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2024年3月 2日 (土)

『平家物語』を読み進める

 午後はサラ・ブライトマンの歌などが収録されている『AURA』というCDのアルバムを聴きながらぼんやりしていた。金沢に単身赴任時代に取引先の商社の人が、私が好きだと言ったら竹内マリアの新譜のアルバムを貸してくれたりして、そのときにこの『AURA』というアルバムも貸してもらい、その後気に入ったので自分で購入したものだ。

 

 ぼんやりばかりしているとついうとうとしてしまうので、『平家物語』の巻の四を引き続き読み進めた。

 

 源三位頼政が高倉の宮(以仁王・もちひとおう)に平家追討の令旨を賜るようもちかけ、ようやくのことにそれを賜ると、全国にいる、平氏によって不遇を託つ武士たちに回状が廻される。清盛の長男、平重盛によってかろうじて抑えられていた平家の横暴が、彼の死によって歯止めがきかなくなり、平氏の様々な理不尽な行動が平家への恨みになって、ついに平家打倒の狼煙が上がったのだ。

 

 しかしその高倉の宮、そして源三位頼政の行動は平氏の知るところとなり、清盛によって討手(清盛の次男宗盛など)が差し向けられる。以仁王はとりあえず三井寺に身を移すが、三井寺からの協力要請を延暦寺は拒否、興福寺は協力を受け入れたがいつまで経っても頼みの僧兵などの軍勢はやってこない。平氏の軍勢を止めきれずに以仁王側は宇治川を渡って平等院に立てこもる。そこでの両軍の激突の様子が、この『平家物語』での軍と軍との最初の戦闘シーンとなる。

 

 以仁王は後白河法皇の次男であり、後白河法皇の長男は二条天皇、二条天皇を継いだのはその息子の六条天皇である。六条天皇の即位はわずか二歳の時であり、その後、後白河法皇により譲位を強いられ、二条天皇の異腹の弟である高倉天皇に位を譲る。以仁王は高倉の宮と呼ばれたが、この高倉天皇とはもちろん別人である。ややこしい。この経緯については平氏の働きかけがあった。平清盛の妹・時子は後白河法皇との間に高倉天皇を産んだ。これが建春門院で、特に彼女に嫌われたのが以仁王だったと言われている。自分の息子の高倉天皇よりも優れた人物だったからではないか、とも言うがそういうこともあったかもしれない。

 

 その高倉天皇の中宮として送り込まれたのが清盛の娘である徳子で、そこで生まれたのが悲劇の天皇・安徳天皇である。徳子はすなわち建礼門院である。高倉天皇も若くして譲位を強いられ、乳飲み子の安徳天皇が即位することになった。

 

 源三位頼政は源氏の一族でありながら、どうしてほとんど唯一平氏方に与して政権側に生き延びていたのか、そしてどうして反平氏の先駆けとなったのか、その辺がわからなかったから、裏切りの裏切りの人物かとも思っていたが、彼は彼なりの自分の論理を貫き通したことがこの巻の四を読んでわかった気がする。頼政一族、そして以仁王は平家に敗れて壊滅するが、そこに発した平家打倒の火は次第に燎原の火のように燃え広がってゆく。

 

 面白いなあ。元々平家物語は琵琶法師の弾く琵琶に合わせた語りであるから、その軍勢の衣装や人物、合戦の様子がやや誇張して語られていて、読んでいてその調子の良さに興奮するのである。

 歴史に詳しい人には周知のことで、興味のない人には何のことやらであろうが、私なりにここに書き留めることでざる頭に記憶をとどめようとしているので、お付き合い戴いて恐縮である。

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