陳舜臣『わが集外集』
『わが集外集』(講談社)は陳舜臣がいろいろなところに発表した文章を、落ち穂拾いのように集めた文集である。だから書かれた時期もかなり幅があり、内容も、歴史小説と銘打っているのに近現代のものもあり、ほとんどエッセイのようなものもある。「わが」とされているのは、魯迅に『集外集』という著作があり、それにあやかっているからだ、と後書きにある。
だが、筑摩書房版の、竹内好の個人編集全単独訳の『魯迅文集』全六冊をもっているが、『集外集』という文集には覚えがない。別の題名になっているのかも知れない。
この『わが集外集』でいちばん印象に残ったのは『獅子は死なず』というインド独立の英雄、チャンドラ・ボースにかんする中編の文章だ。史実をもとに書かれたもので、チャンドラ・ボースが飛行機事故で終戦直後に亡くなったことは知っていたが、それが台湾でのことだとこの文章によって知った。インドでは誰知らぬもののないチャンドラ・ボースだが、日本ではよく同姓のラス・ビハリ・ボースと混同される。私も新宿中村屋にかくまわれていたインド独立運動の志士(ある種のテロリスト)、ビハリ・ボースの話を先に知っていたので混同していて、その勘違いを母に正された記憶がある。
そのビハリ・ボースは中村屋の相馬愛蔵・相馬黒光の娘と結婚している。その中村屋に一時居候していたのが彫刻家の碌山萩原守衛であった。守衛は黒光を慕っていたといわれる。それらの話を本で読んで承知していたのだが、TBSかどこかの連続ドラマ『パンとあこがれ』を断片的に見て詳しいことを知った。相馬黒光を宇津宮雅代が演じていてなかなか良かった。しかし『獅子は死なず』にはそんなことは書いていない。
閑話休題 チャンドラ・ボースの不屈の精神、そしてたちまち人を魅了してしまうそのカリスマ性は、この中編によってよくわかる。大阪外語大で学んだ陳舜臣は、自らの出自もあり、またインドの歴史や現地のことばがわかるから、その思い入れは格別である。玉石混淆の短編集だが、久しぶりに読み直しておもしろかった。
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