認知症
私の母方の祖父母は明治生まれで、近いところに住んでいた。父方の祖父母は戦時中にすでに亡くなっていたから、私にとって知っている祖父母は母方の祖父母だけである。祖父母にとって私が一番最初にできた孫だったからかわいがられた。しかし、祖父母はどちらかと言えば厳格な人たちだったから、猫かわいがりというよりも、我が子のように厳しくしつけるところがあったが、性格的に相性がよかったのであろう、私も祖父母が大好きだった。だからものの考え方は多分にその明治生まれの祖父母の影響を受けた。まとまった休みの時(夏休みや冬休みや春休み)にはほとんど祖父母のところで過ごした。高校生の時には、祖父母の家のほうが通っていた高校に近かったから頻繁に祖父母の家に泊まった。ほとんど自分の家だと思っていた。
そんなにかわいがってくれた祖父母なのに、山形の大学に入り、大阪の会社に勤めるようになったので、祖父母のところにはめったに行かなくなった。そして高齢になった祖父が次第に認知症になって徘徊したとか、その祖父が亡くなったら祖母が認知症状態になったという話を聞かされて、ますます会いに行くことがなくなってしまった。二人だけで暮らしていた祖父母の、最後の面倒を見ていたのは私の両親である。母は長女で、あとは弟三人(つまり私の叔父)がいたけれど、その嫁さんたちと祖母との折り合いが悪くて、母しか受け入れなかったのだ。それを黙ってカバーし続けた父も今思えば偉かったと思う。
幸い父は97歳という長命を全うした。そしてそれほど甚だしい認知症状態にもならず、寝たきりになって人の世話にもなることなく大往生した。母は父の死後、発語障害になって意思の疎通が困難になった。そして最後は二年ほど寝たきり生活をしたが、比較的に穏やかな晩年を過ごすことができた。祖父母の面倒を見たことのご褒美が、こういう晩年を迎えることにつながったと勝手に思っている。
私も今年後期高齢者になって、心身や知力の衰えを感じる。そうして独り暮らしの身としては、認知症などで人に面倒をかけるのではないかというのが最も心配なことである。だからなんとか頭が衰えないようにこの年になってにわか勉強をしたりして日々を過ごしている。泥縄である。ブログの文章を書くのも、ときには億劫になることがあるけれど、書くのをサボると何か書かずにはいられなくなる。勉強も好奇心があるからできるのであり、読書も旅も好奇心があるから楽しめる。好奇心こそが認知症の指示薬かと思う。そうして世の中に何の関心もなくなったときには多分認知症になっているのだろう。
そうなったらどうしよう。しかしそうなったときはそうなったときで、どうとでもしてくれ、という気もしている。それでいいのだと思う。
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