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2024年4月14日 (日)

もし・・・たら

 山本博文の『流れをつかむ日本史』のなかの、大政奉還に関する流れについての著者の感想を引用する。

 

 しかし慶喜は、督促してまで大政奉還の受諾を求めました。形式的にではなく、本気で大政を奉還しようと考えていたのです。
 その後の歴史的経緯から考えれば、政治の実権を握る根拠となる将軍職を手放したのは失敗でした。しかし、この時点では、大政奉還によっていったん事態を収め、その後は自分の政治力で国政の主導権を握るという選択もあり得るように思えたのでしょう。
 激動する政治の場では、相手の内情や本当の実力は見えません。慶喜の場合は、相手を過大評価し、一時後退の手段をとったために、流れを相手に渡してしまったのです。このとき、別の決断をしたら、政局は別の形で動き、日本近代のあり方も全く違っていたかもしれません。

 

 まったく歴史はこの、もし・・・たらの連続であるなあと思うことが多い。そういうときに、少なくとも最悪ではない決断をするトップがいてくれれば、もう少しましだったのにと思わせるのが昭和の前半だったように思う。明治維新は得失はあるものの、結果オーライだったと考えられないことはない。しかしそのあとが酷かった。そのことを司馬遼太郎は、それが重大なことなのに、悪い方へ悪い方へと曲がっていくという、当時の為政者のお粗末さを感じて感情が先走り、ついに昭和という時代について冷静な、まとまった文章をあまり残せなかったのではないかと思う。

 

*司馬遼太郎には『「昭和」という国家』という本はある。過去との対比の中で昭和を論じていて、昭和が日本の歴史の中で異質であるという彼の持論がうかがえる。しかし本当に異質な時代だったのだろうか、と私は納得することが出来ないでいる。そうしてただいま現在の日本がその異質な時代の延長のうえにあることを常に意識している。

 

 次回はその辺に関する部分を引用する。

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