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2022年9月15日 (木)

愛本橋

Dsc_7725

前回宇奈月温泉に泊まり、トロッコ列車に乗ったとき、ついでに立ち寄った道の駅 宇奈月で、併設されていた黒部市歴史民族資料館があったので、黒部川と黒部の歴史を知るために入館しようとしたら、たまたま休館日の月曜だった。そこには日本三大奇橋の一つ、刎橋(はねばし)愛本橋のレプリカがあると案内の看板がある。見たいと思いながらなんとなく愛本橋という名前に記憶があった。

ブログを見たマコママ様から、「富山と言えば宮本輝の『田園発 港行き自転車』をおもいだしますね」とコメントをいただいて、思い出した。そうだ、そこに愛本橋のことが書かれていて、それが記憶の片隅にあったのだ。その本をもう一度地図を置いて読み直し、全体のイメージを心に描いていたら、どうしてもその刎橋のレプリカと、いまの愛本橋を見たくなった。それが今回の旅の目的の一つである。上の写真はいまの愛本橋。橋の下は黒部川である。

黒部川は峻険な山を一気に流れ下り、愛本橋のあるあたりから扇状地を形成している。そこに橋を架けるよう命じたのが加賀藩五大藩主の前田綱紀であった。しかし黒部川は急流のために河中に支柱が建てられない。そこで考え出されたのが、両岸に大きな木材の板を何枚も斜めに埋め込み、ちょうど板バネのようにして突き出させ、その上に橋を架けるという工法だ。これは実際に見て説明を聞かないとわかりにくいと思う。学芸員の方に丁寧に説明を聞き、ビデオを見、レプリカ(現物の二分の一の大きさだから大きい・ただし一部である)を上に乗ったりしたから覗いてみてわかることである。

Dsc_7727

上流に黒部川の水を分水するための堰堤がある。

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下流側。

Dsc_7729

分水された水は農業用水や工業用水として供給されている。

この堰堤も難工事で、たびたび大洪水を引き起こす黒部川に破壊されつづけた。堰堤ごと愛本橋も流されることもあった。あたかも中国の奇跡の堰堤、都江堰(とこうえん)を思い起こさせる。そういえばその都江堰も洪水で破壊され、近年ようやく再建されたと聞く。

橋や堰堤の写真を撮ったのは資料館の説明を聞く前で、たまたまそれらを撮っていて良かった。

刎橋時代の愛本橋はいまより少し上流側、一番川幅が狭いところにかけられていたという。木材なので劣化するし、流されてしまうこともあったので、17世紀後半に最初の橋が架かってから、八回掛け替えられたという。三十年に一度くらいの割合で、技術の継承の意味もあったのでしょう、と学芸員の女性は教えてくれた。

このほかに黒部川と黒部の人とのかかわり、黒部渓谷についてなど、大変勉強になった。トロッコ列車に乗るため、宇奈月温泉に泊まるためにこの地に来る人は、是非ここに立ち寄ることをお勧めする。ただし月曜日は休館日なのでお忘れなく。

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コメント

こんばんは。
わ〜!遂に今の愛本橋へ〜!
レプリカも二分の一だと結構、大きかったと思います。
1台の駅に残された自転車から
どんどん拡がり、不思議な繋がりへ!
もう一度、「田園発・港行き自転車」を
読まないとほぼ?忘れております。
お陰様で記事もお写真も有り難うございました。

マコママ様
こちらこそ思い出させくれて、いろいろ広がりのある思いを見つけることが出来て感謝しております。
ありがとうございました。
これからもこういう旅がしたいです。

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