で右へ曲がり左へ曲がり、を繰り返しても、元来た場所の方向と自分がどちらを向いているのかを正確に把握できる人がいた。却って私がすぐ道に迷うのを不思議に見ていた。彼は頭の中に東西南北を示すコンパスを持っているようだった。

 

 私の父もその能力に優れていて、まず道に迷うことがない人だった。そういう人はべつに通った道をすべて記憶しているというわけではないようだ。私の母は父ほどではないけれど、方向感覚はしっかりしていた。だから方向音痴は遺伝ではないと思う。父の場合は、太陽の方向、山の植相、木々の枝の張り方で、方向を確認することもできた。山へ山菜採りなどに連れて行ってもらったら、直ちに方向と山菜のある場所を見極めることができた。最上郡の山で生まれ育った子供の時から道なき道、山野を走り回って鍛え上げた感覚らしい。 

 

 カーナビは自分が動くにつれて地図の方向を変えて、車の向いている方向に合わせてくれるからありがたい。地図を見ながら走っていた時代は、自分で地図をくるくる回して確認していたので、先輩には笑われたものだ。おかげでずいぶん道を間違えて、最短の道よりも何割か余分に走ってきた。だから本来は知るはずのないところ、出逢うはずのないものを見る機会もあった。方向音痴にも余録がないわけではなかったのである。

芽吹く

 炎暑の日々が突然中断して雨の日々が続いた。身体が暑さに慣れかけたころだったから、気温の下がったことはありがたいものの、身体がついて行けずにいつもの秋の、夏バテ疲労のような状態になって、身体が不調である。その涼しい雨の日々も明日までで、火曜日からはまた炎暑の日々に戻る予報である。再びの暑さはこたえそうだ。

 

 ベランダの鉢植えのバジルやパセリ、ニラは炎暑に生命の危機を感じたのか、一斉に花が咲いてしまい、バジルはその花が次々に種になっていく。そして連日の雨風で葉や種が吹き散らされてベランダに張り付いたりしている。それでも気温が下がって一息ついたせいか、葉は生色を取り戻したようだ。

 

 気がつくと鉢に落ちた種がたくさん芽吹いている。この芽吹いたものは、一人前に成長していくのだろうか。抜いてしまう気にならず、そのままにしている。ベランダの排水の溝に落ちた種にも芽吹いているのがある。これはふたたび残暑の太陽を浴びればたちまちその命は失われてしまうことになるだろう。つかの間の命だ。

 

 こわされ、撤去されて更地になった眼下の幼稚園は、ふたたび工事が再開されて建設が始まった。雨だから窓を閉め切っているので、そのもの音はあまり聞こえない。来春に再開できれば良いから突貫工事の必要がないらしく、工事はゆったりと進んでいる。それでも雨の中の工事はたいへんだろう。来春には園児たちの歓声が聞こえてくると思うと楽しみだ。この歓声がやかましいと苦情を言う人間がいるらしい。たしかにうるさく聞こえるけれど、子供というのは元気ならやかましいもので、そんなことも我慢できずに苦情を言い立てるという、自分の大人げのなさを自覚できない人間は哀れだ。

 

 来年にはコロナ禍も少しは治まって、子供たちが自由に遊べるようになっていると好いのだけれど・・・。

2021年8月21日 (土)

目にとまったので

 書くことがないので、ネットニュースを物色していたら、「『四年前に日本の空港で犯罪者扱いされた』韓国の女性国会議員の告発で波紋」という記事が目にとまった。日韓で波紋、というけれど、少なくとも寡聞にして私は知らず、初めて知った。

 

 告発した議員というのが、例の正義記憶連帯(元挺対協)の前理事長であるユン・ミヒャン議員だと言う。彼女が先日の『日本軍慰安婦被害者の日』のオンラインセミナーの講演に参加したときに明らかにしたのだそうだが、空港で犯罪者扱いを受けたというのは2017年の8月11日の大阪の空港でのことだそうだ。おかしな事務所に連れて行かれ、犯罪者扱いを受けたのだそうだ。また広島空港では「下着が入っているのか、弗の札束や銃器類、麻薬はあるか」という不当で不愉快な質問を受けたのだそうだ。

 

 まず広島空港での質問は、「下着」についてはともかく、その他のことについては不審な様子を感じたら空港で質問されることはあり得ることで、不快であるのは彼女に限らないけれど、職務上のことだからどこの国でも質問される可能性のあることだろう。それにしても彼女は「下着」の質問をしたくなるような女性とも思えないので、何かの聞き間違いだろう。それとも手荷物を調べるのに下着について断りを入れたということかも知れない。

 

 大阪の空港の話についても、韓国側の言う、いわゆる従軍慰安婦問題を告発している組織の代表について、日本で騒ぎを起こさないかどうか取り調べるくらいのことはあっても不思議でも何でもない。竹島について公的に正しい主張をしている日本人に対して韓国の空港で取り調べを受ける可能性は大いにあるだろう。

 

 記事では、ユン議員がご承知のように、旧挺対協の資金を私的に流用した疑いなど数多くの事件で起訴されて裁判を受けているときであり、世間の風当たりをそらすためにこのような告発をしたという見方もある、などと報じている。何しろ丸四年も前の話であり、彼女のことだから告発するならその時にすぐするはずで、いまごろ言うのはいかにも不自然である。だから普通のまともなメディアでは取り上げないだろう。

 

 ただ、この記事を取り上げたメディアは、「日本のSNS、ネット上では、『韓国国会議員の発言ですから、日本政府は事実か否かを調査です』」という意見が寄せられている、と報じている。

 

 これを報じていたのは韓国のマスコミではない。AERAdot.という朝日新聞のニュース情報サイトである。なるほどね。日本で波紋、と伝えているけれど、つまり自分で波紋をおこしたくて記事にしたのね。同じ穴の狢どおし、援護射撃したいのかも知れない。

みずほ銀行のシステム障害

 またまたみずほ銀行のシステム障害が起きた。万全を期したつもりでも間違いは起きるものだが、同じような間違いを繰り返す、というのは責任が重大で、批判されるのはとうぜんだと思う。私も若い頃、給与の振込先を富士銀行にして以来、みずほ銀行をメイン銀行(わずかな小金を主に預けているという意味である)にしてきた。しかし最近は支店がどんどんなくなって不便なので、近くにある地元の銀行を主に使うことにしている。

 

 今回もみずほ銀行が一義的に責任が問われているが、みずほ銀行そのものがシステムを構築したりそのネットワークのソフトを作成しているわけではないだろう。たぶんそのような専門業者がいるに違いない。その業者がトラブルを解決しきれずにいるのだろうと私は思っている。以下はその前提で感じたことである。

 

 銀行統合が相次いだ当初は、いくつものシステムを統合する中でのトラブルがあった。これはメガバンクへ統合される中で、どこでも起きていたことだが、すでにそれからずいぶん経過して、最近はあまり聞かない。たまにあってもすぐ解決している。

 

 それがみずほばかりがトラブルを繰り返すのはシステムの専門業者の能力に問題があるからで、それなら業者を変更すれば良いのに、それができていないのだと推察している。たしかに極秘の事項も多いから、変更は困難であろうけれど、これだけ繰り返してもそれを理由に被害を受け続けるのは、会社だけの問題よりも顧客に対して無責任すぎる。

 

 そのへんが優柔不断であることにおいて、みずほ銀行の幹部はその責任を問われなければならないだろう。面倒を避けるために手をこまねいて、さらなる面倒を抱えるのは愚かなことだ。前回のトラブルで社長が引責辞任をしたが、社長が辞任すればトラブルが解決するならけっこうだが、問題は解決されていないようである。みずほ銀行は何人社長を引責辞任させるつもりなのだろうか。

怠け者の節句働き

「怠け者の節句働き」とは、ふだん怠けて働かない人間に限って、皆が休む節句にせっせと働いたりすることを言う慣用句で、節句とは一月七日、三月三日、五月五日、七月七日、九月九日を言う。日本の言葉らしい。もともと中国では月と日が重なる日をめでたい日とする習慣があって、日本でも習わしとされたもののようだ。節句を節季と勘違いしている人があると、調べたネット辞書には書かれていて、実は私も節季で覚えていたので頭を訂正した。節季とは本来季節の終わりを言うのだそうだ。

 

 昨日は節句ではなかったけれど、私はふだんになく働いた。掃除をして、ずいぶん長い間片付けていなかった引き出しの中を整理して、いらないものを捨てた。手持ちのCDが雑然としていたので分類し、お気に入りの曲を選んでUSBメモリーにコピーした。これは車で聴くためである。これで長時間のドライブでも大丈夫である。

 

 AVアンプでネットオーディオを聴いているのだが、ときどきフリーズする。一度電源を抜いて初期化すると直る。非常に煩わしい。AVアンプのいろいろな設定に何か間違いがあるのかも知れない。スピーカーの音のバランスも、どうも変だ。そこでAVアンプのシステム設定をお任せではなく手動で一からやり直した。今のところ問題ないようだ。しかし何が悪かったのか、いまだによくわからない。

 

 使うかも知れないからとっておいたもの、というのがあちこちに収納されている。私は比較的に捨てる方だが、それでもそういうものがたまりにたまっている。ちょっと惜しい気もするが当分使うとは思えないものは思いきって捨てることにした。心配なのは、そうしてできたスペースが嬉しくて、そこを埋めるために何か買うことだ。気をつけよう。

2021年8月20日 (金)

お呼びがかかる

 妻の病院の相談員からお呼びがかかったので、来週後半、病院へ行くことになった。施設に入居することについて、本人がようやくその気になったので、候補先を相談したいとのことである。条件を絞り、実際に私が訪ねて様子を確認して決めていくことになる。ただ、前回のように土壇場で本人が拒絶する可能性も大いにあるので、決まるまでわからない。

 

 前回もどうして拒絶したのかいまだによくわからないのだから、今回も同じことにならないという保証はないのだ。それにあれほど施設入居そのものを嫌っていたのに、納得したという病院側の見立ても本当かどうかわからない。病院はとにかく半年を過ぎたのだから出て行くことを願っての判断である可能性もある。先般、乳がん検診でのゴタゴタで、医師も嫌気がさしているらしい気配もある。嫌気がさしているのはわたしも、であって、できればこのまま何もないことがありがたいのに、これでまた施設めぐりをしなければならなくなった。いろいろなところに出入りすれば感染リスクが高まる。今は逼塞していたいところなのだが・・・。

 

 施設は公的補助が少ないので、病院よりもずっと月々にかかる費用が高くなる。もちろんそれを想定して用意はしているけれど、殖えることがない手持ちの金が目減りするのは、とても不安なものだ。

リベラリスト

 リベラリストは、われわれは弱者である被害者である、と主張するもののいうことを真実だと見做す傾向がある。

感染予防

 ちかよさんがくれたコメントにもあったけれど、テレビでしばしば鼻丸出しのマスクをしている人を見る。あれでは飛沫を間違いなく吸い込んでしまうからマスクの意味がない。ずり落ちたマスクをつまんでしばしば上げているけれど、その手をどうしているのだろう。マスクには普通ワイヤーが入っていて、鼻の形状に合わせて隙間がないように密着できるし、ずり落ちないようになっているはずなのに。マスクをつけて予防しています、といったって、あれでは予防になどならない。

 

 飲食店の感染予防で、店の人が店内を消毒のダスターで拭いている様子が映されているのを見る。こまめに消毒し、きちんとたたんで平らにして拭いている人もいれば、布のかたまりでいいかげんにあたりをなでているだけで消毒もこまめにしていない人もいる。テレビで撮されているのを承知してあれであるから、だれも見ていなければいかほどか心配になる。

 

 予防しています、といったってこれほどその予防の程度に差があるのだから、予防していたのに感染する場合だってあるだろう。予防しても予防の効果がなかったのではなく、予防になっていなかった、という場合が多いのではないか。

 

 感染防止はひたすら自分で注意するしかないようである。他人を信用しきることはできないとテレビは教えてくれる。そんなことを言っていたら、コロナが収束するまで社会生活が成り立たない、と反論されるかも知れない。そのとおりだろう。コロナ禍が収まるということは今の時点では期待できず、ワクチンの改良、特効薬の製造ができるのを待つしかない。つまるところ、リスクと生活の妥協点で生きるしかないということで、それを判断し結果を引き受けるのは自分なのだ。

2021年8月19日 (木)

考えるように書く

 作文が苦手な子供に教師が「話すように書けば良い」と教え諭すことがあるようだ。話すように書いた文章は小説の会話文やシナリオを除けば、普通読めたものではない。話すように書いていて、しかも読むにたえたものは、橋本治の書いたものくらいしか記憶にない。話す言葉と書く言葉は似ているけれど違うものだ。

 

 普通の人は考えるときに、話し言葉で考えているのだろうか、書き言葉で考えているのだろうか。たぶんぼんやりとではあるが、自分自身と対話するように考えることが多いのではないだろうか。つまり話し言葉で考えているのだと思う。私はそうだった。

 

 そうだった、というのは、今は違うからである。私は、本を読んだりテレビを観たり、ネットニュースを読んだりしながらぼんやりと考える。とりとめのない想念だから、それはうたかたの如く消え去ってしまう。ただ消え去ってしまうのは惜しいと思うことがたまにあって、それを書き留めたいと思ったのがブログを始めた理由のひとつだ。

 

 話し言葉の想念をメモ書きしておく。それを書き言葉に膨らませて駄文に仕上げる。話し言葉を翻訳しているのである。それを十年毎日続けているうちに、話し言葉ではなく、書き言葉で考えるようになった。書き言葉で考えるというより、考えが書き言葉で行われるようになった。だからブログの作成にかかる時間は大幅に短縮されている。書くのにかかる時間と誤字と言い回しのチェックを含めてあっという間である。問題は、書くことが思い浮かぶかどうかで、最近はそれが枯渇しつつある。

替え玉受験

 コロナ禍で就職試験を対面で行うことが困難なため、リモート受験が普通になり、そのために受験者本人の特定がおろそかになることを悪用して適性検査での替え玉受験が横行しているのだという。受験者のモラルのないことに呆れてしまうが、これを報じたNHKに匿名で出演した、替え玉受験で内定をもらったという女性は、適性検査で撥ねられてしまうと、自分の良さを伝える機会を失うのが残念だから、と言い訳していた。

 

 適性検査で不正をすると、就職してから適性がないことで本人が苦しむことになる、などと専門家が言っていたが、もちろんそれもそうだが、私はもっと恐ろしいことがあると思った。

 

 替え玉受験をすることは不正行為であるが、ネットでは普通に替え玉受験を請け負います、という書き込みがたくさん掲載されている。不正を承知で依頼する人、そして請け負う人がいるということが信じられない。

 

 不正を商売にする人間に不正を依頼して、たまたま就職が決まれば、それは弱みを握られたということに他ならない。不正が平気な人間が、依頼人の弱みを握ったら何があるか。それを理由に恐喝が行われる可能性が高い。会社にばらすぞ、といわれて脅しに屈すれば、恐喝者の金づるになる。そんなことすら想像できない人間がいることこそが私には信じられないことなのである。

ドイツの韓国びいき

 先の大戦で、戦禍をもたらした国であると断罪されたドイツと日本の国民は、直接にその責任があるなしにかかわらず、後ろめたい気持ちに置かれた。そういう意味では同類としてドイツは日本に、日本はドイツにシンパシーを感じた時代もあった。早くそういう立場から脱したいと思う気持ちはドイツも日本も同様だろう。何しろすでに終戦から75年あまりも過ぎて、戦争の記憶を直接もっている世代もわずかになっている。いまさら戦争責任をことさらにいわれるのは理不尽に感じるのはとうぜんである。次の戦争があると前の戦争の記憶は大いに減衰するのだが、今はそのような大きな戦争は起きないから、この状態は永遠に続きそうだ。

 

 中国は反日を国策で行う国で、中国国民は、抗日ドラマで洗脳された一部以外は、状況で反日になったり親日になったりする。私はかなり何度も中国に行ったけれど、中国で反日を実感したことはない。しかし韓国にはたった二回だけしか行っていないのに、表面と別の、心の底の反日をはっきりと感じた。反日教育の徹底を実感した。

 

 韓国は、ドイツに対して「ドイツは戦争の責任を痛感し、謝罪もちゃんとしている立派な国だ。しかるに日本は責任を自覚せず、謝罪もしない」と、ことさらに言い立ててドイツを称揚することを繰り返している。これは後ろめたい気持ちを持つドイツ国民にとっては心地の良い言葉だ。韓国に対して好意的にならないはずがない。そこから日本に対して批判的な論調を受け入れ、自ら発する傾向が生じ始めている。

 

 日本にいるドイツ人のコメンテーターが韓国の言い立てる徴用工問題や慰安婦問題について、韓国側の言い分を全面的に認めた上での日本批判の言葉を一人ならず発しているのをテレビで見聞きした。若い女性ですらそうだった。それを見て、なるほど今ドイツ人は韓国びいきであり、韓国の立場で日本を観ている国なのだ、と思って接しないといけないなと感じている。これはあくまで私の私見である。ドイツは経済的にも日本の競争相手だから、韓国の日本悪者論は受け入れやすいのだろう。

2021年8月18日 (水)

どうなるのだろうか

 事実誤認があるかも知れないが、私の認識では、ソビエト時代にアフガニスタンに侵攻したソビエト軍に対する抵抗勢力からタリバンが生まれた。ソビエトと敵対していたアメリカは、敵の敵は味方、とばかりにパキスタンに拠点を置くタリバンを支援して武器や資金を支援した(CIAが暗躍したことだろう)。ソビエトが撤収したあと、アメリカがアフガニスタンに侵攻したから、味方が敵になった。

 

 アメリカがアフガニスタンから逃亡し、タリバンによる政権が樹立されつつある。そのタリバン政権をロシアと中国が全面的に支援するようだ。アメリカと敵対していたタリバンは、ロシアや中国にとっては敵の敵であるから味方、ということになったのだ。

 

 中国にとって、タリバンがアメリカと直面していた間は、タリバンの中国の新疆ウイグル地区などへの影響は避けることができていた。先日このブログに書いたように、中国とアフガニスタンは国境を接してる。タリバンの勢力が増大し、アメリカの介入がなくなれば余力をかって中国の西域に進出しかねない。すでに中国はタリバンに対して資金や武器などを大量に援助していた、という話もある。江戸の敵を長崎でとる、という図式で、タリバンを通してアメリカに痛撃を加えたということができる。

 

 それが結果的にタリバンに対して中国への進出の抑止になるとの計算であろう。しかしそう都合よくいくものだろうか。タリバン政権はトップの指示がちゃんと伝わる組織なのかどうか。過去の実例、現在洩れ伝わっている情報からすると、コントロールが効いているとは考えにくい。そもそもテロリズムを行使する組織の作る政権などというものが、まともな国家運営をする、などと期待することは無理だと私は悲観している。

欲しかったことは欲しかった

 私の冷蔵庫は、冷凍庫の容量が大きくて、冷蔵スペースが充分といえない。どうしてこんなアンバランスなものをわざわざ買ったかといえば、買い換えた頃はまだせっせと釣りに行っていたので、余分に釣れた魚を冷凍しておくためだった。しかし早朝暗いうちから出かけることが次第に億劫になり、だんだん釣りに行く回数が減ってしまった。父や母が死んだことで殺生がなんとなく厭になったこともあるし、娘のどん姫も家を出たので、釣れた魚を食べさせる相手もいなくなったことも大きい。

 

 そういうわけで野菜室の狭いこと、瓶やボトル類などを冷やすスペースも少ないために、冷酒やワインをあまり冷やしておけないのが残念に思っていた。それに冷蔵庫ではワインは冷えすぎる。私はほとんど白ワインばかりを飲むから多少冷えすぎでもかまわないが、専用のワインセラーが欲しいと思っていた。個人用のあまり大きくないものがないかなあ、とかねがね思っていたので、アマゾンで調べたら、手頃なものがあるではないか。そこで八本収納できる安いワインセラーを手配したら今日届けられた。思ったより大きい。置く場所を想定していたけれど、スペースがちょっと足りないので確保のためにだいぶいろいろ片付けることになった。

 

 事故の慰謝料は私の気持ちとしてはあまりに少なく、新車購入の出費に対して焼け石に水だったが、それはそんなものとすでにあきらめていたので、サポカー補助金の十万円が想定外の収入になった。ワインセラーは一万円ちょっとだったので、さらに眼鏡を新調しようと思っている。しばらく旅行に行かないし、本もほとんど買っていないから出費も少ないのだ。

 

 ワインセラーで日本酒の四合瓶なら冷やせそうだ。旅先で旅の思い出に地酒をしばしば土産にする。ワインや地酒をこれで寝かせて飲むのが楽しみだ。ワインクラブで白ワイン十本セットというのも手配した。舟口菊水の原酒でも買ってこようかな。

内田樹『街場の現代思想』(文春文庫)

 この本を読むのも三回目くらいだが、今回読んだら処分しようと思いながら、やはり捨てられない本だと思い直した。また読むかも知れないということである。こういう、よく読めば中身の濃厚な文章が文庫で読めるというのはありがたいことである。

 

 前半の、「文化資本」というキーワードで教養、素養、センスのごときものを論じているが、それについては前回読んだときに紹介したので、後半の人生相談風体裁の部分について二、三紹介したい。

 

 そもそも人生相談で、「結婚すべきかどうか」、「転職しようと思うが、どうか」などという場合、すでに相談者は「結婚したい」、「転職したい」とすでにこころのなかで思っている。相談とは、背中を押して欲しい、ということなのだと内田樹は喝破している。

 

 ただ、「結婚」を、独身でいることのメリットと結婚することのメリットを比較している世の人びとを「結婚は不快を引き受けること」で、メリットはない、と諭(さと)している。生まれも育ちも違う、つまり価値観の異なる人間が同居すれば、不快なことばかりで、結婚を継続するということは、その不快に耐えることに他ならないと断じているのだ。それなら結婚しないほうが好いのか。

 

 子供を産み育てるということも、そのような無数の不快に耐えるということである。もちろん結婚することでの快楽、子供を持つことで得られる喜びというのはあるが、不快を超えるものではない。しかし生物は、そして人類はそういう不快に耐えることをし続けたことで、ここまで殖えてきたのだ。

 

 人はそのような自ら我慢する、という行為に耐え続けることで真の人間になる。他人との関係を構築することのできる人間に成長する。社会性を高めるのである。不快に耐えることが人を人間にしてくれる。これこそが結婚するということ、子供を持つことの贈り物といえようか。

 

 世の中を、自分のわがままが通用する世界としてしか生きられない、幼児のような人は、人間とは言いがたい。このことでは、内田樹が(たぶん)嫌いな曾野綾子と同じことを言っているのである。

 

 そのような機転から相談に答えるのであるから、その答えは優しい言葉で懇切に説明しながらも、実は痛烈なものとなっている。それは転職についての相談ではさらに厳しい。転職に迷い、相談するような人は、必ずさらに待遇の悪い働きにくい職場に移ることが約束されているようなものだというのだ。会社の雰囲気、邪悪な上司がいるような会社に入った自分の過ちに気付いていないというのだ。その反省がないから、また同じ過ちを繰り返すだろうという。そして会社が悪いから、上司が悪いから、と愚痴を言うだろう。

 

 学歴や倫理、離婚、大学などについて快刀乱麻を断つ如く、快説していく。胸が空くようであり、しかもいっていることはオリジナリティにあふれている。曾野綾子も内田樹も、他罰的な人間が嫌いであるという共通点があるのがおもしろい。人のせいで自分は不幸だ、といいたてる人間は決して幸福になることができない。自分の人生の責任は自分で引き受けるしかないのだ。

2021年8月17日 (火)

医療崩壊

 新型コロナ感染者の新規感染者の増加が止まらない。具合が悪くても入院できないことがあると報じられている。専門家などは医療崩壊のおそれ、などというけれど、すでに崩壊しているように見える。感染すれば運良く治ったとしても、治るまでには時間がかかるし、後遺症も残ることが多いという。一度限界を超えてしまうと収拾が付かなくなると心配していたが、最悪の事態になっているようだ。

 

 ところで、感染した人というのは感染するようなリスクのある行動をした人なのだろうか。飲食店で多人数で会食したとか、感染者と濃厚接触をしたとか、もしかしてあのときに・・・と感染者が思い当たることがある人が多数なのだろうか。それとも気をつけていたのにどうして感染したのかわからない人が普通なのだろうか。

 

 もし、思い当たることのない人ばかりだとすれば、緊急事態宣言などの対策はあまり意味がないことになる。それこそもうロックダウンしてひきこもるしかない。

 

 たいしたことはない、と高を括っていた人ばかりがとうぜんのことに感染しているのだ、ということなら、自業自得で、そういう人の感染が一回りしたら、新規感染者は減少し始めるかも知れない。

 

 知りたいのは、不心得で、感染するべくして感染した人が現在の感染急増の主な原因なのかどうか、である。報道ではそのことを決していわない。たぶんそのような人から運悪く感染してしまった不心得でない人が、あたかも不心得で感染したようにいわれることをおそれるからだろう。

 

 いったいこれからどうなるのだろう。

暇だから

 今日も朝から雨。コロナ禍もあるからどこへも出かけられない。暇だから本が読めて映画を楽しむことができる・・・はずなのだが、どういうわけか暇すぎてその気にならない。忙しいときほど本が読めて映画か楽しめるというのは不思議だ。

 

 数独パズルをやったり、古い囲碁ソフトで対戦して快勝したり、大戦略ゲームを久しぶりに一からやってみたりと、暇つぶしばかりしている。暇つぶしとはよく言ったものだ。こんなことで時間を無駄にしてはいけない、と思えば思うほど、暇つぶしに専念してしまう。

 

 息子から遅めの中元が贈られてきた。希望を聞かれて、コーヒーを頼んでいたので中身はわかっていた。結婚するといろいろそういう気配りをしてくれるようになるのだ。今年こそ帰省するからといっていたのだが、今は無理だ。息子もようやく今月中にワクチン接種二回目が済むという。コロナ禍が少し治まったら、私の方から新車を見せに広島方面に出かけるつもりでいる。早く感染が下火にならないかなあ。心からそれを願っている。

山口瞳『酔いどれ紀行』(新潮文庫)

 私が、糖尿病が持病になったのは、若いときの鯨飲馬食、暴飲暴食の結果である。何を食べても美味いし、何を飲んでも美味かった。営業職だったから、あちこちへの出張の機会は多かったし、お客さんとの会食という、社用での美食ができた。ずいぶん日本全国の美味いものを食べることができたから、糖尿病になったことは残念ではあるものの、人生に悔いはない。

 

 この本でも、山口瞳はひたすら飲んでいる。飲むのを控えたほうが好いと内心では思っていても、彼のサービス精神と飲み方の美学はそのような行動を許さない。記憶を失うほど飲み、宿酔いで苦しみながら朝から飲む。重症の糖尿病を抱えながら、寿命を削るように飲む。

 

 友人のドスト氏(彫刻家の関保寿氏)とのスケッチ旅という建前の旅行で、たしかに旅に出て絵を描いてはいるのだが、ほとんどアルコールが抜けることはない。旅先に旧知の人が加わったり、あらたな人たちとの交友が酒を仲立ちに繰り広げられていく。そのなんだか羨ましいような、そして不思議な哀しみをも感じさせるような生き方は、他人事とは思えない。

 

 軽妙洒脱、さらさらと書き飛ばしているように見えて、そこに彼の生き方の美学が精魂こめて書き留められている。美学とは好き嫌いのかたちをとることもある。気遣いの人でありながら、厭なものはどうしても受け入れられない。教えられることも少なくない。

 

 長崎への旅の次に、日帰りのできる浦安に居続けるという行動も、山本周五郎への敬意からであり、『青ベか物語』の時代からの、浦安の大いなる変貌と変わらないもの、山口瞳の作家の目が見たものを感じる。これを読んでいて、私が旅で見たつもりのものはいかに表層的であることか、ということを実感した。この本を読んでもう一度同じ場所に行ったら、見えるものが変わるような気がしている。それほどのことが書かれている。

 

 ここに書かれている景色も、今見に行ったらずいぶん変わってしまっているだろう。それでも行ってみたくなる。山口瞳が初めて行った海外旅行であるタヒチ行は無理にしても・・・。小樽、郡上八幡、酒田・鶴岡の回が特に印象に残った。旅はやはり滞在しなければならないようだ。

2021年8月16日 (月)

問題なし

 泌尿器科は二時の検診予約なので、一時前に病院に行き、検尿。病院へ向かう途中で雨が降り出す。気温が低めだから汗もあまりかかずに助かったが、久しぶりに歩いたので病院が遠い。

 

 問診があり、順調であると答える。今回から新しい若い先生に替わった。菌は少なめでだが明確に検出されているので、こまめに水分を摂り、過労や病気などで体力を低下させないよう気をつけてください、とのこと。

 

 病院は雨のせいか人は少なめである。この病院はワクチン接種会場でもあるのだが、今日は接種がないようだ。スムーズに診察も終わり、薬局の薬もほとんど待たされなかった。いつもこうなら楽なのだが。

 

 次回は三ヶ月後。六週間後から二ヶ月後になり、ついに三ヶ月後になった。比較的に症状が落ち着いているからだろう。しかし薬が減るのはまだらしい。

 

 待ち時間で半分読みかけの内田樹の本『街場の現代思想』を読了する予定だったが、残ってしまった。おもしろいから最後まで病院で読んでしまいたかったのに。

目標

 目標が間もなく達成する。その目標は、達成の可能性が見えたから目標となった。目標は目的ではない。目標が達成できても目的がかなうわけではないし、そもそも目的はいろいろあってあいまいなものである。

 

 今のペースなら、あと一月足らずで達成する目標は、自分だけの力で可能である。達成したら明らかにする。気を持たせるなあ。

 本日はこれから泌尿器科の定期検診で病院に行く。耐性菌が泌尿器系に棲み着いてしまい、体調が悪いときにときどき暴れ出す。または暴れ出すと体調が悪くなる。身体をフラッシングしたいけれど、なかなかむつかしいらしい。カテーテルを膀胱に入れて洗う方法もあるが、ちょっと痛いですよ!などと医師は嬉しそうに言う。最近の私の平熱は36.3℃位なのだが、ここのところ涼しいので逆にやや不調で、36.8℃前後で推移している。きわどいところにいるのだが、排尿痛や激しい尿の濁りなどはない。尿の精密検査で菌の数が少ないままなら、問題なしと診察されるものと思う。

 雨の中を病院に行くのは厭だなあ。今のところやんでいるので、なんとか保って欲しい。

深読み読書会

『深読み読書会』というNHKの番組があって、ときどき観ている。不定期なので、見逃すことがあり、今回井上靖の『敦煌』、そして夏目漱石の『三四郎』のふたつが再放送されていたので観た。『三四郎』の方は観ているうちに、一度観たことに気がついた。

 

 井上靖を集中的に読んだことがあり(友人の父親が井上靖の全集を持っていたので、それを借りて読んだ)、『敦煌』はそのときに一度読み、敦煌文書(とんこうもんじょ)についてのいろいろな本を読んでいるうちにこの小説を思い出してもう一度読んだ。もちろん映画の『敦煌』も観ている。

 

 この『敦煌』についての深読み読書会では参加者の深読みのレベルが高くて、なるほどと思うことも少なくなかった。作者に対しても作品についても、参加者たちがそれなりの敬意を持っていることがわかるし、それだからこその深読みができている。たいへん参考になったし、おもしろかった。この小説がシルクロードブームの火付け役のひとつになっていることは、私も承知していて、大きく影響を受けたことはもちろんである。だからこそ敦煌に行き、莫高窟を見て感激したのだ。

 

『三四郎』は今年何度目かを読み直したばかりである。夏目漱石の『三四郎』、『それから』、『門』は三部作といわれていて、明治の知識人の精神の不安定さの変遷がうかがえるので、今回は通しで三作を読んでみたのだ。深読み読書会ではこの『三四郎』を恋愛小説の側面から読むという試みで進めていた。たしかに美禰子をヒロインとした恋愛小説であることは間違いないが、そんな基準で読んだら深読みになるはずもなく、つまらない番組になっていた。何より、参加者の一人、心理学者でフェミストの小倉千加子がのっけに『三四郎』をつまらない小説、と吐き捨てるように言い、とうぜん三四郎もつまらない男として決めつけていて、これでは深読みなどできるはずはなかろうと呆れた。

 

 フェミニストにありがちな、現代に生きる人間として三四郎を見て、そして美禰子を見て、その生き方を批判する。馬鹿ではないかと思う。明治という時代背景を抜きに彼らの生き方、考え方を批判してどうするというのだ。美禰子のモデルが平塚らいてふだという説があるらしい。なんだか週刊誌的な見立てである。小説を深読みするのではなく、三流マスコミ風妄想的読み方を聞かされてうんざりした。たぶん前回もそう感じたから、観たことを忘れていたのだろう。

 

 せめて安岡章太郎など多くの『三四郎』三部作についての評論でも読んでから論じてくれなければ、深読みになどならないではないかと腹が立った。

 そこでハタと気がついた。小倉千加子のような頭の良い女性が、そんな馬鹿な考え方、鑑賞の仕方をするはずがない。番組の「恋愛の側面から」の『三四郎』の深読み、などというくだらない設定をあざ笑い、その場に参加している人間、そして視聴者たちをあざ笑っていたのである。危うく乗せられるところであった。

 

2021年8月15日 (日)

映画『ブリット=マリーの幸せなひとりだち』

 2019年のスウェーデン映画。なんとなく好い映画だろうと予想していたが、大当たりだった。この映画を観ながら、『バクダット・カフェ』という大好きなアメリカ映画(テーマ曲の『コーリング・ユー』は有名である)を思い出していた。

 

 四十年間、ひたすら家事に専念して、買い物以外家から出ることもほとんどない規則正しい生活を送ってきた主婦が、夫の浮気の発覚を機に、外界に一歩踏み出していく。ハローワークのようなところで職を求めるが、63歳の彼女にはめぼしい職などあるはずがない。たまたま紹介されたボリという田舎町の仕事は、なんと少年サッカーチームのコーチの仕事だった。コーチの経験などもちろんなく、そもそもサッカーのルールすら知らない彼女が、その少年(少女もいる)たちとどう関わっていくのか。そして彼女の踏み出した一歩が周囲にどんな連鎖反応をもたらし、そして彼女自身を変えていくのか。

 

 美人でも愛想が良いわけでもなく、どちらかといえば融通の利かない彼女の中にどんな美質が隠れていたのか。その彼女が大真面目に言葉を発し、行動することで不思議なユーモアが生まれる。その美質が明らかになるにつれて、彼女の存在が周囲にとってかけがえのないものになっていく。まさに『バクダット・カフェ』を連想させる所以である。

 

 人は自分の存在が意味がある、と認めてもらいたいと願っていて、それを無視されながら生きることは大変なエネルギーを要する。人はしばしばその無視に押しつぶされる。それに耐え続けた彼女は実はとても強い人間であって、それを自覚したとき、彼女は真にひとりだちの一歩を踏み出すことに成功したのだ。

 

 スウェーデンでは大ヒットになった映画だという。宜(むべ)なるかな。お勧め。もし観ていないなら、『バクダット・カフェ』もどうぞ。こちらには脇役に私の大好きなジャック・パランスが出ている。

災い転じて、になるかどうか

 過去、経験のないような大雨被害といわれた水害を、さらに超えるような水害がふたたびみたび起きている。今回の大雨はまだ中途であり、今日は中休みだが、まだ数日は雨が降るらしい。被害がさらに増えないことを願うばかりだ。被災された方の気持ちは想像を超える。豪雨災害はだれを恨むわけにもいかず、天を呪っても詮無いことである。その被害はさらに甚大化していくと予想される。人の力では食い止めようのない、つまり手の打ちようのない事態が繰り返し起きるだろう。

 

 このような天変地異ともいえる異常気象は、地球温暖化によるものだ、というのはたぶん科学的に正しいのだろう。しかしそれを今どうにかしようとしても、すぐにどうにかなるものではない。それが常態化することを前提にした生活の仕方を考えていくしかない。危険な場所にはもう住むことはできない、とあきらめるしかない。

 

 さすがにこの大雨の中を外に出かける人は少ない。人の流れは豪雨で自ずから激減しているものと思われる。本来なら盆休みで人出の多いところも少なくなっていることだろう。尾身会長は人流(響きの悪い厭な言葉だ、人の流れという言い方でよいではないか)を半減して欲しいと呼びかけていたが、天が水を浴びせて人の流れをとどめたかのようだ。 

 

 人の流れがこの大雨の期間に減少した効果は、一週間から二週間後に出ることだろう。人出の抑制に意味があるのかないのか、そのことが明らかになる。もし顕著な結果(新規感染者の激減など)があれば、より強力な人の流れの抑制を実力行使したらよいだろう。

 

 災い転じて・・・ということになるかどうか。それを天が教えてくれるかも知れない。

曾野綾子『自分の始末』(扶桑社新書)

 曾野綾子の本がたくさんあるので選別して少し処分することにしている。そのためにぽつりぽつりと読んでいるのだが、いつも一気読みしているので、読む直すたびにこんな好いことが書いてあるという発見をするので、なかなか捨てられない。

 

 この本は今までに書いたエッセーや小説からさわりのところを抜粋したものであるから、とりわけ中身が濃いのである。私が読む曾野綾子の本の九割以上がエッセーなので、小説はあまり読んでいない。曾野綾子は作家だから不本意な読者かも知れない。この本でまとめられている文章の半分は彼女の小説からのものである。それだけ力をこめて書いたものだから、引用された部分だけを読んでも、胸を打つものやしみじみとした共感を感じさせるものばかりだ。その小説を読んでみたいなあと思わないではないが、それではきりがない。

 

 この本で感じるのは、執着を捨てようという思いだ。さまざまなことから執着心を取り去ることで楽に老後を生き、楽に死ぬことができるかも知れない。できそうでできないことだけれど、人間関係、財産、生活のすべてに基本的に優先させるべき態度は執着を捨てることだと思った。執着を捨てることに執着するのは問題だけれど、楽になるための指針として心がけたいと思う。

2021年8月14日 (土)

介入して逃亡

 アフガニスタンではタリバンが次々に州都を制圧して、首都カブールに迫りつつある。アメリカが事態の急変に驚いて、撤収を中止し、反撃に転ずる気配はない。こうなることを見越しての撤退なのだろう。先日観た映画『キリング・フィールド』を、そして陥落直前のサイゴン(現ホーチミン)を思い出した。雪崩を打って逃げ出す米軍、取り残される多くの現地の協力者たち。そのあとにあるのは粛清という名の虐殺である。アメリカはなんのために介入したのか。そしてこの結果についてどう責任を取るのか。彼らの正義とはなんだったのか。

 

 北ベトナムは米軍を追い出して、ベトナム全土を統一した。国としてのかたちについての認識と準備が北ベトナムにはあったから、戦後の混乱のあとには秩序がもたらされたのはさいわいだった。体制が崩壊したあと、あらたな秩序が確立される場合とそうでない場合があって、しばしば体制を崩壊させた側に、国家というものをどうするのかの認識と準備がない場合には混乱しか残らず、ついにはふたたび独裁政権が誕生してしまうことは歴史を見るまでもない事実だ。

 

 タリバンがカンボジアのクメール・ルージュに似ているように感じるのは私がよく知らないからだろうか。タリバンはこの勝利に勢いづくが、戦いのための戦いを続けてきたのに敵がいなくなったとき、彼らは何を始めるのか。そのエネルギーはどこに向かうのか。

 

 世界地図で中央アジアをよく見てみると、アフガニスタンの北東端がわずかに中国と接していることがわかる。アフガニスタンと中国は隣国なのである。中国では新疆ウイグルのイスラムの民が虐げられていることはタリバンも承知しているはずである。それならタリバンはイスラムの大義として中国に進出しないのはおかしいではないか。アメリカに事実上勝利したのであるから、中国にだって・・・。

 

 そんな風に思うのは、タリバンのエネルギーを粛清に向かわせないためであり、中国の新疆ウイグルのイスラムの民のためである。とは言いながら、そう願うのは中国のエネルギーが西方に向かうことで、東アジアでの傍若無人の行動が少しはそがれることを願うという他力本願であることは正直に認めなければならない。CIAもそういうかたちでタリバンを援助したらどうか、などと勝手なことを考える。

中庭の車

 八月にこれほどの長雨が続くというのはあまり記憶がない。九州や中国地方の被害は、このところ繰り返し起こっていることだから被災者の方の気持ちを思うと慰めようもない。これがこれからも毎年のように起こるようになっていくのだろうか。

 

 愛知県も河川が多く、何年かに一度必ず大きな水害がある。今朝も避難指示情報があちこちに出されている。今回は矢田川水系が危険なようだ。私のところはたぶん水田を埋め立ててのマンションかと思うが、川からは少し離れているので三十数年暮らしても、直接の水害の経験はない。川は新川が近い。庄内川、新川はともに名古屋に大きな水害をもたらす川で、その被害を何度か目の当たりにした。信じられないほどの高さまで水が来る。都会の川だから天井川になっているためである。今日明日が大雨のピークのようだが、持ちこたえるだろうか。

 

 お盆である。我がマンションは築四十年ほどになるから古い。古いけれどもメンテナンスが行き届いているので、暮らすのに不都合は生じていない。棲んでいる人は若い家族と老人に二極化しているように思う。古いマンションだから安いし、通勤にも便利なので、若い人が手に入れやすいのだ。老人が転居ではないかたちで退場すれば、若い人が入る。子供が大きくなると家族で一軒家に転居していくことが多く、そうでなければ子供だけ出て行き、夫婦が残り、老人になっていく。

 

 老人が多いから、お盆には老親を訪ねてやってくる人が多い。来客用の駐車場は限られているから、中庭などを開放して臨時駐車場にする。それでも充分ではないから、エントリーしてくじ引きということになる。その臨時駐車場に今年も車があるけれど、空きもある。やはり控える人もそれなりにいるのだとわかる。

 

 人は会うことでつながりを確認するものだから、会うことが少なくなればそのつながりは弱まる。孫も祖父母に長く会わなければ顔を忘れていくだろう。去るものは日々に疎し、である。そんなことを雨のベランダから中庭を見下ろしてぼんやり考えた。

奥野信太郎『中国文学十二話』(NHKブックス)

 中国文学者で、慶応大学教授だった奥野信太郎(1899-1968)については何度かこのブログで書いている。いわゆる三田文学の重鎮でもあり、その随筆は絶品である(随筆集全六巻があり、私の宝物)。私が奥野信太郎に出逢ったのは東洋文庫の『随筆北京』だと当初は思っていたが、実は今回読み直した『中国文学十二話』というこの本だったことにあとで気がついた。

 

 昭和三十九年に月に一度、NHKFMで行った「朝の講座」の速記録を弟子の村松暎が整理して本にまとめたものがこの本で、昭和四十三年に出版された。私のものは昭和四十八年一月版。たぶんまだ大学四年生のうちに買って読んだと思われる。速記録から活字化しているように、この講演は原稿がないのである。村松暎によれば、奥野信太郎は何も見ることなしにこれだけのことを語ったというのであるから、その記憶力、知識の奥深さにはおそれている。

 

 詩や散文、志怪小説や四大奇書(しだいきしょと読む)、など中国文学について古代から現代までジャンルわけしてすらすらと語ったようだ。こうして簡略にまとめてくれると私の読んだ本はどういう時代的位置づけであるのか、類似の本にはどういうものがあって、その価値付けはどうなっているのか、見通しがよくなる。そして読み残している大事な本を読んでおきたいと思ったりする。考えればこの本によってずいぶん知らない本を知り、導かれてかなり深いところまで読んだ気がする。読み取れたかどうかは別だが。

 

『聊斎志異』、『子不語』、『閲微草堂筆記』を比較して、『聊斎志異』に高い文学的評価をしている。この中で最も読み方が雑だったのが『聊斎志異』だったからあわてた。いつか読み直そうかと思う。それにしてもまた奥野信太郎の随筆集も読みたくなってしまった。なんだか同じところで堂々めぐりしている。楽しい堂々めぐりであるけれど。

 興味のない人には何のことかと思うだろうけれど、こういう興味、つまり趣味を持つのは楽しいものである。べつに中国文学でなくて何でも好いのだ。長い老後を生きるには大事なことである。

2021年8月13日 (金)

突然の手紙

 北海道の、ある市役所から突然手紙が送られてきた。全く覚えがないところからの手紙なので驚いたけれど、内容を読んで納得した。父の兄が北海道で長く暮らし、私も若い頃、二度ほど訪ねたことがある。亡くなってもう二十年ほどになるだろうか。その伯父の持ち家が放置空き家になっているらしい。その処分に関しての問い合わせである。

 

 伯父の死後、伯母がどうしているか、全く知らないしその身内の話も承知していない。伯父には息子がふたりいたはずであるが、何十年も前から消息不明なのだと聞いている。伯父は頑固を超えて狷介なところがあり、子供の方から縁が切られらしい。伯父が亡くなってすこしあとに私の両親が北海道まで線香を上げに行って、伯母にも会っているはずだが、詳しい話を聞こうにもふたりともこの世にいない。伯母もそれほど丈夫ではなかったから、年齢から考えてこの世にいるとも思えない。

 

 甥である私にこのような手紙が送られてきたということは、私のほかに、もう問い合わせるところがないということなのだろうか。弟のところにもそのような手紙が行っているかも知れないから連絡してみるつもりだ。それにしても全く知らない伯父の資産の処分を勝手に了承するわけにも行かず、どうしたらいいか困惑している。

 

 何かの詐欺かも知れないので、確認したが、その市役所の住所や電話、担当部署は間違いのないものだった。放置空き家の話をいつも他人事に見聞きしていたけれど、我が身の話になって驚いた。

行きたいところ

 今日のniftyの私の運勢は「行きたいと思った場所へ行く計画を立ててみましょう」というものだった。

 

 ひとつは先日考えた、国道41号線を北上して、髙山、神岡を経由して富山にいたり、日本海沿いに親知らずから糸魚川へ、そこから南下して小谷村の辺りの山の景色を見て松本から中央道を帰る、というもの。

 

 ひとつは伊勢、鳥羽を経由して海岸線を走り、熊野三山へお参り、そこから十津川経由で奈良へ抜けたいが、その道はすぐ崖崩れで不通になるし、狭いから、そのまま紀州の海岸線沿いに和歌山までぐるりと紀伊半島を回ってくるというもの。

 

 もうひとつは東北、今回は花巻の温泉を拠点にして今まで見逃していた場所やなじみの場所、たとえば遠野などをじっくり見て回るというもの。

 

 さらに考えたのは、中国道で津山の奥の奥津温泉へ行き、ゆっくりしてから、広島の息子をだずね、そのあと津和野から萩へ抜けて山陰の海岸線を楽しみ、湯村温泉あたりで一休みして帰るというもの。

 

 しかし運勢占いはともかく、今は出かけるのは控えざるを得ないようで、計画を立てるだけである。

 

 これから妻の病院へ行く。妻には申し訳ないが、これは行きたい場所ではない。たぶん面会はコロナ禍のために不可だから、呼び止められなければ支払いだけで逃げ帰るつもりだ。今はすべて先送り。先送りしているうちにこうするしかないことが見えてくる?かも知れない。

泉鏡花『高野聖(こうやひじり)』

 この小説を読むのは三回目。今回は旧漢字、旧仮名遣い、総ルビ付きで読んだので、原作の雰囲気をいっそう濃厚に感じることができた。文句なしの傑作だと思う。前の二回は山蛭(ひる)の気味悪さ、恐ろしさばかりが強烈に記憶に残ったけれど、今回は全篇にわたっての情景描写を、じっくりと味わうことができた。見えるもの、聞こえるもの、匂い、肌触り、それらを高野聖そのものになって感じた気がする。

 

 独り旅で山中の神社などを訪ねることがときどきある。だれもいない中で樹々を眺め上げ、拝殿の背後の本殿をのぞき込み、深閑とした空気に感応すると、時空を超えて迫ってくるものがある。町中の神社ですら、夜更けに境内に立てばゾクゾクするほど恐ろしいもので(験してみたことがある)、山中の神社は昼間でも何ものかを感じる。そういう記憶がこの小説を読むとよみがえる。

 

 高野聖が歩くのは飛騨髙山から天生(あもう)峠越えの道である。髙山から白川郷へ向かう道かと思われる。現在でも狭路の険路である。その本道すらはずれて山中に分け入ったのであるから、道なき道を行くに等しい。蛇が次々に足元を這い、日向ぼっこで横たわる。藪道の蛇は蛇嫌い(私もそうであるからよくわかる)にとってはたまらなく恐ろしい。そこに山蛭の猛攻があれば生きた心地がしないどころではなく、実際に命の危険がある。

 

 ようよう山中の一軒家にたどり着けばどれほど安堵したことか。そしてそこでさらに不思議な経験をするというのがこの話である。自らがその山道をたどって孤家(ひとつや)にたどり着き、不思議な女に巡り会う心地を今回ははっきりと経験した。同じ体験を是非お楽しみあれ。

2021年8月12日 (木)

失われた世界

 AI兵器で人類が滅ぶかも知れないと危惧しているときに、たまたま読んだ曾野綾子の文章から、

 

失われた世界、そして追憶 マヤ・アステカ私的紀行

 

 そこで人は最も謙虚な事実に直面する。この地球上には、「失われた世界」というものが確かに存在する、ということだ。今、この鳥の声だけが澄んだ密林の中に残るのは、完全な「追憶」だけであった。私たちは失われた世界の声を聞き、追憶の香りを密林の中に嗅ぐ。
 それは私たち人間ももしかすると今でも滅びる可能性のある動物だ、ということである。マンモスが滅びたように、そしてまたトキが滅びかけているように。人間の知恵はその運命に対して全霊を上げて闘うだろう。しかし人間だけが滅びないということを信じるのもまた、思い上がりなのだ。

知らなかった

 つまらないといえばつまらない話であるが、ネットニュースで、谷原章介が大先輩に対してたいへん失礼な発言をしたのだそうだ。失言がしばしば取り上げられる谷原氏なので今度はなにごとかと思ったら、小倉智昭に「ご苦労様でした」とねぎらったことが問題なのだそうである。

 

「ご苦労様」というのは目上の者が目下の者に使う言葉であり、大先輩である小倉智昭に失礼ではないか、と非難されているのだ。「ご苦労様」というのが目上から目下に言う言葉だとは知らなかった。よくよく考えればそんなニュアンスがあるのかなあと思う程度で、世間一般の人が常識としてとうぜん知っていることとも思えないが、それは私が無知なのであろう。

 

 谷原章介は「いい人」のイメージが売りだから、ことさらに揚げ足取りする輩がいる。いい人が嫌いなのだろう。言葉遣いにぎこちないところがあるのが攻撃材料に手頃なのかとも思う。しかし谷原章介に言葉遣いの無知を非難して諭すがごときは、それこそ上から目線そのものではないのか。さぞえらい人たちなのだろう。

 谷原章介が小倉智昭に敬意を持っていない、などと普通は思わない。谷原章介は「いい人」なのであるから。それよりも、敬語というのは使い方が面倒だなあ、下手に使うとこうしてバッシングされるものだなあ、と若い人に思われれば、ますます敬語に対して敬遠してしまって敬語から離れていく。敬語にこだわるつもりで敬語を失わせることになる。敬意(リスペクト)があれば、多少の間違いは大目に見れば好いのだ。人と人との関係をスムーズにする働きを持つのが敬語というもので、その関係をギクシャクさせてどうするというのだ。

AI兵器

 人類が破滅に向かうか踏みとどまるか、その岐路が2030年であるという番組をNHKBSがシリーズで特集していたが、AI兵器の特集が特に現実味のあるものに感じた。このことは見てすぐ書こうと思いながら後回しになっていた。自分の備忘のために書き留めておく。

 

 兵器の無人化が進んでいるらしいことは、ドローンなどが使われている戦闘映像を頻繁に見るようになって久しいから、だれもが承知していることだ。これは反撃されても失われるのは機械だから兵士の損耗がなく、一見人道的に見える。それこそ戦う双方が無人兵器どおしで戦っていればいいように思えたりする。そうなるとほとんどゲームだ。金のかかるゲームで人が死なないなら勝手にしろ、と思いかねないけれど、ニュースで見る無人兵器が攻撃しているのは、生きている人間である。やはり人間を殺さないと戦争の勝敗は決まらないらしい。

 

 AI兵器は進化して、遠隔操作ではなく自分で状況を判断して攻撃するように改良されつつあるらしい。それでもその判断を下すのは人間の作ったプログラムによるから大丈夫だ、というのが兵器開発者などの言い分だ。しかし機械には喜怒哀楽や感情がない。価値判断は数値的に行う。人を殺すということに逡巡があるような機械なら、それのない機械に勝てないだろう。

 

 AI兵器が進化して(兵器に限らない)、自らを修復したり、自らを改良し始めることは、もうそう遠くない未来に可能になりそうである。ロボットのアシモフ三原則ではないけれど、人類に対して攻撃することを拒否するプログラムそのものがいまのAI兵器に組み込まれることはないのである。現に人間を攻撃している。それなら映画『ターミネーター』の世界がもうすでに始まっているということではないか。

 

 AI兵器はもしかしたら原爆より恐ろしいものになりつつあるのではないか。人類が滅亡するとしたら、最も可能性が高いのがAI兵器の進化ではないか、と思った。その先に見えるのは、人類が滅びたあとに自ら再生と進化を繰り返しながら敵陣営と戦い続けるAI兵器の幻影であった。

2021年8月11日 (水)

先輩からメール

 会社のOB会の会報の消息欄に事故に遭ったことを書いたのを見て、先輩からメールが来た。弟のところに滞在するついでに、年に二度か三度、船橋で落ち合って飲む先輩だ。先輩は同じ会社にいたけれど、中途で退社して自分で会社を興した。他人にまかせてやめるつもりでも、得意先に引き留められてなかなか全面的に離れるわけにはいかないらしく、いまでも現役である。

 

 私のブログはめったに読まないから、会報で初めて知ったと見舞いの言葉が書かれている。そういえばこの先輩とも二年ほど会えないでいる。会えば七十過ぎのじいさんふたりが、若いときと同じような気持ちに戻って歓談する。本当に楽しい時間を過ごすことができるから、今すぐ会いたいぐらいだが、まだそういうわけにも行かないのが残念だ。

 

 運転にはくれぐれも注意しろ、との言葉をもらった。今回は自分には責任はないが、運転に必要な集中力、反射力、判断力は明らかに衰えている。忠告を素直に承ることにした。それにハンドルを握ると、ときどき事故の記憶がフラッシュバックする。信号で停車するとどうしても後ろを見てしまう。当分はこれで大丈夫だが、忘れたときが危ない、と肝に銘じている。

久しぶりに夢野久作の話を聞く

 NHKBSの『ダークサイドミステリー』という番組で夢野久作(1889-1936)が取り上げられていた。若いときにはまって、文庫ではあるが十冊ほどの全集を揃えてすべて読んだ。番組では初期の『瓶詰の地獄』を導入部にして、彼の集大成とも言うべき『ドグラ・マグラ』を解説していく。

 

 はまると狂気の世界から逃れられなくなる、といわれた夢野久作が、いまだに若い人に読まれているという。世の中はすべてつじつまが合うべきだ、と思うような単純な(つまりシアワセな)人にとっては、矛盾が解消しない彼の作品は難解と言えば難解なので、それがいまでも読まれているというのは嬉しい。

 

『ドグラ・マグラ』はいくつもの入れ子構造になっている、しかも矛盾だらけの小説で、それは主人公が狂気の世界から見ているゆがんだ世界だからだ、という見方ができるけれど、気がつくと読んでいる自分がその世界を解釈しようとしてその世界に囚われていることを気がつきながら脱出できない、という怖い小説だ。精神に強靱さを欠く人間は手出しをすべきではない。とはいっても本当に強靱な精神の持ち主はこんな本は読まない。

 

 番組は、また読んでみたいなあ、と思わせてくれたけれど、もうあの複雑怪奇な世界に遊ぶ体力気力はないのが残念だ。それにその全集は残念ながら少し前に処分してしまった。精神に刺激を求めている人はちくま文庫で手にはいるので、是非お試しあれ。くれぐれも行ったきりにならないように。

山口瞳『迷惑旅行』(新潮文庫)

 山口瞳(1926-1995)は『江分利満氏の優雅な生活』で直木賞を取った作家である。開高健の推薦で壽屋(現サントリー)に入社。ドイツ文学者の高橋義孝に師事。敬愛すること親以上のその交流はうらやましい。人生に師を持つことができるのは、師を持ちたいと思う心、この人が自分の師である、と思うところから生ずると内田樹氏は書いていたけれど、そうなのかも知れないといまなら思う。山口瞳は男性である。念のため。

 

 今回読んだ『迷惑旅行』は巻末の沢木耕太郎の解説によれば、『なんじゃもんじゃ』、『湖沼学入門』、『迷惑旅行』、『酔いどれ紀行』の紀行文四部作の一冊なのだそうだ。山口瞳の本を若いときに手当たり次第に読んだことがあって、文庫本で四五十冊、単行本が十冊ほど手元に残っている。いまそれを引っ張り出して積んであり、久しぶりに拾い読みをしている。この四部作のうち、『なんじゃもんじゃ』が見当たらない。最初からないのか失ったのかわからないが、アマゾンで見ると中古本でもプレミアムが付いているようだから、たぶん絶版であろう。しかしいまさら取り寄せる気にもならず、今回は残りの三部作を読むつもりだ。

 

 若いときはこの紀行文を内田百閒の『阿房列車』シリーズを読むような軽妙なユーモア旅行の積もりで読んだから、そこにこめられた山口瞳の人生観、哀切が表面しか読み取れなかったように思う。いまじっくりと読んでいて、はるかに深いものを受け取って感動している。

 

 ドスト氏(彫刻家の関保寿氏)との絶妙な同行旅は天衣無縫、成り行き任せに見えるけれど、成り行きに全身全霊をまかせる生き方というのはよほどの覚悟がなければ出来るものではない。そういうことは大人にならないとわからないもので、若いときはただうらやましがっていた。ここで訪ね、滞在した場所には私のよく知るところ、行ったことのあるところもある。けれど、あらためて訪ねて見たくなった。未訪問のところはもとよりである。

 

 山口瞳の絵とドスト氏の描いた絵が挿絵として収められている。いまはそれらの風景がどれほど残されているだろうか。況んやこの本に登場するような、そこに住む人びとは・・・。

2021年8月10日 (火)

安心して暮らせる生活

 曾野綾子を毛嫌いする人がいる。毛嫌いするのは、たいていリベラリストを標榜し、人権と正義の人である。中には私なりに平衡感覚があるように見えていた人なのに、曾野綾子、となるととたんに目が尖ったりするから不思議だ。不思議に思うのは、私は曾野綾子の文章をたぶん人よりはるかにたくさん読んできたと思うけれど、ここはどうしても許せない、などと思うようなことはなくて、いつもなるほどと思うし、自分の感じていたことをとても上手にまとめ上げてくれているなあ、さすがにプロだなあと感心することばかりだからだ。

 

 中絶に反対しているのは彼女がカトリックだからで、その点について賛同はしないけれど、それを批判するつもりは全くない。考え方が違うだけのことである。

 

 彼女が右翼的だから嫌いなのだ、と思っている人は、自分がどれほど左にいるのか気がついていない。右翼とは曾野綾子のような人を指す言葉ではない。ほんものの右翼が怒るだろう。

 

 曾野綾子『なぜ子供のままの大人が増えたのか』という本を読み終えたところだ。その中の一文を引用する。全体のごく一部で、本当は全部を読むともっと意味がわかるのだが・・・。どうしてここを引用したのかはわかると思う。

 

「安心して暮らせる生活」などない

 

 政治家も嘘つきである。「皆様方が、安心して暮らせる生活を・・・」などと平気で約束しているのでもわかる。「安心して暮らせる」世の中などこの世にないことは、アメリカの同時多発テロ事件の時、世界貿易センタービルにいた人たちのことを考えれば悲しいほど明らかだ。
 しかし何もこのような事件がなくても、一人前の大人なら、容易に「安心して暮らせる」現世などあるわけがないことはわかるのが普通だ。私ならその言葉ひとつで、逆に人生を知らない浅はかな人として、その政治家に強い反感を覚えて決して一票を投じる気にはならないだろう。
 先日ある政治家に会ったら、ごく気楽そうに、「選挙演説なんて、何も中身のあること言っちゃいけないんだよ。それよりただ『ガンバロウ!』って威勢よく言ってりゃいいんだ」とおっしゃっていた。
 私も立派な卑怯者なので、その場では反対もせずアイソ笑いをしていたのだが、選挙民というのは、本当のことを言ったら満足しないバカなのだ、とその政治家は公言したのである。
 つまり「『安心して暮らせる生活』などというものが、この世にないことは、古来、文学者も哲学者も言っているところです。しかし『ましな暮らし』というものがあることは、私たちの生涯でも見聞きしてきたことです。ですから私は『安心して暮らせる』生活はお約束しません。しかしできる限り知恵を働かせて、より穏やかに暮らせるような社会にしていきたいと思います」
 と言うと、「あの人はなんだか頼りない人だね」と言うことで票が入らないことをこの人は実感と経験で知っているのである。ということは同時に「安心して暮らせる」社会が政治力でできるのかも知れない、と選挙演説を聞いていい年をした大人がまともに信じているということだ。
 最近では私自身が老齢になって来たので、身の回りに若い世代が少なくなっているが、その故か戦後の貧困、夫や妻の浮気、ローン地獄、若くして発症した病気、家族との死別、など、言うに言われない苦い経験をした人はいくらでもいる。そうした経験をしない人の方がむしろ例外である。
 私たちはそのような個人的な年月を通して、凡庸にしかし実感的に、この人生を学ばせてもらった。それらの体験を充分に味わうだけの時間を生きながら、それでもなお、安心して暮らせる社会が、政治家たちによって実現するのだ、と考える中年も老年もたくさんいるということだ。教育の不足は若い世代だけではない、中年も老年も勉強不足なのである。たぶん読書をしなくなったからだろう。

 

 この本は2005年に出版されているから、まだ同時多発テロの事件が生々しい頃だ(私は文庫化したものを読んだ・再読)。だから某国の首相が「安心、安全」を連呼する前に書かれたものであるけれど、いま書かれたみたいだ。

友だちでも

 一緒に旅に出かけると、どんなに親しくても友だちと仲違いしてしまうことがあるという。そのことはとてもよくわかる。学生時代、寝袋を担いでの日本海放浪旅でも友人とけんかした。さいわいその友人とはいまでも親友で、仲違いしたままということはなかったのはさいわいである。別の友人とは疎遠になった。

 

 どうしてけんかするかといえば、どこへ行くのか、どこへ泊まるのか決めること、海の家で留守番をするから寝かせてくれと交渉したりすることなど、すべてこちら任せだったからである。ある意味で口を出さないということだけれど、ついてくるだけの自発性のなさにイライラしてくるのである。友人はいまならわかっているけれど、もともと出不精である。イライラしながらも仲違いしてしまうことがなかったのは、それなりにいいところが山ほどあるからだ。

 

 めったに連絡してくることがない男なのに、不思議なことに私が何かでめげているようなときに、とつぜん電話をくれたりする。そういうことが一度だけではないのだ。

 

 もう一人、かけがえがない大阪の友人もよく似ていて、どこかに一緒に行くときはすべてこちら任せである。それでも円空仏を見たいから連れて行ってくれ、といったときには、よく調べてからやってきたので、楽しかった。本当はもっとあちこち二人で長期間の旅行がしたいけれど、彼はパートの仕事を続けているのでそれがかなわない。語り合いたいことが山のようなあるのに。

 

 私は怠け者で、本当はひとまかせにしたいのに、どういうわけか私の友人たちは私が動かなければならないように仕向ける。そうして私がキリキリしているのを見て笑っている。私は口が悪いからイライラした気持ちをぶつけるけれど、ちっとも気にしない。それだからうまくいっているのかと思う。

 

 去年亡くなったF君とは海外旅行などでいつも同室に泊まるが、気を遣うことが全くなかった。彼も私とだと気を遣わないと言っていた。彼は私以上に好き嫌いが激しいから、彼が気を遣わないというのは言葉通りの意味だ。もうそういう相手との旅行ができないのだなあ、と思った。

風が吹き抜けて涼しい

 もともとは早寝早起き熟睡型だったのだが、いつしか宵っ張りになっていた。しかしこのごろは晩酌をしたら風呂に入り、ほてりが覚めた頃合いに寝床に入るとたちまち寝てしまう。九時前には入眠するから温泉に行ったときみたいだ。温泉には本を余分に抱えて行く。食事も風呂も用意されているから、ゆっくり本が読めるつもりなのだが、読む間もなく寝てしまう。温泉に行くまでの道中の疲れが出るのか、日ごろの疲れが温泉に溶け出すのか、とにかくたちまち眠る。温泉に行くのか眠りに行くのかわからないほどだ。

 

 不眠症気味で眠りになかなかつけなかったのがウソみたいだが、そんな時間に寝るからたいてい夜中の二時前後に目が覚めてしまう。そこで何か考えたりするともう眠れなくなるから何も考えないようにする。何も考えないとまた眠りにつけるが、何も考えないようにしよう、などと考えるともういけない。つい枕もとの超格安超低速パソコンを開いてしまう。立ち上がるのが遅いからいつもつけっぱなしにしてある。このパソコンはNECではあるが、閉じたときにきちんと閉まらずに左がいつも浮いているという代物だ。それでも遅いだけでちゃんと動く。

 

 このパソコンには小さいけれどちょっといい音のデジタルスピーカーがつないである。これでネットラジオが聞けるし、アマゾンのミュージックストリーミングも聞ける。小さな音で音楽をかけたり、深夜放送を聴いていると何となく気持ちが静まってくる。難点はスピーカーの配線がごちゃごちゃして煩わしいことだ。スタンドを点けて世界遺産の写真を眺めたり、好きな美術全集を開くこともあるが、そうすると本格的に眠れなくなるから我慢して目をつぶっている。

 

 今朝も三時過ぎに目が覚めてしまい、そうして音楽を聴いていたら外が白んできた。寝室(北側)の窓とリビング(南側)の窓を開け放したら風が吹き抜けた。台風の名残風がいつになく涼しい。これで気持ちよくひと眠りしたりするとリズムが狂ってしまうから、そろそろ起きることにしようか。

2021年8月 9日 (月)

泉鏡花『湯島の境内』(戯曲)

 新派名狂言のひとつ、『婦系図(おんなけいず)』は、泉鏡花の小説『婦系図』を戯曲にしたものだが、戯曲にしたのは柳川春葉で、泉鏡花ではない。その舞台は予想ほどは受けなかったともいわれるが、泉鏡花もその舞台を繰り返し見て思うところがあった。そして書き上げたのが、この一幕一場の『湯島の境内』である。

 

 恩師であり、育ての親でもある酒井俊蔵から厳命されて、早瀬主税(ちから)が泣く泣く愛する内妻のお蔦に別れ話を切り出し、それに応えるお蔦の名台詞は、原作を知らない人でも一度は聞いたことがあるはずだ。

 

お蔦「切れるの別れるのって、そんなことは、芸者の時に言うものよ。・・・私にゃ死ねと言ってください。蔦には枯れろ、とおっしゃいましな」

 

 原作の小説の全体は私も読んでいない。私が揃えた『泉鏡花小説・戯曲選』全十二巻には『婦系図』は収められていないし、あの『滝の白糸』で知られる『義血侠血』も収められていないのだ。どちらも普通に文庫本で手にはいるから問題ないし、いまあらためて読む予定はないので、全集の解説の中のあらすじらしきもので解ったつもりになっている。

 

 どうして別れなければならないのか、お蔦はそもそもどうしてこんな男に惚れたのかなどと、現代の人には納得しがたいだろうけれど、この小説には二重三重の仕掛けが施されていて、物語が進むにつれてそれが絡まった糸がほぐれるように明らかになっていくのである。ずいぶん昔だけれど、主税がお蔦の病の床に駆けつけるシーンとともに、この湯島天神のシーンを水谷良重(二代目水谷八重子)だったと思うけれど、テレビを通してその舞台を観たことがある。水谷良重は初代水谷八重子と守田勘弥の娘だけれど、二人の間の子としては少し色気が足りないのが残念で、今ひとつ感情移入できなかった。

 

 今回この戯曲を読んで、ふたりの会話と心の動きが解りすぎるほど解った。哀しみと苦悩がようやく少しだけ解った。戯曲、つまりシナリオというのは実際の演劇以上に想像力が働いて映像的になることも実感した。この戯曲がそのあとの新派の定番となったのはもちろんである。

 

 泉鏡花は硯友会に加わることで世に出ることができた。硯友会は尾崎紅葉の主催する文人たちの集まりである。しかし尾崎紅葉は作品からうかがうよりもはるかに堅物で、実は泉鏡花が水商売上がりのすず女と所帯を持とうとしたときに大反対をして別れさせようとした。泉鏡花は粋人だからそれを拒み、仲は険悪になったが、方便的に別れたかたちにしてなんとか収め、のちに正式に結婚している。だからこのお蔦と主税の関係は泉鏡花にとってほぼ実話に近い思い入れがあるのである。

 

 そのことは金沢の泉鏡花記念館で教えられたので、知っていた。十年ほど金沢で単身赴任住まいをして、この記念館は歩いて行ける場所だったので何回か足を運んだ。泉鏡花は金沢出身である。

 

 同じ本に『錦染瀧白糸(もみじぞめたきのしらいと)』という一幕一場の戯曲が収められていてあわせて読んだけれど、この話を語るには『義血侠血』という物語全体の説明が必要で、私の手に余る。

謝る

「私がしでかしたこれこれのことは、私が間違っておりました。悪かったと反省しております。以後気をつけます。ごめんなさい」というのが謝るということだと思う。

 

「世間をお騒がせしてご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます」というのは、私のようなへそ曲がりには、騒いだ世間が悪いのだ、騒がなければどうということではないのに・・・。という風に聞こえてしまうので、謝ったように聞こえない。

 

 それにしても、問題ある行動や発言をしたそのことが悪いのであって、それがよほどのことでない限り、そのことを本当に悪かったと思って以後態度をあらためるのなら、許してもいいと思うのが人情である。

 

 ところがいまのマスコミやそれに扇動される世間の一部は、そのことをもって全人格的な悪人としてひたすらたたきのめすという行為を、あたかも正義であるかのように思い込んでいる。

 

 これでは下手にまともに謝ったりするとますます叩かれるばかりだから、おかしな謝り方にならざるを得ないという側面もあるような気がする。謝ったような謝らなかったような言い方は、たぶんたいへん賢い弁護士センセーのアドバイスなのだろうなあ、と私は邪推している。

 

 正義の味方の尻馬に乗らないように気をつけなければ・・・。私だってずいぶん間違ったことを言い、間違ったことをしてきた。そしてちゃんと謝っていないこともときにはあって、思い出すと恥ずかしさに縮み上がったりする。正義の味方は、たぶんそんな間違いをしたことがないのだろう。

今日は母の祥月命日

 今日は母の祥月命日である。先月末に弟夫婦と妹夫婦で少し早めの七回忌をした。両親の眠る墓のある寺では、ちょうど今日が寺の行事の日で、檀家の人たちが集まって本堂や境内、墓の周りの掃除をしてお盆の準備をするといっていた。

 

 先日の七回忌の時に墓の周りを弟夫婦と妹夫婦が掃除するのを私は突っ立って見ていた。柄ばかり大きくて小回りの利かない私が手を出しても、みなの邪魔になるだけであるし、そもそもみな私が手伝うことを期待していない。困った、ものぐさな兄貴なのである。

 

 天気はどうだろうか。天気が悪ければ本堂の掃除だけということになるのだろうか。私は参加したことがないからわからない。

 

 母が死んだときには兄弟、孫たち、さらにひ孫がすべてそろって見送った。ずっと在宅介護だったけれど、最後の一週間あまりは病院だった。私は一週間ずっと母の元に詰めていた。あのときも暑い日々だった。母が息を引き取ったとき、なんだかそれまでつらそうに呼吸をしていた母が静かになり、楽になったように感じてほっとしたことを思い出す。母は何か感じていたのだろうか、それとももうすでに魂は旅立っていたのだろうか。

 台風9号は今朝、広島県の呉あたりに上陸したようだ。呉には息子夫婦が住んでいいる。しかしテレビの画面を見る限りそれほど風雨がひどいようではない。名古屋の方が昨夜半からずっと南風がベランダ側の窓を揺らしていて雨も降り続けた。わざわざ様子を問い合わせるほどのこともなさそうだ。

2021年8月 8日 (日)

妄言的考察

 前回の新型コロナ感染の波のときに、愛知県の地域別の感染度合いを人口比で濃淡にした地図を見た。絶対数で色分けすれば都市部が多いのは当然だが、人口比で見れば濃淡が薄まるかと思いきや、多少のばらつきはあるものの人口が少ないほど、そして都市部から遠いほど薄いのである。このことから人口密度が高いほど感染密度も高いのではないかと想像していた。

 

 一都三県(東京、神奈川、埼玉、千葉) の総人口は約3700~3800万人ほどで、日本の総人口に対して、30%ほどである。然るに、新規コロナ感染者数はずっと60%前後、はなはだしい時は70%近くに達したこともある。感染は人口が多くて密度も高いところほど感染率も高いということだ。

 

 それならそういうところにこそ対策を集中すれば有効ではないかと思われる。ワクチン接種もそこを優先すべきか?

 

 ところがワクチン接種拒否の割合は、そういう地域のほうがずっと高いらしいのである。若い人ほどワクチン拒否の割合が高く、そして都市部ほど若い人が多いのだから理屈はあっている。地方ほど、老人が多くて接種率も高いのは知られているところだが、政府の事なかれ平等主義によって、地方ほどワクチン配布が潤沢になる傾向があり、高齢者以外への接種も地方ほど進んでいてとうぜん接種率が高い。感染者はますます低く抑えられる傾向になる。地方ほど対策が有効に働くのだ。別に都市部に対策を集中させる必要はないようだ。

 

 この傾向はしばらく続くことだろう。都市部は感染者の増加で医療逼迫が深刻化し、住みにくくなる。その先は知らない。コロナ禍は多分収束しないのではないか。弱毒化しながら感染力を高め、防衛のしようがなくなって、共存するしか道がなくなり、そのうちに次の危険なウイルスが発生してその対策に追われ・・・ということがこれから常態化すると思う。私の妄言的な予測であって根拠はない。

 

鉄道の旅の音楽

 関口知宏の中国鉄道紀行を先日すべて観たけれど、主題歌の大山百合香さんの歌、『光あるもの』がいまだに耳にこびりついてリフレインしている。私は、関口知宏が車内で中国の人びとと楽しく交流しているところも好きだけれど、それよりも朝靄、夕景、夜の闇を一人で物思いにふけりながら車窓から見つめる姿にとても思い入れを感じた。若い頃は金がなかったから、旅といえば普通列車の長距離列車で旅をした。その時の自分がオーバーラップするのである。旅はふれあいと孤独がセットで深みを増す。

 

 主題歌や挿入歌でいえば、鉄道絶景の旅という番組で峠恵子さんがナレーションをしていたときがとても好きで、欠かさず観ていた。もちろん主題歌や挿入歌も峠恵子さんである。ナレーションが林家たい平に替わって久しいけれど、たい平に替わってからはほとんど観ない。たい平のナレーションには臨場感がないし、ただの名所案内と旅館紹介番組になってしまったのは残念だ。

 

 アマゾンのプライム会員になっているので、アマゾンミュージックのストリーミングサービスを利用している。峠恵子さんや大山百合香さんの歌も聴けるから、いまはそれを聴きながら鉄道の旅のイメージを頭に描いて楽しんでいる。

かわいそうに

 勝てるはずなのに負けたのは悪いことである、という見方でスポーツ競技を見ることはオリンピック精神とは違うものであろう。韓国の選手は負けると非難されているらしい記事をネットで繰り返し見る。例によってそういう記事ばかりを拾い集めて報じているのかもしれないが、その韓国の主要メディアが、選手へのそのような非難はやめようと呼びかけているらしいから、少なからずそういう非難はあるということなのだろう。

 

 日本でも負けた選手への批判がないわけではないが、よほどの場合で、試合が済めば負けた選手もよく頑張った、という報道が普通である。負けたことを最も残念に思っているのは選手本人であるから、日本人なら負けた人間を負けたことで寄ってたかってたたいたりしない。

 

 韓国では日本に勝つことを正しいことと考えるように教え込まれ続けたために、日本に負けるとあたかも悪いことをしたように非難されているようだ。それがモチベーションになっているのではあろうが、それではスポーツを楽しむことはできないだろう。そういう考え方を基本にもってオリンピックを見ているから、他国を中傷誹謗したり難癖をつけることをみっともないと思わなくなる。もちろんマスコミは大衆に迎合しているのだが、そういう大衆を扇動してきたのもマスコミである。韓国に限らず、マスコミはみっともないという価値判断をあまり持ち合わせていないものだ。

 

 日本にもそういう傾向があるけれど、辛くも韓国ほどにはまだ劣化せずにいるが、ほとんど紙一重の風潮気配も感じる。

 

 韓国のようにオリンピックを友好の機会ととらえずに憎しみの増幅の場にするようでは情けない限りで、それが横行するならオリンピックはすでに商業主義によってかなり失わているその存在意味をさらに失うだろう。そうしてオリンピックを一秒も見ないことを自慢するような人間が出てくる。

2021年8月 7日 (土)

『天守物語』

 午前中に泉鏡花の原作(戯曲)を読み、午後、映画を観た。1995年のこの映画は坂東玉三郎監督・主演で、宮沢りえが共演している。市川左団次の「朱の盤坊」が素晴らしい。原作は短いものなので、読み切るのにそれほど時間はかからないから、是非読んで欲しい。なるべく頭の中にイメージを浮かべる努力をするほど味わい深いはずで、それが映画でどれほどちゃんと描かれているのか、それも愉しんだ。

 

 泉鏡花に心酔している玉三郎であるから、そこは極めて忠実ではあるが、主人公の富姫(姫路城天守の最上階に棲みついている魔性の姫)の前身についての説明が冒頭にあるのが良い点でもあり、いささかどうかと思う点でもある。ここで説明しておかずに、物語の進行の中で説明すると、流れが損なわれるからだと思われる。ただ、あとでわかるほうがその魔性の存在に対する得心がいきやすい気がする。

 

 観ただけでは信じがたいことに、山姥の舌長姥も玉三郎が一人二役で演じている。物語は美女や少女たちのあでやかできらびやか、そしてのどかな会話で始まるのに、富姫を訪ねてくる妹分にあたる亀姫(宮沢りえ)が手土産として差し出したものが首桶であり、そこから血の滴る生首が取り出されることでとつぜん雰囲気が激変する。その生首の滴る血を舌長姥が舐め回す。玉三郎の鬼気迫る演技である。

 

 出だしでは富姫は不在である。帰って来た富姫がどこへ行っていたのか訊ねられると、越前大野の夜叉ヶ池の雪姫に会いに行ってきた、と答えるのは、べつに前作の『夜叉ヶ池』の映画を意識してのことではなく、原作もそうなっている。理由もちゃんと説明される。

 

 最後が尻切れトンボになっているけれど、そこを丁寧に調和的に収束させる必要はないと思う。城主の武田播磨守役を先日死んだ隆大介が演じていたが、原作にはないことながら、せっかくだからこの役柄をもう少し膨らませて出番を持たせると、起用が生きてよかった気がする。

任俠映画・つづき

 任俠映画について書こうと思ったのは、いまWOWOWで高倉健を特集していて、『日本侠客伝』も11作が放映されている。今回は『日本残侠伝(唐獅子牡丹)』のシリーズや『網走番外地』のシリーズは放映されていないが、大好きな『駅 ステーション』や、『単騎千里を走る』も放映される。彼の主演したヤクザ映画や任俠映画はコレクションしていないが、『冬の華』以降の倉本聰脚本、降旗康男監督のコンビの映画や山田洋次監督の作品はほとんど録画で残してある。この『日本侠客伝』を観ようかどうか迷ったのだが、今回はパスした。見始めるときりがない。

 

 話を元に戻すが、高倉健の昔の映画を見直すようになったきっかけは、映画館で観た『冬の華』である。日本版の「あしながおじさん」だというキャッチフレーズの映画だが、内容はまるきりのヤクザ映画であって、高倉健がストイックな役柄をダンディに演じていて惚れ惚れした。ヒロイン役は池上季実子で、このときは本当に可愛かった。彼女の恋仲役が三浦洋一で、この作品以降好きになって、出ている映画を探して観たりしたけれど、残念なことに46歳で亡くなってしまった。池部良や小池朝雄、田中邦男など、たくさんの名優が出ていて忘れがたい。この映画のことを書いただけでブログ一回分になってしまう(一度書いたことがあるが、もう一度観たらまた書きたいくらいだ)。

 

 そういうわけでもそのあと『網走番外地』シリーズや『日本侠客伝』シリーズ、『日本残侠伝』シリーズなどを片端からビデオ屋で借りだして観た。その前後から劇場にかかった高倉健の映画があればほとんど観た。食わず嫌いが解消したのだ。

 

 そして東映の任俠映画の面白さを知るにいたり、鶴田浩二主演の『博打打ち』シリーズをはじめとする作品もビデオを借りてほとんど観たから、ほとんど病気である。この『博打打ち』シリーズはWOWOWでも特集で一気放映されたから観直した。

 

 そういえば『冬の華』のラストシーンで高倉健の顔がアップのストップモーションで映し出されてハイコントラストになるのだが、その顔が鶴田浩二に見えたのが記憶に残っている。

 

 ヤクザ映画や任俠映画といえば東映の十八番(おはこ)だったが、珍しく東宝が任俠映画を作ったことがある。主演・仲代達矢、監督・五社英雄、ヒロインは栗原小巻と江波杏子。江波杏子のド迫力に、それまであまり好みでなかったのに好きになった。さすがの五社英雄の迫力あるヤクザ映画で、もう一度観てみたい。

 

 そういえば大映では『女賭博師』シリーズがあって、その主演が江波杏子だったなあ。ほかにも女の賭博師のシリーズがあったけれど、主役の女優の名前が思い出せない。

 

 もちろんこんな映画ばかりを観ていたわけではないが、邦画が好きなので、観る機会も多くなったのだ。そもそもアイドルが出る映画は大嫌いだから(作品をぶち壊しにしていることが多い)観る作品が限られてくるのだ。

 

 変わったところでは、シドニー・ポラック監督の『ザ・ヤクザ』という映画があって、ロバート・ミッチャムと高倉健が共演していた。ヒロインが岸恵子というのもおもしろいではないか。あの松田優作の遺作となった『ブラック・レイン』だって、やくざ映画といえばやくざ映画である。これは任侠とはほど遠いやくざたちだけれど。

 

 任俠映画とやくざ映画をごっちゃにしてしまって、腹をたてる人もいるだろうけれど、普通の人の暮らす真っ当な世界とは異世界で生きるという意味では同じアウトローの住人の話である。現実には関わりにはなりたくないけれど、異世界を覗きたいし、それを理想化したものにはそれなりの面白さもあるのだ。

 ほとんど記憶を元に書いているので、間違いがあったらご容赦を。

2021年8月 6日 (金)

任俠映画

 母はヤクザものの映画が嫌いで、ヤクザや任侠ものの映画に出演した俳優だというだけで嫌うほどだった。俳優ではないが、村田英雄や北島三郎ですら、任俠映画に出たことを理由に毛嫌いしていた。そういえば股旅物の歌を歌った橋幸夫ですら嫌っていたから徹底している。

 

 その母の息子の私が、ヤクザ映画や任俠映画が好きであるから親不孝なことである。といっても私は母の前ではそのような映画の話を決してしなかったから、母は私がそういう映画が好きであることを知らなかったと思う。

 

 私がそのような映画が好きになったのは、こどもの頃からの時代劇好きの流れからである。時代劇はセットに金がかかるから、映画の斜陽とともに作られることが少なくなった。その代わりに任俠映画やヤクザ映画の本数が増えてきて、それになじんでいった。学生時代はちょっと屈折して、そういう映画を観ることで却って格好をつけるというところがあったから、東映の鶴田浩二や高倉健の主演する正義の味方的な任俠映画は敬遠して、日活のヤクザ映画をよく観た。渡哲也主演のものはほとんど観た。ボロボロになって最後は殺されるという映画ばかりだったけれど、そのむなしさに妙に共感した。その後日活は普通の映画を作らなくなり、日活ロマンポルノ専門に転じた。なじみの日活映画の掛かる映画館にそのまま行き続けたから、初期の日活ロマンポルノはほとんど観た。

 

 そういう見方だったから、東映が『仁義なき戦い』をシリーズ化したときにはこだわりなく観るようになった。それはヤクザというものに共感するということとは違う(映画と現実が違うことは大人ならわかっている)ことで、人間の醜さ愚かしさ、極限の時の人間の行動がむき出しに描かれるという点が興味深かったということだろう。

 

 そういう私が唯一観ていた東映任俠映画が藤純子主演の『緋牡丹博徒』シリーズだった。数年前にBSでシリーズをすべて放映してくれたのであらためて全部見直した。やはりお竜(りゅう)さんは好い。私はいまでも主題歌を二番まで何も見ずに歌える。

 

 高倉健の映画を観るようになったのは、社会人になってからだった。高倉健の映画などについては長くなるので次回にする。

自重する

 私の住む愛知県では、首都圏や大阪ほどではないにしても新型コロナ感染者が急増していて、県は県民に対して帰省や旅行を極力控えるようにという要請を出した。

 

盆明けに病院での検診や妻の病院へ行く用事、さらに新車の一ヶ月点検を控えているので、遠方へ出かけるのは23日以降かなあ、と考えていたけれど、それもやめざるを得ない情勢で残念である。せめて感染拡大が頭打ちになり、減り始めたことがはっきりしてからではないと、宿泊を伴う他県での宿泊は顰蹙を買うことになりそうだし、ワクチン接種をしたからといって、完全ということではないらしいから仕方がない。

 

 今日は所用で午前中は他出。人混みの中にいたので心配だ。デルタ株は濃厚接触がなくても、ときにすれ違っただけでも感染することがあるというから恐ろしい。手洗いや着替えをしてリスクを少しでも下げるしかない。明日は午後から雨の予報だし、台風の影響もしばらく続きそうだ。おとなしく盆明けまでじっとしているようにとの神の指示らしいから、せいぜい録りためた映画その他の消化に努めることにしようと思う。

 残念ながら本はわずかずつしか読めない。そもそも本というのはそれほど大量に読めるものではないし、読んだつもりでも読み取れるのはその本のほんの一部でしかない。繰り返し読むことの大事さをこのごろますます実感している。文庫本の小さな字がだんだんつらくなってきた。若い頃は字が小さくて厚い本ほど読み出があって嬉しかったのに。

みっともないからもうやめろ、といいたい

 名古屋の河村市長が、金メダル選手の表敬訪問を受け、その金メダルを首にかけてもらったら、その金メダルをあろうことかいきなり噛んだといって激しいバッシングにさらされている。まことに愚かというのも恥ずかしい行為で、あまりの批判の多さに会見で謝罪した。しかし、たぶん彼はどうして謝らなければならないのか、本当に理解しているようには見えなかった。情けないことである。

 

 そもそも金メダルを噛んでみせるという行為をだれが始めたのだろうか。その噛む行為の意味を後付けでいろいろ説明しているのを見聞きしたことはあるが、だれが見たってあれは海賊が、強奪した金貨が本物かどうか確認するために噛んで確認したのと同じ心性にしか見えないことは、だれもが感じているはずのことである。

 

 金メダルは金無垢ではないから、そんな行為はあまり行儀のよいことではない。しかし、みているほうは金メダリストだから大目に見ているだけで、そんなつまらない行為を次々に真似する選手が出ていることは見ているこちらが恥ずかしいと思っていた。それをマスコミは噛んでみせることを求めたりするからバカなことをする、とかねてから苦々しく思っていた。

 

 そう思うのが大人というもので、あろうことか表敬訪問を受けた人間がそんなバカなことをバカなことと感じる神経も持ち合わさずに、真似して受けを狙った河村市長という人間の愚かさを露呈したということであって、そのことの意味を本人もマスコミもあまり感じていないということに脱力感のようなものを覚えている。この機会に、もうあんなパフォーマンスはやめたほうがいい。私はみっともないからやめろ、といっているのである。

2021年8月 5日 (木)

映画三昧

 漢詩紀行、関口知宏の中国鉄道の旅、シルクロード関連、そして昨日は敦煌・莫高窟の特集番組、前編110分、後編110分を観て、これで録りためてあった中国関連の番組はすべて見終わり、全部消去した。くたびれた。

 

 それというのもテレビを観るのが好きなのにいまはオリンピック一色で、たまにバラエティ番組を観ても、そのCMの猛攻のすさまじさにあきれ果てて、録画したものを消化することに専念するしかないのだ。

 

 今日は映画を三本半観た。半というのは途中で観るのをやめたからだ。その半、というのは『だれが電気自動車を殺したか?』という2006年のアメリカ映画で、監督がクリス・ペイン、ドキュメンタリー映画である。この映画のおかげで電気自動車が見直されたのならたいしたものだが、この映画が作られた時点では現在の電気自動車への急激なシフトなど想像もしていなかっただろう。その辺の皮肉さを感じたくて見始めたのだが、途中でうつらうつらし始めてしまい、眠り始めたところまで戻す気にもならず、消去した。私にはちっともおもしろくなかった。

 

 もう一本もドキュメンタリー映画の『マン・オン・ワイヤー』(2008年アメリカ・イギリス)。フランスの大道芸人で綱渡り師のフィリップ・プティがあの国際貿易センターのツインタワーの屋上にワイヤーを掛け渡し、その上を綱渡りするまでが描かれる。もちろん違法行為であるから極秘に作戦を立て、計画を練っての強行である。高さ411メートルの空間に命綱なしで挑むその姿に思わずあそこがキュッと縮み上がる。途中がちょっと冗漫だが、実際に演じているからその迫力はすごい。その国際貿易センターも今はないのだと思うと違う感慨も湧く。

 

『ブレイク・タウン』(2020年アメリカ)これは最近WOWOWで放映された新しい映画である。ガイ・ピアースというちょっと癖のある俳優が主演している。癖のあるところが嫌いではない。最初、あの『ブレイク・ダウン』という大統領暗殺のロシア映画かと思ったけれど、ダウンではなくてタウンであった。暴走族集団(超極悪のおっさん軍団)が街全体を制圧して現金強奪をもくろむが、それを保安官(ガイ・ピアース)と助手が阻止するという現代版の西部劇である。痛快であるとともに、保安官には屈折した過去があるところがそれなりに映画に深みを持たせていて、見応えのある好い映画だった。

 

『アンチグラビティ』(2019年ロシア映画)予想外の掘り出し物だった。ロシア映画と言えば当たり外れがあるが、これは私の好みの映画。映像が素晴らしい。ストーリーが最後の方で説明的になっていくに従ってちょっと変なまとまり方になったのは残念である。この不思議なSF映画を映像なしに説明するのは不可能。クリストファー・ノーランの『インセプション』のイメージを想像して欲しい。そういう映画が好きならこれも楽しめる。

 

 そういえばクリストファー・ノーランの新作『テネット』がWOWOWで放映されていたので録画してある。近々観ることにしよう。とにかく一日で三本半はいささか疲れた。

最悪のメッセージ

 感染者は自宅療養を基本とする、という政府の新しい方針は、なぜそのような方針にするのかという分かりやすい納得のいく説明をする事もなく、いきなり提示されたことで、国民には感染しても入院できない、というメッセージとして受け取られてしまった。だれでもそう受け取る。

 

 実際に自宅療養している患者が、具合が悪くなったときに連絡しようとしてもなかなか連絡が付かなかったり、どこに連絡してよいのかわからないという事例が続出していると聞く。もしそれが本当なら、これから自宅で重症になる患者、自宅で亡くなる患者が増加する可能性があるのではないか。

 

 何しろ説明が不十分過ぎる。菅首相はいつものように「丁寧に説明することで国民の理解を得たい」と言うが、この人が丁寧に説明したのを聞いた記憶がない。この説明が苦手な人が「丁寧な説明」などと言うのを何度聞かされたことか。今回の方針が強行されれば、たぶん国民にとってはもちろん、自民党には致命的な結果をもたらすだろう。だれがどうしてこのような方針変更を打ち出したのか、今後のために知っておきたいところだ。とにかく、菅内閣はコロナ禍との戦いから一歩撤退したと受け取られるだろう。極端に受け取れば戦線放棄に見えるかも知れない。このままなら選挙は大敗するだろう。

2021年8月 4日 (水)

気を遣う

 大人の付き合いは気を遣う。気を遣う人と気を遣わない人とがいて、気の遣い方の上手な人と下手な人がいる。そして気を遣われることが好きな人と嫌いな人がいる。そういうそれぞれの人の性格を読み取って、気を遣い、そして気を遣っているように見せないのが大人なのだと思う。難しいのである。

 

 山口瞳の本を読んでいると、そのようなことをあらためて教えられる。

 

 そういうことに厳しい先輩がいて、いまだに注意されることがある。私は鈍だからつい無神経になり、それに気がついてそれをカバーしようとしておかしなことになる。だが先輩はあえてこの年になっても、この鈍な後輩(私のことです)を注意してくれるのは、彼が優しいからである。

 

 私が兄貴分の人と呼ぶその先輩と、大人(たいじん)の長老との三人旅ができなくなって二年近くなる。長老が元気なうちにまた三人旅に行きたいなあ。久しぶりに兄貴分の人に電話でもしようか。

間違いで増える

 保険会社から電話があり、事故の慰謝料の金額が間違っていたので、書類をもう一度作り直して持参するという。一万円あまり増えるのだそうだ。増えるのは減るよりありがたいとはいえ、面倒くさい。

 

 夕方、六時から七時頃うかがいますとのこと。私にとってその時間は大事な晩酌の時間である。晩酌を遅らせるしかない。家の中は例によってだいぶ散らかっている。散らかっていないことの方が珍しいから、それも仕方がない。玄関先で対応するか、リビングに上がってもらうか、今思案中である。上がってもらうなら片付けて掃除をしなければならない。

 

 それにしても・・・。

五十分の八

 2008年、北京オリンピックの少し前にNHKで放映された、絶景シルクロード五十選という番組を久しぶりに見直した。五十選に選ばれた場所はどれも魅力的な場所で、だからこそ選ばれたのだが、行くためにかなりの苦労が必要な場所も多い。苦労が伴うからこその感激もあろうと思うが、今は苦労が必要なところに出かける体力も気力もない。

 

 そうなると、行くことのできるところはその半分になってしまう。昨年亡くなった友人のF君とはシルクロードのウルムチやカシュガルなどをバス旅行したいねえ、と話していたけれど、それはもうかなわない。それはF君がいないからでもあるが、新疆ウイグル地区そのものがどんどん遠いところになってしまったからでもある。新疆ウイグル自治区ばかりでなく、いまや中国そのものが私からどんどん遠のいていく。

 

 F君たちと十数年にわたり海外旅行をしてきたが、ウズベキスタンやトルコにも行った。だからこの五十選にも行ったところが含まれている。ウズベキスタンやトルコをシルクロードは通っているのだ。

 

 五十選の中で私が実際に行った場所を東側から列べると、
①長安(西安)、ここは私が初めて海外旅行で訪ねた場所であり、一人で、そして子供たちと、さらに旅行仲間と三回訪ねている。そして何度でも行きたい場所だ。

0403305雨の大雁塔


②兵馬俑、西安に行けばもちろんここも立ち寄るので三回行っている。だんだん設備が拡充し、それとともに人も多くなっていた。

0403122_20210804075701


③莫高窟、ここが五十選の人気トップだった。子供たちと敦煌に滞在して行った。ここにはどうしてももう一度行きたい。行きたいけれどかなわないことが哀しい。

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④鳴沙山と月牙泉、ここも子供たちと行った。

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⑤漢の長城と玉門関、ここも子供たちと行った。

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0403817漢の長城の端っこ


⑥サマルカンド、ラピスラズリの青に満ちたウズベキスタンの美しい街。友人達と行った。

1809c-106


⑦カッパドキア、トルコの奇岩群を気球に乗って上から眺めたのは一生の思い出である。若い頃からいつかは行きたいと願っていて、ついに願いが叶った。

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⑧イスタンブール、ボスポラス海峡を挟んで、アジアとヨーロッパにまたがるトルコの美しい街。またトルコに来て、一週間くらいイスタンブールをディープに堪能しようとF君と約束したのだけれど。

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 全部で八カ所、五十分の八というのはそういうことである。それにしても全編300分の番組は長かった。

2021年8月 3日 (火)

お中元

 先週、甥(弟の次男)からお中元が贈られてきた。今までにないことである。先日母の法事に弟のところへ泊まったが、姪(弟の娘)から落花生類の詰め合わせなどが入った包みを預かったからといって土産に持たされた。この姪はときどきこうしてうれしがらせてくれるから初めてではない。

 

 察するに、いつもは暮れか正月に、甥や姪やその子供たち(弟の孫たち)に必ず会うので、お年玉を手渡ししていたが、この正月(去年の正月も)は会うことがかなわないから弟経由で郵送した。そのお返しを弟の嫁さんがアドバイスしたのだろう。

 

 この孫たちの写真を弟が見せてくれた。SNSで送られてきたスマホの写真である。一年以上会っていないから、みなずいぶん成長し、面立ちも少し変わってきている。弟夫婦はしあわせそうである。

 

 暑中見舞い兼用の礼状を出そうと思って、文面を考えているところだ。

非難、批判、検証、反省

 新型コロナウイルス感染はまだ収束したわけではないが、どうもインフルエンザのように常態化した病気として今後ずっと生き残りそうな気配である。発見されて一年半、数多くの問題点があったことが明らかにされてきていて、それらを事実に基づく検証をして、どうしたらよかったのか、そしてこれからどうすればよいのか、そのことをとりまとめ始めるべき時が来たように思う。

 

 そういうときに、非難や批判は冷静な正しい判断を狂わせてしまうことがある。問題が起きたことと、問題の対処についての不手際とが、責任問題として同時に論じられてしまうと、これからどうすべきかという話がそっちのけになる。自分の失敗に口をつぐまざるを得ない空気の中では、反省を語り、あらたな対策を語ることは困難である。批判をするなと言うのではない。批判は問題点を明らかにして、今後どうしたらよいのか考えるためにこそ必要であるのだから。

 

 問題を敵の失点として語る語り口は、しばしば議論を不毛に陥れ、対策を論じることを後回しにする。そのうちに、ふたたびみたびのパンデミックを迎え、そしてまた・・・。どうして日本が今回後手後手になったかは、過去の経験をしっかりと検証して対策を取らなかったからであるのに、また同じことをするのだろうか。過去の検証をした専門家の残したものの多くが正しい指摘と方策を示していたようである。それを活かせなかったのはどうしてなのか、まず考えてくれるといいのだが。

2021年8月 2日 (月)

暑さのせいばかりでなく

 明日あたり、またちょっと一泊で出かけようかなと地図を眺めていた。前回は国道41号線を髙山まで北上し、そこから東海北陸道経由で能登まで行った。今回は髙山からさらに41号線を北上して富山まで走ることを考える。髙山から飛騨古川を過ぎれば、神岡までいたる。そこから右へ向かえば奥飛騨温泉で、そのまま41号線で左に向かえば神通川沿いに景色の好い道が続く。日本海に出たら魚津、そして親知らずまで地道の8号線を走ることにする。糸魚川から今度は国道148号線を南下。小谷(おたり)の辺りの山の景色を楽しみ、松本から中央道に乗って家へ帰ろうか。泊まるのは富山か魚津か。

 そう考えながら今ひとつ宿の予約にまで気持ちが動かない。想像しているだけだ。片付けておきたい雑用がちょっとだけあるのに手をつける気にならない。暑さのせいばかりではなくなんとなく頭がぼんやりしている。それでも無理に出ると却って頭がすっきりすることもあるし、逆にうっかりして危険な目に遭うこともあり得る。気分的には、自分に危惧する気持ちの方がいささか優っているようだ。こういうときは自重するほうが好いだろう。たぶんまだ千葉までの往復の疲れが抜けていないのかも知れない。

 雑用を片付ける手順を決めて、少しずつすっきりして、出かけるのは今月後半ということにした。それにしても何もしていないし、何も考えていないから、ブログに書くことがあまりない。脳の働きが低下しているのかも知れない。怖いなあ。山の涼しい民宿温泉で、一週間くらいぼんやりしたら本も読めるし、リフレッシュするのだろうけれど、そういう宿ほど客がいなくていま休業したり閉鎖しているからどうしようもない。

 岩合光昭の猫歩きの番組をときどき観る。日本の各地の猫、そして世界の猫を見てなんとなく優しい気持ちになる。

 

 そこでは、猫が飼い主に対して「あんたは私にとってかけがえがない存在だと思っている」ということを、全身全霊で表そうとする姿も映される。その姿に昔飼っていた愛猫のことを思い出したりする。その愛情表現はけなげといってよい。猫は冷たい、計算ずくだ、などと猫嫌いの人は思うようだけれど、とんでもないのである。

 

 猫には、現在しかない。過去も未来もその想念にはない。そして自分とほかの猫やほかの生き物とを比較することもほとんどない。だから純粋だともいえる。たぶん犬もそうかも知れないが、よく知らない。人間はいつも他と自分を比較する。そこに欲望の原点があり、同時に不幸の芽もある。

 

 愛するということ、しあわせということの原点のようなものを猫が見せてくれている気がしている。人が猫を飼うようになったのは、ネズミを捕るからという理由だけではないと思う。

2021年8月 1日 (日)

敵愾心

 韓国が日本を好敵手と見て闘争心を燃やすのならそれはけっこうなことだけれど、日本に勝つことをメダルを取ることよりも重要だなどとあおり、日本選手が怪我をしかねないようなラフプレーなどでも、非難するよりよくやったと褒め称える韓国のマスコミとそれに唱和する国民では危なくてしようがない。

 

 ネットを挟んでの対戦なら接触がないからどんなに燃えても心配ないが、サッカーのような競技では危険である。そこでイエローカードやレッドカードを出しても、今度は審判がひいきだと言って非難されかねないのは今まで見てきたとおりである。

 

 だからサッカーで、韓国がメキシコに敗れて日本との対戦がなくなったので、日本選手のためにも韓国選手や韓国国民のためにも、私は少しほっとしている。

笠智衆

 敬愛する山本夏彦のいうことにはおおむね賛同するけれど、笠智衆に対する酷評だけは同意できない。あの熊本訛りがどうにも我慢ならないという山本夏彦は東京生まれだから、笠智衆の演じる熊本訛りの東京人などというものが許せなかったのだろう。まさか帝釈天の御前様は熊本生まれではないと思う。では小津安二郎や山田洋次を始め、多くの監督はなぜ彼をあんなにもたくさんの作品で起用したのか。

 

 私はそれこそが笠智衆の俳優の味であり、たしかに不器用そのものだけれど、彼の演じる役柄は、脚本よりもたぶん活きているからだと思う。それは、彼が演じた山田太一の三部作「ながらえば」「冬構え」「今朝の秋」という傑作を観ればよく解る。

 

 1980年代に作られたこの三作をすべてリアルタイムで観ることが出来たのはさいわいだった。そしてこのドラマの笠智衆が演じた主人公の姿や気持ちはすべて私の中に深く根を下ろしてしまって影響を与え続けている。この主人公達の心情は年齢とともにますます深く共感できるものになっているからである。脚本の素晴らしさがもちろんあるけれど、笠智衆以外の人が演じたら、ここまで記憶に刻まれることもなかっただろうと思う。

 

 あえて言えば、笠智衆は不器用だから却って感情移入してしまうところがあるのだ。主人公を私自身として感じ、考えてしまう。不器用であることは中身が空虚で、そのために私の入り込む隙間があるというところか。

 

 そんなことを思ったのは、母の七回忌で兄弟が揃い、家族とは何か、老いとは何かを考えたからだ。歓談したことで楽しさ以上に寂しさがつのることもあるのだ。

 

 「ながらえば」と「今朝の秋」はダビングしたものがある。「冬構え」はNHKのアーカイブで見ることが出来る。これらをもう一度見直して、いまの自分の心情と照らし合わせて味わいたいと思っている。

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