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2022年11月27日 (日)

賃金と雇用

 雇用形態にはジョブ型とスキル型があるそうだ。ジョブ型は終身雇用など、雇用保持を優先するもので、スキル型は能力主義、実力主義という分け方だ。アメリカなどはスキル型で、日本はジョブ型といっていい。もちろん日本ではどちらかということではなくて、会社によってその割合にかなりの幅があると思われる。

 

 しかし日本ではアメリカのように会社側が雇用を自由に打ち切ることが法律的に出来ない。首を切るにはかなりの要件が必要だ。長いことそうしてきたから雇用側も被雇用者側もそれがあたりまえだという観念が染みついている。だから組合も雇用を維持するために賃金の要求が限定的になることを受け入れてきた。雇用も守れ、賃金も上げろ、という韓国の労働組合の要求を見るとびっくりしたりするのは、あれもこれも、というのは虫がいいと考えるからだろう。

 

 こうして日本の賃金はずっとあまり上がらないまま推移してきた。いま、企業を活性化するには日本もスキル型に転じなければならない、それでなければ賃金は上げられない仕上がらない、という若い経営者や学者がマスコミで持論を展開している。そのためにももっと首を自由に切れるようにしなければならないのだと主張する。日本の企業は働きの悪い者まで抱え込んで、しかも能力のある頑張っている人との給料差を少なくして平均化しているから、非効率で市場競争に負けるのだという。

 

 たしかにその通りかもしれない。しかし世の中は、そのあまりスキルが人並み優れていない大多数の人で成り立っているということを忘れてはならない。そしてそういう人をどうやって食べさせていくか、というのが政治の役割でもあり、経済活動の目的でもある。

 

 トランプがあのように脚光を浴び、支持されたのは、実力主義のアメリカで、その実力のない大多数の人びとが生きにくいと実感したことの反映ではないかと思ったりする。だからといってみんなが競争もしないで仲良く平和に、というのではみんなが貧しくなってしまう。そのバランスの置き所なのだろう。デジタル化、AI化によって多くの人が将来雇用を失う可能性がある。スキル型の世界で生きることの出来ない人間たちだ。その人たちに生きるすべを提供できる仕事のあり方とはどんなものなのか。そういうものを考える必要があると思う。

 

 イノベーションを生み出す産業ではなく、社会を支える産業にこそ未来があるのではないか。そこに価値があるという社会的な価値感の転換が出来るかどうかが鍵だろう。

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