阿仏尼
放送大学の『歴史の中の人間』という講座の第三回のテーマは、阿仏尼であった。『十六夜日記』の著者である女性であり、彼女が訴訟のために京都から鎌倉へ下向した時の旅日記であることも知っていたが、それより詳しいことを知らずにいた。今回の講義で彼女が歌人の藤原定家の息子、為家の後妻であり、その為家の死後に、先妻の息子と自分の息子の間に財産争いがおこり、鎌倉に向かったのである。その財産である荘園については、阿仏尼は為家に管理を託されていた。かなり後のことになるが訴訟は勝訴となり、その財産を元に子孫は存続することになる。これが和歌の家である冷泉家である。
先妻の子の家は京極家や二条家として引き継がれるが、血筋としては後に断絶してしまう。
番組では、実際に京都の阿仏尼や為家に関連する場所、そして鎌倉へ移ってからの阿仏尼ゆかりの場所を訪ねていくのでとても興味深かった。興味深いというのは、その場所へ行ってみたいと思ったということである。同じ場所が、どういう人のゆかりの地であるかを知ると知らずでは全く興味深さが変わることを感じた。知らないということは、世界の面白さの多くを知らずにいるということだと思った。
そうしたら、阿仏尼とは関係なしに、京都の大原に行きたくなった。以前奥永源寺で訪ねた惟高親王の陵は本物ではなくて(だからこそ、どうしてそこにそんなものがあるのかいろいろ理由が想像できて面白かった)、京都大原に本物の惟高親王の御陵があるはずで、そこを訪ねたくなったのだ。ついでに寂光院や三千院を見に行くのもいい。車で行くなら、北陸福井の小浜から南下して(つまり鯖街道を走ることになる)、朽木宿を訪ねた後にさらに南下して大原へ入るコースをたどれるはずだ。京都市内を通過するのは混雑しそうでいやだ。地図を眺めていろいろ想像している。
具体的な人間が関わったことを知ると歴史は面白くなる。歴史に命が吹き込まれて生き生きする。
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