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2025年3月15日 (土)

『鷗外 闘う家長』

 半月ほどかけて、ようやく山崎正和の評論『鷗外 闘う家長』という本を読了した。ひとつの大きな山の登頂に成功した気分である。全三章のうち、最後の第三章の後半は、鷗外のよって立つ哲学的部分が説明されていて、かなり読み解くのが難しく、時間がかかった。どうして鷗外がある時点から伝記的歴史小説ばかり書くようになったのか、そのことを知るにはここを読み切らなければならなかったのだが、どこまで理解できたのか自信が無い。

 

 じつは昨晩、同じ趣旨のブログを下書きしたのだが、書いているうちに自分でもわけが分からなくなり、自分でわけが分からないものが読む人にわかるわけもなく、中断していた。だから一から書き直すことにした。

 

 この本は、鷗外、漱石、荷風という、明治時代に海外滞在経験のある三人を比較するところから始まっている。ただ、その有り様はまったく異なることはよく知られている。しかし三人とも、その経験が、最後にはみな西洋志向ではなく、日本的な文化志向に至ったということが非常に興味深いところである。漱石がロンドンで心身ともに衰弱して帰国した経緯から、のちに日本的志向に至るのはわかりやすい。荷風もアメリカとフランスに滞在してその文化的退廃にどっぷりと浸かった経緯から、江戸趣味に転じたことはわからないでもない。しかし鷗外は?

 

 『舞姫』の主人公の太田豊太郎は、ドイツにエリスという恋人を置いて日本に帰国した。これはほとんど事実に基づいていることはよく知られている。つまり太田豊太郎は鷗外自身である。現にエリスという女性が、鷗外の後を追って日本にやってきて、なだめられて再びドイツに帰ったことは多くの人の証言で確認されている。しかし不思議なことに、船で何ヶ月もかけてやってきたエリスは何ら修羅場を演ずることもなく、ほとんど観光にやってきたかのごとくであったという。『舞姫』という小説に籠められている鷗外の思い、生き方を、山崎正和は鷗外本人すら気づいていない切り口、補助線を元に読み解いていく。それが鷗外の寄って立つ「家長」という立場であり、しかも一般的な家長、というよりも鷗外独特の、基盤としての「家長」という生き方であったとするのである。

 

 いまは「家」というものがただの家族になって久しく、さらにその家族もほとんど空中分解しかけていて、家長などという言葉はほとんど死語なのでわかりにくい。この評論がそれをキーワードにしているので、いまにそれが一般には理解されなくなるかもしれない。

 

 「家長」が無限に庇護するもの、愛を与える役割の立場、ある意味でそれが父親というものでもある。与えるが与えられない愛、それが愛であるのかどうか。愛とは相手をかけがえのない存在とするものだと思うが、庇護するものはしばしば報われない愛の供給者であり、役割である。結局、森鷗外は、現在我々が思うような愛を理解できなかったのではないか。いや、理解はしても真に愛するということができなかった人だったのではないか。それを彼は鷗外の子供たちの父についての記録や、妹の文章から推察する。

 

 森鷗外は軍医として功成り名を成し、しかもなにより小説家としても名を残した。その鷗外は墓に「石見人(いわみのひと)森林太郎」とのみ記すように友人に言い残している。津和野出身である鷗外は少年時代に東京へ出て、それ以後一度も津和野には戻っていない。それなのに墓には彼の事績を書くことを拒否し、出身地のみ記させた心情とは何だったのか、そのことを私は大好きな津和野を訪ねるたびに思うのである。

 

蛇足ながら
 読後思ったことは、私もよくよく考えて自ら省みれば、本当の愛などわかっているのかという疑問に囚われる。愛を知る機会が無かったのか、そもそも愛することができないのか。役割で愛していないか。立場で愛していないか。父親という立場はしばしばそういう寂しい存在なのではないかという思いはある。

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コメント

こんばんは。
ご無沙汰すみませんでした。
お陰様で今日退院致しました。
落ち着きましたら又拝見させて頂きたいと思います。

マコママ様
よかった!
退院したのですね。
ゆっくり休んでください。

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