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2021年12月14日 (火)

コマの紐

 私のこどもの頃は子供が多かった。何しろ団塊の世代で、日が暮れるまで外で子供たちはいろいろな遊びをしてにぎやかだった。年齢差があっても一緒に遊んで、理不尽なこともあったけれど、それなりにいろいろ学ぶことも多かったといまでは思う。

 

 正月前後の冬休みには、たこあげやコマ回し、羽子板の羽根つきをしたものだ。私の時代のコマ回しは、ベーゴマはほとんど流行らず、もっぱら木のコマを紐で巻いてたたきつけるように回すのが主流だった。芯を自分で削ったり、コマ本体を削ったりしてバランスを調整し、いかに長く回せるか、そしてほかのコマとぶつかっても倒れないか工夫したものだ。

 

 何より大事なのはコマを巻く紐である。買ってきた紐を砂でまぶしてたたきつけて柔らかくした。紐は麻で出来ていたから、買ったままでは硬くてきっちりコマに巻き付けにくいからだ。私もコマと紐を買ってもらったのだが、使っているうちに紐の縒りが戻ってしまってグズグズになってしまう。父が「お前は左利きだからそうなるのだ」と教えてくれた。

 

 そうしてわざわざ麻を買ってきて自分で左利き用に逆に縒った紐を作ってくれた。市販のものよりもさらに硬いその紐を私は砂をまぶして壁や石にたたきつけて柔らかくしていった。そうして少し大きめの重いコマを愛用してそれを闘いに持ち込んだ。コマとコマがぶつかると、私のコマは強かった。年上のガキ大将が、お前のコマは逆回りだから、ぶつかると却って元気が出てしまってずるい、などといちゃもんをつけたものだ。

 

 父はあまり器用な人ではなかったけれど、コマは得意で、コマを空中に回しあげて手の上にのせるのは朝飯前、うまくいくと紐の上にのせて見せたりした。

 

 父とは、思春期以降はあまり打ち解けない生き方をしたけれど、突然そんな子供のときのことを思い出した。

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コメント

こんにちは・・・
コマに纏わるお父さんとの話し。思春期以降はなかなか打ち解け合うことが出来なかった事。
ああ、俺もそうだったと思い出しています。
小作農で苦労した父、頑張って規模を拡大した父。だから長男の俺には農業を継がせたい、
今になればその気持ちが分からないでもないが、当時の高校進学にあっては、農業高校に
行きたくない俺と行かせたい父とは和解が出来ませんでした。
思春期には色々と父との葛藤は誰にもあったのですね・・・

でんでん大将様
父と普通に会話できるようになったのは息子が生まれてからです。
父が死んで十年経ったいまになって、父の思い出がぽつりぽつりと思い出されて切ないです。
もっと父と話をすればよかったと後悔しています。

・・・俺もそうなのです、先日は亡き父の30回忌でした。

でんでん大将様
ただ、救いは、私の息子と娘をことのほか父がかわいがってくれたことです。
妻がいなくなって私が一人で育てましたから、何度か父と母が我が家に子供の面倒を見に来てくれました。
私の子供たちが父になついて、私の代わりをしてくれていたように思います。

コマを空中で回し、いろんな金属の蓋で受け、回しながら鬼ごっこのようなことをしていたことを思い出しました。いかに小さな蓋で受けるかを競っていました。ベーゴマというものは聞いたことはありますが見たことはありません。

けんこう館様
むかしのこどもは結構器用で巧みにコマを扱ったものです。
ベーゴマは取ったり取られたりがあって、射倖性が高く、余り安くもなかったので、流行りませんでした。
鋳物で出来た六角形の小さなコマです。

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