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2024年3月22日 (金)

情報の偏り

 事実と真実と情報の違いを粗雑なざる頭なりに考えてみる。事実とは時々刻々と変わる現実そのもので、その背後にあるその事実をもたらしているものが真実、そして変化する現実を切り取って固定化したものが情報だと思う。この場合、作り替えたり、作られた偽情報は情報とは見なさない。

 

 切り取って固定化されたものを元に事実を考えることは出来るが、あくまで情報は一断片に過ぎないし、現実は変化するから情報は無数に生ずることになる。どこから見るのか、その立ち位置でも見え方は違うものだ。養老孟司が、情報は不変なものだ、ということばに驚いたものだが、考えてみればその通りである。その辺が多分多くの人が勘違いしていることだろう。情報が変わるように見えるのは、ただ新しい情報がもたらされただけのことに過ぎない。

 

 こんな当たり前のことを元から考える気になったのは、偽情報、フェイクニュースなどについて考えるためである。いまは情報が氾濫している時代だとされるが、その中に事実に基づかない、ためにする情報が紛れ込んでいる。それも情報だ、などということになると、そもそも情報とはなんなのかワケがわからなくなる。AIがものを考えるときに、それを支えるのは膨大な情報である。その情報に嘘が混じればAIは嘘を元に答を出すことになる。それにどんな意味があるというのか。

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 人は自分の知りたい情報のみを取り込む傾向があり、GAFAなどはその個人の好みに合わせて情報を取捨選択して提供してくれているから、結局いくらたくさん情報を集めてみたつもりでも、ある偏った情報のみの海の中でものを考えることになる。違う傾向の人とは話が通じにくくなる。アメリカの分断を見ているとそういう背景があるような気がする。中国や北朝鮮、いまはロシアもそういう偏った情報操作で国民を管理しようとしているように見える。

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 日本ではそういう心配は少ないように思えるが、どう見てもまともとは思えない陰謀論を本気で信じている人たちを見ると、かなり怪しくなってきた気もする。ある人がそういうものにはまらないためには、基礎知識、つまり歴史や一般常識を身につけるしかない、と言っていた。そんな面倒なものはネットで調べれば好いのだから、身につける必要などないと思っている若者がいるようだ。そういう若者は原理主義的なものにコロリといかれてしまう。第2第3のオウム真理教信者にならないといいが。

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