現役中は営業の仕事をしていたので、ゴルフをたしなむようにと繰り返し勧められていたが、ついにゴルフはしなかった。球技は苦手である。新人の頃、教えられて御徒町の安いゴルフ用品店に行ってみた。たいてい遊び道具をみればわくわくするはずなのに、クラブを手に取ってもちっとも興味が湧かない。迷っているうちに嫌気がさしてきた。
隣に釣り道具店があったので、覗いてみた。釣りはこどもの頃、近くに周囲一キロほどの池があったから、鮒釣りやモエビ取りをした。嫌いではない。学生時代には山形の馬見ヶ崎川でモロコ釣りをして昼飯代わりにしたこともある。サシという餌で釣れば、七八センチほどの魚がたちまち百匹くらい釣れた。塩をちょっとふって河原で焼いて片端から食べた。それまで海釣りはしたことがない。
大きな竿があって、見かけよりもずっと安い。ゴルフクラブの値段をみたばかりだからことさら安く感じた。店の人に訊いたら投げ釣りの竿だという。あなたの身体ならこの一番太いのがむいているだろうという。そうして4.2メートルのハードタイプの投げ竿と糸を巻いてもらったリールを衝動買いしてしまった。重いし使いにくい竿で売れ残っていたものらしく、大幅に値引きしてくれるというのにのせられた。
なにも知らないから釣りの本も買った。投げ竿といえばキス釣りである。しかし私の買った竿では感度が悪いからキス釣りにはむかない。イシモチなどの波の荒い砂浜の魚にむいているようだ。銚子のすぐ南、飯岡から九十九里にかけていい釣り場があるという。それなら当時の実家のあったところから遠くない。それから毎週週末には飯岡まで行ってイシモチ釣りを楽しんだ。二十センチ前後のイシモチが面白いように釣れた。大きな竿なので、力任せに錘を投げ飛ばすことが出来る。だんだん遠投も出来るようになった。
それから海釣りにはまって船釣り、堤防釣りと夢中になった。前日の晩はわくわくして寝られないほどだった。夜明け前に出かけるのがちっとも苦ではなかった。熊谷に移り住んでそこから平塚までイナダ釣りにたびたびいったりした。冬の横須賀沖の船でのイシモチ釣りも楽しんだ。冬の船は揺れるから二日酔いの身には応えるが、釣り出せば船酔いは消し飛んだ。
名古屋に移り住んでからも友人と船釣りに行き、アジ、スズキ、カワハギ釣りを楽しんだ。知多や奥伊勢の堤防釣りにもよく行った。釣り好きの得意先の人もいて、泊まり込みで一緒に遠征したりしたから、ゴルフほどではないけれど、仕事に多少は寄与した。
リタイアしたら釣り三昧、などと考えていたけれど、だんだん朝早く出かけるのがつらくなり、震災の年に父が死んで喪に服する意味でしばらく殺生を自分に禁じて、それから釣行することが激減した。釣りに行く前のわくわくする気持ちの高まりもなくなっていった。そうしてもう四五年竿を出していない。釣り道具も手入れをしていない。そんな自分がちょっと信じられない気がしている。
最近のコメント