江藤淳『幼年時代』(文藝春秋)
江藤淳(1932-1999)は評論家。この本は彼の自死により絶筆となった。だから未完である。というより書き始めの部分しかない。プロローグとして、前年病死した最愛の妻の鏡台の布の覆いの話から始められている。この布は母の形見の和服から作られていた。この本は、彼が幼いころ若くして死んだ母の思い出を語りながら、彼自身の生い立ちを再構成していくものとなったと思われるが、同時にそれは、ある意味で彼の第二の母とも言うべき愛妻についての思いを語るものになるはずだったと思う。
薄いこの本の前半分が本文で、福田和也、吉本隆明、石原慎太郎の追悼文がつづき、そして詳細な年譜が収められている。福田和也も文芸評論家で、弟子を取らないはずの江藤淳の押しかけ弟子である。葬儀を取り仕切った。
江藤淳の自死は、彼を知る人たちにとっては衝撃で、私も彼を敬愛して多くの本を読んできたので大きな衝撃を受けた。妻の看病で心身共に疲れ果て、その疲労が元で前立腺炎が悪化して排尿困難となり、緊急入院して手術を受けた。そうしてようやく危機を脱してリハビリ中に脳梗塞で再び倒れ、その精神の衰えを悲観して発作的に自死したと思われる。
私事だが、私も前立腺炎が持病で定期的に通院している。炎症が悪化すると高熱を発し、排尿困難になる。排尿時には脂汗を流しながら、痛みに耐えながらタラタラとしか出ない排尿に苦しむ。私は痛風も経験している。痛みだけで言えば痛風の方が痛いが、命に別状を感じることはない。ところが前立腺炎の発作は高熱を発するので、命に関わる不安を伴う。心身に対するダメージはずっと大きい。
江藤淳夫婦にはこどもがいない。母でもあった愛妻を失って、その喪失感が大きかった彼を病苦が次々に襲い、明晰だった精神まで脳梗塞でダメージを受けたとなれば、彼が絶望したのもわかる気がする。それに、彼なりに残すべきものは残した、という思いもあったのではないか。悔いよりは満足感があったと私は思いたい。
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江藤氏の多くの文筆を読んでいながら「リハビリ中に脳梗塞で再び倒れ、その精神の衰えを悲観して発作的に自死したと思われる」という事はここで初めて知り愕然とする。前立腺炎は小生も患っているが注意したいものだ。
投稿: 虹の囁き | 2022年8月 6日 (土) 22時02分
虹の囁き様
江藤淳と親交が有り、よく知る人たちがさまざまなところで自死の理由を推察して述べています。
総合するとそのように理解するのが妥当だろうと、私も思います。
投稿: OKCHAN | 2022年8月 6日 (土) 22時25分