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2024年1月27日 (土)

士大夫

 ある本(廣松渉という哲学者と五木寛之の対談『哲学に何ができるか』、レクチャーブックの現代哲学講義という本)を読んでいてびっくりした。びっくりしたのは、会話の中に出て来た士大夫に「しだゆう」とふりがなされていたからだ。私はむかしから「したいふ」と読んでいた。あわてて手許の岩波国語辞典を引いてみると「したいふ」も「しだゆう」もない。肝腎なときに役に立たない。棚から広辞苑をとりだして引いてみたら、「したいふ」はあったが、「しだゆう」はない。広辞苑が正しいとすれば、私は間違っていなかったということだ。

 

 太夫を「たゆう」と読むのは自然である。日本ではそういう読みで使う場合も多いからだ。もちろん「たいふ」と読む場合もある。そして「士大夫」は「したいふ」としか読めないはずで、これは中国の士と太夫(たいふ)を表す。もともとは科挙によって官を得た高級官僚を表し、のちに知識層を表す言葉として広く使われる。中国の歴史の本を読めば頻繁に出て来る言葉だ。しかし当たり前の言葉過ぎて、ふりがなを振ってあることはほとんどないから、最初に勘違いして「しだゆう」などと覚えてしまえば間違いに気づけない。私がびっくりしたのは自分が間違って記憶していたと思ったからだ。

 

 今回はたまたま私が正しかったが、そうでないことも頻繁にあるから気をつけないと恥をかく。もし気がついたらどんどん指摘して欲しい。過ちては則ち改むるに憚ることなかれ、である。

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コメント

同書は未読ですがてっきり編集者のミスかな?と思いました。
しかし朝日出版社のプロならこんな間違いをするはずもなく
ゲラの段階で発言者(廣末か、五木か)が読み仮名を振ったのだと思います。
(ありえないけれど編集者はそれを訂正せず発言者の意向を尊重した?)。
百目鬼恭三郎が存命ならば当該箇所を取り上げ
「こんな本は信用できない!」と言いそうですね。

ss4910様
誰のミスだか分かりませんが、最も言葉に厳しいはずの文章の専門家である五木寛之が目を通していないはずもなく、そのへんの思い違いのような気もします。
そうしてダブルチェック、トリプルチェックをすり抜けてしまうこともあります。
本を読んでいて違和感を覚えることはたまにありますが、確認すると自分の思い違いを知らされることがほとんどで、今回は本の間違いだったので敢えて記しました。

こういう問題、昔からよくあることでしたよ。むしろ昔の方が頻繁にあった、と私は思っています。
以前、なかなか面白い読み物がありました。作家同士のけなしあい!(^^)
じゃれあいのようなところもあるし、本音でけなしあっているようでもあったし・・・・。

絵画でもそうですが、同レベルだと他人の作品は気に入らない方が多い。自分がかなわないと分かると相手に作品以外にも敵愾心が湧く。着ているものがとんちんかん!だとかね^^
親友と言われる間柄でも心の内は複雑・・・ということもあります。人間はなかなか難しいものですね。。。


おキヨ様
まだこの本を読み終わっていないので、本そのものの評価はいたしかねますが、今回私が書いたことは、本をけなすことではなくて、たまたま間違いに気がついた、自分が間違っていなかった、ということが嬉しかったという、ただそれだけの話です。
読み終わったらまたなにをそこから感じたのか書くことにしますが、ほかにもいろいろ読んでいますし、本が少し厚いので少し時間がかかりそうです。

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