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2022年12月11日 (日)

妻籠宿・脇本陣

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妻籠宿の本陣、脇本陣を見たのはずいぶん昔なので、久しぶりに拝見しようと本陣に向かった。本陣の受付の女性に、ちゃんとしたカメラをお持ちなのだから、いますぐ脇本陣に行きなさい。、と言われる。今のうちなら下のような写真が撮れるからというのだ。もうすぐ斜光が入らなくなるといわれてもどういうことがわからなかったが、言われるままに脇本陣に向かった。向かった、といってもすぐ近くである。

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下の囲炉裏に薪をくべている女性にはあとでいろいろ説明をお願いした。

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囲炉裏をメインに撮るとこうなる。

本陣というのは、参勤交代の大名行列などが宿場に泊まるときの宿になるところで格式が高い。しかし事情があって本陣が泊まれない場合や、二つの大名がかち合ったときなどは予備として脇本陣が使われる。脇本陣は使わないことが多いので収入も少なく、本陣には許されていない副業が許された。脇本陣の林家の副業は酒屋で、かなりの収入があったという。

そのため、明治時代になって本陣は没落してしまった。木曽は木曽ヒノキをはじめ、高価な木材が産出されたが、藩の主要な産物として一般の使用は厳禁されていた。明治維新後、本陣は修復できず、脇本陣は蓄えた資産で使用の許されるようになった高価な木材をふんだんに使って修復を行った。明治も少し経ってからは木材は官製となってしまい、再び使用できなくなった。ワンチャンスを生かしたのが脇本陣だったのである。

脇本陣の看板の奥谷というのは林家の副業の酒屋の屋号である。

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明治天皇が東京から中山道で伊勢参りをしたときにこの脇本陣に短時間休憩した。その時にお茶を飲んだときに使用した机である。林家の家宝だそうだ。その時明治天皇は軍服姿で、ながい軍靴を履いていたので、靴を脱がなくていいように赤いじゅうたんを敷いて室内に入ったそうだ。

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庭側の透かし障子。当時のガラスは貴重品だったし、よく見ると手製のために波うっている。

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庭はこうなっている。

もっといろいろ教えてもらったが覚えていない。とにかく説明が詳細で、ながい。よそ見をすると声を掛けられるのでちゃんと聞いていないとならない。ゆっくり写真も撮りにくい。ようやく次のお客さんが来て放免された。このあと本陣に向かう。

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