岸田新総理が誕生した。挙党一致内閣を発足させて、日本のために頑張ってほしいものである。その岸田氏がかねてより持論にしていたのが再分配である。私もその再分配という考え方に大いに賛同する。ただ、再分配は政府が一度税金を集めてからまた大盤振る舞いをするというのでは、上手くいかないと思う。
いま日本の最大の問題は低賃金だろう。OECD中でほとんど最下位の一人あたりの可処分所得となっている。一人あたりのGDPも韓国に抜かれてしまった。低賃金では消費に回すゆとりはないし、老後のための貯えも出来るはずもない。貧困問題を解決するには低賃金を解消していくしかないのは自明のことである。給料が増えれば老後の不安も少なくなって、消費する意欲が湧き、経済の回りが良くなる。デフレも解消し、景気が上向くことが期待できる。
若い頃(むかしむかし、四五十年ほど前)、私は繊維産業の中小の企業を得意先として産地を走り回っていた。その頃日本の繊維産業は衰退の兆しはあったとはいえまだ元気だった。しかし韓国や中国の繊維産業が勃興してくるに従い、価格競争で負け始めた。私は全ての企業が生き残ることは無理だなあ、と感じていた。内容のしっかりした、つまり技術力、経営力のある会社だけが生き残ることになるだろうと見ていた。
その時に目の当たりにしたのが、コスト無視で生き残りを図る会社の弊害であった。たとえば染色業であれば、染料や薬品、人件費光熱費から考えて、キロいくら最低必要だとすれば、それを下回った加工賃で引き受けてしまう会社があるのだ。そんなことは一時的に通用してもそんな会社は自滅する。自滅するのは自業自得なのだが、そのために健全な経営をしている会社がその加工賃に引きずられてしまうことで経営が悪化してしまうという事態を招いた。
繊維産業は分業構造になっているから、委託元は下請けの内容をちゃんと把握しているわけではない。低加工賃で引き受けるのは引き受けられるからだと勘違いする。値上げして適正加工賃にしようとすると、ほかに引き受けるところがあるからと仕事を引き上げたりする。そうしてドミノ倒しのように会社が廃業倒産に追い込まれていき、仕事の委託先を失った元請けも廃業に追い込まれていった。そうして産地は消滅していった。あるとき元請けの経営者と話をしていて大いに腹をたてたことがある。「そこまでたいへんならちゃんと言ってくれれば加工賃を値上げしたのに」と言ったのである。産地を存続させるための自分の会社の役割、という視点のないその経営者の愚かさに腹が立ったのだ。
企業が社会的存在意味を見失っている、と『欲望の資本主義』というドキュメント番組で指摘していた。従業員に支払う賃金を削りに削り、大企業だけではなく、内部留保をため込む中小企業が山のようにある。賃金を上げれば経営が成り立たない、と言い訳をする。適正な賃金すら払えない会社は市場から退場するしかないのではないか、と私は冷たく考える。そういう無理をする会社があるから、ほかの会社もそれに倣わないとコスト競争に勝てない状態を作ってしまって、国を挙げて衰退に向かっているのだ。
再分配というのは企業の収益をはたらくひとの労働の対価として適正に支払うことだと思う。国際的な競争に勝つために韓国や中国にあわさなければならない、だから低賃金で仕方がないと言うのはもう言い訳でしかない。すでにそれほど賃金がちがうわけではないどころか追い抜かれつつある。
政治的な再分配の方策とは適正な賃金支払いを促すためのものであるべきで、景気対策はそこに向けるべきだと思う。安易な賃金カットでコストダウンすることになれた経営者こそ無能力者として市場から退場させるべきだが、どうしたらそんなことが出来るのか、わかればここに書くけれど、哀しいことにわからない。私が現役時代よりも、いまは低賃金での生活困窮者が増えているらしい。それでは景気が上向くはずがない。
最近のコメント