壁と交流
谷沢永一の人物論集を読んでいて、その中に私の敬愛する中国史学者の宮崎市定を高く評価していたのが嬉しかった。宮崎市定は一般の人が読みやすい本を沢山書いてくれていて、その中に『アジア史概説』という、私の世界観を変えた本がある。歴史観、文明観について述べたあとに、
歴史の進行にとってもっとも重要な要素は民族、土地とともに相互間の交通ということがある。一地域に成立した民族はその血縁的あるいは歴史的に祖先から受け継いだ稟性(ひんせい)を持って行動し、これらをめぐる自然的環境がまた彼らの行動を啓発し、制限することが多いものであるが、しかし歴史はそれだけによっては動かされない。むしろ外界との交通が重大な作用を及ぼすものである。民族と民族、もしくは国家と国家が相接触し、相交通することは、同時に両者の間に生存競争が行われることを意味する。人類は競争によって、その文明が進歩したことは見逃すことのできない事実である。
この『アジア史概説』は、中国や日本の歴史を論じるにはアジア全体を概観しなければならないという視点に立ち、その交流を重点に置いて論じられている。視点が高いのである。こういう本を読んだことがなかったので、大いに啓発された。
交流から外れた地域の後進性は必然なのであろう。先進性後進性の価値判断が西洋的なものであるという点はひとまずおいておくとして、便利でしかも病気の少ない生活が先進的であるとすれば、人は先進的であることを選ぶであろう。そのためには閉鎖よりも交流が必要なのは自明ではないだろうか。
第二次世界大戦の前に、イギリスはブロック経済体制を敷いてドイツ、イタリア、日本などを閉めだした。壁を作ったのである。その結果としてなにがおこったのか歴史が教えてくれている。トランプ大統領は物理的な壁を作るとともに、関税やその他の見えない壁によってアメリカを守り、アメリカを偉大な国に復活させるのだと豪語している。それがアメリカをますます衰退させることになるのではないかと思う。危惧する、というのは心配することなので、危惧するとはあえて言わない。そうなってほしい気が多少なりともするからである。北朝鮮がますます衰退するように、そして閉鎖性をますます強める習近平支配下の中国がそうであるように。
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