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2024年3月 7日 (木)

小督

 根気がない上に気が多くて飽きっぽい私としては、珍しく『平家物語』を読み続けている。今読んでいるのは講談社学術文庫版全四冊であるが、元々は全十二冊だったのを改訂したから、各冊は分厚い。『平家物語』には時代とともに追加されたり編集されたりして様々な原典があり、今読んでいるのは覚一本である。比較的に新しく、文学的にも優れているとされるが、それだけに物語を盛り上げるために史実とは異なったり、別の人の話を登場人物の話にしたりしている部分があって、よく注釈や解説を読む必要がある。それに注意すると、何を伝えたいのか、何を強調したいのかがわかってくる。

 

 元々全十二冊だったのは、原典が十二巻構成だったからで、だから一冊が三巻分ということになり、現在二冊目、つまり六巻分をほぼ読了したところだ。ようやく半分というところ。第六巻は高倉天皇の崩御から始まり、悲劇の女性の話が挿入され、木曽義仲の挙兵、平清盛の死去、清盛の生誕に関わる秘密などが語られていく。

 

 その悲劇の女性の一人が小督(こごう)である。絶世の美女で、琴の名手であったとされる。冷泉隆房の愛人だったが、高倉天皇に見初められて院に入る。冷泉隆房は未練たらたらだったが、小督は運命として事態を受け入れる。女性はそういうきっぱりしたところがあるともいえるし、如何ともしがたいことはあきらめざるを得ない時代でもあった。

 

 高倉天皇の小督への寵愛はあまりに強く、安徳天皇を生んだ中宮徳子(後の建礼門院)の気持ちを思い、父親の平清盛は激怒する。しかも清盛は冷泉隆房の舅でもあった。その怒りの強さを知った小督は恐怖して高倉天皇の元を去り、嵯峨に身を隠す。高倉天皇(そのときにはすでに退位して上皇になっていた)はそのことを嘆いて悲しみの日々を送る。そして密かに腹心の笛の名手である源仲国に小督を探すように命じる。

 

 わずかな手がかりしかない中、源仲国は探しあぐねて途方に暮れるが、ついに琴の『想夫恋』の曲の音を元に小督の隠れ住むところを探し当てる。このくだりは能の『小督』に描かれていて有名だ。清盛の怒りにおびえていやがる小督を説き伏せ、再び宮中に戻ることになる。歓喜する高倉上皇だったが、小督の存在は秘密にされた。しかし隠せば顕れるのがこの世の習い、清盛の知るところとなる。

 

 こうして小督は無理矢理尼にされてしまう。二度と会えない悲しみに高倉上皇は心身が衰え、ついに崩御してしまう。これが崩御の理由であるかのような悲恋のストーリーだが、それよりは、自分が無理やり譲位させられたことなどが主な失意であっただろうと私は推察する。色気がないなあ。それにつけても、この経緯を含めて高倉天皇のそばにいた中宮徳子(建礼門院)の、高倉天皇に対する気持ち、そしてそれを意のままにする父親の清盛についてどう思っていたのかが気になっている。彼女にも様々な思いがあっただろう。

 

 出家して嵯峨野にいたとも言われる小督だが、それを藤原定家が訪ねたという記録もある。ところで、平家滅亡の後、建礼門院も嵯峨野に隠棲した。大原御幸で有名な、後白河法皇が嵯峨野の寂光院に建礼門院を訪ねる場面がこの平家物語の締めくくりでもある。互いの交流はなかったのだろうか。

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