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2022年9月23日 (金)

こういう人から見れば

 読みかけたまま放り出してあった會田雄次の『日本人の忘れもの』という本の残りを読んでいる。この本は、『表の論理・裏の論理』『逆説の論理』『日本人の忘れもの』という三冊の本から、抜粋して編集し、一冊にした本である。もうすぐ読み終わる。

 

 その中の『日本人のこころ』という文章から一部引用する。

 

「近江の菜の花畑を学生と一緒に歩いていたときのことである。しきりに雲雀がないている。花のかおりに酔いながら私は荏胡麻(えごま)が菜種に変わった戦国時代のことをふと思い出していたら、いきなり学生の一人が口を出した。「この色が搾取の色なんだ」。私はしばらくなんのことかわからなかったが、彼は、この駘蕩たる黄色の世界から、徳川時代の武士や地主の貪欲さ、そのもとの、さいなまれただけの百姓しか、連想できなかったのである。「美しいとも思わない。先生みたいに春だなあという感傷なんか全然感じない。農民の怨恨だけが、俺の胸に伝わってくるんだ」。とっさの場合(?引用者)、彼が何を言っているのかちょっとわからず、「えっ」と驚きつつ発した私の質問に、彼は突っかかるような態度でこう答えた」

 

「まあ、そういう連想だってできないではないにしろ、菜種の花の美しさも、それがかもし出すけんらんたる春のどよめきも、一切何も感じず、搾取しか思い出せないということは常軌をはるかに越した異常さではなかろうか。もし、気分としてそれを感じていながら、無理に、そういう発言を言い張りつづけているのだとしたら、これまた精神のゆがみは単に病的だとだけではすまされぬ程度のものであろう。このような若者の集団発生を、その論理に矛盾があるとかないとか、マルキシズムの政党かどうかとしか論じようとしないのが日本の先生たちなのである。それはむしろ精神病理学の問題であろう」

 

「最近こんな「わかりきった」ことを痛感したのは、ある週刊雑誌が選んだ読者の手記特集「私にとっての国家」を読んだときである。ここに集められた二十五篇は戦中、戦後派の世代の男女をふくむ、かなり広い世代の人びとの国家観である。すべてが過去、現在の日本に対するすさまじい呪詛に満ちている。その暗さにはただ驚くだけだ。その内容は確かに私たちに痛烈な反省を要求するものを含んでいる。にもかかわらず、明らかにそれらは精神病理学の立場から理解すべきとしか思えぬものが殆どなのである」

 

(小略)

 

「日本の今日の問題は、このもう一種の異常神経としかいいようがない一群の人びとの主張を、正義的反抗人としてもてはやすところにある。そういうマスコミは一体この日本をどうしようというのであろう」

 

 以前にも書いたが、私は学生時代、寮生活をしていた。いつも入り浸っていた先輩の部屋には、他の大学も含めていろいろな学生がオルグ活動(政治的布教活動とでもいうもの)にやってきた。その先輩はみなに一目置かれていたので、その先輩を論破すれば寮で政治活動ができるとみなされていたのだ。

 

 だからここで紹介されているような普通でない学生の世界観や思想を、数限りなく見聞きさせられたので、會田雄次の言うことがわかりすぎるくらいにわかるのである。そういう連中が、安保法制のときもその他のときも国会前の広場かどこかで反対のデモ活動をしていたのを見て、みんな歳とったなあ、という感じを受けたのである。

 

 こういう人から見れば、私なんか保守反動としか見えないだろうなあと思う。私は、歴史を現代の価値観で非難した友人や教師に怒りを覚えた人間である。一面の菜の花を見れば、美しいなあ、とうっとりするし、蕪村の句を連想する。

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