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2022年3月17日 (木)

言葉の魔力

 手帳の整理が端緒についたところだが、以下は1986年の手帳に書いてあったこと。手を入れていない。

 

 言葉には魔力があると云う。話をしているとき、人は次に何を話そうかと考えながら話しているらしいけれど、「その」次に話そうと思っていることと云うのは、いま話している言葉が産み出しているものだそうだ。
 同じことが文章にもあるようで、まず何かについて書き出しさえすれば、全体の構想など不確定でも、書かれた言葉が次の言葉を引き出してくることで、いつの間にかそれらしくまとまったものになるものらしい。

 時として思ってもいないことを云ってしまったり、そこまで考えていなかったことが文章に書いているうちにあらわれたりすることはある。
 そういうことがあって、言葉には魔力があるとされるのだろう。古事記でも日本武尊は言霊に触れて命を落としているくらいだ。

 なぜ言葉には魔力があるのだろうか。
 それは、言葉には精神を集中させる働きがあるからだと思う。人間には立派な知能が備わっているとはいえ、それを常に意識して回転させているわけではなく、発進待ちの自動車の、アイドリング状態が普通なのだ。
 話したり書いたりすること、つまり言葉を用いることによって、人間の精神は自分が思う以上に急速に集中状態となる。ただぼんやりしていたときには思ってもいなかったことが、言葉を話したり書いたりするうちに次々に産み出されるという訳である。

 確かに、それは自分にあると思っていなかった超能力を初めて発見するように、不思議な力として認識されることもあるだろう。
 人間に備わったその優れた力を錆させないためにも、せいぜい頭の良い人間と話したり、そして何でもいいから文章を書くことだ。

 

 お粗末な文章(いまもあまり変わらないが)で、お粗末さと同様に内容もいまとあまり変わらない。ずいぶんむかしからこんなことを考えていたのだ。ブログにくどくどと書き散らしているのは、つまりこのような動機によるものであって、言葉の魔力に突き動かされてのことらしい。頭の良い人間、というのは中身があって話すことでこちらがなにか励起される人、得るものがある人のことであろう。そういう人には必ず影響を受けるものだと思う。そういえばその頃そういう経験をした。そうして、目上の人に「あんたからは得るものがない」などとほざいて激怒されたりした。私は生意気でとげとげしていやな奴だった。

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