好き嫌い
食べ物の好き嫌いはほとんどない。たいてい何を食べても美味いと思えるから、自分で作ったいいかげんなものでも満足できている。ごく希に外食して、料理人はこれを自分で食べたことがあるのだろうか、と首を傾げたくなるものに出会うことがあるが、それは目の前のものが不味いということで、その料理そのものが嫌いなわけではない。苦手なものがなかったわけではない。バナナ、トマト、生牡蠣、ホヤなどは何度か挑戦して食べられるようになった。食べられるようになったというよりも障壁を乗り越えたことで却って好きにさえなった。
それでもどうしても食べたくないし、食べることを想像しただけで気持ちが悪くなるものがある。ベビーボーロとところてんである。おかしなものが嫌いだと思われるかも知れないが、食べなくても生活に支障がないので「嫌い」の壁を乗り越えようとは思わない。普通の人が美味しく食べられるものなのだから、それが食べられないのは何か私独自の経験による心理的な要因があるのだと思っている。
人についても、まず相手を認めてからどうしても相性が悪いと思う場合は距離を置くという程度で、あまり好き嫌いはないと自認していたのだが、テレビで観るタレントや俳優、歌手、コメンテーターに嫌いだと思う人がずいぶん多いことに気がついた。みんなお近づきになることはまずないので、第一印象が好みを左右してしまう。希に役柄や、その話す内容で大きく変わることもないではない。
若いころ、高峰秀子さんが大嫌いだった。理由ははっきりしている。田辺製薬のコマーシャルをしていたからだ。スモン病の訴訟での田辺製薬の対応に怒りを覚えて、田辺製薬だけではなく、コマーシャルをしていた高峰秀子も大嫌いになった。とばっちりである。ところが彼女の料理の本やエッセーを読んで、スイッチを切り替えることが出来て、そのあとは彼女の映画をビデオなどでずいぶん観た。本質的に賢い女性だし、私は賢い女性が好きだからいまは評価が高い。
誰が嫌いか取り上げてその理由を述べていったら、ずいぶん長いブログになってしまうので、やめておく。相手のことを知らないまま思ったままをあげつらうのはあまり好ましいことではないが、正直、ちょっとおもしろいと思ったりする。自分がどんな人間かを表明するのに、嫌いな物や人を挙げて理由を述べるほど解りやすいものはないかも知れない。ただ、あまりに赤裸々に語ることになって、私が嫌われることになるだろう。
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高峰秀子が大嫌い・・・「なんで~。」と思ったら、坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い。」の類だったんですね。
思わず・・・うふふ・・・と、笑いが出ました。
私もどちらかと言えば、好き嫌いがハッキリしています。
ごますりが嫌い!!!。
ですから私自身ごますりが出来ない。必然的に世渡りが下手だと思っています。
それでも 数少ないとは言え親友は出来ました。
投稿: マーチャン | 2021年12月28日 (火) 14時01分
マーチャン様
親友はたくさん必要ありませんから、少なくて好いですよね。
私もそうです。
母は映画が好きで高峰秀子が大好きでしたから、私が高峰秀子が嫌いだというと怒りましたね。
あとで、好きになった、といったら嬉しそうでした。
投稿: OKCHAN | 2021年12月28日 (火) 14時21分