« 葬儀参列 | トップページ | 三途の川 »

2022年9月11日 (日)

森氏の胸像

 元首相の森喜朗氏の胸像を建てようという発起人が集まって、寄付金を募ろうとしているらしい。これに批判が集まっているそうだ。銅像だか胸像をどこに置くつもりか知らないが、公的な、多くの人の眼に触れるところに置くというのならあまり賛同しかねるが、故郷の石川県の能美あたりにでも建てるなら、石を投げられたり悪戯されたりしないだろうから勝手に建てればいいだろう。

 

 胸像を生前建てるというのは別にないことではないが、できれば亡くなってから故人を偲んで建てる、というのが望ましい。「棺を蓋いて事定まる」というではないか。下手に早く建てすぎて、死後に誰からも見向きもされなくなり、邪魔なだけ、というのではかえってあわれだ。

 

 胸像反対をわめき立てている人は、そのことを心配して反対しているのであろう。実は心優しい人たちなのかもしれない。寄付を強請される恐れさえなければ、どうでもいいことである。まさか国費を使おうというのではないだろう。

 

 それとも思い切って、韓国の「いわゆる従軍慰安婦」の少女像のように、オリンピックと金の問題の象徴として、大々的に展示でもするが良かろう。名古屋の「表現の不自由展」とか言う芸術展にならうのも良い。石を投げても悪戯しても自由、ということにしたらなおよろしい。人はしてはならないと言われるからするもので、しても良いと言われるとしないものだから安心だと思う。それならいま反対している人も、大好きな正義が謳いにくいから拍子抜けして賛成・・・はしないにしても反対はしないはずだ。

« 葬儀参列 | トップページ | 三途の川 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

岐阜羽島駅にはこの駅を作ったとされる大野伴睦夫妻の銅像があるそうですが、その岐阜羽島駅が作られた真相をご存知の方(元々岐阜羽島駅は大野氏がねじ込まなくても関ヶ原の冬季の豪雪に対する避難駅として作る計画があったそうで、そのことに煮え切らない岐阜県側の説得のために当時の国鉄が大野氏に頼んだと言いますね。間違っていましたらごめんなさい)はご存知でしょうが、銅像にされた大野氏はあの世でどういう気持ちでいるでしょうか?銅像を建てるということは本人もそうですが周りの人もよくよく考えてからの方が、後々後悔がなくていいでしょう。
では、
shinzei拝

shinzei様
岐阜羽島の大野伴睦夫妻の銅像は何度も見たことがあります。
建てられた経緯については承知しておりません。
今回の森喜朗氏の胸像建設計画が、森氏の希望を受けてのことなのかどうか。
希望していたのなら、どうも情けない話だし、希望しているだろうと皆が思うような様子でも恥ずかしい。
胸像を建てたら喜ぶに違いないと思った人たちは、森氏がそのような人だと考えたわけですから、それもいかにも子供じみているような気がします。
さらにそれを取り上げてことさら正義を盾に非難する政治的な振る舞いも見苦しい気がしたので、いささか皮肉のきつい書き方をしてしまいました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 葬儀参列 | トップページ | 三途の川 »

2024年3月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

カテゴリー

  • アニメ・コミック
  • ウェブログ・ココログ関連
  • グルメ・クッキング
  • スポーツ
  • ニュース
  • パソコン・インターネット
  • 住まい・インテリア
  • 心と体
  • 携帯・デジカメ
  • 文化・芸術
  • 旅行・地域
  • 日記・コラム・つぶやき
  • 映画・テレビ
  • 書籍・雑誌
  • 経済・政治・国際
  • 芸能・アイドル
  • 趣味
  • 音楽
無料ブログはココログ

ウェブページ