『日の名残り』
ノーベル賞作家、カズオ・イシグロの同名小説を原作とした名作映画『日の名残り』を見た。ずいぶん前に録画してあったのに見そびれていたものだ。万全の心身の状態でじっくり見たいと思っていたので後回しになっていた。期待通りの素晴らしい映画であった。
第二次世界大戦後を起点にして、第一次世界大戦と第二次世界大戦の狭間の期間のイギリスの貴族の邸宅での日々が回想されながら、物語は淡々と進行していく。大きな山場というものもない。しかしこの時代のヨーロッパの情勢はナチスの擡頭もあって激動の中にあった。この時期のヨーロッパについての多少の知識がないと、この物語の背景の奥深さが見えにくいかもしれない。邸宅の主である貴族はドイツとの融和で平和を模索し、邸宅には各国の要人が次々に訪れる。その邸宅をとり仕切る名執事(アンソニー・ホプキンス)が主人公である。
このような淡々とした物語と、感情を表に表さない仕事を天職とする人物を演じるのがアンソニー・ホプキンス以外であったなら、たぶん映画は成功しなかっただろうと思う。抑えに抑えた感情を無表情のなかに見せながら、それを見る側にどのような感情が内面で動いているのかを想像させる、などというのは至難の技である。
第二次世界大戦後、主の貴族はドイツ協力者として断罪され、失意のうちに没落する。そのあとに邸宅は破壊されかかったが、以前この邸宅を訪れたことのあるアメリカの富豪で政治家でもある男(クリストファー・リーブ)が購入し、執事もそのまま残ることになる。そして物語の後半は、以前邸宅で働いていた女性(エマ・トンプソン)を再び招請しようと、彼女の暮らす町へ訪ねていく車での旅である。イギリスの風景の美しさ、とくに夕景の美しさは心にしみる。
ラストの雨中のバスでの別れのシーンでの、エマ・トンプソンの切ない表情は忘れられない名シーンと言って好い。『駅 Station』の冒頭部、いしだあゆみの別れのシーンの切なさの名演を思い出した。ところでクリストファー・リーブといえば最初の『スーパーマン』シリーズのスーパーマン役だったが、私はSF作家のリチャード・マシスンの小説を原作とした『ある日どこかで』という映画の主役を演じた時のクリストファー・リーブが忘れがたい。あまり器用な役者ではないが、それ以来好きになってしまった。その後落馬事故で下半身不随となり、車椅子生活を余儀なくされて役者を続けられなくなったのは残念なことであった。
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この映画は心に残る作品でしたね。
あの執事がアンソニーホプキンス以外だったら映画は成功しなかった。私もそう思います。
今、”もう一度見たい映画”の筆頭です。
投稿: おキヨ | 2024年9月20日 (金) 12時18分
おキヨ様
起伏のない映画なのに緊張感が最後まで持続するのは、名作映画であることの証ですね。
忘れられない映画だと思います。
投稿: OKCHAN | 2024年9月20日 (金) 13時02分
こんにちは!
『日の名残り』ずっと以前に見た記憶があります。
その頃の私にとってアンソニー・ホプキンスといえば、猟奇殺人犯役のイメージだったので、ずいぶん違う雰囲気の役柄だなあと感じた覚えがあります。
確かヒュー・グラントが出演していて、良くも悪くもまっすぐな良家のお坊ちゃん役がぴったりだと感じた記憶も。
『日の名残り』原作は読んだことないのですが、カズオ・イシグロの『クララとお日様』を先日読みましたよー😀
投稿: いぬいか | 2024年9月22日 (日) 09時06分
いぬいか様
貴ブログをいつも拝見しております。
コメントをありがとうございます。
『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクターは強烈な印象を残しましたからね。
たしかにヒュー・グラントが出演していました。
私も『日の名残り』の原作は読んでおりません。
『羊たちの沈黙』はトマス・ハリス原作ですが、一連の作品はひととおり読んでいます。
『レッド・ドラゴン』は『羊たちの沈黙』に先行する作品で、『羊たちの沈黙』の背景がよくわかる面白い本ですよ。
投稿: OKCHAN | 2024年9月22日 (日) 09時32分
もちろん『レッドドラゴン』読みましたよー。
『羊たちの沈黙』でシリーズに興味を覚えてましたから。
レクターの生い立ちには、意外に日本がかかわってるんですよね。
読んだ時期、気持ちが上向くような本を読もうと思っていたのに、
まったく違う雰囲気の本を読み始めてしまったーと苦笑いした記憶があります(^_^;)
(もちろん、気持ちを明るくしようと思って『レッドドラゴン』を選んだわけではないのですが)
投稿: いぬいか | 2024年9月24日 (火) 06時03分
いぬいか様
失礼しました、読んで居られるのですね。
『レッド・ドラゴン』は二回映画化されています。
両方見ております。
トマス・ハリスは身元を明らかにしていない寡作作家で、作品は少ないですが、どれもおもしろいですね。
投稿: OKCHAN | 2024年9月24日 (火) 08時06分