« 合理化の不合理 | トップページ | 顔パンツ »

2021年12月15日 (水)

森史朗『作家と戦争』(新潮選書)

 ここでいう作家とは城山三郎と吉村昭。ともに昭和二年生まれ。終戦の年には十七歳だった。ちなみに藤沢周平も昭和二年生まれである。同じ時代を同じ年齢で生きたということに共通の何かがあるだろうと思う。出征兵士だった大正生まれの作家、たとえば安岡正太郎、司馬遼太郎などと、昭和五年以降生まれの開高健や大江健三郎などとは戦争に対する受け止め方がちがう。

 

 このふたりの作家の生まれてから戦争を経て作家になっていく経過、そしてその作品、執筆姿勢について論評しながら、時代と生き様を描いていく。前半が城山三郎で、後半が吉村昭だが、ところどころで交錯する。

 

 吉村昭についてはある時期夢中で読んだことがあり、たぶん作品の半分以上は読んだと思う。取り上げられた作品についてもその評論に共感することが多かった。城山三郎についてはあまり読んでいない。初めて読んだのは祖父母の家にあった『総会屋錦城』という本で、高校生くらいのときだっただろうか。この作品で城山三郎は直木賞を受賞している。ほかには雑誌に掲載された中短編を読んだくらいで熱心な読者ではなかった。そういえば『粗にして野だが卑ではない』と言う本も読んだ記憶がある。この評論を読んでいればもっと読んだろう。

 

 著者の森史朗は長く文藝春秋の編集者を務め、ふたりの作家とは縁が深かった。戦史作家として作品も発表している。この本でふたりの作家の目を通した戦争を見ることで、あの戦争とはなんだったのかを、その時代に生きたように考えることが出来たと思う。

 

 そうして、あらためて現代を見たとき、何を思うのか。それが問われているような気がする。

« 合理化の不合理 | トップページ | 顔パンツ »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 合理化の不合理 | トップページ | 顔パンツ »

2024年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

カテゴリー

  • アニメ・コミック
  • ウェブログ・ココログ関連
  • グルメ・クッキング
  • スポーツ
  • ニュース
  • パソコン・インターネット
  • 住まい・インテリア
  • 心と体
  • 携帯・デジカメ
  • 文化・芸術
  • 旅行・地域
  • 日記・コラム・つぶやき
  • 映画・テレビ
  • 書籍・雑誌
  • 経済・政治・国際
  • 芸能・アイドル
  • 趣味
  • 音楽
無料ブログはココログ
フォト

ウェブページ