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2023年8月

2023年8月31日 (木)

中国商魂

 NHKの『中国商魂』というドキュメント番組で、中国人のアフガニスタンでの商売展開について報じていた。制作はアルジャジーラ。アルジャジーラでないとこういう取材は無理だったろう。ただしBBCなどと較べると突っ込み不足の感は否めない。中国はアフガニスタンを隣国という。地図をよく見ると、わずかであるが中国とアフガニスタンは国境を接している。中国は他の国を通らずに陸地からアフガニスタンに行くことができる。道路があるかどうかは知らないけれど、必要なら中国は道路を作るだろう。

 

 そういえば、北朝鮮とロシアは日本海に接したところでわずかながら国境を接している。つまり、中国は日本海側には出口がない。そのことはもしかすると、とても日本にとってだいじなことではないかと思う。

 

 さてアフガニスタンでの中国の進出の状況である。一攫千金を求めて、または中国で芽が出なかったから一旗揚げようとして、中国人がアフガニスタンになだれ込んでいる。しかしアメリカが撤退した後アフガニスタンを支配しているのはタリバンである。タリバンは教条主義で国を統治しようとしている。タリバンは中国からの援助を期待しているから中国を受け入れているが、その思想はいささかも変えるつもりはない。

 

 どんな状況下でも、したたかにしぶとく食い込むのが中国人である。以前は日本人もそうだったが、今は見る影もない。その中国人ですらさすがにアフガニスタンでは苦戦しているようである。資金をかき集めて乗りこんできた中国人たちも、遅々として事業が進展せず、軌道に乗る見通しのない状況が続いているようだ。タリバンが支配して二年、当初は意欲に満ちていた中国人事業家たちの顔にも疲労の色がただよっているようだった。

 

 中国は世界中の発展途上国に乗りこんで、札びらで顔を張って商売を展開し、借金まみれにして資源や港湾や鉄道や道路などの利権を獲得しようとしている。無尽蔵とも見えた資金があったからできることで、それによって得られるものが、つぎ込んだ金に見合えば万々歳である。しかし借金が返せないような国に金を貸せば、その金は焦げ付いているのである。そんな焦げ付きなどにびくともしない間はよかったけれど、それが世界中で起きていることなら全体としてはたいへんな金が焦げ付いていることになりはしないか。

 

 中国の不動産大手が相次いで厖大な赤字を出し、中国経済に赤信号がともったのではないかと見られている。日本のバブルがはじけた後、日本政府は巨額の資金投入を行って破綻の影響を少なくするように努めた。とうぜん中国も日本の前例を見ているから、どうしたらいいか分かっているはずなのに、今のところ不動産破綻対策のための資金投入をする気配がない。習近平の意志だとも言われるが、もしかしたらそもそも投入できる資金そのものがないのではないか。どうしてないのか。貸しまくっているから。

 

 イギリスが五年ぶりに中国と経済協力交渉をはじめた、と報じられていた。イギリスはなにを期待しているのだろうか。中国は日本には厳しく、ヨーロッパやアメリカには優しい態度に転じて日本をうろたえさせるつもりかも知れない。いわゆる近攻遠交策である。それも経済が順調だからできることで、イギリスもしたたかだから、中国の思惑通りとはいかないだろう、と思いたい。

安逸と危険の魅力

 曾野綾子『安逸と危険の魅力』という本を読んだ。曾野綾子を読むのを一か月ほど控えていたからしばらくぶりだ。読んだものは処分するか、奥の方にしまい込んでしまうつもりなのだが、未だ彼女の本は二山ほど残っている。

 

 今回読んだこの本は、二十世紀末、新聞に連載したコラムを編集したもので、二ページ半ほどの小文が満載されている。主に時事を取り上げながら、自分の経験なども加えて自分がどうそれを受け取ったか、それについての思想を語っている。いちいち同感することが多いのはいつものことで、彼女の見立てはまっとうだと思うのだが、彼女が著しく偏向している、という非難を浴びるのをいつも心外に思う。しかし近年その非難を浴びせている側の方がよほど偏向しているという見方の人が増えている気がする。私の勘違いだろうか。

これからが心配

 昨晩のBSフジプライムニュースは日本の処理水海洋放出に対する中国の異常な反対について論議するものだった。ゲストの朱建永氏の役割は、いつものように中国側の立場を代弁するものであるが、そもそも中国の言い分は論理性を欠き、説明がしにくいものである。とうぜん朱建永氏はなんとか弁明に努めて逆襲し、日本がそもそも悪いと抗弁に努めた。しかし彼の言っていることは、私から見れば支離滅裂、却って日本人の中国に対しての不快感と怒りを煽るだけのものに聞こえた。

 

 朱建永氏といえば、十年ほど前に中国に帰省したときに半年ほど消息不明になっていたことがある。もしや当局に拘束されたのではないか、と噂されていた。詳細は不明ながら、どうも拘束されたのは事実だったようで、しばらくシュンとしていたように見えた。しかし彼の商売は日本で中国の立場に基づく発言をすることであるから、気をつけながらその商売にいそしんでいるようである。

 

 しかし昨晩のような興奮して支離滅裂な状態をみせると、あたかも中国そのものがみっともない姿をさらしたに等しく、彼が心配になる。今回は中国の地方を回ってきたばかりらしいから、すぐには中国に行かないだろうが、こんど行ったらまた帰ってこられなくなるのではないだろうか。帰ってこなくてもいいけど。

2023年8月30日 (水)

風の盆

 九月の一日から三日は、毎年越中八尾(やつお)のおわら風の盆である。新日本紀行の『風の盆』の再放送を観た。これは以前観ていて、それも再放送だった。数年前に富山の八尾を訪ねたことがある。宿が高台にある小さなホテルで、街中から離れていたので街中をすこし歩いただけで、ほとんど車で走り回ったけれど、夜ではないし祭りの時期でもないから当たり前の地方の街の通りをただ眺めただけだった。

 

 哀調を帯びた三味線と胡弓の音、そして静かな踊りの列が、提灯やぼんぼりだけの灯りの街の通りを練り歩く。情緒というものをこれほど感じさせてもらえる祭りはあまりないだろう。映像で観ているだけでさまざまなことを思い出してジンとしてくる。

 

 そう言えば高橋治の『風の盆恋歌』という恋愛小説も好かった。大昔に読んだから内容はほとんど忘れたけれど、ドラマにもなったはずだ。

 

 編み笠を深くかぶった女性のおとがいの柔らかさ、襟足の後れ毛の色気が弱い光に浮かび上がって、うっとりするほど美しい。そこに立っていたら、この世とあの世の境目にいるかのような気がするだろう。祭りの場が、ある意味で死の世界と繋がる空間なのだとチラリと感じた。

 

 九月二日にBSで実況中継があるそうだ。

カントリーリスク

 日本の処理水海洋放出を言いがかりの理由にして、中国が国家を挙げて日本に嫌がらせをしている。日本中がうんざりして中国という国に嫌悪を感じていることは、中国も馬鹿ではないから分からないはずはないと思うが、分かっていても日本の不快感などなにほどのことでもないのだろう。

 

 ところが、ある民放の中国特派員のレポートによると、どうも盛り上がりすぎてガス抜きのはずがガス爆発になりかねないと恐れたのか、中国の環球時報(中国共産党の御用新聞)が自粛を求めるような記事を出したという。もちろん中国が迷惑電話を奨励しているとか、それに乗せられて中国から日本に多数のいやがらせ電話が殺到しているなどとは絶対に中国は認めないものの、そういう行為はあまり好ましいものではないという論調だったそうだ。語るに落ちた話である。

 

 どうもきっかけは中国の全面的な日本の水産物輸入規制を理不尽なこととしてWTOに提訴する、と林外務大臣が述べたことにあるらしいと推測される。世界が中国に同調するとでも思ったのだろうが、今のところ中国に同調らしき動きを示しているのはロシアと北朝鮮だけである。どうもあまり形成は良くないと観たのかもしれない。

 

 しかしそんな自粛の話とは別に、中国では水産物ばかりではなく、日本の菓子なども含めてのすべての食品が輸入規制の対象になり始めているというニュースもある。突然コンビニの店頭の日本の食品が当局に検査のために持ち去られたりし始めているそうだ。そうなれば問題なしとされるまで売るわけにも行かない。そうして問題なしだった、などと丁寧に連絡があるとも思えないから、すべて売るわけにはいかなくなっていくだろう。多分に放射能に脅える習近平におもねる役人の発想によるものであろう。いまに食料品だけではなくて、日本の商品はすべて放射能検査が必要になり、ついには日本人そのものも、汚染の有無が厳密に検査される事態になるという笑えない事態になりかねない(これは冗談だが、中国人の放射能に対する脅えは本気のようで、そこまで中国政府のプロパガンダは無知な人たちに浸透している。そうして中国政府は自らの行動をそのように脅える自国民を守るためだというのだから、まったくもってマッチポンプである)。

 

 当分のあいだ、日本は中国にものを売ることはカントリーリスクがあるということを覚悟しなければならない。それは共産党や立憲民主党や朝日新聞がいうように日本政府の責任ではなくて、中国習近平政府による指示の結果であって、だから話し合えば理解してもらえるなどと楽観する問題ではないのだと思う。

 

 問題のある側から問題を解決する意思が示されない限り、この問題は好転することはあり得ないだろう。中国は強気に出る相手に弱く、弱いものを徹底的に叩くから、いまは妥協点をさぐる必要はないし、分かってやっている相手に対する妥協は却って中国をつけあがらせるだけだろう。

葉室麟『黒龍賦』

 白内障のせいなのか、紙面と活字とのコントラストが少なくなって本が読みにくい。本が読みにくいとなると本が読みたくなる。そういう性分なのである。読みかけて放り出している本が相変わらず山になっていて、それをまた片端から手をつけだした。この『黒龍賦』は、たぶん手持ちの葉室麟の最後の未読の本だと思う。

 

 海北友松(かいほくゆうしょう)という戦国末期から江戸初期の画家の生涯を軸に、齋藤内蔵助利三、明智光秀、織田信長、帰蝶、安国寺恵瓊、山中鹿之助など、錚錚たる面々が時代絵巻を繰り広げる。冒頭に海北友松の息子が春日局に呼びつけられて、この長い物語がその春日局によって語られていく、という体裁になっている。

 

 この中で、明智光秀がどうして本能寺の変を起こしたのか、新しい理由が提示されているのが新機軸だ。さすがに葉室麟、最後まで一気に読ませてくれた。おもしろかった。

2023年8月29日 (火)

森本哲郎『文明の旅』

 森本哲郎が世界の多くの街を訪ね歩いて、そこで『歴史の光と影』を感じ、つづったのがこの『文明の旅』という本だ。初版は1967年だから、彼の著作としては比較的に初期のものだ。メインの街を章立てにしているので、それを羅列してそこのメインテーマを付記する。

 

オランの朝焼け(アルジェリア)
 テーマはカミュと倦怠。

 

バビロンの丘で(イラク)
 バビロンの廃墟とバベルの塔。

 

ヨルダンの薔薇色の都
 バクダッドからダマスクスへ、そしてペトラ遺跡へ。

 

ギリシアのながい影
 アテネからオリンピアの遺跡へ。

 

ピラミッドの夕陽(エジプト)
 カイロのピラミッド、そしてメンフィスへ。

 

東アフリカの草原にて(ケニア)
 サファリ行、そして植民地というものについて。

 

インドへの道
 ネルーの著作をベースにインドという不思議な国について考える。

 

ウクライナの丘から(ソ連、ウクライナ)
 ジイドの見たモスクワ、そしてウクライナのキエフにて。スポーツについて考える。

 

南ドイツの僧院にて(ドイツ、オーストリア)
 カフカを生んだドイツについて考える。ダッハウを訪ねる。ヒトラーとヴィトゲンシュタインについて。

 

デンマークの夜
 アンデルセンについて、そしてキルケゴールについて。

 

スペインの遺言
 アンダルシアでドン・キホーテについて考える。

 

ヨーロッパの落日(フランス)
 旅の拠点にしていたパリに戻り、旅を振り返る。

 

旅を終わって
 前回のブログに書いたのはこの章に書かれていたことである。
 
 私はアフリカに行ったことがないし、ヨーロッパはイスタンブールでチラリと見ただけだ。できればここで挙げられている場所に行ってみたかった気もするが、いまは多くの處が政情不安で行くことがむずかしい。トルコやウズベキスタンでいろいろ考えることができただけでも幸せだったと思っている。

旅と歴史

 私のブログにときどきコメントを下さるss4910さんが、森本哲郎について書いたときの私のブログに、森本哲郎の『文明の旅 歴史の光と影』を読んだことがある、とコメントをいただいた。『サハラ幻想行』を読み終えたばかりで、そのままその勢いで『文明の旅』を読み継いだ。その本については別に書くとして、旅と歴史について森本哲郎が書いているのでそれを紹介する。

 

 長旅をすれば、何か話の種をもってくる・・・とドイツの諺にあるそうだが、「歴史」というものはおそらくその「長旅」から生まれたのではあるまいか。歴史学の父とされるヘロドトスは、アジア、アフリカ、ヨーロッパと、当時の「全世界」を股にかけて歩いた。そこからあの『歴史』の大著が生まれたのである。
 歴史は時間という縦の軸だけで形成されるのではない。それに空間という横の軸が交わることによって、はじめて成立する。そして、いつの時代にあっても、旅は空間の旅であると同時に、時間の旅であった。歴史的感覚は、まさしく旅において発生したのだ。

 

 旅をすることが好きな私には、この文章が分かる気がする。しばしば旅先で、時間と空間の広がりをわずかながら実感することがあるからだ。本を読んでいてもそれを感じることができるけれど、やはり旅先の方が強く実感する。それはほとんど体感に近い。

 

 そこから森本哲郎はさらに進める。

 

 オルテガはいっている。
「歴史的感覚がはじまるのは、人間生活が、ほかの時代や民族においては、私たちの文化圏におけるそれとは違っているのではなかろうかと疑惑の目を向けるときである。歴史的感覚とは、ほかの人たちと私たちとの間に存する、この心理的距離を感じとることなのである」
(中略)
 自分たちの生活だけが生活なのではない。世界にはさまざまな人間が、それぞれの国で、いろいろな生活をしているのだ、という発見、「ほかの人たちと自分たちとの間に存在する心理的距離」の実感、これこそが歴史への第一歩なのである。この事情は、ヘロドトスの昔も、ジェット機の飛び交う今日も、あまり変わっていないように思われる。
 私たちはふだん、いとも簡単に「世界」という言葉を口にしているが、われわれの世界像というものは、きわめて漠然としたもののようである。歴史どころか、地理的な概念ですら、ずいぶんあいまいなものだ。たとえばシリア、ヨルダン、レバノンといった国々のどれが北側に位置し、どれが南側にあるのか、というような関係でさえ、はっきりおぼえていない。ケニア、タンザニアなど、東アフリカ諸国の地理的な関係に至っては、それぞれの地域にとくに関心を持っている人でない限り、ちょっと待ってくれ、というにちがいない。われわれの世界像は、すくなくとも自己中心的な性格において、ヘロドトスの時代と、さして変わっていないのである。
 旅というものは、そのような自己中心的な世界像を修正する。世界を旅していまさらのように思い知らされるのは、こんなにもたくさんの国々で、人びとが、こんなにもちがった生活をしている、という当惑である。この当惑こそ、実は私たちの世界像が、いかに実際の世界から距たっているかの証拠なのだ。
 当惑はやがて人間の生活様式、思考方法、それらをひっくるめて「文明」への省察へと導く。海外旅行は、いやでも「文明の旅」ならざるを得ないのである。

 

 すこし長すぎるけれど、ほとんど言い尽くしているのであえて引用した。この『文明の旅』では世界各地に行っているので、手元に愛用のポケット版の世界地図を置いて、ひとつひとつ確認しながら読んだ。次回はその『文明の旅』について。

遺憾である

 「遺憾である」「遺憾である」と繰り返すばかりの日本政府には、それしか言いようがないのだと理解していても、情けない思いがする。世界には、特に中国には「遺憾である」は「ごめんなさい」「勘弁して下さい」にしか聞こえていないのではないかと思えてしまう。

 

 私は当初から、福島第一原発事故は人災の要素の多い事故だという見方をしているから、その責任をきちんととるという経緯を経なければ、汚染処理水を海洋放出するのは反対という立場である。ただし、科学的に処理水が安全だという点については、理解しているし、それしか方法がないことも理解しているし、定期的な検査での測定値について信用もしている。

 

 とことん困って困って、「やはり事故は人災であり、われわれの責任です。悪うございました」、と津波対策不備の責任を当時の東京電力やそれを監査していた政府責任者達が、被災者をはじめとした日本国民に頭を下げる所まで行かなければ海洋放出できないと考えていた。それをしないで、「一杯になったから放出します」というのは筋が通らないと思っていた。

 

 しかるにいまの中国の、日本の弱みにつけ込んだ国家を挙げての嫌がらせはなんたることだ。無知の国民を煽り立て、日本全体が汚染されているかのごとき言い方をしている。あたかも原発事故以後、福島県民であるからというだけで他県に避難した人たちが、愚かな連中にあらぬ迫害を受けたことによく似ている。日本人はますます中国嫌いになるだろう。私ももちろんそうなっている。いつか見ていろよ、という気持ちになった日本人は多いだろう。

 

 プーチンは、簡単にウクライナを屈服させられると思っていたのが当てがはずれてしまい、収拾がつかなくなってしまっている。事態の収拾ということを想定していなかったことによる困難で、自業自得だ。いまの中国に日本との関係の修復についての想定があるかといえば、まともな日本人なら中国に不快感を持ち、拭えないほどの嫌悪を感じていて、その修復は簡単ではないだろう。

 

 ましてやこれによって中国在住の日本人に危害がおよぶことになればなおさらである。そのなおさらが現に起ころうとしているのに、中国政府は見て見ぬ振りどころか、さらに煽り立てているとしか思えない。迷惑電話の奨励など、信じがたい歴史に残る愚かな行動である。最も迷惑を受けているのは原発事故により被害を受けた人たちである。弱者を弱者だからいじめるというのは、その品性において下劣な行為だ。

 

 その尻馬に乗って、政府という権力者に楯突くのは正義だと勘違いしている輩が何やら言っているが、日本人として腹が立つ。まして事故当時に官房長官として事故の状況を国民に正直に伝えていたとはとても思えない人物だった、某枝野という人が何やら批判めいたことを言っているのを見せられると、どの面下げて言っているんだ、とその所属党ごと軽蔑してしまう。

2023年8月28日 (月)

分かるということ

 森本哲郎を読んでいると、すこし理屈っぽくなる。

 

 考えるという作業の第一歩は、ものごとについての漠然とした意識を、AはBである、という判断の形にまとめることである。AはBである、という形にまとめるということは、漠然とした意識を主語と述語とに、はっきり分けることに他ならない。主語と述語に分割する・・・こうして思考が始まり、理解が生まれた。 私たち日本人は、ものごとについて考え、理解に達したとき「分かった」という。その言葉通り、ものごとを理解するとは、ものごとを主語と述語に分けること、すなわち、ものごとを二つに分割することなのである。
(中略)
 日本語には、さらに「分別」という言葉もある。これもなかなかうまい言葉だ。分別とは、ものごとを分けること、つまり善いものを悪いものから区別し、美しいものを醜いものから区別し、そして、正しいものを不正なものから分かつ能力のことなのだから・・・。
 日本語で、論理のことをことわりというのも、分けるということと関係があるにちがいない。ことわりとは、おそらく「事割り」、すなわち、ものごとを割ってみせるということなのであろう。

 

 ここから、周りを認識するために「分ける」作業が行われる。さまざまな要素を抽出し、共通性と違いを分類するのである。植物学の分類と同じである。そうしてさまざまに名付けられ、観念が形成され・・・という風に話は展開していくのだが、きりがないのでここまでにする。

 

 次回は旅と歴史について。

そう思う

 人間は誰だってずるいこと、ちょっとうまいことをしてしまいたいという思いが心をよぎるのが普通だ。しかしそれをしないのは、多分人間の美学の問題なのだろう、と思う。

 

と、曾野綾子はそんなようなことを書いたあとに、

 

 正直であることと、損をしないこととは全く別問題なのである。むしろ正直であることは、損をすることを承知の上で、その覚悟で振る舞うことと考えた方がいい。損のできる人が一種の強者なのである。

 

と記している。

 

 全くその通りだと私も思う。さもしい人を見ると嫌な気持ちがする、その気持ちをなくさないように生きたいと思っている。

内需でカバー

 海外ニュースを観ていると、中国経済に関して厳しい見方をする国が目につく。中国経済の牽引役だった不動産投資が過熱し、中国国民の勝ち組とそうでない者との乖離が社会不安に繋がりかねないことを恐れた習近平の指示により、その過熱投資に厳しい規制という冷や水が浴びせられた。その結果がどんな事態を招いているのか、中国政府が隠しようのない事態になっている。巨大不動産会社の破綻はそのまま不動産を打ち出の小槌として利益をむさぼっていた地方政府を打ちのめし、ヤミ金融にも負の影響がおよんでいる。

 

 一体中国はそれによってどれほどの事態となるのか、それは実態がそもそも明らかではないから予測がつきにくい。中国は巨大で何もかも呑み込む力があるから、被害は軽微だという見方も出来る。中国に日ごろ不快な思いを抱く人は、深刻な事態だと考えたい気持ちになって、そういう見立てを選ぶ。

 

 その中国のテレビ放送では、そんな不動産の話ではなく、中国経済は内需で好調であると謳っていた。自動車や家電はまた地方には充分行き渡っておらず、需要はまだまだあるから生産は増加し続けていて心配ないという。

 

 前々から習近平は経済音痴であると噂されている。中国経済の実態に警鐘を鳴らしていたのは李克強前首相のみだったという。それが習近平には自分への批判であると不快に思っていたことは、報道からうかがえた。李克強のあとを継いだ李強首相は無知ではないがとことん習近平へのイエスマンであることは有名だ。この人は、だから習近平の指示により、ゼロコロナ政策を過剰に推進した。

 

 今中国経済が危機にあるということを習近平はそれほど深刻に考えていないのかも知れない。そういう報告を受けていないし、深刻だ、などと言ったらどんな仕打ちを受けるか分からない。「大躍進」の時の毛沢東とおんなじだ。だからというわけではないだろうが、日本の処理水放出反対を国を挙げて騒ぎ立てるというみっともないことをして見せているのだろう。もちろん少し前に書いたように、これも習近平の指示にちがいない。

2023年8月27日 (日)

ウィズフェイク

 NHKの『フェイクバスターズ "ウィズフェイク"時代をどう生きるか』という番組を観て怖くなった。現実とフェイクの区別が、もう人間の能力では判別が不可能な状態になってしまったということを思い知らされたからだ。特定の情報に取り込まれてしまった人間は、他からの「目を覚ませ!」という声が聞こえなくなってしまう。現実にどういうことが起きているのか、陰謀論にはまってしまった人の例がいくつかあげられていた。見ていたら、それはまるでオウム真理教や、元統一教会の信者の様子と同じである。

 

 何だ、結局人間はたやすく狂信に走るものなのだ。そしてその狂信への道が以前よりもはるかにたくさん、あちこちで口を開けている時代なのだ。入るのはたやすくて、脱け出るのは困難、というのは狂信の恐ろしいところで、精神病と変わりがない。番組に出ていた心理学者だか精神医学者だかが、「フェイクに陥る人は不安を抱えているからそうなる。だから信じ込んでいることをむやみに否定しないで話を聞いてやるようにしないといけない」などと言っていたけれど、そんなことをしたらミイラ取りがミイラになる可能性が高いのではないか。相手の方がはるかに確信が強いのだから。恐ろしいアドバイスのような気がするが。

 

 中国からさまざまな会社や組織に「汚染水放出」を非難する電話が数多くかかってきているそうだ。中国ではSNSでそういう電話をするように呼びかけていて、どこにかけたらいいか、リストも提示されているという。政府の「汚染水放出反対」の呼びかけにほんの一握りが過敏に反応し、こういう行動に走っているのだろうが、文化大革命の悪夢を知る者として、またかという思いがする。反日行動がエスカレートする気配を感じる。

 

 中国政府は情報管理を徹底的に行っているから、このような行動は把握可能(誰がかけているのかは電話をかけられた側に番号が表示されているのだから明らかである)だし、それをコントロールできないわけはないのだから、知っていて野放しにしているのである。

 

 うがった見方をすれば、不動産バブル崩壊などによる中国経済衰退の結果としての社会の不満を、こんどの処理水の放出を口実に、反日に振り向けようとでもいうのだろうか。こうして日本の企業をはじめとして中国にいる日本の人びとはますます撤収を早めざるを得ない。それにしても、現体制ではそうするしかないのに、あえてリスク引き受ける人がいるのが信じられない。

 

 極論すれば中国はどこよりもフェイクの国ではないのか。国家が、事実ではなくてそう思わせたいことを伝えて信じ込ませようとしている国なのだから。とはいえ中国国民の多くはウィズフェイクであろう。この世には本当も嘘もあることを誰よりも知っている。たしかに心理学者が言うように、フェイクを安易に信じて取り込まれてしまう人は弱い人ということなのだろう。

大曲の花火

 昨晩、大曲の花火の中継をテレビで観た。花火は映像はもちろん、あの重低音が伴わなければ迫力を体感できない。AVアンプの音量をかなり大きめにして。サブウーファーを使って花火を体感した。もっと音を大きくしたいけれど、音の伝わりにくいマンションとはいえ、お隣さんへの遠慮はある。それにしても風もなく雲もなく、絶好の花火日和で、みごとだった。

 

 混むところはあまり好きではない。花火を見に行けばどうしても人混みに揉まれる。こどもの頃はそれでも花火見たさにあちこち行ったものだが、いまはテレビで充分である。とはいえ、あの腹にずしんとくる花火を現場で見たい気持ちがないではない。

続・うっとうしい

 ベランダは月末までの十日間ほど防水処理、軒天や壁のリシン塗装が行われていて、引き戸の窓硝子は養生用のビニールがかけられていて、開けることができない。とうぜん窓越しに外を見ることも出来ない。外が見られないから、晴れてるのか雨が降っているのかも分からない。とうぜん洗濯物は外干しできない。足場が組まれてからずっと部屋干しである。シーツなどは干すのに苦労する。すでに手すりの塗装などは済んでいるようだから、来月には外が見られるようになると期待している。ときどき塗料の溶剤の臭いが洩れてきてうっとうしい。

 

 玄関ドアの外の塗装も一部開始された。工事手順はスマホで見られるようになっている。それを確認しておかないと、買い物に出るのも工事の人の迷惑にならないように注意が必要である。明日は日曜だから工事はお休みなので、買い出しは明日行う予定。冷蔵庫もだいぶすいてきた。まだ先だと思っていた白内障の手術もあと一月たらずになった。来月初めに手術前の精密検査と入院のための準備についての説明を聞きに行く。他人事みたいに考えていたけれど、だんだんそうでもなくなってきた。

 右手首が痛い。立ち上がるとき、右手をついて立つのだが、しばらく前から痛みを感じるようになり、それがだんだんひどくなってきた。関節があちこちギシギシ言っている。膝痛のためにコンドロイチンを常用しているのだが、その薬が切れて十日ほど経つ。その薬で関節各所の痛みが表面化していなかっのが、その効果が切れたのかも知れない。また飲み始めたら改善するだろうか。立つたびに痛むのでうっとうしい。膝は体重をコントロールしているせいか、また、階段の上り下りをあまりしていないせいか、痛みがないのはありがたい。

2023年8月26日 (土)

うっとうしい

 ニフティメールを常用しているが、システムが変わったと知らせがあってから、アクセスが遅くなっている。以前ならすいすいと開けたのに開くのに時間はかかるし消去にも時間がかかる。わずかな時間だがうっとうしい。改良でなく改悪にしか感じられない。迷惑メールはますます増えてきた。迷惑メールだか実際の連絡メールなのか分かりにくくなっている。迷惑メールに仕分けされるから迷惑メールなのだろうと思って消去しているが、必要なものも消去しているかも知れない。どうしてこういうものが野放しにされたままなのだろうか。蠅や蚊のように、迷惑だが駆除しきれないものということなのだろうか。

 

 niftyが次第に自分から遠ざかっているような気がしている。同じように思う人も少なくないのではないか。niftyといつか縁が切れることを想定しておく必要があるかも知れない。そのときはブログもやめて、ネットも最小限にしか使用しなくなることだろう。別にそれでもかまわないという気もする。人生の撤収の一つの形ということだ。うっとうしいものからの逃避と連動するのなら、それでいいではないか。

サハラ幻想行

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 森本哲郎の『サハラ幻想行』を読了した。三度目か四度目なのだけれど、間をおくとほとんど忘れているから初めて読むのと同じである。こういう本が何冊かあれば離れ島でも退屈しない。サハラ砂漠の炎熱が、まさにいまの酷暑の日々と相まってリアルに実感できたりする。限度を超えた暑さは人から思考を奪うものだが、森本哲郎は砂漠の掘っ立て小屋のようなホテルで哲学的な思索を続けるのだから、その思索のエネルギーは想像を絶する。

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 この本を読み終わったので、いま『文明の旅』という本を読みはじめている。旅というものはこういうものだ、と改めて教えてくれていて、自分が海外や国内を、旅行をしたのか旅をしたのかそのことを考えさせられた。合わせてキューバ、ウズベキスタン、敦煌、バリ島、トルコなどの旅で見たものを反芻しているところだ。そのとき見えていたものと、いま改めて反芻した上で見えてくるものが大きく違っていることを思い知らされる。そうすると、もう一度行きたい気がするが、もうそれはかなわない。旅の思い出というものはそういうもののようだ。

カレーを作る

 朝早めに起きて、正しい日本の朝食(ご飯に豆腐の味噌汁、昆布の佃煮、卵焼き、らっきょう、白菜の漬け物)を作るつもりだったが、急にカレーライスが食べたくなった。幸いバラ肉(薄切りではなく、焼き肉用のすこし厚めのもの)、ニンジン、タマネギはある。私はふつうジャガイモは入れないから、なくてもかまわない。

 

 ニンジンとタマネギを細かく切ってじっくりと炒め、スパイスを自己流の手順で加えていく。もちろんガーリックと生姜入れるが、いまはみじん切りの瓶詰めが有るからありがたい。肉はあとで別に炒めてから最後に加える。スパイスは十種類近く揃えている。もともとはホルトハウス房子さんという、ご主人がドイツ人の人が書いた新書版のカレーのレシピ集を参考にしているが、その本を参考にしてから四十年ほど経っているので、ほとんど正しいレシピの痕跡はとどめていない。

 

 当然スパイスたっぷりだから市販のカレールーを使うなどというのはあり得ないのだが、今は堕落してバーモントカレーを使う。辛口版でも甘いのだが、私のスパイス使いとの相性が悪くないのでこれがお気に入りで、ジャワカレーなどを使うとすこしなじみが悪い気がする。甘く感じたらタパスコを振るのだから、雑なことである。

 

 ゆっくり時間を掛けて作り、しばし置いておく。それからもう一度火を入れて御飯にかける。いまたっぷりのカレーライスで空腹を満たして満足感に浸っているところである。できたてより後になるほど美味しい。今日は一日カレーだ。ただし、カレーは酒とは合わない。私は合わないと思う。

2023年8月25日 (金)

ケンジトシ

 いままで本物の舞台は二度か三度しか見に行ったことはない。テレビで舞台を観るのも年に一度くらいか。『ケンジトシ』というのは、宮沢賢治と妹のトシコのことで、北村想の脚本の舞台である。宮沢賢治を中村倫也が、トシコを黒木華が演じている。この舞台を見る気になったのは、まず第一に黒木華が見たかったからで、そして花巻の宮沢賢治記念館を三回も訪ねたことがあるくらい宮沢賢治が好きだからである。

 

 この舞台は普通に物語的に進行しない。一幕一場で、石原莞爾を狂言回しにして、音楽はヴィオラ一つのみ。宮沢賢治の童話や詩、日蓮宗をもとにした宗教的世界観をある程度知らないと、何が何やらわからないかも知れない。とはいえ知らないのにこの舞台を見る人もいないだろうからそれで好いのだろう。

 

 私もすべての童話や詩を読み込んでいるわけではないが、それでもこの劇に使われているものはほとんど承知のものだったので、その世界観についていくことができた。それと、純粋ではないものの岩手弁が駆使されるので、その言葉になじみがないとほとんど聞き取れないかも知れない。そのために狂言回しの石原莞爾がいるといっていいだろう。幸い私は東北で大学を過ごし、寮生活して岩手出身者はもちろん、さまざまな東北弁の世界にどっぷりはまっていたから、それを聞き取ることができる。

 

 また花巻に行きたくなる程度にはこの劇を楽しむことができたが、それよりもやはり黒木華の表情、特に口もとにうっとりし、ますます魅せられて、それだけで見た甲斐があった。

おもかげ

 見そびれていた、『おもかげ』という、5月ごろにNHKで放映されたドラマを、ようやく観た。主演は中村雅俊、その妻の役を浅田美代子が演じていた。65歳で定年となり、その送別会の後の帰りの地下鉄車内で倒れた主人公は病院に担ぎ込まれる。そこでの臨死体験というしかないような物語なのだが、不思議でもあり、またきちんと全体が関係していくあたり、さすが浅田次郎の原作らしい。

 

 意識不明の病床に次々に現れる見知らぬ人に誘われて、主人公がその見知らぬ人の関わる過去を見せられると共に、しばしば自分自身の過去とも向き合うことになる。彼は生い立ちを妻にもほとんど語ろうとしてこなかった。封印したその過去がドラマの進行と共に明らかになり、ついには彼自身の知らない自らの過去まで目の当たりにする。

 

 知らないことを見るというのは、つまり彼の紡ぎ出した物語ということでもある。真実かどうかを問うても意味がなく、その物語こそが彼の真の人生なのだ。いいドラマを見せもらった。

処理水海洋放出

 福島第一原発の処理水の海洋放出に強硬に反対していた中国が、放出が始まることに抗議して日本の水産物を全面的に輸入禁止した。さらに日本の食品全般について輸入禁止にする方向に進みそうな気配だ。中国国民の中には食塩の買い占めに走る者もいるらしい。その食塩は日本産とは思えないから、海のものはすべて放射能に汚染されて危険だと皆が考えるから、放出前の食塩を買いだめすれば儲かると考えたのだろう。

 

 韓国では日本の大使館の入っているビルに海洋放出に反対する学生達16人が乱入して逮捕されたという。中国も、韓国の一部強硬反対派も海全体が汚染されてしまう日本の国際的歴史的暴挙だ、と怒って見せている。それなら海で取れるものはすべて汚染されてしまうのだから、反対する人たちはこれからすべての海産物を食べないのだろう。それならその行動に整合性がある。

 

 ところでそのようなリアクションが生じたことについて、責任は相手にあるのか、それとも日本にあるのか、そのことを真剣に考えなければならない。そもそもあり得ない事故を起こしてしまった責任というものが日本にあるのだということの自覚が東京電力や岸田首相に本当にあるのかどうか。放出決定に至るプロセスを見ていると、本当に真摯に進めていたのか。最初から結論ありきだったのは誰もが感じていたことだ。それなら相手の立場に立てば、反対があるのは当然とも言える。

 

 乱暴に言えば、中国や韓国の強硬な反対は多分に政治的でもあるから、時と共に収まるだろう。彼らに対する提案がある。中国や韓国の沿岸の海水中のトリチウムの量を定期的に測定したらどうだろうか。未だ日本で放出した処理水はあちらには至っていないはずだから、現在の測定値を計っておいて、それが放出後に徐々に上がっていくのかどうか見ればいいのである。そうしたらそもそも自国の沿岸がどれほどのものか分かるであろう。

 

 ところでこのような事態に実害のある日本の水産物の関係者、場合によってあらゆる食品会社にたいして、東京電力や政府がしかるべき補償をすべきであることは当然のことである。

 

 それにしても習近平はこれほど放射能汚染に敏感に反応しながら、原爆をどんどん増産し続けているのはなんたる矛盾か。物事の軽重が分からず、愚かというしかない。そうした愚かな指導者が世界を動かしているという恐ろしさよ。

2023年8月24日 (木)

夢中になった記憶

 こどもの頃から本を読むのが好きで、本を読み出すと物音は一切聞こえなくなり、時間の経つのを忘れた。特に思い出す、夢中で読んだ本を何冊か挙げてみる。

 

吉川英治『水滸伝』
柴田錬三郎『孤剣は折れず』
M.ミッチェル『風と共に去りぬ』
開高健『日本三文オペラ』
光瀬龍『百億の昼と千億の夜』

 

いずれも小学生から高校生に掛けて読んだ本だ。吉川英治の『水滸伝』以外は二度も三度も読んでいる。他にも山のように夢中になって読んだ本があるが、挙げていけばきりがない。

 

 いまは夢中になることはあってもそれが持続しない。それにどちらかといえば考えながら読むような本が多くなっている。SFやミステリー、時代小説を読むことが少なくなっているから、時間を忘れるということもないようだ。

 

 いま、森本哲郎の『サハラ幻想行』という本を久しぶりに読んで、その世界観にどっぷりとはまっている。彼の本の中では特に内容が濃厚で、すいすいと読める本ではないのだが、もうすぐ読み終わる。サハラ砂漠の南側の岩山、タッシリ・ナジェールの岩山に描かれた壁画を苦労して見に行く物語である。ここの壁画はアルタミラの壁画をしのぐほどのものだと言われる。彼が訪ねたときは未だよく知られておらず、命がけの苦労をしている。本を読んでいる間は、私も森本哲郎と一緒に炎熱の砂漠を歩いている。

怖がりに端を発す

 中国経済の成長がコロナ禍を機に停滞、そして衰退に向かったように見える。一時的なのかどうかはこれからを見なければわからないが、労働人口減少が回復する見通しがなさそうなことを見れば、回復はむずかしいだろうと思われる。

 

 コロナ禍に対する対策を各国が順次取りやめたのにもかかわらず、中国はゼロコロナ政策を取り下げなかった。日本もずいぶん遅かったが、中国はもっと遅かったし、その対策も徹底しすぎるほど徹底していた。その政策を指示したのが習近平で、それを忠実厳格に推進したのが現在の首相である李強である。その対策が中国の経済に大きなダメージを与えた。もちろん過剰投資、特に不動産投資が膨らみすぎて限界に達していて、いつか破綻するだろうと言われていて、コロナ禍対策はその破綻を早める引き金になったということだろう。

 

 不動産投資は投資効果が大きい間は果てしなく拡大するように見える。しかしそれによって土地や建物の値段が上がりすぎれば、実需ではなく、投資のための投資になっていく。その投資効果が停滞したとたん、逆回転が始まってしまう。その逆回転がそろそろだぞ、という見立ての中にコロナ禍が起きて、一気にバブルがはじけてしまったのだ。

 

 ではどうしてこんなにゼロコロナ政策を強引に推し進め、さらにそれを取りやめるのが遅れたのか。

 

 そのことを考えるとき、私は今回の原発処理水に対する中国の異常なまでの反撥反対を同根のものと見る。習近平は異常なまでの怖がりなのである。コロナが怖い、そして処理水が怖いのである。科学的根拠など関係ない。彼の恐怖がこのような中国の行動の理由なのだと私は見ている。国がどうなろうとあまり斟酌しないし、取り巻きも誰も反対できない。だから中国の将来は悲観的だと、私は半分ジョーク混じりではあるが、考えている。

涼しい

 今朝眼が覚めると雷が鳴っていた。外を見ると雨が降ったようだ。エアコンをつけるまでは、朝は蒸し暑く感じる日が続いていたのに、今朝はあわててつける必要を感じないくらい涼しい。予報では今日は降ったり止んだりするとだろうという。出かける予定はないから降ってもかまわない。

 

 早朝、北朝鮮が衛星を打ち上げたが失敗したらしい。二回目の失敗だが、北朝鮮は失敗を認めた上で三回目を十月に打ち上げると通告しているそうだ。失敗しても担当者は粛清されないのだろうか。失敗のたびに技術者が粛清されれば、もう打ち上げに必要な人材が払底してしまうから粛清できないのだろうか。しかし技術者や関係者は戦々恐々だろう。北朝鮮の首相は水害などの責任を激しく叱責されたと報じられている。金正恩の気分次第でいつ殺されるか分からない北朝鮮という国の国民は生きた心地がしていないことだろう。

 

 ワグネルのプリゴジンが、モスクワ郊外に墜落した飛行機に搭乗していて死亡した、と報じられていた。たんなる飛行機事故なのか、プーチンの指示によるものなのか、本当のところは分からない。「裏切り者は許さない」と公言したプーチンの差し金だろう、と誰もが思うところだ。バイデンは「ロシアで起こることで、プーチンが関与していないことはあまりないだろう」と皮肉たっぷりに言ったという。

 

 世界は寛容の精神を失い、極右の台頭が顕著で、ますます混迷を深めつつあるようだ。行くところまで行かないともう止めようがないのだろうか。

2023年8月23日 (水)

森本哲郎へ帰る

 私は森本哲郎(1925-2014)の名前をしばしば出すけれど、どんな人なのか知っている人は少ないだろう。誕生した1925年は大正14年で、私の母と同年でありイメージしやすい。亡くなったのは母より一年早い。東大の哲学科を卒業後、社会学科の修士課程を修了。修士在学中に東京新聞の社会部記者になるが、その後まもなく朝日新聞社に移り、学芸部の記者となる。東京本社の編集委員などを歴任するが、1976年に退社し、評論家となる。日本の文明批評家、などとWikipediaには紹介されている。

 

 私が彼の文章に初めて出会ったのは朝日新聞の日曜版に連載していた『世界名作の旅』や、正月の特集版の記事である。大学生くらいのころだっただろうか。詩情と内省と文明批評がこめられたその文章に魅せられ、感銘したが、そのときは著作があることを知らなかった。

 

 就職して、与えられた営業という仕事にいろいろ思い悩む日々に、たまたま本屋で森本哲郎の名前を目にした。『生きがいへの旅』という本であった。私を再生させてくれた本である。この本では、世界をあちこち訪ね歩いた森本哲郎が、世界にはさまざまな人がいてさまざまな考え方をしているのだということがただ書かれているだけである。それなのに私は強い衝撃を受けた。人はそれぞれ違うのだ、という当たり前のことを初めて識った思いがした。

 

 当たり前だと思っているこの世界の表層の下に広い世界が立体的に拡がっていて、生まれて初めてその表層をほんの少しめくることができた思いがした。高校のときに格好をつけたくて、生まれて初めて哲学の本を買った。『世界の名著』シリーズのデンマークの哲学者『キルケゴール』の巻だった。二年ほど格闘して数ページだけ自分なりに解釈することができた。それはキルケゴールが言いたかったこととはかけ離れていたかも知れないが、私は私なりの世界の尻尾をつかんだような気がした。だから森本哲郎の文章とその論理に比較的にスムーズになじむことができた。

 

 森本哲郎はカントに始まるドイツ観念論に詳しい。もちろんあらゆる哲学をそれなりに博捜しているから、それらをさまざまに取り上げて世界を、そして文明を、さらに人間を論じている。彼は評論家というよりも思索家だと私は考えている。自らの哲学を生み出しているわけではないから哲学者ではない。彼は旅人である。彼の多くの著作のエッセンスは『世界への旅』全10巻と別巻にまとめられている。

 

 自分が煮詰まった気がしたときには森本哲郎に帰る。私には帰るところがある。十年ぶりに彼のもとへ帰っている。

アナログ的に

 日曜日ごろから連日雷が鳴っている。実際に雨が降り出したのは一回だけで、それも短時間だった。今日明日は雨交じりとの予報だが、朝遠雷を聞いただけで未だ降り出していない。

 

 ここのところ散財つづきだったし、来月には眼の手術で入院するのでまた出費がある。わずかな貯えが減る一方なので、すこし緊縮することにして、買い出しを控えて、なるべくあるもので食べつないでみようとおもう。何日保つだろう。野菜室の奥に入れていたもやしを見逃して、廃棄せざるを得なかったのは、金銭的な問題ではなく、残念なことだった。

 

 朝のブログに書いたようにデジタルからすこし距離を置きたい気分で、テレビもニュースをすこし観るだけにしている。とはいえ録画していた昨晩のプライムニュースだけは観た。ロシアが経済制裁にもかかわらず、あまりそれが効果を出していないことについて専門家の意見を聞いていたのだが、いつになく反町キャスターが普通にマスコミ的でちょっとうるさかった。物事には白黒、○×が明確でないことが多い、というよりほとんどがそうで、イエスかノーかみたいな態度で訊くマスコミや野党の態度はいつも不愉快である。夏休みを過ごしたあとでスイッチが入りすぎたのか、反町キャスターがそれに近かったのは残念だ。

 

 デジタルから距離を置く、ということになれば、私にできるのは紙の本での読書ということになる。久しぶりに曾野綾子を読んだり、森本哲郎を読んだり、その合間にウトウトしたりしている。

狂人か

 世の中はIT化、デジタル化に非可逆的に進んでいるようである。それは生活がより効率化、利便化することに繋がっているのだから良いことであるにちがいない。ただ、さまざまなことが仕組みのよく分からないブラックボックス化して、私もなんとかそれを理解しようとしてきたけれど、いつか置いていかれてしまった。

 

 すこし賢い悪者が、その仕組みの抜け穴を利用して悪いことをしている。国を挙げて悪いことをしているところもあるという。そういうことはひとつひとつ解決して抜け穴を塞ぐものだと思っていたけれど、一向に対策がとられて、もう大丈夫ですよ、ということになっていないのが不審である。デジタル化を巧妙に利用している人たちは、そういう抜け穴を利用していて、塞がない方が自分に有利なのだろう。そういう人たちが、わけの分からない人たちを実は巧妙に支配しているのだ、という見方も出来ないことはない。

 

 目に見えない電波(電磁波)が宙を飛び交い、「その電波によって自分は宇宙人に支配されている」と妄想に駆られた狂人が叫ぶ。彼らの常人を越えた過敏な神経が、こんにちの様相を予言していたのだろうか。それをいささか感じるというのは、私は狂人か。埋没するのではなく、すこしデジタルから離れる試みも必要かと思いはじめている。

2023年8月22日 (火)

なんのつもり

 若いころ、猛烈なラッシュの中を通勤した。出張の時にはそのラッシュの電車に乗らずに済む。出張が多かったから、毎日痛勤している人から見ればだいぶマシだったろう。私は大柄だから、頭が一つ皆より上にあり、息苦しいということはないのがありがたい。夏などは女性が薄着で、胸の空いた服を着たりしている。ふと見下ろすと、女性の胸の谷間が覗けてしまうことがある。見ようとして見たのではないとしても、見えたからさらに見続けて女性に気づかれたらどう思われるか分からない。見るつもりではなくて見えてしまったといっても言い訳にしか聞こえないだろう。残念だが目を逸らすようにする。

 

 韓国の人気DJの胸にさわったとして告発され捜査が始まって早々に、二人の男が警察に出頭したそうである。さわったけれど性的なつもりではなかったなどと言っているようだが、たまたま触れてしまったというのではなく、さわったことは事実であると認めているのだから、その社会的責任はまぬがれないだろう。こういう場合、さわられた方がどう感じたか、ということが原点で、さわった方がどんなつもりだったかは問題ではない・・・ということになっている。

 

 つい軽い気持ちで行った行為でも、国際問題に繋がりかねないことがある。社会的に厳しい制裁を受けることになるだろう。多分法的な処罰は知れているだろうが、すでに名前もさらされて、もし会社勤めなどしていれば職を失うなど、本人たちが期待するような謝罪程度では済まないことになるかもしれない。

 

 世の中にはして善いことと悪い事があり、その基準は時代によって大きく変わる。愚かにもそのことに想像力が働かないと、いくら後悔しても取り返しがつかないことがあり、その一例となるような話だと思う。

2023年8月21日 (月)

連想する

 夕刻前、娘のところから帰宅する少し前から雷鳴が轟いて、夕立が来るかなと思ったのだが、空雷だったようだ。一雨来れば多少は涼しくなったかも知れないが、中途半端ではますます蒸し暑くなる。名古屋は今日もほぼ36℃と猛暑日だった。

 

 録画してあった『混迷の世紀』というドキュメント番組の、今回のテーマはトルコのエルドアン大統領だった。トルコには2019年に行った。一度は見たいと思っていたボスポラス海峡やカッパドキアを見ることができたのは何よりうれしいことだった。結局長年続けたF君たちとの海外旅行もこれが最後の旅になった。エルドアン大統領が目指すのはトルコの再生、新しいオスマントルコなのか。

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 以前たまたま飲み屋で隣に座った女性がトルコからの留学生だった。そのときには未だトルコは大統領制ではなく、エルドアンは首相だった。その女性は、トルコは好いところだから是非訪ねて欲しいと言い、ただし、エルドアンはいまに強権政治をするだろう、場合によって独裁政治へ進むかも知れない、とも言った。実際にそうなりつつあるけれど、それがトルコにとって良いことなのかそうでないのか、ずっと気になっている。

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 文明が交差するところはおもしろい、と元上司で中国通の人は言った。記憶の善い人で、中国の歴代の王朝の名前や皇帝をことごとく諳んじて見せてくれた。一回り年上のその人の家には毎年一度は尋ねて話をした。その人はトルコをいちばん行きたいところと言いながら、スペインに先に行った。そのあと数年経たずに癌で亡くなってしまった。トルコの話をしたら喜んだだろうにと心から思う。

お礼の電話をしたら

 弟から千葉の梨が送られてきた。毎年送られてくる。スーパーなどで買うものよりもずっとみずみずしくて甘くて美味しい。そのお礼の電話をしたら、弟の声がおかしい。「コロナにかかって隔離されている」のだという。盆に弟の嫁さんの実家に帰ったら、そのときに感染したらしい。弟夫婦、弟の息子の家族が行ったのだが、感染してのは弟だけ。すでに熱は下がったのだが、喉が未だ痛いという。後遺症がなければ良いが。弟が頼んでいた新車(ワゴン車)がようやく届いたという。その車で名古屋に行くよ、という。私の眼の手術が終わってしばらくしたら、また兄弟でどこかに行くつもりなのだ。

 

 今日は午後から妻の病院へ支払いに行く予定。午前中にたまっていた用事をまじめにせっせと処理したので、あらかた片付けた。ついでだから逆方向ながら娘のところへ梨を届けに行くことにしている。

だらけモードにスイッチ

 円安状態が続いている。こういうときに海外旅行に行くといささか辛かったものだが、いまは他人事である。物価上昇の原因になっているけれど、限られた金を使える範囲で使うだけである。マスコミがオーバーに言うほど生活が苦しくなることもなく、飢えるようなことはない。ありがたいことだ。

 

 しばらくだらけムードが続いていたので、そろそろやる気スイッチを入れようと思っている。毎朝、これからやるべきことをメモ帳にリストアップする。むかしはざっくりしたことを書いていたが、いまは細かいことをさらに細分化して沢山書く。済んだことを消していくと、いかにも片付けが進んでいる、という満足感がある。そのリストアップそのものをしばらくサボっていたので、今日はそのリストが長くなりそうだ。

 

 だらけが続くとテクションが低くなってしまう。精神的なスイッチを入れるために、私はしばしば森本哲郎の本を読む。昨日から『サハラ幻想行』という本を読み始めた。三回目か四回目だ。サハラ砂漠にいて、哲学を考える文章だが、人間の原点について考えさせられる。若い時に面倒なことから逃げたしたくなったとき、森本哲郎の文章に出会って救われた。私が私淑している人生の師だ。

 

 さあ今日は忙しい。

2023年8月20日 (日)

知った尻から忘れるけれど

 自分の世界観、などというと大げさだが、世の中をどう捉えてどう考えるかの基礎みたいなものだ。しかしたとえば世界の地理そのものについて、どれだけ知っているかとなると、実際に行ったところにしても限られているし、地図でしか知らないところがほとんどだ。ニュースで名前のあがった国や地名について、知らないことが多いから地図を手元に置いている。普通の地図帳は大きいから、世界地図はコンパクト版のごく薄いものを置いている。東ヨーロッパ、アフリカ、東アジアなど、何度見てもその位置関係はきちんと頭におさまらない。

 

 こんな風に、自分ではそれなりに世界を把握しているつもりでも、実は知っていることはスカスカである。そのことをちゃんと自覚していないと、分かったつもりでいて恥ずかしいことになる。自分は何も知らないのだというところから、少しずつで良いから知らないことを知ろうと思うことができるか、それが勝負みたいに考えている。知った尻から忘れるのは哀しいけれど、どうせ忘れるから知らなくてもいいやというのはいやである。

遅刻常習犯

 私は遅刻がきらいである。本質的に気が小さくて人を待たせるのが嫌いなところに、祖父母も両親も遅刻はしてはならないと思う人たちだったから、きつく遅刻厳禁が刷り込まれた。祖父は時間ちょうどに行くことが正しいと考え、そのために万全を期すタイプで、無意味にゆとりを持つことも好まなかった。両親はたっぷりゆとりを持つタイプで、何があっても遅れないようにした。私は両親のタイプである。歩いて行くならともかく、乗り物を使う場合は何があるか分からない。

 

 偉い人の中には平然と遅刻する人がいる。その人が来なければ場が成り立たない人だから、待つしかない。忙しいから遅れるのだろうと我慢するしかない。偉い人だから遅れるのかと思いながら、遅れても泰然とするぐらいでないと偉くなれないのだとも思っていた。だから私は偉くなれないし、偉くなりたいとは思わないで生きてきた。間違って偉くなっても遅れなかっただろうと思う。

 

 しばしば遅刻常習者というのがいる。さまざまな言い訳をする。聞いていると、うんざりする。遅刻しないようにしよう、という気持ちが本当にあるように思えないからだ。もちろん私だって遅刻したことはある。不可抗力で(電車の大幅遅れなど)遅れるのはいたしかだないことだが、それでも私は遅刻したことが慚愧に堪えない。それが自分自身の理由で遅れたことが二度ほどあって、いまだにそれを覚えているということは、よほど許しがたい残念なことであったからだ。

 

 朝、目覚め前に遅刻する夢を見た。言語道断なことに、昼酒を飲んで会議に遅れたのである。寝汗をかいて不快な寝覚めだった。厚めのひんやりシートで寝ているが、汗臭いのでいま洗濯している。起きても、人生の慚愧に堪えない遅刻回数が一回増えた心地がしている。なぜこんな夢を見たのか絵解きはできる。できるけれども、しても取り返しがつかないから仕方がない。

2023年8月19日 (土)

バス旅行

 私は海外旅行に行くとき、とくに中国に旅行に行くときはJTBを使うことが多かった。多少割高だが安心感のある旅行会社だと思う。窓口にもなじみの人ができたりしてルートの相談(ツアーではなく、単独で行くことも多くて、ルートや行きたいところは自分で決めた)などもしやすかった。たまたまあるとき近畿ツーリストからの流れでクラブツーリズムを使ったことがある。旅での多少のトラブルはあるもので、そのことには不満はないのだが、そのトラブルのあとのメンテナンスが、JTBより劣るという体験をした。

 

 たまたまのことだったのかも知れず、すべてに差があるかどうかは知らないが、その印象が残ってクラブツーリズムは使う気にならなくなった。ところが海外旅行に行かなくなって四年以上、いまだにパンフレットを送ってくるし、国内、国外の旅行の案内のメールも送られてくる。不要であると連絡しても好いのだが、国内のバス旅の案内を見たくて未だ断っていない。コースによっては独りでも参加できて、多少割高だがそれなりのめぼしいところに行ける。自分で運転できなくなったらどんなコースのどういう旅をするか考える参考になる。鉄道も好いが、荷物を持っての旅はすこしたいへんだ。バスなら荷物を預けて乗ることができる。いまなら大きな私でもゆったり乗れるし、バス旅行も好いかもしれない。

 

 コロナ禍の補助に関する不正をするなど、会社としていかがかと思うが、とりあえずいまは資料を眺めさせてもらっている。

 

 東北への旅ですこし体重がリバウンドしたが、ようやくほぼ以前の適正体重に戻すことができた。ただ、細っていた食が戻りすぎて空腹感が強くなっている。油断するとたちまち昔の肥満に戻ってしまうので、気をつけようと思っている。娘と飲んで、ビールの美味さを思い出してしまった。あぶない。バス旅行ならビールを飲みながら行けるかなあ、なんてつい思ってしまう。

『EXPO 爆発物処理班』

『EXPO 爆発物処理班』(全六話)というイギリスのドラマを観た。EXPOは万博の意味ではなく、警察の爆発物処理班の通称のようだ。爆弾魔の事件を扱うドラマや映画は、その臨場感、緊迫感を観客に共感させなければ成り立たない。時間と知力の限界での主人公達の活躍に感情移入させれば成功だ。そういう意味ではこのドラマはたいへんよくできている。

 

 主人公をヴィッキー・マクリアという女優が演じている。シリーズで必ず見ているスウェーデンのミステリードラマ『凍てつく楽園』のメインキャストであるノラ・リンデ(アレクサンドラ・ラパポルト)によく似ていて、最初同じ俳優かと思ったりしたが、よく観るとやはり違った。

 

 全六話をゆるみなく一気に見せる展開はさすがイギリスのドラマだと思う。二重三重に仕掛けられた犯人の罠、それによってさすがの強気の女性がさまざまな試練にめげかけて、それにつけ込まれたりするが、ついにそれを乗り越えて、まあまあの結末に至る。後味の悪くないドラマだった。本当に北欧やイギリスのドラマは外れがない。

『MEN 同じ顔の男たち』

 旅から帰って、それなりにぽつりぽつりと用事がたまったけれど、片付ける気にならなくて先延ばしにしていた。あまりたまると収拾がつかなくなるのでそろそろひとつずつ処理しなければならない。毎日が日曜日の日々とは言え、生きているからには用事は常に生じるもので、いつまでもぼんやりとばかりはしていられない。

 

『MEN 同じ顔の男たち』という2022年アメリカ・イギリス映画を観た。分類から言えばホラー映画、不条理映画というところだろうか。ホラー映画はあまり好きではないが、若い時はけっこう観た。傑作も多い。ホラーを見るにはそれなりのエネルギーがいるので、今はよほどのことがなければ観ない。今回は「W座からの招待」での選定映画なので、はずれはないと思って観た。

 

 冒頭に衝撃的なシーンがあり、その心を癒やすために主人公のハーパーという女性(ジェシー・バックリー)は田舎の村はずれにある山荘にやってくる。そもそもそういうところに一人で行くことが癒やしになるのかと思うが、別に不思議ではないのだろう。物騒だし、いくつもの部屋のある山荘の夜など気味が悪くないのだろうかと思う。管理人の案内をうけ、満足した彼女は、翌朝山荘周辺の散策に出かける。緑に溢れる森の中の迷路のような小径を歩き、古い鉄道跡のような不気味なトンネルにたどり着く。そこで声を出すとこだまがいくつも帰ってくる。ここで「ハーパー」と彼女が言うと「ハーパー・・・ハーパー・・・ハーパー」とあたかも彼女に語りかけるように聞こえる。この「ハーパー」が、映画を見終わったのに耳について離れない。

 

 さまざまな男たちに出会う。女性はひとりも観ない。少年や司祭、酒場の男たち、それらはすべて管理人と同じロリー・ギリアが演じているのだが、全く違う扮装なのでうっかりすると全部違う人間に見える。当然ハーパーも同じ顔の男だとは気がつかない。

 

 そうして小事件が起こり、警官がやってきて、山荘へ侵入しようとした全裸の男が逮捕される。もちろん全裸の男も警官もロリー・ギリアが演じている。もともと不気味な気配が、ここから一気に濃厚になっていき、彼女の回想シーンでなぜ彼女がひとりで来たのか、冒頭のシーンの説明に繋がっていく。

 

 最後はホラーと言うよりも、呆気にとられるような奇妙な、グロテスク(ここまでシュールだといっそ芸術的だ)なことが連続し、逃げ回っていたハーパーもついに反撃する。彼女を襲うのは何か、彼女は何を目にすることになるのか。もちろんホラーだからつじつまなど合わなくて、どんな解釈も可能だろう。ちょっと夢に出て来そうな粘着性のある映画だった。出来はかなりいいと思う。

2023年8月18日 (金)

本日は無為の日

 昨日は昼から娘がやってきて、用意していたちょっとした料理をつまみにビールや酒を飲みながら歓談した。今回は父(彼女にとって祖父)の兄弟について私の知っていることをすこし詳しく話した。父は六人兄弟で、戦死したすぐ下の弟以外は私は交流があった。ただ、娘は誰とも面識がない。私のした話をどこまで覚えているか、とも思うが、案外こういうことは記憶に残るものである。自分のルーツに関わることを耳にしておくことは悪いことではないと思う。

 

 昼酒はよく効く。酩酊したころ、娘の亭主が仕事を終えて迎えに来た。彼も加わって残りの料理などをつまんでもらう。車だから酒を飲ませるわけにはいかないのが残念だ。人は何度も会えば気心も分かってきてだんだん打ち解けるものだ。以前は少々ぎこちない関係だったが、今回はかなりフランクに話をすることができた。それにしても私がすこし減量した分、彼の方は太っている。それでも持病の腰痛はかなり改善しているということだった。

 

 また来る、と言いながら娘夫婦二人がそろって帰ったのを見送ったら、にわかに酒が回ってきた。ひと息入れて食べ散らかしたものを片付けて、そのまま討ち死にした。

 

 今朝は二日酔いで何もする気がしない。そういうわけでぼんやりとしている。今日一日ぼんやりするのを楽しみたい。

2023年8月17日 (木)

 安倍元首相の死後、阿倍派の会長がなかなかきまらない。顔ぶれを見れば、そこそこ名の知れた実力者がそろっている。ただ、どんぐりの背比べで、抜きん出た人がいないから、誰かに決めようとしても誰かが足を引っ張って、いつまでたっても会長を選ぶことができないでいるということのようだ。

 

 会長は同時に首相への最短の位置ということでもある。重しになるべき有力者が、自らにも色気があるために、出る杭を打つ役割も演じているようだ。馬鹿ではないか。私見を言えば、海外でもよく働いている西村氏などが、見た目でも知名度でもそろそろ抜擢してもよいのではないだろうか。役割で一回り大きくなることもある。かなり困難な役割をこなしてきた人だから、権限を持ったら化けると私は思う。

 

 いいかげんにしないと阿倍派そのものが空中分解してしまうのではないか。

 

 海外からの観光客数がコロナ前の八割程度に回復したという。中国が日本への団体客を認可したということで、八割が十割以上になるのは遠くないことだと思うが、残念ながら観光地の受け入れ態勢はそれに対応し切れていない。何しろ人員削減で延命に努めていたから、急に従業員を増やそうとしても人手がいないらしいのだ。

 

 中国人を筆頭に、観光客の傍若無人ぶりは、次第にマナーを理解できるようになったおかげですこし改善してきているように思う。しかし限度を超えた数の観光客は、一般市民の生活に影響を与えはじめている。私はインバウンドという言葉になじめなくて嫌いだが、そのインバウンドの効果で日本人の生活が目に見えて豊かになるのならまだしも、未だそのような実感はない。

 娘が来たのでこれまでとする。

金持ち

 久しぶりに朝のバラエティニュース番組をぼんやりと見ていたら、シン富裕層という新しい金持ちが増えているという話題を取り上げていた。投資などで数億とか数十億という使い切れないほどの金を貯め込んでいるけれど、外観はちっとも金持ちに見えない生活をしているのだという。家も豪邸ではなく、高級車も持たず、着るものも目立たない服装らしい。家族を大事にし、子供の教育には金を惜しまず、海外での教育をすることが多いそうだ。

 

 金持ちになると友人関係も疎遠になる傾向があるのだそうだ。金で関係が歪んでしまうことがこの世では多いということか。金があると知られると、たちまちさまざまな悪の標的になる。詐欺や直接的な強盗掠奪の的になってしまうことは日ごろのニュースを観ていれば分かる。こうして金がどんどん貯まっても金をあまり使わない富裕層が増えるということは、つまり金がどこかに滞留してしまうということで、回ってこその金が世の中に回らずにそこで死んでいる。金を使えば悪者にバレて危険を産み、金を使わなければ金が死んでしまう。金持ちがちっともステイタスではないという現れがこのシン富裕層という存在なのだろう。

 

 むかしなら、単純にそういう金持ちにもっと税金という形で社会に金を回すようにしたものだけれど、いまは税金を上げると税金の安い国に逃げてしまうから元も子もなくなる、などという。そうなのかも知れないけれど、どうも税金を上げてほしくない人の作り上げたオハナシのような気がしないでもない。

 

 日本が安全で居心地の好い国なら、税金が安いことよりも日本にいることを選ぶだろうと思うがそうではないのだろうか。だからまずもう少し金持ちが安心して金持ちであることをステイタスにできる国になれるようにする必要があって、それができるのは国家しかないのだから、政府はそこに注力すべきではないのかと思う。

 

 庶民は、マスコミに踊らされて金持ちを妬むのは恥ずかしいことだ、という矜持を持って欲しいと思う。マスコミがそういう煽り方をするのは庶民のそういう妬みの心を増幅させているもので、もともと人間にはそういうものがあるのは仕方がないが、それを抑えるのが理性であり、知性であると思うのだが。

2023年8月16日 (水)

残念ながら

 広島駅で三時間あまり待っていたが、広島から新大阪までは運行を再開したが、新大阪東京間は復旧の目処が立たず、ということで、息子も「残念ながら、帰るのをあきらめる」と連絡してきた。くたびれただろう。新大阪まで来ればあとはなんとかならないものでもないだろうが、そう思って沢山の人が動いたらたいへんな混雑の中を来なければならない。息子の場合はあきらめてまたこんどにすることができる。今日から仕事や用事のある人はそういうわけにもいかないでたいへんな思いをしていることだろう。それにしてもJRはもう少しなんとか方策がなかったのだろうかと思う。

 

 娘に連絡したら、もう開通したと思っていたけどだめなのか、と言った。娘は明日予定通り昼過ぎに来る。せいぜい娘と歓談して美味しいものでも食べようと思う。親子三人で食べようと思っていろいろ用意してあったのだから。それにおかげで部屋もきれいになっているし。

帰れないかも知れない

息子が今日広島から帰省する予定だったが、「いま広島駅で二時間以上待っているのに運行再開の知らせはない」とメールしてきた。静岡の大雨で博多から東京まで運行が止まっている状態であることをネットで知った。

「帰れないかも知れない」とのメールに「無理するな」と返信した。暑い中、混んだ駅で待ち続けるのはたいへんだろう。残念だが仕方がない。それにしてこの台風が恨めしい。

事件でないことは

 今朝八時前の各局のニュースを観ていたら、台風被害の報道が多い。それは当然なのだが、運行を停止していたり制限されていた交通が、今日はどのように復旧しているのか報道がされていない。まったくないわけではないが、昨日動けなかった人が、今日は移動できるのか知りたいと思っているはずで、その人たちはニュースで知ることはできないとあきらめて、ネットで調べているだろう。八時を過ぎても相変わらずで、中にはタレントや芸人のバカ笑いがうるさい局(いつものことだが)もあってうんざりする。

 ニュースはスポーツや事件事故災害をひたすら報じるもので、何の役にも立たないと実感した。復旧など眼中にないのだ。たぶん、もう用がなくなってから報じてくれたのだろう、観てないけど。

不評

 韓国で行われたスカウト世界大会(ボーイスカウトとガールスカウトの大会)が大不評だったらしい。もともと広い湿地帯だったところを会場にしたために木陰がなく、この真夏の高温高湿度で熱中症になってダウンする人が続出し、大会途中で早々に撤退した国が続出したという。さらに虫が多くて刺される人も多かったとか、トイレが不備で清掃も行き届かなかったとか。

 

 そんな軟弱なことでどうする、という向きもあるようだが、スカウト大会といえば森や林の中でキャンプして交流し、訓練するイメージだから、炎天下の湿地帯の上での大会はかなり過酷であっただろう。虫は大会前から問題になっていて、駆除に努めたともいうが、ほとんど効果がなかったらしい。蠅のような虫で、刺されると赤く腫れ上がるというから、私が夏油温泉で刺されたものを連想する。

 

 文在寅元韓国大統領がそうそうに謝罪の言葉を語ったと伝えられた。開催の決定をした責任者としての責任を述べたようだが、場所も彼が決めたのだろうか。彼は国を代表して謝罪したつもりなのだろうか。ところが韓国野党はこの問題を大々的に政争の具にして政権批判のキャンペーンを張っているようだ。これで野党の支持が増えると思っているのだろう。

 

 岸田政権の支持率が下がり続けているという。マイナ保険証問題が主な理由であるらしいが、どうも国民は確たる理由がなく苛々させられていて、その不満が嵩じての岸田政権に対しての不評、というのが実際のところのような気がする。なんだか何かやっているらしいが、これをしている、というものが胸に落ちてこないのではないか。こっちを向いていない、国民と向き合っていないという不満は、案外致命的かも知れない。『丁寧に説明』しているつもりの岸田首相と、されていないと思う国民の意識のずれは想像以上に大きいようだ。

2023年8月15日 (火)

『L.A.コールドケース』

 『L.A.コールドケース』は2018年アメリカ・イギリス映画。主演はジョニー・デップ、共演はフォレスト・ウィテカー。この映画でのジョニー・デップはふだんのエキセントリックな演技を完全に押さえ込んで、静かに、しかも執念深く事件を追う元警官を演じている。ジョニー・デップもフォレスト・ウィテカーも、彼らが出演している映画ならたいていおもしろいことは間違いないので観ることにしている。つまり好きなのである。

 

 20世紀末のL.A.の警察汚職がどれほどすさまじかったのか、それをこれでもかというほど映画は描いていく。そしてそれが今改善されているのか、それはこの映画では明らかにしない。警官を辞めざるを得なくなって二十年、そこへ記者(フォレスト・ウィテカー)が訪ねていく。そうして過去の事件の再構成が行われていく。複雑に見えてわかりにくいいくつかの事件の関係が、次第に靄が晴れていくように見え始める。コールドケースというのは未解決事件、迷宮いり事件のことをいう。

 

 新しい事実なども加えられて、真相らしきものが明白になったとき、では何ができるのか。その記事をどうまとめてどう公表していくのか。ラストシーンに空しさと、しかし同時に男と男の約束のたしかさとに胸がじんわりと熱くなる。

 

 重厚で見応えのある好い映画であった。こういうタイプのアメリカ映画の傑作はいくつかある。人種問題も含めての深い闇を抱えているアメリカだからこその映画だと言えるだろう。

いつも以上に

 昨日からテレビの台風情報を観続けている。いつも災害に関する情報は丁寧に見る方だが、今回は直接の被害がおよぶおそれがあるから、いつも以上に注視している。大阪方面は直撃の影響を受けているようだ。大阪や奈良には知人や友人もいるので心配だが、川などのそばで直接的に危険なところにいる人はいなかったはずだ。

 

尾張地区のこちらでは、朝は雨だけで静かだったが、九時を過ぎてから次第に風が伴うようになった。マンション補修のための防護ネットは揺れているが、剥ぎ取られそうなほどではない。窓から見える揺れる木々の枝からみると、いまは東風のようだ。これからさらに風雨が強くなるというのは考えにくいが、吹き戻しもあるから、外へ出るのは控えることにしよう。

 

 午前中は掃除をしていた。昨日の掃除で舞い上がったホコリをもう一度取り除く。なんとなく気持ちが好い。空気がすこしきれいになっているのだろう。空気清浄機もひと息ついているところかも知れない。

 

「とりあえず」とってある書類や手紙が積まれている。午後は、処理済みや不要なものをより分けて処分し、片付けなければならないものだけにして、処理の予定を立てることにする。面倒だが、分類が終わると残るのはたいていほんの一握りになる。時間というのはすぐれたシュレッダーだ。どうしようもなくなったものが見つかることもあるが、もうどうしようもないのだ。

静かな朝

 今朝は雨。風がほとんどない静かな雨降りの朝である。台風は和歌山県に上陸したらしいが、こちらでは心配されたような暴風雨ではない。コンパクトな台風だというから、その暴風雨の範囲が狭いのだろうか。大きな被害がなければ、今日一日過ぎて明日は平常通りに戻れるとありがたい。息子と娘は予定を遅らせて明日来るのだ。

 

 昨晩の『ファミリーヒストリィ』は草刈正雄だった。ほとんど父親の情報がない中で、それを探し当てるNHKの情報調査力はさすがというしかない。この番組はどの人が選ばれるかで見たり見なかったりしているが、今回は是非とも観たいと思っていた。感動した。観て好かった。こういうことが出来るのがNHKの良いところだろう。

2023年8月14日 (月)

明日はどうなる

 今のところ全天を雲が覆っていて、風も吹いて来たけれど雨は降り出していない。昼過ぎに買い物に行ったときの気温は明らかに体温以上である。こんどの台風は思ったより西にそれてくれたので、多分この地区では暴風雨というほどのことにはならないのではないか。今晩から明日の朝にかけてどうなるのか。マンションは補修工事用の足場が組まれ、防護ネットで覆われているから、それが吹き飛ばされないことを祈りたい。

 

 部屋の掃除はぼちぼちやっているうちになんとか一通り片付いた。とはいっても、ここにあるものをあちらに動かして、見た目が片付いたように見えているだけである。いつものように、もういいや、というところで自分に手を打つ。掃除機の中のゴミが満杯だった。

 

 ブログを見ていただいているおキヨさんにも言われたけれど、きれいになった満足感を頼りに、掃除をもっと習慣化しなければならない。習慣化すると面倒だと感じなくなるものである。食事を三食作るのも、よくやりますね、といわれるけれど、習慣化しているから全く苦にならない。面倒なときは結構手抜きをしている。食べることがもともと好きでもある。

 

 それにしても今月やってきた台風二つはゆっくりしていていつまでも迷惑をかけ続けていていやらしい。特に今回の7号は、貴重な盆休みを台無しにして、多くの人を困らせている。まだ被害というほどのことはないが、上陸以後に大きな被害でもあると、自然現象だとしても恨めしい。私は窓からで外を眺めるだけだが、息子や娘が来るので心配であり、台風の行方がいらだたしい。

 

 早く行ってしまえ!

知のインフラ

 国立科学博物館が資金不足で維持が困難になり、クラウドファンディングをつのったら、目標一億円をたちまちのうちに超え、六億円を超えているらしい。たいへん嬉しいニュースである。しかし、このような文化的な施設が軒並み維持困難になっているといわれ、施設の補修もままならないという。日本の知のインフラが危機にある、とコメンテーターが言っていたが本当にその通りだと思う。

 

 どうしてそんなことになっているのか、そんな文化的なものに価値感を持たない国民が多いということだろう。価値感を感じなければ関心も興味も持つはずがない。日本の文化度がもともと低かったわけではないと思いたい。文化度は低下しているのだと私は感じている。国民が関心のないものに予算が配分されるはずがない。日本の文化的なものに掛ける予算はフランスの十分の一だという。あまりのことに言葉がない。

 

 日本はどんどん文化度が低レベル化しつつあるのだろう。それについてはいささか思うところがあるが、いまは論じない。日本の文化度の低下に危機感を感じている人は少なからずいる。だからクラウドファンディングに応じる人がこれだけいたのだろう。関心のない多くの人は、そういう人は勝手にすれば、というところだろう。損得、好き嫌いをもとに教育してきた結果がこれである。文化の価値などというとたちまち軍国教育だという自動機械みたいなリアクションがあるから、古い文化遺産を評価したり伝統を伝えていくことがますます困難になっていく。せいぜいバーチャルに生きたらよかろう。

説明が足らない

 寝室に、寝床で寝そべって使えるように置いてあるパソコンは無能パソコンで、立ち上がりが異常に遅い。ネットのアクセスも遅いのでストレスフルである。もともとは旅のお供にしていたラップトップパソコンが発熱がひどくなってご臨終が近い気配だったので、代わりに重いけれど15インチの格安パソコンを買ったものだが、ここまでひどいとは思わなかった。安物買いの銭失いとはまさにこのことか。仕方がないのですこし性能のよいSSDパソコンを買い直したら、快適この上ない。これが常用パソコンになっている。当然旅のお供にもしている。

 

 今回ご老体のパソコンにもう一働きしてもらうため、無能パソコンに入れ替えてみた。しばらくぶりに電源を入れたので、最初の起ち上がりは多分いろいろな更新を勝手にやっているせいで動作がとても遅かったが、繰り返し再起動をしているうちに昔の元気を取り戻した。発熱対策にはファン付きのアルミ板を用意してある。パソコンの熱をどんどん放熱してくれている。今後はしばらくこのご老体に頑張ってもらう。

 

 福島第一原発の処理水について今朝も報じられていた。中国の反応は悪意があって論外だが、今回の切り口は、流通業者、消費者の反応についての、この二三年の変化についてであった。安全性については、科学的な安全性については多くが了解しつつあるようである。ところが政府の説明が不足しているという答えはほとんど減っていないのである。簡単に言えば、理屈は理解したが納得できていないということだろう。

 

 しからば納得してもらうために何をすればいいのか。多分、「安全です」ということを科学的なデータをもとにひたすら繰り返すのだろう。すでに理解している人間にそんなことをしても無意味である。どうしてもそういうことをしたければ、聞く耳もたぬ人に一人ずつ説明するしかないが、理解する気のない相手に説得できるだろうか。結局どこかで十分説明したから、といって海へ流すつもりであることは明白だ。

 

 私は放流しかないこと、科学的に安全であるだろうことは理解しているつもりだ。それでも放流は反対である。今回の調査による「政府の説明が足りない」という声というものはどういうものか。私の解釈は、原発事故の責任についての、東京電力と日本政府の「ごめんなさい、私が悪かったです。だから勘弁して下さい。お願いだから処理水を流させて下さい」という当たり前の「説明」がないではないかとほとんどの国民が感じているということなのだと思っている。

 

 地震や津波は自然現象による災害であり、原発事故は仕方がなかった、責任は東京電力や政府にはない、ということで押し切ろうとしているように見えているのである。それで処理水放流を認めて下さいというのはおかしいのではないか、と思うのである。「迷惑をおかけして申し訳ありません」でも「責任はありません」という相手が、困ったからといってどうして助けてやらなければならないのか。顔を洗って出直せ、ということなのである。

 

 ではどうしたらいいのか、冷たいようだが、そんなこと東京電力と政府が考えればいいことで、国民が考えることではない。

2023年8月13日 (日)

知性

 昼から、ほんのわずか家の中のものを移動して隅々のホコリを掃除しただけで汗をかいた。涼しい部屋なのに日ごろどれだけ体を動かしていないのかと思うと情けない。いろいろものがいつもと違うところにある間を歩くと、うっかりするとよろける。平衡感覚が鈍っている。よろけたときにカバーする筋肉も弱っている。これも情けない。やりたいと思っていた掃除は半分しか終わっていない。明日明後日はどうせ台風の影響で雨だろう。息子たちが来るまでまだ時間はある。ところで広島からの新幹線はいつから大丈夫だろうか。

 

 掃除しながら知性ということを考えていた。反知性主義などと言う言葉について考えるための、大本の知性とは何かについて分からないと何を考えているのか分からなくなる。ざる頭はまず基本の基本から。いつものように岩波の国語辞典で「知性」を見てみれば、「物事を知り、考えたり判断したりする能力」とある。「知性が低い」、「知性的」などというように使われるようだ。まあそうだろうな、ここまでは分かる気がする。

 

 ところで「知る」とはどういうことか。とたんにむずかしくなる。「心でとらえる。(他と区別して)その存在を認め、または内容・意味等をさとる。分かる。十分に理解して体得する。意識・記憶にとどめる」とさまざまに拡がってしまう。基本的な言葉ほどむずかしいものだ。

 

 いまは、「知る」とは、最後の「意識・記憶にとどめる」ということだと受け取る人が多いかも知れない。つまり情報、データを記憶することが知ることだと考える。そうしてそのデータをもとに「考えたり判断する」のが知性だと思われているだろう。そんな情報はわざわざ苦労して自分の頭の中側にため込む必要はなく、検索すればいくらでも「知る」ことは出来るし、さらに考えて判断することすらAIがしてくれるとなると、知性などというものの価値が低下して見えるだろう。だから反知性というのは、そういう面倒くさい知性などというものを否定するものだと勘違いして受け取られてしまう。

 

 どうも違うようなのである。反知性主義はアメリカで顕著に見られる。科学は進化論や地動説によって聖書を否定した。科学的知識に基づく考え方を知性主義として、聖書が正しいという前提でそれを否定するのが反知性主義のようである。アメリカではいまだに進化論を認めない州もあるというが本当だろうか。トランプなどはもちろん反知性主義であろう。その強固な支持者たちは事実を否定しているように見えるが、彼らにとっての正しいことをもとにわれわれからは事実に見えることを否定しているのである。

 

 知性が劣るのは非知性的というのであって、違うのである。

 

 ところで、いまはいくらでも異なる情報を入手できて比較し、考え、判断できるのに、北朝鮮や中国でもないのに、偏った特定の情報のみを鵜呑みにしている人が増えているように見えるが、もともとそういう人はいて、声が大きくなっただけかも知れない。

声は掛けずに

 月に一度組長の会議があり、そのあとに回覧板が回される。一組十軒あまりを回るのに一週間あまり。読み終わると、(不在の人も多いので)声を掛けずに扉の把手にぶら下げるようにしている。長期不在のときは、私は組長にその旨連絡しておいてあとで見せてもらうことにしている。その回覧板が来ているのに、外出しなかったので丸二日以上気がつかずにいた。あわてて読んで次へ回す。

 

 朝ゆっくりしてから、ビージーズを聴きながら玄関周り、廊下と台所周辺の掃除をした。レンジ周りや流しの掃除は昼食のしたくもあるので未だ途中である。今日の昼食は簡単に冷や麦と卵焼きに白菜の漬け物だけ。薬味は茗荷にする。食べ終わったら俎と茶渋がちょっと気になる陶器、コーヒーポットや、生ゴミ用三角コーナーをキッチンブリーチする。すこし漬け込んでおけばかなりきれいになるのが嬉しい。あとでそれを流せば排水溝のぬめりもきれいになる。

 

 午後にはテレビ周りをざっくりと掃除機を掛けることにする。ホコリがたまりにたまっているところだ。こういうホコリが体にも電気製品にもよくないことを承知しながらなかなか行き届いていない。私の両親はきれい好きで、夫婦そろって毎日これでもかというほど隅々まで磨き上げていたのに、私は不肖の息子である。もし息子たちが来なければ先延ばしにしているだろう。それでもエアコンが新しくなったので、体を動かしても効き過ぎるほど冷えてくれるから多少汗ばむ程度である。本当に今は快適に生きられる。ありがたいことだ。

食事

 風呂に入るのも忘れて夜中過ぎまで北欧のミステリードラマを観ていたので、朝起きたらぼんやりしている。部屋にエアコンをかけておいて、朝風呂に入る。血がめぐりはじめ、洗髪したらようやく頭が動き始めた(まだ「働く」ところまでいっていない)。

 

 部屋の中が雑然としている。ホコリが多い気がする。すこし丁寧に掃除をしないといけない。丁寧というのは、大物も含めて移動できるものは移動し、掃除機をかけるということで、今まで「四角い座敷を丸く掃いて」いたよりももう少し隅々まで掃除するということである。何しろ息子と娘が来るのである。あまり見苦しいと心配されてしまう。それにしても台風がどう影響するのか心配だ。

 

 旅の最中に読み終えた岩村暢子『変わる家族 変わる食卓』(中公文庫)を読んでいろいろ考えた。そのことはもう少し煮詰めてあとで書くけれど、食材を買って一から調理するという食事が減っているという指摘に深く頷くものがある。私もインスタントものや惣菜を買うことが、自覚している以上に増えている気がする。スーパーの鮮魚コーナーも縮小している。魚を買って自らさばく、という主婦がどれだけ残っているだろうか。私も釣りをしなくなってから出刃包丁を持つことがほとんどなくなった。

 

 スーパーの食材について若い人と高齢者との買い物の違い、素材で買うか調理されたものを買うかの傾向などを意識して眺めてみるのも社会学的観察としておもしろそうな気がする。もちろん予想では若い主婦ほど調理されたものを買うことが多いだろう。それでも私がスーパーに行く時間はお年寄りの割合が高い時間で、若い人の行くことの多い時間は混むのではずしている。それにしても年寄りの多いことよ。私もそうだが。

2023年8月12日 (土)

消化中

 旅の間に録りためていた紀行番組やドラマを昨日から消化中。北海道の鉄道の旅を見ていれば、自分が若いころ仕事にめげそうになって辞めたいと思いながら車窓を眺めたときのことを思い出し、『街道を行く』第二シーズンを観れば、司馬遼太郎の沖縄についての、そして会津についての熱い思いに共感したりしている。

 

 さらに今日は七月に放映されたノルウエーの『アーベル&ベルゲン法律事務所』というドラマの第二シーズン全10話を一気観しはじめたら止まらなくなっていて、ブログをゆっくり考えて書いている暇がない。すでに観た第一シーズンよりも事件性が濃くなって、その分いっそうおもしろい。

 

 今日はスウェーデンのミステリー『レベッカ・マーティンソン 型破りの捜査』全8話が放映されていて、これも今録画中。WOWOWでは私の大好きなイギリスや北欧のミステリードラマがまとめて放映されるので、観る方が追いつかなくて嬉しい悲鳴である。それに『アーベル&ベルゲン法律事務所』の第三シーズンも来週二日かけて全10話が一挙に放映される。わあ忙しい。消化が追いつかないではないか。

偏見と許容

 人は皆、さまざまな価値感を持つ。ただ、その価値観が差別に繋がってしまうような、偏見に基づく行動を伴うことは社会に軋轢を生み、害をなす。差別が悪いことだ、というのはそういう弊害があるからである。区別と差別の違いとはそこにあるのかと思う。しかし、その境目は当然ながらあいまいである。そして差別についての指摘はしばしばその境目を越境する。過剰な言葉狩りなどはそのゆえに生ずる。

 

 こういうことは、具体的な事例を挙げて論じると分かりやすいのだが、下手をするとたちまち差別主義者のレッテルを貼られるから恐ろしい。あえて例をあげれば、女性は結婚して子供を産み、育てるのが自然である、という考え方など、そう思う人は少なからずいることだろう。それはその人の考え方である。ただ、そういう人が女性に向かって「そうすべきだ、なぜそうしないのだ」といったら、それは問題とされても当然だ。結婚しない人、子供を産まない人はその人の考え方でそうしているのであろう。

 

 今は、たいていの人は心に思っても他人にそういうことは言わなくなっている。思っているだけなら価値観の違いというだけのことである。先ほど越境する、といったのは、そういう価値感を持つことは正しくない、悪である、として非難攻撃する風潮が見られることだ。他者の価値観を認めないという越境は、私には危険なものに感じられる。時代や社会によって価値観も変わるし、人による違いもあることを認めないというのは傲慢なことのように思うのだが。

 

 今は何でも自由に言える時代だなんてとんでもない。誰かが「あの人は差別的だ」とがめ立てすると一斉に袋だたきが始まる時代だ。しかもあえて袋だたきに遭うことを想定して売名するという輩までいるからわけが分からない。価値観の幅の許容が今ほど狭くなっている時代はないのではないか。しかも袋だたきの基準などそもそもないから恐ろしい。こうして力のないものは匿名でしかものが言いにくい時代になっている。さらにその匿名を悪事に利用する悪者も横行していて、何が何だか分からなくなっている。

 

 世の中の価値観の許容の幅がもう少し緩やかにならないものかと思う。

借金8兆円

村民すべてがお金持ちという中国の村が、お金の儲かるシステムが破綻して、借金が8兆円になったと報じられた。村民の収入の85%を村長の経営する管理会社に預け、それを運用して莫大な利益を上げるというシステムだったが、創業者の先代の村長が死んで息子の代になり、投資による利益が上がらなくなってついには損失を出す事態になったようだ。

村というのだから、人口は数千人とかせいぜい数万人というところだろう。8兆円を均等割したらひとりあたり億を超える負債ということになるが、報じる映像では、村人たちは金持ち村を象徴する村の中心のタワーの前の広場で愉しげににダンスを踊っている。負債を抱えているのは管理会社で、村人ではないと思っているのだろうか。それでも少なくない村人が村から逃げ出しているのだとも報じていた。

中国経済のかなりの部分が投資によって回って来た。大きな金を動かすほどそれ以上に大きな利益を生む、というのはお金の不思議なところで、それがこの村でも成功したのだろうが、一度逆回転し始めると損失も大きくなるのもこの世の理である。不動産大手の恒大集団という会社が破綻のふちにいることはしばらく前から報じられてきたが、それよりも大きな中国トップの不動産会社が危険水域にあるという報道もある。かねてからうわさされていた中国の不動産バブルがついに本格的にはじけ始めたのかもしれない。

中国経済がどうも変調をきたしているらしいとは、一部専門家によって様々に語られ始めていたが、中国政府の発表する経済指標は相変わらずコロナ禍の停滞からの力強い回復を示している。何が本当なのかよく分からない。中国人と中国に投資をしている人以外は中国経済が不調になっていくことを内心では期待しているだろう。私もそうである。金の切れ目が縁の切れ目で、金で多くの国を味方につけたように見えても、金が途切れればその関係ははかないものとなるにちがいない。

しかしそのことは世界経済には悪影響をもたらす可能性がある。そして中国国内の不満も高まり社会不安も増大する。そういうときに権力者は何をするか分からない。古来、外部に敵を示して撃って出るのが常道だからだ。台湾危機は妄想ではない。

2023年8月11日 (金)

片付け方

 生きていれば、片付けなければならないことが次から次に生じてくる。とても片付けきれないように思えるが、一つ片付ければ一つは必ず片付く。ひとつひとつ片付けていけばいつかはすべて片付く。片付けたと思ったそのすぐあとからさらに片付けなければならないことが次々に増えて片付けきれないように思えても、片付けきれないほどのものを抱えて生きている人はそれほど多くはない。本当に片付けきれないほどのものを抱えて生きていた人を知っているけれど、普通の人はそういう生き方はできないし、しないものだ。

 

 片付けきれなかったらあきらめる、という片付け片もあるのだ。

 

 分厚くてすこしむずかしい本でも1ページずつ読んでいくと、ついには読み終えている。もちろんおもしろいにちがいないとか、何か自分の知らないことを教えてくれそうだという予感がなければ読み始めないから、読めるはずだし、期待外れならあきらめるし、予感通りなら満足感が大きい。

 

 ふと思ったけれど、勉強もそういうもののような気がする。特に語学はひとつひとつ乗り越えていくうちに身につくもので、やる前にそこから逃げているからついに身につかないのだ・・・といまさら気がついても遅いか。世界を拡げ損ねたなあと思う。でも私に取っては充分広い世界を見た気もする。

魂のたき火

 早朝のNHKBSで『魂のたき火』という、ただたき火の燃えている映像が流れている番組があって、早く起きすぎた朝など、ぼんやりと眺めていることがある。薪のパチパチとはぜる音なども聞こえるから、ぼんやりした意識のままでいると、本当に火の前にいてその熱気まで感じるようだ。   

 

 私が育った千葉県の九十九里浜から10キロほど内陸に入った街にある実家は、両親が別のところで弟夫婦と暮らすようになって、最終的に処分したから更地になって跡形もなくなった。ずいぶん見に行っていないから、いまは何か建っているかも知れない。その実家には薪で焚く風呂があった。私がこどものころは薪も安く手に入ったから沢山縁の下などに詰め込んであって、それを引っ張り出してはくべていた。

 

 近所で家を新築したりすると、廃材などをもらって薪のかわりに燃やした。太い材木なども手に入れば父がまさかりで薪にした。刃の分厚いまさかりで割るにはコツがいって、下手をすると撥ねて怪我をする。私がまさかりを使わせてもらえるようになったのは小学校の高学年になってからである。中学校で剣道をやってから手首もしっかりしてきれいに割れるようになった。

 

 薪を割るのも風呂のかまどの火を燃やすのも父の好きなことで、焚き口の前で火を眺めてぼんやりしているときの父は本当に幸せそうだった。着火させるにはコツがある。父は「夏下冬上(かかとうじょう)」と呪文のようにいう。夏は火種を下にして、冬は上にすると着火しやすいというのだ。

 

 学生時代、帰省するとその焚き口の前に座って薪をくべる仕事を私が奪ってしまう。父は恨めしそうに眺めながら黙っている。まことに火の燃えているのを眺めているのは心が癒やされる至福の時間だ。だから『魂のたき火』の火の燃えている様子を見ていると、その頃のことを思い出して無我の境地になれるのである。

『本が好き・・・』

 高島俊男『本が好き、悪口言うのはもっと好き』(文春文庫)というこの本を久しぶりに再読した。私の知識がもっともっと深ければ(つまり本物の勉強をとことんしていたら)この人のような生き方もいいなあと思うが、実際のところはそれなりにたいへんなようだ。正論はときに味方が少ない。味方が少なければ生きづらい。生活も成り立ちにくい。けれど本物の友だちはできるだろう。

 

 この中には長短さまざまな文章が収められている。前半は軽いエッセー風のもの、後半は「支那」という言葉を廻って詳細な論拠で持論を展開する『「支那」は悪い言葉だろうか』とか、『ネアカ李白とネクラ杜甫』という李白と杜甫についての比較評論、『なごやかなる修羅場』での連歌についての考察などが読みでがある。最も記憶に残るのが『回や其の楽を改めず』という狩野亨吉(こうきち)についての評伝だ。夏目漱石との関係、また幸田露伴との関係、さらに内藤湖南との関係は夙に知られるところで、特に内藤湖南を京都大学に招聘するにあたり、学長である自らが身を引いたことで知られる。

 

 私の頭の中にある狩野亨吉はこの文章を読んで形作られていたことを思い出させられた。また記憶が薄れたころ、再読したい本である。

2023年8月10日 (木)

よく冷える

 昼前にクーラーの据え付けに来てくれたが、思ったより時間がかかり、稼働するまで三時間近くかかった。それにしてもいろいろな道具があるものだと感心する。それらの道具を使って手際よく工事を進めているのを見ていると、さすがにプロだなあと感心する。古いものはお掃除機能その他いろいろ機能があったけれど、新しいものはリモコンも含めてシンプル。しかし前よりも広い部屋用のハイパワーである。冷やしはじめたらぐんぐん室温が下がり、エアコンというものはこうして冷えてこその機械だとあらためて実感した。気をつけないと冷えすぎてしまう。

 

 昨日頼んで今日の工事となったが、こちらにはありがたかった。この時期は急に依頼があることも多いという。その代わりぽかっと空いてしまうこともあるらしい。コロナ禍の間は結構クーラーが売れて却って忙しかったが、今年は猛暑なのに、それと較べるとクーラーの売れ行きはいまひとつなのだそうだ。

 

 工事の人に電話がたびたびあって何やら怒っている。キャンセルになったいきさつに関係することらしい。かなり勝手なことをいわれたらしく、「できることとできないことがある」などとぼやいていた。断っておいてまたなんとかしろと言ってきた気配である。

 

 28℃に設定するとちゃんと28℃になるうれしさよ。しかもすぐ冷える。ただ、電気を食うので、他のものとの併用に以前以上に気を使う必要がありそうだ。電子レンジや電気釜、電気湯沸かしなど、同時に使ったら、以前でもアウトだった。こんどは以前以上にあぶない。ブレーカーを落としてしまうと困るものがいくつかあるのだ。ふるいマンションなので部屋割りのアンペア数も今の電化時代にそぐわない。配線の太さがそれに対応したものなので、電気工事の人に以前聞いたらここのマンションでは容量を上げることはほぼ無理だといわれた。

三陸の断崖

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三陸の海岸はリアス式といわれる深く入り江が切れ込んだ地形になっている。この入り江にあの東北大地震の大波が押し寄せた。津波は入り江を呑み込み、多くの犠牲をもたらした。

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わかりにくいが、この下にも漁村があって、30メートル近い大津波がすべて呑み込んでいった。

その先の崖の上に行ってみる。

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美しい海が拡がる。

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日本の海はそもそも美しい。美しくないのは人間のせいである。

八戸から国道45号線を南下して、普代というところから海側の県道44号線に入る。断崖が見られるところがあるようだ。

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黒崎の断崖。

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ここを舞台に宮沢賢治が『発動機船』という詩を書いているそうだ。

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北山崎の断崖。

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ずっと南下して国道45号線に戻り、さらに三陸道に乗る。鵜の巣断崖インターを降りて、鵜の巣断崖を見に行く。ここは以前通過したことがあるが、時間の余裕がなくて立ち寄れなかった。

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三陸復興国立公園というのだ。初めて知った。この道を行くのだが結構歩く。一キロくらいか。木陰でも蒸し暑いから辛い。

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断崖の上からの絶景を堪能して大いに満足した。

このあと夏油温泉に行った。今回の旅のこれが最後の報告である。

キャンセルがあって

 今までのものが寿命が来たらしいので、新しいエアコンに買い換えたいが、機械はあっても予定が詰まって据え付け工事の人の手配がつかないということだった。息子が帰省してくるというのに暑い思いをさせることになると思っていたら、昨夕に電気屋から電話があり、キャンセルがあったので明日なら設置できるが急なことなので都合はいいか、ということである。二つ返事でお願いした。なんと今日午前中に設置してもらえるのだ。頼んでおいてよかった。

 

 息子は来週前半に来る予定だったが、台風の直撃が心配なので後半になった。娘に電話して、日を合わせて顔を出すようにいったら「行くよ」といつものあっさり返事である。エアコンの手配がついたことを伝えると「よかったね」という。言葉数は少ないが冷たいわけではない。一応こちらの気持ちを理解してから簡潔に返事をする娘なのだ。これで結婚できたのだから、親として娘の旦那に感謝しなければならない。たぶん夫婦だとちゃんと話しているのだろう。

 

 みんながそろった日には宴会の予定。岩手の地酒を二本買ってきてある。酒の肴をどうするか、今から検討する。三分クッキングの録画リストの中からめぼしいものを選ぼうかと思う。

 

 昨日の泌尿器科の検診は医師が体調不良で外科の先生が急遽の代役であり、「変わったことはありませんか」で、近況を報告して終わり。病院へ行くのに炎天下を歩いたので大汗をかいた。そのおかげなのか、足のむくみが引き始めていた。右足は元に戻り、左足がまだむくみがすこし残っている。薬を処方するほどではないといわれる。今回の旅行中に4キロ近く体重がリバウンドしていたけれど、今は2.5キロくらい。いつもの正しい私の食事に戻れば遠からず元に戻るだろう。歩くのには差し支えないが膝が痛くて階段の登りが辛い。これも体重を落とし、むくみが引けばかなり改善されるはずだ。

2023年8月 9日 (水)

首の横

 峠道の景色の好いところなどで車を停めて写真を撮ったりしていると、虻やら蜂やらさまざまな虫がわっと寄ってくる。酒好きだから私の臭いは彼らにはいい匂いに感じるのだろうか。たいへん好かれる。あわてて払い、車の中に入り込まれないように注意する。

 

 今回も一匹虫に入られてしまい、車を停めて外に出そうとしたが、居座ろうとするのでご臨終願った。実は夏油温泉の建物の端の、携帯がかろうじてつながる暗がりでブログを送ろうと苦戦していたら、首にパシッと痛みが走った。それほど激しいものではない。蠅よりも一回り大きい虫が私の周りを飛び回っている。腕に止まったのではたいたら見えなくなった。腕のところに赤いポッチが見える。どうやら首は本格的にやられたらしい。虻にもいろいろあるのだろうか。普通虻に咬まれるという。肉を食いちぎるようにする。一度やられたことがある。すぐ虫刺されの薬で処置して事なきを得た。今回も宿で薬をつけてもらった。

 

 腕の方は跡形も無く消えたが、首の横は腫れてしこりになって昨日まで痛痒かった。今日になったらだいぶ治まった。これで時間と共に治るだろう。どうも他の人は虫でわいわい騒いだりしていないから、私特有なのかも知れない。虫除けスプレーは数年前に買ったものがあるが、今回は持参しなかった。もう効かないかも知れないし。こんどは用意しておく方がいいかも知れない。

うっかりするところだった

 今日は母の祥月命日。なくなった日も暑かった。ところで母の命日に何か予定があったはずだが、とカレンダーを見て、今日が泌尿器科の定期検診の日であることに気がついた。うっかりするところだった。

 

 検診は午後だから、昼過ぎに行って検尿してひたすら診察を待てばいい。朝だったら大慌てになるところであった。エアコンはかろうじて28℃台をキープしているのでなんとかしのげる。息子が盆休みに帰省してくると連絡をくれているが、あまり居心地が良くないぞ、と返事をしてある。来てほしいし会いたいが、寝苦しい夜を過ごさせるのも可哀想である。

日常モードへ

 昨日の日本海側は、フェーン現象で酷暑だったようだ。昨日はその日本海側の富山県魚津で朝を迎えた。久しぶりに埋没林を見に行きたいところだが、体が重い。両方の下肢が久しぶりにむくんでしまった。体が水分コントロールできなくなっている。連日冷たいものや酒を飲み過ぎたようだ。よく寝たのに疲労も取り切れていない。ホテルの朝食を食べてそのまま帰路についた。だからその日の暑さは経験していない。

 

 北陸道で富山から小矢部を経由して東海北陸道へ。勝手知ったるなじみの道だ。しかしこの東海北陸道というのは四六時中工事をしている。そういえば今回走った道路でも道路工事の箇所がうんざりするほど沢山あった。メンテナンス工事、つまり補修工事ということのようだ。日本中の道路がメンテナンスしなければならない状態ということで、何やら日本そのものもメンテナンスしなければならないほどボロボロになってきた気がする。 

 

 日大のアメフト部員が大麻やら覚醒剤やらを使用したということで、林真理子以下日大の経営陣が記者からつるし上げを食っている。対処にスムーズさが欠ける点があったのは間違いないとしても、どうしてマスコミの記者というのはああ威丈高に、エラそうに質問するのだろう。国民に成り代わって正義のこぶしを振り上げているつもりだろうが、こちらはあんな連中に成り代わってほしくはない。

 

 大学生の中にすでに薬物が見過ごせないほど蔓延していることは記者連中の方がよく知っていることで、日本でいちばん学生数を抱えている日大でこういう事件が起こるのは不思議でもなんでもない。もっとひどい連中、他の学生に売りつけている連中なども少なからずいて、今はなりを潜めているにちがいない。

 

 明らかになった学生をネタにつるし上げをしていても事態が改善するとも思えない。記者の方がよく知っていることだろう。どこから入手したのか、大学内でどんな蔓延の仕方をしているのか、記者がまず地道に調査でもしてそれをもとに責任者をバッシングしたらどうなのか。見ていて不快である。こういうことばかりしているから必然的に隠蔽したくなるのが分からないのか。

 

 帰宅してまず洗濯。今はマンションの大規模修繕工事中で、ベランダが使えないので部屋干しである。部屋中が満艦飾。リビングのエアコンは何度に設定しても29℃を下回らない。ご臨終が近いようだ。この件についてはいろいろ腹立たしいことがあるが、自分にも腹が立つからここまでとしておく。機械はなんとか手に入っても、据え付け工事の人の手配がいつになるか分からないようだ。夜になっても温度は下がらず。つけっぱなしにしておいて、今朝になって見ると28℃になっていた。エアコンが効いてきたというよりも外気温が下がっただけだろう。 

 

 旅の報告は、あと三陸海岸の景色だけがすこし残っている。それよりも散らかった部屋を片付けて、早く日常モードに戻らなければ。

2023年8月 8日 (火)

八戸・葦毛崎展望台

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この要塞のようなところが葦毛崎展望台。今は駐車場に立っている。人気があるところらしく、狭いところへ車がひしめいていて、駐車場へ停めるのに苦労した。

あとはこの展望台から見えた海の写真を掲載する。

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向こうは種差海岸か。

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とにかく海が澄んできれいである。青空だから特に海の色がいい。

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こんな風に人が上り下りする。ココまで来るのに渋滞がひどかったので、帰りを心配したが、案外スムーズに走ることができた。ただし、当日は祭りだったので、通行止め、侵入禁止があちこちにあって走りにくい。警備の人に聞いたら、山車を通すために交通規制しているのだという。

このあと宿についてチェックインしようとしたら、ホテルを間違えていて、さらに予約したところへ移動したことは前に書いた。そのあと飲みに繁華街へ向かったら、祭りそのものに遭遇し、しっかり楽しむことができたのは幸いであった。

 

櫛引八幡宮

この記事は魚津のホテルで食事のあとに書いている。今日、日本海側の地方はフェーン現象で猛暑だそうだ。早く脱出して我が家に帰ろう。いささかくたびれた。足がむくんで膝に力が入らない。

昨晩は飲み屋を探して二キロほど離れた魚津の駅まで行った。駅の近くに目立たない居酒屋を見つけたがまだ開いていなかった。駅周辺を見てみたが、いまひとつピンとくる店が亡いのでその居酒屋へふたたび行く。中は案外広い。居酒屋というより割烹風の店だ。旬のイサキの刺身、アジフライなどを頼んで冷たいビールでひと息つく。富山といえば立山で、銘酒立山の冷やを頼み、こんどはヤリイカの刺身を頼む。他にも頼んだら、案の定散財になってしまったが、旅に出たらケチケチしない。それにしても刺身は冷たすぎない方が甘味を感じられることをこの主人はよく心得ている。イサキは絶品、そしてヤリイカをこんなに美味しいと思って食べたのも久しぶりだ。ヤリイカはもちろん生姜醤油で食べる。これをわさびをだすようなら三流だ。

満足して、しかし小腹も空いているのでホテルの近くの大きなラーメン屋による。待ち人が十人ほど。それだけ有名なのか美味しいのか。待つのは嫌いだが行きがかり上我慢する。好みの太うちの麺であり、我慢した甲斐のある美味さだった。

さて、八戸の櫛引神社。

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参道。

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流鏑馬の八戸大会とある。

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何の石か分からないし、書かれている字もよく分からないが大きな石。

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放生池には河童がいた。よく見ると乳飲み子を抱えているから母親のようだ。

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こういうところにお参りする女性の姿はなかなか好い。

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もちろん男性も。上に干支の絵馬が架かっている。

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撫で大国さんとあるので、膝と頭をなでた。目と耳も撫でればよかった。

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自然木をうまくいかして活き活きとしたものを彫っている。

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おじいさんとおばあさんかと思ったら、両人ともひげが生えていた。

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この灯籠には蛇体が巻いている。案外リアルな感じがする。

拝殿後ろの本殿なども見応えのある立派なものであった。

次はおすすめスポット第一位の海の展望台を見に行く。ちょっと市内から離れている。絶景だった。

是川縄文館

記事の時間が前後して申し訳ないが、八戸に戻る。八戸の見所三カ所を選んでおいたのでそこへ行く。まず最初は、私の好きな縄文遺跡から発掘されたものを展示している「是川縄文館」。ここには国宝指定の土偶があって、どうしても見たかった。司馬遼太郎が『街道を行く』の中の『北のまほろば』の巻で、東北地方の古代の豊かさを書いている。縄文時代の文化の痕跡はあちこちから発見されていて、私も目につくと立ち寄っている。代表的なところでは青森の三内丸山遺跡などがある。

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入り口を入る。外は強烈な日差しだが中は涼しい。特別展で北陸の縄文遺跡の発掘品の展示があった。北陸と東北の交流もうかがわせる。そのことが学術的に説明されていた。私はとくに今回は土偶を中心に見たいと思っていた。それは常設展の方にある。館員の人に写真撮影の許可をお願いしたら、他の人の邪魔にならないよう、そして三脚使用とストロボ撮影はできませんとのことだった。つまりOKである。とにかく常設展の方は暗い。感度を私のカメラの限度のASA6400に設定してもスローシャッターになる。だから撮った写真の半分はぶれていた。

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土偶は皆小さい。10センチ以下のものが多い。

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遮光器土器の一種だ。不思議な独特の造形である。

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皆小ぶりなのは、集落で全員が祭祀用に使うものではなく、個人が呪物として持っていたのではないか。呪物というのは呪うためでなく厄除けという意味で言っている。

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ちょいとおにいさん、寄ってらっしゃい・・・なんていわれている気がする。

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こんなのもおもしろい。

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これが国宝・合掌土偶。すばらしい。見飽きない。四方から見られるようになっている。これが特に見たかったのだ。

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満足して建物をあとにした。

このあと櫛引八幡宮へ向かう。地元の人が数多く初詣に行く神社だという。

2023年8月 7日 (月)

夏油温泉

ネットが繋がらないので苦労した。前回のブログなどに沢山コメントをいただいて恐縮している。今すべてお返しを書かせていただいた。ありがとうございます。

夏油温泉(げとうおんせん)は九世紀の開湯というから歴史は古い。この地方で寺を建てたときに発見されたとされる。別に、白猿がマタギに深手を負わされ、それをマタギが追ったところ、この温泉で傷を癒やしているのを見て発見されたという伝説もあるようだ。とにかくこの温泉に向かうためだけの山道を二十数キロ走らなければならない。最後の5キロあまりは、半分は車がすれ違うのが困難なほど狭い。秘湯である。

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この橋を渡った先にあるのが泊まった宿。

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悪口は書いていないから、宿の名を明らかにしていいだろう。暑いのはこの宿の責任ではない。経営もたいへんそうだから、クーラーがないのも致し方ない。

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二日目の朝、隣の棟の部屋の窓に夜明けの光が差したところで眼が覚めた。夜遅くにはグッと気温が下がったので、いつの間にが熟睡していた。

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部屋の目の前の景色。この木々の下には川が流れていて、ずっと瀬音が聞こえていた。露天風呂の一つは河原まで降りたところにある。照明がないので夜は入れない。だいぶ歩くらしいので私は行かなかった。

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部屋から左手を見る。朝日が差してきた。今日も暑くなりそうだ。だいぶ建物がくたびれはじめている。

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橋の上から。この上流ずっと先が河原の露天風呂らしいが見えない。

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すぐ隣の夏油山荘はかんぽの宿で、一時賑わったが、客足が減って廃業したそうだ。五軒ほどあった夏油温泉の宿も、今は二軒残すのみ。土曜日にここに入ったので客が多かったが、日曜の晩は三人だけになった。

内風呂は亀の湯、蛇の湯でワンセット、慎太郎の湯と白猿の湯で椀セットで、男女が朝、入れ替わる。私はすこしぬるめの白猿の湯が気に入った。切り傷、皮膚病などに効くという。湯は透明。泉質、湯温は皆違う。温泉が堪能できる。

宿の食事はたいへん結構。ボリュームもあるしとても美味い。生ビールと岩手の地酒を飲んだ。ここは岩手県、栗駒国定公園内のブナの原生林の中である。

これを書いている今は、富山県の魚津のビジネスホテルにいる。夏油温泉から一気に帰るのは800キロ以上あるから無理である。魚津は埋没林を見に何度も来ていて、ここはなじみのホテル。夏油から500キロくらいかと思ったら、なんと620キロ。遠かった。休憩以外ただひたすら高速を走り通した。東北道江釣子(えずりこ)から郡山、そこから磐越道で新潟、そこから北陸道というルートである。日本海は晴れていたけれど、山の方には暗雲が垂れ込めていた。雨が降っているのだろう。

これから魚津で一杯のみに行く。

2023年8月 6日 (日)

地獄の暑さ

 むかしは夏油温泉にも宿が沢山あって賑わったそうである。それも次々に廃業して、今は二軒か三軒しかないようだ。「昭和五十年頃が最盛期でしたね」と宿の主人は言った。こんな山の中の不便なところまで、よくみんなやってきたものだ。

 

 ふだんは夏でも涼しいのだろう。主人の言うとおり、きのうまで涼しかったのだろう。それにしても暑い。この宿は三つの棟でできていて、三階建てが一棟、あとは二階建てで、私は二階建ての二階の部屋。夜になって一階は外気温が下がったのかすこし涼しい。私の部屋は昼間の太陽光を浴びた屋根のほてりが部屋中に残って暑いままである。エアコンはなくて扇風機だけ。ふだんはそれで好いのだろう。我が家のエアコンは不調で28.5~29℃くらいにしか冷えないが、この宿の部屋よりずっと涼しい。ここは軽く30℃を超えているということだ。いつ涼しくなるのだろう。雨でも降らないか。地獄の暑さに耐えている。

 

 二十部屋ほどのこの宿も七割方客で埋まっているようだ。半分が子供連れ。子供は暑くても元気だ。うらやましい。そういえば今日は土曜日だ。まだ盆休みではない父親も家族を連れてくることができる。石川五右衛門が釜ゆでになったような壺湯に、小学生くらいの兄弟が入って神妙にしている。見ていておもしろい。

 

 部屋の網戸の窓のそばは外気と接しているからこころもち涼しいが、中にその涼しさが入ってこない、入り口のドアが閉まっているからだと思い、思い切って開け放してみたが、涼しい風は通り抜けてくれない。代わりに入り口から虻が入ってきた。虻には昔痛い目に遭っているのでうんざりだ。

 

 夜半になるとさすがに部屋のほてりも消え、外気の涼しさが次第に部屋の暑い空気と入れ替わっていき、いつのまにか眠っていた。明けて六日の日曜日の朝、白んでいく空の光で眼が覚めた。五時少し前、すぐ風呂に行く。涼しいうちに体の汗を流しておこう。夜中、下の川の水音がしていた。河原に小さな露天風呂があるという。貸し切りで入れるが、二百メートルほど先で、上り下りしなければならない。最近足元がすこし危うくなっているし、汗をかきに行くようなもので、多分この時期だから虫だらけだろう。野趣を楽しむならよいが、内風呂だけでも四種類の源泉の風呂が楽しめるのだから充分だ。他にもうひとつ、宿に近い露天風呂もある。風呂には困らないがエアコンがない。

 

 風呂から上がって外を眺めていたら空が赤くなり、あっという間に白光に変わり、「今日も暑いぞ」と太陽がアピールしている。涼しいうちに風呂に入っておいてよかった。さて、今日はその暑さをどうしのごうか。一階の涼しそうなところをさがして本でも読むことにしようか。暑いと本を読んだり考え事をするのも困難になる。意気地がなくなったなあ。災害などで被災したり、停電や断水で困っている人たちはこれが何日も続くのだ。あまり贅沢を言うものではないと反省する。

2023年8月 5日 (土)

エラいことである

 いま私は秘湯の夏油温泉にいる。山の中とは言え車で宿の前まで行けてどこが秘湯か。何しろスマホが繋がらない。もちろんWiFiなどない。エアコンがない。扇風機だけである。食事のあと、私は汗だくである。

 

 こんなのもいいかなと思うけれど、この暑さにはかなわない。宿の主人は「昨日まで涼しかったのに、今日はどうしたことが暑いです」という。私は昨日ではなくて今日ここにいる。宿の中でもかろうじて携帯がつながるところがあるので、これから試してみる。

 

 ここには連泊するのでこれで繋がればそれでよし、繋がらなければ私は消息不明だ。  

  では次回は明後日の晩に。

 

鳴子温泉散策

鳴子温泉には連泊した。中日は休養日としてゴロゴロしていた。昼に蕎麦でも食べようと思い、ついでになじみの温泉街を散策した。

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まず温泉に入れることのお礼に温泉神社へ向かう。

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むかしはこんな字だったのだろうか。

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今は膝が痛いので階段はちょっとつらい。

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鳴子の温泉神社。温泉神社としてはちょっと立派。

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拝礼だけする。

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色を塗り直してあげてほしい。

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神社から別の道、急坂を下りて駅の方へ向かう。しそ巻きくるみ揚げは鳴子温泉の名物。甘くて辛いくるみ味噌を入れたしそでくるんで揚げてある。宿の朝食にあって、初めて美味しいと思った。

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暑さでふらふらしてきたので駅で一休み。扇風機だけでクーラーはなし。

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看板は何かを訴えかけるもので、受け取る方はそれをどう受け取るか。

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花もん・・・come onか。夜、ちょっと立ち寄ってもいい風情。

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これこそ温泉街。日盛りで誰もいない。宿へ帰る。

八戸の祭りに遭遇する

今朝は八戸にいる。順番から今日は鳴子温泉散策記事にするつもりだったが、昨日訪ねた八戸で祭りに遭遇したので、その写真を掲載する。昨朝鳴子を出発し、古川インターから東北道を北上。平泉、水沢、花巻となじみの場所を通過、盛岡を過ぎて安代で東北道と別れ、八戸道で八戸へ。意外と距離がある。日本は広いのだ。

八戸でまず宿の場所の確認をする。これが間違いのもとだった。このあと八戸の見所といわれる場所から三カ所選んで廻る。その報告は後日。どうも同じところを何度も通過しているような気がした。地図をきちんと見ていないので無駄な走りをしていたかも知れない。

夕刻、宿に入ってチェックインをしようとしたら予約されていないという。驚いたら、実は一文字違いの似た名前の宿があるのだという。フロントの女性が問い合わせてくれて、そちらに予約されていることを確認した。場所を教えてもらい、そちらに向かった。夕方の渋滞ですこしイラつく。八戸は、というより地方の街の信号は無意味に長い気がしてしまう。見つけた宿はこぢんまりしたビジネスホテルだった。ナビに打ち込んだ名前が最初の大きい方にまちがえていたのだ。その晩は外に出て八戸の街で飲むつもりでいた。

教えてもらった八戸の中心部の繁華街は宿から遠かった。繁華街に近づいたら祭りばやしの音が聞こえる。そう言えば走り回っているときに、やたらに通行止め予告の看板があった。

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おお、祭りだ。人も沢山でている。

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道が歩きづらい。

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なかなか迫力がある。そう言えば八月初めというのは東北各地で夏祭りが盛大に行われるときだ。だから宿が取りにくくて、街の中心部から離れたところしか取れなかったのだ。

手頃な飲み屋に入って魚と地酒を楽しむ。祭りばやしがずっと聞こえていて好い気分だ。しかしエアコンがあまり効いておらず、暑い中を三十分近くかけて歩いたので汗だくになっていたからなかなか体がクールダウンしない。しかも一品一品の値段が意外に高い。祭り料金か。懐具合と相談して早めに切り上げる。飲み過ぎると帰りが辛い。

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日が落ちてきて山車の飾りが輝く。実はカメラを持参して碑なかったのでスマホで撮っている。スマホの写真の撮り方に慣れていないので、いろいろ操作したら却って変な写真になった。カメラを持たずに来たことを悔やむ。

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かろうじてこんな写真が撮れたが、前の何かが写りこんでしまった。帰り道は迷わず帰ることができた。

くたびれた。

2023年8月 4日 (金)

象潟・坩満寺(3)

坩満寺の庭園のあちこちに石仏がある。石仏を見るのが好きなので、つい写真を撮ってしまう。

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いつ置かれたものなのだろう。

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古い新しいはあるのだろうが、静かに人間を見つめてくれている。

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ちょうど光が当たっている石仏もあって神々しい。

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好い顔をしている。

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ところどころ木の根が張っていて、うっかりすると転びそうになる。

一通り観終わったので庭をあとにする。

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お地蔵さんがお見送りしてくれた。

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こちらは薬師観音だろうか、同じように見送ってくれた。

一度見たいと願っていた坩満寺をじっくり見ることが出来て大満足であった。気がついたらだいぶ時間が経っている。ここから鳴子温泉まで、ナビによると三時間半以上かかるという。五時過ぎに予約しているのに、六時を過ぎてしまう。ナビに従い、にかほ、由利本荘を経て(つまり北上して)本荘から斜めに(南東方向)に国道113号線を走る。遅い軽やトラックも走っているが、信号があまりないのでおおむねスムーズに走ることができた。どこへ出るのかと思ったら、鬼首温泉の近くに出た。ここからは周知の道である。五時過ぎにはホテルに到着。夕食を遅めにしてもらい、まず一風呂。それが一昨日の夕方のことである。

現在、私は八戸にいる。八戸でいくつか回ったのでそれはあとで報告する。ちょっとしたハプニングはあったが無事である。

象潟。坩満寺(2)

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象潟は松島と並び称される景勝地だった。奥の細道には「松島は笑うが如く 象潟は憾(うら)むが如し」と記されている。芭蕉が訪ねたときは今の松島のような海に島々が点在する姿だった。看板にあるように1804年の大地震で隆起し、今の姿になってしまった。

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田んぼが海だったと思えば良い。

庭園の見所を見て歩く。

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坩満寺も島だった。芭蕉もここに舟でやってきてここに繋いだであろう。

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芭蕉は西行の旧跡を訪ねながらみちのくにやってきた。当時の桜はもうないのだろうか。

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猿丸太夫も来ているのか。

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北条時頼公のつつじ。

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これがタブノキか。台風で沖縄の樹齢三百年を超えるタブノキが倒れたというニュースを見た。

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芭蕉の句碑もある。わかりにくいが、例の「象潟や・・・」がなんとか読める。

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庭園をぐるりと回って元に戻る。

途中に石像が沢山あった。次回はそれを何枚か掲載する。

象潟・坩満寺(1)

以前、象潟(きさかた)の道の駅に来たことはあるが、そのすぐ近くにある坩満寺(かんまんじ)がどこにあるか知らなくて寄り損ねたことが残念でならなかった。今回ようやく立ち寄ることができた。ここは奥の細道のハイライトともいうべきところだ。

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坩満寺参道。思ったよりも大きなお寺なのだ。

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写真を撮ったすぐ左手に味わいのある石像がある。

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芭蕉翁もいるのだ。

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すぐそばに西施もいる。

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西施は中国古代、春秋戦国時代の呉越の戦いの中で登場する絶世の美女。

  象潟や 雨に西施が 合歓の花

と芭蕉が詠んだことにちなむ。

合歓の花の時期もそろそろ終わりか。句では「ねむ」ではなく「ねぶ」と読ませるようだ。

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奥にある坩満寺山門。左手に昔の九十九島の姿が見えるが、その写真は次回に。

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これが芭蕉。庭園を拝観したいのでウロウロしていたら、通りかかった女性が本堂を教えてくれた。声をかけて和尚さんに拝観料三百円を払い、中に入る。

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この左手に、庭へ回る入り口がある。

2023年8月 3日 (木)

鉾立から奈曽奈曽渓谷を望む

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鳥海山の鉾立駐車場まで山を登る。ここから奈曽の谷を見下ろしたかったからだ。ここの絶景は何度見てもその迫力に息をのむ。

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鳥海山の山頂方向。見えているのが頂上かどうかは知らない。

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写真だとこれだけだが、実際に見る景色は視界のすべてを覆うのだから凄い。

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谷の底までの高さは目がくらむほどだ。

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こういうところを歩く人もいるのだなあ。

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絶景を堪能したので象潟側へ降りる。登り口は山形県で降り口の象潟は秋田県だ。象潟では訪ねたいと強く願っていた坩満寺(かんまんじ)へ行く。

吹浦の十六羅漢岩

遊佐町の吹浦は山形県の海岸の北端に当たる。吹浦に十六羅漢岩があることは知っていて一度は立ち寄りたいと思っていた。学生時代、格闘技の部活に属していて、夏期合宿所はこの吹浦にあるお寺だった。海岸を走ったり大声で気合いを入れたり、型や組み手の稽古をしたりしてヘトヘトになった記憶がある。懐かしい。母親と兄弟で吹浦にある国民宿舎に泊まり、食べたワタリガニのうまかったことも忘れられない。

羅漢岩の写真を並べるので眺め飛ばしてほしい。

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羅漢岩は左手の下の海岸にある。後方に芭蕉の句碑があるので見に行った帰りである。道路の表示板に右に曲がると駐車場とある。駐車場から遠くない。看板の斜め左下にちらりと見えている階段の先が広場になっていて、そこから海岸に降りられる。

看板にあるとおり、右へ曲がった先がそのまま鳥海山ブルーラインとなっている。このあとブルーラインを行く。

笹川流れから鼠ヶ関

 本日泊まっている鳴子温泉の宿は、もともと地元のホテルがチェーンホテルに組み込まれたところ。部屋に電話がなくて、フロントに用事のあるときは携帯で無料番号へかける。そして一階のコーナー以外はWiFiがない。食事はバイキング式。料金が手頃だから客は多い。部屋にトイレもバスもあるがユニット式。便座が小さい。鳴子だから風呂は好い。男女入れ替えの大浴場はそれぞれ泉質が違うのでそれも楽しめる。露天風呂もあるが気をつけないと足元が滑る。駐車場が離れていて遣い勝手が悪い。宿の人に送り迎えしてもらわないとならない。面倒だし、二日間走り回ったので今日は休養日として外出せずのんびり過ごすつもりである。

 

 さて昨日の話。関川村の雲母温泉を出発して村上に向かった。国道113号線の途中からショートカットの国道290号線があるのだが、うっかり通り過ぎてしまったので国道7号線で村上に向かう。村上市街から瀬波温泉のあたりは道路がややこしいので注意が必要だ。海岸へ出たいのに内陸部へ向かわされる。どうしてこちらへ曲がるのだろうというような曲がり方をしながらようやく笹川流れに向かう国道345号線に出る。鮭で有名な三面川を渡り、ようやく海へ出る。海岸沿いを走る、信号の少ない快適な道路だ。

 

 10キロあまり走ると笹川流れと呼ばれる岩礁地帯に至る。この一帯は景勝地で、海から眺める遊覧船もある。路上駐車が突然増える。お気に入りの見所があってそこにいつも車を停めて写真を撮るのだが、五六台停めれば一杯のその駐車場には十台ほどが停まっている。停めようがない。子供も含めた大勢の姿がのぞけた。海水浴もできるし磯遊びもできる場所だから、夏休みに遊ぶにはいい場所なのだ。景色のいい場所はすべて車を停める余裕がないし、すこし広いところでは道路工事の車両が塞いでいる。停めるのを断念して眺めるだけにして通過した。

 

 新潟県の北端の村上市は長い。なかなか山形県に至らず。通り道でもあるし、久しぶりに鼠ヶ関に立ち寄ることにする。鼠ヶ関から山形県になる。関所だった鼠ヶ関の跡を訪ねようと思ったのだ。鼠ヶ関の漁港の駐車場に車を停め、まず港の先端に突き出た弁天島の厳島神社にお参りする。

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弁天島厳島神社。以前見たときより新しくなっている。

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こういう彫り物にいつもも感心する。

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遠くから見た弁天島。林の右手に神社がある。小山と岩場を越えると灯台まで行ける。

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 境内に義経の碑がある。村上元三原作の『源義経』をもとにした大河ドラマで、当時の尾上菊之助(義経)と藤純子(静御前)が共演してそのあと結婚した。たしか緒形拳が弁慶だったと思う。立ち往生は迫力満点だったなあ。どうしてここに義経の碑があるのかというと、鼠ヶ関が義経一行の上陸地点ではないかといわれるからだ。

 

 いつもなら岩山を越えて先端の灯台まで行くのだが、二度ほど見ているので今回はパス。鼠ヶ関のあとを訪ねてすこし歩く。

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 義経上陸地の碑もあった。ここも村上元三だ。この近くに古い関所の跡があるはずなのに見当たらない。標識もない。後で調べたらすぐそばにあったのだが筋違いの屋混みの中だったようだ。地名の由来でもあり、訪ねる人もいるはずで、何の案内もないのは不親切だと思うが、探し当てられなかった私が鈍なのだろう。炎天下を歩いたので日に焼けた。

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後で調べたらこのすぐ近く、右手の家々の中に鼠ヶ関の跡があったようだ。

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海水浴場。向こうは南。

このあと、吹浦の十六羅漢岩を見に行く。ここもいつか見たいと思っていたところだ。

2023年8月 2日 (水)

WiFiがないので

本日と明日泊まる宿に先ほど到着。すこし盛りだくさんに見て歩いたので遅くなった。なんとこの宿にはWiFiがない。仕方がないのでスマホのテザリングを使用する。私のスマホは使い放題ではないので、容量に限度がある。だからブログはまとめておいて手早くするしかない。

 

ということで、風呂に入って夕食を食べたあと、写真を整理してから文章をつけて後で流すつもりであるが、飲んでそのまま寝てしまうかも知れない。今日は新潟県北部を北上し、笹川流れ、そして鼠ヶ関からは山形県の海岸をそのまま北上し、鶴岡、酒田を過ぎて吹浦の十六羅漢岩を見物、鳥海山のブルーラインを走り、象潟(きさかた)の坩満寺(かんまんじ)に立ち寄った。具体的な報告は後ほど。

雲母温泉

 いまいる雲母温泉は「きらおんせん」と読む。新潟県の関川村にある。村上市に近い。村上にある瀬波温泉が好きで、いつもならそこに宿を取るか、余裕があれば山形県の湯野浜まで足をのばすのだが、手頃な宿が取れなかった。関川村には荒川を挟んで南側にこの雲母温泉、北側に湯沢温泉、高瀬温泉、鷹巣温泉などが点在する。

 

 海岸の胎内市から国道113号線を東へ走ると関川村で(そう言えば昨日は「西へ走る」などと間違えてしまったので直しておいた。西へ走ったら海の中である)、そのまま峠を越えれば山形県で、小国町を経由して南陽市に至る。すこし南へそれれば米沢だ。米沢から新潟までJRの米坂線が走っており、このあたりでは米坂線は荒川に沿って走る。景色の好いところだ。先日『六角精児の吞み鉄日本旅』(多分見たのは再放送)でもここを走っていた。米沢で学生時代を過ごしていた私が新潟方面、佐渡や只見線に乗るときはこの米坂線に乗ったので懐かしい。

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 村上には「〆張鶴」という美味しい地酒があるし、胎内市の南には新発田市が近くて、新発田には銘酒「久保田」がある。どの地酒を飲むか迷ったが、あえて村上市の大洋酒造の「大洋盛」の生冷酒というのを飲む。満足。新潟の酒は私に合う。宿は、部屋は広いし冷房は効いているしで申し分はないが、あえて難を言えば露天風呂がなくてトイレも外である。そのかわり料理は美味しくてボリュームも満点。せっかく減量できていたのに1.5キロはリバウンドしたのではないか。

 

 食事のあとしばらくしたら旅の疲れとお酒の酔いとで爆睡していた。今日は日本海に戻り、村上から北上して笹川流れを眺め、でんでんとっちさんの地元のにかほで鳥海山を見に行こうかと思うが、天気はどうだろうか。今まで鳥海山は雲の中のことが多く、三回に一回くらいしか見ることが出来なかった。今晩の宿は鳴子温泉の予定。だから新潟、山形、秋田、宮城を股にかけることになる。

 

 昨日はあれだけ走っても、愛知、岐阜、長野、新潟だから、股にかける数は同じであるが、今日は距離は少ない。ガソリンが残り少ないから入れ忘れないようにしよう。最近はスタンドが激減しているからうっかりするとガス欠になる。

2023年8月 1日 (火)

長駆する

先ほど宿に到着。走行距離530キロ。

早めに出発するつもりが、いろいろ片付けていたら結局八時前になってしまった。いちばん道路が混む時間ではないか。小牧のインターに乗るまで、混んだとしても10キロ足らずであるから30分もかからない。それが今日は50分かかった。トラックが多い。トラックの運転手さんは毎日こういう苦労をしているのだ。

小牧ジャンクションから中央道を走る。今、中央道は全面的な補修工事中で、片側一車線のところが多いことは調査済みで覚悟していたが、とにかくあちこち工事だらけだ。焦っても仕方がない、気持ちをなだめて落ち着いてゆっくり走る。諏訪から長野道へ、一車線だった更埴インターから先が二車線になっていて、走りやすい・・・けれど、ここでも工事が断続的にある。

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梓川サービスエリアで小休止。

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北アルプスが見えるはずだが判然とせず。

本州のいちばん分厚いところを斜めに横切って上越へ抜ける。ここからは北陸道だ。

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米山サービスエリアで日本海を見る。

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芭蕉の

 荒海や 佐渡に横たふ 天の川

の句碑がある。

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さるすべりだとおもうのだけれど、地べたに這っていた。

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あちらに佐渡があるのだろうか。

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入道雲が撮りたくて栄パーキングで撮る。燕三条の近くだ。

新潟から日本海東北道路を走る。新潟北部の村上方向を日本海沿いに走る道路だ。荒川胎内インターで降りて、東へ走る。そのまま行けば山形県の南陽市に至る。峠の手前、関川村の雲母温泉が今晩の宿である。

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関川村の道の駅のそばにあるふれあいドーム。ここに巨大に蛇がいる。

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これが頭、ドームの内周をぐるりと巻いていて、

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これが尻尾。

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ドームの裏手、荒川の土手に登ってみたが、荒川は見えない。

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このあたりは国道113号線と米坂線が並行して走っている。この先の山路を登り、峠を越えれば山形県である。

宿は分かりにくかった。着いてみたら昔来たことがある宿だった。さあ一風呂浴びて、一杯いただくことにしよう。

自分とは何か

 養老孟司の『「自分」の壁』(新潮新書)という本を開いたら、彼が自分をどう見ていたのかが書かれていて、思うところがあった。この本の帯には「”自分探し”なんてやめなさい」とある。私もそう思う。しかし今どきの若い人はそもそも自分の存在そのものを考えるなどということはしなくなっているのかも知れない。そういう疑問を抱くこともないのだろう。なぜなら「自分こそすべて」だから。

 

 昔、芥川竜之介(たぶん)か誰かの文章で読んだけれど、自分の子供のころの写真を見て、そのときの自分の気持ちを思いだし、自意識過剰な自分を自嘲し、そしてそれがおとなになっても全く変わっていないことになんとなく嫌な気持ちを感じていることを記していた。なんとなくその気持ちが分かるような気がしたことがある。

 

 「自分探し」というからには、自分が存在していることは確信し、ただその自分がどこにいるのか不明確な気がして不安だ、ということなのだろうか。「我思う 故に我あり」である。このブログに繰り返し書いているけれど、私は自分を基準点としての点のような存在として考えていない。ファジイなものとして捉えている。私は世界を観る。自然、そして社会を見て感じる。感じて考えて認識する。そのとき、捉えた個別のものを自分の中に位置づけをしていく。世界の地図をつくっていく。誰もがしていることだと思う。

 

 それらの個別のものと自分との相対的な関係が自分自身の位置を定めていくのだと思う。そうして沢山のものと自分との関係を見直したとき、自分の位置はそのたびに違うのだと思う。拡散はしないけれど点にもならない。そのファジイな、あるかたまりの中に自分がいるのだと思う。だから自分を知るためには世界を知らなければならない。関係を知らなければならない。世界を知ることで結果的に自分がなんとなく見えてくるのであって、もし自分探しがしたければ、ものを知ることに努めなければならないと思っている。

 

 日常を離れれば自分を発見できるかも知れない、というのは幻想なのだと思うけれど、発見する人もいるらしい。

 

 今日これから北へ向かって旅に出る。いままで見えなかったものが一つでも二つでも見えたらいいなと思っている。

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