名文
魯迅の弟で文筆家の周作人が、永井荷風の随筆『日和下駄(ひよりげた)』を繰り返し読んだという文章を残している。そのことは先日このブログで取り上げた。だからというわけではないが、永井荷風の随筆の中でも優れたものとされる『日和下駄』を読み始め、しばらく中断していたが、ようやく読み終えた。この文章は旧漢字旧仮名遣いで読まなければその味わいを楽しめない。旧漢字旧仮名遣いの文章の素晴らしさを知るにはこういう文章を読むのがよいだろう。私も繰り返し読みたいと思う。これこそ名文である。
『日和下駄』は三田文学に大正三年から連載されたもので、全十一篇で構成されている。日和下駄とは、歯の高くない普段履きの下駄のことで、実際に永井荷風は東京のあちこちを精力的に歩き回っている。永井荷風が幻視する江戸は、表通りではかなり失われてすでに東京という都市になっていたし、その変貌は全体に及びつつあった。しかし永井荷風の鋭いまなざしは、まだまだ都市化以前のすがたを拾い出している。切ないような、郷愁の強い気持ちが伝わってくる。
この懐かしい江戸情緒は、大正十二年の関東大震災でほぼ完全に失われる。その前の東京を、かなりディープな東京を懐かしむことが出来るのは、荷風の名文のおかげである。
これを読みながら思ったのは、奥野信太郎の『随筆北京』(東洋文庫)という随筆集であった。この随筆集では、すでにない、むかしの北京の情緒をディープに伝えてくれている。たぶん中国人でも知らないだろう世界がそこにある。それを体験することはもちろん出来ないけれど、その断片は、はじめて北京の胡同あたりを歩いたときに感じることが出来た。その胡同もすでに観光用として残された部分のみとなった。しかし、『随筆北京』で追体験できるのはさいわいである。『随筆北京』では、奥野信太郎が北京に長期滞在していたときに、周作人と交流があったことも記されている。敬意を持って周作人の事績や人柄を紹介している。また読み直そうかなあ。
三田文学を創設した一人が永井荷風であり、奥野信太郎も三田文学の重鎮であった。名文家の系譜というべきか。
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