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2025年9月

2025年9月30日 (火)

しのぎやすくなると

 当地の昼過ぎの気温はほぼ30度くらいにまで上がったようだけれど、南と北の窓を開けると乾いた風が吹き抜けて快適で、今日はたいへんしのぎやすい日だった。それなのにというか、それだから、なんだか身体も心もゆるゆるに緩んだ心地がして、何も集中して考えることができない。たまっていた夏の疲れもここで一気に放出されてきそうな気がする。過去の経験ではこういうときに夏風邪を引いたりする。そういえば娘の亭主が夏風邪気味だ、などと言っていたから気をつけよう。

 

 こういうときはルーチンが面倒だが、そういうことをおろそかにすると立て直すのに時間がかかる。年間のうちにあまり多くない、せっかくの快適な日々をもう少しゆっくり味わいたいものだが、しかしもったいないと思ったりするとおかしな焦り方をしてしまうのが貧乏性というものだろう。早めに風呂に入り、娘が土産にくれた鮭の塩辛の瓶詰めなどを肴に晩酌でもしようかと思う。今晩は予備に用意してあって結局封を切らなかった、飛騨の酒・白真弓でも飲むことにしよう。

『黄金』

 『黄金』は1948年のアメリカ映画。監督ジョン・ヒューストン、主演はハンフリー・ボガート。ハンフリー・ボガートといえば名作『カサブランカ』、ハードボイルドの『マルタの鷹』、そして『アフリカの女王』や『キー・ラーゴ』などがすぐ思い浮かぶ、大好きな俳優だ。それがこの『黄金』ではとことん落ちぶれた汚れた男を演じている。

 

 流れ流れてメキシコでくすぶり、人に小銭を恵んでもらったりして食いつないでるダブス(ハンフリー・ボガート)という男は、似たような生き方をしているカーティンとたまたま知り合い、安宿で金探しの老人の話を聴く。金は人を迷わせて時に狂わせる、という老人に、ダブスは、俺は金が多かろうが少なかろうがそれで変わったりしない、と豪語する。老人がすでに目星をつけた金鉱のありそうな山はあるのだがそのための資金がない三人だった。しかしいろいろ幸運なことがあった後に、なんとか金の工面をつけ、山賊の横行する危険な山へ分け入っていく。

 

 苦難の末に小さいながら砂金の取れる場所を見つけた三人は少しずつそれを採集していく。そうしてそれがたまっていくとそれを互いに分けて自分なりの隠し場所に蓄えていくのだが、ダブスは次第に仲間に対して疑心暗鬼になりだし、少しずつ常軌を逸し始める。そんな中、金探しの第四の男が現れ、仲間に加わろうとする。仲間に入れるか始末してしまうか迷っている時、山賊の集団が彼らの銃を奪うためにやってくる。

 

 さまざまなドラマが挿入され、ついに人間としての境目を踏み越えてしまったダブスは、金を独り占めしようとして恐ろしい行動に出る。その顛末は・・・。最後は金探しの老人の哄笑で終わる。人間の欲望の愚かさとむなしさを神のいたずらだといって嗤うのだ。「ダブスは悪人ではない。正直すぎる男なんだ」という老人の言葉が重い。

 

 映画の出だしのシーンでダブスがたびたび金をたかる紳士の役で監督のジョン・ヒューストンが出演している。金探しの老人役のウオルター・ヒューストンは監督の実父である。この映画でジョン・ヒューストンはアカデミー賞の監督賞、そしてウオルター・ヒューストンは助演男優賞をとっている。賞にふさわしい見応えのある映画だった。

2025年9月29日 (月)

『妻への家路』

 映画『妻への家路』は2014年の中国映画。原作のある映画で、監督はチャン・イーモウ、主演はコン・リー、あの名作『赤いコーリャン』のコンビ。原題は『帰来』である。文化大革命の中では信じられないほどの数の悲劇が中国の知識人を襲ったが、その一つの悲劇を丁寧に描くことで、その傷の深さと重さを痛烈に感じさせる。この映画を今製作して上映したら、現在の習近平政権はそれを許すだろうか。多分無理に思うがどうだろうか。

 

 自分の知る文化大革命についての知識とその事実、その怖さを強烈に体験できるとともに、現在もときにはこのような目に遭う可能性がある世界というものに、改めて恐怖を感じる。ある感動的な結末に期待を込めている視聴者は、このラストに何を感じるだろうか。

 

 もう一本、『パッセンジャー』という2016年のアメリカ映画を見た。ほかの星への移民宇宙船内で起こる出来事がドラマチックに、しかもスリリングに描かれている。かなりの迫力で楽しめた。ヒロイン役のジェニファー・ローレンスが理不尽な事態に翻弄されながら立ち向かっていく姿が、彼女らしい役回りで大いに楽しめた。彼女の最後の決断は・・・。見てのお楽しみ。映画っていいなあ。

祭りのあと

 昨晩は楽しい一夜を過ごせて幸せだった。例によって年甲斐もなくいい調子に飲んでしまった。祭りのあとの余韻とけだるさを感じながら、今朝はいつも以上に頭がぼんやりしている。疲れも残っている。娘にはずいぶん手伝ってもらいありがたかった。息子夫婦は今日から長野を旅行して、帰りにまた我が家に立ち寄るという。天気が良いといいのだが。

 

 思った以上にくたびれたので、今日はとにかく休養日としてぼんやりと一日過ごすことにする。

2025年9月28日 (日)

芋煮でも作ろうか

午後から息子夫婦が広島からやってくる。多分娘も来るはずだ。みんながそろうのは年に一回か二回しかないので、せいぜい楽しく過ごしたいと思う。息子は私同様お酒が好きなので、酒のつまみを何種類か用意するつもりだ。料理を一からするのは以前ほど手際よくできなくなったので、朝から作れば食べられるものや出来合いのものなども混ぜて、品数をそろえるように考えている。

秋だから山形の芋煮を作ろうかと思う。私も今年初めてだ。息子も娘も子供のときは大好きだった。息子の嫁さんはあまり食べたことはないと思う。しておこうと思いながら掃除もほとんどできていないので、これから一汗かこうと思う。皆が来るのが待ち遠しい。夜は雨らしい。

2025年9月27日 (土)

勘定が合わない

 スマホやニフティで、ポイントのつくクイズをすることがある。ポイントも雀の涙ほどではあるが、毎日少しずつためるとささやかながら蓄積されてうれしくないことはない。しかしその見返りとしてCMを見るのを我慢しなければならない。CMは嫌いだが、我慢する。しかしその頻度が次第に増えて、しかも一回の時間がときに30秒などというものが混じりだし、忍耐の限度を超えてきた。そういうときは精神の衛生のために即打ち切る。クイズを答える面白さとポイントがたまるうれしさを合わせた時、クイズが無意味なトリビアの知識を要求したり、勘定の合わない忍耐と無駄な時間を強要するのであれば、当然拒否することになる。

 

 スマホのアンケートも同様である。最近はむやみにたくさん答えなければならないもの、同じような質問が繰り返し繰り返し重ねられるものなど、こちらも次第に不快なものが増えてきた。多分アンケートの名を借りたCMなのだと気がついたので、アンケートはもう答えないことにした。情報を得る目的ならば、答えたくなくなるように仕向けるのは馬鹿なことである。確かにこちらは暇人だが、数ポイントを餌に我慢を強いられれば、勘定が合わないと気がつくのである。

意味が理解できないのは私が悪いのかと・・・

 国連総会での石破首相や岩屋外務大臣が演説の中で、パレスチナの国家承認について日本の立場を説明していた言葉が、私にはどういう意味かわからなかった。承認するけれど、今ではないのだ、という説明をしているようであったが、すでに前提として「承認する」という表明をしているのであれば、承認するということだろう。しかし承認しない、というのだ。理解できない。

 

 アメリカが反対するから、またはアメリカから承認するなといわれているから承認できないなら、承認しない、というしかないだろう。それを最初に「承認する」けれど、今ではない、などというのはアメリカもびっくりだろうし、もし見ていれば(見ていないだろうけれど)世界中が首をかしげただろう。なるほど日本の苦衷は理解した、などという国があるとはとても思えない。訳のわからないおかしな国だと思うに違いない。

 

 私はそう思って首をかしげていたら、昨晩のプライムニュースで、コメンテーターがあの演説をこき下ろしていた。誰からもなるほど、と思ってもらえない、日本外交の歴史的お粗末だ、というのである。なるほど、私の理解力のなさのせいばかりではないらしい。

 

 演説の前に打ち合わせを行い、いろいろ事前準備をしたであろう。その結果の演説草稿だろう。その草稿は外務省のプロが書いたはずである。それならそれが世界からどう受け取られるかわからないはずがない。その場合、どうしてそれでもあんな演説になってしまったのかについて愚考すると、石破首相、ないし岩屋大臣が強硬に主張したからかと思う。それともコメンテーターが言うように、外務省そのものがとことん劣化していて、お粗末なシナリオしか書けなかったのかもしれない。さらに勘ぐれば、その二人にとことん嫌気がさして、恥をかかせるためにわざとこんな草稿をかいた、ということもあり得ないことではない気がする。

 ところで野党でそのことに言及したものがあったのだろうか。そこで鋭く批判していればそれなりに評価したいが、このごろ野党のいうことをニュースで見るとうんざりすることが多くて、すぐテレビを消してしまうので確かめようがない。

2025年9月26日 (金)

どうでもいいことが煩わしい

 国勢調査の配布があった。まだやっていないが、ネットでやろうと思う。これでもし国勢調査を騙る輩がいても、笑い飛ばすことができる。

 

 それにしても相変わらず迷惑メールが波状的に送られてきて煩わしい。春にスマホがおかしなアプリによって、電話番号とメールアドレスとが流出したらしく、迷惑メールがどうにも止まらないが、今のところ実害はない。実害はないがひたすら消去するという手間がかかる。さらにこれはそれほど頻度は高くないが、スマホに不審な着信がある。スマホのセキュリティソフトが「不審電話の可能性があります」と知らせてくれるので出ない。

 

 知り合いはすべて登録してあるので、登録のないものは原則出ないことにしてあるし、固定電話は留守電にしていて、これも原則出ない。ただ、知り合いには高齢者もいるし、その身内もいる。登録していない人から何か大事な知らせがきている可能性もないではないが、やむを得ないといまはあきらめている。もしどうしても連絡したければそれなりの方法もあるはずだと思う。この歳になると不義理には鈍感でもしかたがないと思っている。私も、何かあっても今さら誰かにどうしても知らせたいというほどのこともない。

 

 一昨日のことだが、買い取り業者を名乗る大柄の若い男がやってきた。国勢調査かと思ってうっかりドアを開けてしまったが、違うことが分かったので早々にお引き取り願った。以前来た買い取り業者の男はしつこくて、追い出すのにうんざりしたことがある。やさしく応対せずに、ニベもない断り方の方が、お互いに時間の無駄がないようだ。 

強がり

 昨晩のBSフジのプライムニュースは、TikTokをたたき台にした、トランプと中国とのやりとりの解析がテーマであった。私はTikTokのようなものを見ることがないので、その面白さを知らないし知りたいとも思わないが、中毒性があるらしい。個人的な嗜好がデータとして収集されるとともに、何かのイメージを意図的にすり込むことも場合によって可能であるとの話には、いささか恐ろしさを感じた。だからアメリカはTikTokを禁止することを決め、中国側の提訴に対し、裁判所も提訴を退けて禁止措置を承認した。その禁止措置を停止させたのがトランプである。選挙に有用であるとのトランプの判断があるのだという。禁止しない代わりにアメリカに売り渡せ、というのがトランプの中国に対する要求であるらしい。

 

 中国はそれを外交カードに使うべく譲歩したらしいが、その情報管理をすべて放棄するわけではないらしいから、危険性は変わらない。とにかくトランプという人は日本や韓国、EUなどにはとことん強面(こわもて)でやりたい放題なのに、ロシアや中国にはいつのまにか譲歩してしまう。相手が自分の恫喝にびくともしないのを見るとどうしていいかわからなくなり、その強がりの化けの皮が剥がれてしまうようだ。インドやブラジルはそれを見越してけっこう強気である。

 

 日本やEUがトランプの言いなりに見えるのは、トランプが相手というよりも、アメリカという国そのものと決裂したくないという思いがあるからで、アメリカが最も大事にしなければならない国のはずが、やりやすいからとやりたい放題で、そんなことをしていればいつか見限られてしまう。今は力があるがその衰退は目に見えているし、その衰退をトランプは加速させている。アメリカが頼りにならないとなれば、ある日一斉にアメリカではなく中国の方を向くこともあるということに思いが及んでいない。理不尽な仕打ちには誰だって「今に見ていろ」と思うものだ。

 

 その中国の経済は、やはりあまり思わしくないようだ。体質的な過剰生産は解消されておらず、薄利多売を続けざるを得ないから売り上げは伸びているのに利益はあまり上がっていないようだ。アフリカ諸国をはじめ、発展途上国の多くは中国のばらまきを当てにしている。債務の罠だろうが何だろうが、当面金が手に入ればそれであとは知らない、というところだろう。中国はいったいどれほどの金をつぎ込んでいるのだろう。回収の当てのない金をばらまいてお山の大将になって、さて気がついたら財布は空っぽということになりはしないか。金でついてくるものは金がなくなればはなれていく。『杜子春』を読むまでもない。

 

 強権政治の果ての火遊び、さらに経済破綻が何をもたらすのか、歴史を見れば明らかだ。なんだか分断の中で騒いでいる世間の様子は、レミングの暴走に見えてくる。なんとなく、もうどうでもいいや、という気がしてきた。だからといって世の中には何の影響もないけれど・・・。

2025年9月25日 (木)

狙われた図書館

 NHKBSドキュメント『狙われた図書館』(フランス・カナダ制作)という番組を見た。番組が訴えていることをそのまま受け取ると、アメリカという国が恐ろしい国になったと思わされる。まさに図書館が、そして本が攻撃対象になるという信じられない光景を目の当たりにさせられたからだ。本好きで本なしでは生きる楽しみが半減するだろう私としてはとくにそう思う。そういえば日本の映画に『図書館戦争』(主演・岡田准一)というのがあった。あれはある意味で戯画的なものとしておよそあり得ない世界が描かれていたはずなのに、それが現実にあり得るというのは誠に恐ろしい。

 

 一部地域でのこととはいえ、アメリカがこのようなことになった理由はいくつかあるようだ。いわゆる児童向けの図書に対する無制限さ、とくにLGBTqについての性的なものが積極的に与えられすぎているのではないか、という一部の親の反発である。確かに番組の後半での問題点の指摘の中で、それが過剰で、目に余るという実情があったのであろうことが想像される。ただし、フランスとカナダが作った番組であるから、そういうものを制限することは良くないことだという問題点の取り上げ方である。

 

 そしてそのことが一部政治家によってことさらに誇大に取り上げられて、政争の具とされてエスカレートしていることも確かなようである。図書館の本を片端から取り上げて、文脈と関係なしに選別され、しかもその選別に反対したり反論すると図書館の司書や教師が職を失うことになる、などという実情が本当なら、それこそ恐怖である。あの『ちび黒サンボ』をよってたかって攻撃し、図書館の棚から排除した正義の主婦たちの拡大版である。正義に従い、自主規制の大好きなマスコミはこういうことに弱いものだ。

 

 この様子が番組通りの状況だとすると、新しいマッカーシズムがアメリカに到来しつつあるということかと思う。本に対する攻撃者がしばしばマルクス主義排撃と同じ文脈で本を攻撃していたことからもそう思わざるを得ない。トランプは自分に反対するものは左翼で、左翼思想は危険で排除しなければならない、と息巻いていた。まさにマッカーシズムで、それにキリスト教の狂信的反知性主義が重なっての本に対する攻撃のようである。

 

 日本ではさすがにそのような宗教的反知性主義は下地がないから今のところ心配はないが、『ちび黒サンボ』の例がないではない。悪書に対する排撃は案外たやすく燃え上がる。本など読まない人間ほど読まずにそのようなものに同調しやすいけれど、今のところマスコミがおかしなあおり方さえしなければ大丈夫だろう。アメリカの様子を対岸の火事として眺めることにしようか。アメリカはどこまで劣化するのだろうか。あきれるばかりである。

バブル的様相

 株価の変動を見ていると最近になって想像以上に上がっているように思える。日本の株価はアメリカの株価に連動していることは、株に詳しい人にむかし教えてもらった。そのアメリカの株価が最高値を更新し続けているのだから日本もそうだ、ということなのだろうが、どうしてもバブルがはじけて株価が三分の一くらいに急落した時の記憶が拭いきれない。

 

 当時は不動産、とくに土地の価格は必ず右肩上がりだという神話の中で、土地がうなぎ登りに高騰していた。その土地の値段がついに下落したことがバブルがはじけることにつながった。今、一般の人が購入するような東京の中古マンションの平均価格が一億円を超えているという。実際に買える人が次第にいなくなり、投機だけのための不動産に転じた時、その価格は崩壊するのではないか。それにしても一億円のマンションを買える一般人がいることが信じられない。金利が低いからいいが、無理してローンを組んで、金利が上がったらたいへんなことになる。

 

 日銀は大量の株を購入していた。それが日本の株価を支え、さらに株価を上げることに貢献したと言えるが、すでにその必要がなくなった状態となっている。無理して買った株の価格が高くなり、それを売れば大きな収益を生み出す。だから株を一部売り始めた。国家のためにはめでたいことである。もし金利を多少なりとも上げることになれば、国債の利払いに資金が必要である。それに充填するためにも利益は確保しておくにこしたことはない。まだまだ大量に保有する株の一部だけの売りらしいが、これは継続的に行われるだろう。そもそも持ちすぎていると言えないことはないから、ある意味で正常化である。

 

 しかし深読みすれば今こそ株は売り時なのかもしれない。そう皆が思い出した途端に株価は下がるだろう。上がりすぎれば下がる。当たり前のことで、たいていは過剰に下がり、慌ててさらに売る人が出るとバブルの崩壊の様相を示すかもしれない。

 

 アメリカの株価に連動するなら、今のアメリカのトランプ独裁政権が、このまま経済的に安泰であるのかどうか、極めて危ういのではないか。アメリカ以外の国が密かにアメリカから金を引き上げ始めて、気がついたらアメリカは張り子の虎、ということになりはしないだろうか。アメリカの信頼はどんどん低下しつつある。信頼できないものに誰が投資するというのだろうか。今のアメリカの見かけの公共そのものが私には信じられない思いがする。多分私が何も知らないからであって、それなりの理由があるのだろう。

2025年9月24日 (水)

ちょっと休憩

 昼食後、資料や本を広げて読んでいたら目が開けていられなくなり、目が痛くなってきた。ときどきこうなることがある。目が激しく疲労しているので、疲労回復用の目薬をさしてしばらくじっとしていた。目を開けても視界がかすんでいつもより回復が遅い。朝からテレビを見て本を見て、途切れることなく目を酷使しているから目が悲鳴を上げたのだろう。しばらくしたら元に戻った。

 

 仕方がないから、そのあとは目をつぶって横になって音楽を聴いていた。今日のお勉強はまだ半分しか済んでいないが、今日はここまでとしてちょっと休憩することにした。

 

 北側と南側の窓を開け放していると、北側から涼しい風が吹き抜ける。たいへん快適だ。ぼんやりしていると、つい無意識のうちに書棚の本を引っ張り出して読み始めている。耳から読書する、という方法もあることは承知しているが、私は印刷したものからでないと内容が頭に入りにくい。ディスプレイで読んでも同様で、一度プリントアウトしないとならない。紙に印刷されたものからの情報が一番理解できて、そして紙に印刷されたものが好きなのである。いまさらそれを変えようとは思わない。

ボケのしぶとさ

 少し前のことだが、何かの番組で欽ちゃんが長々としゃべって番組進行に支障が出たとか出なかったという話があった。その番組は見ていないし詳しい話も知らないけれど、妙に心に引っかかっていた。あの欽ちゃんが衰えて場をわきまえられなくなった、というようなニュアンスに聞こえた。

 

 坂上二郎とのコンビ・コント55号はおもしろかった。腹の底から笑ったものだ。ラジオで香坂みゆきと、送られてくるコントを演じて見せて批評していたのを聴いて楽しんだりしていた。それがやがてテレビの『欽ドコ』という番組になったと記憶している。坂上二郎を失っても、なんとか頑張っていた。欽ちゃんの芸はツッコミである、鋭く強くしつこいツッコミが身上である。だからそれを受けるボケがいないと成り立たない。天才的な坂上二郎がこれでもかというほどイジメ倒されてもヘラヘラしながら欽ちゃんのツッコミを受け続け、何も反撃しているわけではないのに、ついには感情的になって混乱したツッコミ側を破綻させていくという芸を嫌みなく演じて見せていた。

 

 鋭いツッコミにはそれを受けるボケ側のしぶとさがないと笑いは成立しない。ツッコミのしつこさだけが際立ってときには不快になってしまう。欽ドコなどから巣立ったラビット関根(関根勤)や小堺一機などはそれをとことん仕込まれたのだろう。欽ちゃんがしつこくてもそれを笑いに変えられるボケとしてしぶとく受け続けるという鍛え方をさせられたのだと思う。そうでないと欽ちゃんが浮いてしまう。

 

 そうして彼に育て上げられた芸人などから、いささか神格化されてしまった欽ちゃんに残ったのは素人いじりをする芸である。神格化されているから腹を立てるわけにも行かず、うまく受けられればよし、そうでなければともに笑われるだけである。素人も笑われることが恥ずかしいことではなくなったどころか、笑われることが誇らしげでさえあるというようになった。私は笑われるのが嫌いだから、そういうお笑いからは遠ざかった。

 

 今私がわずかに笑うことがあるのは『笑点』くらいだろうか。司会役でツッコミ役の昇太が、したたかだったり老練な出演者に翻弄される。しぶといボケたちが笑わせてくれるという王道を行くお笑いなのだと思う。

 

 欽ちゃんは自分のツッコミを受けてくれる相手をついに全く失って、どこへもツッコめなくなってしまった。その哀れさを想像した。

2025年9月23日 (火)

テキパキできない

 歳とともに立ち上がるのもスムーズにできなくなって、何かにつかまらないといけない。体重はあまり変わらないのだが、筋力が衰えた分だけ本当はもう少し体重を落とさないといけないのだろう。つかまったり支えたりするその手首が痛くなったりする。情けないが仕方がない。何かをするにもテキパキできない。頭ではこうしてああして、と思うのだけれど、実際に始めるのにしばらく時間がかかる。

 

 今度の日曜に息子夫婦が広島からやってくるのでその支度をしなければならないのに、そういうときほど別のことがおもしろくて後回しにしてしまう。そんなにきちんとしなくてもいいや、と思い始めている。ただ、できれば手料理でもてなしたいと思っているので、何を作るかは今考えているところだ。日本酒は一本だけ用意してあるが、もう一本必要だしビールも用意しなければ。娘にも連絡してあるが、天気が悪そうだし、亭主の仕事によっては(日曜に仕事があることもしばしばある)来られないかもしれない。みんなそろうとそこそこ飲むのだ。そろえばいいけれど。

 

 飽きっぽい私としては珍しいことに、お勉強はちゃんと続けている。お勉強がこんなにおもしろいものだとは知らなかった。気がつくのが七十年ぐらい遅い。遅すぎる。縄文時代について先日とは別の特別講義を見たら長野の尖石遺跡や、千葉の加曽利貝塚が紹介されていた。千葉県の佐倉にある歴史博物館にはなかなかいい展示品がある。弟のところからはそれほど遠くない。群馬県みどり市の岩宿遺跡も見たいのだが、展示資料館が修復のために来年まで休館に入ったらしい。残念だ。来月になったら体調を見ながら、千葉へ行こうかと思っている。

行きたいところ、したいことが多すぎて困っている。何をしていいかわからない人もいるらしいが、することがあるのはありがたいことだ。

感涙、『火事息子』

 我が家にテレビが来たのは、よその家より少し遅くて小学校五年生のときだった。それまではもっぱらラジオだった。ラジオドラマや音楽や相撲放送を楽しんだが、とくに好きだったのが落語を聴くことだった。それ以来の落語ファンである。新作落語より古典落語が好きで、一番好きなのが圓生であることは、以前にもこのブログに書いた。圓生のCDが三十枚ほどあって、眠れない時など、時々聴く。

 

 圓生の演目として聴いたかどうかわからないが、カセットテープで『火事息子』という落語を聴き、いたく感激したことがある。勘当されて「がえん」という、最下等の火消しになった息子が、実家の商家の火事に駆けつけて活躍するという話である。再会した両親と息子のやりとり、そこにそれぞれの思いが込められていて、いつも感動する。それを父親、母親、そして息子の立場から解析したことがある。自分なりにものを考えるということの面白さをそのときに知った。

 

 昨晩、寝そびれて、たまたま積んであった本の一冊を手に取ったら、それが江國滋の『落語手帖』という本だった。辰野隆(たつのゆたか)の序文が素晴らしい。引用したいところだが、少し長いのでやめておく。名文とはこういう文をいうのだ。そして本文の冒頭が『火事息子』なのである。私の解析よりも遙かに深い知識に基づく解析、思い入れ、それらに引き込まれて思わず涙ぐんでしまった。私の圓生のコレクションには『火事息子』はないので、『鹿政談』という好きな噺を聴いて心穏やかに寝た。

2025年9月22日 (月)

思っていたよりもおもしろい

 クリティカル・シンキングの講義は思っていた以上におもしろい。今回の第二回は統計結果の評価がテーマである。さまざまな統計について、その統計結果が信頼に足るのかどうか、そうでないのならどこに問題があるのか、また統計から導かれた推論は正しいのかどうかについて、具体例を元にさまざまに問題点を指摘していく。

 

 たとえば、暴力的なゲームをやりすぎると子供が粗暴になるのではないか、という危惧が言われて久しいが、そのことについて調べるために、そのようなゲームをどれぐらいやるのかその時間と、その子供の暴力的傾向とを統計調査した。そうしたらゲーム時間と暴力傾向が有意に相関するという明らかな統計結果が得られた。やっぱりそうか、ということになるのだが、これで暴力的なゲームをすると暴力的になるという推論は正しいことが裏付けられたのかどうか。

 

 この結果だけではその推論が正しいとは言えないという。

 

 そもそも暴力的傾向のある子供は暴力的なゲームを好む傾向があるのかもしれない。そして暴力を好まないおとなしい子はそもそもそういうゲームを好まないから、やらないのである。だからゲームをしたから暴力的傾向が助長されたかどうかは、この統計からだけではわからない、ということになる。こういう統計の使われ方はしばしば見られるのでよくよく注意が必要である。

 

 これからさらに心理学や社会学の知見や手法も加えて展開するのだという。たのしみだ。

水口にて

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資料館の前庭にかんぴょうがあったが、腐っているものが多かった。暑さに耐えられなかったのだろうか。片付けたほうが体裁がいいように思った。

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お堀の縁を見たら、彼岸花が咲いていた。暗がりを背景としているので赤が鮮やかだった。

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信楽は同じ甲賀市内であり、ここから遠くない。まだ行ったことがないので、一度行こうと思う。

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水口の歴史民俗資料館へ向かう。この先に無料駐車場がある。

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近江鉄道の水口城南駅。駅らしくない。左手奥が駐車場。その先の小さな踏切を渡ると、図書館内に歴史民俗資料館がある。

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この日は図書館が休館だったが、資料館は開いていた。良かった。資料館は有料。お城との共通券を買っておけば安い。右手は巌谷小六、巌谷小波親子の資料が展示してある。ここが出身地なのだ。巌谷小六は水口藩士で書家、巌谷小波は有名な作家。永井荷風が尊敬していた。しばしば訪ねていて、その子息とは友人だった。

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水口宿について。

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旅人の必携品。

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古墳もあったのだ。

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曳山祭の山車。

このあとまだ昼前だったので、日野の商人町(近江商人の町)でも見に行こうと思っていたが、暑さで思いのほかに疲れていたので、昼食を摂ってそのまま帰路についた。この周辺にはまた行きたいところがあるので機会があれば訪ねるつもりである。

2025年9月21日 (日)

次の講座に移る

 放送大学の講座『初歩の数学』と『歴史の中の人間』、それぞれ15回を見終えた。初歩の数学は確かに初歩的な、つまり基礎から丁寧に概説くれていたので、半分ぐらいはついて行くことができた。三角関数や微分・積分についてもそういえばこんな勉強をしたなあ、とおぼろげに思い出した。『歴史の中の人間』の最後のほうでは、朴正熙やヘミングウエイが取り上げられていた。韓国の現代史には少し興味を覚え始めたところであり、今読み始めたノーベル文学賞を取ったハン・ガンの『少年が来る』という小説は光州事件を扱っている。ヘミングウエイについてはキューバに行った時に、彼が延べにして20年間も暮らしていた家を訪ねたことがある。その家は今は記念館になっている。この講義でヘミングウエイについての認識が少し変わった。

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 これで六講座修了。新たに今日から『初歩の物理』と『より良い思考の技法』という講義を見始めた。物理は苦手だが、基礎からわかりやすく教えてくれそうなので、なんとかついて行けるところまでついて行こうと思う。『より良い思考の技法』というのはクリティカル・シンキングというのだそうで、ものを正しく考え、判断する技法のことを言う。論理的で偏見のない、そして人にだまされない思考法が身につけばありがたいと思う。ほかにも特別講義や古い講義の中からおもしろいものが再放送されたりするので、丁寧に見ているとけっこう時間がかかる。そしてそれが案外おもしろい。

水口城址

水口城についての前回のブログに間違いがあった。申し訳ありません。加藤氏がこの水口の城を預かったのは徳川将軍からで、豊臣時代から100年近く後のことである。もともと石見国の領主だった加藤友明が徳川氏によってこの地に移封されたのは1682年だった。友明の祖父嘉明は賤ヶ岳七本槍の一人なので、つい勘違いしてしまった。

徳川家康が度々東海道を通って京大阪に上る時にこの水口を宿営所とした。その後秀忠も家光もここに宿営した。そういう大事な場所なので、この一帯は直轄領であった。そして家光上洛のときにこの水口の地が現在のように新築整備された。ただし、整備されてからは一度しか家光はここに宿泊していないのだという。

その後直轄地から加藤友明の転封先として拝領されて水口藩領となった。戦国時代、水口には元々の古城があった。岡山水口城という。城は破却された。実はこの水口城も明治以降に破却されて堀のみ残し公園になっていたのだが、現代になって隅櫓とその周辺を再建して往時を偲ぶ記念館となっている。

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お堀に架かる橋を渡って城内に入る。

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櫓が資料館になっている。

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資料館内部。

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向こうの山の上に岡山水口城があったのだと資料館の人に教えていただいた。実際は写真ほど近くない。

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2025年9月20日 (土)

『岸辺の旅』

 『岸辺の旅』は2015年の日本映画。監督・黒沢清、主演・深津絵里、浅野忠信、共演・小松政夫、柄本明、蒼井優、奥貫薫など。

 

 原作は湯本香樹実である。彼女の作品は『夏の庭』、『ポプラの秋』の二作を読んでいて、どちらも読んでよかったと思える小説だった。『岸辺の旅』は未読だが、好きな深津絵里が出るので、期待して見た。死者と生者が同時に存在するという、たいへん不思議な映画なのだが、不思議ではないと思わせてくれるのは、監督も役者も素晴らしいからであろう。

 

 失踪して三年の夫が突然帰ってきて、自分はすでに死んでいるのだという。そして妻を連れて以前世話になった人のもとを訪ね歩く旅に出ることになる。それぞれにさまざまな人生があり、夫婦であっても知らなかったことなども明らかになり、人との出会いの中で、静かで豊かな時間が過ぎていく。やがて来る永遠の別れ。それを互いに静かに受け入れていく。いい映画だった。

 

水口町にて

土山の田村神社に参拝した後に、東海道の土山宿の本陣を訪ねようと思ったが、中を拝見するには予約が必要らしいので、断念して水口に向かう。水口には水口城址がある。

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ここ、甲賀市は平成十六年に土山町、水口町、甲賀町、甲南町、信楽町の五つの町が合併してできた市だそうだ。

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水口町の名物はかんぴょう。

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水口城址の中は十時にならないとは入れないらしく、少し時間があったので近くの神社に立ち寄る。

ここは藤栄(ふじさか)神社。豊臣秀吉からこの地域を拝領した加藤氏ゆかりの神社である。

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嘉明桜と呼ばれる大きな桜。加藤嘉明が植えたものと言われていて、地元の人はかめいざくらと呼ぶらしい。

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水口城の隅櫓(すみやぐら)。この水口城にはもともと天守閣はなかった。水口城の歴史についてはあとで説明する。

本日は夏の間に少し変更した部屋を、普段仕様に模様替えする。だいぶ乱雑になったので掃除を兼ねて、きょうは少し汗をかこうと思う。

2025年9月19日 (金)

田村神社

滋賀県甲賀市にある田村神社を訪ねた。坂上田村麻呂を祀っている。東海道の土山宿に近いところにある。

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拝殿。

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本殿。

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神馬。

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由緒書きが見当たらないのでこの神社のいわれがよくわからないが、確かこの近くの化け物を退治したという話があったと思う。

神様にはかなわない

 イスラエルのガザへの攻撃は終わる兆しが見られない。ハマスが壊滅するまでは攻撃を続けると言うが、ガザに住むパレスチナ人はほとんど無差別に殺され、食料も足らず、けがや病気も十分に治療できないでいるから、当然イスラエルを恨むだろう。ハマスはいくら殺され続けても、新たなハマスが生まれる状態になってはいないだろうか。それなら殲滅戦にならざるを得ない。イスラエルに対して多くの国がやり過ぎを非難しているが、イスラエルのネタニアフ政権を支える右派や過激宗教は、これは神の思し召しだと主張して、さらにヨルダン川の西岸地区の接収に動き出している。過去の約束はすべて反故にされていく気配だ。

 

 国際法を盾にイスラエルを非難しても、国際法よりも神様のほうが上位にあるらしいから、非難は彼らに届かない。勢いに乗って、ユダヤが最大地域を支配していたソロモン王の時代の領土の復活を目指すのだと、公然と言い出したという。エジプトの一部、ヨルダンやサウジアラビアの一部まで含む、広大な地域は神が支配を約束した地だという。神様が約束したのであるから、他国が文句を言う筋合いはないのだと言いたいのだろう。

 

 これをイスラエルの国民の多くが支持しているのかどうか。ユダヤ人は長い間迫害を受け続けるという歴史をたどってきた。その恨みを晴らすのだ、という気持ちがあるのだろうか。だからユダヤ人というのは・・・という見方が世界に強くなって行き、再び迫害を受けかねないという危惧を感じないのだろうか。今はたまたまトランプのアメリカという強い後ろ盾がいるからいいが、神様の約束を旗印にこのまま突き進めば、いつかその報いを受けて、再び長い不遇の時代を招来しかねないと不安に思わないのだろうか。弱みを見せれば国そのものを危うくすると考えているともいう。それこそがネタニアフが後戻りのできない泥沼にイスラエルを追い込んだ理由だろうが、出口はあるのだろうか。

 今回のガザ地区攻撃の直接の理由は、ハマスの攻撃と捕虜略奪にあるが、そもそもそんな攻撃を許すはずがないほどイスラエルのモサドは完璧な諜報組織なのに、どうして察知対処できなかったのか不思議だとも言われている。私には政治的な危機にあったネタニアフがその事件で救われ、それを好機に攻勢に出て紛争をなるべく長引かせようとしているように見える。それに乗じて右派や急進的宗教派が神を騙って領土的野心を展開している、と見てしまう。アメリカはそれに加担しているが、それでいいのか。そして日本はアメリカに配慮してイスラエルを非難できないでいる。国の利益が絡んでいるとはいえ、情けないことだ。

2025年9月18日 (木)

アメリカの歴史

 アメリカの歴史のことをあまり知らない。せいぜい中学生レベルの知識しかない。たまたまEテレの高校講座の中に、アメリカの独立から南北戦争にかけての講義が何回かに分けてあって、初めて知ったことがたくさんあった。以前にもこのブログに書いたことがあるけれど、日本に開国を迫ったアメリカが、明治維新にあまりかかわらなかったことに気がついたら、そういえば南北戦争に忙しかったからであることを知った。

 

 咸臨丸が渡米したのは1860年、南北戦争が1861年から1865年、明治維新が1868年である。アメリカは日本に関与する余裕がなかったのである。もしそうでなければたぶん大いに関与して、明治維新は違うかたちになったかもしれない。

 

 放送大学では、以前アメリカ史の講座を全15回でもうけており、先日、それが再放送されていたので録画して保存してある。それを通して講義を聴いたら、もう少しアメリカについてしっかりしたイメージを持つことが出来るかもしれない。アメリカ先住民についても、映画で知ったことがいろいろあるけれど、もう少し何があったのかを史実として知りたいと思う。

 

 高校講座で、南北戦争の争点にもなった奴隷制度の背景の、三角貿易について知った。そして、ブラジルは黒人が多いのに、隣国のアルゼンチンには白人が多くて黒人がいないことの理由も初めて知った。多少は分かっていたつもりだったが、ほんとうに知らないことや、つながりを知らずにいたことだらけだ。一度では理解できないから、繰り返し視聴して、自分なりに考えたいと思っている。

知らないことだらけ

 毎回楽しみに見ていた、三ヶ月でわかるアインシュタインという番組がついに終了した。宇宙についてわかっていること、わかったこと、そしてまだわからないことをイメージしやすく教えてもらった。新たに何かがわかればわかるほど、さらにわからないことが増えていく、というのが宇宙で、それに対して果敢に挑み続ける科学者たちに敬意を表したいと思う。そうして自分が知らないことだらけであることも教えてくれたこともありがたいことであった。

 

 放送大学の、歴史の中の人間では朝鮮最後の皇帝(清国との関係が切れた途端皇帝を名乗った)高宗がとりあげられた。19世紀から20世紀にかけての朝鮮半島でどんなことが起きていたのか、清国、世界列強、そして日本、さらにロシアとの関係の中で、朝鮮王朝の迷走(大院君や閔妃も大きく関わっている)と時代錯誤的な行動が朝鮮半島に住む人々に何をもたらすことになったのか、わかりやすく教えてもらった。日清戦争がどうして起きたのか、そのことは多少承知しているつもりだったが、その真相とも言うべきもの、その激変の中での有為の人間たちの死など、日本の幕末や清国の末期との重なりに、歴史の重みを強く感じた。本当に私は何も知らなかったし、この講義は高宗に光を当ててのものであるが、視点を変えればまた全く違う世界が見えてくることだろう。

 

 ところでこの講義を韓国の若者たちが視聴したらどう感じるだろうか。そもそもこのような歴史を衆知のものとしているのだろうか。人は何でもかんでも知るというわけにはいかない。ものを知らない私が言うのも何だが、多少の歴史、とくに現代に至るまでの自国の歴史、世界の歴史くらいは多少知っておくことが必要だと思う。日本の若者はもちろんのことである。

2025年9月17日 (水)

小芋

 小ぶりの、一口で食べられそうな泥つきの小芋のパックが安く売られていた。もちろん里芋である。この時期だとたいてい里芋を見ると芋煮を作るのだが、あまりにも小ぶりで、これを一つ一つ皮をむくのはわずらわしい。それに私の包丁の技量では食べる部分が大幅に減少してしまう。久しぶりにふかして食べようと、洗って今蒸し器にかけたところだ。

 

 子供の頃は母がよくこれを作ってくれた。端をちょっと切れば、つまむと皮がつるりとむける。これを千葉の地元では「おっぺし」といっていた。おっぺすというのは方言で、押すことをいい、とくに九十九里では砂浜にあげてある地引き網を引く船をみなで海に押し出す作業のことをおっぺしといった。今は観光用でたまに地引き網をすることはあるらしいが、もうその漁法では魚がほとんど獲れないという。

 

 小芋をショウガ醤油にちょっとつけて食べる。素朴で美味しい。今から楽しみだ。もう少し大きな芋だったら今度は芋煮を作ろうと思う。大学が山形だったから、とにかく秋は毎週のようにいろいろなグループの芋煮会に参加していた。河原で石を積んで即席のかまどを作り、芋と牛肉を煮る。秋が来て、もうすぐ冬だなあと思ったものだ。河原で飲む酒は不思議なほどいくらでも飲めた。

見直した

 『夏目アラタの結婚』という2024年の日本映画を見た。冒頭に、強烈にグロテスクなシーンがある。人体をバラバラにする連続殺人犯として品川真珠という若い女が逮捕される。逮捕された時には顔にピエロの化粧をしており、肥満したその姿から品川ピエロと呼ばれ、センセーショナルな事件として話題を呼ぶ。

 

 児童相談所の児童福祉司、夏目アラタ(柳楽優弥)は被害者の一人だった男の息子の少年からある依頼を受ける。バラバラ死体はどれも死体の一部が発見されず、少年の父親は頭部が発見されていない。そのありかを聞きだして欲しいというのだ。その依頼を受けて本気で引き受けてしまうのが夏目アラタという男で、面会すら困難な容疑者からどうすればそれを聞き出すことができるか考えた彼は、彼女に結婚を申し入れる。弁護士(中川大志)を通して彼女との面会が許され、彼女を実際に見てアラタは驚愕する。報道された肥満してピエロの化粧した女とは似ても似つかぬほっそりとした女性(黒島結菜)がそこにいた。

 

 ここから彼女の生い立ちが明らかにされ、その彼女の長い裁判と、アラタとの虚々実々の駆け引きが始まる。そして信じられないことを信じ始めたアラタの暴走が始まる。

 

 話は一体どこへ落ち着いていくのか最後までわからない。それにしてもやはり柳楽優弥というのは傑出した俳優だと思う。こういう無茶なトンだ男を演じてもちゃんとリアリティがある。それと、私は朝ドラで見た黒島結菜という女優がどうしても好きになれなかったのだが、この映画での怪演を見て、おおいに見直した。

 

 元々は漫画が原作である。現実的には納得しかねる展開の部分もあるが、大変衝撃的でかつおもしろい映画だった。

目は覚めるけれど

 夜中に目が覚めると寝られなくなり、そのまま起き続けるか、二三時間起きていてそれから二度寝するという生活が続いていたが、夜中に目は覚めるけれど、しばらくじっとしているとまたそのまま寝られるようになってきた。やはり十分寝た実感があって、朝の心身の調子はそのほうがずっとよい。

 

 ちょっと出かけたいと思っているのに、つまらない雑用で在宅しなければならないことがあり、今週出かけるのは妻の病院へ行くことだけで終わりそうだ。その代わり、毎日テレビ三昧である。もちろんリアルタイムで見るのは朝晩のニュースだけで、録画した番組を見る。大半はEテレの高校講座と、放送大学の講義などに時間を費やす。ドラマは真野響子がおるいを演じる『御宿かわせみ』が毎週楽しみである。古いものの再放送だができのよいドラマで、平岩弓枝の原作もすべてそろえていて全部読んだから、ドラマの描く世界は頭の中に形成されているのだ。アニメの『SAND LAND』(byNHK)も毎週楽しみにしている。鳥山明原案のこのアニメはとてもおもしろい。次回はいよいよクライマックスである。読書もしたいから映画がなかなか見られない。それでも何本か見たので、次回はそのことを書く。

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2025年9月16日 (火)

徳川和子

 放送大学の『歴史の中の人間』で徳川和子が取り上げられていた。これで「とくがわまさこ」と読む。徳川和子は二代将軍の徳川秀忠の娘で、母親はお江(ごう)であるから、三代将軍家光の同母妹にあたる。ちなみにお江は淀君(茶々)の妹で、父親は浅井長政、母親は信長の妹のお市である。祖父の家康の考えで、幼少のときから後陽成天皇の息子(後の後水尾天皇)のもとに嫁ぐことが決められていた。

 

 天皇家と将軍家(秀忠)との間に多少の軋轢があり、実際に天皇家に嫁いだのは和子が十四歳になってからである。その間に後陽成天皇は崩御していて、すでに後水尾天皇は践祚されていた。和子は天皇との間に二男五女をもうけたが、成人したのは一男一女のみ。その一女である娘が後水尾天皇の次の明生天皇である。徳川家としては徳川の血を引く男系の天皇の誕生を望んだが、かなわなかった。後水尾天皇は譲位してから五十年以上上皇、そして法皇として実権を握り続け、子供も三十人を超え、和子ではない女性の息子が次々に天皇に践祚された。

 

 番組ではその輿入れのときの二条城から宮中までの長い行列の様子を描いた洛中洛外図が示されていた。彼女が何を感じ何を考えていたのか記録はないが、その生涯と時代背景、宮中の記録を突き合わせての彼女の境遇を推察していくことで、一人の女性の姿が浮かび上がってきた。なかなかよい講義であった。

 

 蛇足ながら昔(昭和時代)のNHKに『歴史探訪』という番組があって、大変おもしろくて為になり、見るのを楽しみにしていたが、現役時代であるから見られないことが多く、今のように録画をすることもかなわず実に残念であった。人物を取り上げる番組であった。長く続いた番組で、それをシリーズで本にして出版もされていた。何冊か購入して楽しみに読んでいた。それもすでに処分してしまった。格安で古本屋で見つけたら購入してもいいと思っているが探して取り寄せるほどでもない。この講義でそのときのことを思い出した。

きょうも猛暑

 当地、尾張西部のきょうの最高気温予想は37℃と、まるで亜熱帯地区みたいだが、それでも朝晩は少し気温が下がりだしていて、エアコンをつけっぱなしだと夜中に肌寒く感じられるようになった。日が短くなってきたから当然太陽から来るエネルギーも減っているわけで、やはり秋はもうそこに来ている。そういえば先週岩屋ダムを見に行った時には赤とんぼが飛んでいた。セミはとっくに鳴かなくなっている。

 

 夏バテの体も疲れが少し和らいで、心身ともに少し積極的になってきた。読書にもお勉強にもいい季節だし、先週の温泉行がきっかけで、出かける意欲もわいてきた。それがしぼまないうちに、とにかく近場からでもいいから出かけてみようと思う。どちらにしても今週は入院している妻の病院に行かなければならないから遠出はできない。放送大学の講義も中断していたが、きょうからきちんと継続するつもりである。

 

 昨夜は『海洋生態学と微生物』という特別講義を見た。植物プランクトン、動物プランクトン、小魚、それを捕食する海獣や大型魚という従来の生態系のサイクルのイメージが今はずいぶんと詳細に研究され、大きく変更されつつあることを知った。研究している人たちはどんどん成果を生み出していて、やりがいがあることと思う。今まで見えなかった世界が今初めて明らかになりつつある。見ていてこちらもわくわくした。

Dsc_6059_20250916081601南紀三段壁

2025年9月15日 (月)

敬老の日

 本日は敬老の日。私も今年から後期高齢者なので、マンションの自治会の敬老会の集まりに招待された。このマンションにも後期高齢者はたくさんいるが、集まりに参加する人は一部の人だけで、多くは参加の代わりの商品券をもらうだけとのことである。その参加した人も夫婦で来ていたり、日頃ある程度の交友のある人たちが多く、私のように会釈することのある人はいるものの親しくしている人のない独居老人は少なかった。

 

 だからささやかな会食でも、当たり障りのないわずかの会話だけである。ただこれで会釈を交わす人が何人か増えたということでよしとする。

 

 会が終わってから『落下の解剖学』という2023年のフランスの映画を見た。カンヌ映画祭のパルムドール賞を取った作品ということで期待して見たが、期待通りであった。転落死体で発見された男の死が、妻による殺人なのかそれとも自殺なのか、それが詳細に検証され、夫婦の子供である盲目の少年の証言なども含めて、真実はいつまでも曖昧なまま進行していく。長い映画だが、最後まで緩みのない傑作だと思う。ここまで行くとミステリーという範疇を超えている。

『つぎはぎ仏教入門』

 呉智英の『つぎはぎ仏教入門』(ちくま文庫)という本を読んだ。もともと2011年に単行本として出版されたものが案外好評で(be著者)文庫化されたものだという。仏教徒でもないし、仏教の研究者でもない著者の本であるけれど、仏教をとくに研究するのでもない限り、仏教について知りたければこの本で十分かと思う。

 

 釈迦が仏教の開祖である。そしてそこからさまざまな考えが付加されて変形増殖していって、今では全く相矛盾しているかのような宗派やお経が生み出されている。もともとの釈迦の言葉、考えとは何だったのか、それを原点としてそれぞれの宗派やお経について簡単に要約してある。大乗仏教といい、小乗仏教と言うが、それはどういうものでどう違うのか。著者自身の考えとそうでない考えがあるだろう。著者が考えたこと、要約してくれたこと、それを手がかりに自分自身なりの仏教について把握すればいいだろうと思う。

 

 仏教には役割があるだろうと著者は言う。今、檀家制度がなし崩しに崩れて寺の経営が成り立たなくなりつつあるという。そんな中で仏教界は原点に返って真剣に自分自身の存在意味を見つめ直す必要があるのではないか、という問いかけは重い。歳をとると宗教に親和していくという。煩悩というものが歳とともに顕在化して感じられるからかもしれない。煩悩とは執着であると仏教は言う。そこから自由になり楽になるためにどうするのか。人は過去の自分の行いを振り返るとその重さにふと気がつくのだ。そして来るべき自分の終わりを見つめるときが来る。

2025年9月14日 (日)

顔ぶれは立派でも

 『和辻哲郎座談』(中公文庫)という本を読了した。倫理学者の和辻哲郎(『古寺巡礼』などで有名)のまとまった文章は読んだことがないが気になる人の一人である。だからこの本を読んだのだが、あまり得るものはなかった。

 

 座談というのは対談も含めるらしい。1935年から1955年くらいまでの、和辻哲郎が参加した太平洋戦争前後の対談や座談会が収録されている。多士済々で、有名どころで言えば、安倍能成、内田百閒、高坂正顕、幸田露伴、小宮豊隆、斎藤茂吉、志賀直哉、竹山道雄、辰野隆、谷崎潤一郎、寺田寅彦、徳田秋声、長與善郎、長谷川如是閑、柳田國男など。しかしながら、有名どころがたくさんいれば座談の内容が素晴らしくなるかといえば、必ずしもそうでないらしく、互いが勝手に言い合っているだけで議論が少しも深まった気配がない。

 

 とはいえ一対一の対談でもあまり内容があるわけでもないのは、必ずしも和辻哲郎に問題があったわけではなくて、テーマの選び方や選んだ相手が悪いのだろう。この対談や座談が時系列で並んでいたならそれなりにあの戦争を各人がどう捉えたのか読み取れるのだが、それがバラバラだから、みんな何か大きな災害が頭の上を通過しただけ、というように捉えているように見えてしまう。自分の問題として深く考えたのか考えなかったのか、それがこの座談からは読み取ることができない。

 

 内田百閒や志賀直哉、柳田國男など、私なりに日頃評価している人たちもこの座談では精彩を欠いている。夏目漱石に関しての座談でも、珍しくこのような会に加わった内田百閒(漱石の最後の弟子とも言われる)は半ば過ぎまで一言も発しないし、意見を求められてもあまり熱のない答え方をしていた(先輩に遠慮していたのかもしれないが、らしくない。おもしろくなかったのだろう)。内容を読み取る力が私に足らないからかとは思うが、この本は私にとって時間の無駄だった。

サマルカンドの市場寸景

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朝寝坊

 朝、宿を引き払い、昼過ぎには帰宅。なんとなく日常への復帰に手間取り、しばしぼんやりする(ぼんやりしているのはいつもの事だが)。なんとか気を取り直して、たまっている録画を、見やすそうなものから片付けていく。高校講座(一つ20分)を五つほど見る。やはり歴史関係のものがおもしろい。放送大学の『ジオストーリー』と『方丈記と徒然草』をディスクに落とす。直接ディスクに保存してもいいのだが、この頃ブルーレイディスクレコーダーの調子が悪く、しばしばエラーを起こすので、間違いがないハードディスクに一度録画しておくことにしている。

 

 酒を抜こうと思ったが、気がついたら濃いめのハイボールを飲んでいた。何かが溶けていく気がした。酒のおかげで早めに就寝したのだが、夜中に目が覚める。眠れそうもないので、読み残しの本二冊を読了する(『和辻哲郎座談』、呉智英『つぎはぎ仏教入門』)。

 

 おかげで今朝は朝寝坊した。きょうは洗濯ができるだろうか。

2025年9月13日 (土)

『沈黙する知性』

 内田樹と平川克美の対談本『沈黙する知性』(夜間飛行社)を読了した。「みんなが感情的になっているときは発言したくないというのが正直な気持ちだね」ということばに同感である。感情的になると複雑な思考が出来なくなり、善か悪か、損か得かという二元論に話が落とし込まれてしまう。百家争鳴、互いが自分の主張を声高に言い合っているのを見ると、あたかも議論が白熱しているように見えるけれど、実はそこには自己主張と相手の非を鳴らすことのみあって、相手の話を聞くという知性的営みがみえてこない。

 

 本物の知性は孤独な沈黙の中で、「ありえたかもしれない世界」を想像しているのだ、ということばは、世界の見方を変える。こんな世界ではなかったかもしれない世界を、現実世界の向こうにオーバーラップして見る力、想像する力という考えに感じるものがある。

 

 むかしコリン・ウィルソンという人の著作にはまったことがある。後にオカルトや猟奇殺人などの方向に走ったのでついて行けなくなった(途中までついて行ったけど)が、最初に読んだ『アウトサイダー』という本にとにかくしびれたのだ。アウトサイダーというのはアウトローではない。普通の人が無意識で生活しているときに、意識して生きている人、ということなのだと私は了解しているが、それはつまり覚醒している人、という意味である。気がついてしまった人、当たり前にみえている世界を一皮めくってしまった人という意味である。

 

 その覚醒している人、アウトサイダーと、この『沈黙する知性』に書かれている「本物の知性」は、ある意味でつながる気がしたがどうだろうか。本物の知性として何人かの名前が挙げられている。その最後にとくに吉本隆明が語られ、その系譜を継がなければならないと結んでいるが、学生運動出身者らしいことばだ。それはともかく、呉智英にこき下ろされていた吉本隆明、私には全く歯が立たなかった吉本隆明に俄然興味が湧いてきた。なにしろ呉智英は吉本隆明をこき下ろすためにとことん詳しく読み解いてくれたので、ちょっとだけ分かり始めてしまったのだ。

市場(1)

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機会があればどこを訪ねても市場に行く。そこの生活がほの見え、感じられるからだ。

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もう少し歩く。

昨日は終日雨

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宿の窓の正面は山。

昨日は終日雨、ときどき雷が鳴った。山の雷は山にこだまするから結構迫力があり恐ろしい。

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左手奥。駐車場の車はこの日帰り温泉の客のもの。雨だから少ない。来るのはおじいさんばかり。こちらもおじいさんだけれど。

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よく見ると馬瀬川がみえるのに気がついた。

本を読むと肩がこる。肩がこると本を読むのがつらくなる。結局残りの三冊はみな半分以上読み進めたけれど、読了できなかった。帰ってからゆっくり読むことにする。

2025年9月12日 (金)

内側から差す光

 梨木香歩の随筆(『やがて満ちてくる光の』)を読んでいて、その光景がまざまざと脳裏に浮かんだ部分を引用する。彼女がまだ若いころ、イギリスの田舎で下宿して過ごしていた頃の話である。

 

 私の下宿の大家は無教会派に属する宗派であったので、むろん協会へは行かない。だが、そういう文化を味わわせてやろうと親切な隣人が、イブの日の深夜、私を聖公会の教会のミサへ連れ出してくれた。しんとした真夜中、夜道をオレンジ色の街灯の光が照らす中、町外れの丘にある教会まで歩いた。砂利を踏みしめる音だけが響く静寂の中、丘の近くまできて息を呑んだ。夜の闇に、教会のステンドグラスがうつくしく内側から発光していたのだ。私はそれまでステンドグラスというものは、外側から射す陽の光で内側にいる信者に感銘を与えるためのものと思っていた。けれど、こんな闇の中では、外側の闇にいるものに届く光でもあったのだ。
 もうあの教会へ続く野の小道もなく、人びとは車で教会の駐車場に乗り込む。ミンスパイを作っていた人びともほとんど鬼籍に入ってしまった。
 けれど私の記憶の中には今でも、あの、北の国の深い深い群青の夜空と、凍えんばかりの清冽な寒さと、まるで内側に光の満ちた宝石箱のように発行する教会が存在する。時の彼方に過ぎ去っても、まだそこで光り続けている。

 

 明治村には車で行けばそれほど遠くないので、たびたび行く。明治村にはいくつか教会が移築されていて、見事なステンドグラスが見られるものもある。いつもそれに魅了される。それをもとにこの文章に書かれた光景を想像し、私も寒夜にそれを見た心地がした。

黄金の天井

輝きに圧倒される。

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どこをとっても絵になるので、もっとたくさん写真を撮ったがきりがない。

このあと、市場に行く。

終日読書

 昨朝、宿の窓から見える景色は雲に覆われていて(目の前が山なので、文字通り雲が空から覆い被さっていた)、これは終日雨かと思われたが、案に相違して次第に明るくなり、ときどき日が差す好天となった。散歩に良さそうだが、散歩に出るには着替えしなければならず面倒なので、そう思うだけで実行せず。今朝は窓を叩く雨音に目が覚めたがいまはおさまっている。予報では本日は終日雨らしいが、どうだろうか。そう書いているうちに雷が鳴り始めた。

 

 テレビはニュースを見るために一二度つけただけで、読書したりうつらうつらしている。そもそもここに来て世間と縁が切れた心地がしていて、ニュースに少しも関心が動かない。今回は本を五冊持参している。たいてい一二冊読めればいい方で、もってきてそのまま持って帰ることが多いのだが、読みかけた本もあったので、昨晩までに二冊読了。もう二冊くらい読めそうな気がする。

 

 永井荷風の『断腸亭日乗』第二巻をようやく読了した。大正十五年(昭和元年)から昭和三年までの日記である。岩波文庫では今回すべての『断腸亭日乗』をあらたに刊行しつつあり、全九巻となる予定である。先日第四巻まで出版されたので入手した。第五巻は来春だろうか。年内には第三巻まで読み終えて、第四巻に手を付けたいと思っている。

 第一次世界大戦のあとの好景気により、東京は沸き立っていたが、そこへ関東大震災が起きてその復興のための負担と好景気の終了により世間には暗い影が差し始める。社会不安が次第に増大し、とげとげしい雰囲気になっていく。人々の自己主張は激しくなり、マスコミや主義者が幅をきかせていく。荷風はそんな東京市中をひたすら歩き回る。東京の変貌は止まらない。傍観者荷風は自身の心身の衰弱をしきりにうったえる。だから創作はほとんど出来ない状態に見える。それでも日記に書かれた読書の量は多い。外国の本や古書店で手に入れた先人の書いたもの、古典漢籍、そして論語や老子、荘子まで読み、自分自身を磨いている。知人友人の死も続き、五十歳を迎えて病気がちになり、自身の人生の終焉も近いと思いだしている。

 

 世の中はさらに暗くなっていく。荷風は世の中の移り変わりをどう捉え、どう流されていったのか。時代を荷風の目で見せてもらっている。

2025年9月11日 (木)

岩屋ダム

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岩屋ダムは東海地方の重要な水瓶の一つで馬瀬川を水源とする。ダムの上から下流方向を見る。ここから流れ下り、金山の先で飛騨川に合流する。

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岩屋ダムはロックフィル式ダム。

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折からの雨で満水かと思ったら、それほどでもなかった。

ドームの中

いくつかのドームを見て回った。

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次には黄金の天井を。

ある光景

 寺田寅彦随筆集の中の、『写生紀行』という一篇に胸に沁みる部分があった。長いので抜き書きする。

 

 大病をしてようやく病が癒え、絵を描くことを趣味にしていた寺田寅彦は写生旅行に出かける。荒川に直角に掘り込んだ溝渠に沿って小規模の鉄工場の廃工場があり、そのあたりに興趣を覚えた彼は写生を始める。

 

 溝のこっちに画架をすえて対岸の榎と赤い倉庫とすすきの三角形を主題にしてかき始めた。
 かいているすぐそばには新しい木の香のする材木が積んであった。また少し離れた所には大きな土管がいくつも砂利の上にころがしてあった。私がそこへ来る前から、中学の一年か二年ぐらいに見える子供がただ一人材木の上に腰をかけていたが、私がかき始めるとそばへ来ておとなしく見ていた。そしていつまでもそこを離れないで見ているのであった。

(中略・人夫たちがやってきて材木を運んだりしている様子が語られる)


 さっきの子供はいつまでもそこいらを離れずにぶらぶらしていた。遠足にしてはただ一人というのもおかしかった。よほど絵が好きなので、こうして油絵のできていく道筋を飽きずにおしまいまで見届けようとしているのかと思ってもみた。
 一度去った荷車と人夫は再び帰って来た。彼らの仕事しながらの会話によって対岸の廃工場が某の鋳物工場であった事、それがようやく竣成していよいよ製造を始めようとする途端に経済界の大変動が突発してそのまま廃墟になってしまった事などを知った。
 絵の具箱を片付けるころには夕日が傾いて廃墟のみぎわの花すすきは黄金の色に染められた。そこに堆積した土塊のようなものはよく見るとみな石炭であった。ため池の岸には子供が二三人釣りをたれていた。熔炉の屋根には一羽のからすが首を傾けて何かしら考えていた。
 絵として見るときには美しくておもしろいこの廃墟の影に、多数の人の家の悲惨な運命が隠れているのを、この瞬間まで私は少しも考えないでいた。一度気がつくともう目の前の絵は消えてそこにはさまざまな悲劇の場面が現れた。
(小略)
 突然すぐ前の溝の中から呼びかけるものがある。見ると川のほうから一艘の荷船がいつのまにかはいって来ている。市中の堀などでよく見かけるような、船を家として渡っていく家族の一つである。舳に立っている五十近い男が今呼びかけたのは私ではなくて、さっきから私の絵を見ていた中学生であった。
 子供に関するすべての事が稲妻のひらめくように私の頭の中に照らし出された。きょうは土曜である。市の中学からおそらく一週間ぶりに帰った子供はこの一夜を父母と同じ苫の下で明かそうとするのであろう。それを迎えに来た親と、待ちくたびれた子供とが、船と岸とで黙って向かい合っているさびしい姿を見比べた時に、なんだか急に胸のへんがくすぐったくなって知らぬまに涙が出ていた。何のための涙であったか自分でもわからない。

 

 私もその光景に共感する。宮本輝の『泥の河』などを思い出したと言えば月並みすぎるか。

2025年9月10日 (水)

風呂上がりのビール

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馬瀬川河畔の温泉宿にいる。現役の人には申し訳ないが、いま、浸かっていた湯から上がって缶ビールを開けて飲んで、好い気持ちになっている。湯に浸かり、本を読み、ビールを飲んで過ごす。

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驟雨があがったりやんだりしている中を、飛騨川に沿って北上し、途中から支流の馬瀬川沿いにさらに北上して、東海地区の水源である岩屋ダムを横目で見た後に宿に至る。写真は馬瀬川。清流である。

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途中で休憩したところで紅葉のはしりを撮った。それなりに暑いけれども猛暑の暑さではない。好い気持ちである。

青のサマルカンドへ

ラピスラズリの青、その青のサマルカンドを見ることのできる廟所へ行く。

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ドームの中に入る。

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次回はドームの天井を。

違い

 テレビでコメントを語る人に好き嫌いがある。個人的な好みの問題もあるが、それだけではない。それだけではない部分のほうが大きい気がしていたが、理由がはっきりしなかった。例えば池上彰のコメントはおおむね諒とするが、同じNHK出身の柳沢なんとかという人の言うことはどうも胸に響かない。長く聞いているとイライラしてくる。吉永みち子なども同様である。何が違うのだろう。

 

 聞いていてイライラするコメンテーターは、誰もが言いそうなことを言う。そういうことばかり言うから、聞く前から何を言うのか予想できていて、イライラするのだと気がついた。私だって似たようなことを言える。そんなことばかりを聞かされ続ければ、時間の無駄であるからイライラするのである。

 

 平和は大事だ、戦争には反対だ、差別はいけない、などという言葉は、当たり前すぎる言葉である。平和なんてどうでもいい、戦争賛成、差別してもいいではないか、などと言えばどうなるか考えれば、その重みがわかる。しかしその言葉を決まり文句で言うのか、実際の悲惨な現場を知り、そのことについて全身で考え、そしてその言葉を発しているかどうかで、その言葉は意味を持ち、人に伝わる。

 

 どうも違いはその人がその言葉をとことん考え、自分だけしか語れない語り口で語るとき、初めて語りたいことが伝わるものだということをザル頭の私でも無意識に選別しているらしい。そういう意味で無愛想で言葉数が少ないのに、なるほど、と頷けるコメンテーターと、多弁でたくさんの知識をちりばめているけれど、ちっとも面白くないコメンテーターを見るのだ。

 

 ところが、しばしば何を言うのか予想できるコメンテーターが世間では好まれる傾向があるように見える。自分でも同じようなことが言える言葉を聞くと共感しやすいのだろう。使い捨てられるコメントを聞いて安心するらしい。だからそういうコメンテーターが五万といる。

 

 ブログを書いていて、ああ、自分の言葉になっていないな、と思うことのなんと多いことか。

2025年9月 9日 (火)

昼のレギスタン広場

昼のレギスタン広場を見に行く。

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これはこれで素晴らしいが、夜のあの光景には遠く及ばない。

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ガイドのお姉さん。ソビエト時代の方がよかったこともある、と言っていた。そういうこともあるかもしれない。

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イスラムは偶像崇拝全否定なので、こういう動物や人間の顔が見られるのは極めて珍しい。

生きていれば

 生きていれば常に雑用が生じ、ゴミが生じる。つまり雑用もゴミも生きている証である。生きている限り片付けつづけなければならない。しかたがないのである。

 

 昨日、ようやく電気工事の代金支払いを済ませた。息子から梨(弟に頼んで千葉の梨を贈ってもらった)のお礼にブドウが送られてきた。三次(みよし)のピオーネとかいう大粒のブドウで、冷やしておいて今朝食べたらいままで食べたブドウで一番美味しいブドウであった。食べきれないから、半分を今日の午後娘のところに届けることにしている。

 

 久しぶりに、といっても三ヶ月ぶりぐらいだが、下呂郊外の馬瀬川河畔にある、なじみの温泉宿に行く。肩の痛みが治りそうで治らず、一進一退なので、本を何冊か抱えてゴロゴロしに行くつもりなのだ。上げ膳据え膳で、食事の支度もしないし洗い物もせず温泉三昧で過ごす。天気があまりよくないのはかえって幸いである。宿からどこかに出かける気が起きないからである。全身脱力してくるつもりである。

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 放送大学のお勉強の『初歩の数学』は、場合と関数、写像、集合という講義に入った。これは大学に入って自分のバカの壁を思い知らされた分野で、その時のことを思い出した。今回も分かりそうで分からず、よく考えるとどうしてこんな面倒くさい定義を重ねていくのかと思う。五分か十分ごとにうつらうつらしている。歯が立たないので頭が拒否しているようだ。くやしいが、やはり私は馬鹿らしい。

『日本の村・海をひらいた人々』

 宮本常一の『日本の村・海をひらいた人々』(ちくま文庫)を読了した。もともとは二冊の少年少女向けに書かれた民俗学の入門書のような本を合本したものである。だから語りかけるようなやさしい文章で書かれていて読みやすい。宮本常一について、民俗学というのはこんなものではないという批判もしばしばあったというが、私は逆に民俗学というのはまさにこのようなものであろうと思う。

 

 車窓から眺める民家の屋根や家のかたちを分類し、そこからさまざまな考察を引き出していく。臆せずにそのような家を訪ねて家の造りを見せてもらい、知見を補足していく。古老から古い伝承を聞き書きするばかりが民俗学ではないのだ。一つ知ったらそこからさらに観察をして考察を深め、互いを関連させていく。過去を想像する。それにはそれなりの歴史的背景の知識の裏付けも必要だ。記録するだけが民俗学ではないのだ。

 

 この本の後半では、漁村と漁法の成り立ちと変遷がさまざまな切り口から語られていてとてもおもしろかった。海に近いところで育ったし、小学生の時に九十九里浜沿いの集落の成立と変遷を詳しく教えてくれる先生がいて、それを思い出したりした。鯨漁の時代による進化、幕末の開国のきっかけが鯨漁にあるという視点など、承知している知識の断片が有機的につながっていく面白さを教えてくれる。

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2025年9月 8日 (月)

こりゃだめだ

 石破氏の退陣表明についての野党のコメントを見ていて、もっとも情け無いコメントをしていたのは野田立憲民主党党首であった。そもそも石破氏のもっとも問題であったのは、首相になることだけが目的であったとしか思われない国家ビジョンのなさであった。野田氏のコメントは、私には石破氏以上に国家像のなさを露呈していて、政局の傍観、党利党略的なことばにしか聞こえなかった。私はこの野田という人が大嫌いである。この人のおかげで中国と日本との関係が破滅的なことになったと思っている。その理由は以前述べた。世界観がないのである。

どうなろうと・・・

 アメリカがどうなろうと、中国がどうなろうと、知ったことではないといいたいところだが、おかしくなれば必ず日本も大きな影響を受ける。それだけ経済的な関係が深いのであって、残念なことである。本音を言えばアメリカも中国もとことんおかしくなったらいい、とまで思っているのだが・・・。悲観的なシナリオを妄想してみた。

 

 トランプはアメリカの製造業の復活を約束したが、今のところその成果は見られず、逆に雇用は減少傾向である。これが一時的なものとは思えない。関税により輸入原料などが高騰しつつある中で、これからますますアメリカの製造業は販売不振により苦戦することになるだろう。物価は上がり、雇用が減少する。景気を浮揚するために金利は下がるだろう。そうして自動的にドルが市中に注ぎこまれることになるが、その行き場はアメリカ国民ではなくて一部の大富豪の元であろう。そうして使われないお金は死蔵され、滞留して景気刺激とはならない。アメリカ国家の借金はますます膨れ上がる。金利が下げられたことにより、アメリカ国債の引き受け手がいなくなる。何とか借金の穴埋めにするために国債の金利を上げざるを得ない。いままでは日本や中国がアメリカ国債を引きうけていたけれど、もうどちらもそんな余裕はない。

 

 アメリカという国を維持するためのシステムをむちゃくちゃにしておいて、その挙げ句の果てに何とか立て直そうとしてもなかなかうまくいくとも思えない。それに問題解決の専門家の多くがトランプ政権によってクビにされてしまった。イエスマンの素人たちが対策案を提案しても、それは一時的な弥縫策に過ぎず、事態をますます紛糾させてしまうのではないか。取り返しがつかない事態になってはじめてアメリカ国民はトランプ政権とはどんな災厄であったのか思い知ることになるだろう。

 

 中国の対米貿易は輸出も輸入も大幅に減少したらしい。中国は国家が後押しできるから、アメリカにもヨーロッパにも薄利多売で怒濤の輸出をしてきたが、さすがにそれをすべて受け入れていてはアメリカもヨーロッパも国がもたなくなってしまうと気がついた。では中国はどこに向けてものを売るのだろうか。中東か、アフリカか、中央アジアか、中南米か、東南アジアか。大量の資源を飲み込み、それを使って製品を送り込めばそれぞれの国は産業の継続維持が不可能になってしまう。購入したものの代金の支払いも不可能になってしまう。中国の債務の罠が言われてきたけれど、いくら債務が積み上げられても払えないものは払えない。つまり中国は貸し倒れの債権を抱えることになる。すでに抱えている。

 

 原因は中国の国営企業による大量生産のシステムにある。儲かろうが儲からなかろうが大量に作り続けないと存続できない状態であって、それを温存したのが習近平の経済政策なのだ。それを是正すればそれによって支えられている中国共産党という支配体制そのものが崩壊しかねない。本質的に無理な体制であることが明らかになりつつある。当然ゆがんだその構造は社会不安につながる。そうならないために強圧を以て押さえ込みつづけるだろう。押さえ込まれた圧力が高まれば高まるほどその破綻は強烈なものになる。そうならないためにガス抜きのために中国が何をしでかすか。それが恐ろしい。

 

 もう最悪を覚悟するしかない。いままでのままではどうにもならなくなりつつある。日本も再び民主党政権時代の素人政策をくりかえしては共倒れだ。この際だから、自民党の中堅や若手の優秀な人材による清新な政治に期待するしかないと思っている。少なくとも野党よりも優秀な人たちがいると信じている。それに託したいと思う。託したら任せるのだ。これからたいへんな時代を迎えることになりそうだ。嵐に備えなければ。日本は東日本大震災だって乗り越えたのだ。耐える力はあるはずだ。

一段落

 一段落をいちだんらくと読むか、ひとだんらくと読むか、急に気になったので手許の国語辞典を引いたら、いちだんらくが正しいようである。いままでそう読んでいたから安心した。

 

 放送大学の講義の中から興味を引くもの、勉強したい講座を録画してコレクションを作成している。その講義も、録画したいようなものがなくなって一段落したところだ。今のところ十数講義、一講義十五回を五回分ずつ一枚のブルーレイディスクに録画し、三枚で一講義が完結するようにまとめてある。すでに四講義をすべて視聴し、いま五講義目と六講義目の『初歩からの数学』『歴史の中の人間』を半分ほど視聴したところだ。以前視聴した『初歩からの化学』は自分の専攻科目なのに専門的すぎて理解不十分のままなのが悔しいが、これは繰り返し見て学び直そうと思っている。今度の『初歩からの数学』は、さいわいたしかに初歩で、今のところ何とかついて行けているが、これから急激にレベルアップする気配で、突き放されることになりそうだ。

 

 『歴史の中の人間』は毎回一人の著名人を取り上げてその人物をその時代背景ごと浮かび上がらせる趣向になっていて、とてもおもしろい。阿仏尼の後、北畠親房、そしてマルコポーロ、李成桂と続いていて興味深い。そもそもこの講義はシリーズになっているようで、これが三回目というからその前のものも見てみたいと思っている。五日放映されるだろう。

 

 マルコポーロは、子供の時に子供向けの『東方見聞録』を誰かに買ってもらって繰り返し読んだことがあり、懐かしい。子供向けと行ってもかなり本格的な抄訳で、内容はしっかりしていた。まさに元の時代の大都(北京)の様子など、リアルに描かれているし、日本に対しての記述、またアサシン(暗殺者)ということばの由来やハシシという麻薬のことなども、この本に書かれていて、いまでも記憶している。その元の時代、朝鮮半島を統治していた高麗王朝は元朝に服属していたが、十四世紀、元が衰退するに従って国境地帯での混乱、そして明朝の出現で大きく揺れ動き、やがてさまざまな経緯の後に高麗王朝は李成桂によって倒され、李氏朝鮮が誕生する。歴史はつながっているのである。

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オレンジ作戦

 このところ毎晩午前三時前後に目が覚める。そうしてしばらくぼんやりして、本を読んだり、なじみの方のブログを拝見したりしている。それなら少し早めに起きれば月蝕を見る事が出来そうだ。

 

 そのつもりで寝たら、ピタリ目指した午前一時半ごろに目が覚めた。早速ベランダに出て月を探す。斜め中天にわずかに上方が欠け始めた月がかかっていた。それから福茶(梅干しを入れたお茶)などを飲みながら、そして本などを少しずつ読みながら、十分おきぐらいにベランダと部屋を出たり入ったりした。二時半ごろには最下部の弧の部分のみがリングのように輝いていたがなかなか完全な皆既月蝕にならない。月の左手上方に見えている星は土星だろう。隣のマンションや中庭の街灯で星はほとんど見えない。

 

 三時過ぎにようやく皆既月蝕を見る。しかしかすかではあるが月のある場所は分かる。空全体が暗くなったので、いままで見分けられなかった星がいくつか見えるようになってきた。風が少し吹くとわずかに涼しいが、マンション各部屋のエアコンのせいで空気はムッとしている。それから一時間近くその状態が続き、四時前になって左上方が明るく輝くようになって皆既月蝕は終了した。

 

 おかげで読みかけだった『ドキュメント昭和』第五巻の『オレンジ作戦』という本を読了した。ワシントン、ジュネーブ、ロンドンと続く主に海軍に関する軍縮交渉の様子と、日米が互いに敵国としての位置づけを明確にしながら、いったん戦争が勃発したらどう行動するのかについての作戦計画を資料に基づいて解析していく。アメリカの対日作戦はオレンジ作戦と名付けられていた。

 

 互いに太平洋戦争突入までは、ほんとうに全面的に戦うことになるとは思っていなかった節もある。真珠湾攻撃はそこへ至る一本道であった。

 

 しかしアメリカが次第に日本の前に立ち塞がって敵国の姿を現し始めたのは、第一次大戦後、遅れてやってきたアメリカが、中国での権益を得ようと動き出したことが背景にあることは忘れてはならない。アメリカは南満州鉄道の経営に参加させろと申し入れてきた。もちろん日本はそれをにべもなく断っている。それと前後してアメリカでは移民排斥、特に日本人移民に対する迫害がひどくなっていく。それが日本国民のアメリカに対する敵意を醸成した。

 

 何かデジャブのようなものを感じたりする。眠くなってきたのでひとねむりして、先ほど朝寝から目が覚めたところである。

アンケート拒否

 いままでアンケートには協力してきたつもりだ。善意だと思っている。ところがアンケートを騙る悪質な詐欺電話やメールが横行して、協力する気が失せた。スマホのアンケートにはポイントがついたりするから、アンケートに答えたりしていたが、そのポイントとは全く見合わないくらいの、煩雑で詳細な回答を強いられて、いいかげんにしろ、という気持ちにさせられることがしばしばある。ただでポイントをやるのだから答えるのは当然、という態度がみえてきわめて不愉快である。

 

 アンケートは情報である。情報はとても貴重で、わずかなポイントでは答える気にならないし、たぶんたくさんのポイントをくれるとなれば、ますます個人情報に食い込む情報を要求するに違いない。アンケートのまとまりのないこと、似たような質問の繰り返しの多いことが甚だしくて、私には耐えられない。

 

 マスコミや政府広報などのアンケートもあるけれど、そのアンケートがほんとうかどうか全く分からない。今後すべて拒否である。固定電話やスマホでのアンケートはこれから意味を失うことになるのではないか。そもそも匿名のやりとりは信頼性などはじめからないのだ。

2025年9月 7日 (日)

認知症

 私の母方の祖父母は明治生まれで、近いところに住んでいた。父方の祖父母は戦時中にすでに亡くなっていたから、私にとって知っている祖父母は母方の祖父母だけである。祖父母にとって私が一番最初にできた孫だったからかわいがられた。しかし、祖父母はどちらかと言えば厳格な人たちだったから、猫かわいがりというよりも、我が子のように厳しくしつけるところがあったが、性格的に相性がよかったのであろう、私も祖父母が大好きだった。だからものの考え方は多分にその明治生まれの祖父母の影響を受けた。まとまった休みの時(夏休みや冬休みや春休み)にはほとんど祖父母のところで過ごした。高校生の時には、祖父母の家のほうが通っていた高校に近かったから頻繁に祖父母の家に泊まった。ほとんど自分の家だと思っていた。

 

 そんなにかわいがってくれた祖父母なのに、山形の大学に入り、大阪の会社に勤めるようになったので、祖父母のところにはめったに行かなくなった。そして高齢になった祖父が次第に認知症になって徘徊したとか、その祖父が亡くなったら祖母が認知症状態になったという話を聞かされて、ますます会いに行くことがなくなってしまった。二人だけで暮らしていた祖父母の、最後の面倒を見ていたのは私の両親である。母は長女で、あとは弟三人(つまり私の叔父)がいたけれど、その嫁さんたちと祖母との折り合いが悪くて、母しか受け入れなかったのだ。それを黙ってカバーし続けた父も今思えば偉かったと思う。

 

 幸い父は97歳という長命を全うした。そしてそれほど甚だしい認知症状態にもならず、寝たきりになって人の世話にもなることなく大往生した。母は父の死後、発語障害になって意思の疎通が困難になった。そして最後は二年ほど寝たきり生活をしたが、比較的に穏やかな晩年を過ごすことができた。祖父母の面倒を見たことのご褒美が、こういう晩年を迎えることにつながったと勝手に思っている。

 

 私も今年後期高齢者になって、心身や知力の衰えを感じる。そうして独り暮らしの身としては、認知症などで人に面倒をかけるのではないかというのが最も心配なことである。だからなんとか頭が衰えないようにこの年になってにわか勉強をしたりして日々を過ごしている。泥縄である。ブログの文章を書くのも、ときには億劫になることがあるけれど、書くのをサボると何か書かずにはいられなくなる。勉強も好奇心があるからできるのであり、読書も旅も好奇心があるから楽しめる。好奇心こそが認知症の指示薬かと思う。そうして世の中に何の関心もなくなったときには多分認知症になっているのだろう。

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 そうなったらどうしよう。しかしそうなったときはそうなったときで、どうとでもしてくれ、という気もしている。それでいいのだと思う。

2025年9月 6日 (土)

ふたたびトンネル

 梨木香歩のトンネルについて書いた文章の断片を少し前に紹介したが、別のトンネルについて書いた部分を引用する。

 

 暗い道路を通って、最後に日の当たる場所へ出る--もしかして、産道を通って生まれてきたときの記憶が、どこかに残っていて、こんなに感慨深く思うのだろうか。私たちはみな、小さな小さな受精卵からスタートし、母というヒトの胎内で孤独に自らを育て上げ、時が満ちれば、困難な産道の旅を抜けて、明るく光溢れる世界に生まれ落ちる。
 それからこの世界で生きるうちに、人は孤独を穿つようにして、生を彫り込み、気づいたら、また人生というにっちもさっちもいかない、どこに逃げ出すわけにもいかないトンネルの中にいる。
 やがてこの世を去るとき、また、こういう、トンネルから抜け出たような爽快な経験をするのだろうか。
 そうあれかし、と静かに願う。

 

 宇宙の始まりを宇宙の誕生などと言う。その宇宙の誕生は、ビッグバンなどと呼ばれる無から突然の爆発的な誕生だったという説がいまは有力だ。宇宙も産道を抜けて突然この世に現れたのかもしれない。永遠のものなど存在しない。人も必ず死ぬ。そして宇宙もエントロピーを増大させ続け、ついには全くの熱的平衡状態、つまり運動の存在しない静止状態となり、終末を迎える。さはさりながら、自分の死とは、この世の向こうへの旅立ちであればいいと私も思う。

執着と守り

 梨木香歩の随筆を読んでいて、感じることのあったところに付箋をつけだしたら、付箋だらけになっていく。

 

 執着と、守ろうとする意志の間は紙一重で、ただこの頑なさがプラスにもマイナスにも働いて、私の人生を仕様なく象っていく。

 

 「守りたかった」ことはいくつもあった。それができなかった無力さに、立ち上がる気力さえなくすようなときもある。
 それでもなんとか、声を上げていきたいと思うのは、きっとこれが、私たちの望んでいる社会のはずがない、という頑固な驢馬のような確信に、私自身が「守られている」せいなのかもしれない。

 

 私だって執着も、守ろうとする意志もあったし、いまも守り続けているものがないではない。確かにそれが私の人生をかたち作っている。けれどもなんとか声を上げ続けるという意志を失って久しい。どうしようもない、なるようにしかならない、と思うあきらめた生き方を選んでそこに沈殿している。そこで受ける不条理に対しても、引き受けるしかないと思っている。

 

 しばらく棚に戻していた永井荷風の『断腸亭日乗』をまた少しずつ読み進めている(現在ようやく第二巻の後半に入った)。荷風もこだわりの中に生きていて、欲望のままに生きながら、怒りをうちにためるとともに、それでも次第に何かをあきらめている気がする。

 

 いろいろなことがだいぶ片付いたので、読書三昧にふけることができるようになった。出かける勢いをつけるために、手始めとしてできれば近場の温泉(下呂郊外のいつものところ)に二三日出かけようか。

2025年9月 5日 (金)

他人の目

 自分の愚かさとみっともなさを知るには、他人の目を持たなければならない。それを持ち合わせていない人のなんと多いことかと思う。そういう人を恥知らずという。そういう自分だって、自分の愚かさ醜さを見たくないから、正面からではなく、目を背けながら他人の目で自分を見ているけれど、でも曇ったり濁ったりはしているものの、持ち合わせはある。

 

 その話とは関係ないが、またいい映画を見た。2013年のアメリカ映画『大統領の執事の涙』という映画だ。綿花畑の奴隷小作人の息子として生まれた主人公(フォレスト・ウィテカー)が克己心と優れた人間性を武器に、ついにはホワイトハウスで大統領の執事の一人として働くことになる。そうして歴代大統領に愛され、一目置かれるのだが、それは黒人である自分をとことん殺し続けることに他ならなかった。

 

 仕えた大統領は、アイゼンハワー、ケネディ、ニクソン、ジョンソン、レーガンなどである。当然ホワイトハウスが舞台であるから、アメリカの国そのものの現代史をたどることになる。そして同時に人種差別の国アメリカの歴史をたどることにもなる。それぞれの大統領の強さと弱さ、賢さと愚かさ、それらを目の当たりにしながら、ひたすら飲み込み押さえ込んで生きていく主人公の姿に、いつか崇高なものを感じてしまう。執事を自らやめて二十年、ついに黒人のアメリカ大統領オバマが誕生し、そのオバマからホワイトハウスに招待される。世話する側ではなく、される側として賓客たちとともに座る主人公に、どことなく晴れがましさよりも戸惑いが見られるのが心に刺さる。彼には誰にも侵されない誇りがあるからこその戸惑いなのである。

 

 いい俳優がたくさん出演している。ロビン・ウィリアムス、マライア・キャリー、ジョン・キューザック、アラン・リックマン等々。もちろん主人公を演じたフォレスト・ウィテカーが断然素晴らしい。この人はどんな役もこなす名優だと、今回特にそう思った。

レギスタン広場の夜景

夕刻、サマルカンドに入り、レギンス広場を見に行く。

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夢のような美しいものを見た。忘れられない。

大正十一年

 大正十一年の末頃に書かれた寺田寅彦の随筆『相対性原理側面感』を読んでいて、そういえば大正十一年というのは1922年であり、まさにその年こそアインシュタインが日本にやってきて大歓迎を受けた年なのであった。その中の一部を抜粋する。

 

 私は科学の進歩に究極があり、学説に絶対唯一のものが有限な将来に設定されようとは信じ得ないものの一人である。それで無終無限の道程をたどりゆく旅人として見たときにプトレミーもコペルニクスもガリレーもニュートンもいまのアインシュタインも結局はただ同じ旅人の異なる時の姿として目に映る。この果てなく見える旅路が偶然にも我々の現代に終結して、これでいよいよ彼岸に到達したのだと信じうるだけの根拠を見いだすのは私には困難である。
 それで私は現在あるがままの相対性理論がどこまで保存されるかということは一つの疑問になりうると思う。しかしこれに反して、どうしても疑問にならない唯一の確実な事実は、アインシュタインの相対性原理というものが現われ、研究され、少なくとも大部分の当代の学界に明白な存在を認められたという事実である。これだけの事実はいかなる疑いの深い人でも認めないわけにはいかないだろうと思う。
 これはしかし大きな事実ではあるまいか。科学の学説としてこれ以上を望むことが果たして可能であるかどうか、少なくとも従来の歴史は明らかにそういう期待を否定している。
 こういうわけで私はアインシュタインの出現が少しもニュートンの仕事の偉大さを傷つけないと同様に、アインシュタインの後に来たるべきXやYのために彼の仕事の立派さが損なわれるべきものでないと思っている。
 もしこういう学説が一朝にしてくつがえされ、またそのために創設者の偉さが一時に消滅するようなことが可能だと思う人があれば、それはおそらく科学というものの本質に対する根本的の誤解から生じた誤りであろう。
 いかなる場合にもアインシュタインの相対性原理は、波打ち際に子供の築いた砂の城郭のようなものではない。狭く加賀と限らず一般文化史上にひときわ目立って見える堅固な石造りの一里塚である。

 

 この随筆は少し長くて、引用したのはほんのごく一部である。

 

 いまEテレの『三ヶ月でマスターするアインシュタイン』という番組を楽しく見ているので、アインシュタインの功績や理論については多少かじったつもりでいる。だからこの随筆も興味深く読んだ。寺田寅彦があえてこのような文章を書いたのは、多分マスコミ(当時は主に新聞)が、アインシュタインによってあたかもニュートンの物理学はくつがえされた、ニュートンの誤りが正された、などと喧伝でもしたことに対する苦言であろう。科学を知らない、または知ろうとしないものは、よくそういう言い方をするが、科学の理論というのはそういうものではないのだということを言わずにいられなかったのだと思う。そういうことはよくある。

2025年9月 4日 (木)

阿仏尼

 放送大学の『歴史の中の人間』という講座の第三回のテーマは、阿仏尼であった。『十六夜日記』の著者である女性であり、彼女が訴訟のために京都から鎌倉へ下向した時の旅日記であることも知っていたが、それより詳しいことを知らずにいた。今回の講義で彼女が歌人の藤原定家の息子、為家の後妻であり、その為家の死後に、先妻の息子と自分の息子の間に財産争いがおこり、鎌倉に向かったのである。その財産である荘園については、阿仏尼は為家に管理を託されていた。かなり後のことになるが訴訟は勝訴となり、その財産を元に子孫は存続することになる。これが和歌の家である冷泉家である。

 

 先妻の子の家は京極家や二条家として引き継がれるが、血筋としては後に断絶してしまう。

 

 番組では、実際に京都の阿仏尼や為家に関連する場所、そして鎌倉へ移ってからの阿仏尼ゆかりの場所を訪ねていくのでとても興味深かった。興味深いというのは、その場所へ行ってみたいと思ったということである。同じ場所が、どういう人のゆかりの地であるかを知ると知らずでは全く興味深さが変わることを感じた。知らないということは、世界の面白さの多くを知らずにいるということだと思った。

 

 そうしたら、阿仏尼とは関係なしに、京都の大原に行きたくなった。以前奥永源寺で訪ねた惟高親王の陵は本物ではなくて(だからこそ、どうしてそこにそんなものがあるのかいろいろ理由が想像できて面白かった)、京都大原に本物の惟高親王の御陵があるはずで、そこを訪ねたくなったのだ。ついでに寂光院や三千院を見に行くのもいい。車で行くなら、北陸福井の小浜から南下して(つまり鯖街道を走ることになる)、朽木宿を訪ねた後にさらに南下して大原へ入るコースをたどれるはずだ。京都市内を通過するのは混雑しそうでいやだ。地図を眺めていろいろ想像している。

 

 具体的な人間が関わったことを知ると歴史は面白くなる。歴史に命が吹き込まれて生き生きする。

日本海域の古代史

 奈良の飛鳥が好きで、四度ほど飛鳥路を歩いた。最初の二回は独りで、一回は友人たちを、一回は兄弟を案内して歩いた。必ず立ち寄るのが飛鳥寺で、ここの飛鳥大仏は何度見てもいいと思う。蘇我氏によって創建されたこの寺は日本で最も古い仏教寺院と言われる。いまは寺域も限られているが、創建時はいまより遙かに壮大な寺で、一塔三金堂という、日本国内にはほかに例のない配置と様式であった。どうしてこの飛鳥寺が独自の様式なのか不思議に思いながら、そのままにしていたが、放送大学の特別講義『日本海域の古代史像』を見てその理由が氷解した。

 

 この一塔三金堂の様式は古代朝鮮半島北部に見られる寺院の様式で、朝鮮半島でもほかにはない様式だという。つまり、飛鳥寺は朝鮮半島北部、つまり高句麗の様式が伝わったものだったのだ。当時はまだ中国大陸は南北朝の時代で、北方民族の北朝(いわゆる五胡十六国)と、南朝とに分裂していた。北朝は高句麗と文化的につながっていた。仏教の北からの流れが高句麗を通して日本に伝わり、それを受け入れた蘇我氏がその高句麗様式の飛鳥寺を創建したのだ。

 

 その南北朝のうち、北朝の陳の流れをくむ隋がついに中国の統一をとげるのはその直後ぐらいである。もともと日本は古くから百済と親しく交流していた。統一王朝隋の文化はやがて百済経由で日本に流入する本流となり、だからその後は百済様式の寺院がどんどん作られていったので、飛鳥寺のみが独自の寺になったのである。

 

 これが講義の出だしの部分である。そうして日本海経由の大陸からの文物の流れというのが、実は遣隋使などで知られる南方ルートより遙かに大量に、持続的に北方から日本海経由で流入していたのだ、という主題に至る。その痕跡は出雲に、そして丹後半島に、そしてそれ以外にもたくさん残されている。いくつかの場所を知ったので、一度それを訪ねてみたいと思っている。鳥取県の真木晩田遺跡(日本最大級の弥生時代の遺跡らしい)、そして丹後半島網野の銚子山古墳をまず訪ねたいと思っている。いつになるかわからないが、詳細については訪ねた後に報告する。

2025年9月 3日 (水)

変わりがないのはよしとする

 本日午後は泌尿器科の定期検診日。炎天下を病院まで片道二十分を歩いたら、さすがに暑さでふらふらした。病院のクーラーはよく効いているから、しばらくしたら汗で濡れた服がひんやりしてきたので、検尿を済ませた後に暖かいものを飲みに行った。

 

 いつもは診察が予約時間から必ず30分から一時間遅れるのだが、今回は時間通りだった。先生が新しい人に替わっていた。大学から派遣されてくる若手の医師なので、一定の期間を過ぎると交替するようだ。今度の先生も元気で、気持ちがいいほどキビキビしている。相変わらず耐性菌が棲み着いていることが確認されたが、排尿痛や排尿困難もなく、発熱もないことでよしとする。とにかく水分をどんどん摂取すること、過労や病気にかかることがないように注意するようにとのいつものアドバイスである。

 

 薬局もすいていたからスムーズに帰宅できた。これから酒の肴を作って早めに晩酌するつもりである。

歴史に名を残す

 石破首相は歴史に名を残すだろう。自民党を、解党的出直しを図ると主張して、ついに解党だけ成功して出直しはできなかった最後の自民党総裁として名を残すことになるだろう。いま国民は、自民党がどうなろうと別にかまわないと思う人が大勢になっている。自民党政府と国家の命運とは連動すると思っていない。誰よりも思っていないのは石破首相本人だろう。だから、首相の座に恋々とするつもりは毛頭ない、と明言しながら、世論の支持を頼みに延命できるかもしれないと夢想している。しかし世論なんてマスコミとSNSの作り出す空気でできているような代物で、風が吹けばたちまち雲散霧消する。そんなものにつかまり立ちしようとしても何の支えにもならない。

 

 いま日本は国難の前に立っている。素人集団で東日本大震災の国難に直面して、日本を長く迷走させる原因となったどこかの党と同様、石破首相という人は与党内の少数派、つまり素人集団なのかもしれない。どうしていいかわからないし、わからないのに考えない、行き当たりばったりを続けているから何がしたいのかわからない。クリーンであることが自民党の中で目立ったから国民の支持を得たかもしれないが、そもそも少数派に誰も利権を振り向けたりしないから、結果的にクリーンだっただけに過ぎなかったのではないか。

 

 いま国難とは何か。誰でもわかるだろうが、アメリカのトランプであり、中国である。そして、これから最も懸念されるのが、国家が不安定になることの結果としての経済破綻である。日本は国家が安定しているという信用の元に、大変な額の国債発行を積み重ね続けてきた。それでもなんとかなっていたのは、超低金利によって国債の利払いを最低限に抑えてきたからだ。それがインフレによって金利を上げざるを得ない状況になりつつある。しかも国家予算は国債発行をせずには成り立たない。しかしその国債を誰が引き受けるのか。

 

 国家が不安定になれば信用が低下する。信用が低下すれば国債は引き受け手がなくなり、仕方がないから金利を上げざるを得ない。超巨額の国債は、たちまち膨大な利払い負担を生むことにつながる。いくら稼いでもその利払いに吸い取られていくことになる。いや、そもそも国債の引き受け手がなくなって、国家予算そのものが大幅削減を余儀なくされる。少子高齢化がますます進行する中で、福祉予算は大幅にカットせざるを得なくなる。弱者は生活に困窮し、社会不安が急激に増大する。社会不安が増大すればさらに国家の信用は低下する。まさかと思っていた国家の破綻は、それほどあり得ないことではないのだ。

 

 石破首相は、そのつもりはなかったけれど結果的に日本を破綻させた政治家として名を残すであろう。国家のリーダーの想像力、推察力、決断力の欠如の恐ろしさを日本はあとで思い知るだろう。日本の少子化は、来るべきその未来の不安への無意識の先取り反応かもしれない。

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警句

 どうしようもない状況に追い込まれたときに、どうしたらよいか考えて行動できるのが大人というものだろう。どうしようもないままうろたえているのはみっともない。

 

 とはいえ、どうしようもない状態に追い込まれないようにするのが何よりである。

 

 露口茂が亡くなった。あの声は、あこがれるほど魅力的だった。『耳をすませば』のバロンの声は素晴らしかった。冥福を祈る。

2025年9月 2日 (火)

夕方の雲

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今年の名古屋は本日で46日目の猛暑日。記録は昨年の47日であるが、それを超えるのは間違いなさそうだ。

遠くの空を見たら、写真に撮りたくなるような雲が見えた。雲に乾杯。

シーリングライトへの交換終わる

シーリングライトへの交換工事二カ所とトイレの換気扇の交換が終わってすっきりした。
来たのは外国の若者だったけれど、手際はいいし挨拶もしっかりしていて、日本の普段見かける若者よりずっとしっかりしている。

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それぞれ左が工事前、右が工事後。これでリモコンで点けたり消したりできるし、明るさもコントロールできるようになった。

早く済めばいいが

今日は朝一番で電気工事の人が来る。工務店の人は、簡単に終わると思うけれど、もしかしたら天井を触るので時間がかかるかもしれない、といわれている。

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いつものように早起きしたので、工事する部屋を片付けて邪魔にならないようにした。工事が済めば、寝たままリモコンで消したり点けたりできるようになる。早く終わるといいが。

2025年9月 1日 (月)

人口ボーナスの時代の終焉

 機械化が進んで省力化され、ブルーカラーの人手が余るとされてきた。だから労働者がロボット化に反対したりした時代があった。しかし単調な仕事の繰り返しだったり、環境が悪い状態だったり、時に危険な仕事はなり手がどんどん減っていき、機械化したほうが、合理的ということになっていった。しかしどうしても人の手が必要なブルーカラーの仕事は案外なくならず、逆に人手不足になっている。

 

 ところがAIの著しい進歩により、いま脅かされているのがホワイトカラーである。いわゆる書類仕事、頭を使う仕事の多くが次々にAIに置き換えられている。ホワイトカラーはブルーカラーよりも賃金が高かったから、その経済効果は会社や組織(役所など)にとって大変大きい。つまりその置き換えが進むのは必然的ということだ。

 

 どこの国でも、親は子供に教育を授けてホワイトカラーの仕事に就くように期待した。賃金が高く、豊かな暮らしができることを望んだからだ。中国や韓国を始め、子供の教育に大変な額の投資をしたのもそれを考えてのことだった。だから大学への進学率は高くなり、競争は激化し、子供にとっては過酷な状態になっている。しかしその大学を卒業した若者たちの就職率がどんどん下がり、就職難になっている。そして大学を出たのにブルーカラーの仕事に就くことなど自分はもちろん、親も考えていないから、求人と求職者のアンバランスはどんどん大きくなっている。

 

 実際にホワイトカラーの職種は、とくに優秀な一握りだけが必要で、その他はどんどん不要になりつつあるのではないか。本来は機械化もAI化も人間が楽になるためのもののはずだったが、誰も楽にならない時代が到来しつつある。

 

 人間はこれからどんどん必要なくなっていく。それなら人口が多いことの利点、つまり人口ボーナスという現象は、いまに過去の神話になってしまうのではないか。日本人を始め、先進国で少子化が進み、軒並み人口が減少し始めたのは、ある意味で無意識の未来の先取りなのではないか。中国やインドの人口ボーナスは、戦争でもしない限り、いまにただその国の負担に変わるのではないかと期待を込めてそう思う。だからといって戦争を仕掛けたりしないで欲しいものだ。

トンネル

 子供の時から本が好きで、しかし、好きでもその頃は欲しいだけの本を買ってもらえる時代ではなく、手持ちの本を繰り返し読んで、ついには本が次々にぐだぐだになっしまうほどだった。その本に対する飢餓感の反動であろう。大人になって好きなように本が買えるようになると、読み切れないほど本を買い込んでしまうようになった。

 

 そうして数々の本に出会い、本を通して数々の著者に出会い、たくさんの影響を受けてきた。それをあげていけばきりがない。多くは今でも本棚に並んだ本が教えてくれる。十年あまり前に出会った梨木香歩もその一人で、出会いは『家守綺譚』という不思議な本であった。『家守奇譚』値そしてそれに続く『冬虫夏草』の世界に触れたくて、琵琶湖周辺を歩いたこともある。愛知川沿いに遡り、奥永源寺あたりを歩いたときは、本当にその世界に踏み込んだ心地がしたものだ。それ以来、おりに触れ彼女の本を一冊ずつ増やしていき、いまでは二十冊近くになった。

 

 いまは、最近手に入れた『やがて満ちてくる光の』(新潮文庫)というエッセー集を読んでいる。その中の文章の断片を引用する。

 

 連れもなく、ただ黙々とトンネルの中を運転していると、そのつもりもなかったにひたすら全速力で冥界のそこを目指しているような気分になるなるのは、ドライバーというものが、普段景色のあらゆるところに目を配り、脳の感覚野になだれ込む膨大な情報量をやりくりしなければならない、それが習慣になっているからなのかもしれない。ここには信号が変わりそうになっても横断歩道を渡りきれないでいるお年寄りもいなければ、歩きたくないとごねている幼子もいない。突然降り出す雨も、鳴り出す雷もない。思わず見とれる虹もなければ、曲がり角で出会う夕日の眩しさもない。ただ単調なチューブの内部が延々と続くだけだ。かといって、気を抜いたりできるわけでは決してない。何か一つでも間違ったら、取り返しのつかないことになりそうな緊張感--高速道路はいつもそうなのだが、それにしても--常ならぬ覚醒、自分の顔が無表情になっているのがわかる。昼も夜もない世界。ふと、うつ病を患っている人の苦しさを思う。彼ら・彼女たちがいる場所は、こういうところなのだろうか。いつ抜けるともしれぬ闇の中。

 

 子供の頃、『タイムトンネル』という外国のテレビドラマがあった。そのトンネルを抜けると時空を超えた場所に通じた。トンネルというものは、独りでハンドルを握っているときに、ふとそういう異空間に通じているような妄想を呼ぶ場所のように感じることは私にもある。

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モスクの天井

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ウズベキスタンでは、いくつモスクの天井を見上げたかわからない。みな美しい。美しいが、生物の、つまり血の通った命あるものが感じられない。

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