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2024年3月23日 (土)

説明責任

 岸田首相は二言目には「説明責任」と言うけれど、説明というのは多くの人が「なるほど」と納得して初めて責任が果たせるものであって、そもそも説明できるはずのない、してはならないことをしたことについて、どんな説明をしたところで納得する人はあまりいないだろう。となると岸田首相の言う「説明責任」とは一体何なのだろう、と首をかしげてしまう。

 

 しばしば犯罪者が理由にならない理由を語るのを見聞きする。本人にとってはそれが理由だと思っているのだろうけれど、たいていの人には理由とは受け取れない。殺傷事件などで、相手に腹が立った、だの、世の中に腹が立っただのと言うのは理由でも説明でもないし、そもそも聞いても意味のないたわごとだ。

 

 悪いことと見なされていることは、説明のしようがない。説明責任などとれない。謝罪し、説明などではなく、罪に対する責任をとるしかない。野党も説明が不十分だ、などと言い立てるのは、説明責任というのがあたかもあるかのように振る舞っているようで、だから茶番にしか見えない。したことを認めるのかどうか、悪かったと思っているのかどうか、それならどう謝罪し罪を償うか、それを追及するしかないのに、なんとなくずれている気がする。

 

 日本は責任の所在が曖昧で、誰も責任をとらないところがある。責任が問われながら責任者がいないと言う不思議な国だ。公人は特に、私が責任者です、と名乗りを上げないで済ませてしまうことが多い。東京裁判の場の、戦争遂行者たちの自分の責任に対する自覚のなさは目を覆わんばかりだったようだ。特に軍人に自覚のない者が多かったという。命令に従っただけだと口々に言ったそうだ。そういえば同じような姿を東京電力の責任者たちに見せられた。

 

 国民からすれば、説明責任とはどうしてこんなことをしたのか正直に白状することだと普通に考えているところであろう。しかし白状すれば自分の政治生命が危ういと思えば、報じられたようなワケのわからない釈明に終わるだけである。結論は、「私には責任はない」と聞こえた。責任をとる覚悟のない責任者は、そもそも責任者になるな!

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