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2022年8月 6日 (土)

夢中になれる日もある

 娯楽本(時代小説やミステリー)の文庫本なら最低でも一時間に百ページ、単行本でも八十ページは読めたものだが、いまは集中力が続かないし、目が霞んできて字が読めなくなってしまう。それにいまは娯楽本そのものを読む楽しさが以前ほど感じられなくなって、評論本や近代文学、古典を読むことが多いから、下手をすると一時間に二十ページから三十ページしか読めない。別に誰かと競争しているわけではないからそれでいいのだけれど、脇に積み上げてとっかえひっかえ読んでいる本がいつまでも変わらないのは少し残念だ。

 

 それでも久しぶりに夢中で本を読むことができた。少しずつ読み進めていた『臼井吉見集1』を半ば過ぎまで読み進めたら、興が乗ってほかの本へ切り替えることなく一気に読了した。

 

 臼井吉見(1905-1987)は長野県安曇野出身。筑摩書房を創業した吉田晁とは松本中学の同級生。戦後招集解除の後、筑摩書房の雑誌『展望』の編集長となる。 代表作として、大河小説『安曇野』がある。

 

 この『『臼井吉見集1』は雑誌『展望』の戦後すぐの創刊以来、連載していた彼の文章を集めたものである。若い頃、彼の『蛙の歌』という本を読んで評論というものの面白さを教えられた。それは第二巻に収められている。ものの見方、考え方に共感するところが多く、だから読みやすい。

 

作品を読めばいいので、作家について知らなくてもかまわないという考え方もある。しかし文学作品の場合、どうしてその本を書いたのかその背景を知ることでより深く知ることができることが多い。そのための橋頭堡を提示してくれるのが優れた評論である。橋頭堡をもとに次第に関係が見えてくる。時代が見えてくる。作家のその作品を書いた必然性が見えてくる。現代はどうか知らない。昭和まではそういう読み方をしないと全体が把握できず、独りよがりの読み方になってしまう。そのことを今頃気がついている。

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コメント

旧制伊那中学(現長野県伊那北高等学校)、松本女子師範学校などで教員を務めた後、上京して東京女子大学でも教え、さらに、1946年創刊の総合雑誌『展望』(筑摩書房)の編集長を務め、文芸評論家としても活躍した方だが、評論家のイメージが強い。

虹の囁き様
その通りですね。

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