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2025年7月

2025年7月31日 (木)

たいてい30人前後

 中国で大きな事故や災害があると、被害者の数はたいてい30人前後、と報じられるように思う。今回の大洪水での被害者も30人ほどだということだった。大分前のことではあるが、思い出すのは列車が転覆して高架から落下した事故の時も、30人ほどの死者という報道だった。うろ覚えだが5輌以上が落下して一輌に100人以上乗っていたようなのに、30人はおかしいではないかと騒がれたら、なんと当局は落下した車両をまるごと穴を掘ってセッセと埋めていった。まさかとは思うが、まだ中にけが人がいたけれど、それごと埋めたのではないかともいわれた。

 

 当局の責任者が責任を問われる重さの境目が30人くらいで、それ以上だとかなりのペナルティになるので、とりあえず30人ということにしておくという、まことしやかな話も漏れ聞いたけれどほんとうだろうか。中国だからあり得る気がしてしまう。さすがにつじつまが合わなくなると、言い逃れ出来なくなって、突然被害者が急増することもある。とにかく、事故や災害の直後は、繰り返し30人前後を見聞きする。しばらく経たないとほんとうのことはわからないし、それがほんとうなのかどうかもわからない。

過剰

 カムチャッカ沖の大地震による津波警報が発せられて、昨日のテレビは終日それを報じ続けていた。テレビをリアルタイムで見るのはニュースだけなのだが、世界には津波以外のニュースは消滅したかのようだった。

 

 状況を刻々と報じ、避難を呼びかけることが大事であることは承知している。しかし朝から何時間もたてば、避難する人はしてしまって、あまりテレビを見てはいないだろう。それなら誰のために延々と同じことを繰り返し報じるのだろうか。海岸の様子にしても、それほど劇的に変わるわけではない。専門家に対する質問にしても、わけがよくわからないままに同じような質問や、無意味にしか思えない質問を繰り返していてうんざりさせられる。

 

 暑いからこちらもイライラする。テレビ局はよほど津波が嬉しいのだろう、などと思ってしまう。すべての番組を放棄して、同じことを延々と報じて時間つぶしをしていればこんな楽なことはないのだろうなあと勘ぐってしまう。もう少しメリハリをきかせて、時間が経過したら少しずつ普通の番組を挟んでも良かろうと思うが、その優先順位をつけるのも、編集し直すのも面倒なのだろう。Eテレで見たい番組もあったのに、Eテレまで津波、津波であった。

2025年7月30日 (水)

貯水率ゼロ

 昨日、宮城県大崎市の鳴子ダムの貯水率がゼロになったと繰り返しニュースで報じていた。鳴子ダムは鳴子温泉の前を流れる江合川(えあいがわ)を水源としていて、鳴子温泉から鳴子大橋を渡り、鳴子温泉郷の一つである鬼首(おにこうべ)温泉へ向かう途中にある。この道は発電所の前を通る山道だ。いまは少し西側に、トンネルの多い広くてきれいな道が出来ているので、そちらの方を通るようになったから、ダム湖に当たる荒雄湖はトンネルの切れ目からときどき見えるだけである。

 

 鬼首温泉には何度か行ったが、泊まったことはない。ここには間欠泉がある。イエローストーンの間欠泉のような見事なものではないが、それでも15分から30分ごとに5~10メートルほど水柱が噴き上がる。大きな野天風呂もある。この鬼首温泉から江合川沿いに北上すれば、峠を越えて秋田県の湯沢に至る。

Dsc_0491_20250730115801鳴子峠の尿前の関あたりにて

 江合川はそこそこ大きな川で、川幅も広い。鳴子から大崎市街を通り、一部は新江合川として鳴瀬川に合流し、東松島から海に至る。本流は旧の北上川に合流し石巻で海に出る。以前友人と鳴子の川渡温泉に泊まったとき、大雨で大崎市内の江合川の支流が氾濫し、交通が途絶したことがある。バスも列車も泊まっていたが、新幹線だけは高架なので走っていた。泊まり客で困っている人がいる、というので、宿の人に頼まれて大崎まで私の車で送ったことがある。

 

 大雨と水流の多い江合川の印象があるので、鳴子ダムの貯水率ゼロというのが東北の日照りの深刻さを余計に感じさせてくれる。

卓上マガジンラックの組み立て

 春夏秋冬、こたつテーブルをテーブルとし、その前に据えた大型の座椅子に座り込んでたいていのことを処理して暮らしている。右横に小物入れと小ぶりのマガジンラックを置いているが、どうも物が多すぎてそれでは収納しきれないので、ネットで一回り大きそうな卓上のマガジンラックを手配した。組み立て式となっていてその分安かった。

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 写真はとりあえず組み立て終了した状態のもの。すべて板状のピースを図の通りに順番に填めていくのだが、図がわかりにくい上に、なかなかきっちりすべてが填まりきらない。日本のものではないので図で判断するしかないが、それでもなんとか出来あがった。後は細部を少し補正してきっちりはめ込まないと強度も不足するだろう。

 

 ますます我が要塞は堅固になり、身動きが減ることになる。掃除がしにくくなるなあ。

知っているところだから

 全国で猛暑が続いていて、ほとんど40℃などという、想像するだけでも身体にこたえるような気温が記録されている。あちこちうろつき回ったおかげで、たいていの場所に立ったことがある。知っているところだからそこにいるかのような気がしてしまう。たびたび名前が出る大分県の日田は一昨年秋に行ったし、埼玉県の熊谷は若いときしばらく暮らしたことがある。群馬県の桐生は私が新人時代に仕事で毎週のように走り回ったところで、ずいぶんお世話になった人もいたし、いまも交遊している人がいる。いま暮らしている名古屋の北、尾張西部も暑い。その北、岐阜や郡上のあたりも暑い。郡上おどりで有名な郡上八幡では昨日39.8℃だったという。

 

 避暑に行くなら海辺か山で、その辺でゆっくりしたい気もするが、いまは夏休みもたけなわで、人出が多かろうと思うとつい出かけるのがおっくうになる。たいてい夏休み料金で値段も高いし、道路も混んだりする。暑さのせいだろうか、異常な事件もあるし、熊も里山を走り回っているようだ。盆明けまでは家でおとなしくするのが良かろうと、エアコンの前で何もせずにぼんやり過ごしている。

2025年7月29日 (火)

三白眼と美辞

 母親に教えられたことの一つに、人を三白眼で見ないように、というのがあった。下からにらみ上げるようにすると、黒目の左右と下の部分が白目になる。悪相だからそのような目つきをしないように、というのが母の教えであって、忘れないように努めている。幸い私は大柄なので、下から人をにらみ上げるよりも、見下ろすことが多い。三白眼にはなっていないと思う。

 

 そういえば、興奮すると感情が激して目がつり上がり、三白眼になる人がいた。ちょっと危ない感じがして、これが母のいう三白眼の悪相かなと思ったりして眺めていたことがある。おかげで冷静でいられた。

 

 石破首相の目が典型的な三白眼である。容貌で人をあげつらって申し訳ないが、あの目つきだと母は嫌うだろう。その三白眼で美辞を語る。美辞は中身がないとむなしい。中身がなければ何も相手には届きようがない。そもそも伝えたいものがあるのか。あるならそれを語ってくれ。

不味くてがっかり

 昨晩の鰹のたたきにはがっかりした。見かけはいかにも美味しそうだったのに、身は薄いし食べたらネチャッとして旨味もない。不味い。二切れ三切れ食べていやになり、仕方がないから出汁醤油を沸かして放り込み、火を通して汁にしたのだが、うんざりすることに汁にしても不味い。汁もネタの鮮度でうまさが違うから、もとが悪ければ救いようがないのだ。もちろん歳とともに味覚が鈍っているから、その影響もあるのだろうが、それにしても・・・。

 

 韓国の新聞が、韓国人の国内旅行者が激減していると報じていた。原因はぼったくりだそうだ。特に済州島のぼったくりがひどいらしく、お粗末な食事で高額が請求されることが多いという。そういえば先日、済州島から元々の島民が逃げ出し始めているというニュースを読んだばかりだ。中国人が大挙して押しかけ、さらに中国人が土地を買いあさり、ホテルを買収し、土地や物価がどんどん上がってしまって、とても暮らしにくくなったからだという。ぼったくりをしているのは誰なのか知らないが、高いばかりでサービスが悪ければ、いまは人が多くてもリピーターが減っていき、ついには来る人も減る。

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 済州島には友人たちと一度行ったことがある。私は四・三事件について本を読んだばかりだったので、事件に関連した場所などを見られて満足したが、食事も美味しかったし、見所も多く、特に物価が高かったという気はしなかった。二十年以上前のことだから、ずいぶん変わったのだろう。だから韓国人は日本に来るのかもしれない。日本は近いから国内旅行の延長みたいなものなのだろう。

 

 その日本でも、京都の錦市場が観光客向けのぼったくり価格が横行し、地元の人たちが市場にやってこなくなっているというニュースも見た。オーバーツーリズムで利益を上げている人が調子に乗って暴利をむさぼると、市場の成り立ちのもとである、もっとも大事な客たちが離れていく。わかっていてもその繰り返しをするのが人間の愚かなところなのだろう。

2025年7月28日 (月)

鰹のたたき

 今晩のメインの酒の肴はスーパーで買ってきた鰹のたたきにする。

 

 千葉県の太平洋側で生まれ育ったので、若い頃は夏になると母を車に乗せて飯岡の近くまで行き、魚屋の店頭で、木桶に氷水を入れたところに頭から鰹が何本も放り込んであるのを母親に選んでもらう。飯岡から銚子あたりでは夏の脂ののった鰹がたくさん獲れる。尻尾をつかんで引き出して姿と目の色、そしてえらぶたをちょいとめくって母が品定めする。外れたことはなかった。それを持って帰って三枚に下ろす。

 

 子供の頃はほとんど刺身しか食べたことがなかったが、母は友達と四国旅行に行って皿鉢料理を食べ、鰹のたたきのうまさに感嘆してからは、鰹といえばたたきをつくってくれた。絶品である。三枚に下ろした真ん中の、まだ中落ちのたっぷり残った骨の部分をぶつ切りにして、砂糖と醤油とショウガで煮込んでくれる。私はこれが大好物で、猫に、もう食べところがないと恨まれるほどきれいに骨だけにしゃぶりつくしてしまう。

 

 そんなことを思い出しながら、スーパーの鰹のたたきを肴にこれから飲む。

 

 高知のはりまや橋の近くの、鰹ばかりを食わせる飲み屋を友達に教えてもらって行ったことがある。分厚いやつをたっぷり食べた。参ったといいたくなるほど鰹三昧であったが、そんなことも思い出したりしている。

大いに賑わっていた

 今日は糖尿病の定期検診日、病院は大いに賑わっていた。病院が賑わうのはあまりめでたいことではないが、普段のお年寄りたち(私もその一人)に加えて、咳をする子供などもいて、待合室の椅子が満杯で座りきれないほどであった。子供を三人くらい連れている母親もいたりする。あずける先がないのであろう。夏休みだし、子供が病気になるとたいへんだ。検診日前一週間は、いつものようにほとんど酒を飲まず、食事の量も控えめにして節制する。おかげで体重もほぼ目標値まで下がり、血糖値もほぼ前回と同じ。美人の女医さんはじっとこちらを見て、努力して節制しているようですね、この調子です、と褒めてくれた。ちょっと嬉しい。

 

 病院の受付が始まる前に早めに行った。早く帰る目論見で、一歩の差で終わる時間はずいぶん違う。ただ、今日は出かける前にからだが重く、身体が重いときは不調で気持ちも重い。ところが病院までの歩数やかかった時間は調子の良いときと同じだった。あまり暑いから足が速まったのだろう。病院が混んでいるから当然の成り行きで薬局も混んでいる。待たされたおかげで結局帰宅は昼少し前であった。冷蔵庫がスカスカになっているので、そのあと買い出しに行った。もちろん控えていたビールも買ってきた。今晩が楽しみだ。

 

 朝は空腹時血糖を測るために抜いていて腹ぺこである。作る時間が惜しいので弁当を購入して腹を落ち着かせる。今晩は何をつくろうかなあ。待ちきれずに自分の決めたルールの時間をフライイングしそうだ。

賢治と喜善

 賢治は宮沢賢治、喜善は佐々木喜善である。佐々木喜善は遠野の人で、あの『遠野物語』のネタになる話を集めて柳田国男に伝えた人である。詩人で郷土研究家で、多くの文人たちと親交があった。宮沢賢治は花巻の人で、花巻と遠野はそれほど遠くない。その関係の一端を知ることの出来る文章を紹介する。

 

 宮沢賢治が、座敷ワラシに関心をもちつづけていたことは、筑摩書房版、『宮澤賢治全集』の第七巻や第九巻にも認められているところであるが、佐々木喜善と宮沢賢治とが最初にあったときの会話の中心は、結局座敷ワラシだった(山田野理夫『遠野物語の人--我が佐々木喜善伝』)という。宮沢賢治にとって、佐々木喜善との出会いはいかにも心に残るものであったらしく、例えば昭和七年五月十日付の喜善あての手紙には、病気のため、起き上がることも出来なかったことを詫び、「もし幸いにお出ましあれば、何卒重ねて拝眉を得たく存じ居ります」と記している。賢治の死は翌年にわかにやってきた。昭和八年九月二十一日、賢治は喀血して世を去った。しかし意識は明瞭であったという。三十八歳であった。賢治の死を知って号泣した喜善は、それから八日後に急死した。ほんとうに突然の死であった。
 賢治の死を見つめた座敷ワラシは、喜善の死をも見つめていたというべきだろうか。

 

 この文章は阿部正路『日本の妖怪たち』のなかの『座敷ワラシとその祖型』という章の中にある。

 

 東北へ旅に出るときにしばしば泊まるのが、宮城県の鳴子温泉か、岩手県の花巻温泉で、久しぶりに花巻温泉に行きたくなっている。その近くには高村光太郎が、戦後引きこもった山荘があり、記念館がある。高村光太郎と宮沢賢治にも因縁があることは以前このブログに書いた。

2025年7月27日 (日)

探せば便利なものがある

 少し前のことだが、片付けをしていたときに重いものの入っていた段ボールを落としてすねをすりむいてしまった。けっこう血が出たが、ほぼ完治した。それとは別に親指の爪を割ってしまって、こちらはまだ治りきっていない。あと十日くらいは指先を保護しないと洗い物が出来ない。一人暮らしではどうしても洗い物は自分でしなければならないし、汗をかくから風呂に入る必要もある。指先というのはなかなか普通の絆創膏ではカバーしにくくて不自由である。たまたまひびあかぎれ用の、薄いフィルム状のものを薬局で見つけた。使ってみると具合がよろしい。探せば便利なものがあるものだ。

大根の種

 冬越しで大根の種を採ったことはブログに書いた。

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 写真のように大根の種は鞘(さや)の中に入っている。そのまま蒔いても芽が出るが、種だけにした方が早く出てくる。はさみで両端を切り、鞘の中から種を取り出し、杯を容器にして種をそこに入れている。小ぶりの鉢の土に棒で穴をいくつも開け、そこに種を一つか二つずつ蒔いて土をかぶせ水をやるとすぐに芽が出て葉がでて、早ければ数日でカイワレができる。放っておけばあたりまえのことだが大根になる。

 

 時間差を置いて蒔いておけば、ほぼ毎日、十から二十くらいのカイワレを摘み取れて、それをよく洗ってからポン酢を垂らして食している。癖のない、ちょっとだけ辛みのある味は食べ飽きることがない。ささやかなビタミンCの補充である。数日に一度、鞘から種を百粒ぐらいずつ取りだしている。無心の単純作業は案外嫌いではない。まだ鞘はいくらでもある。

みんな暑さが影響しているようで

 今月前半は体調回復をこころがけ、家の中の片付けをしながら急激に進む老いの衰えを受け入れる気持ちの整理もしていた。今月半ばに息子が来た頃には、さいわいほぼ通常生活を続けるのに差し支えなくなるくらいに回復していたし、家の中は長年処分出来ずにいたものが多少片付いた。梅雨があっという間に明けてしまい、暑い日が続いていたからあまり出かける気にもならず、それだからといって本や映画をせっせと見たり読んだりも出来ずにいた。何しろ暑い。

 

 だからブログに書くことがないことがしばしばあった。以前にはなかったことである。そうなるとブログを書くために本を読んだり映画やドラマを見たりしなければ、などという気がチラリと兆し、そのことが却って読書や映画鑑賞の気持ちを萎えさせた。読みたいから読み、見たいから見る、というのが本来で、目的が先に立つと嫌気がさす。旅に出るのも同じである。本末転倒は大嫌いなので、いっそブログをしばらく休もうか、などと思ったりしていた。ブログを書くために旅に出るなどもってのほかである。

 

 いつも拝見しているブログは四五十あるが、半分はごくたまにしか更新がなくなっている。この半分も更新がどんどん減っている。頻度があまり変わらないのは十くらいしかなくなった。どなたかも、暑くて出歩かなくなったからブログに書くことがない、などと書いていた。やはり御同様なのだと思ってつい苦笑いしてしまった。ブログを書く意欲が減退するのは、読んでくれる人が減っていることもある。拙ブログの内容がお粗末だから仕方がないのではあるが、そもそも書かなくなれば他人のを読むことも減るのは成り行きであろう。

 

 頭が空っぽではブログも書けない。埋めるものがなかなかたまらない。以前にはなかったことである。たまるのをのんびり待つしかないかと思う。何しろ暑い。

2025年7月26日 (土)

『移行期的混乱』

 平川克美『移行期的混乱』(ちくま文庫)という本を読んだ。副題は、「経済成長神話の終わり」。私がこの頃ずっと考えてきたことを、とても明快に、そして整理して提示して見せてくれていて、同意することだらけであった。しかもこの文庫化する前の単行本として出版されたのが、2010年であることは驚きである。引用して使われている統計数字は、だから古いのだが、その2010年からすでに15年もたっているのに、著者のその推測を裏切るような現実の推移は生じていない。つまり時代を透徹して見通した見通しは、間違ってはいないということである。

 

 日本の経済衰退、少子高齢化などについて、様々な原因究明が行われ、語られてきた。根底の原因がわかればその対策ができる、という想定である。しかし、この本が指摘しているのは、そもそもその原因究明や対策を考えるその考え方そのものが、答えを導き出せるような考え方ではないのではないか、ということである。だからそのような対策はことごとく一時的な弥縫策に終わり、失敗する運命にあるという。まさに私もそう思っていたところで、原因は人々の価値観の変化こそがこの事態の原因で、その価値観の変化は不可逆的である。今更価値観を元になど戻せないのである。

 

 ある時代を生きる人々の大まかに共通する価値観をパラダイムという。そのパラダイムは時に大きく転換することがある。まさにそのような「移行期」がやってきているのである。時代を少し俯瞰的に見ることで、世の中の流れを見直すのにこの本はおすすめの本である。

 

 著者は内田樹の親友で会社経営者。内田樹と高橋源一郎が巻末に解説を書いている。 

あれもこれも、とはいかない

 本日も朝から青空。今日も猛暑日、明日も、そしてこれから当分猛暑日。肩の痛みに加えて腰まで痛くなってきて、立ち居振る舞いがますます絵に描いたようなおじいさんになっている。

 

 石破やめろ、という声と、石破やめるな、の声が上がっているらしい。野党はトランプとの合意の中身が不明確で、実際にどうなるのか信用出来ない、などといっている。しかし信用出来ないのはトランプの側であって、しっかり約束したはずのことすらその舌の根も乾かないうちに覆すのがトランプというオトコであるから、それを信用出来ないなどと非難してもどうしようもない。

 

 野党は石破首相に辞めてもらいたいのか続けてもらいたいのか。選挙前は都合上辞めないでほしかったのは間違いないが、選挙が終わったら用済みのはずが、野党の結束はおぼつかず、政権交代というもくろみは、このままでははかない夢となりそうで、そうだとするなら与しやすい石破首相に続投してほしいというのが本音かもしれない。しかしそれは党利党略、損得を最優先に考えているからであって、国民のことを考えたら、国民の生活のためのしかるべき政策を推進できる政権であってほしいとどうして考えないのだろうかと思う。私がやります、と手を挙げる者がいない、情けない日本の国になってしまった。それならやっている事の善悪は別にして、トランプのほうがマシではないか。

 

 野党は、給料上げます、税金下げます、福祉を見直して減額します、とあれもこれもいいことづくめのことを口にしたが(約束したのだろうか?)、あれもこれも、とは行かないのが現実で、結局のところ方向としてお年寄りや病人に使っている金を始末しないことには現役世代の高負担を減らすことはできない。今まで自民党は票田であるお年寄りに手厚かったが、いい加減にしろ、というのが今回の投票に込められた国民全体の意思であったのだと私は感じている。それならそうであることをはっきりさせて、そのように予算配分を見直すしかないだろう。

 

 哀しいけれど令和の姥捨山の時代がこれから始まるのだと思う。限られた予算でできることには限度があるし、日本経済がこれからまた復活し、成長し続けるというのも、もう無理なことは、今回のトランプ関税ではっきりしたような気がする。日本人の多くは、つましく生き、つましく死んでいくしかない時代が来たようだ。好い時代を知っている年寄りとは違って、案外若い人はそれを当たり前に受け入れているのではないか。ただ年寄りにばかり奉仕するのはかなわないということなのだろう。それはそうだろう。

2025年7月25日 (金)

仏様

 朝のブログで神様のことを考えた。その続きである。原因があって結果があり、この世のことはその因果律によって成り立っている。それなら未来予測が可能だという風に考えがちである。この世のあらゆることについて知り、出来事のすべての流れを知れば神に近づける、という考えが科学を探究するものの根底にないとはいえない。

 

 ところが、知れば知るほどわからないことが増えていく、というのがこの世の中で、そのことを思い知った科学者の一部がスーパーサイエンス、などという世界に嵌まっていった。東洋には科学の知を越えた智がある、という思い込みもあって、神秘の東洋に学べなどという啓蒙書が、一時期書店の棚にたくさん並んだりした。その中にはもう一歩でオカルトに届きそうな怪しげなものも多かったが、その中のまともそうな本を私も何冊か読んだものだ。多分オカルトに近い方にやられた人たちの一部がオウムなどに流れたような気がする。そういう本を面白く読んでいた私も危ないところであった。

 

 科学とは違うアプローチでこの世界の理(ことわり)を考えたのが仏教だと思う。宗教ではなく、哲学的側面を考えた部分は、案外現代科学と通底している面もあるような気がする。知るということ、識るということの無限のレベルを乗り越えていき、ついに因果の輪廻から自分を解放し、因果の外に置くことが出来たとき、人は仏になる。それが悟るということであろうかと思っている。因果の向こうを見通したとき、何が見えるのか。興味はあるが、叶わぬ願いである。しかし、人は死ぬと仏様になる。死ねば因果の向こうを見ることが出来るのかもしれない。それなら死ぬのも悪くない。

食い込んだ?

 直近の世論調査でのトランプ大統領の支持率が37%だったという。トランプ大統領の岩盤支持層が35~40%とみられていて、40%を切るということはその岩盤支持層の岩盤が崩れ始めた可能性がある。理由もいろいろありそうだ。もちろん世論調査には誤差があるし、一時的なものかもしれない。しかし、崩れないから岩盤なのであって、そこがわずかでも崩れるということは、岩盤全体に亀裂が入り出した、という希望がないわけではない。

 

 そもそもが、それほど熱狂的に支持したくなる人物ではないように見えるから、一度支持者が「おかしいな」と自分に首をかしげだしたら、あっという間に目が覚めることになるかもしれない。しかし、トランプがアウトということになっても、多分ポストトランプがトランプよりまともであるかどうかは大いに疑問で、もっと極端な人間しかその後を継ぐことが出来ない可能性があり、そうなるとアメリカにはそれほど明るい見通しはないだろう。

神様

 この世の中、いや、この宇宙全体がどうなっているのか、どうして存在するのか、ということをときどき考える。宗教によっては、神様がこの世界全体を創ったのだという。神様を信じるかどうか。いまの科学が示すところによれば、この宇宙はビッグバンによって始まったという。それはたぶん138億年前だという。その前はどうだったのか。その前はない。ない、というよりもいまの科学では考えることが不可能だともいうし、何もなかったのだともいう。それを因果の地平の向こう側、などという。

 

 それなら宇宙は無から生じたのだともいえる。無から生じてこの世が出来たなら、それは神様の為したことだと考えても考えられないことはない。

 

 いまも神様がこの世界をすべて動かしているのだ、ということを信じるから神様にいろいろお願いをするのだろう。そう信じる人にはそう思えるし、信じない人にはこの世はすべて原因と結果が果てしなくつながった因果の世界でしかないだろう。その因果をとことん突き詰めていくのが科学であるらしいのだが、その因果のはじめのはじめがあるらしく、それを突き詰めたら、この世の始まりが無であった、となると、その境目にだけは神様が関わったのではないかと、私は考える。そうでなければ始まりようがなかったのではないか。

 

 つまり、この世の始まるきっかけは神様が作ったけれど、そのあとの因果については神様は関与していないのではないかと思う。眺めているだけではないかと思う。人間の愚かさに眉をひそめているだろうけれど、いかんとも為しがたいのを残念に思っているのではないかと思う。そうしてそろそろ幕を閉じようか、などと考えたりしていなければいいが、とも思う。

2025年7月24日 (木)

『十一人の賊軍』

 『十一人の賊軍』は2024年の東映時代劇映画。監督・白石和彌、主演は山田孝之、仲野太賀、共演は阿部サダヲなど。いわゆる集団活劇映画で、幕末の新発田藩での官軍と旧幕府軍との戦いを大いにデフォルメし、創作したものである。原案は笠原和夫、もともと工藤栄一監督の集団抗争時代劇のシリーズが好評で、その一つとして六十年以上前に脚本が書かれたが、日の目を見ずにお蔵入りになっていたものを監督の白石和彌が映画化した。

 

 集団抗争時代劇はたいてい面白い。工藤栄一監督の『十三人の刺客』はその中でも傑作だが、緒形拳と千葉真一が敵役となった深作欣二監督の『将軍家光の陰謀 激突』などもそのジャンルに数えていいだろう。まだまだたくさんあるが題名が思い出せない。

 

 今回見た『十一人の賊軍』はそういう集団抗争劇でもあるし、あの三船敏郎が主演した『赤毛』に通じる物語でもあって、結末は悲惨である。そもそも笠原和夫の脚本がお蔵入りになったのも、その悲惨さが映画会社側に受け入れられなかったかららしい。だからこの映画の方は多少その悲惨さを緩和するラストになっている。面白かった。

ささやかにお勉強

 私がしばしば自分をザル頭と自嘲するのは、謙遜しているわけではなくて心底そう思っているからである。テレビでドキュメントを見たり、本を読んだりして、いろいろ知らなかったことを知るのだが、知ったことのほとんどが記憶されずに忘却の彼方に消え去っていく。それでも万に一つ、目の粗いザル頭に引っかかったものが残滓として残れば、いつかはその蓄積がかたちになりはしないかと、はかない希望を持ち続けているというのが私の哀しい人生である。

 

 さいわい北朝鮮とは違うから、いまの日本にいればものを学ぼうとするときにその材料にはこと欠かない。多すぎるくらいで、そこから何を選ぶかということこそが問題である。あれもこれもと手を広げると、目が粗いだけではなくて大きさも小さいザル頭だから、あふれてしまってザルの目を通過すらしない。ときどきお勉強をしようと思い立っても、いままではその繰り返しであった。

 

 テレビにはEテレや放送大学という、たいへんけっこうなお勉強の材料が用意されている。いまはあまり欲張らずに、厳選してささやかにお勉強を始めた。一日に一時間か長くても二時間で済む程度にしている。高校講座の日本や世界の歴史、地学、化学から始めている。歴史や地学はもともと好きなものだし、化学は大学で専攻したからわずかながら基礎知識は持っている。高校講座に出てくる高校生は私から見たら生意気、つまり教師に対しての敬意が足らないように見えるが、それにこだわると内容が頭に届かなくなるので我慢している。中身はわずかでやさしすぎるけれど、ところどころ教えられることもある。その程度で好いのだ。まずその辺で基礎勉強をしたら、本格的に放送大学の中から選定してお勉強しようと思っているが・・・三日坊主に終わる可能性もある。

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 それにしても、大学を卒業するまで、一体何を勉強してきたのだろうと、今更ながら慚愧に堪えない。真剣に学んだことがほとんどないことを思い知って、情けない。

2025年7月23日 (水)

とりあえずめでたい

 トランプアメリカと関税について、想定されていたよりも低く合意出来たことはとりあえずめでたい。そもそもは一方的な不条理な申し入れではあるが、合意出来なければ高い関税をかけられる恐れがあったのだから仕方がないし、ほかの合意したいくつかの国の例を見ても、日本としては一人負けの残念な合意ではなかったともいえる。

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 この日本との合意を受けて、多くの国が次々にそれを基準とした合意を受け入れていくだろうし、アメリカが日本との合意を早めに決めたのもそこに意味があるのだと思う。

 

 もちろんトランプ相手であるから、またいつとんでもないおまけの要求が追加されるかわからないが、とにかく日本だけが不利な仕打ちを受けないのであれば、いまは良しとしなければならないだろう。アラスカのLNGに関してかなりの投資を必要とするようだが、中東から運ぶのもサハリンの天然ガスに頼るのも、どちらもリスクが高いから、それよりはリスクが低いように見えるアラスカの天然ガスが確保出来るのは日本にとっては悪くない話に思える。

 

 これからAIなどに膨大な電力を必要とするし、温暖化の加速での電力需要も増える。発電に必須の天然ガスの確保は日本にとって命綱である。後々になって、もしかしたら好い合意だったと言われることになるかもしれない。

 

 石破首相もこうして花道がしつらえられたのだから、心置きなく退場出来るのではないか。とりあえずめでたい。

遅い

 今朝も四時前に目が覚める。寝床で横になったまま少しストレッチをしてから起床。リビングの気温は29℃を超えていた。ちょっと意地になってエアコンをつけない。暑さと戦おうとしてもかなうはずはないのだが。夜明けが少しずつ遅くなっているのに暑さはまだまだ続く。今週の当地はずっと猛暑日の予想だ。

 

 冷たいものばかり飲むと身体の調子が悪くなる気がする。だから極力喉を潤すために、お茶や紅茶やコーヒーを飲む。朝は濃いめのお茶に南高梅の大きな梅干しを一個、少しずつかじる。しっかりと目が覚める。減塩や甘くした梅干しは論外で、昔ながらのしょっぱくて酸っぱいのが好きだ。最後に残ったものを福茶にして飲む。知覚過敏なので、梅干しや酸味の強いものは好きでもたくさん食べられないのが残念だ。

 

 先週末に妻の入院している病院に月々の支払いと面会に行ってきた。保険証が七月末で有効期限が切れる。そのあとの資格確認書の確認を求められたがまだ来ていなかった。おかしいですね、と窓口のおばさんはいった。書留で来るはずで、不在だったりすると郵便局留めになっていることがありますから確認しておいてください、といわれる。もちろん本来はマイナカードで良いはずなのだが、この病院はまだ対応出来ていないのだ。

 

 確かに私は配達を受け取っていないはずなのだが、本当にそうかといわれると自信がない。最近は自分が当てにならない。家の中を片付けたときにうっかり・・・などということが万一ないとはいえない。家に帰って考えられるところを徹底的に探してみたが、ない。間に三連休があったので、当該役所への問い合わせは連休明けにするしかない。少し苛つく。私は物事がきちんとあるべき様になっていないことが嫌いなのだ。

 

 そして昨日、書留が届いた。有効期限内とはいえ遅い。でもとにかくほっとした。ほっとしたのはちゃんと届いたからであるが、自分が失っていたのではないことがわかったからでもある。配達の人に「待っていた、着いてほっとした」といったら、ちょっと苦笑いしていたように見えたのは考えすぎか。

2025年7月22日 (火)

名文

 魯迅の弟で文筆家の周作人が、永井荷風の随筆『日和下駄(ひよりげた)』を繰り返し読んだという文章を残している。そのことは先日このブログで取り上げた。だからというわけではないが、永井荷風の随筆の中でも優れたものとされる『日和下駄』を読み始め、しばらく中断していたが、ようやく読み終えた。この文章は旧漢字旧仮名遣いで読まなければその味わいを楽しめない。旧漢字旧仮名遣いの文章の素晴らしさを知るにはこういう文章を読むのがよいだろう。私も繰り返し読みたいと思う。これこそ名文である。

 

 『日和下駄』は三田文学に大正三年から連載されたもので、全十一篇で構成されている。日和下駄とは、歯の高くない普段履きの下駄のことで、実際に永井荷風は東京のあちこちを精力的に歩き回っている。永井荷風が幻視する江戸は、表通りではかなり失われてすでに東京という都市になっていたし、その変貌は全体に及びつつあった。しかし永井荷風の鋭いまなざしは、まだまだ都市化以前のすがたを拾い出している。切ないような、郷愁の強い気持ちが伝わってくる。

 

 この懐かしい江戸情緒は、大正十二年の関東大震災でほぼ完全に失われる。その前の東京を、かなりディープな東京を懐かしむことが出来るのは、荷風の名文のおかげである。

 

 これを読みながら思ったのは、奥野信太郎の『随筆北京』(東洋文庫)という随筆集であった。この随筆集では、すでにない、むかしの北京の情緒をディープに伝えてくれている。たぶん中国人でも知らないだろう世界がそこにある。それを体験することはもちろん出来ないけれど、その断片は、はじめて北京の胡同あたりを歩いたときに感じることが出来た。その胡同もすでに観光用として残された部分のみとなった。しかし、『随筆北京』で追体験できるのはさいわいである。『随筆北京』では、奥野信太郎が北京に長期滞在していたときに、周作人と交流があったことも記されている。敬意を持って周作人の事績や人柄を紹介している。また読み直そうかなあ。

 

 三田文学を創設した一人が永井荷風であり、奥野信太郎も三田文学の重鎮であった。名文家の系譜というべきか。

本を買う

 やや治まりかけていた右肩の痛みがこの二三日、また悪化して、夜中にその痛みで目が覚めてしまうことが続いている。家の中を片付けたりして、重いものを上げたり動かしたことが良くなかったのだろうか。夜中の三時前に目が覚めてしまい、そのまま起きて本を読んだりして、朝食を食べた後にまた横になるなどということが続いている。エアコンの効いた中で過ごしているが、それでも身体は寝不足と疲れの影響を受けているようだ。

 

 文庫本を含めて二百数十冊の本を処分した。雀の涙みたいな査定額(本が一冊か二冊しか買えない)であったが、それでも捨てるのではなくて誰かが読むかもしれないというだけで救いがないことはない。

 

この一週間ほどで読んだ本と読み終わりそうな本

 

呉智英『吉本隆明という「共同幻想」』
 学生時代、同じ寮の、たいして本も読まずあまり賢そうに見えない男から「おまえは吉本隆明も読んでいないのか!」とマウントされたことがある。その男から二冊ほど吉本隆明の本を借りて読んでみたが、ちんぷんかんぷんでさっぱり意味がわからなかった。自分がそこまでバカだとは思わないが、その自分がわからないのだから、その男もわかっているはずがない、などと思ったことがある。今回酷評しながら吉本隆明の本を解析し、わかるような日本語に翻訳したこの本を読んで、多少わかった気がした。たまたま最近、江藤淳と吉本隆明の対談本を読んでいたのでそれが下地にもなっている。風呂に水没した本だが、なんとか全部読んだ。

 

森本哲郎『旅と人生の手帖』
 もっとたくさん海外旅行に行っておけば良かったなあ、と心から思った。そのためには学生時代にもっと英語だけでも勉強しておけば良かったなあ、そして出来れば中国語も、と思った。それでも友人たちと延べにして十五回ほど、世界のあちこち行けたことは本当に良かった。

 

仙崎彰容『バッシング論』
 再読だが、定期的に何度でも読みたくなる、ものを考えるために参考になる本だ。今回も勉強になった。

 

ドキュメント昭和4『トーキーは世界をめざす』
 映画が好きである。映画の黎明期からトーキーの時代、そして映画がプロパガンダの道具にされていった歴史についてNHKが日本、そして世界を取材してまとめたもの。

 

『寺田寅彦随筆集』巻一と巻二
 まだ全部読み終えていない。一篇ずつを味わいながら読み進めている。

 

グループ1984年『現代の魔女狩り』
 魔女狩りをしている当人であるトランプが、魔女狩りを非難しているのを見て、久しぶりにこの本を引っ張り出した。昭和五十一年出版の古い本で、まだ読み始めたばかりである。

 

 本を処分したのだから少しくらい好いだろうと思って、五冊ほど注文して、その本が配達された。読みかけもたくさんあるが、来月中には読み終えるだろう。

石破首相の思い違い?

 今回の参議院選挙での与党の勝敗ラインは、非改正(75議席)を合わせて過半数を維持するための50議席ということであった。それなら自公合わせて47議席であったのだから、惜敗だと石破首相は(まさかとは思うが)考えているのではないか。

 

 しかし、次回3年後の選挙で再び過半数を回復するためには単純に考えても、78議席を確保しなければならない。とてもそんな事態が起こるとは思えない。つまり過半数を回復するためには改選議席124議席(定数248)の過半数である63議席を、次回、そのまた次回の選挙でつづけて獲得しなければならないのである。それでようやく6年後に過半数となる。50議席も取れなかったいまの情勢でそれが可能かどうか、誰が見ても無理である。つまりそれが今回の選挙結果が惨敗だったと言われるゆえんである。自民党は過半数が取れない党になってしまったという厳然たる事実を認識しなければ、どうしたらよいかを考えることが出来ない。自民党の底が抜けてしまったのである。

 

 そんなことは考えれば分かることで、それなら今回の結果に対して責任がどれほど重いか気がつくはずだが、続投だという。目先しかみえない人なのだろうか。

140920-207_20250722065201私の使命を全うする!

2025年7月21日 (月)

『蓄音機』

 今日読み切るつもりでいた、三百ページ足らずの、風呂に落とした呉智英(くれともふさ)の文庫本を二百ページまで読み進めたところで、つい別の本に手が出た。先が見えてくるとついよそ見する、いつもの悪い癖である。

 

 ゆっくりと味わいながら読んでいた寺田寅彦随筆集の、第一巻は半分ほど読み進めたけれど、第二巻を開いてしまったのだ。冒頭の『蓄音機』という随筆がなかなか好い。このなかに「西南戦争に出征していた父が戦乱平定ののち家に帰ったその年の暮れに私が生まれた」と書かれている。その寺田寅彦の父は寺田利正といい、土佐の郷士であった。この寺田利正が、井口村刃傷事件の主要な人物であることを、私は安岡章太郎の長編歴史小説『流離譚』で詳しく知った。安岡章太郎は寺田寅彦の遠戚にあたる(寺田寅彦の長姉の義弟の孫である)。寺田家と安岡家の関係は意外と深い。その長姉の次男、つまり寅彦の甥については次の随筆に書いている。

 

 坂本龍馬も関係する井口村刃傷事件とは、土佐藩の上士と郷士の直接的な抗争事件で、上士二名、郷士一名が慚死する。さらに大きな抗争に発展しかけたものを郷士側の二名が切腹することで収集された。その一人がまだ少年だった寺田利正の弟・宇賀喜久馬(寺田寅彦の叔父にあたる)であった。寺田利正は宇賀氏の次男で寺田家の養子に入っていた。その喜久馬の切腹の介錯をしたのが実兄である寺田利正であった。この事件のあと宇賀家は断絶となる。事件後しばらく、寺田利正は精神を病んだとも伝えられる。当然であろう。

 

 そのあとに結成された土佐勤王党の幕末の京都での活躍があり、さらにそのあとの反動で行われた藩内粛正によって、武市半平太などの土佐勤王党の多くが殺されたときに、寺田利正は関与することがなかった。本来は主要な一員となっていたはずの人物である。その利正もそういう経験をしているから、自分の息子を学者にしたのかもしれない。

 

 利正は明治維新後にはすでに復帰し、それなりの役職を得て、その流れから西南戦争のときには官軍側の将として従軍したのである。そして戦争後に寺田寅彦が生まれた。寺田寅彦が夏目漱石の『吾輩は猫である』の中の水島寒月、『三四郎』の野々宮荘八のモデルであることよく知られている。

 

 『蓄音機』には音響、音の再生などについての彼の私見と将来の可能性について詳細に書かれていて興味深い。現代のデジタル音楽などを知ったらどんな感想を持つだろうか。そのことについては、まとまれば書くことにする。

 ところで昼のブログであたかも自民党の議員が落選したかのように書いてしまったが、ギリギリ当選している。ブログも訂正しておいた。申し訳ありませんでした。

誰が?

 石破首相は、「重く受け止めねばならない」、「~しなければならない」ということばを重ねることで敗戦の弁としていた。もちろん石破氏自身、そして与党が「~しなければならない」と言っているはずなのだが、この人は常に評論家の言い方に終始してきたので、あたかも国民が「~しなければならない」といっているように聞こえてしまう。

 

 それにしても、重く受け止めたら引き続き首相の座に座り続けるべきかどうか悩むはずだと思うが、やめることは念頭にないようだ。これから自民党内で内紛が起きる気配がある。起きなければ嘘で、そうして分裂しかねないほどの、とことんの罵り合いをしたあとにしか、自民党の再生はあり得ないだろう。有能な中堅若手の奮起を期待したい。

 

 ところで、今回の選挙で、現状肯定派の保守主義者である私なら、あまり考えずに現役の自民党候補を優先して考えるところなのだが、候補者が高齢に見えたので、何歳か知ろうと思ったら、選挙公報に年齢の記載がない。手がかりになる卒業年度なども記載がない。意図的に隠したものと思われる。つまり高齢であることが嫌われることを承知していたということだ。もちろん別のところで73歳であることを知ったが、当選して任期を勤め上げれば79歳である。ほかに年齢を記載しない候補がいないわけではないが、この隠し方は本人の高齢での危うさを却って明らかにしていたように思われた。もちろん私は彼に入れなかったし、苦戦の弁を聞いてもこれではなあ、という気がした。時代の転換点にあるという認識があるように見えなかった。ここにも自民党の敗因のかたちがあるように見えた。

本を落とす

 本をなくしたのではなく、文字通り落としたのである。落としたら拾えば良いのだが、落とした場所は浴槽の中、あわてて拾ったがあっという間に水を吸ってしまった。落とした本は呉智英の『吉本隆明という「共同幻想」』(ちくま文庫)で、吉本隆明の悪文を徹底的に酷評する面白い本である。酷評するためにとことん吉本隆明の本を読み込み、関連する時代背景を語り、悪文を呉智英なりにわかりやすく読み替えてくれているので、皮肉なことに、わかりにくい吉本隆明の本をわかりやすく解説した本になっている。

 

 風呂場で本を読むという悪癖のために、浴槽に本を落としたのは人生で二回目。一冊目は私の愛読書、張岱の『陶庵夢億』(ワイド版岩波文庫)という本であった。ページが張り付かないうちに必死で一枚ずつ剥がして乾かして、なんとか読めるようにしたが、本はヨレヨレになった。そこで同じ本を購入した。ところがそのヨレヨレの本の方に妙に愛着があって、新しく買い換えた本をほとんど読まず、ヨレヨレの本を繰り返し何度もひもといている。愛読書になったのは、本がヨレヨレになったことも関係しているのかもしれない。妙なものである。

 

 呉智英の本は愛読書になることはないと思うが、とにかく全部読むつもりである。本日の最高気温は36℃の予報。買い出しくらいしか外へ出る用事もないし、散歩するような気温でもないから、多分この本を今日中に読めるだろう。まだ湿っているけど。

2025年7月20日 (日)

選挙に行く

 朝、七時過ぎに投票所になっている近所の小学校へ投票に行った。暑くなる前に行こうという人が多いのだろう、次々に投票する人がやってきた。普段は窓を閉めているのであまり聞こえない蝉の声が、外を歩くと賑やかに聞こえた。むかしはアブラゼミばかりだったのに、いまはクマゼミの鳴き声ばかりである。朝から太陽が照っていて、往復十分あまりの近場だがうっすら汗をかいた。今日も暑くなりそうだ。

 さあ、晩の開票速報を見るのが楽しみだ。

2025年7月19日 (土)

生活と治安・続き

 闇バイトによる事件の多発や、農作物の窃盗、詐欺電話、詐欺メール、迷惑メールの野放しなど、以前は真っ当に生きていればさまざまな事件は他人事としていられたのに、それがいきなり身近になったと誰にでも感じられていることであろう。そんなときに外国人の犯罪が頻繁にニュースで取り上げられ、しかもオーバーツーリズムの中で傍若無人の外国人などを目の当たりにすると、なんだか事件の多くが外国人によって引き起こされているかのような錯覚をしてしまう。実際には外国人の人口あたりの犯罪者の比率は以前より下がっているという統計もあるらしく、ただ、外国人の絶対数が急増しているから件数が増えているということであるようだ。

 

 確かに稼ごうと思って日本にやってきたのに奴隷的な労働を強いられたり、差別を受ければ、犯罪に走る外国人がいるに違いない。それは日本人も同じだろう。善悪の基準も違う。きちんと伝えられているかどうか、そういう場があるのかどうか、それよりも日本では、安価で使い捨てしやすい労働力として外国人労働者を利用してきた背景があることを忘れてはいけない。

 

 確かに人手不足を補うためとして、移民がどんどん増えて特定の国の人間のコミュニティが発達して、自国語だけで暮らせる地域が生じると、日本の中の外国が生じてしまい、周辺の日本人との軋轢が生じてしまう。それは避けなければならない。そのためには日本で暮らすにはまず語学を身につけてもらうことが最優先だろう。言葉の壁を取り払わないと融和は生じにくい。

 

 そんな面倒があることが問題で、それを全否定するのが最も簡単な対策だ、という主張もあるだろう。それならいま農業、水産業、建設業、サービス業は壊滅的な人手不足になってしまうことを覚悟しなければならない。そこで働こうという日本の若者は少ないからたちまち産業として成り立たない事態になるからだ。それをあえて仕方がないとするならそれも一つの考えである。日本はアメリカやヨーロッパほど移民を受け入れてこなかったから、移民対策のノウハウもなく、ゆるめの鎖国政策もしようと思えば出来る。その上日本の若者で海外へ雄飛したいという人が激減しているというからちょうどいいかもしれない。

 

 その代わり、少子高齢化による労働力不足という現実は厳然としてあるのだから、経済全体が縮小均衡に向かうことを受け入れなければならない。豊かな暮らしではなく、貧しいけれど精神的な金のかからない別の豊かさのある暮らしを価値あるものと考えなければならないだろう。両方求めるのは無理である。

 

 外国人労働者の問題は以上として、そもそも犯罪、または不法行為が増えているのは、外国人が増えたからよりも、日本人の善悪に対する考えが緩んでしまったからだと思う。「お客様は神様です」などというたわけた言葉が、さも素晴らしい言葉であるかのように喧伝されて、どれだけの人がクレーマーに苦しめられてきたことだろう。

 

 自分が正しい、自分は絶対的存在である、と錯覚した人間が百人に一人でも社会的に迷惑極まりないのに、いまは十人に一人になってしまったように私には見える。一定以上にそういう人間が増えると、社会は不安定化する、自分も主張することを主張しないと損をする、とあわてる人間が急増するからだ。おまけに個性尊重などという甘言によって、努力することを軽視する風潮、バカであることが愉快で楽しい人などと勘違いする世相が輪をかけて、テレビも無意味に仲間内の笑いを笑い合う。自分が不遇なのは、他人が得をしているからだ、などと勘違いするものが以前は嘲笑され、馬鹿にされたのに、いまは、そうかもしれない、などと思うようになっていないか。

 

 なんだか頑固じいさんのタワゴトめいてきてしまったのでこの辺にする。治安の悪化は外部ではない、日本の内部の問題だ、と思う。

生活と治安

 今回の選挙の争点は、いささか単純化していえば、生活と治安だと思う。生活とは物価であり、物価に付随してコメ問題がある。治安とは世の中の不法行為が増加して、その問題が外国人の犯罪として捉えられ、さらに外国人の労働者問題に集約されて論じられたりしているように見える。それを個別に私なりに少し考えてみた。

 

 デフレ経済が続いた日本では、物価がずっと安定していた。本来のコストよりも低く抑えられ続けてもなんとか成り立っていたのは、企業努力もあったけれど、働く人の賃金が抑えられ続けてきたからだ。企業は労働者の賃金を食い物にして生き延びていたといえる。それに前時代的な、賃金よりも雇用が優先、という固定観念がその状況を生み出していた。ところが少子高齢化が急速に進み、労働人口が減少して人手不足になったから、政府が鐘をたたいて賃金を上げろとわめくよりも、とにかく賃金を上げなければ会社が成り立たなくなったのであって、この数年賃金がそれなりに上がっているのは政府の功績とは言いがたい。

 

 ところがコロナ禍の真っ最中にロシアがウクライナに侵略戦争を始めたために、世界の主要穀物生産国のウクライナの穀物が打撃を受け、穀物不足が生じて、世界の食品価格が玉突きで次々に上昇することになった。また低く抑えられていたエネルギー価格も、ロシアの原油や天然ガスの流通が制限されたために、当然のことに高騰することになった。食料とエネルギーが高くなれば、それを輸入に頼っている日本は物価高になるのは成り行きで仕方がない。いままで抑えられていたさまざまなものの物価上昇を抑えていた蓋のようなものも吹っ飛んでしまった。精神的なものは引きずっているものの、デフレ経済は終わったのである。根本的な原因はロシアの侵略であり、政府に文句を言う前にロシアに文句を言うべきだろう。

 

 いまの世界の状況下では、日本において物価が上がるのを止めることは出来ない。何しろ原因は国外にあるのだから。ところがコメに関しては違う、違うはずであった。そのコメが暴騰した。一年で倍になるのは明らかに異常である。原因はこれもコメの生産者が採算が成り立たないような状態に追い込んだ結果だと思う。だから農業を継ぐ若者ものが少なくなり、減反政策などというおよそ不合理としか思えないような政策と相まって田畑は荒廃していった。そして多分そのさまざまな問題が一挙に噴き出して、米不足、米の価格の暴騰へとつながっていったのだろう。これは農業を維持するという名目で、実態についての把握も認識もないまま、無策のまま食い物にしてきたJAや農政部門の責任だろうと思うが、細かいことはよく知らない。

 

 繰り返すが、米問題は別にして、政府与党ばかりに物価高の責任を問うても仕方がない。どのように物価高に対応するのか、それを論じなければならない。単純である。農業を続けて楽に暮らせるようにすること、そして働く人の賃金を上げていくこと、それだけである。それが出来れば苦労はないよ、という声が聞こえそうだが、それをきちんと考えて政治を運営してくれるのは誰か、というのが今回、これから、そしてこれまでも選択のポイントだったはずである。

 

 治安について書こうとしたら長くなったので次回にする。

愚考によれば

 明日は参議院選挙の日。今回は期日前投票ではなく、当日選挙で、近くの小学校の投票所に行くつもりである。与党の惨敗だという予測報道をいろいろ見聞きするが、最近は予測の精度が高くて予想外ということがあまりないから、多分そうなるのだろう。与党も身から出た錆とはいえ、これから雪崩を打って野党主導となり、ついには政権交代して旧民主党時代のような時代が再現されるのだろうと思うと、暗澹たる思いがする。

 

 長い間比較的に安定していた世界情勢が、どうやらフェイズの転換点を迎えているようで、激動の時代に入ったらしい。安定している時代と違って、激動の時代はどうなるのか全く予測が立たない時代である。そういうときこそ情勢に迅速に対応した運営能力が必要なのであり、旧民主党政権のような素人の多い集団がお粗末な経緯をたどったよりも、このまま推移すればはるかに危機的な混乱をもたらす可能性が高いと思う。

 

 ではいまの自民党政権がそれなりの運営が行われているかといえば、そうでないわけで、だからこそ惨敗への道を進むことになったのだろう。反主流風の非主流(政権内野党)であった石破政権が人材に欠けることは当然で、その上石破氏というのは人望がない。しかるべき優秀な人が集まらないのだろう。自民党にはそれでもそういう運営能力の高い優れた人材がそれなりにいる。いるけれど多くがさまざまな理由で蟄居閉門の処遇の中にいる。それは自民党の体質のなせる結果であって、だから身から出た錆といったのである。

 

 危急存亡の秋には、そういう人材をあえて再登場させるのが良いと思うけれど、民意という名のマスコミのあおりや野党のプロパガンダによってものを考える国民が許さないだろう。何しろもっとも石破氏を高く評価していたはずの国民が、いまは石破氏を酷評するのである。原因が結果を生み、その結果を原因として次の結果が生じる。その大きな転換点、衆議院も参議院も少数与党の状態への転換がもたらすものを、われわれはこれから見ることになるようだ。

2025年7月18日 (金)

ひどく疲労する

 息子を送り出すところまでは特に問題なかった。今日午後は妻の入院している病院に行く予定だったので、昼飯後に車で隣町の病院まで向かった。気温はさほど高くないがとても蒸している。なんだか気が重いし、自分の身体も重く感じる。

 

 病院の支払いを済ませた後、面会に向かう。面会室のクーラーが効きすぎて肌寒いくらいだ。室温は23℃になっていたので少し上げた。いつものように妻の話はあちこち飛ぶので、適当に相づちを打つ。医師のすすめ通り、極力言い分を否定しないように努力する。私は非論理的な話が極めて苦手なので、話を合わせるのにものすごく忍耐を必要とするのだ。面会時間が終わった後はぐったりしてしまった。それでも「来てくれてうれしい、また来てほしい」という滅多に言わないまともなことを言うので良しとする。

 

 熱中症ではないが、熱中症になったような身体のだるさとひどい疲労感が残った。

 

 家の中も多少片付いたことだし、明日から気を取り直してルーチンの生活に戻ろうと思う。

早めに来た

 昨日、夜来ると思っていた息子は夕方やってきた。今日もこちらで仕事があり、それが早めに済んだのだという。駅から家までの道で強い雨に降られたらしい。着替えのパジャマを出してすぐに風呂に入れた。その間に支度してあった酒の肴の何品かを用意し、一息入れた後にまずビールで乾杯し、互いの消息についての情報交換をして盛り上がる。次に日本酒に切り替え。とっておきの『獺祭(だっさい)』を飲みながらますます盛り上がり、快い酩酊状態の長い夜を楽しく過ごした。息子が舟をこぎ出したので寝せ、後片付けをして私も爆睡した。

 

 朝飯を食べた後、息子は元気よく今日の出張の仕事に向かった。盆には帰れないが、秋には夫婦で長野旅行に行くつもりなので二人で来るという。別れたばかりではあるが、次に会うのが楽しみだ。

2025年7月17日 (木)

金利

 誰が言ったのか覚えていないが、聞いてなるほどと思ったことがある。アメリカは赤字を大量に発生させることで世界にドルを流通させ、それによって基軸通貨の役割を担っているのであって、もし黒字なら、ドルがアメリカにどんどん戻ってしまって基軸通貨の役割を担えないのだ、と。本当かどうか知らないが、そうかもしれないと思い、そして確かにそうに違いないと思った。

 

 そうだとすれば、トランプがアメリカの赤字を解消しようとするのは間違っている。彼がもしドルを基軸通貨である特権を放棄する、というのなら別である。ドルが基軸通貨ではないのなら、アメリカはただの一つの国でしかない。そういう国になりたいというのだろうか。アメリカの繁栄のもとの多くがドルが基軸通貨であることに負うように思うのだが。

 

 どうしてトランプはFRBのパウエル議長に金利を下げるように圧力をかけているのだろうか。そうして日銀はどうして物価が上がってインフレ傾向なのになかなか金利を上げようとしないのだろうか。さまざまな理由があると思うが、共通なことは、私は国債の金利支払いの問題なのだろうと思っている。日本の赤字国債に金利がかかってくれば、一千兆円なら年利1%で10兆円の利子を払わなければならない。2%ならたちまち20兆円である。これでは国家予算の立てようがなくなってしまう。みんなわかっていても、黙っているのではないか。アメリカの金利は4%を超えている。巨額の国債の利払いの負担は膨大であろう。だからトランプはFRBに金利を下げろといっているのだと思う。これも打ち出の小槌だと思ってのことであろう。これでハイパーインフレに向かうかもしれない、などということに知識もないし、頭も回らないのだと思う。

暗い

 雨雲がかかって暗い。雨が降ったりやんだりしている。ベランダの鉢のプラスチックの鉢受けに水がたまるので、ときどき流し捨てる。それを忘れるとボウフラがわきかねない。排水口にゴミがあって流れが悪くなっていたので取り除いた。この雨は夕方遅くまで降るらしい。夜、息子が来ることになっているが、新幹線は大丈夫だろうか。

 

 イスラエルがシリアの首都を攻撃したという。私のわずかな知識によれば、長期の恐怖政治を行っていたアサド政権が崩壊したあと、暫定政府はなんとか国内の混乱を収めようと努力しているように見えている。通常アメリカなどが介入したあと独裁政権が崩壊すると、国内は混乱状態になり、テロが横行するものだが、暫定政権は非力ながらそうならないようにけなげな努力している。

 

 その暫定政権を攻撃するイスラエルというのは、彼等なりの理由は言い立てるだろうが、どう見ても正当化の出来ない戦争行為に見える。これを世界が非難しないとしたら、不条理だ。どう見てもネタニヤフの暴走としか思えない。彼は戦争が終結すると首相を退陣せざるを得ず、退陣すると逮捕されることが必至だという。それを逃れるために果てしのない戦闘継続をするしかないところに追い込まれている。彼を支える連立政権のうち、宗教色のとくに強いグループが、連立離脱する可能性があり、彼は焦っている。離脱すると過半数ではなくなり、政権を維持出来ないのだ。

 

 どうして離脱するのか。兵隊が足らないために、その宗教色の強いグループに対して特例として免除されている兵役の特例を外すことにせざるを得ないからだ。特例を続ければ国民の不公平感は募るばかりだし、兵隊も足らないのである。保身のために戦争を無理にでも続けたい、しかし続ければ兵隊は足らず、新たに補充しようとすれば政権が維持出来ない。そろそろ雪隠詰めとなりそうだが、そのためにどれだけの犠牲者と混乱を生み出しているのか。

デマを信じる人

 日本のインバウンド需要は、コロナが下火になって以降順調に回復を続けていて、その対応に追いつかない地域ではオーバーツーリズムの問題が深刻になりつつあるようだ。今回の選挙では、外国人排斥につながりかねないような主張をする政党が支持を伸ばしているのも、そのオーバーツリズムや一般住民に害を及ぼすような不法外国人の事件が頻繁に報道されるからだろう。その件については別途考えていることもあるので機会があればブログに書いてみたいと思っている。

 

 ところで各国別の観光客がほとんど増加しているのに、唯一大幅に減少した地域がある。香港である。香港は中国で、どうして未だに香港がこうして別扱いになるのかよくわからないが、それはさておき、ご承知のように香港では七月初めに日本で大災害が起きるという噂が飛び交い、それを信じた人が多かったために日本への旅行を取りやめる人が続出し、定期便も大幅に減便されたのがこの結果となった。

 

 その噂の発生元は漫画らしい。しかしその漫画は日本の漫画らしく、それならどうして香港だけが・・・と疑問に感じた。それをことさらに取り上げる人、そしてそれを真に受けて次に伝える人が一定数に達すると、こういうデマは蔓延していく。デマだろう、と思っていても、万一(偶然であっても)災害が発生すれば、それ見たことかと言われかねないから、みなが次々に旅行を取りやめたのだろう。

 

 地震を始め、災害はいつ起きるかまだ現在の科学ではわからないものも多いから、明日起きる、とでまかせを言っても、実際に明日起きることはあり得るので、問題はそれが拡散するかどうかである。バカなマスコミがそれを面白おかしく報じれば、デマを信じる人が一定数に達するとたちまち拡散する。こういうことの報じ方には慎重を要するのだが、慎重なマスコミというのはこの世に存在しない(慎重に見えるときがあるとしたら保身の必要からだ)。香港に特異的にこの拡散が生じたということに、香港の人の心に不安のエネルギーがたまっていたから、と見るのは考えすぎだろうか。騒いだ日本人もいたようだが、わずかで良かった。まだ日本はそこまで不安がたまっていないのだろう。

2025年7月16日 (水)

いままでの座椅子生活に戻る

 五月初めからフレイル(よぼよぼじいさん)状態になり、寝ている状態から床に座る状態に起き上がるのに一苦労するようになり、その床から立ち上がるのもなかなかたいへんな状態になってしまった。なにより右肩が痛くて使えないことも大きい。どうして同時にそうなったのか、関係があるのかないのかわからない。それが右腕を使わずに起き上がる方法を覚え、さらに座椅子ではなくて普段は椅子に座って生活するようにしたので、かなり楽になった。一月もするうちに肩の痛みもそれほどひどくなくなり、体力も回復してきた。

 

 心身の復調と共に出かけたり、家の中の片付けをする意欲も戻ってきて、今日は大嫌いな掃除をした。まだまだほんの一部だが、一カ所やり出せば勢いもつく。それを機に元々の座椅子生活が出来るようにレイアウトを変更した。なんとなく久しぶりに自宅に戻ったような気がしている。

 座椅子生活用の座椅子は大きくてとても重くて、両肘がかけられ、腰や肩がすっぽはまり込んで快適である。そして横に本、書見台、文房具、お茶、コーヒー、薬、リモコン類その他がすべてそろい、たいていのことが座ったまま出来るようになっている。これを座椅子生活といっているのだ。

段ボールの山がなくなる

 夜半、降ったりやんだりしていたのが、朝方には雨も上がったように見えた。しかし九時過ぎになって、マンションの隣の棟が霞むほどの激しい雨が降り出した。遠雷がしたが、近くに来る気配はない。それでもBSは受信不良となった。一時間足らずで雨は静かになった。おかげでいつもより涼しい。

 

 小やみになったので、たまっている資源ゴミを出した。昼前に処分する本を取りに来た宅配便に渡す。全部で五箱。さすがにプロで軽々と持って行く。昨日は全部で六箱のパソコンやプリンター、電気器具などの段ボール箱を持って行ってもらったから、玄関前に積み上げた山がなくなった。

 

 むかし古本屋で買った、写真がふんだんに載っている歳時記の夏編を開いて、眺めるともなく読むともなくしながら音楽を聴いている。涼しいけれど湿度があるので弱くエアコンをかけて寝転がっていると、なんだかひどく贅沢な心持ちになった。

 

 昼からベランダの鉢に、ニラとパクチーの種を蒔こうと思う。真夏に蒔いて良いのだろうか。秋の方が良さそうだが、秋には出かけることが多くなり、水をこまめにやることが出来ないのだ。いまなら在宅していることが多いから手入れができる。 

雑感

 韓国の男性と日本の女性との結婚が急増しているというネットのニュースを見た。全婚姻の10%にまで増えたというのだから驚きだ(ちょっと信じられない。本当だろうか)。もちろんこれは韓国の婚姻の10%ということであろう(人口比を考えれば日本なら4%ということになろうか)。ところで韓国の女性と日本の男性との結婚は逆に減少しているのだそうだ(こちらの割合は示されていないからわからない)。日本人の年収が低下していて、韓国の女性から見た日本の男性の魅力が低下したということであろうか。それなら韓国の男性と結婚する日本の女性は、韓国の男性の生活力に魅力を感じているのだろうか。

 

 韓国には兵役があるから、韓国の男性は必ず一度は軍務につく。そこで少なくとも体力的に鍛え上げられる。それは案外大きな男の魅力になっているのかもしれない。それにしても、韓国の女性は整形美人だらけで、見かけはいかにもかわいい。それなのに韓国の男性が日本の女性の方を結婚相手に選ぶのは、計算高い韓国の女性に見放されたのか、日本の女性の方が、男として都合の良い相手に見えているのか。

 

 日本の若い男性は自意識過剰でありながらひ弱に見える。未だに結婚した後に家庭の仕事の役割分担をサボり、女性よりも時代錯誤的に見えるのはドラマの見過ぎか。では韓国の男性はどうなのかといえば、実は日本の男性以上に男性上位の意識を持っているとも聞く。親族との関係なども日本には既になくなったしがらみがまだまだ強いようだ。やさしさと強さに憧れて結婚したのに、案に相違して・・・ということにならなければ良いが。

 

 統計の五年後くらいまでの推移を見てみたいものだ。

 もちろん結婚相手は一人だけだから、自分がこの相手ならなんとかやっていけそうで、一緒にいて安らげると思える相手ならそれでいいので、国籍は最重要ではない。そして、それが相手にとってもそうであることが大事なことであることもお忘れなく、である。

2025年7月15日 (火)

『ザ・クリエイター/創造者』

 2023年のアメリカ映画『ザ・クリエイター/創造者』は近未来が舞台のSF映画。AIが進化して人類を凌駕することを恐れたアメリカなど西洋陣営は、ロスアンゼルスで起きた核爆発を機に、それがAIによるものとしてAIを厳しく規制する措置に出る。しかしそれに反対するニューアジア陣営はAIとの共存を選び、西洋対アジア、そして人類とAIという対立の構図が形成される。

 

 最強の空中戦闘基地を開発した西側は優位に立つが、ニューアジアに『ニルマータ(クリエイター)』という究極のAI兵器がつくられたという情報が入り、その『クリエイター』によって空中基地が破壊されるという予言がなされる。その『クリエイター』を発見し破壊する密命を受けた主人公は何を発見し、どんな行動を取ったのか。

 

 案外ドンパチばかりの映画ではなく(もちろんドンパチもふんだんにある)、観念的な部分もあり、AIに感情や心はあるか、という点が突き詰められていて面白い。それにしてもAIについて楽観的な立場に立って映画は作られていて、AIの破壊(というより殺戮)に狂奔するアメリカ軍のトップや軍の幹部などが異常であるかのように描かれている。ニューアジア側のAIのリーダーを渡辺謙が演じている。長い映画だけれど、好きなジャンルの映画なので大いに楽しめた。

少し前なら・・・

 廃棄するつもりのパソコンやオーディオ、プリンターを入れた箱が全部で六箱、本を詰めた段ボールが全部で五箱、それをすべてテープで補強し、ひもをかけた。電気製品は今日中に引き取りに来る。どうせ出かけないつもりだから時間指定をしていない。本は明日引き取りである。どれもとても重いから、引き取る宅急便の人が大変だと思い、持ちやすいように引っ越し用のひもをかけたのだ。

 

 少し前なら箱が多少重くても持ち上げ転がして、くるくるとひもをかけたものだが、一つ一つよっこらしょと気合いを入れないと扱えない。下手をすると腰を痛めるので慎重を期した。玄関先に積み上げたら達成感があったのだが、では部屋の中にどれほどのスペースが生み出されたかといえば、ほとんど変わりがないというのが実際のところで、まだまだこれから先が長いなあと思っている。

死んだと思った

 夜半、窓を閉め切っているのに雨樋を流れ落ちる水音で目が覚めた。強い雨が降っているらしい。まだ真夜中なので、そのままじっとしてふたたび眠りについた。四時前に目が覚めてしまう。雨はもうやんでいるらしい。蛙の鳴き声がしているのが聞こえた。このあたりにいる黒い小さなカエルで、以前はこのあたりは田んぼが多かったのでこのカエルの鳴き声で賑やかだったものだ。まだ生き延びていたカエルが、中庭の池で雨をよろこんでいるのだろう。この池も干し上げてあったから水がなかった。そこに水がたまったようだ。

 

 起き出して水を飲んでぼんやりしていた。見るともなく民放の早朝ニュースなどをしばらく見ていたら、また眠くなったので寝床に戻ったらそのまま眠ってしまった。

 

 夢を見た。友人たちとツアーに参加して旅をしているらしい。能登かどこかだろうか、知っているところらしいような初めてのような景色を眺めていた。旅行のスケジュールをYさんが説明してくれたが、上の空で聞いていたので、自分が今どこにいてどこに行くことになっているのかわからないままだった。みんなでバスに乗った。そうして酒を飲んだかして少し酔っていたのだろう、そのまま寝込んでしまった。目が覚めたが周りに誰も見知った人がいなくなっている。気がつくと携帯も荷物も上着もない。あるのは尻ポケットに入れてある財布だけ。周りの人が私をじろじろ見ている。乗り間違えたらしいよ、などという声が聞こえる。

 

 やがてバスは終点に着いたが、なんというところなのかわからない。そこに鉄道の駅もあるようなのだがその駅名がどうしても読み取れない。周辺地図がどこかにないか探したが、暗がりのガラス越しにそれらしいものがあるのにガラス越しのためによく見えない。バスはもう運休だという。もとへ戻る馬車が出るからそれに乗れば出発地へ戻れると言われる。あわててその座席の多い馬車に乗り込むのだが、車掌の若い女性が私に、切符は駅で買ってこないと乗せないときついことばで言う。すぐにも馬車は出そうなので、そのまま乗っていようとしても許してくれない。仕方なく降りて駅の改札で切符を買おうとしている間に馬車は出発してしまった。

 

 気がつくと駅は高台にある。崖の上のその場所から下へ降りるには段差のとても大きな階段しかない。はるか向こうには海らしきものがかすかに見えている。駅周辺には少なくない人たちが思い思いの格好でたたずんでいたり座り込んでいる。私の居場所がどこにもないと強く感じる。駅の看板の文字がどうしても見たくて、すこしぐらつく箱の上に上り、看板の文字をなんとか見ようとしたら、危ないよ、危ないよ、という人々の声が聞こえてきた。同時に足場の箱が倒れ、私はあの段差の大きな階段の方へゆっくりと倒れかかり、そこからさらに断崖を落下していった。ああ、ここで死ぬのだな、こうして自分は死ぬのだな、と思いながら、しかしどうしようもないと思いながらも死にたくないとも思った。

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2025年7月14日 (月)

困ったなあ

 昨日選挙公報が配られたので、二度三度と読み直しているのだが、この人に投票したいという人がいない。それなら棄権しようかと思わないではないが、そうすると開票速報を見る楽しみが減少してしまう。やはり参加して初めてその結果に興味がわくのであって、投票していなければ本当に他人事になってしまう。

 

 今度の選挙結果が、日本の政治の大きな曲がり角になりそうな気はしている。それなのにこの顔ぶれか、という思いがする。困ったなあ。

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 まだ当地の尾張西部は雨は降り出していないが、今晩から明日にかけて、かなりの大雨になるかもしれないという。それで少し涼しくなれば一息つけるのだが、どうだろうか。そのあとも雨が降り、二三日外へ出られないことを想定して少し食料を余分に買っておいた。これからカレーでも作ろうかと思う。

財布を忘れる

 買うものを書いたメモとエコバッグをしっかり持って、スーパーで次々に品物を買い物かごに放り込んでいるうちに、ふと気がついた。まさかと思ったら財布を忘れていた。あわてて買い物かごからもとの棚へ一つ一つ戻していった。まだかごにはほんの一部しか入れていなかったから良かった。サザエさん同様、いままでに全くなかったことではないけれど、ずいぶん久しぶりのことである。これからだんだんこんなことが増えるのだろうか。

 

 長い間に古いパソコンやプリンターがタンスの上や押し入れや物置にたまっている。それを業者に引き取ってもらうように手配した。パソコンが四台、プリンターが三台、ヘッドスキャナーや壊れて使えないプルーレイレコーダーなどを段ボール箱に収納した。大汗をかいた。明日取りに来る。パソコンはデータの完全消去を依頼するので、その費用も払わなければならない。全部あわせるとそれなりの費用が必要だ。

 

 ついでに五箱ほどたまっている処分するつもりの本も業者に依頼した。こちらは二束三文ながら多少は金がもらえる。本は明後日に引き取ってもらう。まだ大型の古いアンプなど、頼みたいものがないではないが、20キロを超えるものは今回の業者では引き取りが出来ないらしい。別のところを探すことにする。大きな場所塞ぎだったものが少しだけでも片付くと、気分的にずいぶん満足感が得られるに違いない。

 

 木曜日に広島から息子が来るので、少しでもすっきりしたところを見せたいのだ。人間そういうきっかけがないと動かないのである。

別れの挨拶

 ニフティのニュースで紹介されていたが、Record Chinaによれば日本人の別れの挨拶の様子が中国のSNSの話題になっているのだという。駅で年配の男性二人が深々とお辞儀を交わし、見送る側の男性が相手が見えなくなるまでずっと頭を下げ続けていたそうだ。

 

「小さな礼はわきまえ、大義はわきまえないのが日本」という指摘など、なるほどと思うよりも「小さな礼もわきまえず、大義もわきまえない」のはどこの国かと思ってしまう。

 

「表面的な振る舞いが過剰だと、胡散臭さを感じる」という指摘には同感する。日本の若者などもそう感じるだろう。だからその反動で振る舞いが礼儀そのものを失っている、というのは言い過ぎか。

 

「社交の場における日本人はみんな、演技をしているように見える」という指摘があったそうだが、社交の場では誰でも演技をするものなのだよ。それが対人関係の潤滑剤なのだから。過剰に見えてしまうのは文化の違いでもあるし、そこに敬意があるかどうかでも全く違う。礼と敬意を関連付けられないのは大人とはいえないのだが、いまはそんなこと「わきまえて」いないのがあたりまえか。

 

 ところで、「見送る側の男性が相手が見えなくなるまでずっと頭を下げ続けていた」という話について、私にはある思い出がある。若い同僚の結婚式でのことだ。彼の採用にもかかわり、面倒も見ていたので私も招待された。会社の重役も主賓として招かれた。新郎の彼はよく頑張っていたので得意先にもかわいがられ、とくに地方の代理店の若い社長にことのほか気に入られていたのでその若社長も招待されていた。

 

 式も終わり、解散となった。重役にはしばし待つようにお願いして、私は得意先の若社長のところへ挨拶に行き、タクシーを見送ったあと、重役のところに戻って、遅れたことをわびた後にタクシーに乗せて見送った。機嫌良く帰ったものと思い込んでいた。

 

 翌日だかもっとあとだか忘れたけれど、所長に重役から苦言があったことを聞かされた。見送る私がまだタクシーが見えている間に後ろを向いた、失礼である、ということであった。確かにそうかもしれないが、私はかなりタクシーが小さくなって、もう大丈夫、というのを確認している。油断であったが、そのときに、反省よりも、そんなに離れていてもタクシーの後ろを向いてじっとこちらを見ていた重役に奇妙な馬鹿馬鹿しさを感じた。会社の重役とはいえ得意先ではない。そこまで儀礼的なものを要求されるいわれはないと思ったのだ。得意先なら私だってもっと徹底する。それを伝えた所長は笑っていた。なにさまのつもりだと思ってしまったので、その重役に敬意を持ちにくくなったのは自然の成り行きである。

2025年7月13日 (日)

ほこりまみれ

 手配していたLEDのシーリングライト二つとブラ下げ式のLEDライト一つがそろったので、順次現在使用の蛍光灯から交換していった。一つをぶら下げ式にしたのは取り付け位置の関係でシーリングライトがスペース的に収まらないのだ。天井に張り付いての作業だが、昨年頑丈な脚立を買ってあるので無理なく作業できた。ただ、慣れない作業ではあるし、このごろは踏ん張りがきかないのでふらつく恐れもあり、同時に二つのことをしようとしたり両手にものを持ったりしないように注意した。

 

 掃除の行き届かないところでもあり、ほこりがたくさんたまっている。ほこりまみれになった。もとの蛍光灯の傘は、下ろしてみるとみなかなり大きい。なんとかゴミの袋に収めるようにばらしたり切断したりした。問題は蛍光管である。蛍光管は水銀が使われていることもあり、そのままでは引き取ってもらえない。しかし市役所の注意書きを見ると、割れた蛍光管はガラスとして燃えないゴミに分類して捨ててもよいと書いてある。ほう、それならみな割れてしまったことにすれば好いのだろうか。いま廃棄法を思案中である。

 

 シーリングライトの配達がある前に、あちこちから引っ張り出してきて、段ボール箱三つほどに放り込んでいた雑ものを最低一つだけにすると決めて大半を捨てていった。躊躇するものもたくさんあったが、この三年ほどで、一度でもそれを見たことがあるか、と自分に問えば、ないと答えるしかない。それならそのままないものと思え、という判断で、それでも捨てるに忍びないものだけを残した。

 

 他の人から見れば何も変わらないとみるだろうが、私としてはかなり片付いたと思っている。ほかにも山ほど片付けたいものがあるから、これで弾みがついてどんどん作業が進めば好いと思うが、ささやかな満足で終わりそうな気もする。おじいさんはくたびれた。

ジオストーリー

 『ブラタモリ』を見るのがいつも楽しみである。特に彼が地形、地質、岩石などに興味を持っていることに共感する。私の、明治生まれの母方の祖父は学生時代に地質学、鉱物学を専攻して、高校の化学と地学の教師を長く勤めていた。その外孫に当たる私は孫筆頭で、祖父母は私を孫と言うより年の離れた子供の一人みたいにしつけ、ものの考え方に影響を与えた。とても厳しいのに私はそれがいやではなく、まとまった休みにはほとんど祖父母の家で暮らした。私の価値観は祖父母に負うところが大きい。祖父の影響で小学生の頃から岩石に興味を持ったり宇宙に興味を持ったりした。

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 いまでも糸魚川のフォッサマグナパークなどで断層などを見たり鉱物を見るのが好きだし、全国にあるジオパークを見て歩くのが好きである。ずいぶんあちこち見て歩いたものだ。ブラタモリに教えられて、地形を見る楽しみがさらに増した。ジオパークはとても面白いのに、案外人が少なくてすいているのも、ジオパークの人には申し訳ないがありがたい。

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 たまたま寺田寅彦の随筆集を読んでいたら、彼が明治時代からジオストーリーに関する研究をして、ウェゲナーの大陸移動説なども、当時ヨーロッパで一笑に付されていたのにドイツ留学時代に知り、直接講義も受け、日本にいち早く紹介もしているのだ。

 

 ジオストーリーとは、時間との関連で大地を研究する学問かと思う。動かないように見える大地が、長い時間の間に動いたり変形したりしていった痕跡をたどって、それを大きな流れとして関連付けていく学問のことだろう。話が後先になるのだが、実はたまたま放送大学の講義で『寺田寅彦と日本に住む人たちのジオストーリー』という番組を見つけて録画して見たのだ。もちろん寺田寅彦とジオストーリーという私の二大好物がセットという豪華メニューに惹かれたからだ。

 

 私の見たのは全十五回の最終回であった。最初から見たかったけれど、仕方がない。放送大学は名前だけ知っていたけれど、内容は知らずにいた。番組表で講義の数々を見てみると、面白そうなものもある。歴史、文学、化学などで面白いテーマならきちんと系統立てて見てみたい気がする。三日坊主の恐れは大いにあるものの、楽しみの選択肢をひとつ見つけた気がしている。

2025年7月12日 (土)

『桃(タオ)さんのしあわせ』

 2012年の香港・中国映画『桃(タオ)さんのしあわせ』という映画を見た。60年前に香港のある家庭のメイドとして雇われた女性・桃(タオ)さんが主人公。演じるのはディニー・イップという女優で、この演技でヴェネツィア国際映画賞の女優賞を受賞している。家族はアメリカに移住し、桃さんは、ただ一人香港に残った元々の雇い主の息子、いまは映画のプロデューサー(だと思う)をしているロジャー(アンディ・ラウ)の世話を続けている。前半は、世話をする人、される人と意識することもないその二人の日常が淡々と描かれていく。よく見ていれば、質素でありながら、その生活は彼女の努力で実は豊かで贅沢な暮らしでもあることがわかる。

 

 そんな中、彼女は脳卒中で倒れてしまう。半身が不自由になり、ロジャーの世話をすることはもはや出来なくなった彼女は辞職を願い出る。施設に入るというのだ。しかしさほどの蓄えもない彼女を見かねて、ロジャーは彼女の入れる施設を探し、当たり前のように彼女の面倒を見続ける。この辺のロジャーの男気は感動的だ。ロジャーは、桃さんが家族以上の家族であること、かけがえのない存在であることに今更ながら気がつくのだ。そして彼は彼女の面倒を見ることに何の無理もしていない自然な関係を続けていく。

 

 桃さんの知的で毅然とした生き方、そしてたたずまいの美しさは見ていて惚れ惚れする。そしてアンディ・ラウの男らしさも。ある位置から写された彼の顔が、ちょっと高倉健に似ていることに驚かされた。ラストシーンは感動的。好い映画を見た。ただ、ちょっとだけ長すぎる気もする。

ちょっと土いじり

 大きな鉢四つ、中小鉢が四つ、ベランダに置いてあるが、大鉢一つにネギが活きているだけで、あとはすべてカラカラにしてある。もっと早くに根を取り除き、腐葉土を追加して種を蒔けるようにしたかったのだが、先送りにしていた。来週になるとまた雨の日が来るらしいので、土が乾いているうちにと思い、ようやく重い腰をベランダの前に下ろして鉢の土をざっとふるいにかけ、細い根などを取り除いた。たったこれだけで汗みずくなったし、細かい土が飛ぶので砂まみれになった。

 

 ざっとシャワーを浴びたが物足らないので風呂に温めの湯を張り、ゆっくり浸かって身体をクールダウンさせてさっぱりした。冷たいものを飲むときりがないので、あえて熱いお茶を飲み、一息入れている。熱中症にはなっていないようだ。

 

 都合七つの鉢がきれいになったので、それに水をやり、土を生き返らせたつもりである。この炎天下に種を蒔いても良いものかどうか。試しに今年大量に採れた大根の種を蒔いてカイワレでも生やそうかと思う。

ごまめの歯ぎしり

 力のない者が、言っても詮のないことを言うことを、ごまめの歯ぎしりなどと言う。

 

 アメリカ、トランプ大統領の朝令暮改、というより朝礼朝改の、しかも信義も礼儀もない言動は品位がない。彼が国の代表として品位のないことを連発することで、アメリカという国の品位や権威がどんどんおとしめられ、揺らいでいる。そのことをアメリカ国民はどう思っているのだろうか。品位などには何の価値もないと思うのがアメリカ国民なのだろうか。そこに価値を認めない人が大多数なのだろうか。

 

 それともそもそも品位や敬意などというものは絵空事だったのだろうか。世界はそれに気づかされているところなのだろうか。世の中は何でもありなのだと思い知らされているところなのであろうか。そんな絵空事を信じる者はただの弱者で、踏み潰されても仕方がないのだろうか。明らかに世の中の治安は悪化しているように見える。

2025年7月11日 (金)

暑いけれど

 暑いけれど、ゴロゴロしてばかりもいられないので片付けたり掃除したりしている。片付けるためにあちこちのものを移動したり引っ張り出したりしていたら、ますます収拾がつかなくなってきた。自分ではそれなりの段取りにしたがっているつもりであるが、しかしこれではあまりに手を広げすぎである。段ボール箱に四箱ほどの雑物を、一つだけにしてほかは捨てるつもりだが、その選別をぼちぼちやろうと思う。捨てるもののレベルを、従来よりも一段階か二段階上げたいと思っている。

 

 多分夕方になるだろうけれど、娘がやってくる。あまりの惨状では娘もあきれるだろうから、昼過ぎまでにとりあえずの撤収である。台所の排気ダクトが汚れてきたので、油汚れ用の洗剤でクリーンアップした。以前は素手でやったために指先がひどいことになったので、今回は手袋を使った。ついでにレンジも磨き上げ、シンクも掃除した。さらにお茶や紅茶の茶渋、コローヒーによる汚れなどが目立ってきたのでキッチンハイターにつけ込んだ。ついでにまな板もキッチンハイターで消毒してきれいにした。

 

 怠け者の節季働きである。片付かない山が残っているものの、部屋全体としてはなんとなくきれいになった。娘よりも息子の方が細かいところに目が行く。来るとぶら下がっている蛍光灯の傘などを掃除したり、網戸や窓をきれいにしたりしてくれる。来週息子が来るから、汚れていると恥ずかしいので、それに備えて掃除を始めたのである。掃除をする気になるのは心身が復調した証拠で、たいへんけっこうである。誰も言ってくれないから自分で言う。

心配だけど頑張る

 難聴だと、認知症になる確率がそうでない場合に比べて二倍近いのだそうだ。私はもともと子供のときに中耳炎を繰り返したせいか、左耳が少し遠いが、いまは両耳とも難聴なのだろう、テレビの音声が聞き取りにくい。難聴だと聞き取ることばかりに意識が集中しすぎて思考がおろそかになり、認知能力が低下するのだそうだ。さらに他人との会話も通じにくいために会話の機会が減って、それも認知能力の低下や鬱傾向につながるのだそうだ。うーむ、思い当たることがないではない。一人暮らしだから会話はもともとないし、しばらくぶりに誰かに会うと、声が出にくかったりする。発話をしていないから喉がうまく作動しない。

 

 父も七十を過ぎてからは耳が遠かった。難聴には遺伝の要因もあるらしいから、それを私も引き継いでいるのかもしれない。しかし、父は九十七まで生きたが、寝たきりにもならず、耳が遠いからときどきとんちんかんではあったものの、はっきりとした認知症になったようには見えなかった。それも遺伝してくれるとありがたいのだけれど。

 

 ブログを書くことを習慣にしていることが、多少は認知能力低下の歯止めになっているのではないかと思い、期待もしている。書くためにはザル頭なりに知識を仕入れたり、それについて考える必要があるからだ。

 

 先日も書いたけれど、近くのスーパーにセルフレジが導入されたので、意識してそれを使うようにしている。最初の一二回は不手際もあって係の人のやっかいになったが、いまはかなりスムーズにできるようになった。バーコードの位置が一目でわかれば簡単だ。過日、スマホの異常を直してもらったときに、dポイントでの支払いをスマホで出来るようにしてもらい、使い方も教えてもらったので、旅先で土産を買うときなどに、使えるときはなるべくそれで支払うようにした。あまり簡単で心配になるが、慣れることは好いことだ。

 

 やらずにいると出来ないままである。なんとか世の中について行こうと思っている。

2025年7月10日 (木)

蛍光灯退治

 我が家の天井には蛍光灯のライトが未だに四カ所もある。いつかはLEDに換えなければと思いながら放置している。三カ所は自分ですぐにシーリングライトに換えることができる。一カ所は棒状の蛍光灯で、工事をしなければ換えることができないと思う。さらにもう一つ、シャンデリア式で、白熱灯六灯を使うようになっているものがリビングの真ん中にあって、これはすべてLED電球にしてはいるのだが、これをシーリングライトに換えたいと思う。これは素人では外せないし、これも工事しなければならない。いつも頼む工務店に頼もうかと思う。

 

 とりあえずすぐ付け替えられるシーリングライトを手配した。こういう、しようと思えばすぐ出来ることを先延ばしにしていることが山のようにある。それを遅ればせながらでもやる気になったのは、好い兆候だと思う。次は物置退治を考えている。

Dsc_1499いろいろ考えてはいるのだが・・・

 

おじいさんの顔

 昨日、行きそびれていた床屋に行った。襟足も伸び放題で気持ちが悪いのに、もともと床屋が嫌いで、そのうえ暑い中を出かけるのがおっくうで先延ばしになっていた。床屋の椅子に座って前を見ると、毎朝洗面台で眺めるよりずっと老けたおじいさんがいる。我が顔であることに間違いはないが、なんたることかと思う。この顔と毎朝見る顔がどうして違うのかわからない。床屋へ来ると玉手箱を開けた浦島太郎になり、幸い家へ帰ると元に戻るのだろう。私の顔はあんなおじいさんではない。

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 丸刈りにしてもらってさっぱりした。行きは電車で行ったが、帰りは三十分ほどの道を歩いた。帰着直前に大粒の雨が落ちてきて、しかしほとんど濡れないうちに帰り着けたのは幸いであった。気持ちのいい汗をかいた。ざっとシャワーを浴びて生き返る。雨は少し降っただけですぐやんだ。

よく眠れるから肩が痛い

 よく眠れるから肩が痛い。なんだかわかりにくい話なので順番に説明していく。

 

 右肩の痛みは相変わらずで、痛くなったり気にならなくなったり、一進一退である。朝が一番痛い。寝ている間に痛い右肩を下にしてしまっているらしい。痛みでどうしても眠りが浅くなる。寝付くときも、まくらが高いと腕の重みが肩にかかって痛いので、まくらを外して寝ている。

 

 それとは別に目を酷使する生活をしているので、首と肩がこり、ときどき娘にもんでもらうととても楽になるのだが、そうそう呼び寄せるわけにも行かない。数年前に、何かのポイントがたまったので、電気パルスで筋肉をマッサージする小さな器具をもらったのだが、電気の刺激というのがなじまずに数回使っただけでしまいなくしていた。それを思い出し、探し出して電池を交換して使ってみたら使えるではないか。

 

 レベルが1~15、時間は15分まで設定できる。筋肉などに負担がかかるので、使用は一日二回までにするように説明書に書かれている。以前はレベルを5くらいにしていたが、思い切って10にしてみた。かなり来る。肩がピクリと動く。たたく、もむ、押す、という動作を繰り返す。不思議な感覚だが、効いている気がする。風呂上がりに汗が治まった頃合いにマッサージする。

 

 そうして肩こりが少し楽になったら精神的なイライラ、焦燥感が少し治まって、いままでの寝不足を取り戻すかのようによく眠れるようになった。早いときは九時前に寝てしまう。そうしてぐっすり寝てしまうので、肩の痛みでも目が覚めず、結果的に痛い肩がさらに痛くなってしまったという話である。

2025年7月 9日 (水)

ハードルの上乗せ

 アメリカとの関税交渉の成果が上がらないことが批判されているが、こちらの大幅な妥協だけを求めてくる交渉を交渉と呼べるのかどうか。批判するのは簡単だが、少しはその苦労も評価して好いのではないか。そもそも交渉経過が先方の担当者からきちんとトランプに伝えられているのかどうか、かなり危うい。下手な妥協をすれば罵倒されるし、場合によってお役御免になってしまって、せっかくごまをすり続けてきた甲斐がない。トランプがよくやったというかどうかを忖度しての報告であるから、当然トランプ以上のハードルを設けてしまうことになる。それを日本側が受け入れたときだけ報告することになるから、いつまでたっても交渉が進展しない、という報告しかトランプにあがっていない恐れがある。トランプがその進展のなさにいらだって、さらにハードルがあがっているというのが今の状態なのだろうと察する。

 

 交渉しても交渉したことになっていないなら、理不尽な要求に対して安易な妥協を受け入れるか、それが受け入れられないなら、交渉をだらだら続けるかどちらかしかないだろう。同じ「困る」なら、向こうも困るのを待つしかないではないか。

 そういえば、野田君は「無能、無策」などと偉そうに言っていたが、「無策の策」というのもあるのだよ。そもそもどう出るか読めない相手に対して「策」など立てようがないのだから。過去、野田元首相が中国に対して取った愚策が何をもたらしたか、それをどうしても忘れられない私としては、偉そうに「無能、無策」などという失敬な言い方をする態度に不快しか感じない(その言い方も彼の本来の姿というわけではなく、自分の党の内部に迎合したことばであるだろうというのが二重に不快である)。もちろん石破首相を高く評価しているわけではない。どちらかといえば政治家としてあまりできが良いとは思ってないが、少なくともこの関税交渉について、出来ることがあるのにしていない、というようには見えていないということである。

2025年7月 8日 (火)

『ハイ・シェラ』

 映画『ハイ・シェラ』は1941年のアメリカ映画。ハンフリー・ボガート主演で、傑作『マルタの鷹』に先立つ映画であり、ハンフリー・ボガートが主演した最初の映画である。ハンフリー・ボガートの出演するハードボイルド映画をたくさん見てきたが、この映画を見そびれていたのでようやく見ることが出来た。

 

 強盗犯として受刑していた主人公は特赦で刑務所から出ることが出来たが、恩義のある男の頼みで強盗の一味に加わることになる。しかし仲間は彼から見れば頼りなく、しかも女まで加わることを余儀なくされる。そんな中、知り合った好人物の老人の一家と知り合い、その美しい孫娘に一目惚れし、つかの間の夢を見るのだが、所詮それは夢に過ぎない。

 

 強盗は半ば成功するのだが、もたついていたために彼と女以外は事故に遭ってしまう。そして強盗を彼に依頼した恩人も病死してしまい、すべての歯車が狂い出す。彼が犯人であることが明らかになり、彼の必死の逃避行が始まる。ハイ・シェラのシェラはシェラネバダ山脈のことで、その山中に逃げ込み、警察に包囲されてしまい・・・。

 

 ハンフリー・ボガートの特徴ある声と表情、台詞回しはいつ見ても格好が良い。ただしこの映画では彼の笑顔も多少見られる。

思い出す

 寺田寅彦の随筆集の中の『丸善と三越』という少し長い文章を読んでいて、若い頃のことを思い出した。新卒で入社して、最初に配属されたのが東京営業所だった。営業所は日本橋の小舟町というところにあった。あの浅草の雷門にぶら下がっている大提灯には小舟町の文字があるのを、知る人は知っているだろう。私が通勤で降りる駅は三越前で、そこから小舟町まで歩いて10分あまり、小舟町は江戸橋に近く、また、人形町にも近かった。

 

 三越は少しスノッブなところがあって、あまり買い物をすることはなかったが、たまたまそれを露骨に感じさせらるような体験をしたこともあり、このデパートはおかしい、と思った頃、あの岡田社長排斥事件などが起きて、三越の信用は一気に低下した。

 

 三越前から日本橋を渡って丸善まで、ときどき歩いて行った。丸善の中での印象は、寺田寅彦が書いているとおりで、戦前、それも震災前の大正時代の話なのに、私の受けた印象とあまり違わない。寺田寅彦のように、洋書コーナーでゆっくりする、ということは私にはなかったが、丸善だから見つかる本というのもあった。寺田寅彦同様、文具コーナーなどは横目で見るだけである。私が持っていてもサマにならないものが多く、それでもいつかそういうものを持ってもサマになるくらいになりたいと思わないでもなかったが、ついにそうならなかった。それでとくに残念ということもない。

 

 丸善といえば梶井基次郎の『檸檬』という短編小説を思い出す。昔読んだときは、レモンを置いて店を出る主人公のときめきにそれほど感情移入しなかったが、今は昔より共感できる気がする。神田界隈、浅草界隈など、池波正太郎の小説の舞台となった東京の一部をひたすら歩き回った時代もあったが、それも昔ばなしになってしまった。永井荷風の『日和下駄』もあわせ読みながら、ときには東京を歩いてみるのも好いなあ、などと思っている。隅田川の遊覧船などに久しぶりに乗ってみたいものだ。そういえば船から見えた築地の市場ももう変わってしまったのだった。

2025年7月 7日 (月)

肩がこる

 手帳の整理、そして廃棄作業を進めている。あとからいろいろ出てきたりして、なかなか先が見えない。それでもあと三十年分ぐらいになった。コピーするものはして、転記するものは転記してデジタル化している。この調子だと今月いっぱいかかりそうだ。ものが減るのは何より嬉しい。ものが溢れているといっても、無限にあるわけではないのだから増やしさえしなければ、捨てただけ減るはずである。

 

 そんなことをしているので肩がこってバリバリいっている。今週末には娘が来るので少し揉んでもらおうと思う。右肩の痛みは軽くなったり、また痛くなったりしてなかなか全快しない。来週には息子が名古屋に出張の用事が出来たので一泊するという。泊まるだけだというが、少しくらいは話が出来るだろう。楽しみだ。

 

 家の中でごそごそしてばかりいると、ちょっと出かけたくなるが、あまりに暑い。体調と相談しながらにしようと思う。

過去の損を返せ

 朝起きて見たら、リビングの室温は30℃、エアコンをつけっぱなしにしておけばよいのだが、寝室に使っている小部屋だけ、つけたりけしたりして調整していれば十分である。起きてすぐリビングのエアコンをつける。八時前に名古屋周辺の気温は既に30℃を超えたという。今日も当地の最高気温予報は37℃、体温以上の日が続く。昨日買い物がてら外をすこし歩いたが、特にふらふらもせず、汗だけが出た。もう少し歩けたが、無理してまた熱中症みたいになったらたいへんなので控えておいた。

 

 ニュースを見れば、高温、頻発地震、トランプ関税、スポーツニュースばかりで、いろいろあるようで、実際は毎日が同じことの繰り返しである。

 

 恫喝と恐喝で押しつける交渉を交渉と呼べるのかどうか、誰もが理不尽だと思うのに、もしそんなことをいえば恫喝と恐喝のレベルが上がるだけで、いうことを聞かないおまえが悪いのだ、とヤクザ顔負けの罵声を浴びせられるのがオチであるからみな黙っている。どうしたら損を最小に出来るのか、それに腐心するだけである。

 

 トランプは、過去、アメリカがずっと損をしてきた、その分を返せ、という。それが彼の大義で、トランプ支持者はアメリカの正義がようやく履行されることに快哉を叫んでいる。これからどうするか、というのが交渉で、そこに過去の分を織り込むと話が混乱する。なにより過去についての認識がお互いに全く違うからである。アメリカが損をした、とトランプはわめくけれど、アメリカだけが得をしてきたではないかと思うものも多いだろう。そこにアメリカの、トランプの価値観だけを正しいものとして了解せよ、といわれてもいまは黙っているとしてもそれを呑まされた相手には恨みだけが残るだろう。

150403-149損したものを返せ!

 そういえばお隣にもそういう、過去の損を返せ、の国があったなあ。損をした、といい立てる側は、恩恵もあった、などということは断じて認めないだろうから、話し合いは成立しない。損した側の言い立てる損の額は膨らむばかりだから、きりがない。うんざりだ。

心を静めるために読む本

 いろいろな理由で気持ちがざわめいているときは集中力が持続しなくなって、一冊の本を読み続けられない。だから、とっかえひっかえ本棚から本を引っ張り出しては読みかけにするので、思わぬ拾いものをすることがあるものの、あたりは本だらけになってしまう。そういう熱くなった心を静めるために読む本が決まっていて、私の場合は森本哲郎の本を読む。

 

 たくさんあってどれでも好いのだが、いま手元に置いているのは『旅と人生の手帖』(ダイヤモンド社)という本で、まえがきに


  旅人と我名よばれん初しぐれ

 
という芭蕉の句が取り上げられ、その句に込められた芭蕉の思いに心をいたし、そこから森本哲郎の旅に対する思いが語られている。

 

 その小文を
 
 私はけっして幸運な旅人ではなかった。しかし、どんな旅もそれなりに、私の心の中に何かを置いて行ってくれたように思う。
 本書は私のそうした旅のささやかな心のアルバムである。

 

 こうして私はこの本を読んで、彼の旅のあとをたどるのである。

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2025年7月 6日 (日)

『エリザベス:ゴールデン・エイジ』

 2007年のイギリス映画『エリザベス:ゴールデン・エイジ』を見た。1998年の『エリザベス』に続くもので、配役やスタッフも同じらしい(未見)。ケイト・ブランシェットが演じるエリザベス女王Ⅰ世の気品と強さと、そして処女王であることの女としての悲しみの表情が素晴らしい。

 

 16世紀後半、国内にプロテスタントとカトリックの争いを抱えて苦しむイギリス。当時世界最強だったスペインが宗教を口実にイギリスにその覇権を及ぼそうと陰謀を巡らす。後半はそのスペインの無敵艦隊との海戦が描かれ、迫力満点である。

 

 脇役にレディ・レッドメインが出演していた。『ファンタスティック・ビースト』シリーズではおなじみだが、最近見たばかりのイギリスドラマ『ジャッカルの日』のシリーズが大変面白かったので、こういう映画に出ていたのか、と気がついて嬉しかった。

『歴史について』

 『小林秀雄 江藤淳 全対話』(中公文庫)を読了した。文芸評論家の小林秀雄は、自分の衣鉢を継ぐものは江藤淳だと内心思っていたのではないかと思う。そういうときに、小林秀雄は性格として、より相手に対して厳しい態度をとる。緩み、生ぬるさを決して許さないし、自分の考えが伝わらなければ満腔を持って不快感を示す。生半可の素養と思考ではその迫力に太刀打ちできない。それによく耐え、しかも敬意を持ちながら、小林秀雄の考えに対して是々非々で立ち向かう江藤淳の素晴らしさを、この対談集はよく伝えている。

 

 特にここに収められている『歴史について』の対談の中で、三島由紀夫事件について互いに譲らずに火花が散るような口論になっている。同席した編集者の田中健五が後に「摑み合いにはなりませんでしたよ」と語ったそうだから、よほどの激しいやりとりであったのだろう。読んでいてその熱気が伝わってくる。

 

 ときには、江藤淳の評価に対して、当初否定しながら次第に考えを変えていき、ついには「君のいうとおりだ」と言わしめたりすることもあり、そういうところに小林秀雄の偉さを感じたりする。全編引用したいところだらけで、逆にどこを引用したらいいか困惑する。この対話集は何度も読み直したい素晴らしい本だと思う。良い本に出会えて嬉しい。

 三島由紀夫の自決を批判した江藤淳が、その二十九年後に自裁した、と平山修吉が巻末の解説の文章を締めくくっている。

美意識

 私はよく随筆を読む。随筆にもいろいろあって、好みは人それぞれだろうと思うが、私が好んで読むのはそこに著者の美意識がきちんと反映されていて、その美意識がこちらのこころに響くものである。出来れば文章が良いものが好い。名文ならなによりである。素養に裏打ちされて作法に則り、品位と節度が保たれているのに、そこに著者の強いこだわりが込められているものが好い。

 

 美意識といえば、敬意と品位ということをこのごろとくに意識する。そういう、出来ればあってほしいものがないのを見せられ続けているからこそ、それを強く意識する。他者に対しての敬意と品位が忘れられ、世の中からもうすでに失われてしまったかのようである。そもそもそんなものを持たない方が強く生きられ、豊かに暮らせると信じている人であふれているようである。もちろん美意識を持っている人は必ずいるはずだが、そういう人は世の片隅でひっそりと生き延びているに過ぎないかのようである。

 

 生きるか死ぬかの極限状況に立たされれば、人は美意識など忘れがちである。損得勝ち負けだけが価値観のすべてとなる。現在の世界はそういう極限状況なのだろう。私は下品があふれたテレビの画面を、たいへんな世の中だなあと感心しながら他人事に眺めている。だから眼とこころを洗うために随筆を読む。

 

2025年7月 5日 (土)

『城の崎にて』

 久しぶりに志賀直哉の『城の崎にて』を読んだ。この小説を何度読んだか、もう数え切れない。城崎出身の友人がいて、その友人が好きな理由のひとつが、彼が城崎出身だからといったら彼は怒るだろうか。城崎には何度も行った。周辺を何度も歩いたから、一帯の地理にも大分明るくなった。だから『城の崎にて』を読めば、どのあたりの情景なのか大体見当がつく。だから映像的に読むことができる。動物の死を通して死をじっと見つめる志賀直哉の眼を今まで以上に強く感じた。

 

 城崎といえば、冬になるとズワイガニを食べに仲間と定宿にしていた民宿に毎年行ったりしたが、コロナ禍を期に行かなくなったのは残念なことである。カニの時期だけではなく、あのあたりには度々行く。名古屋から敦賀に出て、日本海沿いに小浜、舞鶴、丹後半島を経由して城崎へ行く。日本海沿いに走るのが大好きである。とにかく海がきれいだ。

 

 舞鶴から丹後半島あたりにドライブに行こうかと地図を眺めている。間人(たいざ)のあたりの民宿にでも泊まって魚でも食べようか。

過ぎたるは及ばざるごとし

 昨晩のプライムニュースのテーマは、香港、台湾、中国についてであった。こういうときはたいていあの朱建榮が呼ばれて、中国の立場に立って熱弁する。彼のおかげで中国の考え方を知ることができる。昨晩も滔々と語っていた。

 

 朱建榮は、ある時期中国で半年あまり消息不明になっていたことがあった。当局に拘束されていたらしい。どうしてあれほど中国のために熱弁を振るっているのにそんな目に遭うのかわからず不思議だった。中国の指導を受けてようやく日本に帰ってきて、さらにその熱弁の熱さが増しているように思う。

 

 プライムニュースを見ていて、なるほど、朱建榮はオプラートに包んでおきたい中国の本音まで語りすぎて、日本人に「なるほど」、と思わせることはほとんどなしに、反感だけをもたらしているところがあるのかもしれない。日本人の中国に対する好感度はどんどん下がっている。それを彼は加速させている。こんどはそれが中国当局にとって問題視されてふたたび拘束されるのではないかと心配になった。もちろん本人はそんなことに気がついていない。一生懸命である。ガンバレ、朱健榮。加油、朱健榮。

短気に火がつく

 関西風にいえば、私はイラチである。単純に気が短いというわけではなく、自分の考える段取りにこだわる傾向が強いために、それが思い通りにならないと腹が立つのだということは以前にも書いた。見かけがあまりそう見えないらしい。だから突然怒ったように見えるところがある。面倒な人間である。

 

 時間が無駄になることも嫌う。だから行列して待つということが何より嫌いである。少しぐらいまずくても、行列しているうまい店よりもすいている店を選ぶ。よほどのことがなければたいていのものが美味しく食べられるたちなので、それで残念なことになることもない。予定を立てるのが好きなのも、すべきことを忘れないためもあるが、段取りを立てて無駄な時間を減らそうという気持ちの方が強い。だからそれが狂うと腹を立てる。極力他人のせいにせずに、自分に怒りを向けるように心がけているのは、繰り返し失敗を重ねたからだ。

 

 ところで、機械は問題なく動いて当たり前だと思っている。それが不調になると困惑し腹が立つ。ところがこの頃の機械は昔よりも不調になることが多いような気がする。日本のメーカーなら海外で作ったものでも信用できたが、ちかごろは中国メーカーと変わらない気がする。安かろう悪かろうになってしまった。故障したらメーカーに送って直す、などということはめったになかったし、もしあってもそれなりの対応がされたものだ。いままでそれで腹を立てたのは東芝の電気製品ぐらいで、そのサービスセンターの応対の不愉快なことは忘れられない。それにこりていまはよほどのことがなければ東芝を選ぶことはないから、現在はよくなっているのかどうか知らない。

 

 プリンターには腹を立てさせられることが多い。私は液晶の画面の文字を見ながらものが考えられないので、必ずハードコピーする。印刷されたものを見て初めて頭に入るし意味が理解できる。同じことではないかと言われそうだが、私にとっては違うのである。その分コストはかかるが仕方がない。プリンターを酷使するからしばしば調子が悪くなる。昔のプリンターは頑丈だったが、いまは多機能であることもあるのだろう、酷使するとすぐへそを曲げる。

 

 いま使っているエプソンのプリンターはときどき紙送りをしなくなる。機嫌良く紙送りをしていたかと思うと突然送らなくなる。腹を立ててもどうしようもないのでしばらく放っておくと元に戻ったりする。急ぐときは一枚だけにするとたいていなんとか送ってくれる。何枚もあるとスリップするらしい。だからといってその都度一枚ずつ、などというのは面倒でかなわない。繰り返しそうなったら故障です、サービスセンターに問い合わせてくださいなどと表示される。そうして本体を送っても、問題ありませんでした、などと付箋付きで返されたりする。確かにしばらく置くと問題なく作動するので、メーカーで不調が確認できないのだ。用紙の問題もあるのだろう。滑りやすい紙が特にいけないようだ。

 

 そうして、いま手帳のコピーをとって処分していく作業をしているが、そのトラブルがときどき生じて、イラチの私はプリンターを五階の窓から放り捨てようかと思ったりする。もちろんそんなことは決してしないけれど。

2025年7月 4日 (金)

たちくらむ

 午前中に買い物がてら近所を少しだけ散歩をした。ねっとりと暖かい空気が身体にまとわりつくようで、あわせて三千歩ほどしか歩かないのに、くたびれたので歩くのをやめた。昼食後、やりかけの手帳整理を続けていたら肩がこってきたので、気晴らしに再び外を歩くことにした。歩き出したすぐから気分が悪くなってきた。無理に歩いていたら吐き気がしてきた上に、ふらふらしてたちくらみ状態になりかけたのであわてて帰宅。冷たいものを飲んで横になったが、しばらく吐き気が治まらない。一時間ほどしてようやく復調した。軽い熱中症になったのであろうか。ここまで明確な症状は初めての経験である。

 

 ようやく体調が復調してきたばかりだというのに、こんな時期の昼日中に外を歩こうなどとしたら危ないようだ。少し長い散歩コースになる格安床屋に行くつもりだったが、やめた。

手帳を捨てる

 昔は年末になると手帳やカレンダーを当たり前にもらえたものだ。いまはそれがなくなっているらしいのは、手帳会社やカレンダーの会社にとっては残念なことだろう。現役時代はもらうのが多すぎて選ぶのに苦労するくらいだった。手帳は使っても三冊あれば十分で、使っているうちに好みのものが定まってくる。リタイア後も、私の好みの手帳を承知していて、わざわざ届けてくれる人もいたが、それもなくなって久しい。いまは毎年同じ手帳を購入する。読書した本を記録しておくための手帳で、現役時代から買っていたので既に二十冊ほどある。

 

 現役時代、仕事用に二冊ほどの手帳を常に持ち歩いていて、一冊は予定書き込み用、もう一つは備忘録用で、備忘録用は普通の手帳ではすぐいっぱいになるので、差し替えできる手帳を使っていた。きちんと記録として残しておきたいものはノートに転記しておく。年末に、たまったメモ用の手帳などは破って捨てる。けっこう快感である。リタイアの時にそのノートも含めてすべてを捨てた。残っているのは記憶だけで、その記憶も次第に薄らぎ、忘却の彼方になりつつある。

 

 プライベート用の手帳はずいぶん昔、学生時代から常に持っていた。そこに思いついたこと、読んだ本や見た映画などのことをメモしてきた。大半は、捨てたか失ったかして、たまたま断片的なものが数冊残っている。その後、捨てずに残してあるのは三十年ほど前からのものだけである。すべて合わせて五十冊あまりの手帳が手元に残されている。いつか整理しようと思っていたが、ようやくそれに着手した。内容を読んでデジタルファイルにしようと思ったが、手間が大変である。そこでプリンターでコピーしてクリアファイルに内容別に、そしてできるだけ時系列に沿って収めている。

 

 思った以上の分量で、片付いたものからその手帳を破って捨てている。これからは読書記録に着手する。これは分量がとても多い。しばらく過去の自分と対話するのを楽しみながら手帳を捨てていこうと思う。

過去を振り返っている自分の姿、四態

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他人(ひと)の頭で考える

 さまざまな出来事や情勢について考えるとき、その考えるための材料(情報、などという)は個人では知り得ることは限られているので、ニュースなどで知るものを手がかりとする。また、専門家などの意見や分析を参考にする。その分析や考えをそのまま鵜呑みにして自分の考えにするのは、他人の頭で考えることで、せめて一度自分の頭の中で咀嚼し直して、自分の言葉に変えて書いたり語ったりしたいものだと思っている。

 

 参考にする考えにしても、その考えをまず疑ってかかること、比較する考えも読んだり聞いておくことが肝心で、それを怠って他人の頭のままの人や、そもそもなにも知ろうとせず、何も考えない人の多いことに驚かされる。自分が十分注意していてもずいぶん偏った考えに流されていると気づかされることがあるくらいだから、知ろうともせず、疑うこともしないということは信じられない。だからコロリとだまされるのだ、と思うが、偉そうに言うためにはもっと知り、もっと考えたいと気を引き締める。

 

 しばしばAでなければBなどと単純化して語る人がマスコミ人などには多い。限られた時間で語るために、単純化することに馴れてしまったのだろう。しかし実際はAでもBでもなかったり、AでもBでもあったり、AとBの間であったりするのが普通であって、その複雑さに耐えられない人のなんと多いことか。白か黒かどちらか返事をしろ、というのは若い記者が相手に対して問い詰めるときによく使う質問で、それを聞いただけでうんざりする。最初から聞きたいことばを決めて訊いていたりすることもあって、そういう記者は自分の意見をしばしば語りすぎる。

 

 私のように無知で考えが浅はかであっても、それを自覚しているから少しはものを考え、その考えが間違っていないかどうか、間違っていたら訂正するようにしていれば、年齢なりのものの見え方にたどり着けるのではないかと信じているのだが・・・。

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おなじみの、考える私。

2025年7月 3日 (木)

つながり

 二泊三日での温泉旅に持参した本は、寺田寅彦の随筆集第一巻と、小林秀雄と江藤淳の対談集の二冊、ともに文庫本である。宿ではうつらうつらして過ごすので、たいてい持って行くだけに終わることが多いが、今回は多少は読み進めることが出来た。

 

 寺田寅彦については夏目漱石の弟子の一人で、珍しく彼が本物の科学者であったということがよく知られている。夏目漱石は自分の小説に彼をモデルにした人物を登場させている。寺田寅彦は五高熊本高校時代に夏目漱石に師事し、以来ずっと敬慕し続けている。今回持参した随筆集には彼がドイツ留学した明治時代の『先生への通信』という紀行文が収められている。もちろん先生というのは夏目漱石のことである。別に大正十年頃、ヨーロッパ旅行したときの紀行文『旅日記から』と言う文章も収められていて、面白い。ただし、幾多の文豪の紀行文から見ると、その文章は叙景的で味わいはいささか軽い気がする。

 

 寺田寅彦は土佐の出身で、彼の父親は郷士であり、幕末に郷士と上士の軋轢の中で起きた劇的な事件の中心人物であることはあまり知られていない。そのことは司馬遼太郎の『龍馬が行く』にも書かれているが、安岡章太郎の『流離譚』に詳細に記されている。『流離譚』は長篇の歴史小説で、安岡章太郎の先祖である郷士一族の幕末から明治にかけての歴史が綴られている。寺田寅彦と安岡章太郎は遠い親戚で、同じ一族出身なのである。詳しいことを書くときりがない。

 

 小林秀雄と江藤淳の対談の中で、永井荷風について論じているところがあり、たいへん興味深かった。いま荷風の『日和下駄』を読みかけのままなので、また読み続けようと思う。たまたま周作人の『読書雑記』を開いたら、浮世絵についての文章があり、江戸趣味についての興味について書いている。その江戸趣味の参考に永井荷風の『日和下駄』を愛読して繰り返し読んだ、などとあって、なんとなく嬉しくなった。周作人は魯迅の弟である。

 こういうことは探して見つけるのではない。たまたま開いたらつながりが見つかるのである。結構こういうことが多い。不思議なような面白いような気がする。

参議院選挙が始まる

 参議院議員選挙を前にして、昨日、各党党首の討論とマスコミ代表との質疑応答が行われていた。リアルタイムの時にちょっと見たが、続けて見る気がしなかった。さいわい夜のプライムニュースで橋本五郎や山口二郎がそのことについて評論と自分の見解を述べていたので、概ねこんなことだったのか、と知ることが出来た。

 

 面白かったのは、左派で野党側の立場で自民党を舌鋒鋭く批判してきた山口二郎が、以前よりずっと丸くなって、日本の国そのもののあり方や将来について非常にまっとうなことを語っていたことだ。同じ人とは思えないが、こういう考え方なら賛同できる。

 

 石破氏の掲げた自民党のスローガンは「日本を動かす、暮らしを守る」だったらしい。一体何がしたいのかわからない、というのがコメンテーターたちの意見で、私も同感である。この人はあんなにも首相になることにこだわってきたのだから、首相になったら何がしたいのか、考えがあるはずだと思うが、いままでのところではそれが全く見えない。これでは何かがしたくて首相になったのではなくて、ただ首相になりたかった、というだけのことにしか思えない。それなら日本の不幸だろう。

 

 立憲の野田代表は「物価高から国民を守る」だそうだ。それなら物価を下げるのか。立憲が政権を取ったら強権を持って物価を下げてみせるというのか。彼の目指すのは共産主義国家か。物価がどうして決まるのか、それを知っていれば、政治家が価格に口出しなど出来ないのだから下げることなど不可能だ。消費税を下げることで物価を下げるのだそうである。消費税分の物価を下げた後に、税収が減り、今度は消費税が使われていた福祉の予算が減少する。少子高齢化で福祉の予算はますます不足するだろうというときに、そんなバカな政策があるのかと思うが、打ち出の小槌でもあるのか。自分が首相の時に自分の進退と党の命運をかけて消費税を8%から10%にあげた苦労を忘れたわけではあるまい。本音は消費税を触りたくないはずで、それなのに変節しているというだけでこの人は不見識である。

 

 維新の党は「社会保険料を下げる」という。若い人の負担を少しでも軽くするのだ、という主張である。年寄りに我慢してもらおうということで、それはそれで一つの見識である。若者は支持したら好いと思うが、その若者は投票に行かない。自分で自分の首を絞めているのだ。年寄りから見れば知らぬが仏だ。

 

 ほかの少数野党はただ「減税、減税、減税」と語るだけで、どうせ責任なんかとる立場にない、ということを強みにわめいているが、それでもそれを支持する人がいるのだからおそれいる。社民党の福島党首はだんだん神がかり的になってきた。「平和、平和、平和」とひたすらお念仏を唱えている。阿呆陀羅経だけれど。日本の危機など神風が吹いて助けてくれるのだろう。

 

 それにしても、トランプのような支離滅裂な人物を相手に苦労している交渉者に対して、「たいへんですね。苦労をお察しします」の一言ぐらい言う人間がいても好いと思うが、批判や出来もしないことをいう人間ばかりなのには情けない思いがした。国難も人ごとなのである。敬意もなし、危機感もなしである。どこが政治家だ。

鶏ちゃん

 岐阜県や北陸では鶏肉を使った鶏ちゃん(けいちゃん)という料理がよく食べられる。さまざまな味付けの店がある。先日二泊三日で泊まった温泉宿でも、一日はメイン料理に鶏ちゃんを食べた。一日は飛騨牛で、そちらの方が大分高い。その鶏ちゃんを自分で作ってみたくて、土産に鶏ちゃんのもとの小瓶を購入した。

 

 鶏肉を食べやすい大きさに切って(塊より細長く切る方がよい)、その鶏ちゃんのもとを振りかけてつけ込んで半日ほどおいておく。あとはキャベツをざく切り(3~4センチの角切りくらいがよい)にして蓋付きのフライパンで鶏肉を下にして蒸し焼きにする。焦げないように弱火にすることが肝心。十分湯気が回ったらかき混ぜる。味付けは鶏ちゃんをつけ込んだタレで十分で、キャベツは少し多めでちょうどよい。蒸し焼きなので鶏肉が柔らかくてとても美味しい。

 

 私はもっとボリュームがほしいので、シメジとタマネギを塩味で別に炒めておいて、最後に加えて混ぜ合わせる。昨晩はその自己流の鶏ちゃんで酒を美味しく飲んだ。

 

 息子が今月半ば過ぎに仕事の出張がてらに我が家に泊まる、と連絡があった。会えるのがとても楽しみで、うれしい。

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2025年7月 2日 (水)

ついにセルフレジ

 すぐ近くに少し大きなスーパーがあり、衣食雑貨電気器具など、たいていのものがそろっているのでたいへん便利である。そのスーパーが大改装するというので心配したが、営業を続けながら工事を進めるというので安心した。工事の音でやかましいが、ずっといるわけではないから営業さえしてくれればかまわない。

 

 そのスーパーでついに七月からセルフレジが導入された。店員に教えてもらいながら、今日初めてセルフレジに挑戦した。一つ一つバーコードを読み込ませていく。バーコードのない野菜などは画面にタッチして読み込む。チェックを通さずに黙って袋に入れてもわからないけれど、必ず誰かが見ているはずだし、見ていなくたって私はそんなことはしない。そんなロス(いわゆる万引き)も想定されているのだろうが、この頃は善悪の仕切りの甘い人間が増えているから大丈夫かなあ、などとちょっと心配する。自分でやると少し時間がかかるがこれも慣れれば早くなると思う。出来ないことが一つできるようになった。

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やってみれば出来るものですよ。ほんとにそうですね。

無理が通れば

 無理が通れば道理が引っ込む、ということわざを絵に描いたようなトランプの関税政策に腹が据えかねている人も多いだろうが、何よりカチンとくるのは、今回も言っていた「日本に関税を払わせる」という彼のことばである。関税を払うのはアメリカに輸出する側ではなく、輸入する側である。日本が関税を払うのではない。わかって言っているのか、知らずに言っているのか、知らないならバカである。さすがにそこまでバカではないだろう(わからないけど)。

 

 それならなぜ関税交渉をするのか。思うに、国によって関税率が違うということ、それも全くもって理不尽な理由で関税率が違うことによる。輸出できていたものが関税によって輸出しにくくなる、それも国によって違う、そして交渉によってそれが変わる、となれば、仕方がないから交渉するということになるわけで、世界に対してすべて一律ならここまで弱腰な駆け引きは必要ない。場合によっては勝手にしろ!と開き直るだけである(それが出来ればどれほどうれしいか)。

 

 トランプはアメリカの衰退を挽回するつもりが、衰退に拍車をかけているようにしか見えないが、残念なことにその結果が出るのは今すぐではない。世界中がそれを残念に思っているだろう。トランプはよんどころない事情が生じない限り、あと三年半も吠え続けることができる。そしてそのあとがそれよりましになるという保証はない。何しろあのトランプを選んだアメリカ国民が次を選ぶのである。

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長寿を楽しむ?

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宿の部屋にかかっていた掛け軸。心静かに長寿を楽しむ、と読むのだろうか(間違っていたら恥ずかしい)。そう勝手に読み取った上でそのことを考えていたら、結構深刻な気持ちになってしまった。

日本に長寿社会が到来してしばらく経つが、いまがそのピークというわけではなくて、これからますます長寿社会になっていくと思われる。つまり高齢者のますますの増加だけではなく、少子化と相まって高齢者の全人口に対する割合が高くなり、社会全体がその経済的な負担にあえぐだろうと想像されるということである。高齢者が長寿を楽しむそばで、現役世代が経済負担にあえいでいれば、高齢者も(まともな精神の持ち主であるのならば)なかなか長寿を楽しみきれないだろう。

昔は高齢者の面倒を家族が見た。いま後期高齢者の人たちやその少し上の世代は自分の親の面倒を見た人が多い。そうして世間は核家族化から分解家族というバラバラの個人の集まりになってしまった。子供に面倒を見てもらうつもりはない、と強がりをいっていたのは、自分がその面倒を見てもらう歳になる事態に対する想像力の欠如であったことをいま思い知らされている。当然あるはずの社会的な補助が自己負担なしには不可能になっていくかもしれないのだ。多分なるだろう。そのための準備があるのか。なければ老老介護から孤独死への道しかないのである。ましてや五十過ぎの引きこもりを抱えていたりしたら残酷な老後になる。いまはめったにないニュースが、次第に日常的なことになって行く。もう既にそうなっている。

そんな悲観的なことを考えたのだが、それ以上に深刻な気持ちになったのは自分自身のことである。

生きがいとは何か、などと考えた。長寿を楽しむには楽しむなにかが必要である。趣味だろうか。もちろんそれもある。それよりも、やはりあなたが生きてくれていてうれしい、と思う人がいることの確信こそが生きる大きな支えではないかと思ったりした。さて、私に本当にそう思ってくれている人がいるのかどうか、それがにわかに不安になってきたのである。実はそれは自業自得の部分があるのだが、長くなるので、ここまでとする。

2025年7月 1日 (火)

白山大杉

大山白山神社の大杉は奥の院への階段の途中にある。登るときは登るのに夢中で(必死で)よく分からなかった。

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これは奥の院の横にある大きな杉だが、白山大杉ではない。

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これが白山大杉。写真では大きさが伝えられない。

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上の方はよく見えない。高さは36mだそうだ。

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正直なところ、ヨレヨレで、じっくりと眺める余裕がなかった。

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下りは膝が笑うこともなく、転げないように一歩一歩踏みしめて歩いていたら下に着いた。一礼して宿に向かった。何もなければ、いまごろはその宿から我が家に帰宅してゆっくりしているところのはずである。

山頂の展望台から

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大山白山神社のある標高862mのこの山も、地図によれば白山と言うらしい。

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文字通りの展望台である。下が透けて見える。私はこういうところがそれほど恐くない。先端まで行って眺望を楽しむ。

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左手は、空気が澄んでいれば乗鞍などの北アルプスが遠望できるらしい。はるか彼方、うっすら霞んでみえるのがそうだろうか。

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山に山が重なっている。これが日本の景色か。

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正面はたぶん白山であろう。白山信仰の中心である。金沢単身赴任時代はよく反対側から拝んだものだ。

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展望台先端から神社の方を見る。

奥の院に登る

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大山白山神社由緒。

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拝殿横にさらに上へ登る階段がある。山頂にある本来の本殿、奥の院への階段だ。

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登り始めて下に拝殿を見下ろす。

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しばらく登ったら奥の院がみえてきた。高くなったら涼しい風が吹いて、案外しのぎやすい。

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登り切る。

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奥の院。ここが山頂。左へ回り込むと展望台に行ける。息が上がってゆっくり写真を撮る余裕がない。それにしてもよく登り切れたものだ。

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