科学者の喜び
いままでとは桁違いに高精度の観測ができるジェームズウェッブ望遠鏡が二年前に宇宙に打ち上げられた。それにより従来の観測から得られたデータをもとにした仮説が次々に破られる観測データが得られている。それを若い研究者たちが嬉々として報告し、新しい仮説に取り組むために全力を傾けている。
放送大学の講師の誰かが、研究と論文について語っていたことを思い出した。研究するときにはテーマを決める。そしてそれについて先人がどんな研究を重ねてきたのかを精査する。そして自分がそれにどのような新しい知見を加えられるかを確認し、仮説を立てる。その仮説を裏付けるデータを取っていく。そのとき、仮説通りではないデータが得られることがあたりまえに生じる。そのときに仮説が間違っていた、とがっかりするようでは科学者ではない、という。仮説が裏切られたら大いなる喜びだ、というのである。そうしてさらに研究を深めて仮説を修正補強していくことこそが科学するものの醍醐味なのだという。
ジェームズウェッブ望遠鏡で得られた従来の仮説を覆すデータを前に、にこやかにその研究報告をする研究者たちの姿に科学者の喜びを見て、こちらも嬉しくなった。
しばしば人文科学や社会科学などで、学閥の頂点の学者の唱えた、通説となっている学説に反する発見や研究が発表されそうになると、通説に反するからと排斥され、その弟子たちによって闇に葬られてきたといい、いまもそんな話が続いているというのを漏れ聞いている。そういう学者たちは、そもそも学者の名をかたる資格がない。もちろん自分の仮説に都合のよいようにデータをいじる、などというのは論外の上の論外である。
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