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2022年5月

2022年5月31日 (火)

持ち直しているのならけっこうなことなのだが

 有効求人倍率が上昇を続けている。失業率はもちろん低下していて、コロナ禍前に戻りつつあるという。特に観光業の求人数の回復が顕著なようだ。耐えきれなかったところは残念だが、我慢に我慢を続けてきた業界に光が戻りつつあるのは喜ばしい。

 

 ようやく疲れがとれて、週末から久しぶりに千葉の弟や妹に会いに行く気になった。ついでに北関東の友人にも会おうかと思う。さらにそのついでにその北関東の温泉にでもゆっくり浸かってこようと考えた。いつも泊まるお値打ちの宿をじゃらんから予約しようとしたら予約のリストにない。理由は二つ考えられる。一つはすでに予約が満杯であること、もうひとつは混んできたから効率の悪いひとり旅を受け付けなくなっているということである。後者の可能性が高い。

 

 試しにそれ以外の地区の宿も含めていろいろ物色したら、なじみの行きつけのところがたいていそういう状態になっている。格安のトイレなしの部屋の宿はそこそこある。たいてい居心地もあまりよくない。あまりぜいたくではないが、トイレがついているお目当ての中堅クラスの宿が予約が多くて、残念ながらなかなか予約できないようだ。逆にちょっとぜいたくすぎる高い宿は取りやすそうだ。そうして全体として朝夕食つきの宿泊費が二割以上高くなっている感じがする。

 

 定宿から少し離れているが、ようやくこれなら良さそうだと思う宿を見つけたので予約した。この宿はトイレ付きだが、行き当たりばったりの長旅をしようと思ったら、これからしばらくトイレなしの安宿を泊まり歩くことを覚悟しなければならないかもしれない。宿から観れば客が増えてけっこうなことだが、独り旅中心の私にはありがたくない。

 

 それほど広くなくて食事もぜいたくでなくていいから、独り旅でトイレ付きの値打ちに泊まれる宿があるといいなあ。年寄りは気兼ねなくゆっくり部屋のトイレを使いたいはずである。これからは独り暮らしの年寄りが老後の楽しみで旅をすることが増えるだろうし、現に私が旅をしていても、そういう独り旅の人は多い。それをターゲットにしたらあたると思うけれどなあ。そういう年寄りはリピーターになる可能性も高いはずだ。

どうしてオランダだったのか

 NHKBSの『街道をゆく』を観ている。今日観たのは『本郷界隈』と『オランダ紀行』。

 

 本郷界隈については、繰り返し読んだ夏目漱石の『三四郎』への思いが重なる。そして、兄(私の伯父)がこのあたりに住んでいたので、山形の田舎を飛びだしてその兄の元に転がり込んだ私の父のことをも連想させる。中学二年生の時だったという。学資を稼ぐため、しばらく働いて金を貯めて二年後だか三年後だかに、中学校の四年生に編入させてもらったらしい。「うまいこと編入できた」と嬉しそうに父は言っていた。東京での、つまり本郷界隈での暮らしを断片的に父から聞いたのだが、ほとんど覚えていない。もっときちんと聞いておけば良かったと思ってもあとの祭りである。

 

 江戸時代、日本が鎖国していたときに、オランダと中国とだけ、かろうじて長崎の出島を窓口に交易をつづけた。世界からの光はオランダのみによってもたらされた。どうしてオランダだったのか、そのことを尋ねる旅が司馬遼太郎の「オランダ紀行」だったのである。

 

 それを観れば(もちろん原作を読めば)、どうしてオランダだったのか、そしてオランダを選んだことが日本にとってどれほど幸運だったのか、よくわかる。オランダ語を、それによって蘭学を学ぶことが結果的に迂遠だったと思いがちだが、そうではないかもしれない。福沢諭吉の『福翁自伝』を読んでもそう感じた。

 

 そのことについて説明するのは長い話になって、ヨーロッパの宗教事情、近代の経済、政治、思想を含めての歴史を語らねばならず、そのヨーロッパと日本について語らなければならないから、とても私の力では及ばない。司馬遼太郎の『オランダ紀行』を読んで欲しい。同じような疑問を持つくらいの人ならば、答えがたぶん分かるはずである。

小賢しいのに腹が立つ

 小賢しいお笑い芸人に腹が立つ。「小賢しい」という言い方に偏見があることを承知で言っていて、それについてはあとで説明するつもりだ。説明になるかどうかわからないけれど。

 

 お笑い芸人になりたい若者が多いらしい。人気が出れば収入も多くなるし、人気が出ることそのことが喜びだと考えもするのだろう。仲間どおしでもバカなことをやったり、ふざけて場を和ませて人気のある人間がいるもので、そのことをとやかく言うつもりはない。

 

 笑わせようとすると上手く笑ってもらえない、笑われるようにしなければならない、という誰かの言葉を聞いたことがある。同じふざけている人間でも、あるときは楽しく、あるときはいやな感じがすることがあるのも、その違いの中に好き嫌いが生ずる気がする。

 

 お笑いの芸を見て、バカだなあ、あんなバカより自分の方がマシだ、と思うのが笑いの原点だろう。単純に笑っているうちにその自分も嗤われている人間のひとりであることに気がつく。優越感を崩される。自分の愚かさも含めて笑うことが出来れば、芸人と客とがめでたく上下関係の垣根を越えて楽しめる。

 

 小賢しい、と私が思えてしまうお笑い芸人は、その優越感と笑いとのやりとり、どちらが上かわからなくなっていく面白さ、ということの意味がわかっていないところにあるのだと思う。客や仲間を罵倒しながら、実は罵倒している自分がそれ以上に愚かであるというエクスキューズをにおわせることが出来なければ、宥和は生じない。

 

 私の好き嫌いはそのへんを基準にしているようだ。しかし、今は客の側が単純に嗤われることを求めることが多いから、お笑い芸人ではなく、お笑い客の氾濫で、芸人もつい自分の存在意味を見失うのかもしれない。そのほうが受けるのだから。小賢しいお笑い芸人が、その小賢しさのゆえにもてはやされているのを見ると、私は腹が立つ。嗤ってもらってかまわない。

2022年5月30日 (月)

馴れることと鈍感になること

 高齢者は暑さに鈍感になって、熱中症にかかりやすいと繰り返しテレビで注意を促している。私は寒さは比較的につよいが、暑さには意気地がない。年ごとに暑くなっていくことがつらいから、夏は扇風機やエアコンなしではいられない。しかしその扇風機やエアコンは、不自然な冷やし方をするから、身体に負担をかけているような気がしている。ちょうど良いと思ったときには冷やしすぎていることが多い。だるさを感じて風呂に入ったりして体温調整してそれに気付かされたりする。

 

 今年は、だからあまりあわててエアコンや扇風機を使わないようにして、まず暑さに身体を順応させることに心がけている。昨日一昨日は名古屋地区も真夏日が連続したが、エアコンは試験運転だけで済ますことが出来た。例年なら一度つけたらその快適さにやめられなくなるところだ。

 

 しかしそれは暑さに馴れつつあるからなのか、私も高齢者として暑さに鈍感になったからなのか、そのことがちょっと気になっている。泌尿器系の疾患があるので、水分補給には心がけているから、その点だけは心配ないのだが。

北のまほろば

 身体が暑さになじむためなのか、休養を要求されている気がしている。ぼんやりとしたり、うつらうつらしたり、これでは時間がもったいないと思って、少し前からNHKBSで再放送されている『街道をゆく』を何本か観たりしている。

 

 特に『北のまほろば』の回は、大好きな北東北、津軽半島や下北半島が描かれていて、感慨を覚えた。何度でも行きたいところだし、先日一緒に温泉に行った兄貴分のひとは、二人で十年以上前に竜飛岬に行ったときのことを繰り返しなつかしく語っている。その時は海峡亭という竜飛岬の突端の釣り宿に泊まった。魚が美味しかった。もう兄貴分のひとの体力ではあの強行軍には耐えられないだろう。

 

 私もあと何回行けるか、いつ行けるか、などと思ったりする。本当は今日にでも行きたいくらいなのだが、今年はマンションの役を引き受けているので、さまざまな行事もあり、あまり長期の旅行の計画は立てにくい。来年も今くらい元気なら、北東北から北海道までフェリーで渡り、一ヶ月くらい旅をしたいと思っているのだが、夢で終わるかもしれない。

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竜飛岬。青い屋根の、飯場のように見えるのが海峡亭。

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三内丸山遺跡。

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同じく三内丸山遺跡。

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下北半島、恐山の裏の奥薬研の自然林。薬研温泉にまた泊まりたい。

しはらく炊いていない

 梅雨前線が次第に北上してきた。南からの熱くて湿った風を送り込み、日本列島は次第に梅雨モードに入りつつある。例年のことだが、梅雨前に真夏のような好天が続くことがある。そういうときに遠出する。そして梅雨に入ったら家で引きこもって読書三昧、映画三昧というのが毎年のパターンなのだが、どうも出かけるタイミングがつかめない。心身が今ひとつ活性化していない。一時的なものか、これからはこれが定常化するのか。弟夫婦に会いたいし、義弟が闘病中でたいへんな思いをしている妹にも会って話を聞いてあげたい。

 

 気がついたら一週間以上米の飯を炊いていない。夜は酒とつまみのみで主食をとらないことが多いが、それ以外は麺類とパンばかり食べている。ご飯は嫌いなわけではないし、小麦が値上がりしてきているのだから米にもう少しシフトしても好いのにそれに逆行している。気力が今ひとつなのはそのせいかもしれない。さあご飯を炊いて食べよう。

2022年5月29日 (日)

路(ルー)

 以前放映されたNHKドラマ、『路(ルー)台湾エクスプレス』が特別編集版全四話で再放送された。それからもしばらく経っているが、読書三昧にさすがに疲れが出たので、今日は録画してあったこのドラマを愉しんだ。主演は波瑠。

 

 台湾には四回ほど行った。三回は台北とその周辺だけだったけれど、四回目は台湾を一周した。そして台湾エクスプレスにも乗ったので、このドラマの中の、台中や台南の街には懐かしさを覚えた。台湾の親しみやすさは格別で、外国であって外国でないような居心地の良さがある。何より知らないところを歩いていても不安がない。なんとかなると思えるのだ。また行きたくなってしまった。台湾ならひとりでいつでも行ける気がする。

 

 ドラマは台湾新幹線の開業にまつわる話であり、開業にこぎ着けるまでの紆余曲折、それぞれの人の苦労がよく描かれているし、そこにはさまざまなドラマが展開していく。一生懸命生きていれば何らかの生きる意味についての答えが見つかる。そのことをしみじみ感じさせてもらった。日本と台湾との歴史的な関係についてもきちんと描かれている。

『志賀直哉随筆集』(岩波文庫)

 私の好きな作家の一人が志賀直哉で、主な作品はほとんど読んでいるし、繰り返し読んでも飽きない。志賀直哉は自分にこだわる人で、自分の快不快に忠実すぎるところがあるから、いったいなにを言いたいのだ、と腹がたつひとも多いと思うし、そう評論する人も多い。文章は天才的にうまいけれど内容は・・・という言われ方をする。

 

 志賀直哉が戦後、日本語はやめて日本はフランス語を使う方がいいと書いたことはよく知られている。この本の中に『国語問題』としてその主張を書いた文章が収められている。ずいぶん乱暴な話で、こんな意見が本気で採用されなくて本当に良かったと思う。そもそも志賀直哉はこういう公的な見解が似合わない人で、うっかりするとこういうバカなことを主張してしまう。あまり深く考えた上の発言とは思えない。いくら好きでもなんだかなあ、と呆れてしまう。

 

 ローマ字化するべきだ、などという意見もあった。お隣の韓国などは漢字を廃止してしまってハングルという表音文字だけにした。その結果、過去の文化を記した文書をほとんどの国民が読むことが出来ないことになった。それが結果的に日本人より英語のできるひとの多い国民を生んだと言えるかもしれない。韓国ではもともと漢字で書かれた文書は一部特権階級だけが読んだもので、それがそのまま継続されているということかもしれない。しかし日本では違う。識字率の高さはまったく違い、むかしから地方の人でも多くが読み書きできた。

 

 そういう文化の継承ということにまったく思いをいたさないのは志賀直哉の誤りである。彼自身の中にそういう上からの視点がなかったか。彼自身は継承されてきた日本語でしか文章表現できないとも書いているのだから。

 

 志賀直哉の心理描写、特に自分の心の動きについては本当に上手いと思う。どうしてこんなにぐだぐだとものにこだわる人の文章に感心したり影響を受けてしまうのか自分でもよくわからない。とにかく好きだからしようがない。

 

 この本の中に自分の作品を自分で解題しているものがあり、それを読んでいるとその作品がまた読みたくなるから不思議だ。好きだから読む。読むからますます影響を受けていき、さらに好きになってしまう。ただ文章はちっとも上手くならないのが残念だ。

偏見

 今日の名古屋は真夏日になるらしい。今までのところクーラーを使わずに来たが、今日はエアコンの試運転が必要かもしれない。

 

 私には偏見がある(と思う)。テレビで女子の群舞を観ても別に腹は立たないが、若い男が数人または多数で踊っているのを見ると腹が立つ。恥ずかしげもなく何をしているのだ、と思う。女子の群舞が好きなわけではないし、積極的に見たいわけではない。腹が立たないだけで、男子に腹が立ち、女子に腹が立たないのは自分ながら偏見であり、差別だと思う。

 

 私がそんな風であるのは、子どものときに敬愛する祖父が、テレビの歌番組で群舞する少年少女を「チータカタッタの連中」と吐き捨てるように言っていたのに影響されて、そこからちっとも変わっていないからだ。長いあいだそうだったから生理的な嫌悪を感じてしまい、いまさら変えられない。

 

 だから韓流のキレキレのダンスは顔を背けるだけである。弟の孫娘のひとりが小池栄子風の面立ちでなかなか可愛いのだが、彼女がダンスのクラブに入っていて、その発表会などを弟夫婦も見に行き、映像にして見せてくれたりするが、私が無反応なので、このごろは見せられることもない。もしいま私が中学生や高校生で、体育の時間に正課のダンスを踊らされたら、それは悪夢だろうと思う。

 一糸乱れぬ踊りをみごとに踊っているのを横目で見ていると、北朝鮮や中国、そしてロシアの軍事パレードやマスゲームを連想してしまうのは私の偏見の故だろう。

2022年5月28日 (土)

平岩弓枝『山茶花は見た』(文春文庫)

 裏表紙にこうある。

 

柳橋の小さな旅籠「かわせみ」の女主人るいに恋人の東吾、五年越しに二人にあてられっぱなしの八丁堀同心畝源三郎、見て見ぬふりで二人の仲を暖かく見守る与力の兄夫婦。おなじみの登場人物に、四季の風物を配して、江戸情緒たっぷりに繰り広げられた捕物帖。

 

 この本はその『御宿かわせみ』シリーズの第四作。

 

 原作を読んでからドラマや映画を観る場合と、ドラマや映画を観てから原作を読む場合とがある。この物語はNHKのドラマを先に観た。るいを真野響子、神林東吾を小野寺昭、畝源三郎を山口崇、神林通之進を田村高廣、女中頭のお吉を結城美栄子、元捕り方の番頭嘉助を花沢徳衛が演じていて、私の頭の中ではその配役でこの物語は展開する。あとで作られた、それ以外の配役のドラマは観られたものではなかった。

 

 なんとなく抱き重りのするイメージの真野響子が好い感じだし、何より山口崇が演じる畝源三郎のキャラクターが光っている。ドラマでも原作でも観ていくうちに、そして読み進むにつれてそれらの人々がリアルに我が物になっていくのが楽しいシリーズであった。ただし扱われる事件はかなり険悪なものが多いのは、並行して読んでいる北原亞以子の『慶次郎縁側日記』シリーズとは大いに違う。

 

 大川を目の前に見る旅籠、かわせみの四季の風物、吹きぬける川風をその時代にどっぷりはまり込んで味わうことの出来る、私の至玉の物語である。

るいと東吾の関係をうかがわせるシーン。

 神林東吾が狸穴の方月館の代稽古を終えて帰ってきたのは、二度目の事件があった翌日の夕方のことで、例によって、八丁堀の兄の屋敷には寄らず。まっすぐに「かわせみ」へ汗だらけの顔を見せた。

 一風呂浴びて、るいの心づくしの浴衣に着がえ、川風がいい具合に入ってくる、るいの居間で酒が出るのも、いつものことである。

好いなあ。

読むに堪えない文章というものもある

 文章の巧拙ではなく、読むに堪えない文章というものがある。今読み進めている一冊に『温泉百話 東の旅』という本があって、明治以来の、作家や著名人が書いた文章の中から温泉に関するものを集めている。もちろん『温泉百話 西の旅』という本もある。編者は種村季弘と池内紀で、東の旅には種村季弘が、西の旅をには池内紀があとがきを記している。

 

 梶井基次郎から始まって、なかなか個性的な文章が集められていて面白いのだが、その中に田中康夫の小説の一節が取り上げられている。それがどうにも素直に読むことが出来ないのである。今までさまざまな文章を読んできたけれど、こんなに読むに堪えない文章に出会ったのは初めてだ。登場人物の性格、人間関係がまったく見えてこない。もちろん読めばわかるように書いているのだろうが、それを理解しようとするより先に、文章に対しての嫌悪感が先に立って理解を妨げる。

 

 編者(たぶん種村季弘だろう)はそれなりの思いがあってこれを選んだのだと思うが、まったく意図がわからない。こんなにも私と肌合いのあわないものがあるのだというのが自分でも驚きだった。田中康夫の小説、文章が全てこのようであるかどうか知らない。知らないがわざわざ選ばれたのがこの小説の一節だとしたら、彼の文章は私には無縁のものだと知ることが出来た。普通はこんなことはない。

曾野綾子『人間にとって成熟とは何か』(幻冬舎新書)

 この本の帯には「憎む相手からも人は学べる」とある。

 

 人間の成熟とは何か。他者の存在を認識するということかと思う。面倒くさい言い方みたいだが、そうとしか言いようがない。人間は周りを意のままにしたいと思うものだ。誰もが自分の言いなりになればどんなに楽に生きられるかと内心思ってしまう。無意識に他人を見下したり、支配しようとするのはその表れかと思う。しかし現実には自分の周りには自分と同じように考える他人がいる。

 

 社会で生きていくために、その他人の存在を常に意識して生きることが求められる。都会で暮らすことで、他人と没交渉で生きたい、などと思うのは、面倒を避けるという意味で私も同様に思うところがないではないが、それはほとんど不可能だ。他人と関われば好き嫌いも生ずる。「憎む相手からも人は学べる」というのは、そのことで自分自身を相対的に見つめることが出来るかもしれないということだ。自分を絶対化するのではなく、相対化すること、そのことが成熟ということかもしれない。

 

 つまり成熟するということはおとなになるということで、この本にはおとなになりきれない、形だけのおとなの話も書かれている。この本を読んでいると、私はまだまだ未熟だと思い知らされる。でも未熟を自覚することは出来ているという自負はある。テレビは「未熟でもいいんだよ、ほら、こんなにみんな未熟な人ばかりでもなんとかなっているじゃないか」と猫なで声で日々語りかけてくる。しかし世の中を支えているのは成熟したおとなたちであることはあまり伝えようとしない。

 

 曾野綾子が「人間は」と語るとき、それは個人についてであると同時に、その集まりである人類という意味も語っている。成熟することすら叶わない過酷な生き方しか出来ない国の話も書かれている。そうして人類全体は成熟に向かいつつあるのかどうか、という問いにもなっているのかと思う。ウクライナ侵略に向かうロシアを思い、北朝鮮を思い、中国を思い、日本を思う。

2022年5月27日 (金)

随筆集(2)

 新書や文庫以外の随筆集について。愛蔵しているもの。

 

『奥野信太郎随想全集』1~6別巻1
 奥野信太郎の本は別に東洋文庫(東洋文庫は文庫本ではなくて、箱入りの布張りの表紙)で二冊がある。
『安岡章太郎随筆全集』全八巻
 安岡章太郎はこの全集の後に出た本をはじめとして随筆集を二十冊近くもっている。全て既読。岩波版の『安岡章太郎集』全十巻もあるが、こちらは小説集で、半分ほどしか読んでいない。
『荷風随筆』全五巻 まだ一部しか読んでいない。全七巻の『荷風小説』も揃えていて、半分ほど読んだ。
『神谷美恵子著作集』1~10別巻2
『森本哲郎 世界への旅』全十巻 これは繰り返し少なくとも三回は読んでいる。他に森本哲郎の本は単行本で五十冊以上揃えている。最も影響を受けた。

 

陳舜臣の歴史エッセイは文庫以外に単行本だけでも三十冊ほどあり、また読み返したいと思っている。文庫はどれだけあるかわからない。
司馬遼太郎の『街道を行く』は歴史、そして紀行エッセイであり、これも全42巻をハードカバーで棚に並べている。それ以外の歴史随筆は文庫本も含めるとどれだけあるのかわからない。
中国文学者の井波律子の随筆は十冊以上棚にある。
宮崎市定もずいぶん読んだが、ほとんど文庫だ。
『開高健 ノンフィクション』全五冊、それ以外にも何冊か棚にならんでいる。これは学生時代に古本屋を回って集めた。
山本夏彦、池内紀、沢木耕太郎、阿川弘之、養老孟司の本も多い。
曾野綾子の小説以外の単行本も多すぎて数え切れない。

 

中国に関連すれば、青木正児の『江南春』や『華国風味』、石田幹之助『長安の春』なども愛読書だ。

 

そういえば繰り返し読んでいる本に、張岱の『陶庵夢億』という愛読書がある。あまり何度も読んだのでボロボロになり、もう一冊買い直した。何度読んでも素晴らしい。

 

 他にもたくさんあるが、いちいち拾い出しているときりがないのでこれまでとする。この全部をもう一度、またはもう二回くらい読みたいと思っているが、物理的に不可能らしいことが残念だ。

 

以上、本好き爺さんのお粗末な自慢話。自分自身にはそれらからの素養がまったく身についていないのが恥ずかしい。

今尾恵介『日本の地名おもしろ探訪記』(ちくま文庫)

 全国を車で走り回っていると、珍しい地名に出会うことがよくある。難読地名は特殊な漢字が使われる場合よりも、読み方が特殊であることによることの方が多い。たぶんもともとの読みとしての地名があって、それに漢字を当てるたために生ずる難読だと思う。そのことはこの本にも言及されている。

 

 関東で生まれ育って、名古屋に住み始めたとき、地元では当たり前に思われていても、よそから来た人間には珍しい地名だったり、歴史小説などで見たことのある地名がゴロゴロあってそのことが面白く、楽しく感じたものだ。尾張や三河は三英傑、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の出身地であるから、その時代の本を読んで知った地名を現実に見ることになるのである。

 

 昔から地図を眺めるのも好きだ。方向音痴と地図好きは矛盾するようで私には矛盾ではない。全国の地域別ドライビングマップを揃えている。ときどきそこで仮想ドライブをする。その、通り道の周辺に立ち寄りたい場所などを見つけると目印をつけていく。行きたい場所はたくさんある。

 

 今回読んだこの本は、旅の楽しみ方を地名から愉しむという本だ。生まれ育った九十九里周辺についてなどは自分の地元だから著者よりもわかる。また、なじみのある場所もあり、全く知らないところもあって、地図の仮想ドライブの新しい候補の参考になりそうなところもあった。ただし、けっこう山間部の、車で抜けるのが困難なところも多く、かといって著者のようにひたすら細い山道を歩いて走破していくという元気も今はない。

 

 鉄道の旅や珍しい駅名に関する本はいくつか読んだが、純粋に珍しい地名を手がかりに旅をするという本はたぶん初めて読んだ。ありそうでない本かもしれない。どちらにしても知らないところを訪ね歩く面白さ楽しさというのは気持ちをそそる。

随筆集(1)

 たとえば曾野綾子の、小説以外の本を随筆というかどうか。エッセイといい、コラムというものを随筆に含めるかどうか人によって違うかもしれない。私はそれら全てを随筆としてひっくるめて考える。曾野綾子の小説は数冊しか読んだことがないが、それ以外の、私が随筆と考えるものなら五十冊を軽く超えて読んだし、蔵書として残してある。

 

 随筆を読むのは好きであるが、初めて随筆らしい随筆を読んだのは芥川竜之介の『大川の水』という文章だ。芥川竜之介が好きなひとなら、たいてい読んでいるだろう。どこの出版社の全集だったか忘れたけれど、その中の芥川竜之介の巻の冒頭がこの文章で、中学生か高校生の時に初めて小説ではない文章を読んだ。たまたま岩波文庫の『芥川竜之介随筆集』の冒頭がこの『大川の水』である。久しぶりに読むのが楽しみだ。

 

 作家別の随筆集はさまざまなものをもっていて、合わせたら数百冊あるかもしれない。その中で、今読み直したり初めて読んだりしているのが、岩波文庫に収められている随筆集だ。

 

手元にあるのを列記すると、

 

『中勘助随筆集』   先日二回目を読了した。
『谷崎潤一郎随筆集』 昨年読み直した。
『志賀直哉随筆集』  もうすぐ読了する。
『芥川竜之介随筆集』 次に読むつもり。
『藤村随筆集』
『川端康成随筆集』
『鏡花随筆集』
『寺田寅彦随筆集』(全五巻)ときどき拾い読みする。

『徳冨蘆花 自然と人生』 発声練習朗読用。

 

などが棚にある。

 

岩波文庫以外の文庫では、内田百閒の本が五十冊あまりずらりとならんでいる。半分は読んだと思う。揃えているのは旺文社文庫版でそれは旧仮名遣い、それとは別に福武文庫(現ベネッセ)の現代仮名遣いのものもあるが、こちらは欠巻があるかもしれない。

 

 他の出版社の文庫版の随筆は、武田泰淳のものや中国に関するもの(井波律子、宮崎市定、中野美代子など)がたくさんあって挙げきれない。山本夏彦や、高島俊男の本なんかもとうぜん随筆として考えている。高橋義孝や江國滋なども、文庫は全て読んだと思う。司馬遼太郎もある時期からは創作ではなくて歴史エッセイばかりを書いた。歴史エッセイなら海音寺潮五郎なども大好きだ。

 

 そういえば、エッセイの面白さを教えてもらったのは、團伊玖磨だったと思う。『パイプのけむり』シリーズは文庫化されたものは全て購入して読んだ。両親が字が小さくて読みにくい、といっていたので、むかし練習のためもあって、ワープロ専用機の「RUPO」で、面白そうなものを打ち込んでファイルにした。出来るたびに渡していたが、楽しみにしてくれていた。

 

 単行本や全集でもっている本についてはこのつづきで。

2022年5月26日 (木)

随筆

 何度も同じようなことを書いて恐縮だが、一日に読む量が二百ページから三百ページに回復してきた。そうして並行して五六冊を読んでいくので、読了するときには次々に読み終える。そうすると次の本を加えるのだが、たいてい選択に迷って、一冊でなく二冊三冊が加わるから、たちまち並行して読むのが七冊八冊九冊になって、収拾がつかなくなる。

 

 時代小説やミステリーなどの娯楽本があまり読めなくなっていたが、ようやく『御宿かわせみ』や『慶次郎縁側日記』などのシリーズを読んだら調子が戻ってきた。とはいえ、今は主に随筆やコラム的なものを読むことが多くなっている。軽いものもあるが、今読んでいる『志賀直哉随筆集』や『魯迅文集』などはじっくりと読みこなさないともったいない。

 

 その随筆と創作との境目がかなりあいまいであって、特に志賀直哉の文章や山口瞳の文章には区別がつけようのないものが多い。ところが私はいま、そういうものが好ましくて、つい随筆やエッセイ、コラムを読むことが多くなる。

 

 ここまでが前書きで、私のもっている随筆本についての話を次回書こうと思う。本の自慢をすることになるが、あしからず、とあらかじめ断っておく。

山口瞳『小説 吉野秀雄先生』(文春文庫)

 ここには山口瞳が影響を受けた人、六人に関する文章が収められている。川端康成については三つ、山本周五郎については二つの文章があり、都合九つの文章ということになる。全体で230ページあまりの中の最初の約100ページが、彼が最も敬愛し、師の中の師として仰ぎ続けた歌人吉野秀雄についてのもので、もちろんそのゆえに表題になっている。

 

 影響を受けた人、という意味を、たまたま並行して読んでいる志賀直哉の随筆集の中の『内村鑑三先生の思い出』という文章を引用することで、少し斜めに捉えてみることも出来る。

 

 私が影響を受けた人々をかぞえるとすれば師としては内村鑑三先生、友としては武者小路実篤、身内では私が二十四歳の時、八十歳で亡くなった祖父志賀直道を挙げるのが一番気持ちにぴったりする。その他にも私はよき友、よき身内に恵まれていて、それを独り思い、今でも非常に幸福を感じる。
 影響の意味が私の仕事の上にその人の仕事が影響したという事になると他にも色々な人が考えられるが、此所ではその人の人間が私の人間に影響したという意味で、もしその人との接触がなかったら、自分はもっと生涯で無駄な回り道をしていたかもしれないという事が考えられる。
(小略)
 内村先生でも、武者小路でも私とはかなり皆、別の人々である。これらの人々に私が影響を受けたといっても私にないものをこれらの人々から与えられたというのではなく、あるものが共鳴によって、はっきり自分のものになったという意味だと思う。

 

 いうまでもなく、志賀直哉と山口瞳はまったく違うから、違うことを前提にしてあえて影響というものを考える。人生に影響を受けるということは、相手が師であるということだと私は考えている。直接教えを受けなくても私淑するということも含めてである。弟子が仰ぎ見るから師は師であり、影響を受けることが出来るのである。そのことは当たり前のようで本当に実感することは案外難しい。同じ経験をしても実感できない人のなんと多いことか。

 

 この山口瞳の本に収められた人々、吉野秀雄、川端康成、山本周五郎、高見順、木山捷平、内田百閒の六人と山口瞳とはかかわりがあって、つまり面識がある人々である。そこにはしかし一切の功利的な交流の臭いが感じられない。その可能性が出てくるとたちまち距離を置くというのが山口瞳という人の矜持である。

 

 山口瞳の作品に巧まざるユーモアを感じるから好きな人が大多数であろうけれど、その根底に岩盤のようにあるのが何であるのか、この本は強烈に感じさせてくれる。この岩盤があってこその彼の生き様なのだと知るために、この本は必読書だと思う。

一割以上

 二日に一回か、三日に一回、すぐ近くのスーパーに行く。日々の食材などを買うためである。私はどこかへでかけないかぎり、自炊である。出来合いのもので済ますこともあるが、たいてい簡単ではあるが調理する。昨年までは二日で2000円から2500円くらいの支払いだった。酒代は別で、その酒代も月に一万円を少し超える程度だから、飲食費は合わせても五万円を超えることはなかった。よく家族で外食をくり返しながら、金がない金が足りない、生活が苦しい、などというのをテレビで見ると、自炊しろ!とつい言いたくなる。

 

 それが今年の春以降には一割以上支払いが増加している。ただ、酒のほうはそれに合わせて多少控えている(身体のこともちょっとは考えている)が、もともとがしれているからさほどの足しにはなっていない。電気代をはじめとして、固定費も上がっている。限られた年金収入しかないから、切り詰められるものは切り詰めないと行けない。そう思いながら、電気製品でもこれから寿命が来そうなものがならんで待っている。

 

 さいわい本は再読、または未読で積んである本を読むことがもっぱらなので、以前のように月に五万円も六万円もかかることはなくなった。その分が私のゆとりなのである。それに毎年かなりの額を用意していた海外旅行もなくなった。タケノコ生活ではあるものの、誰の世話にも(年金で公的に世話になっているのはべつにして)ならずに当分はいまのレベルで生活できそうだ。ありがたいことである。

 

 あまり先のことを考えても仕方がない。どうせそんなに長い先でもない。身体が元気なうちに楽しめることを楽しませてもらおうと思っている。どこかの国みたいに喰うのに困るというほどのことはないのは、なんとしあわせなことか。

2022年5月25日 (水)

平等にやってくるわけではない

 ロシアがウクライナに侵略戦争を仕掛けた結果、世界の穀物の主要な輸出国のウクライナとロシアからの穀物の輸出が滞り、世界は食糧危機に陥りつつある。ではその穀物危機は世界の国々に平等に訪れているのか。そうではなくて、価格が高くても買える国は過不足なく購入し、国が貧しくて高くなりすぎると買えない国は、輸入量が半減するという事態になっている。

 

 そういう貧しい国で、ロシアやウクライナからの輸入比率の高い国が中東のイエメンや北東アフリカなどにたくさんあるという。それらの国では飢餓が迫っていて、今年中に餓死者が急増するおそれがあるという。国連や有識者、NHKの解説者などは、自国だけを優先するのではなく、世界の貧しい国のことを考えて分配に配慮すべきだという。その通りだろうけれど、世界というのは平等よりも自国の利益を優先するように出来ているのも事実である。自国の利益よりも世界のことを考える国があろうとは思えない。

 

 アメリカは世界一豊かな国で基軸通貨を持ち、世界の富を集める仕組みで強大化した。そうしてあまりに集めすぎたために世界を貧しくしてしまい、甘い汁を吸い上げる先を失ってしまって、それを緩めたのだが、中国がアメリカのやり方を真似て同じことを始めだした。それを見て「アメリカ・ファースト」などと妄言を吐いてむかしのやり方に戻そうとしたのがトランプだった。混沌としていた世界は、さらに混沌の度合いを深めてしまった。何しろ秩序というものを否定するアメリカ大統領が世界を引っかき回してしまったのだから。

 

 混沌は力を恃む無法者の活躍の場所である。プーチンが、そして習近平が勘違いして暴走することになった。その時最も被害を蒙るのは、無知で貧しい国々である。そういう国が食糧危機に陥っている。

 

 自分たちがインフレ、食糧難に陥っているのは自国の政府が悪いからだ、と彼ら国民は暴動を起こし、政情を不安定にして、さらに貧しくなり混乱に拍車がかかる。彼らに、原因はロシアであり、それを陰ながら援助している中国であり、混乱で利益を上げているアメリカなのだと教えてあげたいが、理解することは出来ないだろう。そうしてそういう国に中国はますますつけ込んで支配権を拡張している。

 

 なんだか絶望的な気持ちになる。無知である点において、テレビを眺めていると日本の大衆もさして変わらないことを思い知らされているのだから。限りある入れ物に、秩序があればはいるものが、無秩序でははいりきらなくなるのは道理である。無秩序が蔓延しつつある。すでに世界は過飽和なのだろう。

平岩弓枝『水郷から来た女』(文春文庫)

 七八冊並行して読んでいる本に、北原亞以子が割り込んだら、さらに平岩弓枝の『御宿かわせみ』シリーズに手が出てしまった。この『水郷から来た女』はシリーズの三冊目、このシリーズは文庫と単行本と両方もっている。新刊は出るたびに即購入していて、文庫は出張などに持参して繰り返し読んできた。大好きなシリーズなのだ。第一巻と第二巻は娘のどん姫のところにある。次のものをとりに来ないところを見ると、読んでいないのだろう。今度読んだら文庫版は片付けるつもりである。

 

 神林東吾とるいとの関係はこちらがあてられるほどで、二人のしあわせを共に嬉しいものに感じてしまう。このシリーズも、捕物帖であり、こちらは正統派の謎解き、探索、闘争が描かれていて、慶次郎縁側日記シリーズが人情ものの色彩が濃いのに対して、時代小説らしい時代小説である。

 

 それなのに表題作の『水郷から来た女』を初めとして、どの作品も読んで胸が熱くなり、ちょっとうるうるしかけたりするのは平岩弓枝の筆力の故だろう。女流の時代小説は好いものが多くて、読み出すと止まらない。澤田ふじ子や諸田玲子を棚から引っ張り出さないように気をつけないと、読みかけの本が読み切れなくなってしまう。

だるおもー

 サプリメントのCMに、「だるおもー」と女のひと(石田ゆり子だっただろうか)がそう言いながらソファーにもたれ込むのがあって、ちょうど昨日と今日の朝の気分がそんな感じである。理由は夜中に眼が醒めてしまってそのまま寝られずに夜明け近くまで起きていたからで、具合が悪いわけではない。

 

 天気が好いから昨日か今日には近江の愛知川沿いに遡って永源寺や木地師資料館、惟喬親王の陵墓などを訪ね歩こうと思っていたのだが、これでは出かける気にならない。たぶんもう少し休めと身体が言っているのだと思う。それにこのところ本が良く読めて飽きない。食事の支度や風呂や掃除をするのが面倒になるくらい集中して読めている。そのために睡眠のリズムが影響されているのだと思う。

 

 ずいぶん長い間読書スランプが続いていて、ようやくに読書に集中できているのは嬉しい。たいした本を読んでいるわけではないが、並行して読んでいる本の中に読み応えのある本を挟んで、積んであるだけの本を勢いで既読にしたいと思うけれど、読みやすい本ばかりがはかがいく。 

 

 夜中に起きていたら虫に刺された。蚊ではなくてもっと痛痒い。たぶん放っておくとしばらく痕になるような虫だ。虫除けマットをつけ、虫刺されの薬を塗った。マンションの五階に虫が上がってくるのには時間がかかる。ようやくその時期になったらしい。虫除けマットはなんとなく私にも効いてしまうような気がして好きではないが、仕方がない。そういえば窓の外にぶら下げるタイプの虫除けも、種類によってなんとなくアレルギー症状のようなものがでる気がする。私は虫か。

2022年5月24日 (火)

北原亞以子『赤まんま』(新潮文庫)

 久しぶりに時代小説でも読もうと思って、慶次郎縁側日記シリーズを引っ張り出した。この『赤まんま』はシリーズの第八巻にあたり、第七巻までは、だいぶ前に一気に読んでいる。慶次郎縁側日記は、NHKでドラマ化されたことで知ったシリーズで、慶次郎を高橋英樹が、そして岡っ引きの辰吉を遠藤憲一が、さらにマムシと嫌がられる別の岡っ引きの蝮の吉次を奥田瑛二が演じていた。他にもいろいろ芸達者の人たちがもうけものの役柄を演じていて、記憶に残るシリーズである。私は特に慶次郎の同居人を演じた石橋蓮司が好きだ。

 

 八巻以降は、だいぶ後になってシリーズが続いていることを知って揃えた。揃えて読まずにいたので、初読である。仏の旦那と言われていた元同心の慶次郎のもとに持ち込まれるさまざまな事件の話が描かれているので、これは捕物帖であることに間違いはないのだが、北原亞以子は一作ごとに視点や展開を大きく工夫して変化させるので、慶次郎が主人公と言うよりも狂言回しのようになっている作品も多い。

 

 何よりも登場人物の心の動き、そこから見える世間の見え方が、立場を変えた人の眼からはガラリと違って見えることを思い知らせてくれるのが彼女の小説の特徴だといって好い。物語の引き回し役の思考に引きずられて読者が感情移入してしまうと、最後にガラリとひっくり返されたりするのがこのシリーズの楽しみなのだ。

 

 人生というのは苦難が押し寄せて身動きならないように見えて、実はなんとかなってしまうし、なんとかしなければ生きていけないのだと、しみじみ教えてくれる。そういう話が収められている。

小松和彦『鬼と日本人』(角川ソフィア文庫)

 妖怪と鬼との違い。

「鬼」は大昔から日本人が特定の現象や存在に対して用いた民俗語彙・民族概念で、「妖怪」は研究者が用いだした学術用語・分析操作概念なのだとあとがきに書かれている。だからなんなのだというしかない。解るようで解らない。

 

本文中に「鬼」について著者の考えが述べられている。

 鬼とはなにか。本書でも繰り返し問いかけてきたが、これにひと言で答えることは難しい。ここでの私のとりあえずの考えを述べれば、鬼とは人間の分身である、ということになる。鬼は、人間が抱く人間の否定形、つまり反社会的・反道徳的人間として造形されたものなのだ。
 一般にいわれている鬼の属性を少し列挙しただけでも、そのことがよくわかるはずである。人を食べる、人間社会を破壊する、ひとに恨みをいだき殺そうとする、夜中に出没し、子女や財宝を奪い取っていく、酒を好みいつも宴会や遊芸・賭け事に熱中する。徒党を組んで一種の王国をつくっている。山奥や地下界、天上界に棲んでいる・・・。
 こうした属性はいずれも、人間それも社会的・道徳的人間の否定形として挙げられるものである。したがって、ひとが田尾に除く生徒みなされるような立ち居振る舞いをすると、その人は人間ではなく鬼とみなされることになる。
 このようにみると、鬼とは、実は人間という存在を規定するために造形されたものだということがわかってくる。日本人は、個としての人間の反対物として鬼を想定し、人間社会の反対物として鬼の社会を想定し、そうした反対物を介して、人間という概念を、人間社会という概念を手に入れたわけである。このために、人々は人間社会の「外部」に棲むという鬼についてのストーリーをつむぎ出してきたのだった。

 

 うーん、そうなのかなあ。というのが私の感想である。

 私なりに古典の中からさまざまな鬼の話を拾い出して、いろいろ考えてみることにしようと思う。

こんなのもありますけど。

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嫌いだけれど

 菅田将暉が嫌いである。初めてCMで見たときから嫌いだと思った。だから彼のでるドラマや映画など観たことがない。演技はそれなりに評価はされていることは承知している。

 

 その菅田将暉が『鎌倉殿の十三人』で源義経役を演じていたから観ないわけにはいかなくなった。嫌いな菅田将暉が私の思い入れのある源義経を演じるので頭がよじれたけれど、一昨晩の義経の最期のシーンでは、義経の哀しさを強く感じさせてくれたし、そして弁慶と義経主従の、生死についてのあっけらかんとした軽さがとても良かった。菅田将暉の演技が評価されているのはとうぜんかと私も思った。

 

 嫌いではあるが菅田将暉は演技はたしかだと、私も認めざるを得ない。同じ嫌いでも、キムタクとは違うようだ。キムタクはキムタクしか演じられないように見えてしまうが、菅田将暉は確かに義経を演じていた。嫌いな役者や芸人が山ほどいる私だが、認めるべきは認めるのである。ファンもいるだろうに偉そうに書いて申し訳ない。腹が立ってもご容赦を。

2022年5月23日 (月)

汗をかく

 午前中は愛車の12ヶ月点検の予約をしてあったのでディーラーに行く。6月の登録なので、6月で良かったのだが長距離を走ったあとであるし、ちょっとだけ気になるところもあったので早めに頼んでおいたのだ。

 

 かなり丁寧に調べてくれて、異常がないとの所見だった。考えられる理由をいくつか教えてもらった。納得。そのためにいつもなら一時間あまりで済むところ、二時間近くかかってしまったが、待ち時間は本が読めるので私には苦ではない。コーヒーもおかわりできたし・・・。

 

 午後は妻のことで市役所に行く。片付いていないことがひとつ残っていたのだ。片道15分ほど、車で行くのと歩きで行くのと半々だが、今日は散歩がてら歩いて行った。ちょうど炎天下を往復することになったから、汗をかいた。マンションは鉄筋コンクリートだから、熱しにくく冷めにくい。今のところはまだ躯体が暖まっておらず、外の暑さの割にしのぎやすい。今日は北から風も吹きぬけていて心地好い。これが夏になると夜になっても冷えなくなるからクーラーなしでは寝られない。

 

 いまごろは好い季節だ。あしたも晴天らしいから、もし朝の調子が良ければ、行こうと思っていた愛知川の上流へドライブしようか、などと考えている。それには今晩飲むのを控えめ(控えるのではない)にしなければ。

必ず失敗する

 予測や予言はしばしば願望である。

 

 中国の王毅外相は、アメリカのインド太平洋戦略、中国包囲網戦略は不当なもので、必ず失敗すると明言した。

 

 なぜ失敗するのかについて論理的な理由を述べたかどうか知らない。失敗するというそのことばを信じるひとがいるとも思えない。私には「中国はたいへん困っている。失敗して欲しい」と願望を述べたように聞こえる。

 

 願望を、確信的、科学的予測であるかのように断言する点において、中国と北朝鮮はよく似ている。

 

 相手の失敗を予言するのは、ある種の呪いの言葉でもある。ただし、あまり頻発すると呪いのことばは力を失ってしまう。

中勘助随筆集(岩波文庫)

 この本を読むのは二回目。中勘助をどう紹介したら良いのか、彼の作品をどう評論して解るように説明したら良いのか。私の文章力では無理だというしかないので、もし興味があれば一度試しに読んでみてくださいというしかない。

 

 中勘助といえば『銀の匙』という小説が代表作で、これを夏目漱石が激賞して、それがきっかけで中勘助は世に出た。中勘助は一高、東大で漱石の講義を受ける。同級生たちの何人かが漱石門下となり、その友人たちと漱石の元をたびたび訪れているから、漱石門下という立場といっていいのだが、漱石も中勘助も互いに師弟であって師弟でないということを認めている。中勘助は文壇や仲間というものをまったくもたなかったので、あとで孤高の文人と言われたりした。

 

 晩婚の中勘助が平穏な家庭生活にはいったのは、妻子をもってからといっていいかもしれない。それまでの家族の中の修羅がどんなものだったのか、それがこの随筆集から読み取れる。それを彼の、彼のみの独特の文体で読むのは、好きでないと読み取りにくいかもしれない。極めて詩的な言葉遣い、微妙な、そして微細な感性、それらは鈍感な私の最も苦手とすることなのに、一度とらわれてしまうと逃れられないのだ。

 

 面白いとか面白くないとかいうこととは違う、不思議な彼の文章に試しにとらわれてみてはどうだろうか。そこには読んだことのない文章があると感じられると思うのだが。

 

以下は以前読んだときのブログの記事
 上の記事を書いてから検索して、比較してみたら面白かった。

編者は渡辺外喜三郎。

 夏目漱石門下の一人、中勘助は独特の文章・文体で孤高である。論理的な漱石とは全く違い、感性そのもの、純粋無垢なむき出しの神経に感じ取る世界をそのまま言葉として紡ぎ出した。漱石が彼を評価したのは、彼と全く違うことそのことの中に不思議に心を衝つものを感じたからであろう。自分と異なるものを排さず評価する漱石に敬意を表したい。

 中勘助といえば名作『銀の匙』がある。その『銀の匙』を読んで感動して、若いときにこの随筆集を読んだのだが、正直言って良くわからなかった。独特の童話のような特殊な言葉遣い、言葉にたいする極端な好悪の潔癖な使い方、それらの癖のある文章が邪魔して内容が上滑りしてよく読めなかったのだ。

 いまこの歳になって、急に棚の隅にあったこの本に「読んで見ろ!」と声をかけられて手にとったら一気に没入した。読みかけだった本をすべて脇に置いて、二日で読了。

 この本には死の気配が立ちこめている。妹の死、師である漱石の死、母の死、嫂の死、兄の死、姉の旧友との再会と死、それらが直接間接に書き込まれている。彼自身が自分の生について悩み抜いた経験を持ち、諦観の末に老境に至った経緯がこの本の最後にしみじみと伝わってくる。それを感情移入して共感するにはそれなりの人生経験と年齢の積み重ねが必要なのだろう。

 彼の家族との激しい葛藤は、この随筆集では断片的にしか語られていないが、それが彼の苦悩の根底にある。この随筆集には収められていないが、別の長編の随筆にはそれが詳細に語られているものもあるようだ。

 

中勘助は、『銀の匙』、『中勘助随筆集』以外にも、岩波文庫に数冊収められていて、いつかそれも読もうと思っていたが、そこまで手を広げてはまり込む余裕がないのが残念だ。

2022年5月22日 (日)

老々三人旅(8)茶臼山高原・芝桜

三泊目の昼神温泉は今回ベストの宿だった。風呂も食事も満足。終わり良ければ全てよしである。

最後、四日目の朝も、やや薄く雲はあるものの晴。今日は長老たちは大阪へ帰るので、茶臼山高原だけ立ち寄ることにする。芝桜が見頃のはずである。

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リフトで頂上に登る。リフトは二人乗りで、長老と私が先に乗ったら、兄貴分のひとがなかなか来ない。

どうしたのだろうと心配になったころ登ってきた。胸が苦しくなったのだそうだ。兄貴分のひとには持病があって、二度倒れている。疲れが出たのかもしれない。疲れが出るとますます毒舌になる。しかしその毒舌が出なくなったら本当に調子が悪いということで、まだ大丈夫そうだ。

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芝桜は全体で七分咲きくらいだそうだ。満開のところもあるし、半分しか咲いていないところもある。

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見晴らしは素晴らしい。だいぶむかしに子供たちと来たときは秋で、地上は夏のように暑かったけれど、ここは10℃くらい。半袖だったから震えたことがある。この日は少し風があったが快適だった。

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先の方へ行けば見晴台になっているけれど、下へ降りていかなければならない。長老も兄貴分のひとも、そして私も、もう階段の上り下りはしたくないので上から眺めるだけにした。

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こんなところで風に吹かれて本でも読むか昼寝でもしたら、快適だろうなあ。

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もう一度しっかり芝桜を見てからリフトで下へ降りた。

茶臼山高原は愛知県だが、ナビは恵那インターへ出るのが高速への最短コースとして案内する。釈然としないが、特に誰も苦情がないのでナビに従うことにする。ちょっと狭い山道のショートカットなどがあり、たしかに思ったより早く高速に乗れた。恵那で合流して恵那へ出たから一回りしてきたことになる。二人を送って帰路についた。

これにて今回の老々三人旅はおしまい。

老々三人旅(7)宝剣岳絶景

ロープウェイの千畳敷駅裏側は宝剣岳を中心とした中央アルプス・木曽駒ヶ岳の絶景がひろがる。

絶好の晴天に恵まれた。キャプションなしで写真をご覧いただく。天気とカメラのおかげで、どう撮っても写真になってしまう。きりがない。

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大いに絶景を愉しんで山を下りた。この日の泊まりはなじみの昼神温泉。駒ヶ根からは近い。いつも以上に高級な宿に泊まった。何しろ部屋に個室の露天風呂があるのだ。長老のおごりである。気がついたらもう翌日は帰る日である。楽しい日々はあっという間に過ぎる。

老々三人旅(6)駒ヶ岳ロープウェイ

駒ヶ岳ロープウェイに乗るには、一般車は乗り入れできないので、まず菅の台バスセンターに車を置いてから、中央アルプス観光バスに乗らなければならない。約30分、狭く険しい道をバスで行き、しらび平の駅に着く。

駒ヶ岳ロープウェイは高低差950メートル、上の千畳敷駅は標高2612メートルで、ともに日本一である。

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登り始める。

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雪融け水が滝になって流れ下る。

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山が迫ってきた。

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雪に遭わせて少し露出を調整したつもりが、過ぎたようだ。

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実際に見るとずっと迫力があるのだが・・・。

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ここが最も傾斜の急なところだと案内があった。ロープウェイの傾斜35度、岸壁の傾斜は60℃を超えるという。

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巨大な雪渓の向こうに千畳敷駅が見えてきた。

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千畳敷の駅の向こうに宝剣岳が被さるように屹立している。

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標高2612メートル、現在の気温、8.3℃。

ここからは下りでの写真。

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上りのゴンドラとすれ違う。

千畳敷の山の雄姿は次回に。

2022年5月21日 (土)

老々三人旅(5)・南アルプス遠望

二泊目の奥山田温泉の宿は、渓流を見下ろすシチュエーションの良いところなのだが、なんとなく客あしらいに雑な感じがした。それは以前泊まったすぐ近くの宿と比較したからで、そこは本当に居心地の良いところだった。今回の宿も高級な宿のはずなのに、人手が足らないのか、全てセルフでさせられる。ちょっとビジネスホテルみたいだといえば言い過ぎか。たぶん従業員に対する教育が不十分なのかもしれない。他を知らなければそれでいいと思ってしまうだろう。そうなると兄貴分のひとは毒舌をもって皮肉交じりに言うから、向こうも面倒くさい客だ、と思ったに違いない。これではいまに客はどんどん減るだろう。

明けて三日目の朝はようやく快晴。山の上から南アルプスでも遠望しよう、ということになって、宿の前の県道66号を東行する。急坂をどんどん登る。標高が高くなる。笠ヶ岳(2076)の前に視界の開けた駐車場があった。

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霞んで見えるのが南アルプスだと思う。下は高山村、奥山田温泉など。

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思い切りアップにしてみる。

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どうやら見えているのは妙高山ではないか、と兄貴分のひとが言った。

このあともう少し先へ走ったが、視界が開けたところがない。さらに東に行けば草津、北西方向に峠を下りれば渋温泉や湯田中温泉の方向へ行くが、また遠回りになるので途中で引き返し、中央高速須坂長野東のインターへ向かった。ここから長駆して木曽駒ヶ岳のロープウエイに乗ろうということになったのだ。三人で一度秋の紅葉シーズンに行ったことがある。雪のたくさん残る木曽駒ヶ岳を見ようというのだ。私は五月の連休の初めに娘と一緒に来たことがある。

閑話休題・使いやすさと使いにくさ

 車にはさまざまな機能がついているが、私はそれらの一部しか使いこなせていない。そのことに関連して、いまの車のナビは使いやすいところと使いにくいところがあり、そのことを私がブツブツ言うので兄貴分のひとがいろいろと怒りのことばを発した。

 

 兄貴分のひとの言い分は、いまのさまざまな機能を開発する人は若い人で、良かれと思って開発しても、年寄りには使いこなしきれなかったり、かえって煩雑で混乱させるものが多いというものだ。そうしてそのことに対する想像力が欠けていたり、理解しようとすらしない傾向があることに腹が立つという。

 

 高齢者でも新しいものをスムーズに使いこなす人も多いが、一度現実とギャップが生ずるとなかなか追いつくのは至難のことで、そのことは私も日々実感している。その時のターゲットになっていたのはナビであるが、これを説明書をよく読んでしっかり理解すればたぶんもっと便利に使えるのだろう。使いこなせないのは半分以上私に問題がある。とはいえ、あえて言えば私には以前のものよりもファジイ検索の網が狭いように感じられる点が不満である。

 

 また、ダイヤルなどを駆使して使うとき、年のせいでもたもたしてしまう。一人だけならゆっくり丁寧に出来るのに、人を待たせているとついあわててミスをする。そのために却って時間を食うのだが、それも全てナビのせいにされてはナビが可哀想なところもある。とにかく最新の機能について行けない年寄りが、その自分に腹がだってのぼやきであり嘆きであった。

 

 年寄りはぼやきが多いものである。高齢者を理解していない、そのもたつきを想定していないからといって怒るのは甘えであるが、年寄りというものはそういうものだというしかない。若い人はうんざりだろうなあと思う。

 次回はまた旅の報告に戻ります。

老々三人旅(4)秋山郷・蛇淵の滝など

見倉橋で昼食を済ませて、さらに405号線を南下する。そこから雑魚川林道という道を行けば志賀高原に至る。この日の宿は奥山田温泉というところだ。むかし、ここには三人で来たことがあるが、今回はその宿とは違う宿だ。見倉橋から少し走ったところに蛇淵の滝というところがあるというので見に行った。

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入り口の案内看板。徒歩十分ならいまの私でも行けるだろう。兄貴分のひとは車で待つというので長老と二人で行く。

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菜の花らしき花がたくさん咲いていた。

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長老がなんの花だろう、といって指さした花。わからない。

そこから階段を百段くらい降りていく。途中から滝の音が聞こえてきた。

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蛇淵の滝。垂直落下ではなく。急斜面を駆け下りる滝だ。

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背景を入れるとこういう景色。

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大量の雪融け水のために勢いがいい。

降りれば登らなければならない。池于牢は八十を過ぎているが、いまでもスポーツジムに通っているし、スリムだから軽快に階段を登る。私はときどき息を整えなければならない。

滝を堪能してさらに405号を南下していくと、右手全面に急峻な崖が見えてきた。氷河が削ったカールのように見える。車を停めるところがあったので写真を撮る。

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雪の深いところなのだ。

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谷も深い。下は中津川渓谷。

景色を愉しんでさらに進んでいくと通行止めの表示とがあり鎖で閉ざされている。ただし、急坂を下りる狭い横道がある。前に車がいて、しばし考えたと覚しきあとに、その坂を下っていった。戻るか行くか、われわれもちょっと相談した。戻るというと、とんでもなく戻らなければならない。前の車も戻ってくる気配がないので前進することにした。

案に相違して狭いけれど整備された山道はそのまま進むことが出来た。山を下り下りて切明温泉に至れば雑魚川林道は近い。かなり走って切明温泉らしき集落に到着。橋を渡れば雑魚川林道だ。ところが橋の手前に通行止めの立て看板が立っている。兄貴分のひとがそばの飯場らしきバラックの建物に入って様子を尋ねた。予想通り工事のひとで、すでに道路整備は数日前に済んでいるのだそうだが、管理する栄村の役場のひとが来て確認しないと通行止めの看板は外せないし、行くことは出来ないとのこと。

兄貴分のひとは立腹していたが、そのまま進むわけにも行くまい。そうなると戻らなければならない。戻るのも20キロや30キロではなく、もとの秋山郷を過ぎて野沢温泉の近くを通る国道117号線まで戻り、そこからぐるりと飯山側から志賀高原に向かうことになるから百キロ以上の迂回である。天を仰いだが他に道はないから仕方がない。

もと来た山坂を戻っていたら、三台連なった役場の車の列らしきものとすれ違った。

みんなで栄村の役場の悪口を言いながらも無事奥山田温泉に到着。日の長い季節で良かった。

 

2022年5月20日 (金)

老々三人旅(3)秋山郷・見倉橋

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苗場から17号線をさらに北上し、湯沢の先、石打から353号線へ左折する。目的地は秋山郷。そのまま進むと117号線に至るが、混むことがある道なので、途中から広域農道を通ってショートカットしようとしたのだが・・・。途中の橋の工事で迂回路へ行くよう指示があり、迂回してからどんどん方向が判らなくなっていった。そこで途中の事務所のようなところの女性事務員に道を聞いたのが間違いだった。あまり自信がなさそうに、来すぎたから元へ戻って踏切の先を左折せよ、などと言われた。そのとおり走るとどう考えても方向が違う。昼時だったので人通りがないところを、農家の玄関で声をかけて尋ねたところ、もともとの方向で良かったのだった。

農道だからナビの地図には表示されない道だったが、途中に秋山郷への道しるべがあったのでほっとした。狭い山道を通ってようやく本来の秋山郷への道である国道405号に合流した。そのままなんかして目印の見倉橋のたもとへ至る。ドライブインがあるのでそこで少し遅い昼食を摂った。山菜蕎麦はたくさんの山菜がはいって美味しかった。

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見倉橋。

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昼食を摂ったところ。

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目の前を中津川の急流が流れ下る。

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上流側。

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崖にツツジの赤い花が見えた。

ここから蛇淵の滝を見に行く。そうしてひたすら405号を南下すれば良いと思っていたのだが・・・。

(無名氏様から、高齢者の運転は反応速度も鈍っているから危険で、友だちとはいえ命を預かって走ることに対する危惧を指摘された。まことにご指摘の通りで、無事帰れたことは運が良かったと考えなければいけないと思った。今度はもう少し安全な道をいっそう慎重に運転するように心がけたい。)

老々三人旅(2)苗場ゴンドラドラ

二日目。法師温泉から国道17号線に戻り、北上して新三国トンネルを越えれば新潟県である。兄貴分のひとのリクエストで苗場ゴンドラドラというロープウエイに乗る。このロープウエイは全長5481メートルで日本最長だそうだ。乗っている時間も30分と長い。ロープウエイが好きなら大いに楽しめるだろう。

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最初はあまり高低のないところを行くが、このあたりで川に向かって一気に上り下りする。

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川のすぐ上まで降りる。

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川が雪庇の下へ流れ込んでいる。あまり見たことない景色だ。

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遠望するのは田代湖か。ダム湖のようだ。

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苗場、田代高原にて。兄貴分のひとと長老。

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それほどの起伏もなく、目を見はるような絶景でもないが、広々してゆったり出来る。コーヒーを飲んで一息入れ、下界に降りて、秋山郷に向かう。ところが・・・。

次回はとんでもないほどの迷走旅の話など。

老々三人旅(1)迷走

Dsc_6999法師温泉・宿の前の駐車場にて

長老(81)、兄貴分のひと(77)、私(72)のドライブ三人旅を、毎年一度か二度、愉しんできた。しかしこのコロナ禍のために、残念ながら三年以上中断を余儀なくされていた。そろそろ良いだろうということで、久しぶりの三人旅である。

長老と兄貴分のひとは大阪からなので、二人にはJR中央線の恵那駅までご足労願い、私が車で合流した。5月から12月まで中央高速のリニューアル工事で一車線通行だったり対面通行だったりするところがある。それを見越していつも以上に早めに出たら、早すぎるほど早く着いてしまった。前の晩からわくわくしていて、遠足前のこどものように嬉しくて早く起きてしまったのだ。

一泊目は法師温泉というところ。国道17号線で猿ヶ京から北上し、三国峠の手前にある。私は初めて行く。恵那から中央道を北上して岡谷から長野道を走り、更埴(こうしょく)で上信越道を東行し、藤岡から関越道を行く。高崎を通って月夜野まで走り、そこから国道17号線に出るというのが若干遠回りながら最も確実で早く行けるのは確認済みなのだが、別のルートを行こうということになった。

更埴から上信越道を上田菅平まで行き、そこで高速を降りて鳥居峠を越えて国道144号線を行くルートである。長野原から先、吾妻川沿いの景色を楽しめるだろうと期待したら、案に相違してそれほどのことはなく、ただただ地道を走ったと言うだけだった。そして最後に沼田を通らないで17号へ出るためのショートカットの道として、兄貴分の人が提案した道を行くことにしたのだが・・・。

途中でナビの指示と兄貴分の指示とがドライバーの私の頭の中でごっちゃになってしまい、どこを走っているのかわけが分からなくなり、ショートカットしたのか、却って無駄に走ったのか判らなくなった(あとで地図をよく観たら、兄貴分のひとの指示の方が正しかった)。でもとにかく17号に出ることに成功したことはした。二度ほど泊まったことのある湯宿温泉を過ぎ、赤谷湖の前で小休止、猿ヶ京を過ぎて脇道へ降りる。これが法師温泉への狭い道。道は温泉で行き止まりである。

宿の駐車場は車が一杯。満を持してひとが繰り出しているのだろう。古い宿で、部屋は奥まった広い静かな部屋ではあったのだが、小さな階段を登ったり降りたりするので迷路のようだ。案の定風呂へ行った帰りに迷子になった。夜は爆睡。

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部屋の窓からの景色。

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八重桜が咲いていた。ここは春が遅いようだ。

2022年5月19日 (木)

無事我が家に到着

 先程、無事、我が家に到着した。下界は暑い。

 今回は狭い山道を走り回ったので、いささかくたびれた。

 同行の長老は紳士で、兄貴分のひとは物知りだけれど口が悪い。弥次喜多道中でわいわい楽しく旅が出来た。私もくたびれたけれど、二人の方がもっとくたびれたことだろうと思う。行ける間にもっとせっせと行きたい。

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今日立ち寄った茶臼山高原。リフトで上がって芝桜を見た。

あとで詳しく報告するつもりである。

2022年5月18日 (水)

やっと晴れた

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ただいま三泊目の昼神温泉にいる。

今日の午後、木曽駒ヶ岳のロープウエイに昇った。三日目にして初めて快晴。2600メートルの山頂駅から木曽駒ヶ岳2900メートルの頂上を望む。

旅の報告は明日帰宅してからゆっくりするつもりであるが、とりあえず中間報告として。

2022年5月16日 (月)

ちょっと旅行に行きますので・・・

 年上の友人二人と旅行に行くので、数日の間、ブログの更新がほとんど出来ないと思います。パソコンは持参しますが、あまりパソコンをいじる時間も余裕もないと思います。帰ったら、撮った写真とともにゆっくり報告をするつもりですのでよろしくお願いします。

 

 では行ってきます。

2022年5月15日 (日)

「私でも返さない」

 山口県阿武町の誤送金着服逃亡事件は中国でも話題になっているそうで、この顛末を笑い、「私でも返さない」などとの書き込みがあるそうだ。中国人なら返さないかもしれない、などというのは偏見だが、ありそうな気がする。つまり普通の日本人なら事情が分かれば返すのが当たり前だと思うから、みなに非難されるのだろう。

 

 私が想像するに、彼はたぶん善意の第三者に相談したのだろう。その善意の第三者のアドバイスに従い、今回のような行動をしたのではないか。交通事故などでも、第三者の助言をうけると急に威丈高になるという事例はよくあることで、たいていこういうときの第三者は損得を基準にアドバイスするものだ。

 

 しかし、この金を持って一生安楽に暮らせるかと言えば、それほどの金でもない。どこかで就職するとなれば新しい住所、住民票が必要になるし、健康保険もなければ医者にかかるのもたいへんだ。あぶく銭というのはたちまち雲散霧消するものである。何より、今回の善意の第三者というのが反社会的な人物だと、最悪の場合は彼の金は奪われ、彼の生命も危うい可能性がある。

 

 こんな金が手にはいったことを羨んだりしないことだ。

自治会の会合

 今日午前中は自治会の会合だった。本来なら組長総勢六十人ほどと自治会の委員が全員あつまっての総代会のはずだが、マンションの集会場が一杯になるので、私の棟のみの分科会形式である。別の棟は別の日に行われる。

 

 役員から連絡事項などが説明されたあとに、八月の夏祭りの役割分担を決めた。コロナ禍の前までなら飲食店がいろいろあって、私はいつも焼き鳥にエントリーする。しかし飲食店は今回はなし。代わりにこどもが喜びそうなゲームなど、さまざまな催しが企画され、私はヨーヨー釣りを引き受けることになった。道具はすでにあるので、祭りの当日に設営するだけで済むらしい。

 

 自治会の会長はいろいろ問題のあるひとの実例を出してぼやいていた。共同生活で輪番制で回ってくることを拒否するばかりでなく、なんでそんなことを引き受けなければならないのか、と電話で怒鳴り込む輩もいるという。社会的役割についての認識のない人間の話にはうんざりする。それでも思ったより早く終わったのでありがたかった。たいていどうでもいいことを質問するひとがいて、無駄な時間がかかるのだが・・・。

過去について考える

 NHKBSの『世界のサブカルチャー史』という番組で、1950年代と1960年代についてまとめたもの、二本を観た。六月は1970年代と1980年代を放映するようだ。その時代が大きな変革期だった、とよく言われるが、あとから見ればどんな時代も変革期なのかもしれない。まだ来ない未来がいまになり、過去になっていく。現実にやってきた時代は想像していたものと同じであることはまずない。だから未来は延長線上に見えていたものと違うという意味で、変革があったと感じられるのだろう。

 

 取り上げられている時代をリアルタイムに生きた人間として、その時代に何を感じ、未来に何を想像していたのだろうか。日記らしい日記をつけていたわけではないし、いまのようにブログに書き留めてもいないから、よく判らない。思い出はほとんど自分によって改変されているから、不確かである。

 

 番組を観ていて、時代が若者のものになっていったということをあらためて強く感じた。秩序よりも自由を求める若者の声が世のなかを席巻していった。サブカルチャーの側面から眺めるからとうぜんそうなるのだが、実際そうであったのだと思う。抑圧されていたものが解放され、差別が糺弾され、女性の発言権が増大した。いま当たり前のことが、つい半世紀ちょっと前までは当たり前ではなかった。

 

 そうして得たものと喪われたものがあって、喪われたものにけっこう大事なものがあることをこのごろ強く意識するのだが、それらは長い年月をかけて人間が獲得したものだったりする。取り戻すのは困難だろう。得たものと喪われたものの差引勘定ははたしてプラスなのかどうか。

 

 過去を考えることが現在を考えることにつながることは、判っているつもりなのに忘れているものだ。

 

 それにしても当時の若者の多くには熱気と活気があった。2010年代や2020年代のサブカルチャー史が語られたとしても、私には無縁の世界に思えるだろう。すでにリアルな現在に生きていないのかもしれない。

2022年5月14日 (土)

連想する

 ウクライナに侵攻したロシア兵士たちの、戦争犯罪としか呼びようのない行為の数々が報じられている。映像記録として残されてしまったものは、確認された事実としていつか断罪されることになるのだろうか。戦争だから許されることと、戦争だからと言って許すべからざることとがあって、彼らの行為はその許すべからざることだ。

 

 連想するのは、太平洋戦争末期、日本の敗戦の直前にソビエトは突然日本に宣戦布告して満州に攻め込んだ。ソビエトはドイツとの戦いで疲弊していたから、日本に送り込んだのは重罪犯罪で刑務所にいた人間が多数含まれていたという話がある。満州開拓民たちの多くがそのソビエト兵によって略奪され、強姦され、殺された。

 

 そういう犯罪者たちがいたから起きた悲惨な戦争犯罪なのかと思っていたが、どうもロシア兵というのは本質的にそういう行為を何とも思わない兵隊たちなのかもしれないと思ったりする。ウクライナが降伏せずに命がけで徹底抗戦するのは、それを過去の経験から知っているからかもしれない。

猫なで声

 CMや番宣の氾濫に腹をたてながら、それでもテレビ人間を卒業できずに、一日のかなりの時間をつけたテレビの前で過ごしている。そんな私がいつも不愉快に思っているのが、テレビ局の猫なで声、お為ごかし、迎合の気配である。

 

 若者に対して、女性に対して、そして老人に対して、弱者に対して、こどもに対しての、そのような物言いはいかにも対象を尊重しているように聞こえる。しか幼児に対して幼児語で話しかけるおばさんに似ているその猫なで声がわたしは大嫌いである。

 

 私の祖父母は共に明治生まれで、けっしてこどもに幼児ことばで語りかけたりしなかった。その分こどもにも然るべき人格を認めていたのだと思う。だから甘くなくて厳しく叱ったから、孫筆頭の私以外は、みなおそれてあまり近づかなかった。私だけはそういう祖父母が自分を認めてくれていることが分かったから、ちっとも怖くなかった。

 

 敬意を表すること、つまり相手をリスペクトすることはまず人間関係の基本である。猫なで声、迎合にはそのリスペクトが感じられない。自分は正義だと勘違いしているネット中傷者、被害者や遺族に平気で無神経な取材をするマスコミには、相手に対する敬意のかけらもない。そういう人間関係の基本を身につけ損なったまま姿だけおとなになったひとがひしめいている。それをリードして来たのがテレビで、ネット社会は匿名をいいことにさらにそれを助長しているようである。

 

 そういう基本は社会から一度失われると、取り戻すのに長い年月が必要で、ほとんど絶望的だと思っている。いまは、ちゃんとわきまえている人とだけ付き合うことでかろうじて息を継いでいる。

作家の眼

 川端康成は写真でも判るように相手のこころの中までのぞき込むような眼をしている。その凝視は恐ろしいほどだったようだ。山口瞳が鎌倉に住んでいたときに川端康成が近所に住んでいて、家族ぐるみで親しくしていて、そのことも含めて『隣人・川端康成』という文章を残している。それを読むと人間としての川端康成が見えると同時に、あの凝視が浮かび上がってくる。その凝視はことばでは何も語らないけれど、一つ間違えばこちらを切り捨てかねない緊張感をはらんでいる。

 

 同様の作家の眼というものの緊張感は、中勘助が師である夏目漱石に感じたものであり、およそ本物の作家にはそのような常人を超えた透徹した眼をもっているようだ。その中勘助が書いた随筆集を読んでいても、強く感じられる。書きこまれた細部の描写はそういう眼があってこそ生み出せるのだ。夏目漱石と中勘助が互いに見たものを語り合うときの、何をどう見たかの確認は、剣豪の真剣勝負のようにさえ読める。

 

 それらの文章は昔読んだものも多いのに、今度特にそれを強く感じたのは、むかしはそこまでその緊張感と集中力の気配を読み解けていなかったということで、いったいなにを読んでいたのだろうと思う。こうなると読んだと思った本をもう一度読み直さなければ読んだことにならないとさえ思う。これでは時間が無限に必要だ。

間接的な仕送り

 妻が長期入院していて、場合によって息子や娘に仕送りを頼まなければならなくなるかもしれないと話していたが、さいわい公的補助もあって、今のままなら私がふらふらと温泉に行ったりしても仕送りを頼む必要はない。

 

 先週、息子が帰省していたとき社会保険料や税金が高い、とぼやいていた。彼ら夫婦は共稼ぎであるが、新居のマンションを買ったからなかなかたいへんなようだ。私の時代とはだいぶ負担の重さが違うようだ。よく考えたら、私や妻の年金や医療費は、彼らの支払っているお金が回ってきているのだ。それを思えば、何のことはない、直接ではないけれど彼らが仕送りしてくれているのとおんなじことなのだ。すまぬことだと思う。感謝しなければならない。ありがとう。

2022年5月13日 (金)

うまく息が出来た

 今回は特に具合の悪いところがなかったので、歯科の定期検診では歯石の除去とクリーニング、フッ素処理のみであった。歯石の除去のとき、うまく鼻で息が出来ないので苦しい。できる限り我慢するが、我慢していると顔が赤くなるので処置をしてくれているひとにも判るらしく、頻繁に休憩を入れてくれる。最近は次第に鼻で息が出来るようになり、今日は完璧だった。まったく苦しくない。やれば出来るし、いままで出来なかったのが嘘みたいだ。

 

 歳とともに平熱が少しずつ下がり、いまは36度前後であったが、この二週間ぐらい、昔のように36.5度を前後している。なんとなく身体が熱い気がするが特に具合が悪いというほどのことはない。平熱が下がるとともに足が冷えるようになっていたのだが、不思議なことに平熱が戻ったら足がほてるようになった。もともと私は足から放熱する人間で、裸足でいるのが快適だ。別に脂性ではない。靴は一日はいても臭くなったりしない。

 

 平熱が高くなったのが一時的かどうか判らない。もともと汗かきだが、体温を上げることでさらに汗をかきやすくなるような気がする。それを無理にクールダウンしないで、せっせと汗をかくように心がけると体重も少し減りそうな気がする。現にかなりむくんで増量していたのが減り始めて、足のむくみもほとんどなくなった。新陳代謝が活発になっているのだとしたら、たいへんけっこうなことである。

まとまるとたいへん

 11日は来客があり、昨日は二日酔いで、しなければいけないことがいくつがあったけれど「明日でもいいことは今日しない」というのがリタイア後の私の生き方なので放置したら、あたりまえのことだが三日分の用件がたまってしまった。来週は長老や大阪の兄貴分の人と旅行に行くし、土日では片付かない用事ばかりなので、今日できる限り済ませておかないとならない。午前中に出来ることをととにかく片付け、午後は妻の病院に行き支払いを済ませ、帰ったら予約してある歯医者の定期検診を受ける。

 

 雑用もまとまると次から次に片付けないといけなくなってたいへんだ。「今日できることは今日のうちに片付ける」に宗旨を変えようかな。

実感

 歳をとると悲憤慷慨、繰り言、自慢話が多くなる。しばしばそれがくり返されエスカレートする。それを見てきた自分がいま同じことをしている。知っていて解っていたつもりで抑えようとするけれど、抑えられない。知っていることと実感することは違うのだと実感する。

 

 ニフくじを毎日四回回す。外ればかりのときも多いけれど、ときに1ポイントや2ポイントゲットすることもある。塵も積もればで、たまるのを楽しみにしている。今回なんと5000ポイントの大当たりが出た。当たりが出ることもあるのだ。喜ぶよりも先に、びっくりしてしまった。

2022年5月12日 (木)

必要性が急浮上しているそうだ

 アメリカの金利が上昇していることで、世界で運用されていた世界のお金がアメリカへ還流されつつあり、日本が円安になっているように、さまざまな国の通貨がドルに対して安くなっている。そうして韓国のウオンも対ドルに対して安くなっているようだ。過去、似たような事態になったときに東南アジアや韓国はデフォルトの危機に陥った。そういう危機を救うのが通貨スワップである。

 

 韓国の中央日報の記事によれば、韓国の新大統領の少数与党である「国民の力」の副首相兼企画財政部長官が、「政治的問題や両国間の感情問題を離れて必要ななものを互いに助けて協力すべきだという立場から韓日通貨スワップを再開すべきだ」と述べたそうだ。

 

 むかし日本は韓国に対して巨額の通貨スワップの協定を結び、韓国の危機のときに韓国を救う一助をした。その韓国は自国が豊かになるとともに反日政策を進めた。他国を敵とすることで国内をまとめようとしたのだろう。中国やアメリカを敵にするとどんな報復があるかどうか判らないが、日本は何をしても報復しないから都合が良かったのだろう。それとともに日本との通貨スワップ継続を打ち切った。その時日本は繰り返しそれでもいいのか、と韓国に確認したが無視された。

 

 韓国との通貨スワップ協定は、片務的である。円は国際通貨として国際的に通用する。だから日本が韓国を助けることには有効だが、ウオンはそうではなく、国際的に信用もないから、韓国が日本を助けるという事態はそもそもあり得ない。「互いに助けて協力」しようがなくて、助けるのは常に日本で、助けられるのは韓国ということになる。それでも日本は継続しなくて好いのか、と確認をしている。ついには、韓国は「日本にスワップを結んでやっていたが、もう結んでやらないのだ」と国民に説明していたようだ。韓国は通貨スワップについて過去の経緯を含めてほとんど理解していない。

 

 政権が代わるたびに国と国との約束を平気で破り、恩を恩とも感じない国である韓国が、保守政権だから日本と親和的になった、と甘い顔をみせていいものかどうか。もし締結する事態になれば、韓国側の報道は「日本が望んでいるから結んでやった」という論調になることだけは間違いない。結ぶのなら日本はその見返りを求めるべきだし、両国の国民に判る形で示すべきだろう。そうすれば国民には通貨スワップの意味も初めて理解されるだろう。

「必要性が急浮上」しているのは日本ではなくて韓国なのである。

また来る

 昨夕、犬山の兄貴分のひとが来宅して、まことに楽しく歓談した。半田の盛田酒造の酒や、つまみなどを持参してくれた。その酒と山口の『獺祭』と宮城の『浦霞』とを飲み比べながら、ビールも飲んだので今朝は二日酔い。後片付けは半分だけ昨晩のうちに済ましていたが、少し残っていたので今朝きれいにした。

 

 先輩はとても健康に留意していて、むかし以上に食べるものにも神経質になっていたが、飲み進めるうちにいろいろと手を出してくれたのはさいわいであった。

 

「とても楽しかったからまた来る」と言って帰っていったから、本当に楽しかったのだろう。嬉しいことである。

 

 娘のどん姫や弟夫婦以外はひさしく我が家にひとが来ていない。息子でさえ二年ぶりである。だから来客があるのはとても楽しいことを改めて実感した。

2022年5月11日 (水)

本日の献立表

1.カニカマ
2.スナップエンドウ
3.鶏皮湯引き、刻みネギとポン酢
4.刺身盛り合わせ
5.カボチャ煮付け
6.タマネギ揚げ物焼き
7.新タマネギ鶏そぼろあんかけ
8.野菜スープ
9.鶏もも肉の付け焼き

 

仕上げはコーヒーとヨーグルト・ジャム添え

 

ビールはスーパードライ、酒は獺祭。

 

点数だけは盛りだくさんだけれどたいしたものはない。何しろ食材がかぶりまくっている。それでも喜んでもらえるかな。さあ飲もう。

来客準備

 三時過ぎに来客があって会食するので、午前中は掃除と料理の下ごしらえをした。まだそれが終わっていない。たいへんだけれど料理の手順を考えるのは案外楽しい。いつも独りで食事しているのが、作ったものを誰かが食べてくれるというのは嬉しいものである。息子たちが来てくれたときに実感したばかりだ。

 

 人のところに行って歓待されるのは嬉しいと同時に気遣いもあるけれど、そのあとの印象が好いかどうかは、歓待した側も嬉しがってくれていたかどうかによるのなのかもしれない。

 相手に気を遣ったことを感じさせないように気を遣うというのは、おとなの付き合いの基本だけど、なかなか難しい。

 

寝そびれて本を読む

 乱れていた睡眠が、このところ安定していたのだが、昨晩は寝そびれた。眠れなくてもじっとし続けていればたいてい眠りにつけるのに、想念が駆け巡って止めどがない。仕方がないのでスタンドの灯りを点けて横に積んである本の中から『日本の地名 おもしろ探訪記』などという本を読み始めた。最初が愛知県でなじみのあるあたりなので、やめられなくなった。頭が情報であふれかけてきたので三分の一ほど読んだところで本を閉じた。

 

 あふれればこぼれる、書いてあることが上滑りする。もう少し読みにくい本を読もうと思って、『奥野健男作家論集』という評論集の太宰治論を読む。この奥野健男というひとは、理科系出身者で三田文学の文学評論の論客の一人である。太宰治論で知られているが、戦後の文学界が判るし、そして文学というものをその時代がどうあるべきだと捉えていたのかもちょっと判る。

 

 それでも眠れないので読みかけの『中勘助随筆集』を読む。冒頭の『妹の死』を読むと宮沢賢治の妹、トシの臨終を謳った『永訣の朝』を思い出したが、昨晩は『母の死』の部分などを読む。自分が目の当たりにした私自身の母の死と重なって、その光景が眼前に浮かんでしまった。

 

 さすがに読み疲れてようやく眠りについた。寝たと思ったら朝になっていた。

2022年5月10日 (火)

まとめて来る

 細かい雑用が(細かいから雑用というのだが)まとめて押し寄せてきて、ちょっと手順をつけるのにうろうろしている。ならしてやって来ればどうということはないのに、雑用というのはたいていこんな風にムラがある。テキパキ片付ければ良いのに、ちょっとキャパを超えると手が止まるから、却って手間取る。まあ出来ることからするしかない。現役中はもっとたくさんのことをこなしていたのだから。

 

 やることがあるというのは生きている証拠みたいなもので、ありがたいことだと思わなければならない。

 

 そういうときに限って家の中のレイアウトを無性に変えたくなったりする。変えたらもうちょっとだけ暮らしやすくなるのではないかなどと考える。大きなものを動かすのは一人では出来ない。息子がいるときに思いつけば良かったなどと思っている。いまの状態に折り合いをつけて、どう気楽に暮らすか考えるべきなのかな、などとも思う。

 

 そうこうしているうちに雑用のいくつかは芋づる式に片付いていった。目処が立てば気持ちも楽になる。明日は兄貴分の人が来る。酒も用意した(今回は「獺祭」)し、食べるものもいちおう考えた。なるべく席を立たずに済むような簡単なものを作るつもりだ。冬なら鍋があるから楽なんだけど、そうも行くまい。

日系企業だけ?

 中国での日系企業の自動車販売が大幅に落ち込んだとニュースで報じられた。新型コロナ禍に対する大幅な外出規制により、物流が滞り、ICの供給も足らず、従業員が出社できないという事情があるのだという。ところでそれは日系の会社だけなのだろうか。中国の車や韓国、ドイツの車の販売がどうであるかが報じられないので比較ができない。全て減っているのだろうけれど、そこにどのような違いがあるのか、それが最も知りたいのに。
 
 ところで、スリランカでは暴動が続いていて政権が崩壊したようだ。民衆の怒りは物価の暴騰、借金まみれの国家運営に反発してのものだという。スリランカといえば、中国からのばくだいな借款により、国が傾き、そのカタとして重要な港が中国の軍港として奪い取られた国である。借金まみれなら国の貨幣価値は下がり、物価が上がるのは成り行きで、そこにウクライナへのロシアの侵略でエネルギーや食糧が不足し、値段が上がり、さらに中国の物流停滞が波及したから国民の不満が爆発したようだ。

 

 スリランカの政権には中国政府から巨額のキックバックがあり、それで支配層の一族が懐を肥やしたのも怨嗟の原因だろう。

 

 貧しい国に食い込み、借金まみれにしてその国の権益を奪っていくというのは中国の常套手段である。しかし、その中国からの弾が続かなくなったら、その国はスリランカと似たような経緯を辿るのではないか。そして中国が得た権益だけが残るのだが、それらの国に貸した金はどうなるのか。踏み倒されるしかないだろう。金の切れ目が縁の切れ目である。

 

 中国は発展し続け、繁栄し続けなければ、いままでのような手法が通用しないだけではなく、そのツケの支払いをしなければならなくなる。ロシアが衰退して世界が中国と正面から向き合うようになれば、そのやり口が明らかになり、中国はいままでのようには繁栄を続けられないだろう。中国と組むことに疑念をもつようになるからだ。そうなれば国民の不満が高まって・・・。という近未来を妄想しているのだが。

曾野綾子『人間の分際』(幻冬舎新書)

 明け方目が覚めたら早すぎたので二度寝をしたら、変な夢を見た。会社で支給されていたスマホがウイルスに汚染されてまったく使えなくなってしまった。上司に報告したいのだが、なかなかあってくれない上に、どうにか会ったらまったくとりあってくれないで途方に暮れてしまう。業者に持ち込もうと思うがどこに行けばいいのか判らない。

 

 そのあといろいろあったけれど、とにかく目が醒めたら夢だったことに胸をなで下ろした。現役を離れてずいぶんになるのにいまだに仕事が頭から離れない。ところで会おうとした上司がだれだったのか、それがどうしても思い出せない。

 

 曾野綾子の『人間の分際』という本は、昨日病院の待ち時間の間に読了した本で、過去に書いた随筆や小説のさわりの部分を集めてテーマ別に編集したもの。読んだものも読んでいないものもある。どこをさわりとするかということで言えば、微妙に私の受け取りと違う。まあそういうものだろう。

 

 引用したくなるようなものが多いがきりがないので、アフリカのルワンダでおきた民族どおしの争いでの大虐殺をめぐって彼女が書いたものから。

 

 アフリカでは、しばしば虐殺が起きる。ルワンダのツチとフツとのあいだの抗争の記録など、恐ろしいものである。
 その理由の一つは貧困、一つは教育が普及していないこと、一つは部族間には通婚がなく、その抗争がずっと続いていたからだ。
 殺しは殺さないでいるうちには、血も凍る恐ろしいことだが、殺し始めると、むしろ快楽になるらしい。相手の部族には長い間の社会的、経済的な恨みがある場合が多いから、殺す理由、復讐する理由は充分にあるのだ。(中略)
 殺し始めれば、殺しもたいしたことはない。人はすぐ、相手を殺す理由くらいは見つけだす。教育がなくても、これだけは見つけられるのである。
 ひとごとだと、私たちは思わない方がいい。貧しさも苦悩も知らない世代は、すぐ「切れる」のを当たり前にしている。アフリカの人々の方がずっと忍耐力があって切れないのだ。それでもこういうことをする。切れやすい人はもっと簡単に平和主義者からテロリストに変身するだろう。

2022年5月 9日 (月)

待たされる

 本日の泌尿器科の検診は、医師の都合で一時間以上も遅れた。おかげで三時過ぎには終わるはずが、帰宅したのは四時半を過ぎていた。これから夕飯の支度をしないといけない。さいわい検尿の検査結果は特に大きな問題なし。慢性菌は相変わらず前立腺に定住しているものの、悪さをしないでおとなしくしているようだ。

 

 読みかけの本を二冊持って行って良かった。一冊を読み終わり、もう一冊も三分の一ほど読み進めることができた。待たされても本があれば大丈夫。

 

 大阪の兄貴分の人が「来週の旅行の宿泊予定地の封書を送ったけれど着いたか」と6日の夜に電話をくれたけれど、その時には未着。今日帰宅して郵便受けを見たらあった。だんだん郵便の配達が遅くなってきた。ハルさんのブログで事情は承知しているので、仕方のないことだと思っている。民営化して良いものといけないものとがあるのかもしれないと、いまさら思っても、もうどうしようもないことだ。いまに配達できない地区などというのができるのではないか。損得だけ言っているとそうなる。

 

 明後日は犬山の先輩が我が家にやってくる。粗餐の支度をしなければならない。久しぶりだから楽しみだなあ。七十二にもなって、それでもつい昔みたいに甘えてしまうのだ。

福沢諭吉『福翁自伝』(岩波文庫)

 小泉信三は巻末の解題で、これは自伝文学の傑作だと賞賛している。私は自伝をそれほどたくさん読んでいるわけではないが、この解題の中でルソーの『告白』と比較してその違いを鮮やかにさせていて、たまたま私もルソーの『告白』を若いころ読んでいたからその指摘の意味は分かり易い。小泉信三はルソーの『告白』を露悪的としているが、それは福沢諭吉の『福翁自伝』が正直な自伝ではないといっているのではなく、福沢諭吉とルソーの個人的な性格の違いによるものだろう。

 

 これは福沢諭吉が明治30年(64歳前後)頃から速記による口述筆記をしたものを諭吉自身が文章に整えたものである。口語体の文章がまだ整わない中で、これはとりわけ先進的な口語文の文章となっている。だからそのままでとても読みやすいし判りやすい。

 

 九州中津藩の下級武士であった父の任地の大阪屋敷で生まれ、父の死とともに一家は中津に戻ってそこで育ち、蘭学を学ぶことを志して長崎へ行って学ぶ。事情があって中途で中津へ戻される。向学の志やまず、父のあとを継いで大阪屋敷にいた兄の元に転がり込んで緒方洪庵の塾に入塾し、苦学して頭角を現すが、その兄が病死してしまい、ふたたび中津へ戻らざるを得なくなる。

 

 中津では彼の居場所はない。彼は母を説得してふたたび大阪に戻る。緒方洪庵に世話になりながら塾頭として学び、かつ教える日々のあと江戸へ行くことになる。そこで英語を学ぶ必要を実感し、横浜で英語を身につけていく。英語ができることを買われて幕府の遣米船、咸臨丸に乗りこむことになる。帰国後、さらに幕府のヨーロッパ使節団に加えられ、さらにふたたびアメリカに行き、見聞を広めていく。

 

 その間に尊皇攘夷、倒幕の機運、幕府崩壊を目の当たりにする。激動の時代を地方の小藩の下級武士である福沢諭吉が、個人の目を通してどう見たのかが克明に記されている。何よりも彼は他の草莽の志士のような熱に浮かされたものの見方ではなく、冷静に距離を置いた視点から眺めていた。さらに明治維新後の人びとの去就、西南戦争に至る武士社会の完全な終末、海外との関係など、歴史的視点で書かれたものとは違う、リアルタイムの個人の目から見た歴史を体感することができる。

 

 個人の矜持、自恃という、人間として最も大切なものを貫いて生きた男の、胸を張っていい生涯の話である。

 

 とても読みやすいし、読む値打ちのある本だと思う。

ドラマの見過ぎ

 昨日は昼前からWOWOWで放映された英国スパイサスペンス『レッド・エレクション』という、全十話のドラマを一気観したのでくたびれた。さらに『鎌倉殿の・・』も観たし、ドキュメントも観た。テレビの観すぎで頭がぐちゃぐちゃである。

 

 本日は午後から泌尿器科の定期検診。子供たちが来たときの飲み過ぎと疲れから身体がだるかったが、そういうときはすぐに排尿が濃くなり濁るけれど、今のところ大丈夫だ。今週奈良に行くのは、やはり天気が悪そうなので中止することにした。代わりに先輩が我が家に来てくれることになった。二年半ぶりか、それ以上に久しぶりで、話したいことが山のようにある。ささやかに料理を用意するつもりだ。

 

 昨夕、妹から電話があった。私の誕生祝いのことばの後に、昨年脳出血で倒れた義弟の回復がはかばかしくないという話を聞いた。弟から転院したことは伝え聞いていたが、リハビリにはいるどころではないという。慰めようもないし、元気を出せと軽々しく言うわけにも行かない。今のところ自宅での介護は難しいようで、専用の施設を探すことになるかもしれないそうだ。面会もなかなかできないらしいから、見舞いに行くわけにも行かないが、私も会いたいし、妹も会いたがっているようなので、月末か来月早々に妹に会いに行くつもりである。

2022年5月 8日 (日)

入国拒否リスト

 ロシアが発表したロシアへの日本人入国拒否リストの人選がどういう基準なのか首を傾げる向きもあるらしい。とはいえ、おおむねなるほどと理由に思い当たる役職や立場の人が選ばれているようにも思う。意外に思われる人というのが、テレビによく出ている人だったりするという指摘もあり、ロシアの選定基準が日本にいるロシアのスパイの情報によるとしたら、ロシアのスパイは日本のテレビをよく観ているのかもしれない。

 

 日本共産党の志位和夫氏が選ばれているのが意外だという人もいるが、いまのロシアは共産主義国家ではないし、共産党時代でも日本共産党は宮本顕治や野坂参三の時代はいざ知らず、その後、袂を分かっているという建前になっている。中国共産党とも連動しているわけではないことになっている。

 

 だから志位和夫氏は今回の拒否リストに名前が挙げられたことに胸を張っているのではないか。ロシアとの縁などないことや、平和志向の主張は本物であることの証明をロシアがしてくれたようなものであるから。

 

 私など疑り深い方で、万が一共産党が政権をとったら、安保条約を破棄してアメリカと縁を切るだけではなくて、そのかわりに徴兵制を敷くのではないかなどと考えるくらいだから、日本共産党がロシアや中国とつながっていないというのが信じ切れない。逆に志位和夫氏がロシアにリストに加えてもらったのではないかと・・・これはあくまで冗談だが、邪推したりしてしまう。

 

 アメリカと組み、西洋の民主主義の国々と組む日本が防衛力を強化することに強硬に反対している日本共産党は、ロシアにとって都合のいい党に見えるはずで、それを拒否するのは不自然ではないのか。それとも先般、日本共産党が違憲の存在だと主張している自衛隊を、防衛のために働いてもらうのだという、容認するとも取れる発言をしたのをテレビで観たからだろうか。

 ところで安倍元首相の名前がないことがちょっとした話題になっていたが、リストにあったのをプーチンが削除した、なんて話ならちょっと面白い。それなら安倍元首相と会ってもいいというサインかもしれないし、ただ日本側の反応を見ているだけかもしれない。阿倍さんがリストに載せないでくれ、と頼んだなんてことは、さすがの野党も邪推しないだろう。するのかな。

快晴の朝

 少し早めに目ざめた今朝は雲ひとつない青空。窓を開け放ったら、北側からひんやりした風が吹きぬけて、部屋にこもった空気を吹き飛ばしていく。子供たちが来たことで日常のリズムと違うペースになったのを、昨日一日かけて調整し、今朝は定常に戻った心地がする。

 

  今年は五黄の寅年で、今日は五黄の寅年生まれの私の誕生日で、次の五黄の寅年に私がいるとは思えないから、これが最後の五黄の寅年の誕生日ということだ。亡くなった父も五黄の寅年生まれだったので、生きていれば108歳ということになる。父の誕生日は5月10日なので、明後日だ。娘のどん姫が6日、私が8日、そして父か10日と二日違いずつでならんでいる。

 

 2日と6日を休めば10連休の人もいたゴールデンウイークも今日で終わる。始まったものはたいてい終わる。宇宙だっていつか終わる。人もいつか必ず死ぬ。戦争も永遠には続かない。永遠に続かないけれど、どういう終わり方に突き進むかで惨禍は違ってくる。最悪は核戦争を伴う第三次世界大戦で、プーチンが自暴自棄になってなにをするのか心配だ。いまの戦争は、対岸の火事などと思っているとあっという間に此岸の火事になるのを人はなかなか実感しない。終わりは思いがけない形でやってくるものだ。

2022年5月 7日 (土)

買い取り

 固定電話を置いているので、ときどき電話がかかってくる。友人知人はみな私の携帯の番号を知っているから、かけてくるのは携帯の番号を知らせたくなくて固定電話番号しか知らせていない相手か、不特定な相手からの電話である。

 

 たまにかかってくるおかしな勧誘の電話は煩わしい。切ろうとしてもしつこいし、あまり乱暴な応対をすると口調がガラリと変わっておそろしい。だからふだんは留守電にしていたのだが、二三ヶ月前から固定電話のやりとりの必要な相手があって、このところ直接出ることにしている。

 

 最近多いのは買い取りの電話だ。今日、または明日、近くを買い取りに回りますので不要なものがあれば立ち寄ります、などという。以前、弁舌が異常に巧みな若い男が飛び込みできたことがある。その時に私は粗大ゴミを有料で引き取る業者と勘違いしてやりとりした。そうして話しているうちに貴金属などを買い取るのが目的であることが判った。お引き取り願おうとしたが、ないはずはない、としつこいのにうんざりした。

 

 だいたい手口の見当もついた。もちろんまともな業者もいると思うが、多くが一度玄関を開けて受け入れるとなかなか帰らずに二束三文で買い取られることになるのが落ちだと思う。丁重にお断りするが、たいていかけてくるのは女の人で、丁寧な言葉遣いで感じはいいけれど、とてつもなくしつこいこともある。ひまなときにちょっとだけ冷やかしたら、なかなか電話が切れなくてうんざりした。欲を掻いて期待したら必ず後悔するのではないかと推察している。

テレビの音がクリアに聞こえるスピーカー

 息子が誕生祝いだと言ってAmazonに頼んでくれた、テレビの音がクリアに聞こえるスピーカーが配達されてきた。さっそくテレビのイヤホンジャックにつないで鳴らしてみた。

 

 人によって効果を感じなかったりするという評価もあったが、さいわい私にはとても効果がある。ニュースのアナウンサーの声がくっきりと聞こえる。音量レベルを私のテレビの目盛りで2~3落としてもちゃんと聞き取れるようになった。いままで音が濁ってモコモコしていたのが、音のピントが合いやすくなった実感がある。もともと若いときはこういう風に聞こえていたのだと思う。

 

 唯一残念なのがこのスピーカーがモノラルであることで、ドラマや映画を観るときには不満である。その時はAVアンプで外付けのスピーカーを使うことにする。

注目

 プーチン大統領が、イスラエルの首相に対して、ラブロフ外相のヒトラーはユダヤ系だという発言を謝罪した。ロシアのウクライナへの侵略軍事行為を正当化するためとはいえ、ウクライナ側をナチスだという主張はあまりにも荒唐無稽に聞こえる。

 

 しかしロシア国民のかなりの人びとはそれを真に受けているのか、または真に受けたふりをさせられている。20世紀初めにロシア革命によって結果的にソビエトという独裁国家が誕生し、世紀末にソビエト連邦という共産党支配の国家は崩壊した。スターリンによって徹底的に情報管理されたゾビエトは、反対するものの粛清の恐怖を国民に刷り込み、それはいまも消えずにいるように見える。

 

 望むと望まざるに関わらず、支配者の言い分を黙って受け入れる習性がしみこんでいるのかもしれない。さまざまな情報をとり、自分で考えることのできる人間は次々に粛清されていったし、いままたプーチンによってふたたびその悪夢がよみがえっているようだ。結果として従順な国民が選別されていった国がロシア国民ということなのかと思ってしまう。

 

 明らかにプーチンは独裁者である。そして独裁者は無謬である。無謬であるから妄想による暴走も荒唐無稽な論理で正当化することになる。その無謬の独裁者が「謝罪した」のである。そのツケをラブロフに払わせるのかどうか注目している。ラブロフが不審な退場をするか奇禍に遭うようなら、ラブロフの発言はラブロフがプーチンの意思を忖度した彼の自発的なものだと考えられるし、なんの制裁も受けなければ、それはプーチンの了解を取り付けての、または指示による発言だったと考えられる。

 

 ただ、実際はプーチンの指示による発言だったとしても何らかの制裁を受けるというおそろしいこともあり得ることも考慮しなければならない。

2022年5月 6日 (金)

祭りのあと

 昨日昼前に、息子が広島から帰省してきた。最後に会ったのが一昨年の二月だから、ずいぶん久しぶりに顔を見た。娘のどん姫も午後やってきた。三人で午餐の支度をしながらいろいろな話をした。息子が呉の「雨後の月」の大吟醸という日本酒をぶら下げてきたし、私も「浦霞」の大吟醸を用意していたので、三人で酩酊するほど飲みながら、久しぶりに歓談した。二つの酒はまったく個性の違う酒であるけれど、とても美味い。

 

 夜九時ごろ、仕事を終えたどん姫の旦那が迎えに来てくれて、娘は帰ったが、飲み足りないし話したりなかったので息子とは夜中過ぎまで飲みながら話した。最後は何を話したかよく覚えていない。

 

 今日は息子ともども立派な二日酔い。しかし溜まっていたものを全て吐き出したので、爽やかな二日酔いであった。息子が誕生祝いで何か欲しいものはないか、というのであのテレビの音声がクリアに聞こえるというなんとかスピーカーをおねだりした。その場で息子はAmazonに注文してくれた。楽しみだなあ。

 

 午後、名残惜しそうに息子は広島に帰っていった。来る前は会うのが楽しみでわくわくしていたけれど、子供たちはそれぞれ自分の連れ合いのところに去り、もとの独りに戻った。祭りのあとは寂しいなあ。

2022年5月 5日 (木)

71位

 今年の日本の報道の自由度ランキングは71位(昨年は67位)だそうだ。北朝鮮、ミャンマー、中国やロシアよりはましだけれど、かなり日本の報道は自由度が低いと私も思っていたから、まったく意外ではない。意外だと思う方がどうかしている。

 

 報じた記事によれば、順位をつけたのは国際ジャーナリスト団体の「国境なき記者団」だそうだが、日本の評価が低いのは、オーストラリアや韓国と同様に、大企業が強い影響力を持ち、ジャーナリストが配慮して都合の悪いニュースを報じないで「自己検閲を行っている」からだという。

 

 ここでは大企業が悪いといっているのではない。「自己検閲を行っている」ジャーナリストが問題だ、といっているので、私もまったくその通りだと思う。圧力なんてかけられなくても忖度して自己規制しているようなジャーナリストなら、権力から本当に圧力をかけられたら言いなりになるに違いない。

 ジャーナリストは人の話を聞いて正しく伝えるのが仕事のはずなのに、インタビューの質問のお粗末さ、知性の低さ、そして相手の話の腰を折って勝手に持論をぶつける記者、そんなのをみせられているから、どうしたって評価は低くなる。何しろ裏をとらなくても平気(あの慰安婦問題の朝日新聞の誤報は、裏をとれはすぐに嘘だと判ったはずなのだ、それをなんと三十年も裏をとらなかったのだからおそれいる)だから評価できるわけがない。

 むかし記者は羽織ゴロと呼ばれた。羽織を着たごろつきということで、今は羽織を着ていないだけで違いがないと思いたくなるような、被害者や遺族、関係者への群がり方をしているのを繰り返しみせられているではないか。

借金と運用

 福沢諭吉の聞き書きである『福翁自伝』を面白く読んでいる。一日10ページから20ページのペースだからなかなか先へ進まないが、思ったよりも読みやすい。彼の「痩せ我慢」、つまり生き方のこだわりが、爽やかに感じられたりする。

 

 福沢諭吉が明治新政府を毛嫌いしたのは、新政府が攘夷派の権化のあつまりだと思い込んでいたからだ、と述懐している。それが思いのほか開国開明に展開したことで、自分の誤解だったと素直に認めている。

 

 幕末、そして明治に入って数年は、攘夷に凝り固まったまま時代の変化を理解できない者たちによる暗殺が横行した。福沢諭吉もしばしば命の瀬戸際に立ったことがあるようだ。何しろ緒方洪庵の塾で蘭学を学び、江戸へ出て英語の必要を感じて英語を猛勉強し、幕府付でアメリカに二度、ヨーロッパに一度行っているくらいだから攘夷派の標的にされることもあった。その思いが強いから、攘夷を毛嫌いしていたのだろう。

 

 福沢諭吉は借金が嫌いだからしたことがないと胸を張っている。そして金を運用するのも嫌いだからしなかったと語っている。慶応義塾を創設して学生がたくさん集まるようになり、ようやく金銭的に楽になってから、ずいぶん資産運用を持ちかけられたらしいが、嫌いだからまったくしなかったと語っている。私も、借金も資産運用もほとんどしなかったから、そのこだわりが判るような気がする。しないでなんとか老後を暮らてせていることは、運が良かったと思っている。

 

 リタイアしてすぐに車で九州旅行をした。国東半島を歩くのが目的の一つだったが、その時に中津に一泊したのは中津が福沢諭吉にゆかりがあるからだ。中津の街を歩き、中津で飲み、中津のお城や神社を歩いたことを思い出している。

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中津城、このときは工事中だったので中に入れなかった。

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お寺や武家屋敷のあるあたりの、この赤い壁が印象的だった。

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福沢諭吉の『獨立自尊』の碑。

2022年5月 4日 (水)

だからなに?

 子どものとき、名の知れた人と親戚だ、などと自慢しているのを聞いて、だからなんなのだ、と思ったりした。しまいには、テレビに出ていた「あの人」をそばで見たことがある、などというのをみんなで取り囲んで「わあすごい」などといっている。私にはそういう人がいないから妬んでいたわけではない。そもそもどうしてそれらが自慢になるのか理解できなかったのである。

 

 有名人や話題の人のところに人が群がるのも、あとで「わあすごい」と言われる快感を期待してのことなのかもしれない。私はそういう機会を求めて出かけるという気がまったくない。あれば避けて通るだけだ。

 

 曾野綾子が、他人の噂話が嫌いだと書いているのを読んで、同感した。その場合の噂話はたいてい悪口や「ここだけの話」というヤツで、それを語る人の優越感のようなものが不快だと曾野綾子が書いていて、なるほどその通りだと思ったのだ。金棒引き、という言葉があって、まさにそのような人が近所にいて母は内心では毛嫌いしていたが、相手にはその気持ちをさとられないように話を合わせていた。そうしないとよそで悪口を言われるからだ。それを見ていたから私も噂話が嫌いになったのだと思う。

 

 私だって誰かその場にいない人のことを話題にすることはある。知っている人の消息を聞いたり話したりするのは嫌いではない。そういうときは意識的にいいことを話すようにしている。もちろん悪口を言ったことがないなどと嘘をつく気はない。悪口を言ったこともあるが、自分の想像や妄想をふくんだ悪口は言わないように注意しているし、私が悪口を言う場合は、その人に対しての怒りが限界を超えてしまった場合に限られている。そこそこ我慢強い代わりに、いったん我慢できなくなるとかなりキツいことばになるのが私の悪い癖だ。後悔しても関係修復できないような、取り返しがつかないような失敗もしている。

 

 人間は他人の話をするときには、無意識に自分との相対関係を念頭に置いていて、そのことばは自分を持ち上げる傾向がある。私だったらあとで思い返して恥ずかしく感じるだろう。

 

 だから、「だからなに?」という話が嫌いだけれど、私もおとなになったから、そういう話でも黙って聞いている。くたびれる。

損得と賢さ

 堀江貴文氏が、「賢い奴は今どき大学なんか行かない」「経済的に損」だと持論を展開したそうだ。

 

 マスコミの人士は、いまだに社会は「学歴偏重」だと時代錯誤的に見ているようだが、実際に社会に出れば、出身校だけで人間を評価するような会社はたいてい衰退してしまうのが現実で、「学歴偏重」に見えるのとしたら、それは学歴のある人間がしばしばまともに勉強しているからにほかならない。その勉強とは、大学に受かるための受験勉強ではなく、大学に入ってから、本当に学んだかどうかという意味の勉強のことだ。高校までの勉強はまだ学ぶ準備段階でしかなく、本当に学ぶのは大学に入ってからの自主的な自分のための勉強だと思う。

 

 どんないい大学を出ていても、大学で本当に学ぶことをしていない人間は、社会に出てもそれなりにしか使えないか、勘違いしているために却って役に立たない。それは私の実体験である。

 

 だから堀江貴文氏のいうことの意味をそういう意味で捉えれば、間違いとも言えない。さはさりながら、学ぶことの目的が損得にあるとしか考えられない堀江貴文氏のような人は、私は人間としてきらいである。損得とは別に、人間としての矜持、価値観があると私は信じている。それを知るために学ぶのだと信じている。

 

損得ばかりで世の中を眺めるのは勝手だが、世のなかは損得だけで成り立っているわけではないと私は考えている。損得だけで成り立っているのなら、AIが世のなかを動かすこともできるだろうが、そんなはずはないと思っている。そう思いたいからそう思っている。ときに損をしたっていいではないかと思っている。

裏をとったのか

 沈没した知床遊覧船の出航に際して、船長と社長は「海の様子が悪化したら引き返す」と申し合わせた上で出かけたと繰り返し報じられている。現在のところ、そういう約束で出かけたということは事実として報じられているということだ。

 

 ところでその場に他の従業員か誰かがいて、聞いていた話なのかどうか、その裏をとって報じているのかどうか、それが分からない。今のところ一度も確認済みという報道を私は聞いていない。社長がそういっているから事実だという報道の仕方である。

 

 もしかして、船長は、いろいろな人に出航は見合わせた方がいいといわれて、社長にそういったかもしれない。ところが社長が、「港を見てみろ、波も風もないではないか。いまさら客に断れるか。出航しろ」と命じられたかもしれないと、私などは疑う。その疑いを疑わないで社長のことばを事実として裏をとらずに報道しているとしたら、マスコミというのは相変わらずだなと思う。

 

 過去の朝日新聞を初めとして、裏をとらずに報道することにちっとも罪悪感のないマスコミ体質を感じてしまう。せめてその話は社長がいっているだけのことなのか、誰かがそばにいて聞いていたことを確認したというのか、それが知りたい。

2022年5月 3日 (火)

一蓮托生を覚悟した?

 最近のロシアの外相ラブロフ氏の言動は、理性的であるとはとても言えない。ロシア国民のように、情報を管理され、国家の都合でねつ造された話ばかりを聞かされているのならある程度説明はつくが、外相という役職上、さまざまな情報が自由に入手できるし、それを見ているはずのラブロフが、おかしな言動をしてプーチンをバックアップしている。

 

 プーチンに身近であるほどプーチンに異論を唱えることは自分の身に危険が及ぶからだ、という説明もできる。多分そうなのだろう。引くに引けない、もうプーチンと一蓮托生だ、と覚悟を決めたのだろうか。彼の命運はプーチンの、そしてこの戦争の帰趨にかかっている。そしてその帰趨のかかる戦争はロシアにとってあまり見通しの立つものとはいえないことをラブロフに判らないはずはないと思う。それともそもそもそのような見通しすら判断出来ないほどラブロフはプーチンの狂気に呑み込まれてしまっているのだろうか。

 

 そんなラブロフやプーチンと、世界は交渉しなければならないのか。

 ラブロフがイタリアのテレビのインタビューで、「ヒトラーはユダヤ系だ」と発言したそうだ。突然何を言い出したのかと思うが、よく考えると理に落ちる。いま、ウクライナはナチスであるという妄想の元に、ロシア軍はナチスであるウクライナと戦っているというのがプーチンの主張だ。そのナチスウクライナを率いるゼレンスキーがユダヤ人であるから、話に矛盾が生じる。ナチスはユダヤ人を根絶やしにしようとしたので、ユダヤ人がナチスというのはいかにもおかしなことになりかねない。そこでヒトラーはユダヤ系だとラブロフは言うのである。それがプーチンのナチスウクライナの説明になるのかどうか。なるつもりなのだろう。なるつもりでいることがラブロフの異常さともいえるのだが。

 ところでヒトラーがユダヤ系という話を聞けば、手塚治虫の本を読んだ人間ならたちまち『アドルフに告ぐ』という作品を思い出すに違いない。まさにヒトラーがユダヤ系であるという秘密をめぐる話だからだ。たぶんその説は手塚治虫のオリジナルではないような気がするが、あり得ないがゆえに真実味があったりする。だからといってロシアの侵略の正当化に毛筋ほどもなりはしないのはもちろんである。

あら不思議

 腹立ち紛れのヤケクソで、「゛」キーを叩き倒していたら(なぜそんなことをしたのかは、前回のブログ『濁点が重なる』を参照してください)、二重打ちが激減した。ひねくれキーもこちらのあまりの剣幕におそれをなしたと見える。悪い方に転ばずにちょっと安心。それにしてもストレスが軽減してほっとした。

 

 NHKの林田里沙さんが結婚したそうだ。めでたい。上品で愛らしいからブラタモリで観て以来好感を持っていた。彼女はいささか痩せすぎているのが心配だったが、よほど見立て違いのおかしな旦那でなければ、たぶん彼女も少しふくよかになるのではないかと思う。女性というのはいい相手と連れ添えれば心身共にふくよかになるものだ。

濁点が重なる

 昨晩はならず者国家がのさばるのにそれをどうすることもできない天下の情勢にいささか悲観的なことを書いてしまったが、もともと人の世というのはそういうもので、それに対して何とかしようと努力を重ねて、なんとか生きつないできたのが人類なので、それを平和教を唱えればなんとかなるという平和教信者が信仰を喪ったみたいな泣き言を書いたのはいささか恥ずかしい。

 

 同じ結論になるとしても、現実を直視した上での泣き言でないと、もともと空論がさらに虚しい。ならず者がのさばっているなら、それに備えるしかないということだろう。平和は祈れば叶うというようなものではない。

 

 今日は憲法記念日。日本国憲法が平和教の経典のままでいいのか考える日にしたらいいと思うが、相変わらず平和教の祈りのことばばかりが飛び交いそうだ。 

 

 濁点が重なって煩わしい。私はローマ字変換ではなく、カナ入力による変換をしている。ワープロ専用機というのが手頃に買えるようになって手に入れてからずっとそうだから、三十年以上、いや、もっとになるかもしれない。大昔からだ。そのカナ漢字変換を前提にしての話である。

 

 いま常用しているノートパソコンのキーボードが不調である。「が」と入力するには「か」と「゛」のキーを打つ。ところが「が゛」と出力されてしまうのだ。つまり「゛」が二回打たれたように動作する。必ずそうなるのではなく、二回に一回か三回に二回くらいの頻度だ。いちいち訂正しなければならないから煩わしくてかなわない。いまのところ「゛」のキーだけであるが、濁点は頻繁に使うから、避けようがないのだ。

 

 腹が立って「゛」をむやみやたらに押していたら、頻度が下がったような気がする。いま「゛」と格闘している。

2022年5月 2日 (月)

国益と世界平和

 どこの国もまず自国の国益を最優先する。つまり自分の国にとって損か得かがさまざまな判断の基準となっている。そのことは国連でのロシアに対する各国の姿勢に反映している。

 

 その国益と世界平和が調和しているのかいないのか、そのことはいわずとも明らかだ。何しろそれぞれの国の国益は互いに相容れないことが多いのであるから。その矛盾が過小評価され、事態が深刻化している。国益を優先した判断が、実はもっとも国益を損なうことに気がつくことになるのは、取り返しがつかなくなってから、つまり手遅れになってからになるのではないかと半ばあきらめの気持ちで日々のニュースを眺めている。

 

 グローバル化していく世界は均質化していくのではないか、という見通しは間違いであって、ますます差別化していった。差別化は国益の違いそのものである。競争は進歩を生むが、同時に差別化も生む。人類は本質的に世界平和など達成できないのかもしれない。

久しぶり

 息子が今週後半に帰省すると連絡があった。ずいぶん久しぶりである。多少は心配してくれているのだろう。娘のどん姫にもメールで連絡を入れておいた。どん姫はもしかしたら予定がありそうだから都合がつかないかもしれない。どん姫も私も五月の初めが誕生日である。三人が久しぶりにそろうのなら、まとめて誕生祝いをするのもいい。

 

 家の中の片付けと掃除、どんな料理を作るか、そして酒の用意をしなければならない。

失敗に学ぶ

 他人の失敗を見て、同じ失敗をしないようにすることはだいじなことである・・・のだけれど。

 

 ロシアがウクライナへの侵略をして二ヶ月あまりが経過した。ウクライナはたいへんな惨禍に遭っているが、世界の国々も多少に関わらずその被害を受けている。ウクライナの戦況についての報道は、事実そのままなのか、こうであって欲しいという報道なのか、そう思わせたいというバイアスが過剰な報道なのか、よく判らない。それらが混ざり合っているというところか。

 

 ロシアは想定に反しての苦戦に追い詰められているという。そうならいいと思うのは、それならいつかロシアも窮して戦争が終わると期待できるからだ。ただ、問題はロシアにはこの戦争をやめざるを得なかったあとについての用意がまったくなさそうに見えることだ。始めてしまったけれどやめようがないというのは、日本が始めた先の戦争と同じだ。そもそも現代の全面戦争にはそういう側面がある。

 

 現下の情勢で戦争が終了したら、プーチンはそのまま大統領でいるわけにはいかないだろう。では彼の次にロシアを立て直すための人材がいるのかどうか。プーチンはナンバー2を許さなかったようだから、混乱が起きるのは必至だ。

 

 ロシアの情勢を一番注視しているのは中国だろう。プーチンをじっと視ているのは習近平だろう。ロシアの、そしてプーチンの失敗を見て、習近平が力による現状変更はしない方が良さそうだと思うなら良いのだけれど、あんな失敗をしないためにはどうするか、どのように完璧に台湾を、そしてついでに尖閣や沖縄を版図に組み入れればよいか考えかねないのが習近平ではないか。

 

 彼はプーチンの失敗に学ぼうとしている。そうして自分なら失敗しないで上手くやれると考えているのではないか。それをいつどのように世界に見せつけるか考えているのではないかと心配である。

 

 自分なら上手くやれると思うから次から次に韓国の大統領になろうとする人が絶えない。失敗に学んだつもりなのだろう。第二次世界大戦に学んで国連が発足したはずなのに、第三次世界大戦の危機を招きかねない事態に国連が無力であるのは、人類はそもそも失敗に学ぶ能力に欠けていることを示しているのかもしれない。今度は上手くやる、という今度は、もうないかもしれないのに。

2022年5月 1日 (日)

名著だと思う

 馬場あき子『鬼の研究』(ちくま文庫)を読了した。この本は私にとっての名著だと思う。繰り返し精読するに足りる本だという意味であるし、私の心に響いた本だという意味でもある。

 

 巻末の方に書かれた文章の断片を引用する。

 

 われわれが、多く様式化された古典芸能にふれる時、様式の中に埋もれつつ最後の叫びをあげている人間の魂を掘り出してゆく作業が必要なのはいうまでもない。それと同時に、一方で日常という様式美の中に眠りこけようとする魂を告発する力として、古典は時に強力な魅力をもつことを改めて思わせられる機会が多い。たとえば中世芸能が、「鬼」という極限にまでつきつめていった人の心など、それははたして、現代に滅びてしまった心だといい切れるであろうか。

 

 もちろん、この文章の語る意味はこの本を読まなければ正確には伝わらないだろう。そして本を読んだ上でこの文章を味わえば、激しく心が揺さぶられるなにものかが古典芸能にあるらしいことを知る。

 

 馬場あき子女史は、歌人であり能の研究者である。だからこの本では謡曲がさまざまに引用され、その解釈が詳細に述べられている。幽玄な世界に登場する人物の心をここまで繊細に感得するというのは尋常ではない。とくに女人の懊悩の深さ、うらみや羞恥、絶望が、ついに限界を超えてしまい、人でありながら人でないものに変異してしまう哀しさ。

 

 それらを男である私にも想像させてくれる文章力は素晴らしい。もちろん「鬼」は時に男でもある。

 

 巻末の解説の谷川健一はこう書いている。

 

 鬼を人間的なエネルギイの発散者であるという視点、それは美の主題にも通うものがある、美には常に悪の問題がつきまとう。美の呪力、それは悪の呪力でもある。悪の美学とともに醜の美学がある。醜は美の欠落と理解する通念に対して、悪とともに醜を美の過剰と考えることもできなくはない。異形のものとは日常の定型をはみ出したものという見方である。もし外見に惑わされないで鬼を考えれば、その醜とは体制側が付与し強制した烙印に過ぎないことが分かる。

 

『今昔物語集』、『宇治拾遺』、『古今著聞集』、『謡曲集』などを拾い読みしながら、それが書かれた時代の人の心というもの、日本人のこころの原型というものを、この本を手がかりにあらためて考えてみようと思う。

 

 わずかでもいいから能についての知識や思いがあり、古文が嫌いでないのなら、女性には特にこの本の後半部(般若についての考察の部分など)を読んで欲しいものだと心から思う。日本の女性がどういう文化の積み重ねの中で生きてきたのか、女性という性の美しさと哀しさを発見するのではないだろうか。知っていることと解ることは違うのだ。

『病後雑談』

 魯迅の『病後雑談』という、ちょっと長い文章を読んでいる。ちくま文庫版の『魯迅文集6』に収められている。魯迅先生は、高熱ではないが発熱が続き、いろいろな医者にかかるが原因がわからない。魯迅先生は過労からきているのだろうと内心思っている。さいわい横になって読書くらいなら出来るという状態である。それを「風流」だと自ら称している。「風流」である程度の病態についていろいろと考察しているが、そこに世相への風刺がこめられるのはいつものことである。

 

 横になったままで読む本は重くてはいけない。私は病中ではないが同じような格好で本を読むから同感だ。そうして魯迅先生はまず『世説新語』を愉しむ。七賢の時代のことを思い、その時代といま魯迅が生きている時代の比較が次第に彼に苛立ちをもたらす。本を換えて(彼の周辺にはさまざまな本が散らばっているのだ)今度は明末清初の『蜀碧』を読み出す。これは張献忠が蜀で残虐な大量殺戮を行った話だ(いまのウクライナのことを連想させられる本である)。三四年前に私もこの本を読んでこのブログに書いた記憶がある。詳しく書く気にならないすさまじい本だ。

 

 どうして病中にわざわざそういう本を読むのかと思いながら、そういう風だから魯迅なのだと思ったりする。もちろんそこに取り上げた話題については、読者も周知のものとして、魯迅の世界観、中国という国のあり方について自分の考えを皮肉と諧謔を満載にして語りかけてくる。しばしば正しくその意をくみ取りきれないけれど、それでも自分が読んでいろいろ考えたことのある本を手がかりにしてくれるとちょっとはとりつきやすい。それに竹内好の訳や註は判りやすいからありがたい。

 

 山口瞳や曾野綾子の本を中心に読んでいたはずが、どんどん手がひろがりだした。またいつものように収拾がつかなくなるだろう。

思い

 梶山季之という作家を知っている若い人はほとんどいないだろう。流行作家として多作したが、その多作によって心身共に消耗しつくして、45歳という若さで死んだ。私も若いころは彼の本をけっこう読んだ。津村公という不思議な人物を主人公にしたシリーズものが面白かった。テレビドラマや映画にもなった。

 

 いま山口瞳の本を片端から読み直しているところだが、梶山季之が親友とも心友ともよんでいたのが山口瞳である。梶山季之が無理に無理を重ねて死に向かっていく姿を見ながらいさめつくし、ついにあきらめていき、そして梶山季之が出かけた先の香港で急死したという訃報を聞いた山口瞳の気持ちが詳細に書かれているのが『英雄の死』(新潮文庫・ただしここでいう英雄とは梶山季之のことではない)という本で、友を失って茫然自失し、それが長期間つづいていく様子が読み取れる。山口瞳自身も持病の糖尿病が悪化し、医師から禁酒を命じられる。判っていながらどうしようもなかったことにはあきらめがあるものの、その喪失感は大きかったのである。

 

 その気持ちを想像し深く共感した。三年近く前に私も友人のF君を喪い、その喪失感はいまだに尾を引いている。そういう経験をしないとたぶん他人の友を失った気持ちはわからないのだろう。本を読み、読み疲れて本を閉じると、F君と海外旅行に行ったときの断片的な光景がまざまざと思い出されて胸が熱くなった。キューバでラム酒を飲みすぎて、深夜のプールサイドで二人で星空を見上げたこと、トルコのイスタンブールのカフェテラスで、また二人でゆっくりここに来ようと話したこと、ウズベキスタンで互いに飲み過ぎて腹の調子が悪くていろいろ粗相をしたことなど、次々にきりなく思い出していた。

 

 山口瞳の本はエッセイとも私小説とも曰く言いがたいもので、軽みとユーモアがあるから軽く書き飛ばしているように見えるけれども、とんでもない。それだけではこれだけ愛好され、読み続けられるはずはない。ゴツンと硬い芯のようなものがあって、それはこの本ではないけれど、内田百閒や川端康成についての評論や、田中角栄批判の文章を読めばよくわかる。だてに直木賞を取ってはいないし、私が愛読するはずもないのだ。

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