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2024年4月 3日 (水)

ことば

 本を読むのが子供の時から好きだから、ことばも好きである。ことばには様々な意味があるのは、そもそもことばが抽象だからである。ものごとや意味をことばにするとき、ことばや意味をそのままことばに全てこめることは不可能である。そのことがしばしば忘れられてしまうけれど、同じことばが人によって受け取られ方が違うことは少しも不思議なことではない。

 

 そんなことを思うのはNHKの連続ドラマ『舟を編む』を楽しみながらことばについて、そして辞書について思いをいたしているからである。西洋的な思考、科学的思考では、そのことばを厳密に定義し、誰にでも共通の意味を与えようとする。しかしそれはそもそも不可能なことなのではないかと思う。だから哲学の本を開けば、その考えを厳密に伝えようとするために新しいことばが創造され、使われることになる。哲学が難解であることの原因の多くがそこにある。既存の思想とは違う自らのオリジナルを伝えようとすれば、すでにあることばではどうしても伝えきれないから、ことばを創造する。そのためにますますわかりにくくなっているのである。

 

 日本の場合は少し違うような気がする。ことばが曖昧で多義的であることをこそ伝達の力にするところがある。同じことばが様々に受け取られること、墨が紙ににじんで広がるようにつたわることで、曖昧でありながら、厳密でないことで却って気持ちが伝わる。それこそが日本文化の特異性であり、優しさではないかと思う。例えば俳句など、もともとは連歌を元にしていて、そのイメージの広がりが連想世界を生み、人による違いが同時に共感へとつながるという詩の世界だ。

 

 ことばの厳密さが科学的だとする教育を受けて育った私は、それだからそのことを理解できずに苦手だと思っていたが、いろいろ先賢の先達によって、芭蕉や蕪村を手がかりにこの歳にしてようやくにその面白さを知り始めている。そうして、ことばをもう一度元から考えようとして、その先賢の一人、いつも繰り返し引き合いに出している森本哲郎の『ことばへの旅』という本を再び横に置いて、何度目かの読書の楽しみを味わっている。手元には第一集から第五集までがそろっていて、今週中に全て読み直すつもりだ。

 

 ここから考えたことを書き出せばいろいろあるけれど、まだ書いてあることをただオウムのように口まねするだけになりそうなので、少しの期間、ざる頭の中で発酵させてからときどき取り出してみようと思っている。

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