学生時代の旅行メモ
古い手帳を整理していたら、大学四年生の夏休みに友人とふたりで、大学のある米沢から、新潟、佐渡、能登、そして山陰を旅したときのメモが出てきた。メモは山陰に到着するまでの一週間たらずのもので、そのあとはない。書くのに飽きたのか。自分の記憶とメモを突き合わせると、忘れていることがいろいろあるし、少し勘違いして記憶していることもあるようだ。
書き出しは、先輩の付き合っていた女性から、旅のカンパとして小遣いをもらったことが書いてある。ビアホールのマネージャーのお嬢さんで、いろいろ私たちも世話になっていた(チケットをこっそり分けてもらったりしていた)女性だ。土産を何か買って帰ったかどうか記憶がない。せめて絵はがきくらいは買っただろうか。
出発の前の晩、先輩(六年生で一緒に卒業した)と寮の屋上で星空を眺めたことが書いてあり、その先輩の見送りを受けて、米坂線で新潟へ。新潟港から佐渡へは夜明け前発の便で渡った。佐渡の両津からさらに行こうと思っていた場所への船があるはずが、その年は欠航だと知り、途方に暮れていたら、親切そうな車の人が乗せてくれるという。友人が、どうもおかしい、というので確認したら白タクだとわかり、断ったことが書いてあるが、まったく記憶していない。予定を変更し、バスを乗り継いで相川まで行き、さらに尖閣湾を遊覧船で周遊する。それからバスで今度は南へ走り、小木港から直江津へ渡る。小木の港で食べた魚の定食が美味しかったことが書いてあるが、それは覚えている。
直江津港から結構遠いのに直江津駅まで歩いている。その直江津駅の待合室のコンクリートの床の上で新聞紙を敷いて眠った。蚊の猛攻に遭った。これも覚えている。直江津から富山に向かい、富山で市内を散策している。富山から能登へ。能登の穴水に寮で一緒の、年上の後輩の実家があり、そこに世話になる。もちろんその後輩も実家で合流するはずが、バイトで帰れないと連絡があり、お互いに見ず知らずどおしで、それでも泊めてもらうことになった。父親と三人、大酒を飲んで大いに盛り上がり、大歓待された。
長くなるので続きは次回に

























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