読書と偏向
ヒトラーには蔵書が約16000冊あったと言われているが、終戦時の混乱で多くが散逸した。そのヒトラーの持っていた書籍の研究をしている人を中心にドイツとベルギーの放送局が作成したドキュメントを見た。彼がその蔵書のどれだけを読んだかわからない。彼の考えに共感した著者からの献呈本も少なくないようなので、蔵書の傾向に偏向が見られるのは当然であろう。
出だしのいくつかのコメントのなかに「読書しすぎると偏向するから、読書は必ずしもよいものとはいえないかもしれない」というような意味の言葉があった。読書とは何を読むか、どう読むかで、よいものか悪いものか大きく違ってくるということはある。だからこのコメントはあながち間違いではない。しかしヒトラーの蔵書がテーマである番組の中で語られると、あたかも読書は正しくないもののように聞こえたのが気になった。
ヨーロッパの白人至上主義は根深い。特に北欧ゲルマンを源流とした民族にその傾向がある。そうこの番組では解析していた。ヨーロッパにはそのような人種差別的土壌があり、それがナチスのユダヤ人絶滅政策につながったという見立てはその通りなのだろう。だからドイツ国民はそのナチスを拍手喝采して支持した。さらに優生学が正しいものとして推進された。健康で知的水準が高いものだけを淘汰していくことが人類のためにはよいことである、という思想は当然のこととして受け止められていたのだろう。そしてアジア人、黒人などは本質的に劣等である、という彼らの常識とそれが結びついていた。
あまりその話を突っ込んでいくと主旨と外れるし、日本だってその優生学的常識が当然だと思われていた時代があったし、日本人は世界に優れて優秀な民族だ、というのは子供の頃いろいろな形で聞かされていたものだ。
確かに偏向した読書は、いくら数多く読んだところでその偏向を修正することにつながらない。自分が偏向しているかもしれないという疑問が持てるかどうか。偏向する人間は自分に疑問を持つことが大抵できない。ヒトラーを引き合いに出して、偏向と読書をつなげて論じているかのような番組の組み立て方に、読書好きの私としてはいささか面白くない気持ちになった。本を読まないトランプたちのような反知性主義の福音派たちを見ていれば、この番組の言いたいことの反論になるのではないか。
« ウズベキスタン・ヒヴァの朝 | トップページ | 『ロボット』 »
「映画・テレビ」カテゴリの記事
- 遅ればせながら(2026.10.07)
- 『リグレッション』(2026.09.29)
- 『1911』(2026.09.28)
- 『ブラック・ショーマン』(2026.09.21)
- 『盤上の向日葵』(2026.09.17)


コメント