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2022年9月 6日 (火)

気持ちがなければ

 安倍元首相が凶弾に倒れたとき、世界から次々に弔意が寄せられ、国家として喪に服したという国すらあった。安倍元首相がそれだけ世界に一目置かれる存在だったということだろう。他国にういう反応を引き起こした日本の宰相が他にいただろうか。

 

その様子を見て、岸田首相は早々に国葬を行うことを決めた。その時点では国葬に賛成する人の方が多かった。どうしてそれがどんどん国葬反対に転じる人が増えていったのだろうか。マスコミや野党が国葬について反対を大合唱しているからだ、という見立ては、原因というよりも結果のような気がしている。

 

 どういうことかというと、そもそも国葬は弔意の表れであるべきだという当たり前の国民感情が根底にあるからだと思う。岸田首相は安倍元首相の継承をもくろんでいる。弔問外交で外交面の脚光を期待し、国葬で国民の支持を確保することを期待した。しかしそれはすべて安倍元首相にたいする心の底からの敬意と弔意があって意味を持つ。実力以上の継承を期待するためにはそれが不可欠だ。

 

 ところが岸田首相にはそういう敬意や弔意が希薄らしいと日本国民はもちろん、海外も気がつき始めてしまった。計算で行う国葬らしいぞ、自分の政権のために国葬を強行するらしいぞ、と感じ始めてしまった。だからマスコミはその気配を察して国葬反対キャンペーンを張り始めた面があるのではないか。

 

 日本国民が国葬に批判的であるのに各国が弔問に積極的にやってくるはずがない。それが証拠に国葬参加の是非を問うても返事のない国ばかりだという。参加すると言っていたのに元首が参加を取りやめた国もある。

 

 岸田首相は国葬について丁寧に説明するという。丁寧とは何か。見透かされてしまった後にいくら丁寧な説明をされても人の心はもう動かない。そもそも岸田首相自身の弔意そのものが疑われていては、何を言っても事態は変わりようがない。雪隠詰めである。彼の命取りになりつつある。自業自得であろう。首相の器ではないということだろう。

 

 何しろ弔意の気持ちがなくても弔意があるように見せるほどの芸もないのだから嘘つきではない、善い人かもしれないが、政治家としては資質に欠けるということなのだろう。もし岸田首相に安倍元首相への敬意と弔意が山ほどあるとしたら、私の見立ては大間違いだが、しかしそれならそれを感じさせないのはどういうわけだろう、岸田首相とはどういう政治家なのだろう。

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