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2022年9月 9日 (金)

弔意の言葉

 エリザベス女王(二世)が亡くなった。みごとな生涯だったと思う。女王であることと、一個人の女性としての生き方を矛盾なく生きてみせるというのは、彼女だから出来たことだという意味でみごとだったと思う。謹んで哀悼の意を捧げたい。

 

 各国を代表する立場の人たちの、女王への弔意のスピーチをいくつか見た。そして岸田首相の弔意の言葉を語る姿も見た。私は、岸田首相にはかねがねその語り口に好感が持てなかった。それは日を追うごとに強くなっていて、今回の弔意の言葉でも、他の国の人が心から敬意と哀悼を語っているように見えるのに、岸田首相の姿には誰かが書いた文章をただ読んでいるだけ、というように見えた。そう感じるのは私だけなのだろうか。でも、私は弔意がそこに見えないということが問題だと感じている。

 

 謝罪でも方針でも、自分の言葉で自分の考えを語っている、と思ってもらえなければ、その言葉はいくら丁寧であっても相手には伝わらない。私にはどうしても岸田首相の言葉に心がこもっているように見えないのだ。最初はそれほどでもなかった人たちも、次第にそれを感じ始めていることが、支持率低下の最も重大なポイントではないかと思う。

 

 世界が、そして日本がますます苦難の時代に向かわざるをえないとき、こういう首相しか戴けない日本という国に情けなさを感じてしまう。これからがとてつもなく不安である。

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コメント

安倍元首相が亡くなった直後の、涙を浮かべながらの会見以外は、無機質で感情がなく聞いていて不快感が最初からありました。支持率が高かったのを不思議に感じていました。岸田首相を叩いても、安倍元首相が復活することはなくなったので、これからは安心して叩き始めるマスコミかもしれません。

けんこう館様
岸田首相は、重しだった安倍元首相がいなくなって、気持ちが楽になったのでしょうが、重しがなくなったことで、すべての責任を自分で判断して背負わなければならなくなり、いまは途方に暮れているところのように見えます。
耐えられなくなるのも近いような気がします。

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