闇バイトによる事件の多発や、農作物の窃盗、詐欺電話、詐欺メール、迷惑メールの野放しなど、以前は真っ当に生きていればさまざまな事件は他人事としていられたのに、それがいきなり身近になったと誰にでも感じられていることであろう。そんなときに外国人の犯罪が頻繁にニュースで取り上げられ、しかもオーバーツーリズムの中で傍若無人の外国人などを目の当たりにすると、なんだか事件の多くが外国人によって引き起こされているかのような錯覚をしてしまう。実際には外国人の人口あたりの犯罪者の比率は以前より下がっているという統計もあるらしく、ただ、外国人の絶対数が急増しているから件数が増えているということであるようだ。
確かに稼ごうと思って日本にやってきたのに奴隷的な労働を強いられたり、差別を受ければ、犯罪に走る外国人がいるに違いない。それは日本人も同じだろう。善悪の基準も違う。きちんと伝えられているかどうか、そういう場があるのかどうか、それよりも日本では、安価で使い捨てしやすい労働力として外国人労働者を利用してきた背景があることを忘れてはいけない。
確かに人手不足を補うためとして、移民がどんどん増えて特定の国の人間のコミュニティが発達して、自国語だけで暮らせる地域が生じると、日本の中の外国が生じてしまい、周辺の日本人との軋轢が生じてしまう。それは避けなければならない。そのためには日本で暮らすにはまず語学を身につけてもらうことが最優先だろう。言葉の壁を取り払わないと融和は生じにくい。
そんな面倒があることが問題で、それを全否定するのが最も簡単な対策だ、という主張もあるだろう。それならいま農業、水産業、建設業、サービス業は壊滅的な人手不足になってしまうことを覚悟しなければならない。そこで働こうという日本の若者は少ないからたちまち産業として成り立たない事態になるからだ。それをあえて仕方がないとするならそれも一つの考えである。日本はアメリカやヨーロッパほど移民を受け入れてこなかったから、移民対策のノウハウもなく、ゆるめの鎖国政策もしようと思えば出来る。その上日本の若者で海外へ雄飛したいという人が激減しているというからちょうどいいかもしれない。
その代わり、少子高齢化による労働力不足という現実は厳然としてあるのだから、経済全体が縮小均衡に向かうことを受け入れなければならない。豊かな暮らしではなく、貧しいけれど精神的な金のかからない別の豊かさのある暮らしを価値あるものと考えなければならないだろう。両方求めるのは無理である。
外国人労働者の問題は以上として、そもそも犯罪、または不法行為が増えているのは、外国人が増えたからよりも、日本人の善悪に対する考えが緩んでしまったからだと思う。「お客様は神様です」などというたわけた言葉が、さも素晴らしい言葉であるかのように喧伝されて、どれだけの人がクレーマーに苦しめられてきたことだろう。
自分が正しい、自分は絶対的存在である、と錯覚した人間が百人に一人でも社会的に迷惑極まりないのに、いまは十人に一人になってしまったように私には見える。一定以上にそういう人間が増えると、社会は不安定化する、自分も主張することを主張しないと損をする、とあわてる人間が急増するからだ。おまけに個性尊重などという甘言によって、努力することを軽視する風潮、バカであることが愉快で楽しい人などと勘違いする世相が輪をかけて、テレビも無意味に仲間内の笑いを笑い合う。自分が不遇なのは、他人が得をしているからだ、などと勘違いするものが以前は嘲笑され、馬鹿にされたのに、いまは、そうかもしれない、などと思うようになっていないか。
なんだか頑固じいさんのタワゴトめいてきてしまったのでこの辺にする。治安の悪化は外部ではない、日本の内部の問題だ、と思う。
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