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2023年10月10日 (火)

それでもこの世は

 佐藤愛子『それでもこの世は悪くなかった』(文春文庫)を再読する。93歳になった作家の佐藤愛子が初めて語りおろした本なのだと帯にある。佐藤愛子の父は俳人で作家の佐藤紅緑、そして兄は詩人のサトウハチローである。彼女が直木賞を取った『戦いすんで日が暮れて』は、母が購入して読んでいたので、あとで読ませてもらった。夫の巨額の借金というたいへんな事態に置かれながらそれに押しつぶされずに、みずからそれを引き受けて孤軍奮闘する姿が重くないのである。これは彼女自身が経験した実話を小説にしている。「たかが金」、と今回読んだこの本にも書かれている。

 

 強さとはなにか、そのことを彼女は教えてくれる。第二章の「幸福とはなにか」の結びを、すこし長いけれど引用する。

 

 長いこと生きると分かってくるんです。人生というものはね、幸福だのなんだのと言ったって、どうっていうことはないですよ。
 私の人生も人から見たら悲劇であり、苦難の連続かも知れない。けれども、実際に生きた本人にしたら、やっぱり良いこともたくさんあるんですよ。借金取りやら金貸しやら、私の目の前をいろいろな人が通り過ぎていきましたけれども、その中の何人かかが、人は信用できるものだということを教えてくれました。それを知ることができたのは、私が苦労したからなんです。
 両親にぬくぬくと守られてわがままに育った私が、もしもそのまま、物わかりの良い金持ちの旦那さんと結婚していたらわからなかったであろうことがですよ、ボンクラ亭主と一緒になったお蔭で、いろいろわかりました。
 だから、苦労をするまいと思って頑張る必要はないんですよ。そのほうがいろいろなことがわかるだから、苦労したってどうということはない。反対に、幸福なったからといって、別にどうということはない。
 そう思うようになれたということが、一つの幸福だともいえます。

 

 いいですねえ。なにごとも問題なく生きている人が、しばしば人の痛みに鈍感である、ということを私はしばしば書いてきた。苦労は人間を育てるために必須だと思う。

 

巻末にアランの言葉
「何らかの不安、何らかの情念、何らかの苦しみがなくては、幸福というのは生まれてこないのだ」という言葉を引用したあと、

 

 何も苦しいことがなければ、幸福は生まれないのですよ。幸福を知るには苦労があってこそなんだというのは、苦労から逃げた人にはわからない心理だと思います。
 苦しいことだらけの人生を生きた私は、幸福な人生だったと思うんです。苦しい人生を力いっぱいに生きましたからね。

 

 佐藤愛子は現在99歳(大正12年生まれ)で闘病中とのこと。

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コメント

佐藤愛子の著書は読みやすく解りやすくまた断固とした書きっぷりがユーモラス。好んで読みます。
もちろんシリアスな大作も好きです。
作家は元気!が身上なのに、現在闘病中ですか…。
もうすぐ100歳、元気になられるようお祈りします、心から。。。

おキヨ様
曾野綾子、佐藤愛子、上坂冬子、金美麗など、みなすばらしい女性として敬意を持っています。
あまり後継者らしい人がいないのが寂しいですね。

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