昼の風呂
片品川の渓流が勢いよく流れる瀬音が背中で聞こえる。川のそばの露天風呂につかりながら空を見上げると、黒い雲が通り過ぎて暗くなったり、雲が切れて少しだけ青空が覗き、ときどき日が差したりと、めまぐるしい。温めの湯とはいえ長くつかっていれば汗も出てくる。ときどき立ち上がって川風に当たりながら川を眺める。河原の草に、つばめより一回り大きくて、頭も大きくて少し太めの灰茶色でくちばしの黄色い鳥が、何羽かせわしげに何かついばんでいる。白い蝶々がつがいでひらひらと飛んでいたりする。
定年退職して最初に湯治に行ったとき、世間の人は皆働いているのにこんな風に湯につかっていていいのかと後ろめたい気持ちになったものだ。そんな気持ちもだんだん薄れていたが、その後ろめたさを久しぶりに感じた。それほど気持ちが好い。もちろんここに「後ろめたい」などと書くのは本音だが、その言い訳でもある。
この天気なら尾瀬を歩く人たちは雨に遭わずにすんだことだろうと思う。私はすぐ近くにいながら尾瀬まで行く気にならない。ずいぶんゆっくり湯につかっていたが誰も入ってこない。独り占めである。連泊しての昼湯は最高のごちそうである。出かける方がもったいない。体中から力が抜けてぐだぐだになった頃合いに湯から上がった。汗をふいて着物を着たところに若い人が入ってきた。気持ちの好い挨拶の声をかけてきたから、この宿の人かもしれない。
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