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2024年6月 8日 (土)

ゆがみ

 会田雄次の『ヨーロッパ・ヒューマニズムの限界』(新潮社)の中の表題の文章を読んで感じたのは、思索が少し浅いということだった。そんなことをいえるほどの私ではないのだが、同様のことを書いた本を読んできて、これよりも深いものを感じたことがあるからである。だからといってこれを否定的に批判しようとは決して思わない。何よりも、会田雄次が自分自身で必死に考えたことを自分のことばで真摯に伝えようとしていることが分かるからだ。そのほかの文章で、彼の戦時の実体験を基に書いたものなどは迫力とリアルさがあって読み応えがあった。

 

歴史について書いたもののほんの一部を引用する。

 

 過去に対する正しい態度は、まず、時間と空間の距離を超え、自分がそこにあったというような共感を持つことが最初に要求される。それがあるからこそ第二の段階、それを現在の時点から、理解し批判するということが可能になるのだ。過去は過去の死体解剖によって理解されない。歴史とは生きて動いている過去との対話である。対話が出来るためには、そこに共通する何物かがなければならない。そのためには自分が過去に生きねばならないのだ。日本の歴史に対する態度には、この第一前提が抜けている。

 

 ここに書かれている、当たり前のことを子供の時に私に教えてくれた教師がいた。その先生には恩を感じる。それとは別の、日教組系の教師の社会の時の授業の時に、「法隆寺は聖徳太子が建てた」とおしえたら、ある子供が「先生、違うでしょ、法隆寺は大工が建てたんでしょ」と言った。「よくそこに気がついたね」と先生はその生徒を褒めていた。その生徒が自発的にそう考えたとその時にも思わなかったし、今も思わない。その先生がそう言うと褒めてくれるだろうことをその生徒は小賢しく考えたのだ、と私は感じて不快に思った。こういう教育が日教組的教育だ。

 

 中国や韓国がしばしば日本の「歴史認識」の間違いを指摘してくれる。その中国や韓国が教えている歴史は歴史だろうか、と私は疑問に思っている。それは日本の歴史教育にも大きく影を落としていることを実感してきたし、そのゆがみを払い落とすのに何十年もかけてきた。

 

 「コロンブスがアメリカ大陸を発見した」という教科書に、コロンブスが上陸して現地人と向かい合っている絵の載っている不思議さ。そのことを私はおかしいと思い、それが歴史のゆがみを取り払うきっかけになったといっていい。会田雄次もアーロン収容所で強烈に体験したものから思索を深めて、この『ヨーロッパ・ヒューマニズムの限界』という文章で私に何かを伝えようとしたのだ。

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