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2021年12月14日 (火)

合理化の不合理

 朝のニュースで保健所の不手際による医療トラブルの例が取り上げられていた。保健所がコロナ禍でほとんどパンク状態であったことは繰り返し報じられていたが、全国でその実例を集計したらどれほどの犠牲者があったことだろうかと暗澹とする。

 

 合理化のために保健所を統合し、人を減らした。その結果がこの始末である。コロナ禍が始まって、保健所の現有能力では対応が不可能であるとたびたび報じられたのに、いまだに保健所に対してどれほどの補強がなされたのか、または保健所以外に補助する機関が設けられたのか、寡聞にして知らない。そうしてぽつりぽつりと犠牲者の報道がなされる。

 

 今朝の一例では、病院でコロナ感染を確認して自宅待機を勧められた東京都の五十代の女性が、そのまま保健所からの健康観察がないまま亡くなったというものだった。都は病院から保健所への連絡がなされなかったから、と説明している。しかし女性は自宅待機中に病院や保健所に連絡をしているようだ。保健所は病院から連絡がないから対処しなかったのだという。確認もせずに見殺しである。しかしパンク状態で忙殺されている保健所にその罪を問うのは忍びない気がする。限界を超えている状態で完璧を期せというのは酷である。

 

 合理化という名の見殺しが合理的だと言うのなら、合理的とは何か。これが経済的合理性最優先の世のなかの現実なのだ。そのような合理化による弊害が修正されないまま放置されているのは、修正が経済的に不合理だと見做されるからなのだろう。「予算が足らない」、「人が足らない」というのが常套句として添付される。

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