旅と歴史
私のブログにときどきコメントを下さるss4910さんが、森本哲郎について書いたときの私のブログに、森本哲郎の『文明の旅 歴史の光と影』を読んだことがある、とコメントをいただいた。『サハラ幻想行』を読み終えたばかりで、そのままその勢いで『文明の旅』を読み継いだ。その本については別に書くとして、旅と歴史について森本哲郎が書いているのでそれを紹介する。
長旅をすれば、何か話の種をもってくる・・・とドイツの諺にあるそうだが、「歴史」というものはおそらくその「長旅」から生まれたのではあるまいか。歴史学の父とされるヘロドトスは、アジア、アフリカ、ヨーロッパと、当時の「全世界」を股にかけて歩いた。そこからあの『歴史』の大著が生まれたのである。
歴史は時間という縦の軸だけで形成されるのではない。それに空間という横の軸が交わることによって、はじめて成立する。そして、いつの時代にあっても、旅は空間の旅であると同時に、時間の旅であった。歴史的感覚は、まさしく旅において発生したのだ。
旅をすることが好きな私には、この文章が分かる気がする。しばしば旅先で、時間と空間の広がりをわずかながら実感することがあるからだ。本を読んでいてもそれを感じることができるけれど、やはり旅先の方が強く実感する。それはほとんど体感に近い。
そこから森本哲郎はさらに進める。
オルテガはいっている。
「歴史的感覚がはじまるのは、人間生活が、ほかの時代や民族においては、私たちの文化圏におけるそれとは違っているのではなかろうかと疑惑の目を向けるときである。歴史的感覚とは、ほかの人たちと私たちとの間に存する、この心理的距離を感じとることなのである」
(中略)
自分たちの生活だけが生活なのではない。世界にはさまざまな人間が、それぞれの国で、いろいろな生活をしているのだ、という発見、「ほかの人たちと自分たちとの間に存在する心理的距離」の実感、これこそが歴史への第一歩なのである。この事情は、ヘロドトスの昔も、ジェット機の飛び交う今日も、あまり変わっていないように思われる。
私たちはふだん、いとも簡単に「世界」という言葉を口にしているが、われわれの世界像というものは、きわめて漠然としたもののようである。歴史どころか、地理的な概念ですら、ずいぶんあいまいなものだ。たとえばシリア、ヨルダン、レバノンといった国々のどれが北側に位置し、どれが南側にあるのか、というような関係でさえ、はっきりおぼえていない。ケニア、タンザニアなど、東アフリカ諸国の地理的な関係に至っては、それぞれの地域にとくに関心を持っている人でない限り、ちょっと待ってくれ、というにちがいない。われわれの世界像は、すくなくとも自己中心的な性格において、ヘロドトスの時代と、さして変わっていないのである。
旅というものは、そのような自己中心的な世界像を修正する。世界を旅していまさらのように思い知らされるのは、こんなにもたくさんの国々で、人びとが、こんなにもちがった生活をしている、という当惑である。この当惑こそ、実は私たちの世界像が、いかに実際の世界から距たっているかの証拠なのだ。
当惑はやがて人間の生活様式、思考方法、それらをひっくるめて「文明」への省察へと導く。海外旅行は、いやでも「文明の旅」ならざるを得ないのである。
すこし長すぎるけれど、ほとんど言い尽くしているのであえて引用した。この『文明の旅』では世界各地に行っているので、手元に愛用のポケット版の世界地図を置いて、ひとつひとつ確認しながら読んだ。次回はその『文明の旅』について。
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