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2023年2月 5日 (日)

『臼井吉見集3』

 暮れに読みかけだった全集全五巻の第三巻であるこの本を、もう一度引っ張り出してようやく読了した。編集者で文芸評論家である臼井吉見は、ライフワークである大河小説『安曇野』を書いている。五千枚あまりのこの小説は登場人物が数百人という膨大な数であり、なおかつそれぞれが脇役ではないという書き方になっているそうだ。そのことがいろいろな形でこの本に記されている。

 

 その『安曇野』の箱入り本の古本全五巻が手にはいりそうなのだけれど、取り寄せるかどうか迷っている。手に入れても必ず読むかどうか分からない。あの中村屋の相馬黒光を軸にした実名実在の人物群が展開するこの小説には、碌山荻原守衛ももちろん登場するようだ。読んでみたいけれど、他に読む予定の本が山ほどあるのだ。

 

 ところで臼井吉見が明治38年生まれであることを初めて認識した。活躍したのが戦後なので、私の父よりも年上だったとは知らなかった。戦争時代というものが、その時代に生きていた人たちの貴重な長い時間をずいぶんと食い潰すことになったのだということを改めて思った。それは父がしばしば言っていたことであるが、再三の招集で自分には青春時代といえるものがあまりなかったと言っていた。臼井吉見もまさに同じようであったようだ。

 

 だから天皇制というものについてずいぶん辛口であるし、天皇の戦争責任ということも、左翼的な立場からではなく、指弾している。そして戦後左翼が最も誤ったのは、戦争で死んだ兵士達を慰霊することを否定することで、日本の戦争責任を兵士達に負わせた形にしたことだと主張する。そうして彼らは本当の意味の戦争の責任を自らに問うことをしなかった。

 

 左翼こそまず第一に戦争で死んだ人たちを率先して慰霊すれば、このような靖国問題など起きなかったという指摘には私も同意する。こんな左翼では戦争で死んだ人たちは浮かばれない。 

 

 この巻は社会評論的な文章が多いが、次の第四巻は教育論と文芸論のようだ。

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コメント

臼井吉見、懐かしい名前ですね。
大長編『安曇野』は読んだことがないのですが、
≫左翼こそまず第一に戦争で死んだ人たちを率先して慰霊
という指摘には私も首肯します。それをせずに左翼界隈が
政争の具にしたから今日に続く迷妄を生んだのではないでしょうか?
閑話休題。
柳田國男の「体液のような」(吉本隆明の評言)読みこなしづらい文体について
堀田善衛が「あのもってまわった文章のあるものは、
他人様にお見せするようなものではないと思う」という指摘に対し、
臼井吉見は「よく言ったものだね。おれも本当はそう思う」と返しています。
(柳田の文体については百目鬼恭三郎も言及していました)。

ss4910様
ところが、お言葉を返すようですが、私は柳田國男の文章はそれほど読みにくいと思いません。
それよりも吉本隆明の文章の中には全く読むことのできない、つまり何を言いたいのか頭に入ってこないものがありますね。
若い時にチャレンジして放り出した記憶があります。
柳田國男には少し神がかったりスノッブなところがあるので、それが鼻につくと読み難くなるかもしれませんね。

OKCHAN様
ご返信いただき恐縮です。
藤田省三が「(柳田國男の著作は)長く読み続けられない(中略)
なぜかというとテーマそれ自体の動的発展がないから、いつまでも経っても
平板な、似たような似ないような話がずるずると続いていく」
と語っています(これが吉本の言う「体液」でしょうか?)。
しかし、あまり生産性のない議論なので
やりとりはこれまでにしましょう。
ありがとうございました。

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