終戦記念日
今日は太平洋戦争の終戦記念日。終戦記念日ではなく、敗戦記念日だ、という人もいるが、その日に日本人が感じたことは人それぞれであって、受け取り方で「負けた」ということばかりを感じた人と、「やっと戦争が終わった、これで夜も明かりがつけられて安眠できる」と感じた人とで違うだろう。前者にとっては敗戦記念日で、後者であれば終戦記念日ということになる。
母は終戦の時に19歳で、「やっと戦争が終わった」と思った口である。千葉市に家族で暮らしていて、東京大空襲の後しばらくして、千葉も空襲を受けた。爆弾と焼夷弾を市街地のぐるりから投下し、次第に中央へ追い詰めて「効率的に」「なるべく多数の市民」を殺傷するという方式の戦火のなかを両親、弟たちと逃げ惑いながら奇跡的に家族全員無事に生き延びた。もちろん住んでいた家も家具その他一切も灰燼となった。着の身着のままで逃げたので、アルバムすら持ち出せなかった。
そのときの様子は地獄絵図で、黒焦げの死体の間を駆けたりなど、あまりの凄惨さに神経が麻痺して無感覚になったと母は語った。友人もたくさん失った。その後も通勤の列車が機銃掃射を受けて九死に一生を得たりしたようだ。子供の時から繰り返しそのときの様子を聞かされた。
父はそのとき兵士として中国北支の戦地にいた。ちょうど終戦の日からであろう、突然敵軍からの銃弾が飛んでこなくなり、「戦争が終わったから山を下りて投降せよ」というビラが繰り返しまかれたという。内心では本当だろうと思いながらも皆疑心暗鬼で、結局皆で投降したのは九月に入ってからだったという。降伏した相手が中国軍で、ロシア軍に引き渡されなかったので、翌年か二年後くらい(正確にいつだったか聞いていない)に帰国することができた。父の一番下の弟はシベリアに抑留され、私が生まれた頃にようやく帰国できた。父のすぐ下の弟は戦死している。
いまさらいわれなくても、戦争はしてはいけないことは誰でもわかっている。それなのにどうして戦争が起きてしまうのか。そのことを高校生くらいから真剣に考え続け、大学に入ってからは近現代史と太平洋戦争についての本をたくさん読んだ。背景を知るために時代をどんどん遡っていった。戦争の悲惨さを語り継ぐのもいい。しかしどうして戦争が起きるのか、もっとみんな真剣に考えてほしい。歴史に学んでほしい。わかっていても起きてしまう戦争というものを、特に若者には歴史から学んでほしいと思う。そこから、では自分はどうしたらいいのか考えることができると思う。
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