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2021年12月30日 (木)

新近江八景

 久しぶりに薄田泣菫(すすきだきゅうきん)の『茶話』からちょっと毒気の強い文章を。

 

 滋賀の森正隆知事は、これまでの近江百景が、新時代の風景としては規模が小さすぎるからといって、新しく一般投票で新時代の八景を募集したということだ。飲んだくれの村長や、やくざな衆議院議員を拵えるために設けられた投票を、景色の選択にまで持って来たのは知事の思いつきで、投票人に納税価額の制限をつけないで、一般投票としたのは、新時代の知事として、森氏の規模の小さくないところかも知れない。
 名古屋に近江八景の見物を年頃の志願にしている団体がある。旅費と閑暇(ひま)とはかなり持ち合わせている人達のこととて、それぞれの名所を言い伝えの文句通りに見物しようというのだ。石山には名月の夜わざわざ訪ねていった。月は県知事のようにぽかんとした顔をして空をうろついていた。比良に雪が降ったという記事を新聞で見て、あわてて汽車で駈けつけてみると、山には瘡蓋(かさぶた)のような雪がちょっぴり残っていた。名古屋生まれの見物衆は、
「まるで画のようやなも」
と言って喜んだ。
 勢田では風邪でも引き込んでいるらしい血走った目をした夕陽を見た。矢走(やばせ)では破けた帆かけ船を見た。三井(みい)寺では汽車の都合があるからといって、わざわざ頼んで十五分ほど早めに時の鐘をついて貰った。鐘は鉄面皮にもいつもよりは大きい声で、喚くように鳴った。困ったのは堅田の落雁で、幾度行ってみても雁はそこらに見えなかった。雁はこの人たちのように有り余るほどな旅費と閑暇とを持ち合わさなかったのだ。ところが、ちょうど折よく鴉が三羽そこを通り合わせた。皆は、雁の代わりに鴉で辛抱することにした。女房を辛抱することの出来る人達が、雁のかわりを鴉で間に合わせないという法は無かった。
 一番困ったのは唐崎の夜の雨だった。名古屋を雨の日に立つと唐崎の夜はいつも霽(は)れていた。思い立って、やっと三年目に初めて雨の夜に出くわすことが出来た。皆は松の下でぐしょ濡れになりながら、
「よろしなあ、まるで画のようやなも」
といって喜び合った。ところがその後になって、妙なことを聞き出してきた者があった。それは唐崎の夜雨というのは、夜更けて松の葉のこぼれるのが雨の音に似ているからのことで、何も雨に濡れなくともいいのだということなのだ。皆は変な顔をして、今一度唐崎へ行ったものか、どうかということを決めかねていた。
 新しい近江八景を選ぶのもいいが、どこかにひとつずつ雁や雨やを配(あしら)って欲しいものだ。

 

 これは大正六年に書かれたもの。旧仮名遣いと一部の漢字を直してあります。

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