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2022年7月 6日 (水)

川端康成

 私は川端康成の熱心な読者ではなかった。たまたま乗っていた列車が大きな踏切事故で運休となり、最寄りの駅の越後湯沢まで送られてそこに一泊したことがあり、その縁で『雪国』を読んだけれど、それほどの感銘も受けなかった。『伊豆の踊子』だけは一度ならず読んでいるし、映画も吉永小百合主演のものと山口百恵主演のものを観たことがある。それがいま気になる作家として川端康成を少し読み直そうと思いだしたのは、個人的に親交のあった山口瞳の文章を読んだからである。

 

 川端康成は終生『伊豆の踊子』の作家、という呼ばれ方をして、ありがたいことと思おうとしながらも、忸怩たるものもあったようだ。考えればその気持ちはわかるだろう。彼の随筆集には「『伊豆の踊子』の作者」という表題でいくつかの文章をまとめたものがあり、そのこだわりに関連したさまざまなことが書かれている。私が気になった以下に引用する部分は、まもなくかぞえ七十になる、とすこしあとに書かれているからその頃書いたものだろう。

 

 私の随筆と短編との選集を、ベッドで何気なく読み出したところ、よしなしごとを、なんと悪い文章で書いているのだろうと、いまさら悔恨もおよばない、ほとんど絶望にさいなまれて、哀しみへのがれるあまさもゆらめいてくれず、ゆるしがなく、救いがなかった。辛うじてなぐさめをさがすとすれば、自分はまだ新進作家であるという思いだけである。いつもそう思っていることは、私には私の確実な真相である。自分が書きたいこと、あるいは自分が書けるように天から恵まれていることを、自分はまだなにも書いていない。痛切に(とは分不相応で少し恥ずかしいが。)そう思うことで、やっといのちを保っていられるように、私は日ごろ考えがちである。これは五十年の懶惰、怠慢の、むしろ恩恵にちがいないと頑強に信じる。勤勉な人はみな死んでいったと、私が言うと人は笑う。半ばたわむれごとであるが、私としては若い時からまわりを見て来ての、半ば本気なのである。しかし、まだ新進作家のつもりなんて、聞くもあわれかと、一方自分をかえりみもする。みじめな錯覚ではないか。

 

 川端康成、1899年生まれ、1972年4月自死。

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