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2024年3月21日 (木)

 私は涙もろい。体質的に涙腺が緩いのであって、泣き虫ということではない。明治生まれの祖父は「男は一生のうちで泣いていいのは三回だけだ」と言った。それは生まれるときと親の死んだときだという。あと一回は?と訊こうとして、ああ、親は父と母と二人いたな、と気がついた。涙腺の緩い私なのに、父が死んだときも母が死んだときも涙が出なかった。高齢だったから覚悟をしていたということもある。それになんだか自分の親の死なのに他人事に思えた。ずいぶんしばらくしてから、寝床で、もう親はいないのだ、と突然大きな喪失感に襲われた。それからずっと長い間、子供のころのことがいろいろ思い出されるようになった。

 

 涙というのは目を保護するために常時出ているものであって、出るとそれを引き込むところもあるのだそうだ。その引き込むところの穴が詰まると、引き込まれずに外に漏れてしまう。穴のつまりを取り除く処置も可能で、ひどいときは手術することもあるらしいが、私もその穴が詰まっている口なのだと思っている。命に別状はないし、人に見られて恥ずかしく思うほどの歳でもなくなったから、常時ハンカチかタオルを手に持って対処している。

140920-65_20240321093801ピンボケですが、涙目なので。

 現役時代、激すると涙目になるので、相手は勘違いする。勘違いが都合がいいことも多かった。こちらはじつは見かけよりも冷静なのである。

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コメント

涙脆い方は一般的に情に熱い方かと思われます。
親族が亡くなった時に全く涙を見せないという方もいらっしゃいますが、重大な事実に遭遇したあまりに茫然自失という事もあると思います。
私のすぐ下の妹、Mはそのようでした。母が亡くなった時、この妹だけが病院のベットで亡くなった母を見ても涙をみせませんでしたが、ショックで相当青い顔をしていました。おそらく誰の目にも触れないところで泣いたと思います。

おキヨ様
感動的なドラマや映画では、すぐに熱い涙が出て恥ずかしいくらいなのに、親が死んでも泣きませんでした。
涙の種類が違うのかもしれません。
かけがえのない人がそこにいなくなったという喪失感の方が大きくて、泣けなくなった気がします。

私は現在一人暮らしですが、以前に夫婦二人暮らしの時には無かったことに、テレビの物語を観て泣くという事があまりなかったように思います。ところが一人暮らしになった途端、ばかに涙もろくなったことに我ながら驚いています。
昔の人は子供とてやたらと人前で泣くものではないと子どもに諭した時代の名残だと思います。
今、一人暮らしになって、泣きたいときに遠慮なく涙を流す、という心地よさ味わっています。

おキヨ様
誰にも気兼ねせずに泣けるのは気楽でいいですね。
弟の家などでドラマを見て涙ぐんだりすると恥ずかしくて困ります。

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