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2023年2月10日 (金)

歴史書と歴史小説

 宮城谷昌光の『三国志』の余韻をまだ引きずっていて、座右に(私の場合は左利きなので左側)に関連図書が積んである。宮城谷昌光の『三国志』は陳寿の遺した正史の『三国志』や、『後漢書』をもとにしていて、一般の『三国志演技』をもとにした物語とは大きくちがう。そもそも陳寿の『三国志』は極めて簡潔で『史記』のような物語性はあまりないものであったらしいが、後に原文の何倍もの註釈が加えられてさまざまな『三国志』に拡大していったようだ。

 

 そこから正史というものについて知りたいとも思い、竹内康浩『「正史」はいかに書かれてきたか』という本を棚から引っ張り出して拾い読みしたりしている。本来は内藤湖南の『支那史学史』全二巻(東洋文庫)にチャレンジしたいところだが、初歩から段階を踏むことにしたのだ。

 

 歴史小説といえば忘れられない文章がある。受験問題であったか模擬テストの問題だったか忘れたが、現代国語の問題で引用されていたのが、三島由紀夫が森鴎外の歴史小説について論じた文章だ。鴎外は晩年になるにつれて心理描写をとことんそぎ落として史実のみを記した歴史小説を書いた。それでは小説ではないし、文学でもないではないかという指摘に対して三島由紀夫が反論したものである。そぎ落としきったその後に残されたものに立ち現れてくるものにこそ人間の真髄が読み取れるのだ、それが文学ではないはずがないではないかというものだったように読み取れた。

 

 そのことが私の頭にこびりついて離れないのだ。だから正史というもの、それにさまざまな註釈が加えられたもの、さらに歴史小説というものの究極が、実は表現するということについて同じものではないか、などと思ったりしている。

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