『谷崎潤一郎随筆集』(岩波文庫)
この中に名文『陰翳礼賛』が収められている。昭和八年から九年にかけて雑誌に連載されたのが初出だが、今回初めてその素晴らしさを実感した。実はこれを読むのは三回目なのだが、いままでなにを読んでいたのだろうと思わされた。さまざまな人が絶賛するからなるほど、と思う程度だったのは、本当には読んでいなかったからだろう。
このごろそう思うことがたびたびだ。ただ、もしかしたら読むたびに感激しているのに、それを忘れているだけだというおそれもある。若い時だって、それほど馬鹿ではなかったと思いもする。それなら忘れる自分がちょっと心配でもある。
谷崎潤一郎(1886-1965)は日本橋蛎殻町で生まれ、東京生まれの東京育ちだが、関東大震災の後、関西に移住し、以後関西を拠点とする。この本には『私の見た大阪及び大阪人』という長文も収められていて、東京生まれの谷崎潤一郎から見た大阪が、東京と京都との比較の中で描かれていて興味深い。興味深い、というのは、私の私的な興味によるもので、関東に生まれ育ち、山形の大学を出て大阪の会社に就職した私自分の視点というものが意識されるからだ。
入社した同期の面々との会話や、会社での寮生活では、ある意味でのカルチャーショックを経験した。ひと月あまりで東京の営業所に配属されて、そのカルチャーショックは中途半端に終わったが、面白かったのは、東京営業所の主(ぬし)みたいな東京生まれ東京育ちのおばさんが、妙に関西人に偏見を持っていて、その反動で関東生まれの私をひそかにひいきしてくれたことだ。ありがた迷惑だったけれど。
後半に『文壇昔ばなし』という文章が収められていてとても面白い。これはまた別に紹介したい。
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